クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
管理番号1187-9025 オファー日2011-02-04(金) 23:27

オファーPC 黒城 旱(cvvs2542)ツーリスト 男 35歳 探偵
ゲストPC1 コレット・ネロ(cput4934) コンダクター 女 16歳 学生
ゲストPC2 黒城 渇妃(crep5906) ツーリスト 女 36歳 情報屋

<ノベル>

▼壱番世界、雪の降るとある観光地にて
「わぁ、すごい! こんなに雪が積もってる」

 ひと気の少ない駅に降り立ったコレット・ネロは、改札を出てすぐのひらけた場所が雪で真っ白になっている光景を見て、子どものようなはしゃぎ声をあげた。夜の闇を照らす電灯の明るさが、雪の白さを際立たせる。

「滑りそうだな。コレットちゃん、足元に気をつけろよ」

 厚手のブーツで雪を踏みしめる感触を楽しんでいるコレットの後ろから、黒城・旱(こくじょう・ひでり)の声が掛かる。
 しかし偶然、足を踏み出した場所の雪だけが固く凍っていたので、注意した本人が軽く足を滑らせてしまった。

「あらあら。注意しておきながらなんて恥ずかしいこと」

 その姿を見てくすりと笑ったのは黒城・渇妃(こくじょう・かわき)。旱の姉にあたる。
 ここは壱番世界。三人は、雪の降りしきるこの寒い地方にある、とある旅館へ宿泊に着ていた。と言っても、ゆっくりと周囲を観光するツアーというわけではなく、目的そのものはホテルにある温泉と料理くらい。ごくごく短い「お泊り」ではあるけれど、こうして仲の良いメンバーで出かけるということに意味があるのだ。
 ともあれ、コレットはコンダクターになる前からそこまでアクティブに外出する方ではなかったので、こうして間近で見て触れる雪がとても新鮮に映るらしい。雪の絨毯の上に、自分で足跡をつけるだけでも嬉しそうだ。
 旱も渇妃も、既に雪を見て喜ぶような年齢でもなかったので、雪を前にしてもはしゃぐことはない。でも、無邪気に雪とじゃれ合うコレットを眺めていると、はるか昔に失った童心の分まで彼女が楽しんでくれているようで、どこか微笑ましい気持ちになれた。

 †

 コレットは記念に、小さな雪だるまを作って駅前に残してきた。
 そうした後、車もあまり通らず、歩く人も見かけない道を三人はしずしずと歩く。
 宿泊のためのちょっとした荷物は三人それぞれが持っていたのだが、今は全ての荷物を旱が携えている。持とうと言った彼の提案にコレットは遠慮したが、渇妃が自分の荷物と一緒に彼女の荷物まで押し付けてしまったので、お言葉に甘えることにした。旱としては、コレットの分だけしか持つ気はなかったのだけれど。
 そんなやり取りをしつつ、雪が積もる歩道を進む。やがて一行は渓谷にある旅館へとたどり着いた。一見はモダンなホテルのようだが、中身は古き日本を感じさせる作りになっており、細かな調度品や壁に飾られた絵・巻物がより雰囲気をかもし出している。この地域に生息しているのか、大きな熊や立派な角を持つ鹿の剥製などもホールに飾られていた。

「私たちの居た世界とは違ってこう、整備されてるというか、乱雑でないわよね。一種の芸術性とか伝えたいものがあって、こうやって作っている感じ」

 渇妃は顎に手を当て、熊の剥製とにらめっこしながら感慨深く呟いた。
 無秩序にビルが乱雑し、人がゴミのようにごった返すような異世界を故郷とする黒城姉弟にとっては、壱番世界は平穏そのもの。だからこそ余裕やゆとりが生まれ、見るものを魅了する文化的な味が、建物やそこに置かれる備品といった所からにじみ出ているのだろうと考える。
 
「でも、壱番世界のすべてがこうじゃないわ。昔ながらの風情が残ってるのは、やっぱり観光地が主流だもの。だから、その――」

 コレットが、少し不安がちな視線を旱に投げかける。その視線が、「ここ、高くなかった?」と訊いている。旅館の端々から香る文化のかけらは素敵なものだけど、それはつまり値段の高さとも直結する。あまり外に出ないとはいえ、こういった旅館に泊まるのは一泊であってもそれなりに値が張るはずだと、コレットは察することができる。

「美人と旅するなら、これ位当然だ」

 フロントで受付を済ませてきた旱が、落ち着いた様子で軽い言葉を放つ。
 渇妃は、どこからか取り出した扇で口元を隠しながら、いたずらっぽく笑む。孔雀の羽であつらえられた煌びやかな扇だ。

「美人って私のこと? やーねぇ、今さら誉めても何も出ないわよ」
「違う。コレットちゃんの事だ」
「そうやってさり気なーくキザな台詞吐くなんて、あなたも暇なのね」
「本当のことだからな。美人を美人と言って何が悪い」

 互いに毒を吐きながらもそのやり取りは慣れた様子があり、いつものことであると伺える。
 でもコレットは、それが姉弟の仲の良さからきているものと知らない(一緒にいて何度もこうした二人のやり取りは見てるのだけど、頻発する口げんかと思っている)。なので少しおどおどとした後、「わ、私は渇妃さん、とっても美人だと思います。私なんてまだまだ子どもだもの」とフォローを入れるのだ。
 渇妃はきょとんとした後、微笑んだ。そして雪崩れかかるようにコレットに寄りかかり「コレットは素直でいいコね~」と甘やかすように言いながら、彼女の頭を撫でるのだった。
 やがて、和服を着込んだ旅館のスタッフに先導されて、座敷タイプの部屋へ案内される。まずは冷えた身体を温めようと、旱が露天風呂に行くことを提案した。
 でも、コレットの表情へわずかな影が差したのに気付けたのは、同じ女性である渇妃だけだった。

▼一緒に入りたくて、
「む、おかしい。混浴と訊いていたはずだぞ……」

 旱の視線の先では、性別がきっちりと記されている暖簾がある。男湯と女湯で温泉への入り口は分けられている。宿泊の候補に上げていた宿の中で、いくつかは男女が混浴できる宿もあって、今回の宿泊ではそこを選んだはずだったのだ。どこかで情報を間違えたか、と旱は左右に分かれた廊下を前に、腕を組み難しい表情だ。

「俺としたことがこんなミスを……いやしかし、間違えるわけないのだが。ううむ」
「ダメよ。コレットちゃんの身体は私が独り占めするんだから。ねー、コレットちゃん?」

 渇妃は妖しく口元を歪めながら、互いに腕を組んでいるコレットへ微笑みかけた。

「それとも、コレットちゃんは旱と一緒に入りたかったかしら?」
「か、渇妃さんっ」

 コレットは少し頬を赤くしながら、わたわたと困った様子。それを見て渇妃は、肩をくつくつと揺らして笑う。

「あーもう可愛いわぁ。このままターミナルにお持ち帰りしちゃおうかしらぁ」
「どっちにしろ明日にはターミナルに帰るだろう」
「ま、混浴でなくて残念だったわねー。あなたは一人寂しく行ってらっしゃいな。私はコレットちゃんと濃密な時間を過ごすんだから。――さ、早く行きましょう?」
「あーあ、まったくついてないったらありゃしない……」

 仲の良い姉妹のように、二人は並んで女湯の暖簾をくぐって行く。その背中をうらやましそうに眺めながら、旱もしぶしぶ男湯の方へと足を向けた。
 脱衣所で衣類を脱ぎ、籠にまとめて置いておく。がらがらとガラス窓の扉を開けて露天風呂に向かう。既に入浴のピークは過ぎており、他の入浴客は誰もいない。かけ流しの温泉が立てる音以外の雑音はなく静かだが、その静けさが逆に旱の孤独感をより大きなものにした。雪もちらつくような寒さの中、そう長く一糸纏わぬ姿ではいられないこともあるし、旱は寂しさを忘れようと、桶ですくったお湯を思いっきり頭から被った。

「あっつ!」

 身体にも心にも染みる熱さだった。

 †

 女湯のほうも他の入浴客は見当たらず、渇妃とコレットの二人だけだった。

「温泉なんていつ以来かしら。久しぶりだわぁ」

 るんるんと鼻歌を口ずさむくらいに上機嫌な渇妃は、脱衣所に着くとすぐに服を脱ぎ始める。でもコレットが自分の衣服に手をかける様子はどこか遠慮がちであり、ボタンひとつ外す動作もひどく緩慢だ。
 渇妃はわざと必要以上にはしゃぐ様子を見せる一方で、コレットの細かな挙動を気に留めている。わずかにはだけたコレットの首元に、傷痕のようなものがちらりと確認できた渇妃は、今の彼女がどんな想いでいるのかを何となく察した。

「ゆっくりどうぞ、気にしなくていいわ。先に温泉で待ってるからね」

 渇妃はぱちんとウィンクをすると、ひらひらと手を振りながら先に露天風呂へと向かう。

「――」

 コレットは一人残された脱衣所で、服を脱ぎかけたまま切ない表情で考え込む。

(気を遣ってくれたのかな、渇妃さん。私のこと……)

 脱衣所に備え付けられた大きな鏡といくつもの洗面台がある。そこに写る自分の姿を見つめたまま、コレットはゆっくりと服を脱いでいく。普段は衣類で隠れていて決して一目につくことはない部分に、いくつものまがまがしい傷痕がある。中には火傷によるものもあって、決して消えることはなさそうなほど、痛々しい痕となってしまっていた。
 渇妃にも誰にも、自分の深い部分は話したことがない。それでも渇妃がこうして自分一人にしてくれたのはたぶん、周囲を気にすることなく服を脱げるように、彼女が気を遣ってくれたのだろう。

(大人の女のひとって……すごいな。私もそれくらいに優しくて強い女のひとに、なれるのかな)

 自信はなかった。でもいま自分にできることは、力もなく辛い過去しか抱えていないことを嘆くことではなく、彼女の気遣いに少しでも応えられるよう手早く脱衣を済ませて、外の露天風呂に向かうことのはずだと考える。
 それでもやはり、身体の傷痕を含めて自分の弱い部分をさらけ出せる勇気は、まだない。コレットは、身体に一枚大きなタオルを巻く他にも何枚か使って、すっかり身体を隠してから渇妃のもとへ行った。
 他の人の倍以上は脱衣に時間をかけたことに、渇妃は何も言わなかった。二人はほっこりとした表情で温泉に浸かり、静かな時間を過ごした。

▼お風呂をすませて、
 先に入浴を済ませた旱は、肩にタオルをかけ、自販機で買った缶ビールを口にしながら二人を待っていた。同じく浴衣姿になってやってきた二人と合流する。

「うんうん、浴衣が良く似合ってるぜ、コレットちゃん」
「ていうか、これから夕飯なのに何やってるのよあなた」
「風呂上りと言えばコレなのは、どの世界でも共通だと思うがね?」

 そんな軽口を叩く旱に、コレットが少ししょんぼりした様子で「……おなか、ぽっこりしちゃう旱さんは嫌だな」と呟いた。彼は「う」と詰まった表情をするしかない。
 ともあれ、三人は客室へと戻る。そのうち、旅館スタッフが部屋へと夕飯の料理を運んできてくれた。壱番世界の風習にならい、コレットを先導に三人で「いただきます」をした後、料理に箸をつけていく。

「住んでた世界によっては、箸なんてもの知らなかった連中もいるからな。そういう意味では、壱番世界の文化と似通ってるところがあった俺たちの世界は、幸運だったかもしれないな」
「あら、どうして?」
「同じ飯を、同じようにおいしく味わえるからだよ」

 黒城姉弟は、インヤンガイに似た雰囲気の世界からやってきた。そしてインヤンガイは、コレットたちコンダクターの出身である壱番世界で言えば、アジア圏に酷似している。様々な文化が混在するような世界からやってきた黒城姉弟は、箸の扱いにも慣れているようだった。

「しかし、ここの世界は魚がうまいな。うちの世界じゃ海も汚いから、天然物で生の魚なんて食えたもんじゃない」
「旱さんはお刺身がお気に入りなの?」
「酒によく合うからな」
「そうなんだ? ふふ。あ、そうだ。せっかくだし、お酌するわ」

 コレットが座布団から腰を上げ、しずしずと旱の席の前に近づく。白い陶器でできたとっくりを持つと、旱が持つお猪口へと酒を注いでいく。旱はそれを一気に飲み干すと、満足そうな溜息をついた。

「くはぁ。美人に注いでもらう酒の旨さは格別だな」
「あら、じゃあ特別に私も注いで差し上げましょうか?」

 肩にかかった髪を払いながら、渇妃がふふふと高慢さをにじませて笑む。しかし旱は姉の方など見向きもせず「結構だよ。酒がまずくなる」と吐き捨てた。
 そうするとコレットがしゅんとした面持ちで「旱さんは、どうして渇妃さんに辛く当たるの? もうちょっと優しくしてあげて欲しいな……」と呟いた。その切なそうな視線が旱の胸に罪悪感を苛ませ、声を詰まらせる。

「う――いや、コレットちゃん、勘違いだよ。これは親しくも尊敬する姉へのね――」
「えーん、コレットちゃん。旱がいぢめるわぁ。私を助けて慰めてー」

 渇妃は泣きまねをしながら立ち上がると、旱の席の前にいたコレットの背中へ、甘えるように傾れかかる。二人はバランスを崩し、そのまま横に倒れる。
 
「渇妃姉、はしゃぎすぎだぞ――おっと」

 しかめた表情で姉に忠告するが、じゃれて倒れこんだ二人の浴衣がはだけて白い肌がちらりと見えたので、旱は思わず視線を背け、顔に手もかざして視界を遮断しようとする。

「何見てんのよ、すけべ」

 渇妃はコレットの上に倒れ伏せたまま、唇を尖らせて抗議の目を向けた。その下でコレットはわたわたと苦しそうにしている。

「見せたのは渇妃姉のほうだろう。というか、早く起きろよ。コレットちゃんがつぶれちまう」
「いやねー、男って。油断も隙もないんだから」

 弟の言葉などスルーして、渇妃は身体を起こす。コレットが背中を起こすのを、手をそえて手伝ってあげる。

「すけべー、旱のすけべー」
「ふふ。旱さんのえっちー」

 少し悪戯心がコレットにも芽生えたようで、くすくすと明るく笑いながら渇妃の言葉に同調し、旱を非難してみせる。

「え、ちょ、ちょっと待ってくれよ。コレットちゃんまで……」

 男ひとり、女性二人に翻弄されがちでたじたじの旱だ。
 部屋にあははと楽しそうな笑い声が響く。

▼眠ろうとして、
 はしゃいだ様子で食事を済ませた後、いつでも眠れるようにと先に歯磨き等を済ませた。それから、軽くお茶を飲みながらおしゃべりをしたり、持ってきたトランプで遊んでいた三人。
 渇妃はコレットに膝枕を(半ば無理やり)してあげるなど可愛がっていたのだが、気が付けばコレットはすぅすぅと微かな寝息を立てていた。

「あら、コレットちゃん寝ちゃったのかしら」
「よせ、起こすなよ渇妃姉」
「美人の寝顔を見ていたい、から?」

 にまーと含みのある笑みを弟に向ける渇妃。旱は涼しげに微笑み返す。

「それもあるが、起こすのは可哀想だろう。宿泊の前日まで冒険依頼もこなしてたようだし、疲れているんだ。そっとしておいてやれよ」
「ふふ、そうね。せっかくだからこのまま可愛い寝顔を眺めてることにするわ」
「じゃあ、俺はその間に布団でも敷いてしまうかな」

 旱は立ち上がると、部屋にあった襖をなるべく静かに開いて、そこにしまわれていた布団を敷き始める。
 その間渇妃は、自分の膝に頭を乗せ、無防備に眠りこけているコレットを愛しげに見下ろしていた。そっと頭を撫でたり、たまに悪戯半分でぷにぷにと頬を突付いてみたりする。そうすると彼女がむず痒そうに顔や身体をもぞりとさせるので、その仕草に胸がきゅんとなり、思わず甘ったるい笑みがこぼれた。

「何、にやにやしてるんだよ」
「ふふ。だって可愛いじゃない」
「ま、それには俺も納得だ。……起きる様子は?」
「突付いたりしてたけど、全然起きないわ。よく寝てるみたいよ」
「じゃあ仕方ないか……俺が布団の上に運ぼう」

 そう言うと、旱は眠るコレットの体躯にそっと手を伸ばし、壊れ物を扱う慎重な手つきで彼女を持ち上げた。思った以上に軽く、そして温かな体温をその腕に感じた。
 そして敷いた布団の上に彼女をそっと降ろし、布団をかけてあげる。その最中、コレットが起きる様子は微塵もなく、よく眠っているようだった。
 布団は川の字のように敷いた。真ん中にコレット、窓が近い左側に渇妃、入り口が近い右側に旱だ。
 渇妃は布団の上でうつ伏せになると、重ねた両腕の上に顔を乗せ、近くでコレットの寝顔を見つめる。足をたまにぱたりと動かしながら、穏やかな表情で彼女が眠っている様子を見守る。

「ほんとに可愛いわぁ。妹がいたら、こんな感じなのかしらねぇ」
「かもな」
「旱は、コレットちゃんが妹だったらどうする?」
「そりゃ嬉しいね。思いっきり甘やかすし、そう簡単に嫁には出さんさ」
「何よ、その一人娘を持った父親みたいなの。おっかしい」

 声は立てず、小さく息を漏らして渇妃は笑む。旱も、己に苦笑する形で微笑みを返した。
 ともあれ時間も遅くなってきたので、二人も布団に潜り込むことにする。灯りを消しても、障子越しに入り込んでくる月明かりもあって、目が慣れてしまえばそこまでの暗さはない。

「月の光? 雪が止んだのね。明日は晴れるのかしら」
「そうだな」

 ほのかに青白い暗がりの中、コレットの静かな寝息に混じって、姉弟がぽそぽそと会話を交わしている。

「あまりに可愛いからって、寝てる間にコレットちゃんを襲わないでよ? 旱」

 くくくと意地悪く笑う姉に、弟は冷静に反撃の一声を投げかける。

「渇妃姉こそ寝相悪いんだから、コレットちゃんを蹴飛ばしたり、裏拳かましたりするなよ」
「……」
「なんでそこで黙るんだ」
「ぜ、善処するわ」
「……そうしてくれ」

 頼りない姉の答えに、弟は口をへの字にして溜息をつくしかない。
 ともあれそこで二人の会話も止み、いつしか三人の寝息が聞こえるだけとなった。

 †

「――」

 ふと気が付いて、コレットは瞼(※)を薄く開いた。夕飯の後におしゃべりをしていて、膝枕をしてもらって――と記憶を反芻(※)しているうちにすぐ、自分はいつの間にか寝てしまっていたのだと把握する。
 そうなると、自分が今使っているこの布団も、あの二人が敷いてくれたのだろうか。こうして布団の中に自分を寝かせてくれたのだろうか――という疑問がもたげてきて、二人に申し訳ないことをしてしまったと、コレットは自分を責めた。
 そんな二人はどうしたのだろうと、寝ぼけ眼のままむくりと布団から身体を起こしてみる。左右に姉弟が眠っている。二人とも、慣れない場所で眠ることが苦手なのか、やたら布団を蹴飛ばしており、見ている最中にも寝づらそうに寝返りをうっていた。でもそこでコレットは思わず、くすりと笑い声をもらしてしまう。二人の眠っている姿勢や向いている方向が、まるっきり一緒なのだ。姉の渇妃のほうは、弟の旱と比べて布団がやたらはだけてしまっているけれど。
 コレットは、二人にそっと布団をかけなおしてあげる。暗がりの中、おぼろげに見える二人の寝顔を柔らかな面持ちで少し眺めた後、彼女も再び横になり、眠りについた。

▼朝になって、
 渇妃が寝返りを打ったと同時に放った裏拳が壁にぶち当たった音と、彼女自身が上げた短い悲鳴が、翌朝の目覚ましになった。
 ともあれ、三人は起床する。布団を丁寧に畳むと、旱は渇妃から「着替えるから男は外よ外」と言われると、一方的に部屋から追い出されてしまった。と言っても、渇妃も一緒に部屋の外に出てきたのだけれど。コレットと一緒に着替えないのかと旱は不思議そうに聞くと、渇妃は「花の乙女には秘密があるのよ」と抽象的な返答をした。旱はふむと考えた様子で自分の顎を触っていたが、「じゃあ渇妃姉に秘密などありはしないのか」と呟きを漏らす。すると渇妃は間髪入れず、涼しげな顔で遠慮なしに、旱のお腹へぐーぱんちを閃かせた。
 会心の一撃をお見舞いされ、旱がお腹を押さえて悶絶しているところに、もとの私服姿に着替えたコレットが部屋から出てきた。

「ひ、旱さんどうしたの?」
「ふふん、乙女を貶めた(※)罰を受けたのよ。あ、次は私が着替えてくるからコレットちゃん、この馬鹿をお願いねー」

 戸惑いがちに声をかけるコレットの横を、普段どおりにひょうひょうとした渇妃が通り過ぎ、部屋へ着替えに戻った。

 †

 着替えも終え、忘れ物がないかも確認すると、三人はチェックアウトを済ませるために旅館のフロントへと向かった。
 広々としたフロントとそのままつながっているロビーは、壁の一面がガラス張りであり、そこから渓谷の景色を見下ろすことができる。旱が手続きを済ませる間、コレットはそこから外を眺めていた。どんよりとした雪雲はなく、澄み切った青の空が清々しい。旅館の下方には川が流れており、大小さまざまな石がありのままの姿で佇んでいる。日陰にはまだ雪も残っていた。

「手続きは済んだぞ」
「じゃあ出発ね。コレットちゃん、行くわよ」
「はーいっ」

 ガラス窓からぴょんと離れると、コレットは二人のもとへぱたたと駆け寄ってくる。そして三人は旅館を後にし、雪の残る帰り道を歩いていく。

「一泊だけだったけど、お泊り楽しかったわ。また来たいな」
「――と、愛しい〝妹〟からお誘いがあったけど、〝お兄様〟は如何?」
「え? い、妹? お兄ちゃん?」

 コレットの呟きを拾って、渇妃がわざとらしい口調で言葉をつなげる。コレットは妹云々の例えの意味がよく分からず、きょとんとした様子だ。
 ともあれ旱は顔に得意げな微笑をたたえて、それに返した。

「もちろんコレットちゃんさえ良ければ、何度でも連れて来てやるさ」
「じゃあその時も全部、あなたのオゴリでよろしくね~」
「え、いや待ってくれよ渇妃姉――」
「ほんとっ? 嬉しい! 旱さん、ありがとう」

 姉からの思わぬ返答に、弟は難しい表情を浮かべた。でも、愛しい〝妹〟から花のような笑みで見上げられれば、心優しい〝兄〟は肯定の頷きを返すしかなかった。
 今回の出費は見栄を張ってすべて自分が抱えていたが、次も同じくらいかそれ以上の出費となると――と、旱は頭の中で必要な金額や、それに合わせてこなす依頼の数などを考え始める。
 出費は手痛いけれど、決して嫌ではない。お金では買えないものを、お金と引き換えに手に入れられるなら、それ以上に嬉しいことはないからだ。
 物より思い出、思い出はプライスレス。可愛い〝妹〟の思い出作りのためならば、出費など惜しまない旱だ。
 ――でも痛手なのは確かなので、旱は心の中でさめざめと泣いているのでした。

<おしまい>

クリエイターコメント【あとがき】
 というわけで、旱さんは次への旅行のために、お金を工面していくのでした――。
 初めてのプラノベなので、少し緊張しておりました。どきどき。でもでもリアル事情で先日に、ちょうど雪の降る地方へ旅行に出かけていたため、その余韻を糧に楽しく執筆することができました。
 この度はオファーをくださり、ありがとうございました! ふたりの姉弟と、もう一人の〝妹〟との、まったりとしたやり取り。お好みに合えば、嬉しく思います。
 夢望ここるでしたーっ。ぺこり。

【『教えて、メルチェさん!』のコーナー】
「……こほん。
 皆さん今日和。メルチェット・ナップルシュガーですよ。
 雪の降る観光地で、露天風呂に浸る……ゆったりできそうで素敵。お肌にも良さそうですね。
 それはともかく、今回もいくつか漢字の読みを紹介しておきますよ。

▼瞼:まぶた
▼反芻:はんすう
▼貶めた:おとし-めた

 ……こんな感じかしら。今回は少なめ。いいことかしら。
 皆さんは読めましたか? メルチェは大人ですから、これくらいは当然です(きぱ)
 報告書の途中に「(※)」のマークがあったのは、このためなのよ。それと、ここで解説をしているのは文字数を圧迫したくないからとか、ひらがな・カタカナにすると雰囲気が出なくなっちゃうからとか、そういった理由があるからみたいです。参考になると嬉しいわ」
公開日時2011-02-13(日) 21:10

 

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