クリエイター石動 佳苗(wucx5183)
管理番号1198-9249 オファー日2011-02-19(土) 00:41

オファーPC ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
ゲストPC1 コレット・ネロ(cput4934) コンダクター 女 16歳 学生
ゲストPC2 アインス(cdzt7854) ツーリスト 男 19歳 皇子

<ノベル>

 絶海の孤島に、その屋敷はあった。
 幾星霜を重ねた古い石造りの壁には蔦が絡まり、周囲の森には、まるで招かれざる者を惑わせ飲み込むかのように、白い霧が深くたちこめる。島内にはこの屋敷を除いて建物らしい建物はなく、一日に数回ほど物資の調達や来客の送迎で船が行き来する以外に、滅多に訪れる者もない。
 その荘厳たる威容は、外界から隔絶され、時にすらも忘れられた古城のようにも見えた。

 折しもその日は悪天候。吹きすさぶ嵐に波は逆巻き、大時化となった海は、余所者がこの島に近づこうとすることも、島内の者が外へ出ようとすることも拒むかのように荒れ狂っていた。
 そして、周囲を漆黒の闇が包み、人々が寝静まろうとする深夜。絹を裂くような少女の悲鳴が屋敷中に響き渡った。

「きゃああああああああああっ!!」

 悲鳴を聞いた屋敷の主や使用人、賓客たちが、一斉に居間へと駆けつける。そこでは屋敷の令嬢、コレット・ネロが目を覆いながら、怯えるようにがたがたと震えていた。
「お嬢様! 一体どうなされました!?」
 コレットが指さした居間の中央には、首と胴体を切り離され血まみれになった、無残な死体が転がっていた。
「あ、ああ……そんな……ツヴァイさん……が……」
「お嬢様、お気を確かに……」
 被害者は19歳の青年ツヴァイ。コレットの婚約者候補の一人である。『候補』というからには、他にも彼女の婚約者候補がいるということになるが、これについては後述する。
 突然の惨劇、変わり果てた姿の婚約者に、ふらりと気絶しかけた彼女の肩を、長年この屋敷に勤めてきた老執事が優しく抱きとめる。
「警察への連絡がつきました! しかしこの悪天候で、到着はかなり遅れるものと……」
「うむ……仕方がない。とにかく現場を荒らすな! そして、この屋敷にいる人間を全てこの場に集めるのだ! 良いか、誰一人逃がしてはならんぞ!」



「それにしても……一体誰がこんなことを……」
 凄惨な殺人現場を目の当たりにして、誰もが目をそむけ、言葉を失う。
 遺体発見現場となった居間の扉には、鍵がかけられていない。つまり、現在この屋敷に滞在している者ならば、誰もが自由に出入りできる状況にあった。また現場の床には引きずったような跡はなく、別の場所で殺害した遺体をここに運びこんだ可能性は低い。現場に残された大量の血痕から見ても、少なくとも頚部の切断に関しては、間違いなくこの居間で行われたと考えてよいだろう。
 しかもこの島は四方を海に囲まれ、本土から隔絶されている。加えて警察の到着が遅れるほどの悪天候。仮に犯人が屋敷の外へ出たとしても、この嵐の中、真夜中の森で長時間潜伏し続けるのは難しい。まして荒れ狂う海を越えて島外に脱出するのは不可能だ。
 この場にいた全ての者が、同じ推論に達していた。

 ――犯人は、この中にいる。

「ふっ……こういう時こそ、私の出番のようですな」
 そんなキザなセリフと共に、賓客たちの中から一人の青年が進み出た。名はアインス。自称・灰色の名探偵にして、コレットの『もう一人の婚約者候補』でもある。
 死体を一瞥するや、アインスは一言、断言した。
「これは……自殺ですな」
「自殺、ですか……?」
 目の前の惨殺体とアインスを交互に見比べ、コレット嬢をはじめとする人々は皆、目を瞬かせた。
「いや、幾らなんでもそれはないでしょう。自分で自分の首を切断するなど、不可能だ。大体、この現場に凶器となりそうな物は一切ない。自殺者が死後、自ら凶器を処分出来るはずが……」
「果たしてそうでしょうか?」
 疑いに満ちた周囲の言葉を意に介さず、探偵アインスは続ける。
「こうした不可解な犯罪の前では、我々は一旦、常識や固定観念というものを捨ててみる必要があります。皆さんは先程、この状況で自殺はあり得ないとおっしゃいましたね。しかし、もしこれが『他殺に見せかけた自殺』だったとしたら?」
 アインスの言葉に一同は面食らった。誰もが皆『自殺に見せかけた他殺』ならまだしも、何故わざわざ『その逆』を装う必要がある? と問いたげな表情で彼を見つめる。
「例えば、もし生前の彼に、多額の生命保険が掛けられていたとしたら。自殺による死亡の場合、原則として保険金が支払われることはありません。それはそうでしょう。自殺を考えている人が保険に加入後、実際に自殺し多額の保険金が支払われる……そんなことが相次げば保険会社は多大な損害を被ることになる。だからこそ事前に『自殺に至りそうな要因』がないか、厳しい審査が行われるのです」
 ここでアインスは一呼吸置き、改めて一同に向き直った。
「では他殺ならどうか。あらかじめ保険をかけておいた他者を殺害し保険金を騙し取る『保険金殺人』の場合、発覚すれば一度支払い済みであっても返還請求が行われることになります。逆に言えば、綿密な調査の結果これが『保険金殺人ではない』と証明できれば、無事遺族に保険金は支払われる……彼はせめて後に残す家族の為に、少しでも蓄えを残してやりたかった。しかし、その為にはこれが『自殺』だと悟られるわけにはいかない……そういった動機があれば『他殺を装う』必要性も、全くあり得ない話ではない。あえてこの屋敷を自殺現場に選んだのも、今この場にいない彼の親族に疑惑がかかることを防ぐためでしょう……嗚呼、何とも涙ぐましい話ではありませんか」
「ツヴァイさん……そこまでしてご家族の為に……」
 よよよと大仰に嘆くアインスと、涙ぐむコレット。しかし、周囲の疑いの眼差しは消えない。
「しかし、自殺の方法についてはどう説明する? こんな風に人ひとりの首をすっぱりと切断するには、相当に刃渡りの大きな刃物が必要だ。例えば斧やナタ、ノコギリとか……」
「そう、そこです。先程皆さんはおっしゃいましたね。『自分で自分の首を切れるはずがない』『自殺後の死体が凶器を処分できるはずがない』と。しかし、ここで固定観念を捨てて考えてみれば、別に凶器の使用も処分も『自分でやる必要などない』という可能性に気づくはずです」
 アインスの言葉に一同がどよめいた。確かに、言われてみればその可能性も否定しきれない。ツヴァイを直接殺したのではなく、あくまで「協力者」として彼の自殺を手助けした者がいた、ということなのか。それとも……。
「ギロチン台というのはご存知でしょう。かのフランス革命でも使われた処刑器具を。あらかじめ天井から凶器を吊り下げておき、自分はその下に横たわって、凶器を固定しているロープの仕掛けを切る。そうすれば、ギロチンの要領で落下した刃が、彼の首ごと命を断ち切ってくれます。しかしそれだけでは『凶器の処分はどうするのか』というもう一つの疑問が残ってしまう……ここで更に固定観念を捨てれば、自ずと答えは見えてきます。『凶器は必ずしも鉄製でなくても良い』。例えば、自殺に使われた凶器と仕掛けが、チーズで出来ていたとしたら!」

「……チーズ?」

 誰かが呆れた声を上げる。それまでの緊張した空気が、へなへなと一気に抜けてゆくような気がした。
「チーズって……あの乳製品の、食べるチーズのことか?」
「ええ、そのチーズです。チーズと言えば乳製品の食べ物に決まっているではありませんか。誰も鉄の塊をチーズとは呼ばないでしょう?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「一口にチーズと言っても、絹糸のように繊細なものから、切り分けようとしてもナイフが通らないほど固いものまで、その種類は千差万別。我々にとって身近でありながら、しかしこれほどまでにバラエティー豊かなものを、凶器に利用できないという保証があるでしょうか?」
 いや、ない! という反語的表現を言外に含ませながら、アインスは力説した。
「自殺を決意した日、彼は密かに大量のチーズを購入し、何日もかけて柔らかいチーズを細長いロープ状に紡ぎ、巨大なハードチーズを刃状に削り出したのです。それこそ肉が切れるぐらい、ビンビンに鋭くなるまで。そして当日、彼は柔らかいチーズロープを使って固いチーズギロチンを吊り下げ、仕掛けを作った。滞りなく自殺は決行され、後に残された凶器のチーズは……そうです。この屋敷の天井裏に住むネズミさんが食べてしまったのです!」

「……ネズミ?」

 いよいよポカーンとした顔で呆気にとられる人々。
「そう、ネズミです。これだけ広い屋敷のこと、屋根裏、天井裏の面積も相当なものでしょう。その広大な面積に比例して、多くのネズミがこの屋敷に棲みついていてもおかしくない。自殺が決行された直後、チーズの匂いに惹かれたネズミたちは、あっという間に凶器に群がり食べつくしてしまった。今まで人間の目を逃れながら、高級食材の残りかすでプチグルメ生活を送っていたネズミさんたちの目の前に、突然大きなチーズが降ってきたのですから、正に千載一遇のチーズ食べ放題祭りだったことでしょう……恐らく彼はそこまで計算して、凶器にチーズを使うことを思いついたんでしょうなあ」
「ツヴァイさん……本当にそこまでして自殺するなんて……」
「あのー……お嬢様、まさか真に受けてはいらっしゃいませんよね?」
 もうわけがわからない。
 ギロチン大のチーズをきれいに平らげるのに、一体どれだけ多くのネズミが必要なんだとか、
 この血の海の中、死体のすぐ側に転がるチーズに群がったら、床にネズミの足跡が残るだろとか、
 そもそもネズミが人間の血にまみれたチーズを好んで食べるのかとか、
 色々突っ込みどころは満載なのだが、アインスは全く気にしない。
「というわけで、この謎に満ちた自殺トリックは、私の灰色の脳細胞によって、見事解き明かされたのです。自殺だと発覚したことで保険金を受け取り損ねた彼の家族には、ある意味残念な結果になったかもしれませんが、このままありもしない殺人の疑いがかかれば、今ここにいる皆さんの内の誰かが『無実の罪』で疑われることになる……少なくともその悲劇は避けられたわけですから。いずれにせよ、明日警察が到着すれば、私の名推理が正しいことが証明されることでしょう。真実はいつもひとつ! ですからなあ。はっはっは、これにて一件落着!」

 自信満々に宣言するアインスを、人々はただ呆然と見詰めていた。
 この場にいる誰もが、もはや突っ込む気力すら無くしていた。むしろ下手に突っ込んだら「貴様、何故そんなことを知っている!?」などと難癖をつけられ『無実の罪』を着せられる破目にもなりかねない。
 いずれにせよ、いかな殺人犯と言えども、この嵐では無事に島外に逃げおおせることは叶わないだろう。
 それにツヴァイは『誰もが出入りできる場所』で一人きりになったからこそ、非業の最期を遂げたのだ。
 ならば警察が到着するまで、自分の寝室にこもり厳重に鍵をかけ、疑わしい人物との接触を一切断てば、犯人の毒牙にかかることはないはずだ。うん、きっとそうに違いない。

(冗談じゃない。どこに殺人犯が潜んでいるのかもわからないのに、こんな茶番に付き合ってられるか! 私は部屋に帰らせてもらうぞ!)

 誰も表立って口にしないけれども、恐らくこの場にいる全ての者が、内心そう思っていたことだろう。
 壮大な謎と疑心暗鬼を残し、人々は三々五々、自室へと戻って行った。




 人々が自室に戻り、居間にはアインスとコレットの二人だけが残った。

「ねえ……ツヴァイさんは本当に、自殺…したのかしら……?」
 不安げな顔でそう尋ねるコレット。先の自殺トリック云々とは別の意味で、彼女にはにわかに信じられなかった。
 つい昼間までは、あんなに陽気な顔で笑っていた彼なのに。とても自殺を図るようには見えなかったのに。
 だからと言って、彼が誰かに恨まれて殺されたとも考えたくなかった。自分の知らない苦悩を抱えていたのだろうか。あの時は凄惨な光景にただ取り乱すことしか出来なかったけれど、そんな風に思うと、後から後から、堰を切ったように悲しみがこみ上げる。
 そんな彼女の悲しみを吹き飛ばすように、アインスは微笑み答えた。
「ハハハ、勿論さ。まかり間違っても君の名を騙って奴を呼び出したり、ブッチャーナイフで頚部を切断なんてしていないぞ」
「そ、そうですよね。そんなこと、あるはずないですもの」
 コレットもまた精一杯、笑みを作って見せる。
「ツヴァイの件は、本当に不幸だった。奴自身も無念だっただろうが、それ以上に君自身が寂しいだろう?」
 アインスはそっとコレットの肩に手を置き、自分の方へと引き寄せた。
「だが君は一人ではない。今もこの私がついているのだから。だから……心配しなくていい。これからは彼の分まで、私が君のことを支えてあげよう」
「アインス……さん……」

 宵闇の中で、二つの影がひとつに重なり合う。
 探偵アインスとコレット嬢の婚姻が正式なものとなったのは、それから数日後のことであった。



「……という内容のストーリーを思いついたのだが、どうだ? この超展開スペクタクルなら大賞受賞も間違いなしだろう!」
 満面の「どや顔」で胸を張るアインスを前に、ツヴァイとコレットは、些か微妙な表情で原稿用紙の束に目を通していた。
 テーブルの上に置かれたチラシには、

「0世界テレビミステリー大賞・作品大募集!」
 最優秀作品はドラマ化、更にモフトピア名所巡りの旅ペアご招待!

 とある。どうやらアインスは件の超スペクタクルミステリー(自称)で、このミステリー大賞に応募するつもりのようだ。ちなみに景品のモフトピア旅行のルートには、あのボンダンス島は含まれていないので、その辺は安心して良い。

 一通り読み終えたツヴァイは、原稿束をテーブルに放りだし、ボソッと呟いた。
「……つまらん」
「何……だと?」
「ありがちな舞台設定。陳腐な推理。無茶苦茶なトリック。そして見事に落ちてないオチ。そんなもんが本当にウケると思うか? おまえさあ、こんな『駄作』で大賞取れると本気で思ってたのかよ? これじゃあ2時間枠どころか、3分30秒もたせられるかどうかも怪しいってもんだぜ。それに『ペア旅行ご招待』って、当たったら一体誰と行くつもりだったんだ? まあ少なくとも俺と、ってことだけはないよなあ。もっとも、こんなリアリティ皆無の落書きじゃ、一次選考の時点でゴミ箱にポイ! が関の山だろうけどなあ!」
 小馬鹿にしたように鼻で笑うツヴァイを見て、アインスのこめかみにピキピキピキと青筋が立つ音が聞こえたような気がした。
「……ほほう、そうかそうか。私の最高傑作には、これでもまだリアリティが足りないと、そういうことだな? ならばもっと『リアリティを出せば』良作になるかな。例えばこう、実際に誰かの頚部を切断してみるとか」
「ま……まあエンタメには多少のデフォルメとかご都合主義があってもいい……と思うよ? そ、それよりさあ、お兄様! さっさとお茶菓子食べちゃってくれよ! 折角のお紅茶が冷めちゃっても何だし。ほら、この苺が山盛りに乗ったショートケーキ、美味しいよ!? ね!?」
 引きつった微笑を浮かべながら、必死の形相でアインスにケーキを勧めるツヴァイ。手にしたケーキ皿は震え、端に乗せたフォークが揺れてカタカタカタと音を立てる。

「本当、苺もクリームも程良く甘くて、とってもおいしいわ。このケーキ」
 そして、そんな二人のお約束な日常を眺めながら、コレットは苺たっぷりショートケーキを美味しく頂くのであった。


<おしまい☆>

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。
石動にとって初となりますプライベートノベルをお送りいたします。

探偵アインスの迷推理や、彼がストーリーを書こうとするに至った動機など、かなり好き勝手に捏造させていただきましたが、お気に召しましたでしょうか。
本文中に出てきた保険金云々の部分については、現実の知識を参考にしつつ、あくまで架空世界ということでかなり簡略化させていただいております。ご了承くださいませ。

楽しんでいただけましたら幸いです。
今回はご発注いただき、ありがとうございました。
公開日時2011-03-21(月) 15:40

 

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