クリエイター石動 佳苗(wucx5183)
管理番号1198-9775 オファー日2011-03-20(日) 23:20

オファーPC コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生

<ノベル>

 これは、数年前の話。
 コレット・ネロという一人の少女が、世界を彷徨う『旅人』となって間もない頃――


 見知らぬこの世界で、彼女は独りぼっちだった。
 世界図書館からロストナンバーという存在、そして世界の『真理』を教わり、今の自身の境遇についておぼろげながら把握はしたものの、それが彼女の『孤独』を癒すわけではなかった。

 彼女の故郷――この世界図書館においては『壱番世界』と呼称しているらしい――で言うヨーロッパを基調とした、ターミナルの町並みは、どこか懐かしい空気を感じさせる。
 しかしそこに住まい道行く人々は、彼女の見知らぬ顔ばかり。中には亜人、獣人、機械人、更には人の形をしていない者すらいる。彼らは自身のことを、壱番世界とは異なる『別の世界』からの彷徨い人だと言っていた。とは言え、彼らの外見、種族の差異は、彼女にとってさしたる問題ではなかった。
 何より自分自身がついこの前まで、元の世界で『異物』を見るような視線に晒され続けていたのだから。

 怖い。怖い。追いかけないで。
 怖い。怖い。ぶたないで。

 ここは自分の故郷ではないのに。普通の人は目にすることすら叶わぬ『異世界』なのに。
 だから『あの人たち』が来るはずもないのに。
 どれほど自分に言い聞かせても、暗く大きな影は黒いインク染みのように、彼女の心に張り付き、汚す。

 部屋のカーテンを全て閉めきり、薄暗がりの中で震える日々。
 日中の麗らかな陽光さえも、獲物を狩りたてるサーチライトのように思えて。
 夜毎見る夢の中ですら、繰り返される地獄の記憶。
 世界を渡る旅人となってなお、彼女に心安らげる場所はなかった。



 コレットがターミナルの片隅に部屋を借り、新たな生活を始めてから数十日。
 他者との接触を避け、外出と言えば最低限の衣食住の為に買い出しに行くだけの日々が続いた。

 はじめのうちは、親切心から声をかけ、世話を焼いてくれる者もいた。しかし誰の呼びかけにも答えず、話しかけず、意図的に視線を避けようとする彼女を、次第に周囲も避けるようになっていった。
 寂しくない、と言えば嘘になる。
 だけど、誰かの口から自分の所在が漏れ、いつか連れ戻されるかもしれないという恐怖は、それを凌駕して余りあるものだった。
 表では慈母の仮面を被り、裏で悪魔の牙をむく。それが『あの人たち』のやり方だから。
 だから今でも、貝のように口をつぐみ、殻にこもり、息を潜めて。世界の全てを遮断するように。
 最初から信じなければ、裏切られることもない。
 それだけが、傷ついた心を守る唯一の方法だから。


 ――それは、偶然だったのかもしれない。
   ただの気紛れだったのかもしれない。


 いつもなら目にも留めない場所に、その小さな店はあった。

 必要な物の買い出しの為に、最短距離を往復するだけの日々。
 自ら命を断つ痛みすら恐れ、何の希望も目的もなく『ただ生きているだけ』の毎日。
 普段であれば、寄り道をしてみようなどという考えすら思いつかなかったのに。

 その日に限って、何故か自然と、引き寄せられるように足が動いた。

 古紙特有の、少し埃っぽい臭い。最低限の通路だけを残して、深い森の木々のように所狭しと並ぶ本棚には、古今東西の書籍が整然と収められている。そこが古書店であろうことは容易に想像がついた。
 個々の本はいずれも古びてはいるものの、否、古いものであるがゆえに、これ以上痛みが進まないようにと細心の注意を払って、丁寧に扱われているようだった。雑然としているようでいて、どこか静謐な空気を醸し出しているのは、そんな心遣い故だろうか。
 片隅にしつらえたカウンターには、この店の店主であろう一人の男が、見知らぬ少女の来訪を気にするでもなく、テーブルの上の本に無言で目を通していた。見ようによっては青年にも中年にも見える、特徴の薄い地味な顔立ちと野暮ったい風貌。朴訥として無愛想な態度は、接客業としてはいささか不都合なはずだが、今のコレットにはそのぐらいの距離感がかえって気楽にさえ思えた。作られた『営業スマイル』も、馴れ馴れしく近づかれるのも、かえって心の重荷でしかなかったから。

 自分の他には客のいない、古い時代の残滓が残る静寂の空間を、コレットはただ何となくふらふらと歩いていた。
 最初から何か買いたかったわけではない。当てがあったわけでもない。
 だけど今日まで、こんな風に見知らぬ場所で『いつもと違う時間』を過ごすことすらなかったと、少し自嘲気味に心の中で呟く自分がいた。


 ずらりと並ぶ古書の中、コレットはふと、1冊の本に目をとめた。


 それは小さな絵本だった。あるいは詩集なのかもしれない。
 右のページに花の絵が描かれ、左のページに短い詩が添えられている。
 何かの拍子で壱番世界から流れ着いたのか、それともコレットと同じコンダクターの手によって書かれたのか。


 ――それは、必然だったのかもしれない。
   無意識の叫びだったのかもしれない。


「これ……ください」

 変わり映えのない日常に、ほんの少しの変化が欲しかったのか。
 それとも、遠く離れた故郷への郷愁を、心が求めていたのか。
 いつしかコレットは、手にしたその絵本をカウンターの店主に差し出していた。



 その夜、眠りに就く前のベッドで、コレットは昼間買った絵本のページをめくる。
 色とりどりの花と、そこに添えられた小さな詩篇。
 ふと、一つの花に目がとまった。
 頭を垂れた白い花。先端に緑の斑点をひとつつけた白い花弁が、ドレスの裾のように並ぶ可憐な花。スノードロップ。


 冬の冷たい根雪の下で
 待雪草は夢を見る
 光戻りし春の日に
 希望の訪れ告げるため


 ふと、幼い頃に読んだ童話を思い出す。親にいじめられ、雪の降りしきる厳寒の森へ、咲くはずもない待雪草を摘みに行かされる少女の物語。だけど少女は精霊の助けを得て、最後には幸せを掴むのだ。
 別の伝承では、神に逆らう罪を犯した哀れな女を救うため、心優しき天使が雪の中から生み出した花なのだともいう。

 でもそれは、みんな遠い国の御伽噺。
 希望をくれる精霊や天使など、この世界にはいない。それが現実。
 この心と体に刻まれた無数の痣が、その証明なのだから……。



 雪の降りきる冷たい闇の中を、コレットはただ彷徨い歩いていた。
 いつからなのか、どうしてなのか。
 逃げたかったのか、逆らえなかったのか。
 そもそも自分は、何のために、何処へ向かっているのか。
 今はもう、その理由も分からない。

 小さな体は何時間も冷気に晒され続け、既に感覚すら覚えなくなっていた。
 痛いはずなのに、疲れているはずなのに、それを感じる心が凍りついている。
 悴む手に息を吹きかけても、その温もりは強風に煽られた灯のように儚く消える。

 枯れ枝がぽきりと折れるように、やせ細った身体を辛うじて支えていた力が、ふっつりと消えた。
 膝ががくりと落ち、そのまま白い雪の上に倒れ伏す。
 痛くはない。深く積もる雪が柔らかいからか、それとも感覚が麻痺しているせいか。
 もう歩けない。立ち上がれない。目も開かない。
(死ぬの……かな……)
 痛みを感じないのなら、今の辛い日々が終わるのなら、それでも良いかもしれないという思いがよぎる。
 ああどうか、もし天国というものがあるのなら、私は……


 ――目の前に光があった。
 ここは天国なのだろうか。否、白い地面は空に浮かぶ雲ではない。確かに冷たい冬の雪だ。
 その根雪を割って咲く、一輪の花。手を伸ばせば簡単に摘み取れそうな、小さなか細い花だと言うのに、冷たい地の底で長い長い試練に耐えきったことを誇るように、凛とした姿で光に向かって背を伸ばしていた。

 その姿は、確かに見覚えのある……



 窓から差し込む朝日に、コレットは目を覚ました。

 いつもと同じ、辛く悲しい悪夢のはずだった。
 だけどその結末は、何処かいつもとは違っていたように思えて。

 いつもならきっちりと閉めていたカーテンがずれて、朝の明るい日差しが部屋に差し込んでいる。
(いけない、閉めなくちゃ……)
 頭の中のもやもやとした感覚を振り払い、ぼんやりとした頭で窓に近付くと、その下に小さな生き物がいた。
 この0世界に流れ着いて、初めて出会ったパートナー。旅人の道行を助け、求めに応じて様々な姿を取る『セクタン』という不思議な生き物。そのセクタンにコレットは『クルミ』と名前を付けた。
 今はドングリに似た姿をしたクルミは、言葉こそ発しないものの、どこか心配そうな顔でコレットの方を見ているようだった。今までは他者との接触が怖くて、クルミのこともほとんど目にとめていなかったけれど。
(あ……)
 ふと見ると、クルミの尻尾に、小さな白い花が咲いていた。
 絵本の中の待雪草でもない。夢の中で最後に見た花でもない。だけど、柔らかな日差しの中で咲く花は、確かに瑞々しい生命の息吹に溢れていた。

「あなただったのね……私の……希望の花……」

 思わず、クルミを抱きしめた。クルミ自身は何も話さないけれど、ぬいぐるみのように柔らかな感触に、コレットの心は確かに安堵と温もりを感じていた。
 クルミを抱いたまま、いつもとは逆にカーテンを開け放ち、窓を開けてみる。
 窓の外から見える風景は、確かにいつもと同じ変わり映えのしない町並み。『季節の変化』というものが存在しないターミナルは、劇的で鮮やかな変化を見せることなどないはずだった。
 だけど、今コレットの目に映る風景は、今まで見たどんな風景よりも美しく、鮮やかに見えた。

 冬の終わりには、必ず春が訪れる。
 壱番世界にいた頃は考える余裕もなかった、そんな当たり前のこと。
 凍てつく孤独と痛みを耐えた者が持つ、命の強さ。あの小さな花の中にさえ、その力は確かに。

「ね、一緒に外の世界、散歩してみようか」

 腕の中のクルミに問いかけるように、コレットは小さく呟いた。


<了>

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。プライベートノベルをお送りします。

ちょうどオファーを頂いた時期が、冬から春へと移り行く季節。
辛い過去と、それを乗り越えるきっかけとなった小さな花。
そんなところから、本編にも出てきたとある童話のことを思い出し、調べていくうちに色々とエピソードが膨らんでいきました。

今私たちがいる現実の中でも、色々と辛いこと、哀しいことは起きています。
だけど、そんな中にも必ず希望はあるのだと、命は強く優しい力に満ちているのだと、そんな想いを少しでも表現できていれば幸いです。

今回はオファー頂き、本当にありがとうございました。
公開日時2011-04-16(土) 22:20

 

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