クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-9935 オファー日2011-04-02(土) 14:49

オファーPC ルゼ・ハーベルソン(cxcy7217)ツーリスト 男 28歳 船医
ゲストPC1 エア(chbr5722) ツーリスト 男 12歳 天女鳥
ゲストPC2 コレット・ネロ(cput4934) コンダクター 女 16歳 学生

<ノベル>

 桟橋の先には、海が広がる。
 真っ青の海原を渡ってきた風が、潮の香と一緒になってコレット・ネロの金の髪にじゃれつく。花の縁取り施された白いスカートの裾が翻る。
 空のてっぺんで輝く太陽の光集めて、白金の色して髪が揺れる。耳の横で一房ずつをまとめる赤のリボンが風になびく。翠玉色の眼にも覆い被さってくる髪を白い手で抑えて、コレットはやさしい笑みをその眼に浮かべた。スカートの裾に隠れるようにして足元にくっつくドングリフォームのセクタン、クルミの頭の天辺を指先で撫でる。
「すごい風ね」
 強い潮風を厭うでもなく、むしろ楽しむように柔らかく微笑む。
「エアさん、寒くない?」
 隣で同じように風を受けているエアに話しかける。天女鳥と言う種類らしいよと言っていたのは、この旅へと誘ってくれた、ルゼ・ハーベルソンだ。二人を連れて行きたい場所があるんだ、そう言っていた。いつもどこか楽しげな悪戯を企んでいるような茶色の眼が、小さな妹を見るそれのように笑んでいたのを、コレットは思い出す。ぽんぽん、と撫でるように頭を軽く叩いてくれた大きな手を思い出して、ちょっと自分の頭に触れてみる。
 そのルゼは、少しここで待っていて、と二人を置いてジャンクヘブンの港の何処かへと行ってしまっている。
 コレットよりもずっと大きな白い鳥が、海に臨む桟橋の先にうずくまっている。滑らかな羽毛で覆われた頭から、ぴょこんと飛び出す黄色の飾り羽が、潮風に激しくはためく。桟橋の下から跳ねる波の飛沫が、折り畳んだ翼を濡らすのだろう。時折、大きな翼を広げてばたつかせて飛沫を振り払っている。
「平気」
 それでも、桟橋の先から避難しようとしないのは、
「魚、泳いでる」
 桟橋の下、波間にきらきらと鱗を光らせて泳ぐ魚が気になって仕方ないかららしい。金色の小さな眼が、陽の光受けた波が煌く度、ぱちぱちと眩しげに瞬きする。
「お腹、空いちゃったかしら?」
 お魚が好きだったっけ、とコレットは思い出す。以前、ヴォロスの大地で行われた祭りの時には、大きな鮭をお土産に渡したけれど。
「お魚屋さん、近くにあったかな……?」
 白い翼にくっついた海水の雫を掌でそっと拭ってやりながら、コレットは振り返る。桟橋の後ろには、静かな住宅街が海辺に沿って並ぶ。この辺りは白壁の家が多い。屋根は案外色とりどりだ。海と同じ青、水色と白のストライプ、草木の黄緑に蜜柑のオレンジ。白い海鳥がのんびりと鳴きながら、羊雲の空を飛んでいく。
 魚屋があるとすれば、住宅街を抜けた先の港市場あたりだろうか。お腹を空かせた天女鳥に、すぐに何かを用意してあげることは出来ない。
「お魚、持って来れば良かった」
 ごめんなさい、と睫毛を伏せる。
 波音が耳をくすぐる。
 ふわふわとしたエアの羽毛が頬に触れる。
「コレットは悪くない」
 しょんぼりするコレットの様子にようやく気付いて、エアは慌てて首を横に振る。ふさふさと揺れる羽毛がくすぐったくて、コレットは小さな鈴のような笑い声を上げる。
「お待たせ」
 石畳の陸地から、待っていた人の声がした。コレットとエアは揃って振り返る。
「売り場が少し込んでいてね」
 桟橋の端で、ルゼは軽く片手を挙げた。襟足で緩く結わえた茶色の髪が、海の青に映える白いシャツが、潮風に揺れる。眩しい陽射しに、茶色の瞳が僅かに細まる。
「うりば?」
「そう、船のチケット売り場」
 首を傾げるエアに頷きながら、ルゼは二人に近付く。
「船に乗れるの?」
 コレットが眼を輝かせる。きらきらと白く光る海を背に、桟橋を小走りに渡る。エアがコレットの後に続く。翼のある背の上、革製の鞍に結びつけた藤製のバスケットがゆさゆさと揺れる。
「重たくない? やっぱり私が持つわ」
 コレットが心配げに振り返る。エアは得意げに頭の飾り羽を揺らす。
「へいき」
 バスケットを取ろうと伸ばしてくるコレットの腕から逃げるように、細い鳥の足で後ずさる。
「前に俺達を乗せて飛んだくらいだからね」
 くすり、ルゼが笑った。エアの翼のあたりを掌で軽く叩く。優しい手に、エアは思わず、くぅ、と気持ち良さそうな鳴き声をあげる。
「傷はもう痛まないだろ」
「全然へいき」
 エアはロストナンバーとなった時、ディアスポラ現象によってブルーインブルーに飛ばされ、ルゼを含む数名のロストナンバー達によって救出された。その際、自らの世界で人間に攻撃されて負ったその傷を、船医であるルゼが治療している。
 その縁もあってか、ルゼはエアが零世界に落ち着いた今でも、放っておけずにいる。駅前広場でうろついているのを見つけては声を掛け、最近ふくふくと太り気味な鳥の体調を心配し、――こうして今日も、妹のように思うコレットとの旅にエアを同行させている。
「……また太ったか?」
 白い翼を撫でながら、ルゼは大らかな眉をちらりとしかめる。
「肥満症で俺の診察を受けに来るのは、本当にナシにしてくれよ」
「冬毛なだけ」
 エアは、ブルーインブルーの陽の熱を含んだ羽毛をぶわりと膨らませてみせる。ふかふか膨らむエアの温かな羽毛に両手で触れて、コレットが柔らかな笑い声をあげる。
「どこに連れて行ってくれるの?」
 コレットの無邪気な翠玉色の瞳に見上げられ、ルゼは唇をどこか悪戯っぽく笑ませる。
「秘密」
 行こうか、と先に立って歩き出すルゼを追って、コレットとエアは歩き出す。
「どこかしら」
「どこだろう」
 わくわくする気持ちのままにくすくす笑みを交わし、海沿いの住宅地を抜ける。花壇の並ぶ路地や洗濯物が空を横切る路地、小さなお茶屋のある路地も、石階段の路地も過ぎて、市の立つ大きな道を通り抜け、三人が辿り着いたのは、帆船が何隻も停泊する観光用の港。
「あの船に乗るんだ」
 港に停泊する観光船のうちの一隻を、ルゼは指し示す。
 焦げ茶色の木製の船体が陽を受けて、海面からの光を浴びて、ぴかぴか光る。三本の帆柱で真白な帆が何枚も青空に張る様子は、まるで大きな白鳥が翼をはばたかせているかのよう。潮風を集めて、何枚もの帆がばたばたとはためく。船体に寄せる波がとぷとぷと穏かな音をたてる。帆柱の天辺で、海鳥が群れて翼を休めている。呑気な声でかぁお、と鳴く。
 白い額を空へと上げて、コレットは巨大な帆船を見仰ぐ。わあ、と華やかな歓声が桜色した唇から零れる。
「すごい、こんな立派な船に乗れるのね」
 大きな体を揺すって、エアが甲板への階段梯子を上る。
「大きな犬ですね」
 船の前でチケットを改める船員が、エアの翼の背中を見上げ、眼を丸くする。ロストレイルのチケットが持つ『旅人の外套』の効果なのだろう。船員には大鳥エアの姿は大犬に見えるらしい。
 ようやっと船の甲板に辿り着いたエアは、
「犬だ」
「でっかい犬だ」
 観光旅行なのだろう、はしゃぐ子供らに囲まれ、眼を白黒させる。
「こいつ、人見知りするんだ」
 子らに乱暴に撫でられ体当たりされ、困惑するエアに、ルゼが助け舟を出す。子らからエアを離し、ぴかぴかに磨きこまれた甲板の端にまで移動する。
「大丈夫?」
 甲板にうずくまるエアの脇に膝を突き、コレットが気遣わしげに覗きこむ。
「……へいき」
「ちょっとびっくりしただけだよな」
 手摺に背中と片肘を預け、潮風に髪や頬を撫でられながら、ルゼは快活に笑う。
 甲板は、行き先を同じくする観光客で賑わっている。
「おれ、飛べるのに」
 見知らぬ子らに囲まれて少しばかり気が引けたらしい。むくれた声で言うエアの翼を、コレットはどこまでも優しい手で撫で続ける。
「少し遠いみたいだし、きっと疲れてしまうわ」
「船旅もいいもんだぞ」
 帆船の昇降口に取り付けられた合図の鐘が打ち鳴らされる。船員達が忙しげに行き来し始める。帆柱でのんびりしていた海鳥達が一斉に飛び立つ。舫綱が解かれ、錨が上げられる。帆に風が集まる。穏かな波の上、船が動き出す。
 舳先に分けられた波が白い飛沫をあげる。悪戯な風に乗って、波飛沫が甲板にまで跳ねる。波を金の髪に受け、コレットは小さな歓声をあげる。華奢な肩に遠慮がちにしがみついたクルミがつぶらな瞳をきらきら輝かせる。しょっぱい飛沫を白い羽にぱたぱたと浴びて、エアは水からあがった犬のように身震いする。エアがはねのけた水の玉を身軽に避けながら、ルゼも笑う。
 青い海に浮かぶジャンクヘブンの街が遠ざかる。漁船や帆船、海軍の軍船が行き交う賑やかな海を過ぎる。空を渡り、時に水面近くを走るように飛ぶ海鳥と並んで、観光船は陽の輝く海を行く。


 いつか耳に慣れて気に留めなくなっていた波音に乗って、たくさんの人の歓声が聞こえる。
 コレットはふと目を開く。瞼を上げてから、うたたねしちゃってたんだ、と気付いた。潮風が眼に痛くて、瞬きする。うっかりもたれてしまっていたルゼの肩から慌てて頭を離す。
 いつの間にか、甲板の端で眠ってしまっていたらしい。
「起きたかい」
「ごめんなさい、寝ちゃってたわ」
 穏かなルゼの声に、思わず頬が桜色に染まる。知らない間に腕の中に居たクルミを照れ隠しに抱き締める。背中にふかふかとクッションのように触れるのはエアの大きな体だ。エアさんにももたれちゃってた、と頭を上げる。
「エアさんも、ごめんなさ……」
 言いかけて、口を片手で押さえる。体に頭を埋めるようにして、エアは薄い瞼を閉ざしている。その大きな体全体から、波音に紛れるようなゆったりとした寝息が聞こえる。
「もうすぐ着くよ」
 ルゼの腕が舳先向いて持ち上がる。船縁の樹の手摺に集まる観光客達の肩越し、海にふうわりと浮かぶ柔らかな桜色の塊が見えた。
「わあ、桜……!」
 風が押し寄せる。風に運ばれた幾多の花びらが船上に流れ込む。白い帆にまとわりつき、甲板の上で渦を描き、人々の頬を撫でる。
「……のような花、かな?」
 唇に笑みを佩き、ルゼは背を預けていたエアから立ち上がる。エアの翼を軽く叩き、起こす。寝惚け眼のまま、エアはくぅ、と鳴いた。
 樹の桟橋が幾本か掛けられただけの小さな港に船が寄せられる。そこは桜色の花の樹が咲き乱れる花の島。
 観光船から歓声あげて島に降り立つ観光客達に混じって、ルゼ達も島に降りる。桟橋までもが散った儚い桜の色の花びらで彩られている。子らが走っていく。大人達が島のあちこちに巡らされた石の道を辿り、歩いていく。船が再び島を離れるのは日が暮れてからになります、と案内の船員が大声で告げている。
「それまで、ごゆっくりご観覧くださーい」
「さ、行こう」
 ルゼに促され、コレットは頷く。クルミの柔らかな手と手を繋ぎ、花の森へと歩き出す。花吹雪に溶けて消えそうな背中を、エアは寝惚け眼を瞬かせながら追う。桟橋を渡りきった先は、岩肌を刻んだ階段となっている。少しばかり危うげな足取りのエアをさり気なく助けてやりながら、ルゼは岩階段を上る。
 風に踊る花びらと、頭上を覆う花の梢を見仰ぎ、ルゼは茶色の眼を細める。それは、楽しい悪戯を思いついた子どものような、笑み。
 階段を登りきり、一息吐くエアの翼を一撫でして、
「どうしてこんなにたくさんの花の樹があるか、分かるかい?」
 ルゼは周囲を埋める花の樹を見回してみせる。
 空いっぱいに瑞々しい枝を伸ばして、薄紅の花が群れ咲いている。透き通るほどに薄い花弁の花、八重に十重に鮮やかな紅を重ねる花、赤くつやつやとした葉の新芽と共に零れるように咲く花、蕾は白く散り際に紅濃くなる花、薄い緑を帯びた花、――空を覆うのは、様々の桜色。
「わからない」
「昔、一人の船乗りが居てね」
 首を傾げるエアに、ルゼがまことしやかに語るは花の島に伝わる怪談。

 ――ある日、どこかの島から一本の花の樹を持ち帰って来て、この島に植えたんだ。
 それが始まり。
 その日から、船乗りは何かに憑かれたように花の樹をあちこちの島から集めだした。この時期にだけ咲く、似たような色と形した花ばかり。どこかの島に渡っては花の樹を持ってこの島に入り、植えた。何年も何年もかけてね。
 家族も友人も、そのうち呆れて船乗りのもとを離れた。それでも船乗りは花の樹を植え続けた。それは如何なる執念か、はたまた妄念か。
 島が花の樹で溢れた頃、船乗りはこの島のどれかの花の樹にしがみついて息絶えたそうだよ。病死か、衰弱死か、自死か。それはわからない。
 誰にも知られず死んだ船乗りの体を、花の樹の幹が飲み込んだ。何年も何十年もかけて、ゆっくりゆーっくり、喰ったんだ。

「ほら、あの樹の幹」
 ルゼの言葉に誘われ、エアはビビりまくった視線を先へと伸ばす。
「人ひとり、呑みこんでるように見えないかい?」
 丁度、コレットとクルミが連れ立って歩く、そのすぐ傍の樹。老いて節くれだった花の樹。ぼっこりと、大きく膨らんだ幹。
 怪談に怯えたエアには、一瞬、その幹が動いたように見えた。
「走れ、エア!」
 だから、ルゼが鋭く言ったその言葉の意味を理解するよりも早く、足が動いた。人食いの樹にコレットとクルミがさらわれてしまう!
 柔らかな草の地面に散った薄紅の花びらを蹴り立て、エアは走る。並んで走りながら、ルゼはその白い翼の背の鞍を掴む。地を蹴る。走る背に飛び乗る。
「コレットぉ!」
 エアが必死の声で叫ぶ。振り返るコレットの細い腰を、ルゼは横抱きにさらう。鞍に引き上げる。風が皆の体を巻く。ルゼは僅かに笑み含んだような、けれど真剣な声をあげる。
「飛べ!」
「飛ぶ!」
 エアが応える。鋭い爪のある肢に、広げる翼に、舞い散る花弁を絡ませて飛ぶ。力強く羽ばたく翼に風が集まる。地を離れる衝撃が身を突く。一瞬で満開の花群が目の前に迫る。
「きゃ……?!」
 コレットが小さな悲鳴を零す。鞍に横座りする格好で、後ろで支えてくれているルゼの胸にしがみつく。コレットとルゼの胸に挟まれ、クルミがじたばたと暴れる。
「どうしたの……?」
「花の、樹が、おばけ、」
 花の梢を抜ける。安定した風を捕まえ、エアは伸び伸びと翼を広げる。
 力いっぱいに走って飛んで、息を切らせるエアの首を、ルゼはからかうようにぽんぽんと叩く。くすくすと笑みを洩らす。
「なーんて、ね」
「……え?」
 エアは息を吐き出す。抗議のように翼を大きく羽ばたかせる。風が乱れる。ルゼの茶の髪が、コレットの金の髪が、くしゃくしゃに暴れる。ぐらりと体が傾けば、眼下に広がるのは桜色の島。風に乗った花びらが渦を巻いてルゼとコレットの体に押し寄せる。
「島に伝わる怪談らしいけどね」
 片手で鞍を掴み、片手でコレットを支え、ルゼはあっけらかんと笑う。
「本当は観光用に近くの島の人達が植えたらしいよ」
 くぅう、とエアは不満気に鳴く。
「いい運動になっただろ?」
 花をまとう風と共、花の島の空を飛ぶ。どこまでも青い空と海の只中、ぽかりと突如として浮かび上がる薄紅の花の小島は、どこか不思議な光景に見えた。
「綺麗ね」
 コレットの呟きに力を得て、エアは翼を羽ばたかせる。そっと翼の向きを整え、花の島をぐるりと一周する進路を取る。
「広場がある」
 ルゼがそこだけ静かに開いた空間を島の央に見つけ、指し示す。
「降りて、ご飯にしましょう」
 コレットの提案に、嬉々としてエアが従う。くるくるくるり、風に舞う花びらと遊ぶように翼を広げる。尾羽を傾け、空の散歩を終わりにする。花に囲まれた広場に降りる。
 広場の真ん中にうずくまるエアの背から降り、鞍に結わえ付けていたバスケットを下ろす。柔らかな草の上に座って、コレットがバスケットを開く。
「簡単なものしか作って来れなかったけど……」
 胡瓜と鮭のサンドイッチと半熟卵のサンドイッチ、トマトとチーズのサラダ、白身魚の香草焼き、菜の花の雑魚和え、春キャベツとベーコンの炒めもの、
「エアさんには、焼き魚」
 生ものは持って来れなかったの、とすまなさそうに言って丸々の焼き魚を差し出すコレットに、エアは首を激しく横に振る。いただきますも早々に焼き魚を丸呑みして、
「あっと言う間だな」
 サンドイッチを頬張るルゼに笑われた。
「今度はもっとたくさん持って来るね」
 水筒入りの熱い紅茶をカップに注ぎながら、コレットは楽しげに微笑む。
 食事を終えて、腹ごなしに皆で向かったのは、花の島の白砂海岸。空から見て覚えていた通りに若草の道を進めば、僅かの岩場を経た先に白い砂浜がある。
 エアが海鳥の真似をして海に浮かぶ。
 クルミは寄せる波をぼんやり眺める。足に触れた波にびっくりしたようにひっくり返る。
 仰向きに転んだクルミを助けようと傍にしゃがんだコレットも、靴先を波に洗われ、笑み交じりの悲鳴をあげる。靴を脱いで、裸足で波と遊び始める。
 賑やかに楽しげに遊ぶコレットの小さな背中を見、ルゼは柔らかな笑みを眼に浮かべる。陽のよく当たる乾いた砂の上に腰を下ろし、大きく伸びをする。暖かな陽を見仰ぎ、砂に寝転ぶ。
 小さな足音に気付いて視線をそちらに向ける。コレットが白いスカートの裾を風に揺らして近付いて来ている。ルゼと視線が合い、無邪気に笑む。脱いだ靴を片手に持って足を砂だらけにしながらも、楽しそうな様子に、ルゼは頬を緩め、――ふと落とした視線の先、砂とは違う惨い傷痕をその白い足に見て、僅かに顔を曇らせた。悲しい顔を気付かれないよう、そっと視線を海へ逸らす。
「あのね、こんなものを見つけたの」
 屈託なく、小さな白い手が差し出される。掌の中には、花と同じ色した小さな貝殻。クルミが得意げに駆けて来て、薄緑色した半透明の硝子を同じように差し出す。波に洗われて丸くなった硝子は、宝物のようにぴかぴか光る。
「綺麗なものを見つけたね」
 ルゼが穏かな笑顔を向ける。コレットとクルミは顔を見合わせ、くすぐったそうに笑いあう。
 波音が静かに寄せる。
 遠い水平線を白い帆の船が渡る。
 花びらを連れた風が、花の島の空で踊る。


 夜の海に、ふわり、薄紅の花の群が浮かび上がる。三日月の僅かな光と、空を覆い尽くす数多の星の光を集めて、花の島はまるで海にひとひら咲いた光の花のよう。
 夜風受けて、観光船の帆が静かに膨らむ。波を分けて帰路に着く船の甲板から、コレットは遠ざかる花の島を見つめ続ける。冷たい夜風を避けてか、甲板のあちこちに佇む観光客達の姿は昼間に比べて疎らだ。
 ふわり、花の香り帯びて、エアの羽毛がコレットの肩に触れる。顔を上げれば、エアの頭の飾り羽がすぐ近くで揺れている。エアの寝息を間近で聞いて、コレットは思わず笑みを零す。
 甲板で丸くなるエアの羽毛の胸に埋まるようにして、コレットは甲板に座り込んでいる。ここからなら、ゆっくりと遠くなる花の島をいつまでも眺めていられる。
「夜の海は冷えるけど」
 隣で、同じようにエアの羽毛に埋まるルゼが、くすり、笑う。
「おまえと居れば温かいな」
 ふかふかとした羽毛を撫でる。寝言じみた声で、くぅ、とエアが返事する。
「うん、あったかい……」
 ルゼの大きな手と並べて、コレットは小さな手を伸ばす。エアの首元を優しく撫でる。
「お花も、お散歩も、みんなみんな」
 翠玉色の眼が、一日を思い出してきらきらと輝く。その眼のまま、傍らに居てくれるルゼを見る。
「綺麗だった。楽しかった」
 素直に言って微笑むコレットに、ルゼは優しく笑んで返す。
「それは何より」
「連れて来てくれてありがとう、ルゼさん」
 ルゼはエアを撫でていた手をそっと伸ばす。コレットの金の髪の頭にその掌を触れさせる。妹にするように、ぽんぽん、と撫でる。
「喜んでもらえて、嬉しいよ」
 冷たい潮風が甲板に吹き寄せる。それでも、皆で寄り添いあっていれば寒くはない。波を縫って駆けて来た風は島の花をひとひら、連れていた。ゆらゆらと踊る薄紅に誘われて、コレットの白い指が伸びる。ひとひらの花びらは、風に惑う。コレットの指先を掠め、
「――こちらこそ、」
 呟くルゼの広げた大きな掌に落ちる。ルゼは柔らかな花を潰さないように掌を掌で包みこむ。コレットにその手を差し出す。コレットが出した両手に、
「ありがとう」
 両手に包んだ花びらを落とす。悪戯っ子のように、ルゼは茶色の眼を細めた。
 ささやかな、ほんのちっぽけな花の欠片。コレットは、それを大事な宝物のように両手を合わせて胸に抱く。ふふ、と嬉しそうに笑う。
「本に挟んでおこうかな」
「すぐに萎れてしまうよ」
 困ったようにちょっと眉を下げながら、ルゼはコレットの柔らかな優しさを想う。誰に対しても、例え相手が自らを傷つけようとする敵だったとしても、コレットの優しさは変わらない。それはとても危うくて、尊い。
 その優しさのせいで傷付いてしまうことも、傷つけられてしまうことも、きっとあるだろう。もしかすると、もう既に傷付いたことがあるのかもしれない。
 幾多の世界を旅するロストナンバーであれば、心身共に傷負う機会はきっと少なくない。
(……それでも、)
 それでも、この子は笑うのだろう。どこまでも優しく人を気遣って、微笑む。
 妹のように想う女の子の、その華奢な心身苛むだろう傷を思えば胸が詰まった。小さく、息を吐く。どうしたのと覗き込んで来るコレットに、ルゼはけれど唇上げて笑む。
「コレットが良ければ、また一緒にどこかへ行こう」
 もう一度頭を撫でる。何でもないよと、いつものようにカラリとした笑みを浮かべる。
(俺は医者だ)
 もしもこの子が傷を負えば、この手で癒そう。
 心に傷を受けたときは、
(……ま、その時は、)
「一緒に笑おう」
 笑えるようになるまで、傍に居よう。
 ぽんぽん、と。ルゼはコレットの柔らかな髪の頭に優しく掌を置く。


クリエイターコメント お待たせいたしました。
 花の島での一日を、お届けいたします。
 少しでも、幸せな気持ちになって頂けましたら幸いです。

 NPCとも遊んでくださいまして、とても嬉しいです。ありがとうございます。
 おふたりの笑顔と穏かな関係を、柔らかな空気を、上手く描けておりましたらいいのですが……

 おはなし、聞かせてくださいましてありがとうございました。
公開日時2011-04-18(月) 21:20

 

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