オープニング

 ――ヴォロス・デイドリム。
「皆さん、初めまして。ウェズンと申します」
 ロストナンバー達の前に現れたのは、小柄な青年。丁度カルートゥスを3、40年若返らせるとこんな感じだろうか? それほどまでにそっくりな青年だった。
「父から話は聞いております。皆様が、父のプロジェクトに協力してくださるそうですね」
 ウェズンは小さく微笑み、少し安堵したような様子だった。しかし、直ぐに表情を曇らせる。
「ですが……私は、皆さんにお願いしたい事があります」
 彼はひどく戸惑ったような様子で言葉を続け……やがて、苦悩に満ちた表情で言った。

 ――父のプロジェクトを、一緒に止めて欲しいのです。

 そう言ったウェズンの目は、とても悲しく、それでいて、固い決意の滲むものだった。

 今回、ロストナンバー達は二手に分かれて行動している。カルートゥスの実験を手伝う班と、彼の息子・ウェズンと共に竜刻を回収する班だ。
 ウェズンと行動を共にするロストナンバー達は表向き『竜刻となったデザートローズを探す』という事になっている。
 一行はオアシスに拠点を作りながら、ウェズンの話を思い出していた。

「私の推測になるのですが、恐らく父は『星の海』へ行こうとしています。けれども、幾つかの実験例を取り寄せ、検証しましたが……今の技術では『星の海』へ向かう前に墜落する事が多く、非常に危険なのです」
 ロストナンバー達の前に広げられた、幾つものレポート。そのどれもがよくて怪我人多数、悲惨な物で死亡という結果に達している。
「その事を父は知っている筈なのです。それでも、父は……『星の海』へ行こうとするでしょう」
  ウェズンは真剣な表情でそう言い、静かに言葉を続ける。
「実は、父は不治の病に侵されています。お医者様の見立てではあと数ヶ月の命なのだそうです」
 カルートゥスは見た目こそ元気なものの、10年前から病魔に冒されているという。その頃から必死になってあの船を作っているそうだ。そして、同時に日課にしていた星の観測にも力を入れているとも……。

 カルートゥスへ同行したメンバーにはその理由を探って欲しい、と頼んでいる。ウェズンに同行したロストナンバー達は、目の前の青年を手伝いながら、疑問が浮かぶ。

 ――ウェズンは何故カルートゥスを止めたいのだろうか?

 勿論、息子だからと言うのもあるだろう。成功した事のない、危険な実験だからもあるだろう。しかし、何故だろう。それ以外になにか知っているような気がしてならないのだ。
「どうしましたか?」
 不意に、ウェズンが声をかける。そのきらりと光る銀の瞳が、優しく細くなった。
「私に答えられる事があれば、何でもお答えしますよ、旅人の皆さん」


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※注意
このシナリオは、シナリオ『【竜刻はスピカに願う】暁の空に翔べ、船よ』と同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる当該シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。

品目シナリオ 管理番号2422
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
前回『じーちゃん、メイムに行く』によってフラグが成立し、2本同時リリースと相成りました。
という事でこちらはシリアスモードです。

カルートゥスの息子・ウェズンから
・カルートゥスを止めたい理由
を聞き出してください。今回はハードモードで行かせていただきます。

うまく行った場合は次回のシナリオの結果に有利なフラグが立つ所存です。

こちらは『暁の空に翔べ、船よ』とリンクしています。

参考シナリオ
『玩具箱の街デイドリム』
『【竜刻はスピカに願う】じーちゃん、メイムに行く』

プレイング期間は7日間です。
それではよろしくお願いします。

参加者
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
金町 洋(csvy9267)コンダクター 女 22歳 覚醒時:大学院生→現在:嫁・調査船員
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子

ノベル

起:その想いの源は

 ――デイドリム近郊の砂漠

「向こう側のメンバーは、博士の希望を叶えたいですね」
「そうか」
 竜刻となったデザートローズを探しながら、金町 洋とアマリリス・リーゼンブルグは顔を合わせ話していた。洋は出発前にアマリリス達やカルートゥス側のロストナンバーにウェズンの依頼内容に関しての考えを確認していた。それを聞き、アマリリスはふむ、と翼を震わせて考える。
「理由が分からない状態でカルートゥスを止める事は出来ないからな。少しずつ話をしていこう」
 アマリリスはそう言いながら遠くを見やる。拠点となる天幕のあるオアシスから煙が上がり、食事の準備をしているのが見える。今回、ウェズンの奥方であるアトリアが調理などを一手に引き受けてくれている為、アマリリス達は竜刻探しに集中できた。内心で彼女にお礼をいいつつ、洋はぽつり、と呟いた。
「それにしても、博士って熱情迸ってるってゆーか、凄い人ですよね。竜刻の力で船を飛ばそうとしたり、『星の海』とやらを目指そうとしたり」
「カルートゥスは、確か不治の病で、残り数カ月の命だったな」
 アマリリスの確認に、洋は「ええ」と相槌を打つ。アマリリスは帽子を整えながら、どこか遠い目で空を見て言う。
「ならば、例えその旅が危険なものでも本人の思うようにさせればいいと思うがな」
 それでもウェズンが止めたがっているのは何故だろうか。彼女は僅かに瞳を細め、考察を重ねる。その傍らで洋は小さくため息を付いた。
「なんか、ウェズンさんは博士の気持ち分かっててジレンマに陥ってる気がするんですよねぇ。博士のやりたい事が上手くいく落しどころがあればいいんですがねー」
 そう言いながら、洋は砂漠に目を凝らし……ころころとした物をみつけるのであった。その1つをつまみ上げ、彼女は真面目な顔になる。
「それにしても、ウェズンさん。博士を止める手立てとか考えているんでしょうかねぇ。……いっそ、竜刻になったデザートローズ、見つかりませんでした~、とか?」
 いやいや、それは厳しいか、と肩を竦める彼女に、アマリリスは少し苦笑した。

 一方、こちらはシーアールシーゼロとゼシカ・ホーエンハイム、ウェズンの3人。彼らもまた真剣な顔で竜刻を探す。
 白い髪を乾いた風に靡かせ、彼女はかつて交流した竜星の犬や猫達から聞いた事を思い出しながら、一人考察を重ねていく。
(話では、ヴォロスで宇宙に該当するものはそのままディラックの空らしく、到達に何らかの魔術が必要な次元に存在するらしいそうなのです。カルートゥスさんが言う『星の海』が宇宙ならば、そういう事になるのです)
 という事は、単に安全に、速く、高く飛ぶ技術を極めても到底たどり着けない事になる。その事を思い出しつつもゼロは竜刻を砂の中から探そうと奮戦していた。
(銀目さんが、パパを心配する気持ちわかる。だって大事なたった一人のパパが危険な旅に出ようとしてるんだもの……)
 自分だって行って欲しくない、と不安げにウェズンを見上げるゼシカもまた、ドッグタンのアシュレーと共に竜刻を探していた。デザートローズは見つかるものの、竜刻かどうかはわからない。一つずつ拾ってはウェズンに確認してもらっている。
「これはいいものですね。ありがとうございます」
 ゼシカから受け取ったデザートローズはどうやら竜刻だったらしい。ウェズンは優しい眼差しでゼシカの頭を撫でてやる。と、今度はゼロが幾つかのデザートローズを持ってきてくれた。しかし、一見ただのデザートローズに見えるゼシカは内心で「足を引っ張っていたらどうしよう」と不安に思っていた。
「どうやって判別するのです?」
 興味を持ったゼロが問うと、ウェズンは銀色の目を細め優しく笑う。
「一種の魔術になりますが、石の持つ力の波長を感じとって調べる、という具合ですね。言うより、やって見せたほうが早いでしょう」
 そう言いながら、彼は手にとったデザートローズを掌に乗せ、わずかに念じると、ふわり、と少しだけ青白い光が漏れる。それに息を飲んでいると、ウェズンが瞳を開いた。
「どうやら、これは竜刻になって間もない、弱い物のようですね。こんな具合に調査しますので、夜も選別の手伝いをお願いします。私が波長を調べるので、皆さんは記録などを……」
 彼の説明を聞きながら、ゼロもまた考察を巡らせ、色々と確認しよう、と改めて決意を固めるのだった。

「皆さん、食事が出来ましたよ」
 優しい声に促され、一同は天幕に集合する。アトリアが作ってくれた料理を囲みながら、色んな話に花を咲かせていた。今日の料理は羊のひき肉と豆を使ったカレーに、パサパン、芋を甘辛く煮た物……など、体力がつきそうな物だった。
和やかなムードで食事を楽しんでいるその中で、アマリリスはふと、ウェズンに問う。
「ところで、ウェズン。一つ聞きたいのだが、『星の海』とは何だ?」
「ああ、それは夜になればわかりますよ」
 ウェズンは穏やかな笑顔で答え、不思議そうにする面々に彼は妻と共にただ優しく笑う。
「ゼロも気になるのです。ウェズンさんはどんな所だとお考えなのですか? 星がどんな物かも気になるのです」
 白い髪を揺らし、ゼロが首を傾げながら問いかけるとウェズンは小さく頷く。そして、どこか遠い目で
「星は、光の粒だと考えています。若しくは、自ら輝く宝石のような物なのではないかと。……ここまで言ってしまったら、解ってしまうかもしれませんね」
 と、どこか淋しげに笑う。
アマリリスは「夜を楽しみにしているよ」と答えながらも彼女は食事の後、そっとトラベラーズノートを手に取った。
「? どうしたの?」
 ゼシカがきょとん、としていると、彼女は何かを書き込んでから顔を上げ、洋とゼロにこう言った。
「世界司書に、『星の海』について調べてもらう事にしたよ。なんとなくの予想はついたけれど、念の為にね」
「もしかしたら、壱番世界でいう『宇宙』の事かもしれないです。でも、竜星の犬さんや猫さんの話によれば、ヴォロスで『宇宙』に該当する部分は……」
 ゼロがそう、聞き及んだ事を伝えると、一同の表情が険しくなる。洋の脳裏に浮かんだのは、出発前に読んだ、『星の海』を目指した人々のレポート。多くの人々が『星の海』を目指しつつも墜落しているのは、それが絡んでいるのだろうか?
「ゼシも『星の海』を見てみたいの。銀目さんは夜になったら見れる、と言っていたけど、ゼロさんが言った事がそうならば夜空の事かしら?」
 ゼシカはふと、空を見上げて首をかしげる。確かに、そう見えなくもない。一同が首を傾げ考えていると、洋がぽつりと呟いた。
「それにしても、ウェズンさんはどうやって博士を止めるつもりでしょうかね。やっぱり、気になっちゃいますよ~」

 一同は日が沈むまでの間、オアシスで体を洗ったり、天蓋で身を休めて過ごした。そして、日が沈む頃。アマリリスのトラベラーズノートに世界司書からのメールが届いた。彼女からの連絡に、ゼシカ達も興味を示す。
「調査結果は、どうですか?」
 ゼロの言葉にゼシカと洋も真剣な顔で頷く。アマリリスは一度目を通し、首を振る。
「調査に難航しており、少し時間がかかるらしい」
 その言葉に、洋とゼシカはため息をつき、ゼロは1つ頷くと「そうですか」と小さく呟いた。
「兎も角、色々気になるのです。ウェズンさんから止めたい理由を聞き出さない限り、解決方法は見当たらないのです」
「そうよね。……理由、よね」
 ゼシカがため息混じりにいい、アマリリスはそっと彼女を励ますように頭を撫でる。洋とゼロもまた顔を見合わせて頷き合う。
「兎も角、話をするタイミングを見計らって、アタックしましょうか。ウェズンさんは中々強敵そうですけど」
 洋の砕けた笑顔に、3人は少し励まされたような気分になった。

承:水面下の考察

 ――夕刻。

 眠りから覚め、身支度を整え始めたウェズンの元へゼシカはやって来た。彼女はアトリアから頼まれて水を持ってきたのだ。
「ありがとう」
「どういたしまして、なの。それと、夜にする作業の準備も始めようと思うの。何から始めればいいかしら?」
 ゼシカが問いかけると、ウェズンは少し考えながら銀色の瞳を細める。と、少女の後ろから洋がやってきた。
「ああ、ウェズンさん! ちょっとお話したい事があるんですが、いいですか?」
「私に話、ですか? いいですけど……少し待ってくださいね」
 ウェズンはゼシカに2、3指示を出すと少女は一礼し、洋に何か目配せしてその場を去る。洋はそれが何を意味すりのかを考えつつ、ウェズンと向き直る。
「ウェズンさん、少し気になる事があります。博士を止めたいと言っていましたけど、何か手立てを考えているのですか?」
「ええ、一応は」
 そう言って、ウェズンは灰色の髪を揺らしながら一つの箱から紙の束を取り出した。洋は許可を取って目を通すと、それは『星の海』へ向かえない理由の考察だった。
「失敗例から、これを導き出したのですか?」
「はい。全ての実験において、竜刻が使われていました。ですから、もしかしたら竜刻が地上から離れたくないから、このような結果が導き出されたのではないか、と」
 ウェズンが真剣な目で答え、洋はそれに対し静かに問いを重ねる。
「竜刻を使わない実験例はありませんか?」
「私が調べただけでは、そういった物はありませんでしたね」
 考えながらウェズンは灰色の髪を編み、どこか遠い目で答える。洋は手にしたレポートに目を通しながら、少し違和感を覚えていた。書かれていた文字に躊躇いが目立ち、焦りや迷いが目に見えている。そこからうっすらと、ウェズンの想いが見えてくるようで、読んでいる方としても、心に何かが触れていく。
(もしかしたら……彼は……)
 洋は、身支度を整え終えて書類を纏めるウェズンを見、険しい表情を浮かべた。

 ゼシカとアマリリス、ゼロで準備を進めていると、洋とウェズンがやって来た。ウェズンは準備をしてくれた事に礼を述べると、早速カーペットに座り、デザートローズの選別を始める。魔力が静寂の中に音もなく広がり、翼が魔力の塊であるアマリリスにはそれがありありと感じ取れた。
(そう言えば、カルートゥスは誰かと約束をしていたらしいな)
 その中で、彼女の脳裏によぎったのは……カルートゥス絡みの報告書にあった一文だった。信託の夢の中で叫んだ言葉が、妙に引っかかる。
(君は知っているのか……? その約束の事を、その内容を)
 アマリリスは蒼い瞳を細め、真剣にウェズンを見つめた。
 静かに呼吸を整え、見つかったデザートローズの1つ1つを手にとって調査するウェズンの横顔を、ゼシカはどこか不安げに見つめていた。彼に言われたとおり、竜刻になっているものとなっていないものを分けて籠に入れながら、ふと、銀色の目を見ている内に亡き父親の事が頭をよぎった。
(パパは遠い所に行ってしまったわ。あの時、しがみついてでも止めていたら……傍にいたかしら?)
 ウェズンは、どうにかして父親のプロジェクトを止めたいと思っている。その想いが痛いほど、少女には解っていた。だから、ゼシカは理由を知りたかった。
(子供なら、一日でもお父さんには長生きして欲しいって思うもの。だけど、親子喧嘩なんて嫌。どうしたら、お話し合いとか出来るかしら)
 洋もまた、真剣に記録を取るなりしながらも先ほど読んだレポートや博士の体調の事などが気になった。
(そういえば、出発前に会った様子ではどうみても余命僅かには見えませんでしたね。でも、相当無茶してるんでしょうか?)
 旅立つ前に見たカルートゥスの姿は、元気溌剌としており、自分でちょこまかと動いては整備や準備に勤しんでいた。ウェズンはそんな父親を心配しつつ寄り添っており、実に仲の良い親子だな、と思ったものだ。そうしているうちに、彼女も父親の事を思い出していた。
 ゼロは、どこか荘厳な雰囲気を宿し始めたウェズンの横で、いつものように穏やかな笑顔で様子を伺っていた。辺りに満ちる静寂に溶け込みそうだ、と思いながらもゼロはウェズンを見つめ続ける。
(聞きたい事が山ほどあるのです。ウェズンさんは答えてくれるでしょうか?)
 彼を見るたびに、今回の目的を振り返るたびに、ゼロの中に疑問が湧き出る。その全てをぶつける事ができるかはわからないが、ありったけの情報を出してもらったほうがいいような気がしている。
(話すタイミングを作るとすれば、それは休憩の時ぐらいだと思うのです)
 ゼロとしても、カルートゥスの納得と安寧が何より肝心だと思っている。すべてを受け止めた上で、どうするかを考えたい、と改めて考える彼女なのであった。

 ある程度選別を終えると、竜刻でなかったデザートローズの入った籠を部屋の隅に置いた。そして、休憩をしようとウェズンは言う。
「続きは休んでからにしましょう。そうそう、今ぐらいの時間でしたら『星の海』も綺麗に見る事ができると思いますよ。星を見ながらお茶と洒落込みませんか?」
「それは素敵なのっ♪」
 ウェズンの提案に、ゼシカが嬉しそうに頷く。傍らのアシュレーも尻尾をぱたぱたさせ、洋は早速「準備してきますね~」とその場を後にする。
「話を聞くとしたら……このタイミングだろう。ゼロは、どう思う?」
 様子を伺っていたアマリリスの言葉に、ゼロもこくん、と頷く。
「和やかなムードで、穏やかに対話しましょう、です。そうすれば、ウェズンさんの気持ちもわかるかもしれないです」
 ウェズンを見ると、ゼシカと手をつないで天幕の外へ出ようとしていた。外では洋とウェズンの奥さんの声が聞こえてくる。行こう、とアマリリスが手を差し伸べれば、ゼロは頷き手を取った。

「うわぁ、これは見事な星空ですねぇ! なんか、こう、手が届きそうって感じですよ!」
 洋が敷物を引きながら歓声を上げ、傍らではオレンジ色の瞳を細めて笑う女性がいた。
「この辺りではここが一番、『星の海』を綺麗に見る事ができるんですよ」
 アトリアはそう言いながらシナモンの香りのする揚げ菓子やら、暖かそうなミルクティーやら用意してくれた。彼女の話によると、砂漠は夜になるとかなり冷え込むらしく、事実吐く息がわずかに白くなっていた。
(確かに『星の海』だ……)
 アマリリスは天を仰ぎ、ため息を付いた。満天の星空が群青の夜を淡い光で瞬き、人々を魅了する。その優しい光の下で、焚き火が暖かな輝きを見せている。
「ここにカルートゥスさんは行きたいのですね」
 その気持ちがわかるような気がする、とゼロはしばし星空を見つめていたが……アトリアはそんな彼女にくすっ、と笑って、敷物に寝転んでは、と提案する。
 ウェズンもゼシカを伴って敷物に座り、暖炉替わりに用意された焚き火に手を当てながら静かに星を見上げ……、たおやかな声で呟いた。
「父の夢が叶えられるのならば……、叶えたい。けれども、あの船はたどり着けないのです……」
 その言葉に、アマリリス達は思わず彼を見た。そして、理由を聴くならば今だ、と悟った。


転:悟りし者

「聞きたい事が、幾つかあるのです」
 最初に口を開いたのは、ゼロだった。彼女は黙って言葉を待つウェズンに対し、いつもの調子で首をかしげ、問いかける。
「ウェズンさんは、カルートゥスさんの船が成功し、安全に速く高く飛ぶ技術を極めても『星の海』に行けないとお考えなのです?」
 失敗を恐れているのではなく、成功が無意味である事を恐れているのか、とも問いかける白い少女に、ウェズンは静かに瞳を伏せた。
「そうですね……。私が考える限りでは、ゼロさんがいうような技術では、ダメだと。しかし、成功が無意味である恐れは、抱いておりません」
「それでは、カルートゥスさんが成功した結果、カルートゥスさんが夢を叶えるのに繋がらない間違った方向へ力を注いでいたことを知るとお思いなのです?」
 それを恐れているのではないか、と再び問いかけるゼロ。みんなが見守る中、ウェズンはミルクティーを一口飲んでから、口を開く。
「そうですね。それを、恐れているのかもしれません。正直、私の知る限りでは誰も『星の海』へ行く事が出来ていませんから、今、父がとっている手段が正しいものかも自信がありません。そんな形で、父を喪うのは……」
 不安げに答える彼の手を、ゼシカは自然ととっていた。ゼロはその答えを受け取り、ぺこりと頭を下げて他のメンバーに全てを託す事にした。
(やはり、家族を思う気持ちは皆同じなのだな)
 アマリリスの脳裏によぎったのは、故郷に生きる兄の事だった。自分が、内戦に身を置いていた時に心配し、駆けつけてくれた。そして、アマリリスが親友や同士と共にいる事を選んだ時もなんだかんだと言いながらそばにいてくれた、心配性の兄の事を。
 彼女は薪の爆ぜる音に耳を澄ましながら、ややあって静かに口を開いた。
「私たちは、貴方からお父上の計画を止めるように依頼を受けた。けれども、その理由を、知りたいと思っている。ただ危険だから、とか、生きて欲しいから、だけでは、そんなに強く願わないような気がしている」
 そういう彼女の傍で洋とゼシカ、ゼロが同調するように頷く。ウェズンとアリアトは黙って彼女の言葉を待った。
「カルートゥスの人生は、カルートゥスの物だ。だから、彼自身が決める事。けれども、家族を思う気持ちはわかる。私にも兄がいるからな」
心配性でどうしようもない、けれども大切な兄の姿を思い出し、アマリリスはくすり、と笑った。それに、ウェズンは少し笑みを浮かべ、優しく相槌を打つ。
傍らでふと、考察をしていたゼシカは、不意にある事が気になった。目を通した報告書を思い出しつつ、 ゼシカは蒼い瞳をウェズンの銀色の目と合わせて、続けるように口を開く。腕の中では、ドックタンのアシュレーが応援するかのように見つめていた。
「銀目さん、発明家さんの奥さん……アナタのママはどうしてるの?」
 その問いかけに、ウェズンはすっ、と星空を見上げた。どこか遠い目で見上げる横顔に、誰もが口を噤む。
「母は、私が子供の頃に病で死にました。母は、この『星の海』をとても愛していましたし、いつかは行ってみたい、とも言っていました」
その言葉に、ゼシカとアマリリスが少し何か感じ取った。二人は頷き合うと、少女がそっと問いかける。
「発明家さんが、『星の海』を目指すのは……アナタのママとの約束なのね?」
「ええ……。だから、父はどんなに私が説得しても、折れないでしょう」
 ウェズンが星を見上げたまま答える。悲しげな銀色の瞳のまま星空を見つめるその背中は、どこか儚く思えた。それに切なさを覚えなからも洋は白衣のポケットに両手をつっこみ、笑う。
「あたし、小さい時に母が亡くなったんですよ」
 いつものように明るく。でも、その声にはほんのり寂しさが滲んでいた。洋はそれでも大切にしてくれた父親の事を思い出し、ゆっくり話し出す。
「父は、ずーっと母のこと忘れずにいて、『いっぱい遊んであげて』っていう母との約束を守ってここまで育ててくれたんです。……一番辛かったのは、父だった筈なのに」
 ふと、洋は父の顔を思い出そうとする。何故だろう、ほとんどが笑顔だったような気がして、胸の奥が痛くなった。
 そんな中、静けさから湧き上がる優しい音色。ゼシカが持っていた銀色のオルゴールから溢れる音は、ウェズンだけでなく他の仲間たちの琴線にも触れる。歌うオルゴールを手に、幼い少女は話し始めた。
「これね、ゼシのパパの形見なの。ゼシのパパは大好きなママに死なれたショックでゼシの事忘れちゃったの。でも……」
 そう言って見せるのは、形見のオルゴール。父親が遺してくれたそれを大事に持ち、ゼシカは一緒に聞きましょ? と笑い、ウェズンも釣られて笑う。子守唄のようなメロディーの中、穏やかにアマリリスは言う。
「家族には、自分の気持ちをちゃんと伝えた方がいいぞ」
「そうですよ。本当は……応援したいって気持ち、あのレポートに滲んでいるの、感じました! だけどウェズンさん、何かを知っていて葛藤してるんですよね?」
 それに続くように、洋がぐっ、と両手を握り締めて語る。それを知っていたのか、アトリアは「無理しすぎなのよ」と夫の手を優しく取り、小さく頷く。
「ウェズンさん、本当はどうしたいのです? カルートゥスさんに最後を故郷で安らかに過ごしてもらう事をお望みなのです?」
 ゼロの問いかけに、ウェズンは何かはっとした表情になる。父親には一日でも長く生きて欲しい、とは思っていたが最後の事までは有耶無耶だった。死ぬ事を、考えたくもなかった。けれども、彼の中で何かが願いを噤ませる。
 頭を抱えそうになるウェズンの手を取り、アマリリスはにっこりと微笑む。苦悶の表情を浮かべる若い学者は、妻と顔を合わせ、彼女は一つ、静かに頷いた。
「カルートゥスの願いと君の想い、ふたつの願いと想いを確かに果たす為に、私達の力を借りるのはどうだろう?」
 きっと君達の思いの為の、力になれるはずだ、と提案するアマリリス。それに、ゼロも洋も力強く頷いてみせる。そして、ゼシカもまたそっと彼の目を見つめる。
「力を合わせれば、きっと道は開けるわ。だから……お願い。ゼシ達に、秘密にしている事、話して欲しいの」
 その言葉に、ウェズンは銀色の瞳を見開く。焚き火に照らされたその横顔は酷く疲れ、頬に一筋の涙が流れていた。彼は必死に何かを押さえつけていたのだろう。それがもう堪えきれなくなり、遂に吐き出した。
「私が父の実験を止めて欲しい、と言ったのは……その結果が『視えて』いるからです。父の作った船は、『星の海』に向かう途中で暴走してしまう、と……。
 それは、どんな文様や魔術を、竜刻をつかっても、どんな時間に向かったとしても……その全ての可能性の中で、父の船は『星の海』へ向かう途中で爆発してしまうんです」
「どういう事です?」
 不思議に思い、ゼロが首を傾げるが……ウェズンは震える声でこう言った。
「私は……家族のことだけになってしまいますけど、未来が『視える』のです。そして、幾つもの『可能性』をも見えてしまうのです」
 そして、彼はその場に崩れ落ちるように身を伏せ、彼女たちを驚かせる。それに倣い、アリアトもまた同じようにした。
「どうか、助けてください! 父が生きて『星の海』へ行き、帰ることの出来る方法を一緒に探し出してください! 他の研究者は皆、失敗のデータに恐れをなし、手伝ってくれないのです。ですから、どうか……!!」
 血を吐くような想いが、4人に突き刺さる。ウェズンは恥も外聞もかなぐり捨て、旅人たちに救いを求めた。
(つまりは……ウェズンさんは、何度も自分の父親が死ぬ姿を予見して……)
 洋は自分の口の中が乾いていくのを覚えた。彼の見てきた事を思うと、酷く体が熱くなっていく。それがどんなに辛い事なのか、想像する事は難しい。けれども……。

 ややあって、アマリリスはウェズンに、洋はアリアトに手を差し伸べる。そして、ゼロとゼシカもまた、それぞれ夫婦の傍らに寄り添った。

 彼女たちを応援するかのように、銀色のオルゴールだけが、優しい音色を響かせていた。

結:受け止めた想い、動き出した歯車

 暫くして、洋はアリアトに教えてもらいながらミルクティーを淹れ直し、皆で薪を囲んで飲んだ。その間、ゼシカはウェズンに膝枕を、と提案してくれた。
「今だけは子供に戻って甘えていいわよ。一人でがんばって疲れたでしょ?」
 そう言うゼシカにウェズンは小さく苦笑する。
「気持ちは嬉しいけれど、流石に恥ずかしいですね。それに……」
 ちらり、と妻を見て頬を赤くするウェズンに、アマリリスは優しい微笑みを浮かべる。その傍らで、ゼロはザクロムを口にしながら内心で思う。
(これで、ウェズンさんとカルートゥスさん親子は安泰です? でも、先ずは『星の海』へ行く手段を考えなくてはならないですね)
 そういえば、カルートゥスに同行したロストナンバー達はどうだっただろうか? 確か、竜刻の力で船を飛ばす実験をしていた筈だ。それはうまくいったのだろうか?
「彼の話を振り返ると、『星の海』というのはこの事だったのだな」
 アマリリスが満天の星空を見上げ、ミルクティーを飲みながら呟く。と、自分のノートに返事が帰ってきた事に気づいた。彼女は仲間たちを集め、開く。

 皆さん、お疲れ様です。
 アマリリスさんからの受けた依頼に関して判明しましたのでご報告いたします。

 その一文からスタートした世界司書からの返事に、アマリリスは「ふむ」と頷いた。
「どうでしたか?」
 ゼロが問いかけると、彼女はややあって綺麗な唇を開く。
「確かに、『星の海』は壱番世界でいう『宇宙』だった。けれども、ヴォロスの住人にその概念はない。その上、ゼロが言っていた通りの事がそのままここに書かれている」
 その言葉に洋とゼシカは納得し、ゼロはうんうんと頷いている。しかし、次の内容には全員目を丸くした。

 これは『導きの書』に書かれた事なのですが、順を追って話させていただきます。まず、ウェズンさんの左目には、竜刻の破片が刺さっています。それが原因で『近親者や親友のみに関連する予知能力』や『幾つもの可能性を見る力』を持っています。

 先ほどウェズン自身が話した事と一致し、それには納得する。けれども、次の文章に、一同、冷たい何かを覚えた。

 そして、カルートゥスさんが行う船の最終調整中に、船に仕込まれた竜刻が暴走し、デイドリム中の竜刻が共鳴して暴走する、という予見が出ました。それまでまだ猶予はありますので、一度報告のためにターミナルへお戻りください。

 竜刻の暴走は、小さな村を壊滅に押しやる。1つだけでも多大な被害が出るというのに、それが幾つもとなると、とても恐ろしいような気がした。
(これは一体、どういう事なの?)
 ゼシカはその愛らしい顔を曇らせ、アシュレーをぎゅっ、と抱きしめる。ゼロは少し考え、ちらりとウェズンを見た。少しは落ち着いたようで、彼はアトリアと共に揚げ菓子とミルクティーを口にしつつ何やら話している。
「もしかしたら、これも、ウェズンは見ていたのかもしれないな」
 アマリリスが眉間にしわを寄せて呟き、洋もまた頷く。そうしながら、洋の内心では1つの予感を覚える。
(今まで『星の海』へ行こうとして失敗した人々は、その『魔術が必要な次元』へ向かう段階で竜刻を暴走させてしまった、という事でしょうか?)
 彼女は向き直ると、漸く落ち着いたウェズンに頭を下げ、『星の海』を目指した人々のレポートを読ませてもらう事にした。
「本当は、私も父の願いを叶えたいんです」
 そう、語ったウェズンは洋にそのレポートを全て見せてくれた。そして、傍らで魔術的な技工などについて説明もしてくれた。けれども、洋の知識や経験だけでは、決定的な答えは見いだせなかった。

 その後、休憩を終え、残りの作業も滞りなく終わった面々が朝日を浴びる頃。カルートゥス達の船がこちらへ向かうのが見えた。彼らの実験も大成功したらしい。船から降りてきた面々を笑顔で出迎えたウェズン達であったが……、カルートゥスは彼らの前で発作を起こし、喀血した。

 ――スピカよ、儂を『星の海』へ連れて行っておくれ。

 その言葉は、その場にいたロストナンバー達の胸に、深々と突き刺さる。乾いた大地に滴り落ちた紅に、彼らは様々な感情を抱いていた。


 ――デイドリム:カルートゥスのラボ

 全ての仕事が終わり、カルートゥスの容態も安定した事を受け、ロストナンバー達は停留所へ向かう事となった。カルートゥスに同行していたメンバーと情報交換をしていたアマリリスはふと、ウェズンが自分を手招くのに気づいた。
「どうした?」
「皆さんに後で伝えてください。貴方々旅人の皆さんが関わる事で、父が『星の海』へ行ける可能性を、見る事が出来ました。また、何かお願いしようと思います。その時は、力を貸してください」
 お願いします、と深々と頭を下げるウェズンに、アマリリスは「勿論」と優しく微笑んだ。

 こうして、ロストナンバー達は一路ターミナルへ向かう。そして、そう遠くないうちに『星の海』を目指す為、デイドリムへと向かうことになるだろう。だが、今は……カルートゥスの回復と運命の糸が交わるのを、待つばかりであった。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
今回はリプレイが大幅に遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

今回のシナリオの結果、最悪の事態はとりあえず回避できそうです。そして、あと2回で決着がつきそうでもあります。

この後、ウェズンはカルートゥスに思いを打ち明け、2人で夢を叶える為に研究をする事になりました。しかし、『導きの書』には……?

次回もよろしくお願いします。
それでは、縁がありましたらよろしくお願いします。

付け加え
今回参加した皆さんには以下のプレゼントがあります。
デザートローズ
(竜刻でなかった物を、奥さんが綺麗に加工してペンダントヘッドにしてくれました)

追伸
当初の予定とは少し違う流れになりそうです。
公開日時2013-07-23(火) 22:40

 

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