オープニング

「ご案内したい場所があるんです。一緒に来ていただけませんか?」
 ロック・ラカンが、一一 一から声を掛けられたのは、司書室棟へ向かう通路でのことだ。
「すまぬが、所用がある」
「無名の司書さんのところですか?」
「うむ。そろそろ報告書が完成する手はずなのでな」
 先般、フライジングの調査依頼があり、ロストナンバー2名がそれに応じたと聞いている。
 ヒトの皇帝の寵姫となったシルフィーラに接触する必要があったため、ロックはその依頼を断った。だが、結果報告は把握しておきたい。場合によっては、自身の身の振りかたを考慮しなくてはならなくなる。
「ああ、それなんですけど」
 一は司書室の方向を見やる。
「私も気になって聞きに行ったら、司書さん『いーまー書ーいーてーまーすー。もーちょっと待ってえぇぇえ〜〜』って」
「何だと!?」
 ロックの表情が険しくなる。眉間に縦筋が刻まれた。
「遅延とは何という無様な体たらくだ。あのものは自己管理能力が欠如していること甚だしい」
「ということで、私にお付き合いください」
「致し方ない。それはどのような場所なのだ?」
「あーと。えーと。ちょっとおしゃれな飲食店です」
 一は言葉を濁す。目的を悟られてしまっては、ロックは応じないだろうからだ。
「そんな店に、ヒトの娘御と連れ立って行く理由がないが」
「だ、だいじょうぶですよ。私とロックさんが差し向かいでお茶飲んでても、誰もデートだとか思いませんから。それにそのお店、リオードル公がいらしたときに入った施設のひとつでもあるんです」
「公の御用達の店舗か。であれば、どのようなところなのか、たしかめるのも良かろう」

  * *

『〜CLOSED〜』の看板が出されたクリスタル・パレスの前で、ロックはあからさまに不審そうな顔をした。その背を押すように、中に入る。
 すでに、ラファエルには話を通してあるのだ。
 休業日に、ロックを連れてくることを。
(随分お待たせしてしまって申し訳ありません。……きちんと胸を張れるようになったので、約束を果たしに参ります)

「いらっしゃいませ。一一 一さま。ロック・ラカンさま」
 このカフェの建物は、ラファエル個人の自宅も兼ねている。よってラファエルは普段着であったが、まるで営業中であるかのようにふたりを出迎えた。
 しん、と、静まり返った店内でたったひとつ、テーブルフラワーが飾られ、お茶の準備がなされた席が設けられている。
 一は、そうしてほしいと頼んだのだ。
 ターミナルでのラファエルを、知ってほしいと。

「これは如何なることだ。ヒトの娘御よ」
「だまし打ちみたいですみません。私もよくやられるんで、お気持ちわかります」
「ロックさま。どうぞお席に。一さまをエスコート……、とまでは申しませんので」
 憮然として席についたロックは、居心地が悪そうにしていたが、ラファエルが紅茶のサーブを始めたとたん、仰天して中腰になった。
「ヴァイエン候が給仕の真似ごとをなされるか……!」
「席につきなさい、ロック・ラカン」
 ラファエルは声のトーンを落とした。一はふたりを交互に見る。
「ふたりきりでは話し辛いことも、あると思います。その時は私がクッションになりますよ、その為の第三者です。逆にこうした機会がなければ話せないこともあると思います。その為にお連れしたんです」



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
一一 一(cexe9619)
ロック・ラカン(cdpm1897)
ラファエル・フロイト(cytm2870
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品目企画シナリオ 管理番号2892
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントなんと……!
とうとう、この日が。
伏線回収、ありがとうございますーーーー!!

たしかにこのふたりだけだと、無言のまま小一時間過ぎそうですもんね。
この場は一たんにおまかせいたします。
よしなにどうぞなのです。

参加者
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生

ノベル

>>>>>>鳥は枝の深きに集まる

 手渡されたグランドメニューを、一は屈託なく広げた。まるで気の置けない友人をともなって、ふらりと訪れたときのように。
「何頼みますか、ロックさん。やっぱり【本日のおすすめ・壱番世界の旬のフルーツ使用】ですかね? ここのスイーツ、どれも美味しいんですけど、壱番世界の季節感があるものだとまた絶品なんですよ」
 しかしロックは、眉間に縦じわを寄せたままだ。
「それがしは、このような華美な菓子は」
「嫌いではないはずだがね」
 ラファエルは、メニューの該当部分を指し示す。
「たとえば、この『信州産シャインマスカット使用のタルト』などは、きみが月に一度だけ、人目を忍ぶように訪れては必ず注文していた、ヴァイエン領内の『花のかわせみ亭』特製の葡萄菓子を参考にしてみたのだが」
「……!」
 ロックは明らかに動揺した。あまりのことに否定のことばさえ発することができず、ただ、口もとだけが、なぜそれを、などという形に動く。
「きみは頑固で生真面目だから、きっちりと日にちと時間を決めて通っていただろう? ローゼンアプリールからあの店までは決して近くないのにと、かわせみ亭の女主人が不思議がって教えてくれたことがあってね」
「……。……。首都近辺の店に入るのは差し障りがあっただけだ」
「いつも無表情でひとことも口を利かないものだがら、気に入ってくれているのかそうでないのかさえもわからないと心配していたよ。ここの葡萄菓子は『黒翼の処刑人』を魅了するほどの味なのだろうと言っておいたけれど」
「そうだったんですか! 甘いもの苦手そうなのに意外ですね」
 一は、ぱっと顔を輝かせた。
「今、私の中で、ロックさん像が大きく変化しました。好感度右肩上がりです。じゃあラファエルさん、せっかくなので、ロックさんご贔屓の葡萄のタルトをお願いします。1ホールで!」
「1ホールで、ですか?」
「ロックさんとシェアしますので大丈夫です。イケますよね、軽いですよね、それくらい?」
 身を乗り出して問われ、ロックは不承不承頷いた。
 その様子に、ラファエルは、くく、と、喉の奥で笑う。
「こんなところで、きみがうら若い女性と差し向かいで菓子を分け合うすがたを見られるとはね」
「あまりいじめちゃだめですよ、ラファエルさん」
「これは失礼を。シャインマスカットのタルトのご注文、ありがとうございます。では、お飲みものは、一さまにはフルーツガーデンティーを、ロックさまには甘めのシャンパンをお持ちいたしましょう」
 切り分けられたタルトを、気難しい表情で、ロックは口に含む。
「如何ですか?」
「かわせみ亭の葡萄菓子に遠く及ばぬ」
 むっつりとロックは言う。
「まず、ブランデーでの香りづけが強過ぎる。これでは葡萄本来の風味を損なってしまう。それと、甘味を押さえ過ぎだ。品が良過ぎて、後味の印象が弱い」
「かしこまりました。……少々お待ちくださいね」
 ラファエルはメモ用紙とペンを取り出す。
「申し訳ありませんが、もう一度お願いいたします。今後、ご来店の機会をいただけましたら、ロックさま向けに調整させていただきますので」
「……候は」
「はい?」
「……いや、なんでもない。ならば復唱しよう。書き留めてもらおうぞ――店主殿」

  * *

「さてと。場がなごんだところで」
 なごんだ……、のか? と、ロックとラファエルは微妙な顔になったが、一はタルトを頬張りながらにこにこと言う。
「ここでラファエルさんにターミナルの面白エピソードなどを語っていただきましょう。ロックさんと打ち解ける良い機会です。何かありません?」
「……そうですねえ。面白いかどうかはわかりかねますが」
 しばし思案しながらも、ラファエルは言う。
「つい最近、無名の司書さんから無惨に溶けかけたチョコレートをいただきましてね。よくよく見れば、以前、料理教室の一貫としてバレンタインチョコを作成したときのものだったんですよ。……まったく、今、何月だと思っているのやら」
「えっ、それって本命チョコってことじゃないですか? 今までずっと持ってて渡せなかったのって、実は乙女心なんじゃないですか? けっこう本気なのかもですよ」
「いえ、単にうっかり忘れていただけだと思います」
 ラファエルはきっぱり言い切った。
「なにしろシオンにもジークフリートにもペンギン料理長にも同時に配っていましたので。『遅くなってごめんねー、はい本命チョコー! 三倍返しは一生受け付けるからよろしくー』などと言いながら」
「……あぁ」
 5秒で消え去った少女漫画ふうラブフラグに、一はため息をつく。
 ふと、ロックが言った。
「そのチョコとやらは、いびつな心臓のかたちの、溶けかけのものか?」
「まさか、ロックさんも本命チョコ貰ったんですか?」
「それがしとリオードル公にということだった。なぜ公とそれがしに菓子を譲渡するのか、まったく意図がわからなかったものの、食材を無駄にはしたくないのだろうと思い、引き取ることにした。公が、お返しをせねばな、と仰って、ナラゴニア産の蜂蜜酒を託されたゆえ渡したところ、歓声を上げて伏し拝んでいたが……、面妖なことだ」
「なるほど、さすがにリオードル公はそつがないな。女性心理をよく把握しておられる」
「あの司書の心理など把握できなくとも何ら支障はない」
「そうですかー? 何かいいことがあるかもしれませんよ」
「いや、それはなかろう」
「いいえ、それはないです」
 ロックとラファエルは、声を揃えて否定した。

  * *

「あ」
 一は、トラベラーズノートを開く。
「今、無名の司書さんの報告書が上がったみたいです。ロックさんとラファエルさんにも、同文を送りますって」
「優さまとジュリエッタさまが受けてくださった依頼ですね。シルフィーラからのメッセージも届けてくださった、あの……どれ」
 ノートを確認したラファエルは、しかし眉をひそめる。
「……読みにくい。というか、読み取れない文字がちらほらと」
「まったくだ。この乱文乱筆は何ごとか」
「……文章の拙さを責めても仕方ないにしても、手書きだからねぇ。だが、おふたりのおかげで状況はわかった」
「霊峰ブロッケンに飛び去った黒い孔雀とは、オディール陛下の変化したものなのか?」
「そういうことなのだろう」
「いたましいことだ」
 ロックの声が沈む。
「今更、このようなことを申しても詮無いことではあるが、候よ」
「何だね?」
「返す返すも、候が、さきの陛下より申し入れのあった婚媾(こんこう)を辞退なされたのが残念でならぬ。それも、養い子を妻に貰い受けたいゆえという、不埒極まりない理由で」
 ん? と、一が片手を挙げた。
「すみませーん。ロックさんの言い回しが格調高過ぎてわからないんですけど、『こんこう』って何ですか?」
「縁組みとご理解いただければ」
 ラファエルが補足する。
「ああ、女王との……。そのときは世継ぎの王女だったオディールさんとの縁談ってことですね。そんなことがあったんですか」
「あれは、あくまでもさきの陛下のご意思であって、オディールさまのお気持ちを汲んだものではないと思われますが」
「それでも、陛下の意を受けるのが筋であろう。オディール様のどこに、不満があったというのか」
「不満などはない。ただ、そのとき私が護るべき女性は、彼女ではなかったというだけのことだ」
「今は、どのように思われるか?」
「きみと同じだ。いたましく感じている」
「……それだけか。養い子はすでに、候の保護下にはおらぬというのに。それでは女王陛下が、あまりにも」
「ロック。きみの女王陛下への忠誠と、私のそれとは違うのだ」
「それがしには、候は不忠なだけのように見える。養い子を護りたいがあまりに、女王陛下を拒絶したということではないか」
 ロックが吐き捨てるように断じ、ラファエルは言葉を探して沈黙する。

  * *

「えーと、ちょっとよろしいでしょうか? 最近、私もいろいろとありまして」
 一が口を開いた。
 いろいろと――。
 そのことばに篭められた、数々の事件とその経緯。
鉄仮面の囚人のことや、赤の王との戦いを経て、一の心中にも変化があった。
 それは桜の季節、壱番世界の小さな街で行われた春祭りの一幕と、ある飴細工師の、父性に満ちた励ましにも支えられている。
「……一さまは、波瀾万丈なターミナルライフを送っておられますからね」
 ラファエルが微笑し、一は頷く。
「それでね、改めて思ったんです。人って、ひとりで生きてるわけじゃないんですよ。ひとりで生きてるって思ってても、実際はそうじゃないんです」 

 前に会った時、ロストナンバーは孤独だって言いましたけど――あれも間違いですね。
 ラファエルさんが、無名の司書さんと会ってるように。
 ロックさんが、人狼公と会ってるように。
 人と人って、どこかで繋がっているんです。

 照れ隠しのように紅茶を飲んでから、言う。
「その縁が切れることもあるでしょう。けれど、新しく結ばれることだってありますよね。それなら私は、過去に囚われないで、今を生きて欲しいなって思ったんです」

 そうやって前に進んでほしいなって。
 そうやって――救われてほしいな、って。


  * *

「ロック。私は、オディールさまに自立してほしいのだよ。私のもとを巣立っていったシルフィーラのように。迷いながら悩みながら、ときには袋小路を彷徨いながら、それでもご自身の結論を見いだした、この、一さまのように」
「自立――だと? 異なことを」
「オディールさまだけではない。迷い続けているのは、私たちも同様だ」
「迷いなど、それがしには」
「シルフィーラがきみを心配していたらしい。シオンが翼を落とすのを拒んで逃げたことが、迷いのなかったきみにも、新たな迷いの苦しみを与えてしまったのではないかと」
「……笑止。迷鳥の娘ごときに、それがしの心のうちなどわかろうか」
「壱番世界における『迷鳥』とは、悪天候などの特殊な事情により、本来の生息地ではない場所に飛来した鳥のことをいうらしい。ならば、私たちこそ迷鳥に他ならないんだよ、ロック・ラカン」
「失礼つかまつる」

 ――突然。
 ロックは席を立った。
 ふたり分の飲食代をテーブルに置くやいなや、店を出て行く。

「ちょー! 待ってくださいよロックさん。さんざん文句言いながらスイーツ完食してさっさと帰っちゃうなんてどこの礼儀知らずのJKですか」
「まあまあ一さま。そう自虐に走らずとも」
「ラファエルさん、今日はずいぶんとツッコミが軽快ですね」
「おかげさまで、いろいろと吹っ切れまして。おそらくはロックもそうだと思いますよ」
 大鷲の武人の後ろ姿はもう見えない。一は微苦笑を漏らす。
「私、何かのお役に立てましたかね?」
「はい。ロックとしては、私やシオンやシルフィーラを憎んだままのほうが楽だったのかも知れませんが――これでいいんじゃないでしょうか。彼も、少しは悩むとよろしい」

 さほど打ち解けたわけではないにしても。
 これで、今後、迷宮内で何かあったときは、私も、肩を貸すくらいはできるでしょうからね。

 そして、ラファエルは頭を下げる。
「ありがとうございます。迷宮からの脱出ルートはひとつとは限らないと、一さまは教えてくださいました」




 ――Fin.

クリエイターコメントお待たせしました。
一たん、このたびは、トリ連中のトリ持ち役を、まことにありがとうござました。
無敵のオヤジ殺しの一たんゆえ、ロックさん、樹海で出会ったときから一たんにだけはデレていたよーな気もそこはかとなくいたしますが、もー今回は本領発揮ですね。
ラファエルの肩の力が抜けていたのも、一たんのおかげだと思います。

常に波瀾万丈のターミナル生活を送っておられる一たんは、ただいまチャイさんの中にいらっしゃる模様。
チャイ=ブレ迷宮からのご無事の脱出を、トリ連中ともども、祈っております。
ご帰還のあかつきにはまた、営業時間内時間外を問わず、どうぞお立ち寄りくださいまし。

なお、ロックさんとお茶を飲んだ女性は、覚醒前を含め、今のところ一たんだけということでございますよー。
公開日時2013-10-02(水) 21:50

 

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