オープニング

 ターミナルの一画に、『ジ・グローブ』という小さな看板のかかった店がある。
 気まぐれに開いたり閉まったりしていて営業時間は判然としない。いつ行っても店には誰もおらず、ただ机の上に白黒のまだらの猫が眠っているだけだ。
 猫を起こさぬように呼び鈴を鳴らせば、ようやく奥から店の女主人が姿を見せるだろう。
 彼女がリリイ・ハムレット――「仕立屋リリイ」と呼ばれる女だ。
 彼女はターミナルの住人の注文を受けて望みの服を仕立てる。驚異的な仕事の速さで、あっという間につくってしまうし、デザインを彼女に任せても必ず趣味のいい、着るものにふさわしいものを仕上げてくれる。ターミナルに暮らす人々にとって、なつかしい故郷の世界を思わせる服や、世界図書館の依頼で赴く異世界に溶け込むための服をつくってくれるリリイの店は、今やなくてはならないものになっていた。
 そして、その日も、リリイの店に新たな客が訪れる。
 新しい注文か、あるいは、仕上がりを受け取りに来たのだろう。
 白黒のまだらの猫――リリイの飼猫・オセロが眠そうに薄目で客を見た。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんがリリイに服を発注したというシチュエーションで、ノベルでは「服が仕立て上がったという連絡を受けて店に行き、試着してみた場面」が描写されます。リリイは完璧にイメージどおりの服を仕立ててくれたはずです。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・依頼した服はどんなものか
・試着してみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
魔法的な特殊な効能のある服をつくることはできません。

品目ソロシナリオ 管理番号1724
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメント●プレイング日数を【1日】としています。ご注意ください。
西尾の描く仕立屋のひととなりについては、過去の納品済シナリオをご参照ください。

●衣装デザインお任せもOKですが、ある程度具体的なオーダーの方が描きやすいです。
デザインをうまく表現できないときは、「あのNPCやPCさんが着てるみたいな服が良い!」というプレイングもアリと思います。
web検索でヒットするようなものであれば、キーワードを添えていただければ参考にします。

ご依頼いただいた方に喜んでいただけるよう、心を込めてお仕立てさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

参加者
オペラ=E・レアード(cdup5616)ツーリスト 女 24歳 影狩り、付喪神

ノベル

 店内の大テーブル上に、ティーカップとポットが並べられている。
 客人をもてなすためにリリイが淹れた茶だ。
 しかし、当のオペラ=E・レアードはティーカップに触れることなく、身を硬くして座っているばかりだ。
「ローズのフレーバーティーよ。温かいうちに召しあがって」
 見かねたリリイが茶を勧める。
「申しわけありません。こういった店には、ほとんど縁がないもので……」
 オペラはいまだ緊張した面持ちで背筋を伸ばし、茶を飲む様子はなさそうだ。
「ご依頼はドレスを、とのことだったわね。理由をうかがっても良いかしら?」
 リリイが本題を持ちかけると、オペラは問われるままに語りはじめた。
 普段はテイルコート姿で過ごしていること。
 しかしツーリストとなりターミナルを訪れるようになってから、こう問われることが増えたこと。
 ――その姿は『男装』なのですか?
「人の姿を得たころは、男女の区別さえついていなかった私です。テイルコートが男性の衣装で、通常、女性は着ないものだということも知りませんでした。私自身は、『男装』をしているつもりは一切ないのです」
 しかし燕尾服である以上、どうしても『男装』をしていると取られてしまう。
「付喪神という身の上ですが、それでも女性だという自覚はあります」
 『男装』といわれることが嫌なわけではない。
 たいていの者は説明すれば納得してくれるし、オペラ自身、長く愛着のある燕尾服はなくてはならないものだと感じている。
 だが何度も問われるうちに、『本当の自分』と違ったように捉えられてしまうことを残念に思ったことも確かだ。
 本来のオペラは愛らしい小物や、華やかな衣装に焦がれる一人の女性であるというのに。
「私のような付喪神がおこがましい、とも思いますが、どうしても着てみたいのです」
 意を決して告げたオペラの言葉に、リリイは口を開こうとして、そのまま沈黙した。
 ティーカップの底を見つめるように伏せていた顔をあげ、告げる。
「私は、私の持てる技術のすべてで貴方の望む衣装を仕立てるわ」
 身じろぎもせず、オペラの紅色の瞳を見据え、続ける。
「けれど、その衣装が『貴方のものになるかどうか』は、貴方しだいよ」
 どこか鋭利な、芯のある声。
 その言葉が、オペラの胸深くに突き刺ささった。
「さあ、具体的な話をしていきましょう」
 リリイはすぐにいつもの柔らかな口調に戻ると、デザインをまとめるため客人に質問を投げかけていく。
 ――先ほどの言葉の意味は、いったい?
 しかし問おうにも、またあの鋭い言葉を放たれるのではないか。
 そう思うと口にできず、オペラは疑問を胸に店を後にするしかなかった。


 数日後、リリイの店から衣装が仕上がったと報せが届いた。
 先日投げかけられた言葉が未だ胸に突き刺さり、その意を図りかねていたオペラの足取りは重い。
「私は、なにかリリイ殿の気に障ることを言ったのだろうか……」
 しかし何度考えても、思い当たるふしはない。
 やがて仕立屋にたどりつき、店主が出迎えてくれる。
「いらっしゃい。お待ちしていたわ」
 もちろん、その言葉にあの時の鋭利さはなかった。
 オペラはほっと胸をなでおろし、先日訪れた店内へ再び足を踏みいれる。
 招かれるまま試着室へ行くと、そばに置かれたトルソーに豪奢なコルセットドレスがしつらえてあった。
「貴方のイメージカラーは紅だったのだけれど、ワインレッドでは艶かしいと思ったから、基調には彩度を落としたローズピンク、さし色を濃紅と白にしてみたの」
 薔薇色の天鵞絨スカートは足元までを隠すように広がり、幾重にも重ねた布が豊かなドレープを落としている。
 袖部分は上部にふくらみをもたせ、手首までを編み上げてより細く見えるよう仕上げた。
 胸元や袖口には白のレースフリルが幾重にも重なり華やかだ。
 ポイントとなるコルセットには中央とその左右に編みあげを施し、天鵞絨のリボンで飾っている。
 落ち着いた雰囲気のものを、という依頼どおり煌びやかさには欠けるものの、コルセットや生地には精緻な刺繍があしらわれ、光沢で文様が浮かびあがる様は見事だ。
 薔薇色は甘く、少女っぽい印象を与えがちだが、さし色の濃紅がほどよく印象を引き締めている。
「……リリイ殿。これは、本当に私が着ても構わないのですか?」
 オペラは仕上がった衣装を前に言葉を失っていた。
「あら。貴方は、私の苦労をディラックの空に捨てろというのかしら」
「めっそうも御座いません!」
 とがめるようなリリイの口調に、オペラはすぐに試着にかかった。
 衣装はオペラの白い肌に良く映えた。
 着付けを終えたオペラを大鏡の前に座らせ、リリイは首にそろいのチョーカーを付ける。
 そこにはオペラの瞳の色にも似た大粒の紅玉が、パールの飾りとともに揺れていた。
「大人っぽく髪はアップに。貴方ならハーフアップで、少し後れ毛を残してもきっと素敵よ」
 そういって手早く髪をまとめると、ドレスとそろいのキャノティエ(頭飾り)を付ける。
 濃淡様々な薔薇や羽に彩られ、長く垂らされたヴェール地の白いリボンが歩くたびにふわりと揺れる。
 これが先ほどまで燕尾服を着ていた自分の姿とは思えず、オペラは大鏡に張りつくようにしてドレスに見入っていた。
「気に入っていただけたかしら?」
 確かめるような仕立屋の言葉に、オペラは肩越しに振り返って頷く。
「こんな姿の私は、今まで想像もできませんでした。まるで夢のようです」
 何度も礼を繰り返すオペラに、リリイは静かに語りかける。
「誰であれ装いたいという気持ちは『ほんとう』よ。その気持ちは、誰にも否定できない。……『おこがましい』だなんて、貴方自身にだって言う権利はないはずだわ」
 それは先日の言葉の続きだった。
 己を卑下する気持ちがある限り、どんなにすばらしい衣装を着てもその衣装を手に入れることはできない。
「衣装が貴方を変えるのではないわ。衣装は貴方を惹きたてるだけよ」
 輝くものは内にあるとリリイは言う。
 最初から持っているものを、装うことでより輝かせる。それが衣装を己のものとすることなのだ、と。
「それでも貴方が装うことを『おこがましい』と言うのなら、二度とそんなことを言えないよう、徹底的に飾ってさしあげてよ」
 先日訪れたときの何気ない言葉だ。
 オペラ自身でさえ口にしたことを忘れていた。
 だがリリイは仕立屋として、なにより同じ装いを楽しむ女性として、その言葉が赦せなかったのだろう。
「……ありがとう御座います、リリイ殿。その言葉、肝に銘じます」
 リリイは客人の言葉に目を細め、手を伸べた。
「さあ、温かいお茶を淹れましょう。今日こそは、味わってくださるわね?」
 オペラはリリイの手を取り、微笑んだ。
「はい。喜んで」


 店内の大テーブル上に、ティーカップとポットが並べられている。
 客人をもてなすためにリリイが淹れた茶だ。
「はじめて会ったとき、思ったのよ」
 オペラが訪れた日のことを思い出し、リリイが語る。
「陽光を透かした貴方の翼。まるで天使のようだわ、って」
 口に含んだとたん広がる花の香が、貴婦人と麗人の心を溶かしていく。
 二人は心ゆくまでティータイムを楽しみ、語らった。



クリエイターコメントこのたびはソロシナリオへのご参加、まことにありがとうございました!
プレイングを目にした際、気になっていた一言にこだわってみました。
ドレスは薔薇色×黒、薔薇色×白とだいぶ迷って、やはり天使のイメージから白に。

どうか仕立てたお品がご満足いただけるものでありますように。
そして新たな装いが、PC・PLさまの背中を押す励ましの一着となりますように。

それでは、また別の機会にお会いする、その時まで。
公開日時2012-02-27(月) 21:20

 

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