その日、スイート・ピーはおとずれた司書室棟の休憩室で途方にくれていた。「せっかく遊びに来たのに、だれもいないなんて残念」 ぼふんと音をたててソファーに腰掛け、書棚に置いてあった本を手にとる。 司書か、ロストナンバーのだれかが置いていったのだろう。 ヴォロスについて書かれた本で、世界図書館がこれまでに集めた情報が詳細につづられている。 その中に、かつて訪れた辺境都市、『栄華の破片』ダスティンクルについて記載された項目がありページを開いた。 スイートは烙聖節の折に、ダスティンクルの舞踏会を訪れたことがある。「あんまり上手に踊れなかったけど、あの時は楽しかったな」 舞台となった古城の荘厳さもさることながら、仮面をつけ、自慢の装いに身を包んだ者たちの集いはまさに豪華絢爛。 今も目を閉じれば、楽団の旋律とともに煌びやかな光景が思い出された。 そのまま、貸切状態の休憩室でくつろいでいたところへ、「あれ。誰も居ないのか」 新たに休憩室を訪れた男性がつぶやき、先客であるスイートの姿を認める。 スイートは、その顔と声に覚えがあった。「……あ!」「えっ?」 うわさをすれば、なんとやら。 現れたのは、今、まさに懐かしんでいた仮面舞踏会でともにダンスを踊った相手。 山本 檸於、そのひとだったのである。 スイートに見せられたヴォロスの本を手に、檸於もまた異国の舞踏会を懐かしむ。「あのセレブイベントは、忘れようにも忘れられないよな」 時を経て再会した二人は、しばし思い出話に花を咲かせた。 少しして、目隠し姿の司書が部屋を訪れた。「おや。ここがこんなに静かだとは」 ひとの姿を求めてやってきたらしい。 室内を見渡し、先客がスイートと檸於のみと知って丁寧に頭をさげる。「おくつろぎのところ申しわけありません。もしお二人が手すきであれば、ひとつ頼まれて欲しいのです」 檸於と顔を見合わせ、スイートが問いかける。「お仕事のことかな?」 司書は頷き、「ヴォロスの辺境都市、『栄華の破片』ダスティンクルをご存知ですか?」 導きの書を片手にそう切りだす。「ダスティンクルなら、前に行ったことがある。俺たち、烙聖節の仮面舞踏会で一緒に踊ったんだ」 司書は檸於が手にしていた本をのぞきこみ、「ならば話が早い」と口の端を持ちあげた。「ダスティンクルで再び仮面舞踏会が開かれます。ただし、今回の主催はメリンダさまではありません」 かつて現地を訪れたロストナンバーとの縁で、世界図書館が懇意にしているひとりの貴族がいるという。 その家の娘がこのたび婚礼を行うことになり、内外より大々的にひとを集め、祝いを兼ねて仮面舞踏会を開くというのだ。「招かれていた館長が別件で不在となるため、参加が難しくなりました。世界図書館としてはこれまで築いてきた関係を維持すべく、招待そのものを蹴ることは避けたいと考えています」 そこで二人に代理出席を頼み、館長がしたためた祝辞の手紙を渡してきて欲しいという。「婚礼を祝う舞踏会ですから、難しいことはなにもありません」 先の舞踏会と同じく、仮面をつけ、好きに着飾ってダンスを踊れば良い。 出発日までに仕立屋リリイに相談すれば、衣装は良いように仕立ててくれるだろう。「チケットと手紙は、出発当日にお渡しします。……いかがでしょう?」 予祝はひととおり説明を終え、両名の表情をうかがう。「スイートね、あれからちょっとだけ、ダンス上達したんだよ……。リベンジ、付き合ってくれる?」 檸於はしばし考えた後、「手紙を渡すだけなら大丈夫だろうし……」 ひと仕事終えた後は、舞踏会を楽しめば良い。 そう考え、檸於は司書とスイートの申し出を快諾した。 もっとも、ダンスについては相変わらず自信はなかったのだが。 退室間際、司書が「そうそう」と振りかえる。「その貴族に代々受け継がれてきた竜刻は『冠』。飴細工を思わせる面白い品だそうですよ」 祝いの席なので、お披露目の機会もあるかもしれない。 そう告げ、目隠し姿の司書は去っていった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>山本 檸於(cfwt9682)スイート・ピー(cmmv3920)=========
――ねえ、女の子は何でできてるの? What are little girls made of? ◆ ◆ ◆ ヴォロスの空に夜の帳が降りる。 あたりが薄闇に包まれるころ、舞踏会の会場となる屋敷に主の声が響く。 「急げ。客人がそろう前に、余すところなく、屋敷中に明かりを灯すのだ」 屋敷の主人――今回の舞踏会の主催者は社交会を愛する趣味人だった。 社交界好きが高じ、屋敷は客の目を楽しませることを念頭に設計したという。 なかでも、最大の特徴は壁画だ。 ヴォロス中の画家を招いて依頼したというそれらには、かならず薄黄の壁紙が添えられる。 昼は陽光を反射し室内を柔らかな光で包み、夜は火に照らされ室内を黄金に染めあげる。 灯火に浮かびあがる壁画は格別美しく、主の自慢であるという。 そのため、屋敷には幾千もの燭台が据えられ、宴が催されるたびに使用人は種火を手に駆け回る。 燭台、ランタン、シャンデリア。 そのすべてに火が入れられる時、屋敷は『黄金』に輝く――。 良く働く使用人に、優雅な物腰の客人。 どこを見渡しても目に入る上質な調度品や芸術品の数々。 頭上に描かれた絵画を見あげながら、山本 檸於はぬるい笑みを浮かべていた。 高さのある天井は遠く先まで続き、全面を埋め尽くすようにヴォロスの神話が描かれている。 屋敷の天井は、廊下も階段の踊り場も、すべてがそんな調子だった。 この建物ができあがるまでにかかった労力は、計り知れない。 「うん……貴族だもんな。予想はしてた」 ――自分が結婚式を挙げる時の参考になるかも。 そんな密かな思いを抱いて来てみたものの、想像をはるかに超える様子に自分の考えがいかに浅はかであったかを思い知る。 視線を下ろせば、会場に負けるとも劣らない煌びやかな衣装を身につけた客人たちが悠然と闊歩していた。 結婚式の二次会ともいえる舞踏会ではあったが、さすが異世界基準。 客人の着飾り具合が尋常ではない。 「主役より目立ったら失礼になるとか、そういうのがないんだろうな……」 ひとまず礼服を用意しなければと慌ててタキシードを仕立ててもらった庶民代表は、ただただ目を見張るしかない。 あわせて用意した仮面は最低限の装飾が施されたデザインで、目元のみを隠すものだ。 よくよく見ると、屋敷の男性使用人がモノトーンの礼服を身にまとい、似たような仮面をつけている。 仕立屋に「もっと派手にしなくても良いの?」と問われた意味が、今更ながらわかった気がした。 そんな檸於とは対照的に、共に訪れた少女、スイート・ピーは気負いなくこの場を楽しんでいた。 楽団の奏でる音楽に合わせてリズムをとりながら、今にも踊りだしそうだ。 「リリイさんに仕立ててもらったドレス、スイートに似合うかな? えへへ」 檸於の衣装がシンプルなものだった反動か、少女の衣装は細部まで贅沢に仕上げられていた。 淡いピンクを基調としたプリンセスラインのドレスは光沢のある薔薇柄の生地を使い、胸元や袖口に白のフリルやレースをたっぷりと飾りつけられている。 胸元やスカート、裾周りには大粒のビジューを散りばめ、歩くたびにきらきらと輝く。 ピンクの髪は丁寧に巻かれ、歩くたびにふわふわと揺れた。 涙型のクリスタルをあしらったチョーカーに羽飾りのついた仮面をつければ、どこから見ても立派なレディだ。 「この前の妖精も可愛かったけど、今日のドレスも似合ってるよ」 檸於ははしゃぐスイートを微笑ましく見守る。 (俺に娘がいたらこんな感じかな……いやいや落ちつけ俺! せめて妹だろ!) 微笑みながら、内心、ひとりノリツッコミを繰り広げていたのはヒミツだ。 「それにしても、貴族の結婚式に館長名代として出席って……結構な大役だよな」 檸於の言葉に、スイートも我にかえる。 「そうそう、お仕事忘れちゃだめだよね! まずは主催者さんにお手紙届けなきゃ」 夜明かりに浮かぶ屋敷と絵画を愛する趣味人を、ひとびとは『幻燈卿』と呼び親しんでいるという。 問題はその人物がどこにいるかだが、先ほど使用人に尋ねた感じでは、客人に挨拶をして回っているらしく彼らにも居場所がわからないらしい。 「お客さんはみんなここに連れてこられる感じだから、きっとここにいるよね」 当の二人も、先ほど使用人に導かれて大広間にやってきていた。 手紙を渡すためには、探し出すか、呼び寄せるか。なにかしら手を打つ必要がありそうだ。 「早く済ませて、舞踏会を楽しもう」 ――そう、頷きあった数分後。 檸於は主催者を探し出すどころか、スイートの姿を見失っていた。 「いや、そんな。まさかな」 そう思いしばし同じ場所に佇んで少女を待ってみたものの、無為な時間を過ごすに終わった。 会場は広く、仮面姿の客人たちはあちこちで踊り巡っている。 ひとは随時行き交い、ともすれば眼前の人物をすぐに見失ってしまうような状態だ。 スイートの姿は戻らない。 認めたくない事実ではあったが、どうやらはぐれたらしい。 舞踏会を楽しみにしていた少女のことだ。 目に付いたものに惹かれて檸於のそばを離れることは、あらかじめ予想してしかるべきだった――。 檸於は壁際に用意されていたソファーに埋まって頭を抱えた。 「ご気分が優れないようでしたら、休憩室へご案内いたします」と通りすがりの使用人に声をかけられたが、丁重にお断りしておく。 逆に薔薇生地のドレスをまとった少女を見かけなかったかと問うも、気の利いた返事は返ってこなかった。 客人は誰もがみな仮面を付けている。特に女性は化粧で年齢を判別しにくく、衣装に合わせて髪色を変える者も多いらしい。 年齢や髪色、衣装でひとを探し出すのは至難のわざなのだ。 「お人探しに、人手を回しましょうか」 そう勧められるも、やはり祝いの席だ。 悪目立ちするのはどうか、という考えが頭をよぎる。 「すこし探して、もし見つからなければ、改めてお願いします」 檸於はそう告げ、使用人を見送った。 壱番世界において礼服とされるタキシード姿は、この場では極めてシンプルに映る。 特徴に欠ける装いなので、スイートが檸於を探し出すのは、檸於がスイートを探すよりもさらに困難だろう。 ――スイートを探すのが先か。主催者を探すのが先か。 どちらも大事だが、二兎を追うものは一兎をも得ずと言うではないか。 なにより、手紙は檸於が持っていた。 一刻も早く主催者を探し、役目を果たした後でスイートを探してはどうか。 しかしこの広大な会場で、ひとりさまよう少女を見捨てるというのか。 「落ち着け、俺……!」 檸於はしばらく逡巡した後、やはりどちらも選ぶことができなかった。 だが、このままソファーに座り込んでいるわけにもいかない。 「とにかく、二人を探そう」 立ちあがり、めくるめく黄金の広間へと身を投じる。 一方、スイートは檸於とはぐれたことに気づいていたものの、そのうち会えるだろうと楽観視していた。 舞踏会は始まったばかりだったし、帰るまでに主催者に会うことができれば良いとも考えていたのだ。 「スイート甘いの大好きだから、お菓子ちょーだい」 デザートを運んでいた使用人に声をかけ、クリームたっぷりのケーキをほおばる。 小腹を満たした後は、幻燈卿の姿を探すべく踊る人々の合間を縫って歩いた。 「幻燈卿のお嬢さまにはお会いになって?」 「もちろん! 良いお相手が見つかり、卿も安心なさっただろう」 「今晩はお祝いを兼ねて『冠』もお召しになっていたわ」 「めったにお披露目されない竜刻なのでしょう? わたくしもあとでご挨拶にうかがわなくちゃ」 通り過ぎがてら、噂話に耳を傾ける。 (『お嬢さま』って、花嫁さんのことかな) 気がつけば会場の外れに来ていた。 視線の先に、ひときわ大きな人垣が見える。 「このたびはおめでとうございます」 「今宵はお招きいただき、ありがとうございます」 どうやら、集まった人々は口々にお礼や、祝いの言葉を述べているらしい。 身長の低いスイートには、その中心に誰がいるのかまではわからない。 (主催者さんは、みんなに挨拶して回ってるって言ってたよね) この会場内でこれほどのひとを集め、感謝や祝福の言葉を述べられる人物がいるとすれば幻燈卿の関係者に違いない。 「よーし……!」 ひとまず、人垣に行ってみよう。 そう思いたち、ドレスの裾をつかんだ時だ。 眼前にいた男性が突然振り向いた。 「うわッ!」 ――ぶつかる! そう察したものの、避けようとしたことがかえって仇となり、ドレス姿のレディにあるまじき倒れ方――あろうことか前のめりで倒れ、床に顔面を打ちつけてしまった。 「いたた……」 足場が弾力のある絨毯であったことが、不幸中の幸いだったろう。 顔面を打ちはしたものの、擦り傷ひとつないようだ。 しかし振り向いてきた男性はあっという間に姿を消し、どこかへ行ってしまったようだ。 「ううう。みんなじろじろ見てる……」 穴があったら入りたい。 そう願っていると、 「すまない。通してくれ」 さきほどの人垣が割れ、騒ぎを聞きつけたらしい人物が使用人を呼びとめ、一連の騒ぎについて事情を聞いた。 すぐに男を探すよう手配すると、スイートのそばに膝を折る。 「おい、大丈夫か。あんた、顔面からぶっ倒れたって?」 声の主を見あげ、スイートは目を見開いた。 ◆ 相変わらず、スイートの姿は見つからない。 もはや舞踏会が終わるまで会えないのではないか。 そんな気さえしはじめた檸於は、改めて手の内を見つめ、嘆息する。 館長の手紙は自分が持っている。 (手紙さえ渡せれば、一応役目は果たせるわけだし) むしろ機を逃してしまった場合の方が問題だ。 ――スイートを探すのはあきらめて、先に幻燈卿を探そう。 そうと決まれば、集中的に聞き込みを行うしかないだろう。 檸於は客人や使用人を問わず、周囲の者に声をかけ、主催者の居場所を探った。 「幻燈卿? だいぶ前に、テラスで談笑してるのを見たよ」 「さっき、休憩室の客人に挨拶をしてくるって言ってたわ」 「ああ。卿なら、今、挨拶をしてきたところだ」 親切な老紳士がそう教えてくれ、やっとのことで後姿を認めることができた。 「ありがとうございます!」 紳士に礼を告げ、見失う前にとその背を追いかける。 とはいえ、相手は貴族の当主だ。 「うぅ……緊張する……」 檸於は何度も深呼吸をくり返し、ぐっと手を握りしめた。 「幻燈卿!」 仮面をつけていたから良かったようなものの、なければ緊張のあまり声もかけられなかっただろう。 呼び止めた男が振り向き、檸於の姿を認めた。 檸於よりも一回りほど年上、といった風情だろうか。 趣味人の貴族というからどんな男かと思って見てみれば、想像よりも若々しい印象だ。 もっとも、仮面舞踏会のルールに従い主催者である卿も仮面をつけていたので、その素顔をうかがい知ることはできない。 檸於は深々と一礼し、告げる。 「本日はまことにおめでとうございます。本来でしたら、館長――アリッサ・ベイフルックが直接この場にお伺いするはずだったのですが……どうしても都合がつかず、私が名代として祝辞をお預かりして参りました」 「なんと、ベイフルック嬢の」 卿は檸於に断りを入れると、その場で手紙に目を通した。 やがて目を細め、「手紙なら、届けるに任せれば良いものを」と言いながら檸於に礼を述べる。 「彼女に娘の晴れ姿を見てもらえないのは残念だ。良ければきみが娘に会って、ベイフルック嬢に伝えてやってくれないか」 幻燈卿が使用人を呼びつけ娘の居場所を問うと、すぐに数名の男が走り、純白のドレスに身を包んだ女性を伴って戻ってきた。 本日の主役である花嫁は仮面をつけていなかった。 金の髪が色白の顔を縁どる、清楚な印象の娘だ。 聞けば、まだ二十に満たないという。 「こちらの客人が、ベイフルック嬢の祝辞を届けてくださった」 父親の言葉に、娘が顔をほころばせる。 檸於の手を取り、言った。 「わざわざありがとう! アリッサは健勝か? 帰ったら『花嫁はすばらしく美しかった!』とよくよく伝えてくれ」 「はい。帰って館長にお伝えしま……す!?」 檸於は、己の耳と目を疑った。 幻燈卿が「今日くらいその言葉遣いを慎みなさい」とたしなめているのを聞くに、耳のほうは大丈夫なようだ。 だが、花嫁の隣に佇む少女の姿は、本物だろうか。 「あっ。檸於さん! 檸於さんだ! そっちのひとは主催者さんだよね? ご機嫌よう。このたびは素敵な披露宴にお招きあずかりまことに光栄です。……これであってる?」 間違いない。 そこには、いくら探しても見つからなかったスイートの姿があった。 「それでね、花嫁さんが男のひとを連れ戻して、スイートに謝らせてくれたの」 スイートは別にいいって言ったんだけど、花嫁さんがどうしてもって聞かなくって。 と語りながら、スイートはテーブルの上のお菓子をほおばるのに余念がない。 檸於はなんとなく納得した。 花嫁は気の強い娘のようだった。 自分のための舞踏会で恥をかいてしまった少女を、ほおっておくことができなかったのだろう。 「経緯はともあれ、合流できて良かったよ」 手紙を渡すという大役を果たし、花嫁と竜刻を目にすることができた今、アリッサへの土産話も万全だ。 肩の荷がおりたところで檸於もようやく軽食に手をつけ、優雅なひとときを楽しんでいた。 やがて楽団の演奏が、ひときわ軽快な三拍子を奏ではじめる。 円舞曲――ワルツだ。 スイートは食事の手をとめ、傍らの青年を見あげる。 「檸於さん、もいちどスイートと――」 「良かったら、踊っていただけますか?」 スイートの言葉をさえぎり、檸於がそっと手を差し伸べる。 戯れのように選んだその言葉は、あの夜とまったく同じものだ。 スイートは微笑み、お辞儀とともに手を預ける。 「お手柔らかにお願いします」 檸於は「こちらこそ」と少女を誘う。 大広間の中心へ向かい、隣り合うカップルと会釈を交わす。 スイートと檸於は改めて向かいあった。 「この日のためにいっぱい練習したの。あの時は、足踏んじゃってごめんね」 「あの日があったから、今こうして一緒に踊ってる。そう考えれば、悪くないさ」 実のところ、舞踏会リベンジという事で檸於も事前にダンスについて調べてきていた。 (とはいえ、実際やるのは難しいよなー……。でも、前回よりはマシな気がする) 先ほどまで背負っていた大役に比べれば、少女とともに楽しみながら踊ることはさして難しいことではない。 そう、思えたのだ。 楽団の演奏にあわせながら、二人はゆっくりとステップを踏む。 お互いの歩調を確かめるように。 一歩、また一歩。 二人の歩調が安定したころ、スイートが檸於に問いかける。 「檸於さんには大事な人いる?」 「うん、いるよ。壱番世界にね」 「カノジョさん?」 頷く檸於の目を見つめ、少女は続ける。 「スイートにはね、大事なママがいるの。ロストナンバーになって離れ離れになっちゃったけど、いつかまた会えるって信じてる」 語るあいだも、二人は黄金の広間をくるくると舞い踊る。 周囲の客人に比べればいくぶんぎこちない動きではあったが、前回に比べれば相当の進歩だ。 「檸於さん、カノジョさんのこと大事にしてあげてね。うんと優しくしてあげなきゃだめだよ」 檸於はスイートの小指に指を絡め、再び頷く。 「ああ。約束する」 「指きりげんまん、スイートとお約束」 少女と青年が約束を交わしていたころ。 竜刻の『冠』をいただいた花嫁は、広場の客人へ向け、祝福の呪文を唱えていた。 飴細工を思わせる繊細な形状の水晶が、黄金の輝きに包まれる。 「今宵、この舞踏会にお集まりくださったみなさまに。良き『黄金』の夜があらんことを!」 ◆ ◆ ◆ 「そのティアラとっても素敵!」 差し伸べられた花嫁の手を取り、スイートは開口一番そう告げた。 言葉遣いには驚いたが、人好きのする印象の娘だ。 あっはっはと豪快に笑った後、花嫁はスイートを親しげに見やる。 「ありがとう! 助けられた礼よりも前に、その言葉をもらうとは思わなかった」 「あっ! あのね、これ……スイートからの贈り物。しあわせを呼ぶキャンディの瓶詰。哀しい事があっても一粒たべると元気でるよ」 慌てて思い出し、あらかじめ用意していた贈り物をさしだすと、それを聞いた花嫁がいきなりスイートを抱きしめる。 「貴女に、良き『黄金』の夜を!」 「ええっ?」 なんのことかと問うと、「おかえしだよ」といたずらっぽく笑う。 「うちに伝わる竜刻の魔法なんだ。たいした効果はないんだけどね」 「効果って、どんなの?」 「聞きたい?」 花嫁の問いかけに、スイートは大きく頷く。 純白のドレスをひるがえし、娘はくるりと背を向ける。 「こんな『冠』がなくったって、女の子なら誰だってできるよ」 花嫁は両腕を天井に向かって広げ、笑う。 「うれしいことを、二倍に。悲しいことを半分にするのさ!」 ――ねえ、女の子は何でできてるの? お砂糖、スパイス すてきな何か そんなこんなで、できてるわ 了
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