クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
管理番号1143-14543 オファー日2011-12-26(月) 22:03

オファーPC 業塵(ctna3382)ツーリスト 男 38歳 物の怪

<ノベル>

「比べたがる他人など、気にするな」
 陰口を叩く者を前に、あの男はそういって笑い飛ばした。

 共に国を背負う身だった。
 互いの荘を行き来しあった。
 兄弟のように接した。
 ひとを惹きつける天性の魅力。
 どんなことにも努力を怠らない姿勢。
 あの男の『友』であるということが、その傍らに肩を並べられることが誇らしかった。

 だが、あの男は『特別』だった。
 おれは『特別』ではなかった。
 生まれ持ったものが、あまりにも違いすぎていたのだ。
 立場が同じと言うだけで、そばにいるだけで、おれたちは鏡のように映し見比べられた。
 不出来な虚像と言われ続けるうちに、おれは理解した。
 あの男の傍に在る限り、おれは深淵に堕ち続ける。
 おれの手に渡るはずの全てのものが、あの男に奪われていく。

 お前にはわからない。
 踏みにじられる者の苦汁。
 光の傍らにおちる影の色濃さ。
 お前には届くまい。
 奈落に堕ち続ける、この、怨嗟の声は――。


  ◇


 心地良い風の吹く新緑の季節。
 太陽の光を反射し、水をたたえた大地がきらめいている。
 その水田の真中で、整然と並ぶ苗が風に揺られる様を見つめ、満足げに頷く男の姿があった。
 男の名は天野守久。この鞍沢の地を治める領主だ。
 だが泥にまみれて佇む姿に、一国の主の威厳はかけらもみえない。
「守久さまァ。矢嶋さまがおいでですよォ」
 あぜ道から呼ぶ声に、「おお」と声をあげ、応える。
 緑の絨毯の向こうに見知った顔を認め、大きく手を振った。
「直隆! 良く来た!」
 黒馬にまたがり、現れた男は矢嶋直隆という。
 鞍沢の隣、矢嶋の主で、守久とは友誼を結んだ仲だ。
 守久とうってかわって上等な衣に身を包みんだ様は、誰が見ても高位の者とわかる。
 直隆は泥まみれの守久のそばで馬を降り、呆れたように告げた。
「なんだ。今度は田植えの世話か」
「ああ。今終わったところだ」
 領内で田植えの遅れていた家があり、聞けば一家の大黒柱が病に伏せているという。
「女、子どもだけでは時間がかかるだろう」
 気になりだしたら居ても立ってもいられず、つい全部手伝ってしまったというのだ。
「民に尽くすのは結構。だが、友との約束まで忘れたわけではあるまいな」
 皮肉を込めた言葉にも守久は動じず、言い返す。
「話なら、田植えがてらでもできるぞ」
「二国の主が植えた米か。高値で売れそうだ」
 「そりゃぁ良い」と豪快に笑うと、守久は乾いた泥を払い、呼びに来た女に声をかける。
「すまん。後始末を頼む」
 深々と頭をさげる女を見やり、守久は友を導くべく先に立つ。
「お主のために、うまい酒を用意してある。行こう」
 直隆の馬を引き、己の屋敷へと向かった。


「物の怪?」
「ああ。百足の大物らしい」
 屋敷に着くなり、酒宴もそこそこに守久は仕事の話を持ちだした。
 守久は修験道を治めており、物の怪に詳しい。
 その物の怪は数多の僕を従え、大国をも脅かしつつあるのだという。
「見かねた帝が、物の怪退治の勅命を出された」
 帝直々の依頼を受け、近く討伐に征くことになる。と、守久は口を引き結ぶ。
「その物の怪、強いのか」
 直隆は酒をあおり、尋ねる。
 守久は杯を置き、頷く。
「強い」
 その言葉に、直隆の眉が跳ねた。
(この男に『強い』と言わしめるほどの物の怪、か)
 力の無い物の怪であれば、武人の一太刀で滅ぼすことができるという。
 だが大物ともなれば、名うての修験者が組んでかかってもまだ手強いと聞く。
「すまぬ。酒の席でする話ではなかった」
 神妙な顔つきで黙りこんだ友の様子を見かね、守久は話を打ち切ろうとするも、
「いや。俺も征こう」
 直隆は顔をあげ、不敵な笑みを浮かべ、そう告げた。
「相手は人間ではなく、物の怪だぞ」
 それでも連れていけという友の言葉に逡巡した後、守久は神妙な顔で頭をさげる。
「ありがたい。お主が居れば、心強い」
「なに。隣国の憂いは、自国の憂いも同じこと――」
 細めた眼は、どこか剣呑とした光をたたえていた。


 ◆


 ひと月の後。
 勇み討伐に向かった両名は、大百足の力量を侮った浅慮を呪った。
 根城となっていた洞穴には臭気がただよい、侵入者たちをひるませる。
 決意を新たに踏み入れば、歓迎よろしく次々と襲いくる下位の物の怪に、手勢のほとんどをとって喰われた。
 足下に転がる仲間の四肢を前に、強者を自負する者までもが恐れをなして逃亡するありさまだ。
「ひとところに固まっていては、共倒れするやもしれぬ」
 直隆の提案に、守久も頷いて二手に分かれた。
 かくして、直隆は大百足と対峙していた。
 そこに守久の姿はない。
 おそらく、もう一方の道で足止めを喰らっているのだろう。
 ――これは好機だ。
 直隆は異形を前に笑みを浮かべる。
 大百足は山のように大きく、壁に、天井に、その躰を這わせていた。
 連なる多足は黒々と光り、節々がそぞろ蠢く様はどこまでも醜悪だ。
 これまでに喰った人間であるのか、その背には老若男女いくつもの顔が浮かびあがっている。
『血なまぐさい男だ』
『ああ、怨嗟の声が聞こえるよ』
 背中の顔が口々に騒ぎたて、げらげらと嗤う。
 人間ひとりが乗り込んできたところで、脅威とも感じてはいないのだろう。
 直隆は全身に冷や汗をかきながら声を張りあげた。
 ここで怯んでいては、出向いてきた意味がない。
「お前と取引をしたい。この後にやってくる鞍沢の主、天野守久を殺してくれ!」
 まさかの人間の申し出に、背中の顔が一斉に笑いだす。
『聞いたか、仲間殺しをしろってよ!』
『ケッサクだ!』
『我らに頼まずとも、己で手をかければ良かろうに』
『そうさ。さっき仲間を見捨てたようにねェ』
 直隆は唇を噛みしめた。
 物の怪たちは知っているのだ。
 直隆が先へ進みたい一心で、助けを求める仲間を見捨ててきたこと。
 その胸の内に、奥深い深淵を抱えていることを――。
『お前は面白い』
 大百足が顎をもたげ、直隆の顔を覗きこむ。
『なれど、守久には及ばぬ』
 大百足――業塵と名乗った物の怪が鼻で笑う。
 ――嗤った。嗤われた。このおれが、物の怪風情に。
 ひとには虚像と扱われ、物の怪には見下される。
「……おれを嗤うなぁあああ!!!」
 勢いにまかせて抜刀し、振りかざす。
 大百足の顎が閃き、胴を薙いだ瞬間、
「直隆!」
 飛びこんできた守久が、術をもって業塵の動きを封じた。
 すぐさま傷を負った友を連れ退転し、来た道を駆ける。
「大事ないか?」
 洞穴を抜け、座り込んだ直隆のそばに片膝をつき、守久が手を伸べた。
 直隆は青白い顔をして、傍らの男の顔を見あげる。
 守久の視線はいつもどおり、まっすぐ己に向けられている。
 友誼を結んだ友を。
 己を疑おうともしない瞳。
 知らず、唇を強く、噛みしめる。
 口の中に、血の味が広がっていく。
 向けられるものの重さに耐えかね、直隆は視線を落とした。
 足下には黒々とした己の影が広がっている。
「……ああ。大事ない」
 耳の奥で、あの物の怪たちの嗤い声が、途切れることなく響いているような気がした。


  ◆◆


 大百足討伐失敗から数日後。
 矢嶋ノ国で養生を余儀なくされていた直隆の元に、かねてより交流のあった親王から文が届いた。
 先日の討伐で受けた傷をおして参上すれば、親王は人払いをした後、直隆を間近に呼び寄せて親しげに笑んでみせる。
「そなた、先の討伐で大百足と対峙したとか」
「はっ。しかし討ちそびれ、このありさまにございます」
 「まこと面目ありませぬ」と頭をさげようとしたところで、親王が手にしていた扇子をスパンと閉じた。
「その討伐について、予はかような噂を聞き及んでおる」
 ――討伐の際、物の怪を操る奸賊がいた。
 直隆はハッと息を呑み、親王を見あげた。
 叱責を受けるのか、そう思った瞬間、床に額を押しつけんばかりの直隆に親王の声が降った。
「直隆。そなたは、『奸賊の顔を知っておろう』な?」
 大百足と対峙したのは、直隆と守久の二人だけだ。
 仮にあの時、あの場にだれかの目があったのだとしても。
 国元にあって直隆と守久を見間違える者は居ないはずだ。
「物の怪を利用し、帝への反逆を企てるなど不届き千万」
 月のように細められた親王の眼が、じっと直隆を見つめる。
 ――親王はすべてを知った上で、こう投げかけているのだ。

 “帝の名の下、物の怪を操る奸賊の汚名を着せて討て”

 親王は己を利用しようとしている。
 そのことに気づきながら、直隆は勅命を受けた。
 あの男の存在を無いことにできるなら、今はどんな命令でも甘んじて受けいれてみせる――。
「必ずや、賊の首を討ちとってご覧にいれます」
 そうだ。
 今度こそ、あの男の首を取らなければならない。
 胸の奥深くに巣くった『友』の幻影を振り払うために。
 己の、こころの安寧のためにも。


  ◆◆◆


 数日の後。
 守久は先の討伐の際に『物の怪を操っていた』というあらぬ疑いをかけられていた。
「きっと、なにかの間違いだ」
 帝への釈明のため、守久は国を離れることに決めた。
 出立前、できれば同行して欲しいと直隆に文を送ったが、討伐の際の傷の治りが悪いと、断りの返事が届いていた。
「直隆とて一国の主。忙しいこともあるのだろう」
 宿場町で休憩をしていると、買い出しに出ていた付き人が青い顔をして戻ってきた。
「守久さま、守久さま!!」
 歯の根もあわないほど震える従者に、守久は表情を曇らせる。
「いったい、どうしたと言うのだ」
「今すぐ国へお戻りください!」
 従者は旅人から聞いた話だと前置きし、主に告げた。
「鞍沢の屋敷が、矢嶋に襲撃されたそうです……!」

 守久はすぐさま馬を駆り、国元へとって返した。
 鞍沢に戻ってみれば、襲撃されたのは己の屋敷だけではない。
 先日守久が苗を植えたあの田までもが、踏み荒らされ、紅く煉獄のように燃え猛っていた。
 あぜ道には炭化した民の骸が転がっている。
 目撃者の話では、直隆が兵を率いていたという。
 抵抗する者を斬るだけではあきたらず、田畑に火を放ったのだ。
 ――直隆は来られなかったのではない。『来なかった』のだ。
 共に国を背負う身だった。
 互いの荘を行き来しあった。
 だが、この地獄絵図はどうだ。
 苦労をして育ててきたもの、築いてきたものが、一瞬で奪われてしまった。
「直隆ァァアア!!!」
 憤怒に突き動かされ、向かったのは業塵の洞窟だった。
 ひとでありながら鬼気迫る様子に、下級の物の怪は怯み、こぞって道を開けた。
 出迎えた業塵が、背中の顔とともに嗤う。
『鞍沢の主。お前も、仲間殺しをしに来たか』
 守久は手にしていた刀を構え、大百足を睨めつけた。
「帝が、『物の怪を操る奸賊』をご所望だ」
『憤怒に身を任せ、儂を従えるというか。面白い……!』
 業塵は臭気を吐き、百の足でとぐろを巻き、守久を締め上げて迫る。
『巫蠱の毒に耐えられるというなら、その身に取りこんでみせるが良い!』


  ◇


「比べたがる他人など、気にするな」
 陰口を叩く者を、俺はそういって笑い飛ばした。
 ひとと比べてなんになる。
 俺には俺の、あいつにはあいつの。
 それぞれの国の作り方があるのだ。

 矢面に立つ者の苦悩。
 故なく向けられる悪意。
 そんなものまで全部。全部。
 己が、引き受けているつもりだった。

 友のように。
 兄弟のように。
 心ゆるしあえたのだと思っていた。
 それだのに、嗚呼。

 ――聞こえるのは、怨嗟の声ばかりだったとは。


  ◇


 胴を引き裂かれた瞬間、直隆は高らかに笑いだした。
 大百足のおぞましい異形の頭部に、守久の身体が埋まっているのを見る。
 臓腑をまき散らし、血反吐に喉を詰まらせ叫んだ。
「ハッハア! いいザマだな、守久ァ!!」
 終焉が迫っていることを知りながら、それでも男は笑うことをやめない。
 堕ちろ、堕ちろ。どこまでも堕ちろ。
 奈落の底。
 煉獄の彼方。
 深淵の闇の向こうまで。
「やった! 堕としてやった! 焼きつけてやった! これで全部おれのものだ……!」

 ――ザンッ

 守久、もとい業塵の尾が直隆の首を刺し貫く。
 兵を蹴散らし、矢嶋の主を惨殺した大百足は続いて帝の寝殿を襲い、その尊い首をも喰らったという。


 親王の兵がその場を訪れるまで、直隆の首はげらげらと品の悪い高笑いを続けていた。
 やがて思いだしたように動きを止め、こと切れたそうな。




クリエイターコメント大変長らくお待たせをしてしまい申し訳ありません。
このたびはオファーいただき誠にありがとうございました。

いろいろと考え、玩味した上で、このように書かせていただきました。
やや駆け足な展開ですが、すこしでも楽しんでいただければ幸いです。

それでは、また別の機会にお会いする、その時まで。
公開日時2012-05-16(水) 21:50

 

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