~エンカウント~「ちょっと、そこの暇そうなあんた。あんたよ、あ・ん・た!」 ビシッと指を突きつけて飛鳥黎子が道行くロストナンバーの足を止める。 縦ロール状のツインテールを揺らしながら近づく飛鳥は強気の視線をとめないで話をはじめた。「無限のコロッセオって知ってるわよね? 丁度、そこであんた達と戦いたいってロストナンバーがいるのよ。腕試しにちょっと付き合ってくれない?」 興味はあるものの中々入ることの出来ない施設だったこともあり、足を止めたロストナンバーは頷く。 すると、飛鳥の後ろから野太い声が聞こえてきた。「飛鳥どのぉぉぉぉ! 対戦相手は見つかったのでしょうかぁぁぁっっ!」「ええい、うっとおしいと何度いえばわかんのよ、あんたっ!」 ドドドドとものすごい音でかけてきた筋骨隆々の男をドロップキック(黎子いわく、イナズマ飛鳥キック)で蹴り飛ばして倒す。 短いゴシックロリータのスカートが閃き中がみえ……たような気がするが今は気にすることではなかった。「中々すばらしい蹴りをお持ちのようですな、飛鳥殿。我輩の大胸筋が震えておりますぞ」 ぴくぴくっとポージングしながら大胸筋を揺らす巨漢はゲオルグ・ファットマンというツーリストで本気狩るマッスルという戦士らしい。 海賊に加担してしまった自らを悔い改めるためにスキンヘッドにしたとのことだ。「あんたOKしたわよね? ということで相手はコレね。コレ。不安なら人数集めてくれればいいから」 ポージングを変えているゲオルグ・ファットマンの姿に不安を感じながらも有無を言わさない飛鳥の視線にロストナンバーは頷くしかなかった……。 ~ルール解説~「今回の摸擬戦のレフリーを行うリュカオス・アルガトロスだ」 壱番世界におけるローマ帝国の戦士といった風貌の男が背筋をピンと伸ばした姿勢で大きな声を張り上げる。「今回の戦いはロ-プを張ったリングでの素手による戦いだ。壱番世界ではプロレスリングと言うそうだな……ともかく、それにて行う」 リュカオスはコロッセオ全部に響渡るほどの大きな声で説明を続けた。「基本は2対2、リングの上では1対1として対戦を行い、途中で交代も可能だ。素手とはいうがグローブなどは可とするが剣や槍などの武器は使用を認めない。チームはゲオルグともう一人、更に二人の対戦相手とする」 ルールはプロレスというよりは総合格闘技の色合いが強い。「ゲオルグと組むかどうかは希望者から選出。多数の場合は俺が抽選を行う……しかし、参加者が少ない場合はこちらのベアー・TDがゲオルグと組むこととなる」 リュカオスの視線の先には剥製と見まごうようなヒグマが二足歩行で立っていた。「説明は以上だ。フェアプレーで訓練に励んでもらいたい」 ビシッと決めてリュカオスが説明を終えると、今度は飛鳥がでてくる。「試合はあたしが最後まで見てあげるわ。いい戦いをすることね、あたしを退屈させんじゃないわよ?」 平らな胸を張って飛鳥は上から目線でロストナンバー達を労うのだった。
~試合前~ 「ふ、アリーナで試合か。面白い。俺がいるのは、必然だぜ」 ロープの張ったリングのコーナーに分かれ、準備運動をはじめるなか李飛龍は今回戦う相手やタッグを組む人物を見渡す。 まず目に付いたのはゲオルグ・ファットマンだ。 当人がいうには戦闘装束らしいが、厚い筋肉をセーラー服で覆っている。 コンダクターで俳優でもある飛龍には非情に理解しがたい格好だった。 「筋肉の付け過ぎだ。動きが鈍るぜ……」 その隣に目を動かせば黒いTシャツに革ジャンにジーパン、さらにボサボサの髪をしたストリートファイトでもするような木乃咲進がいる。 軽い柔軟運動をしているが、セクタンがいないところをみればツーリストであり油断はできない相手だ。 「武術を習っているような様子は見られないが……油断はできないな、全力で相手をしよう」 飛龍は相手にとって不足はないと頷くと、タッグを組む千条綾子をみる。 「あ、飛鳥さんはいっちゃんを預かってもらえますか? 観戦していてほしいですし」 「いいわよ、私とベアーが貴方たちの試合をしっかりと見えてあげるわ」 コロッセオの観客席にいる無茶ぶり司書の飛鳥黎子へ綾子は自分のセクタンとトラベルギアの槍を預けていた。 「う~む? なぜ、ここにいる?」 飛龍はセーラー服のままここで戦おうとする綾子に疑問を抱き首を傾げる。 「今日はよろしくお願いします。どちらが先に戦いましょうか?」 戻ってきた綾子は笑顔を飛龍に向けて作戦の相談を持ち掛けてきた。 「そうだな……」 「決まったか? あちらはゲオルグが先にでるそうだぞ?」 飛龍が悩んでいるとレフリーを行うリュカオス・アルガトロスが尋ねてくる。 「ゲオルグさんですか……では、私が先に出させてもらいますね。お手合わせしたいと思っていましたから」 「あ、ああ……」 ゲオルグと戦うことが目的とわかっても、飛龍は綾子の考えがわからなかった。 ~戦人~ リングの上に上がると綾子はスキンヘッドにセーラー服姿というゲオルグに物怖じせずに頭を下げる。 「ゲオルグさん。お元気そうで何よりです。こちらでの生活には慣れましたか?」 「いやはや、綾子殿! おかげさまでいろいろと学ばせていただいていますぞ。我輩の筋肉を世のために生かすようにしているところです」 ぐぐっとダブルバイセップスのポーズをとりながらゲオルグも答えた。 衣装は共にセーラー服だというのにこの差はなんだろうか……。 「いいか、試合を始める。ギブアップというか、ダウンして3カウントするまでは負けとはしない。二人とも潰れた時点でチームの勝ちが決まるとする」 リュカオスが二人を見比べてルールを補足し両手を上に上げて待つ。 「千条流兵法、千条綾子――参ります」 「本気狩るマッスル……推して参る!」 「はじめっ!」 リュカオスが両手を勢いよくさげると試合は始まった。 先に動いたのはゲオルグである。 重量のある体とは思えないほど軽い身のこなしで一気に間合いを詰めながら回し蹴りを放った。 「予想以上に重く……早いですね」 受け流そうとしていた綾子は予想よりも早い動きに受け流しができずに受け止める。 ズシンと大きな音と共に空気が震えた。 『今の一撃はすごいわね。でも、前回のときはアンナ力だしてなかったようだけど?』 『あれはトラベルギアによる補正だと思うんだよぉ。抑制することもあるけど、付加効力もあるものだからねぇ』 ただの観客をしているかと思いきや、飛鳥とベアーは【実況】【解説】という札をテーブルにおいて試合の見学をしている」 「ですが、間合いを詰めたのは不味かったかもしれませんよ」 受け止めた足を抱え、綾子はゲオルグの軸足を軽く払うと重力と慣性を使って投げた。 「あの女……やるな……」 飛龍はリングの傍で戦いを見ながら、自分の目測の甘さを修正する。 ただの槍使いではなく綾子は武人であると考え直したのだ。 「やりますな、綾子殿。我輩の筋肉が震えていますぞ!」 歯をキランと光らせたゲオルグは大胸筋を言葉どおりに震わせて倒立するように腕で地面を押さえる。 衝撃を消すために飛んでリングの上へとスカートを揺らしながら着地し、今度はロープで反動を使ったラリアットを綾子へ仕掛けた。 「二度目はありませんよ」 次こそはと受け流しの体勢をとって綾子は目を光らせる。 「それはこちらの台詞であるっ! マ法(マッスルの法則の略)マァァァッスルシザァァァッ!」 ラリアットはフェイントであり、本星は構えて空いた胴体への攻撃だった。 ゲオルグが横に飛びつつ大木のような両足で綾子の細いウェストを挟み込んで倒す。 ズドンと大きな音がコロシアムに響いた。 『これはすごい攻撃よ、あのパワーじゃ簡単に抜けられないでしょうね』 『ギブアップをするかどうかが重要なんだよぉ』 拳に力を入れて飛鳥は実況を続ける。 「くぅ……離せません……」 「代われっ!」 強く締め付けられる腰に苦悶の表情を綾が浮かべていると、飛龍が手を伸ばしてきた。 ~選手交代~ パンと手と手が合わさって、綾子と飛龍が交代する。 戒めを解かれた綾子はリングから降りて息を整えていき、その間に飛龍は白鶴拳独特の構えをみせる。 「クォォォ~!」 鶴の鳴き声のような声をあげて飛龍は自らを鼓舞し、ゲオルグを威嚇した。 ゲオルグも何が来るか予想ができないためか、待ちの姿勢を見せる。 「ハァァァッ!」 待ちの姿勢を見せたところで飛龍が一歩踏み込み、翼を動かすように両手を使って美しく流れる一撃を見舞った。 続けざまに嘴でつつくような突きを飛龍は繰り出しバシバシとゲオルグの筋肉を叩く。 防戦一方のゲオルグはチャンスを伺うようにその攻撃を受け止めていった。 「どうした、無駄な筋肉ばかりで動けないか?」 「そちらの動きを見ていたまでよ。参る!」 ゲオルグは不敵に笑うと首を狙った蹴りを放つ。 巨漢から放たれる蹴りは空を大きく切って迫るが、気功を使う飛龍はその空気の流れを読みギリギリのところを避けた。 そのまま全力のラッシュを仕掛ける。 白鶴拳は硬い部分による打撃を中心とした流派であり、肘や手で関節を狙った素早い一撃を当て続けた。 バシバシと肉と肉がぶつかり合い、音が響く。 『ここで飛龍がラッシュを仕掛けてきたわね』 『筋肉では鍛えられない上に支えるために負担のかかる関節を狙った攻撃は確かに有効なんだよ』 ベアーが解説した通り、ゲオルグの表情からは余裕がなくなっていた。 反撃に出る動きも切れがみえず、終わるか終わらないうちに飛龍からピンポイントに打撃の応酬が返されるためにゲオルグはついに膝を突く。 「ギブアップである‥‥」 「選手交代だ」 悔しそうだが、強敵に出会えた喜びのほうが大きい笑顔を浮かべるとゲオルグは手をあげたのだった。 ~武術対決~ 「さぁ、やりあうとするか」 進むがリングに上がり、腕を顔の前におく独特の構えで飛龍との間合いをとって円を描く様に動く。 「全力でいくっ!」 飛龍がゲオルグとの戦いで昂ぶった闘志をそのまま進むにぶつけるよう香港映画でみられるような素早い動きの攻めを見せた。 ババッと服を翻し、撹乱するような動きと共に硬い拳が進に叩き込まれる。 「何っ!」 ワープで避けられると思っていた拳が当たり飛龍は一瞬動揺するが、それも束の間視界が空転してリングの上へと体が落とされた。 「安心しな、これは合気道だ。合気道ってのはつまり相手に相手を殺させる技だ。あんたが打ち込んでこねえ限り、攻撃のしようがねえ」 何が起きたか分からないといった状態の飛龍に進は補足するように飛龍を見下ろしつつ答える。 「油断したな……」 痺れる体を制して飛龍は立ち上がる。 綾子のこともあり、まだまだ自分が未熟であることを感じることが多かった。 「次はあると思うなよ」 「あんたが攻めなきゃならないならチャンスはあるさ」 飛龍が構えると進は脱力したような形で構えをする。 「チェェィッ!」 再び飛龍が気合の入る声をあげながら拳を打つ。 今度はその腕を軽く掴んで流され、足払いと共に重心を傾けて転ばされそうになるが、綾子とゲオルグの戦いを飛龍は思い出した。 片手でバランスをとりながら反作用で飛ぶが逃げではなく進の頭部への蹴り込みを喰らわせる。 投げたと思っていた進は予想外の攻撃に頬へ一撃を浴びせられて一度リングへと倒れた。 「ワン、ツー……」 リュカオスがカウントをはじめると立ち上がり、口元を拭うと着地して態勢を整える前の飛龍のところまでワープ能力で移動しながら蹴りこむ。 「確かに"合気道"では攻撃の仕様がねえが……残念ながら俺はそこまでコレに愛着があるわけじゃねえんでな。普通に蹴ったり殴ったりも普通にする」 崩れた飛龍にいいながら殴る蹴るといった喧嘩術を進は叩き込んでいく。 体勢の建て直しきれない飛龍は進のラッシュを受けてふらつきだした。 「このまま負けていられるか!」 気合を振り絞り渾身の蹴りをはなった飛龍だが、次の瞬間からだが一回転してリングの上に叩きつけられ気を失う。 勝負はここでついた。 ~最後の勝負~ 『両者一人ずつ倒れたので、コレが勝負となるんだなぁ』 『ちょっと見た感じは戦闘スタイルが近いからどうなるかわからないわね』 ベアーと飛鳥が見守る中、綾子が調子を戻してリングへ戻り一礼する。 「では、いきます」 「さぁ、来て見やがれ」 パッと軽く背をかがめて走った綾子は鳩尾を狙った抜き手を放った。 無駄な動きはなく、最小限の力で繰り出される攻撃は相手の力を応用する合気道とは相性がよいとはいけない。 体を動かされても綾子は動揺することなく足を開いて踏みとどまり裏拳を当てにでた。 合気道の動きをみられていたこともあり、かなり読まれている。 「やりづらいな‥‥」 強敵と思った進は舌打ちをしつつ喧嘩術で殴る蹴ると押しにでた。 繰り出される拳を掴んだ綾子はゲオルグのときとは違い手首をひねる方向に体をまわして進を倒す。 「千条流には投げもあるのですよ」 掴んだ腕は離さず、捻りこんで自分の体重も掛けてリングの上に進を倒すと腕を捻りあげて決めた。 『あざやかな技だったわ。褒めてあげる』 『的確な戦術を考えていた綾子さんが一枚上手だったかなぁ?』 黎子とベアーが綾子のすばらしい技に賞賛を贈る。 「うぐがががギブだギブ‥‥」 リングの上では進むが痛みに根をあげてギブアップを宣言した。 「勝負アリ! この試合は飛龍と綾子のコンダクター組の勝利だ」 リュカオスが二人の手を上げると負けたゲオルグや進、飛鳥とベアーも拍手をして二人を労う。 「訓練といっても殆ど試合のようで楽しかったです」 「いい試合だったわ、そうね一つくらい頼みごと聞いてあげてもいいわよ」 笑顔で拍手を受けた綾子が軽く頭を下げながらこたえていると飛鳥は上機嫌で尋ねた。 「でしたら‥‥一つだけ? 二回戦やりましょう‥‥飛鳥さんも含めて」 「え”?」 予想外過ぎる頼みごとに飛鳥は汗をたらした。 「私は飛龍さんと手合わせできなかったですし、熊さんとも戦ってみたいですよね?」 「俺はどちらかといえば熊と戦ってみたいんだがな……」 「じゃあ、組み分けしながら2セットやればいいですね」 飛龍がベアーを見上げつつ呟くと綾子は両手を合わせて輝く笑顔で頼みごとのハードルをあげる。 「ぐ、ぐぐ‥‥分かったわ。やってあげるわよ、後悔しないでよね!」 断ることもできるのだが、自分の言ったことを訂正するのは飛鳥のプライドが許さなかった。 「よーし、僕もがんばるんだよぉ~」 ベアーが飛鳥を掴んでリングにあがると、進とゲオルグが下がる。 「飛鳥‥‥ここまできたら退けないぞ?」 「わかってるわよ! くぅ~、覚えてらっしゃい!」 リュカオスが哀れむような目で飛鳥を見ると両手を上げ、そして下げた。 このあと、飛鳥が後悔して燃え尽きたのはいうまでもない。
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