探偵事務所。 そこではある兄妹が睨みあいをしていた。「あー、もう、平気だっての」「なにをいう。ほら、あーん、しなさい。兄ちゃんが食べさせてあげるよ」「フェイ、いいかげんにしてよ。私はもう平気だっていうの!」 叫んだのは女探偵のキサ。その前には仮面をつけた探偵のフェイ。 ちょっと先日の依頼でキサが大怪我をしたのに、兄であるフェイが介護をするとかって出たのだが…… 普段は兄妹であることを知られまいと押し殺した兄の愛は、こういうときにうざいくらいに発揮される。「朝から晩まで飯食べさせたり、掃除したり、暇なの。兄ちゃんは!」「妹のために仕事とかキャンセルしてるに決まってんだろう、馬鹿か! あのな、いっつも押し殺したこの妹大好きをこういうときに解放しなくてどうする。てか、兄ちゃんって呼ばれた!」「うざい!」 キサは悲鳴をあげる。もう体調はよくなったのに、フェイはキサを構い倒してばかりだ。「……わかった。そんなにいうなら、今日で終わりにしよう。ただし今日はお前の怪我の全快祝いとしてスペシャルだ」「スペシャル?」「じゃーん、鍋だ」 といって取り出したのは値打ちのありそうな鍋。 それで早速、鍋の用意はじめるフェイ。 と、ダシをとったとき、体が勝手に動きだす。「え、ええ?」「む? これは……」 フェイとキサはとにかく手元にあった食材を鍋へと投入。フェイは高級牛肉、キサはナマズのさしみ。 そして、蓋をしめる。 ……いま、体が勝手に動いた?「あ、鍋の使用の注意項目にこんなものが書いてある。これは呪いの鍋で、一人一つ食材をいれて、必ず箸でつついたものを食べなくてはいけない、だそうだ。おお、それも七人で囲むんだと……なんか七鍋みたいだな」 七鍋とは、ポピュラーな正月料理のことで、七つの食材をいれて鍋で煮て食べるのだ。「ちょ、ちょ、フェイ!」「……すまん、呪われた鍋の除霊を依頼されていたの兄ちゃんすっかり忘れてたようだ。もうどじなにーちゃんだなぁ。えへ」「お前、わざとだろう、なぁ、わざとだろう!」「そんなことないぞ。この鍋に食材をいれると、強制的にいやでもその中の一品は食べる。イコール、可愛いキサの栄養つけさせられるとか考えてワナにはめたりなんかしてないぞ」「……。けど、七人って、私たち二人しかいないよ?」「ん、使用注意に書いてるが、なんでも強制的に鍋が食材をもっている人を引き寄せるみたいだぞ。すごいなぁ」「……誰か、助けて……」
はじめの犠牲者である木乃咲進は、普通にドアを開けて事務所にやってきた。 以前、キサに仕事をまわしてもらった縁から、見舞いにきたのだ。片手に持つのは料理でも振舞おうかと思って買ってきた食材――それがあだとなった。 「おい、見舞いに……!」 ドアを開けたあと、進は自分の意思とはまるで関係なく、手に持っていた袋の中身をぼちゃぼちゃと目の前にある鍋へといれてしまっていた。 ちなみに唐辛子とピーマン――丸ごと生である。 「なんだ、いまの」 たらたらと額から冷や汗を流して進はキサを睨みつける。 「私、違う。違う。こっちが元凶」 「ああ、久しぶりだな。木乃咲。……鍋の呪いでな、とりあえず、座れ」 「おい、いま、怖いことをさらりと言ったな! 呪いって、おい」 フェイから鍋呪いにかかった現在の状況を説明され、進は天井を仰いだ。 「ここに来るのって一般人?」 「キサの知り合いはほとんどお前と同じ旅人だからな。来るとしたら彼らじゃないのか?」 「……キサ、お前、なんでもっとまともな知り合いを作らないんだよ! 俺らみたいなのが見舞いにもってくるものなんて、絶対にキワモノだぞ」 「ある程度なら平気じゃない?」 「甘いな」ふっと進はすべてを知り尽くした微笑みを浮かべた。「あいつらがある程度のキワモノを持ってくるかよ! 俺だって、俺だってな……ある程度なら平気だと思っていた時期があったさ」 「ちょ、なに、その不吉発言! いやー、いゃあー!」 「俺のは、調理前の生を丸ごとだしな。まだこれはマシなほうだよな。絶対に……俺、胃は普通なんだぜ? どうしよう」 パニックに陥るキサと、遠い目をして天井を仰ぐ進。 と、そこに、ドアを開けてやってきたのは李飛龍である。 眉間に皺をよせ、不思議そうに首を傾げながら鍋の前にくると、手にしていた袋から肉をぼちゃんと鍋へといれた。 「……俺はどうしてここに」 「二人目の犠牲者だね」 と、キサはあきらめた顔をしている横では進がすかさず尋ねる。 「いま、なにいれただ。なぁ、なんの肉いれたんだよ!」 「朝市で買ったウサギ肉だ。……気が付いたらここにきて、鍋にいれてしまっていたが、なんなんだ」 「よかった。ここまではまだまともだ。いや、実はさ――」 進がうんざりした顔で飛龍に今回のことを説明する。 「そうか。まぁ、似たことを最近やったが……楽しむべきだろう」 「……普通の鍋ならな」 ぐつぐつと鍋は煮えていく。 「あら、ここかしら? 物凄い幸せがあるのは」 にこりと笑ってドアをくぐったのは幸せの魔女。彼女は自分に関する幸せはいかなるものでも感知し、見つけることが出来るのだ。 ――この鍋が幸せがあるのか? などというつっこみは控えておく。 「あら、これって七鍋かしら? いいわね。七は幸せの証。古来より七は力あった。七つの大罪、ジャックポット、チャリオット、七人の侍というように」 「一部かなりへんなたとえはいってるぞ、おい」 進がさりげなくつっこむが、そんなものは幸せの前では無意味だ。 「まぁ、うんちくはいいのよ。私もおなかすいてるの。一緒に食べましょう? ちょうど、具材もあるのよ。はい、これ」 取り出したのは毒々しい七色の形はユニークなキノコである。 「……それは」 「いろいろと妖しいだろう、それ!」 飛龍と進が一般人としてまことに全うな反応をするが、無視してカラフルキノコを鍋にとぽんといれる。 「あの、ちなみに、あのキノコは一体、なんていう」 キサが尋ねると、ああ、あれね、と幸せの魔女は頷いた。 「私が独自の方法で製造、栽培した魔法のキノコよ。食べると不幸を無くすことができるの。それでとってもハッピーな気分になるのよ。ふ、ふふふ。幻覚作用なんてないから安心してちょうだい」 かなり妖しい。 「終わった、俺の人生はここで終わった」 「いや、進。まだ妖しいのは一品だけだし、それが絶対にあたるとか、ね、ないから、大丈夫よ!」 頭を抱える進をキサが必死に励ますと、どがしゃんと音がした。 ドアに視線を向けると、そこにはきょとんとした顔をしたバーバヤーガ・トロワがいた。 「あらあら? ドアを蹴り開けちゃった。ごめんなさいねぇ」 といいながら、彼女の車輪は勝手に動いて、鍋の前まで来ると、手にもっていた袋の中身を――なんともあやしいものがぼちゃんぼちゃんと無造作にはいっていく。 「あのー、あなたは」 「え、あたし? あたしは、バービー。本名は呪われちゃうから、愛称で呼んでねぇ」 にこにこと笑ってさらりと怖いことを言いながらウィンクを一つ。 「なんだか、車輪が勝手にこっちに向かっちゃって」 確実に鍋の呪いによるものである。 「すいません、いま、いれたのは」 進が恐る恐る尋ねる。 出来れば知りたくないが、今後のためにも知っておくべきだ。知らないとあとあと大変なことになる――予感がひしひしする。 「え? いれたのはねぇ、ヘモグロビンの味がする真っ黒な黒菜と、なんかすごくなにかに見えちゃう人参でしょ、食べるとあまりのおいしさに嘶いちゃうっていうジャガイモの馬霊薯の三種よ」 「……食べられるにしても大変な色物だな」 「色物? やだ、こんなの普通でしょ。で、これは、どういうことなの?」 遠くを見て飛龍が言うのにバーバヤーガはにこにこと笑う。 ぐつぐつと鍋は煮える。 今回の鍋について説明すると幸せの魔女とバーバヤーガは笑顔で 「あら、七鍋を強制するなんて、なんて素敵で幸せいっぱいの魔道具かしら」 「面白そうよねぇ。鍋もおいしそうだしぃ」 である。 さすがは、魔女。この二人にはカオスを楽しむ余裕があるようだ。 「ところで、鍋はちゃんと味がついているの?」 「え、ううん? たぶん湯をいれただけだけども」 「ダシをとってないの! もう、仕方無いわねぇ。私がちゃーんと味を整えてあげるわ」 腰に手をあてる幸せの魔女にその場にいた全員が視線を向けた。 「味付けは大丈夫なの?」 「失礼ね。私を誰だと思っているのよ。そこらへんにいるコックよりもずっとうまいのよ」 胸を張るその姿はなんとも頼もしい。 「幸せの魔女、今日、あんたがすごく頼もしく見えるぜ、俺」 「俺もだ」 せめて中身はどれだけやばくとも、味くらいしっかりしておけば食べられるかもしれない――などと進と飛龍は淡い期待をついうっかり抱いてしまった。 「か、勘違いしないでよ。別にあなたたちの為じゃないんだからね! 美味しくない鍋なんて、私だって食べたくないもの。そう、これは私の幸せの為よ! わかったら、さっさと調味料をもってきてちょうだい」 つんとそっぽ向く幸せの魔女は大変に可愛らしい。 普段、料理なんてしないキサの事務所にはろくな調味料がないのでキッチンでは発掘作業がなされることになった。 「ゴミが、ゴミが! キサ、ちゃんとゴミ捨てろ!」 「ごめーん」 「む、黒い虫が……」 「またまたごめーん」 「あら、塩、腐ってるわよ」 「本当に料理しなくって。え、えへ」 ――先ゆき不安な調味料発掘である。 そのなかで、バーバヤーガは鍋の火の番のために一人でぽっつんと腰かけていた。 「……あたしもなにかしたいわぁ」 見ているだけではつまらない。 鍋は参加してこそ意味がある――あるのか? ――バーバヤーガも女の端くれとして、殿方に喜んでもらわなくては――などと無駄に女心をメラメラと燃やしてしまった。 「そうだわ」 彼女は閃いた。みんなが幸せになる魔法を――。 「まぁ、こんなものかしら」 味付けを施した幸せの魔女がふんと鼻を鳴らす。 「これで味付けは保障されたな」 「そうだな」 キッチンでの諸々の作業に疲れ果てた進と飛龍はとりあえず苦労が報われてほっとした笑みを浮かべる。 「まって。まって。あたしもやるわ。といっても味付けなんかはもうできちゃったから、魔法を使うわ。この魔法の杖で」 バーバヤーガがにこにこと笑う。 その傍らにある魔法の杖――どうみても砲身だが。 「ええい、ちちんぷいぷい」 「ちょ、まっ」 「おいっ!」 この場にいる常識ある二人――進と飛龍が叫んだときには遅かった。 ふりあげた魔法の杖――砲身からきらきらと輝きが放たれて、鍋がぐつぐつぐつと大きな音をたてはじめた。 「これでますますおいしく……あら?」 バーバヤーガが首を傾げて鍋を見つめ、目をぱちぱち瞬かせる。 「これは……やだわぁ。あたしってたら、失敗しちゃった。食材の味がものすごーく強調されるようにしちゃった。えへ。大丈夫よ、それはそれで美味しいわよね。うふっ」 舌なんて出してごまかしてみる。 「おい、それって」 「食べたとき、下手なものにあてれば即座に死ということか」 青白い顔の進に冷静な飛龍。 「あら、いいんじゃないの。幸せが増したわ」 実は悪食である幸せの魔女はさして気にしない。むしろ、平然と微笑んでいる。なんとも男らしい。 ぐつぐつぐつ鍋は勢いよく煮えていく。 「けどさ、この七鍋ってあと一人いないと成立しないんだよね」 ふとキサが思い出したように告げる。ここにいるのは全員で六人だ。 「あと一人、犠牲者がくるってことかよ。まともなやつこい、まともなやつこい……神さまっ」 進が天に向かって祈る、と ひゅるるるるるるるるる。――祈りが神さまに届いたらしい。 どがしゃん。 破壊音と、ともに事務所になにかが降ってきた。 土煙があがるのに、一瞬誰にも何が起こったのかわからなかった。 「ふぅ。まったくあいつめ。ん、みな、なにをしておるのだ」 もくもくと立ち上がる煙のなかから――進の祈った神に導かれて現れたのはガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード。 「事務所が、私の事務所がぁああああ」 キサが天を見上げて悲鳴をあげた。 というのも、ガルバリュートはなんと天井を破って現れたのだ。見上げれば天井があるべき場所に大きな穴が開いたそこからは青い空が見えている。 「ちょっとまって、キサの事務所は俺の下……俺の事務所を貫通された! いや、これでいつもキサの様子が観察できる。うん。いいよね!」 フェイも悲鳴をあげる。が、なんとなくこちらは嬉しそうだ。 「いや、すまん、すまん。ちょっと逃げていてな。む、鍋か。ならば、これを詫びとしていれようではないか!」 ぼちゃんぼちゃん――と、手に持っていた黒色だったり、白い粉ぽいものが鍋に無造作にいれていく。 「っ!」 「……!」 「あら、あら」 「いっぱいなんかはいったわねぇ」 ぐつっつつ! 大きな音をたてて、鍋の汁が、通常ではありえない黒い色に染まっていく。 「よし、」 ガルバリュートが鍋のぱかりと蓋を閉めた。 「おい、いま、いれたのなんだよ!」 進が叫んだ。 今のところまだ人が食べれるものだったはずの鍋が一瞬にしてえげつないカオスになった原因を知りたくはないが、ここで知らないまま放置してもあとあと胃と心によろしくない。 「む。先ほど入れたのは、黒サイの角の粉末、猪血、プロテイン液だな」 「神さまぁああああ! 俺が嫌いですかぁああああ!」 「落ち着け。まだ食べられるだろう。まだ」 頭を抱える進に飛龍ははぁと深いため息をついた。 「うむ。まだ鍋としてはあまりにも材料が少ない。ちょっといってくるぞ」 「え、おい、まて、もういくなぁあああ」 「ははははは、まっていろ!」 人の話なんざ聞いちゃいない。 風のように現れたガルバリュートは信用できない高笑いとともに事務所を颯爽と出ていった。 ぐつぐつぐつぐつと鍋は煮えていく。 「なぁ、このまま帰るって無理なのか」 「……呪いで無理よ。ここで食べなかったら、もったいないもったいないって鍋の具が追いかけてくるわよ? 諦めな」 絶望しきった進に、キサは同情のまなざしを向けてお茶をそっと渡す。 ガルバリュートのせいで大変に風通しのよくなった事務所では、それぞれ彼が戻ってくるまでひと休憩――もとい覚悟を決める時間となっていた。 ごがしゃん。 どがしゃん。 なぜか遠くで破壊音が聞こえている。ついでに、はははははははは――誰かさんの高笑いが聞こえる。 「なんか知った声が……」 「気にするな。気にしたら負けだぞ」 進と飛龍はもう二人揃って深いため息をついてあえてもう高笑いとか破壊音を無視することに決めた。気にしていたら精神が持たない。 そして五分ぐらいしてガルバリュートは機嫌よく戻ってきた。 「いや、すまん、すまん。よし、これで」 鍋へと肉団子を当然のようにいれた。 「いま、いれたのは一体なんの肉団子だよ」 進の問いににこりとガルバリュートは微笑む。 「ん。路地裏の店で買った謎の肉団子だ!」 あきらかにあやしいだろう。それ! なぜ、わざわざそういう怪しいものを購入してくるのか。それも躊躇いもなく鍋に放り込んでしまうのか。 「活きの良い内に食べてくれということである。さ、そろそろ鍋を囲むぞ。昔はよく闇鍋をしたものだ」 妙に活き活きしているガルバリュートに促され、もう鍋から目を背けることもできないのでそれぞれが席に腰掛ける。 ガルバリュートは小皿を配り、箸で鍋をかるくつついて見た目を整えたりと甲斐甲斐しさを発揮する。 「む、そろそろ、みな、食べるぞ。ほら、進殿、迷い箸はいかん。幸せの魔女殿、みんなで食べるのだぞ」 と、迷う箸を窘め、食いしん坊箸を牽制と、仕切るガルバリュート。 「わかったよ。もうまよわねぇよ! 食べるしかないなら、神よ、どうか高級牛肉、いや、せめてナマズの刺身を我にお恵みください!」 「覚悟を決めるしかあるまい……さて、いただきます」 「どんなものにあたるかしらね。さぁ幸せよ、きなさい!」 「うふふふ。よーし、おいしものにあたれ」 それぞれが箸を持って覚悟を決める。 いざ、鍋へと――箸がはいる。 そして、全員がほぼ同時に箸を持ち上げる。 「む、唐辛子か」 ガルバリュートは進のいれた生の唐辛子の丸ごと。 「俺は……なんだよ、これ!」 進は、バーバヤーガのいれた形につっこみどころいっぱいの人参。 「俺は……これは野菜? ピーマンか」 飛龍は、進のいれた生のピーマンまるごと。 「私は、あら、これなのね」 幸せの魔女はガルバリュートのいれた謎団子。 「あらあら、お肉だわぁ」 バーバヤーガは運よくも、当高級牛肉。 「私は、これかー……まぁ毒じゃないし」 キサがあてたのは、幸せの魔女のいれたハッピーキノコ。 「……毒々しいが、食べられるだろう」 フェイがあてたのはバーバヤーガのいれた黒菜である。 そして食べ始めた。 「神は死んだ。これ、どこから食べればいいんだ。くそ……!」 泣きながら人参と格闘する進の横で比較的にまともなピーマンにあたった飛龍がもぐもぐもぐと口を動かしている。 機嫌よいガルバリュートが酒を持ってきた 「ほれ、酒をいっぱい」 「ん。ああ。ありがとう。なかなかに強い酒だな。お前も、ほら」 などと大人組の飛龍とガルバリュートは酒を酌み交わす。 「いや、いいな、こういうのは、つい一曲歌いたくなるぞ」 「いいんじゃないのか。進、ほら、ガルバリュートがなにかするぞ。それをみて元気を出せ」 「芸って……」 あんまり期待しない進。 その傍らでは、声をあげて軍歌を歌い始めるガルバリュート。 「立ち向かえ、我らが敵に、祖国守るために筋肉で、はぁあああ、ふんぬぅ!」 ばりん。 ガルバリュートがポーズをとったとき、事務所のガラスが思いっきり割れた。 歌詞を突っ込むべきか、それともガラスが割れたことを突っ込めばいいのかもうわらない、ただ進は思いっきり噴出して机に突っ伏した。それでなくとも食べづらい人参を必死に食べているのに、ダメージが大きすぎた。 「む、だめか? むしゃむしゃ、む、唐辛子を食べたら、う、ううう、かゆい、ゆかいぞうううう」 また、いきなりガルバリュートが叫び出した。今度はなんだ。唐辛子アレルギーでもなったか? と見ていたら、ごきぃんとありえない音とともに体が変形した。 「どうだ。どうだ!」 一応、これは芸らしい。 「げほ、げほ、うお、器官に、器官にはいった!」 「おー、ごぼこぼこぼ。水を、酒しかないのか、く、しかたあるまい」 飛龍は涙目になってふらふらと、そばにあった酒瓶をとると、一気に煽った。 「こらおおおら、そこの歩く破壊魔で変形野郎め! 私の事務所をこれ以上、破壊するなぁ! 変形するなぁ!」 ばちんっと鞭を鳴らしてキサが叫ぶ。 その顔は妙に晴れ晴れしている。 「ふふ、キノコを食べたらなんか元気が湧いてきた! おっほほほ、そこの歩く破壊魔、私の幸せを害するなら、鞭打ちよ!」 「む、鞭だと……うおおお、姫ぇぇぇぇぇえええ」 「ちがぁぁう! キサ女王様のおいいい!」 ばちいいいん。 「うおおお、電気鞭! 姫ぇえええええ」 大人の事情が楽しく展開されている。どうしよう、これ。 「えええい、お前なんてこうしてくれるぅ!」 「おお、縛られた。本格的に縛られた。うおおお、ひめぇぇぇぇ」 キサは見事な鞭さばきでガルバリュートを縛り上げてて床に投げ捨てて男前に汗をぬぐう。 ガルバリュートとしては紐くらいその筋肉をもってすればぶち破ることくらいは容易いが、この状態が気にいっているようである。――ものすごく幸せそうだ。 「うふふふ、ふふふふ、楽しそう。そうね、みんな幸せね。そう、幸せ、私は幸せよ、うふふふふふ」 ガルバリュートの持ってきた謎団子を勇敢にも食した幸せの魔女は先ほどからずぅと笑い通しだ。なんとなく目が遠くを見ていてる。なんとなく危険ゾーンに片足どころか、両脚でつっこんでしまったようだが、本人は大変幸せそうで悔いはこれっぽっちもないようだ。よかったね。 「……っ!」 もうやだ。この地獄――進が涙で滲んだ目でとりあえず、きっと飛龍だろうと思って飛びついた、――むにゅり。 「あらあら、おねぇさんのお膝に甘えたいの? よぉし、いい男だし、いいわよぉ、お座りなさい」 「え、ちょ、わぁ……えええ!」 目標を誤って飛龍ではなくて、バーバヤーガの膝に飛びついていたらしい。それも先ほども柔らかくてあたたかいあれって――などと考えていたら膝に座らされ、やっぱり背中とか首にむにゅうりとした柔らかいものがあたっている。これって…… 「っ!」 別の意味で追い詰められて進は助けを求めて視線をさまよわせるが、助けてくれる余裕のある人物なんていない。 「あら、顔が真っ赤よ。熱があるのかしら? よーし、ちちんぷんぷんとなおしてあげる」 「いや、いい、いい!」 ――フェイ、今後は普通の調理器具つかえ! 主に俺の胃とその他の平和のために! 進の意識はそこで途絶えた。 「まったく、大丈夫か、おっと」 飛龍は縛られたガルバリュートを仕方なくほどいてやった。と、いきなりガルバリュートの拳が飛び、さっと避ける。 「さぁ手合せを! 鞭だけではたりんぞ。もっともっと!」 「むっ……ふ、面白い!」 顔には出てないが、飛龍も酒をひと瓶飲み干してそうとうに酔っぱらっていた。なによりも格闘家として挑まれて逃げるのは恥じ。 ここに筋肉と技の伝説的な対決がはじまった――惜しむべきは、この場にいる全員が、それぞれパニックに陥って見ている者は誰もいなかったということだろう。 このあと、全員が正気を取り戻したのが深夜だった。 さすがに疲れ果ててぐったりしていると、唯一元気なガルバリュートが「みな、腹が減って元気がないのだろう。では次は拙者がお手製の鍋をご馳走するぞ!」と叫び、二度目の騒ぎは翌朝まで続いた。 翌朝。 太陽がきらきらと眩しい時刻、荒れ果てた事務所の掃除などは探偵たちに押し付けて、彼らは帰路についた。 一人は妙にさわやか、一人は疲れ切った顔をして――それぞれ思い出深い七鍋を過ごすことができたようだ。
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