――カンダータ西端・地上基地 ディナリアより出立して半日程度、マキーナ戦線の最前線である基地。 ロストナンバー達とディナリア軍の尽力によって構築された基地は意外な程静かであった。 轟砲が鳴る頻度は分を跨ぎ、血と鉄と火薬が綯い交ぜとなった戦地の匂いも薄い。「なるほど貴殿らがミラーやグスタフの言う異世界人か……風変わりな出で立ちだが、なかなかどうして実力は折り紙つき……単騎で浮動戦車以上の戦果を上げるらしいな。おっとこれは失礼、不躾であったな。私はノア参謀室のルドルフ大佐だ、この調査兵団の隊長であり今はディナリア指揮官代理も兼任している。ようこそカンダータへロストナンバー、貴殿らの協力に感謝する」 基地の入り口でロストナンバー達を迎えるのは一人。 上級将校の制服を整然と着こなす長身、幾分皺の刻まれた口元に柔和な笑みを浮かべ握手を求めるのは、ノア急進派の最右翼として知らされた男。 オールバックに撫で付けられた銀髪と輪郭線をなぞるように生やした顎髭、笑みの中にも猛禽の如き怜悧さを感じさせる両眼は、参謀、政治家の類というよりは、一振りの武辺に生きる士。 ――百戦錬磨 差し出された男の掌は固く焼け、ロストナンバー達、特に故郷の世界では軍属であった二人に歴戦を感じさせる。 事情に通じていれば不興を買っている可能性が示唆されるにも関わらず、男の周りに護衛の兵士はない敵意が無いことを示すためであろうか? 如何に協力関係にあると吹聴されているとはいえ、何処のものとも知れぬ異世界人を前に立場のある人間が孤影を晒すのは些か無用心ではないか? ――否 微細な粒子が空を揺らす。 振動が機械生命二体のセンサーに触れた。 顕微鏡をもってして初めて姿を認識できる極小の機械――ナノマシン 容易に人体内部に侵入可能なそれらが優秀な暗殺者であることは言うに及ばない。 参謀は推し量っているのだ、目の前に居るロストナンバー達をあからさまな隙を見せることで。 自らの駒と足りえるかを、吠えるだけの野良犬風情であれば処断すればよい。 元OLは感じていた。 老参謀の眼に宿る光は幾度か見たことある……他人を利用できるかできないか、価値があるかないか……データとしてしか見ぬ超エリート達の眼。 壱番世界で幾度と無く自分が対峙したものたちの眼だ。‡ ‡ ディナリアの居住区西方の一角、カンダータ人類解放の橋頭堡たるこの都市を指揮する男の私邸。 公的には病人となっていると報告されているその男――ディナリア軍総司令官グスタフの邸宅にロストナンバーは訪れていた。 多忙を極めるグスタフは滅多なことで私邸に戻ることはない。 調度も家具もない閑散として生活感の薄い邸宅の中を案内するのは無愛想な女。 ほとんど言葉を発さぬその女に案内された先。屋敷の主が部屋には同行したロストナンバー達にとっては見慣れた顔があった。「よぉ、ロストナンバー来てくれたか、せまっ苦しいところでわりぃが適当にかけてくれや」 厳つい顔に笑みを浮かべる屋敷の主はおよそ病人とは程遠い、もっともそれは彼から指揮権を奪い軟禁するための口実に過ぎぬのだから当たり前であるが……。‡ ロストナンバー達がこの場にいるのは旧交を温めるためではない。 世界計の破損によって連絡をとりあうことができなくなっていた一ヶ月あまりの時間がディナリアを窮地に立たせていた。 その原因はカンダータを苛む機械生命体マキーナではない。 理想都市ノアからの命令――『ディナリア以西人類未踏の地である地表を調査せよ』 地上基地構築作戦から僅かな時間、安定しているとは言い難いディナリアにはおおよそ応じかねる内容であったが、ディナリアの生命線たる物資を握るノアの命令を拒絶することは難しい。 無論、ノアが現況を把握できていないわけではない、おそらくは政治的なパフォーマンスとしての部分が多かったのだろう。 のらりくらりと命令をかわすグスタフらの抵抗は黙認され実際の行動にうつることはなかった――ごく最近までは。 それは、調度世界計の復旧時期に重なる。 此処に来てノアは突然、強硬手段に打って出た。 一人の将校がディナリアに派遣される――ノア参謀室ルドルフ大佐 彼は、ディナリアに到着するや否やグスタフを軟禁、公的には激務による体調急変と発表、委任代行という形で指揮権を簒奪する。 あからさまな行動であったが、セルガ以下グスタフ子飼いの部隊が叛意を見せず恭順したため大事は起きなかった。 ルドルフ大佐は瞬く間にディナリア軍を掌握すると西方調査部隊を結成する。 精兵で集められた部隊の多くに生え抜きのディナリア軍――グスタフの子飼いの部隊が多く含まれたのは必然。 グスタフは指揮権を剥奪される寸前でできたことは、世界図書館にロストナンバー達の従軍依頼を行うことだけだった。「……ノアの意図が読めん、突然の手のひら返しだぁ。元々、ノア急進派達の目的はディナリアの戦果を発言力にすることだ……ディナリアの敗北は奴らにとっても痛手だ。加えて、ルドルフはノアでも優秀かつ地位の高い人物……成果の見えない作戦に従事するような立場にはいない」 珍しく浮かべた困惑の表情は、この男が否応なく政治の世界に脚を踏み入れつつあることを示している。「……その将校殺ったら駄目かしら?」 真顔で物騒な意見を言う元OLに軍隊を預かる将帥が鼻白む。「子飼い連中は今、家族がディナリアに連れてこられている……戦場慰安という名目、程のいい人質だ。さっきお前らを案内したのはうちの娘だ……無愛想すぎてな、あの年で相手もいねえ っと、すまん話が逸れたな。確かに……ルドルフが消えれば話が変わるかもしれん。ルドルフはそれほどの人物だ……当然やつもそれを理解している……それだけに不可解だ。名声を利用したいならもっと小物でいいはずだ」 唸るグスタフに軍人が話しかける。「……自分達はどうすればいい……命令を……指揮官殿」 口下手な軍人の精一杯の言葉だ。「すまんな……お前らには調査隊の戦力になって欲しい、無茶を行っているのは百も承知だ……だが座して全滅しかねない部隊を送り出すことはできねえぇ頼んだぜ」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>コタロ・ムラタナ(cxvf2951) ジューン(cbhx5705) アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372) アヴァロン・O(cazz1872) 臼木 桂花(catn1774) =========
§カンダータ地上 冷気に引き締まりを見せる朝の大気は、陽光と共に美しい碧を描いていた。 幾年振りであろうか――地上を走る鉄騎の煙が線上の標を大地に刻む マキーナの席巻する未知の領域 理想都市ノアから派遣された参謀室所属の老将ルドルフ大佐が率いる調査隊には五十幾人からなる自動車化されたディナリア精兵部隊、そしてロストナンバーが三人。 すなわち―― 死線に漂う戦士――コタロ・ムラナタ 翼を持つ女将軍――アマリリス・リーゼンブルグ 超文明の機械兵――アヴァロン・O ‡ ‡ §ディナリア 調査隊出立前 「私、今回は結婚のご祝儀を少将に貰いに来ただけだったのよね。従軍十日なんて冗談じゃないわ……パス」 暖気といえば燃え盛る鉄塊ばかり機械油にまみれた極寒、カンダータという地には相応しくない胸元を大きく開けたセクシーなスーツ姿の元OL――臼木桂花は調査隊の作戦内容を聞くや、かったるそうに老参謀へ放言する。 想像の埒外だったのか、老参謀の灰色がかった眉根が跳ね上がり皺にまみれた顔に訝しげな表情が刻まれる。 「悪いけど堅っ苦しいのは苦手なの。初対面でも呼び捨てさせて貰うわ」 言葉通りの態度、卑しくもカンダータの要人の前でスキットルの中身を傾け、口唇を濡らす臼木の意図は如何ばかりであろうか。 「どうせ私なんてせいぜい一般人に毛が生えたようなもん、今回はコタロもアヴァロンもいるわ。知ってるか知らないけどあいつらうちの人型じゃ最強クラスよ、使えない小娘なんて居ない方が貴方の軍には万倍も良いんじゃない? ねぇルドルフ大佐」 問われる老参謀の両眼には禽獣の鋭さが宿り、臼木を刺す。 真意を探るが如き眼差しは精神薄弱なものが直視すれば卒倒しかねない圧を持つ。 酔に濡れた瞳とはいえ平然と受け止める臼木の胆力は、ノア参謀室の人間が驚嘆のあまり危険人物としてマークしかねないものであった。 「ルドルフ大佐、申し訳ございません。私も臼木様と共にディナリアに残っても宜しいでしょうか? ……私は家政婦のアンドロイドです、戦闘には制約が多くありますのでご迷惑をお掛けしてしまうと思います。それに……私はグスタフ様やご家族の方々のお世話をしたいです。……それが本業ですので」 ガンを付け合う臼木に並び、深々と頭を下げるオートマタもまた調査隊への従軍を拒否し、ディナリアに残ることを申し出る。 無言の舌戦の間に、オートマタの言葉に反応したらしい野太いブーイングと歓声が響いた。 ――睨み合い 先に根を上げたのは老参謀。 掌で顔を押さえ視線を隠した老参謀の鍛え上げられた声帯は、天を突く大音声で笑いを奏でる。 「グスタフの虎の子か……フハハハ。猪武者ばかりかと思ったが、なかなかどうして面白いことを言うではないか。いいだろう好きにしろ、戦意の無いものを連れ立つことは隊に悪影響だ」 物分かりがいい老人――などではありえない。 五指の間から僅かに覗く老参謀の眼光から一寸足りとも鋭さが欠けることはなかった。 ――好きにしろ、小娘風情が……猿知恵を。 老参謀が言下に語る言葉を察した臼木は反骨心を燃え上がらせる。 (馬鹿にして、吠え面かかせてあげるわ……女だからってナメてんじゃないわよ) ‡ 長身痩躯の男、ディナリア軍副司令官であるセルガは、激務を終え幾日か振りに自宅の扉を潜る。 陽の光なき地下世界、室内の影を映し出すはぼぅっと輝く街灯のみ。 帰宅した男は極一寸硬直し……何事もなかったように電源を求め動く。 「……警報装置は停止させマシタ。セルガ様、貴方に話がアリマス」 男はふぅと一息吐くと電源近くに隠した警報の起動を諦めて灯りのみをつけた。 「アヴァロン君か……申し訳ないが少々疲労が溜まっているので、また今度では駄目でしょうか?」 光源によって色づいた影の中にあるアヴァロンの姿を無視するように、軍用ジャケットをソファに投げ捨てた男は寝室に向かう 「盗聴器も無力化しマシタ、大佐のナノマシンにもジャミングしてマス」 アヴァロンの再度の言葉にようやく男の動きは止め、やれやれといった風に肩を竦める。 「危ない橋を渡りますね……見る人間が見れば装置に干渉した事実はすぐ理解ります……君らの世界でどうであるかは知らないですが、我々の法は疑わしきを罰することができる」 「申し訳アリマセン、しかし貴方は話を聞くつもりデス。体温も脈拍も呼吸もポジティブ反応デス」 窘めるように話しかける男の声に、アヴァロンは感情の篭らない声を淡々と返す。 「……毒を食らわば皿までということですよ、機械人形君。疲れているのは事実なので手短いにお願いできますか?」 ソファの背に腰掛ける男の顔には、アヴァロンでなくとも容易に不健康であると判断可能な大きな隈が見えた。 「カンダータにおけるマキーナ研究の開示を要望シマス。敵を知るのは戦略・戦術レベルにおいて、極めて重要なファクターデス。しかしながら、カンダータにおいて本分野の研究は確認不能デス、もし存在しないのであれば、その理由ハ? 研究はマキーナの殺害抑止用プログラムの開発可能性を増大しマス、プログラムが開発されれば少ない労力でマキーナを制圧可能デス。抑止プログラムが発明できずトモ、連絡信号や認識手段を特定すれば飛躍的に戦果が上がりマス。部外者である私に、容易に思い付くことが何故実行されていないノデスカ? マキーナは軍上層に黙認されているノデスカ?」 アヴァロンは電子脳が算出した浮動要因を矢継ぎ早に合成音声に乗せる。 それは彼の常識が当然とした事柄、彼の経歴が排出する疑問。 「なかなかに勝手な発言ですね……まずは誤解を正しましょう。我々はマキーナの研究をしていないわけではありません、その成果は我々がもつ兵器にフィードバックされています……浮遊機構やレーダ技術、合金技術……マキーナの戦闘を経て技術開発が進んでいます。しかし基本的なところではありますが、マキーナは生きた兵器……捕獲することが困難な上、仲間を呼ぶ性質があります。おとなしくモルモットになるような存在ではありません、殊に生態という意味ではまともに調査することができないというのが現実的なところです」 男は若干の不快感を浮かべながらも実情を詳らかにする。 「把握シマシタ、情報ありがとうゴザイマス」 「もう一つの質問ですが……カンダータ軍はマキーナのいかなる存在も認めていない、私の知りうる限りはそれは間違いありません」 ――補正情報インプット ――対応演算開始 セルガがアヴァロンに与えた数センテンスの回答は、新たな行動指針を演算するために解析される。 その解は―― 「提案が一つアリマス、セルガ様。私がマキーナを捕縛・解析をシマス、そのデータを利用してクダサイ」 ‡ ‡ §カンダータ地上 調査部隊上空 俯瞰するカンダータの大地は地平線まで果てしなく続く、永久凍土の平原。 夕暮れの陽光が赤く灼ける地の合間を樹高の低い針葉樹林と僅かに映える草木が緑色に染める。 壱番世界で言うところのツンドラに近い気候。 (……これがカンダータの地上か) 空を舞う白い鳥が不毛の大地を眺めながら一人ごちる。 水に溢れ緑織りなす故郷とは似ても似つかぬ大地に感じたのは寂寥感か? ただ、羽の間を流れる清冽な冷気だけは心地良さを感じさせる。 幻術を纏い鳥の姿で上空より周囲を伺うアマリリス。その姿に相応しい視力を宿す両眼には映る動体は、カンダータの兵たちを除けば少なく、そして遠い。 (聞き及んだ話とは少し違うな……マキーナは地に満ち溢れ探索などままならないと思ったのだが。アヴァロンの索敵の成果なのかもしれないが……些か解せない) 眼下の車輌で光点が瞬く――行軍停止、休憩の合図だ。 宙に弧を一つ描いた白い鳥がカンダータ軍の駐屯地中央に降り立つ。 鳥の大きく広げた翼が閉じると空間が剥離するように造形が崩れ落ち、中から軍装の女の姿が現れる。 幻術による変容が珍しいのか、駐屯地にざわめきが沸きたった。 「そこの君すまないな、私の仲間達はどの天幕だ?」 反射的にテントを指し示す強面の男に、略式の礼と共に踵を返す女将軍の姿はあくまで華麗だった。 ‡ 「アヴァロン、コタロいるか? 私だ、アマリリスだ」 「肯定デス、アマリリス様」 「…………」 天幕を潜る女将軍の誰何に応える機械兵。 共に頷く軍人の姿は、どちらが機械であるかと問いたくなる程の無愛想。 「此度の状況、君等はどう考える?」 軍人の態度は慣れたものであるのか、特段気にかけることもなく問う女将軍に軍人がボソボソとした声で応じる。 「…………ノアの目的……自分は手綱の確保と考えている。元々ディナリアは掃き溜めの集まり厄介者の集団……多少の戦果であればさしたる問題ではない……だがディナリアの……グスタフ達の戦果は大きい。……爪弾き者が戦果を上げ今やカンダータをあげての英雄……政治に携わるものであれば危険視するのは必定だ」 「そうだな、私の聞き及ぶディナリアの成果は論功行賞を鑑みれば国の浮沈に関わっているといっても過言ではない。故に既得権益に与するものたちが危険視するのは間違いない」 女将軍の同意、軍人はさらに言葉を紡ぐ。 「……然りだ……活躍は活躍……カンダータにとって望ましいことに相違はない。……だからこそか下手な支援はできない……過剰な支援は不穏の種となる。 …………ディナリアを制する……グスタフ一人を排せば良い話ではない、むしろ厄介なのは部下一派。今回の西方調査の真意は子飼いの排除……後に孤立したグスタフを都合のいい将校挿げ替える布石」 些か饒舌に喋りすぎたか軍人は、言葉を切ると水筒を傾け――凍りついた液体だったものに顔を顰める。 「なるほど、しかしルドルフの態度は私達の登場を想定していたように思える……一計ありと見るべきではないか? 奴の謀が動く前にディナリアへ戻る膳立てをすべきだ」 「私は、アマリリス様の考えに同意イタシマス」 無言であったアヴァロンが賛同を示す。 読めぬ策へ電子脳が算出する解も早期対応。 「ああ、ありがとうアヴァロン。では交戦中に奴に幻覚を……ルドルフが最も恐れている事が現実になった光景を見せるとしよう。精神を病み負傷するであろうルドルフから兵権を奪いディナリアに退却……グスタフは病床から復帰し司令官に再任という筋書きだ」 「70%肯定デス、私はナノマシンを無力化してサポートシマス」 参謀無力化による退却案を構築する二人の間に土を削る音が響く。 立ち上がったコタロの軍靴が珍しく感情を……苛立ちを表に出す。 無言で天幕を去る軍人の背中に誰何の声がかかる。 「どうしたコタロ?」 「……哨戒だ」 背中越しに応える軍人の言葉はいつも通り少ない。 ‡ ――吐く息まで凍りつきそうな極寒は故国の戦場を思い返させる 駐屯地外周を哨戒するコタロの胸は、いつになくざわついていた。 (策を案じようがルドルフが死地へ赴く事は事実……ルドルフもノアにとっての邪魔者なのか? ……或いは任務達成が為死ぬ覚悟の忠信者か) 仲間の言葉は正しいのだろう……だがコタロは賛意を示すことはできない……翻意させる言葉も持たない――己の我侭であると知るが故 (己の任務、否、己の望みはこの世界の兵達を守る事……ならばルドルフとて) 思索に耽ける心は彷徨えど、軍人として出来上がった体は哨戒をやめることはない。 偶然だろうか、駐屯地外周で老参謀が佇んでいたのは。 疑問を頂くコタロは、ただカンダータの軍人に問う。 「お前は何の為に戦う?」 ‡ ‡ §ディナリア グスタフ私邸 「……で、なんでお前らは残ったってんだ? まさか本気で祝儀が欲しいとかお守りがしたいって訳じゃねえだろ」 調査隊への参加を拒否した二人に問いかけるのは、ソファにだらし無く寄りかかる巨漢。 「あら、私は大マジよ、司令官殿なら大盤振る舞いしてくれるんじゃないの?」 素っ頓狂な声で返す女の手が宙を扇いだ。 「了解しました臼木様……当会談を盗聴する機器は無力化します」 合図を受けたジューンの眼底の裏にコマンドラインが流れる。 serach process......starts jamming.......destroy all wiretaps......done. 「私覗き屋って嫌いなのよね、ありがとジューン」 盗聴の危険が無くなった途端に臼木は目を座らせ酒臭い息を吐きながら、父娘ほどに年齢の離れた男に迫る。 「アンタね、私達が保険なら、もっと保険らしく使いなさいよ。人から見たらハト派なのに、タカ派についてしかも言う事聞かなくて両方から煙たがられて……自覚なくてもアンタここの英雄なのよ? 両者が結んでアンタ排除して子飼いを手に入れたいと思ったらどうすると思ってんの。もっと政治に足を突っ込みなさい」 「何が言いてえ……」 キンキンと響く女の声に、内容を把握する前に顔を顰めるのは壮年男の悟性か、グスタフの口から漏れる低い声は恫喝の色を含んだ。 「アンタほんと頭回らないわね、それでも司令官なの? いい言葉を教えてあげる、英雄と鯨は死んでから価値があるのよ。お偉方ってのは、いつも英雄の殺し方を考えているの……それなのに唯々諾々と従っちゃって……子飼いの大半は死地に飛ばされて、人質だけがディナリアに残っているのよ? この状況の不味さを理解る?」 「……だからお前らを呼んだ……今、俺が打てる手はそれだけだ」 うるさそうに手を振るグスタフ、だが酔漢・臼木の口勢がその程度で収まるはずもない。 「そうね、さっきも言ったけどアヴァロンとコタロは私達の中でも最強クラス……きっと調査隊を守るでしょうね。いい加減、頭を切り替えて……アンタが今からするのはディナリア防衛戦よ」 「…………説明しろ」 戦という言葉がグスタフの表情を瞬時に変える。 煙たがっていた表情は消え、巨体がソファから乗り出し臼木の言葉を促す。 「よく考えなさいよ筋肉ダルマ、マキーナっぽい相手がここで調査隊の家族を殺せば脳筋の忠誠なんて一発よ……アンタの生死に関わらず間違いなくシコリが残るわ」 「グスタフ様……一介の大佐がナノマシンに警備させてここまで来るでしょうか。私も大佐の行動は急進派上位者の意を受けてのものだと思います」 同調するオートマタ。 「……参謀室は特殊だ……大佐とは言えあいつに命令を出せる人間は極僅かだ……しかし……」 「臼木様の話は現実とならないかもしれません。ですが例え杞憂でも、打てる手は打つべきかと。……マキーナに偽装してもしくは誘導して、グスタフ様がこの地を攻めるなら、どこを狙われます」 ディナリアを把握するグスタフであればこそ、一寸の淀みもなくアンドロイドの問いに応える。 「戦果だけ考えるならば東からだ。マキーナはディナリアの西方にのみ存在が確認されている、それゆえディナリアの主力は西に集中している。加えて、東はノアまでつながるディナリアの大動脈……ここから侵略されるってことはディナリアの孤立を意味する……心理的動揺もでかい。万が一の退却経路も東側への脱出を想定しているからな」 「アンタの無策を訴えられると言うわけね、ドハマリ過ぎて怖いわ」 「出来過ぎだが……考えすぎとは言わねえ」 「ジューンも言っているけど、何もないが1番に決まってるでしょ。コタロたちが帰ってくるまで敵性存在に襲撃されない、コタロたちが世紀の発見をしない、がこっちの最善手よ」 ――カンダータに存在する神はデウス・エクス・マキナ、故にそれは虚しい願いであった ‡ ‡ §カンダータ地上 調査隊 点在する歩哨が持つ常夜灯とレーダ機器の発する光だけが浮かぶ駐屯地の夜。 氷点下の外気をものともしない機械兵が佇み見やるのは、ゴーグルに映る二つの光点――アヴァロンが得た情報が予測するマキーナの進路、そして実際の動き ――外気温低下におけるマキーナ活発性の低下……ネガティブ 合わさる二本の線はアヴァロンの推論を一つ否定した。 解析を行うアヴァロンのゴーグルに通信受信を知らせる光点が揺れた。 「……アヴァロン様、聞こえますか。ジューンです……ディナリアの状況をお伝えします」 「ジューン様通信確認シマシタ……情報了解デス。調査隊の状況をお伝えシマス。アマリリス様が策を案じてイマス」 調査隊とディナリア――遥か彼方の地上と地下を結ぶのは超空間リンクを利用した指向性通信 二人のアンドロイドの間に結ばれた秘匿回線が互いの状況を伝達し共有する。 「……ジューン様、協力要請がアリマス。行軍中に確保したマキーナ残骸から連絡信号の解析を試みてイマス。解析結果を検証クダサイ」 「アヴァロン様了解です。……解析開始…………パターンB2の60%ポジティブが最大値です。効果を論じるには実証データが不足しています」 「了解デス……情報の追加を検討しマス。……それでは通信を終了しマス」 ――稼動時情報でなければ精度が低い……捕獲が必要デス ‡ 「ルドルフ様、進行経路上この小規模マキーナ群の回避は不可能と判断シマス」 指令車のレーダに接続する機械兵が警告を発する。 レーダに表示される光点は一群のマキーナ。 「戦闘距離3000に五十体規模か……長射程の火器で誘き出すか……。よし、全軍行軍停止砲撃戦準備、マキーナ群より六時方角戦闘距離2000に布陣、ミサイル10門発射。接近したマキーナ共を一斉射撃で蹴散らす」 指揮者から放たれた老参謀の檄が調査隊に響く。 カンダータの精兵が降車し淀みなく迎撃態勢を整える。 1kmを超える長射程の機械兵器による軍事行動は、超遠距離戦を得手としないロストナンバーにとっては手持ち無沙汰な時間である。 (俺は……糞何もできんか……) 殊に触れるだけで機械兵器を破壊できる才能の持ち主たるコタロは、内心に反して何もせぬことが一番の手助けになる状態に忸怩たるものを感じていた。 (決着時の混乱に乗じて幻覚をかける、傍を通った銃弾に戦慄したとすればいい) 一方で機とみたアマリリスは指揮車に接近して息を潜める。 ――調査隊とマキーナとの戦端は開かれた 鋼鉄の砲塔が放った十条の白糸は、遥か彼方の大地に光点と轟音撒き散らす。 輩への攻撃を察知したマキーナが調査隊へ突進、まさに老参謀の思う壺である。 「着弾確認、マキーナ十体消失。交戦反応……マキーナ急速接近……戦闘距離1500……1300……全軍砲撃開始!!」 互いの陣を飛ぶ鉄塊が音を超え、死を呼ぶ火線となる 火薬が飛び薬莢が断続的に地面を叩き、銃弾は装甲板で爆ぜ鉄粉を撒き散らす。 爆発が鳴らす轟音はただ一方からだけ響いてきた。 後の先を取ったカンダータ軍の射撃がマキーナを押し、戦闘は極僅かな時間で収束しようとしている。 (アヴァロン……ナノマシンを破壊できるか?) (問題アリマセン……支配下にオキマシタ) (よし……) 指揮者の傍らの女将軍は好機を察し行動に映る。 その視線が指揮車のルドルフを捉え怪しく光った。 不動の姿勢で座していたルドルフの姿が僅かに揺れ……佇まいはそれ以上の変化をみせなかった。 ――……!? 女将軍は美しい横顔に驚愕を刻まざるを得なかった。 手応えはある、幻術は老参謀を蝕み間違いなく彼が最も恐怖するであろう光景を見ているのだ。 老参謀の拳は爪が食い込み皮が破れん程に握りこまれていた。 老参謀の口腔から鈍い破砕音が聞こえた……全身の震え――恐怖を抑えこむために食いしばった歯が砕けたのだ。 「……化物共が……私は屈せぬぞ…………」 口唇を濡らす血液と共にルドルフの呟きが散った。 ――鉄鋼が奏でる貫通音、遅れて指揮車が撓む 老参謀の体が揺れた。 崩れ落ちる老参謀であったもの、胸に空いた空洞が吐き出す液体が指揮車のシートを濡らしていた。 呆然とするアマリリスとアヴァロンの耳朶を通信車輌から響く絶叫が打つ。 「レーダにマキーナ反応!! 新手です、突然出現しました、11時方向から7時方向まで、個体数千を超えています! 数えきれ――」 通信士の言葉は途切れ、拡声器越しでなくとも理解る爆音が響いた。 ‡ ‡ §ディナリア市街 大通り 居並ぶ人の列は、非常事態を想定した避難訓練。 「みなさん、慌てずに整列してください。先頭の方はそちらを右に曲がって下さい」 防空頭巾らしきホッカムリで桃色の髪を隠したアンドロイドが手旗を振りながら、常日頃されている訓練とは異なる道筋を示している。 マキーナが領域たる西側からの侵攻ではなく、人の領域たる東側からの侵攻に備えた訓練。 幾人かは気づく異常ではあるが、多くの人々はいつも通り訓練に参加していた。 列から遊びたいざかりの幼児達が歓声を上げながら飛び出した。 その姿をナニー・ロイドが目ざとく補足する。 「ほら、ほら、僕たちはお母様、お父様のところに戻りましょうね? いい子にしていたら、後でお菓子を作ってあげますね」 両手を広げて子どもたちを抱きとめるとお菓子で釣って列に戻るように促す。 「ほんとー?? おねーちゃんやくそくだよー」 パタパタと足音を立てて去っていく幼児。 「ねぇママー、あのおねーちゃんがねー……」 幼児に話しかけられた母親らしき女性がジューンに頭を下げる。 微笑ましい親子の姿に笑みを浮かべたのはオートマタだけではない。ジューンは自分と同じような表情を浮かべる女性に気づいた。 (……来て頂けたんですね、よかったです) 彼女に話しかけたのはオートマタにプログラムされた本分。 「こんにちは……貴方は」 「ステファニーよ、父の客が私に何か御用?」 「お父様が心配されてましたので……」 「そう、それなら特に用はないってことね、申し訳ないけど帰ってくれる?」 突き放すような言葉に怯むジューンではない……反抗期の子供に対する対応は十分にプログラムされている。 「……お父様お嫌いですか?」 「嫌いってわけじゃないけど、ほとんど話したことないし実感が無いわ、あの人だって私のこと持て余してるんじゃないの? ……血の繋がった他人よ、ママが死んだ時にも戻って来なかったし……なんで今更呼んだのかしら」 「守りたいからではないでしょうか? 戻れなかったのには理由があるのではないでしょうか? 貴女のお父様は素敵な方だと思いますよ? 貴女や部下の皆様全ての命を守ろうと孤軍奮闘していらっしゃいます。せめて避難訓練には参加していただけませんか」 「……わけわからないわ」 「あんたよく働くわねぇ……私眠くなってきちゃった」 避難訓練の列を見送るジューンの傍らで管を巻く臼木。 アルコールの過剰摂取が原因の睡魔であることは分析の必要もない。 「私に休息は不要です。家族の方々への慰労と巡回を続けます」 路肩で横たわりかけた臼木をカンダータ兵に預け通りを歩くジューンの電子脳に緊急通信が発呼された。 ――緊急連絡デス……ルドルフ大佐が討死……調査隊……大量のマキーナに……れテマス。帰還成功……%デス 途切れ途切れの通信は、急転した状況を伝える。 動揺が無いはずのオートマタの電子脳をフリーズさせる。 凍りついた思考を取り戻させたのは目の前の異常……肉眼で捕らえることはできぬ空間の微細な揺らぎ……それはかつてディナリアを徘徊した光学迷彩を纏うマキーナに酷似していた。 電子脳が一瞬で判断を下す、目の前に居るのは害意を持つ存在と。 ――軍用回線介入、警報最大レベル ――本件を特記事項Ω軍属、サイドA11反乱分子からの拠点防衛に該当すると認定。リミッターオフ―― 警報を発した分の僅かな遅滞、リミッターオフのコードが処理される速度を超えた痛烈な衝撃がジューンを吹き飛ばす。 ‡ 空中から前触れもなく現れる粒子の死線が大気を彩り、メイド姿のオートマタが見切り体をさばく姿は一種の舞踏。 ――損害レベル低、戦闘行動への影響は軽微 初撃となった火線はメイド服の胸部を灼き払い、人口皮脂を爛れさせたが内部の構造体はほぼ無傷。 人であれば即死する攻撃でも鋼鉄のメイドにとっては微々たる火力。 (火力レベル低……しかし……) 姿なきマキーナは転移をしてるかのごとき速度で位置を変え、途切れなく放たれる火線はオートマタを死神の舞踏へ誘う。 (速度レベル高……) 人の10倍の速度で動くジューンをしても捕らえることを許さぬ高速起動、マキーナ優位と見れる戦闘。 しかし決着は一瞬。 ――真昼のような白光 オートマタの電磁波が空間を焼き払う。 如何に早くとも逃げる場なく攻撃されればそれまで……先の戦いでジューンが陥った状況。 光が収まった時、電熱に灼かれた蟲のような機械が白煙を上げながら地面に転がっていた。 軍用通信に介入した避難勧告を聞きつけたディナリア軍が到着する。 白煙を上げるオートマタは先頭にたつグスタフに告げた。 「……グスタフ様、状況は望ましくない方向に進んでいるようです」 ‡ ‡ §カンダータ地上 調査隊 無数の鉄鋼が発する颶風が人を、兵器を、塵芥のように巻上げる。 コタロ・ムラナタは誰よりも早く状況を把握した。 調査隊は敗北したのだ、マキーナの手によって。 女将軍の叫びが聞こえる……ここから決死の退却行が始まるのだ……生きて帰れるものがいるか定かでもない。 肉体は既に役目を見出していた。欠けていたはずの歯車が自然と廻り己を死地に押し出した。 ――己が肉体を誘蛾灯にしてマキーナを惹きつける 心は悟った。己にその時が来たと。 疾駆する軍人、交錯する銃弾はジャケットを弾き飛ばす、符の爆発力で加速する肉体は沈みマキーナの股を抜いた。 (……故郷との類似故の代替に過ぎなかった) 突き上げた掌底はマキーナに触れ、貼り付けられた符の威力は朱の剣となってマキーナの体を両断する。 (けれどこの地で戦う者達を知るにつれ、彼らの誇りを重んじ、力になりたいと思うようになった) 爆炎を上げてマキーナの体を輩が吐き出す鉄鋼の嵐が蹂躙する。 踊るように崩れるマキーナ、軍人の影は霧散している。 軍人の姿は宙にあった。爆炎が巻き上げた転移の札が消えた。 (己は嘗て成せなかった) 重力に任せ空飛ぶマキーナの背に落ちた軍人は0距離からボウガンを打ち付ける。 (故に彼らには成させたい) 砕ける足場から飛ぶ軍人が再び疾駆する――地面ではなく、マキーナの頭上を。 (羨望や嫉妬が無いと言えば嘘になる) 袖からこぼれ落ちる符は一気呵成の爆発となって軍人の姿を追う。 (けれどそれ以上に敬意と憧憬が上回る) カンダータの大地を軍靴が削った。凍りついた不毛の大地に血が滴る。 思いが痛みを超えるのは一瞬、回避しきれるはずもなかった火線は軍人から動きを奪っている。 (彼らの助けになりたい、彼らの力になりたい) 振り返る軍人を見るのは大群のマキーナ……その先にはカンダータの兵士達が居るはずだ。 全ての音が消え、鋼鉄の死神がゆっくりとただゆっくり近づいてくる、空は朱く灼けていた。 「……カンダータのために」 ――彼らと共に在りたいと、微かな願望を抱いた 胸に下げた二種類の認識票が踊った。 (未練は……) ‡ 「アヴァロン!! 退路を計算してくれ!!」 「アマリリス様了解しマシタ、20秒で計算しマス」 銃火鳴る戦場――いやマキーナが屠所にアマリリスの叫びが響く。 機械の悪魔が蹂躙は、装甲車を次々に大輪の赫花と変え、カンダータ兵を芥へと変えていく。 爆炎の渦中に消えたコタロの背中を見る、女将軍の顎は砕けよとばかり食い縛られた。 彼女もまたコタロと同様に調査隊の瓦解を悟っていた。 混乱の極みにある兵士達……率いるものが居なければ全滅は必定、コタロは己を退却のための捨て石とする気だ。 共に飛び出す衝動を抑えないわけにはいかなかった。 1のために10を捨てることはできない、コタロの覚悟を無為にするわけにはいかない……衆愚と化した兵士達を指揮できるのはこの場には自分をおいて他に居ない。 「全軍退却!! 稼働する機械を動かせ!! 九時方向に全力で転進!!」 投げつけられた女将軍の檄は、ただ駆逐されるを待つ烏合の衆となった兵士に一喝を与える。 「急げ!! 時間は我らが稼ぐ」 自身の名を冠した刀を掲げもち女将軍は兵士を鼓舞する。 一太刀は一条の煌めきとなり手近にいたマキーナを両断する。 (コタロが引きつけている今が機会だ…………すまん) 爆散するマキーナが発した灼けた空気が喉にしみた。 ――緊急退却コード……発信 女将軍の指示の元に逃げる調査隊へ追いすがるマキーナ達に向けて、アヴァロンは研究の成果たる退却信号を放つ。 効果があるかは不明一か八かの賭。 一瞬の停止、だが機械の悪魔は再び追跡を開始する。 ――効果ありデ……上位命令!? 信号は効果があった、しかし一寸の停止を喚起した退却信号は一瞬で別の命令で上書きされた。 車輌の速度は追いすがるマキーナを上回る。 追跡者は無数の白煙へと変わった、マキーナが放つ生体ミサイルが音の速度を遙かに超え敗残兵に迫る。 死を呼ぶ飛翔体と車輌の間に入ったのは大天使の如き翼を広げるアマリリス。 裂帛の気合と共に突き出す太刀の先には光の膜が現出する。 揺らめくオーロラの如き結界、その神秘的な光景を楽しむものなど存在しない、死を呼ぶ飛翔体は光の膜に衝突し爆光となる。 轟音が大気に伝播する共に結界は歪み波打ったように踊った。 幾度となく叩きつける驟雨の如きミサイルを苦悶の表情で耐えるアマリリス。 その翼は、天使が堕天するさまのように黒ずみ毀れ落ちる。 「マキーナの攻撃距離から離脱は成功デス。想定ルートに従いディナリアに帰還シマス」 機械兵の声、無限のような一瞬の交錯、アマリリスの結界はマキーナの最終攻撃を遮断し残兵達を守りきったのだ。 ‡ ‡ §エピローグ 数日後、調査隊は出発時の規模を5分の1に減らしディナリアに帰投した。 将を失い少なくない兵を費やした調査隊は成果を上げることはなかった。 ノア急進派主導による調査隊の失敗は、ノアとディナリアの関係に影響を与えた。 ノアにおける急進派は失墜する発言力を歯止めるためにルドルフの行動を利権確保による単独犯と宣言、ディナリアにさらなるプロパガンタを求めた。 グスタフらは宣言に同調する見返りにディナリア支援の強化を要求、ついで彼はカンダータの通信に多く露出することとなり、ディナリアの立ち位置はノア人民の広く知るところとなり、そのパワーバランスは表向きは改善されることとなる。 また、あまりにも都合よく東から現れたマキーナは都市機構を脅かす問題を確認するとともに一つの疑惑を残すこととなった。 ルドルフの遺品からはマキーナとノアの同調を裏付ける証拠は発見されず、グスタフ等ディナリア首脳陣は善後策に追われる中、疑問を処理すべく暗闘をはじめる。 そして―― 「エアメールに反応はありません……状況を鑑みても生存は絶望的です」 「……そうか」 コタロ・ムラタナはディナリアに戻らなかった。
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