オープニング

 §ターミナル・医務室

 見飽きるほどに見た白い天井、もはや特等席と言わんばかりに馴染む寝台に軍人は座す。
 銃火に抉られ幾度となく刻まれた体は、新たに加えた二度と消えないであろう僅かな痕を残してほぼ復調していた。

 治療を受ければ聞こえるか聞こえないかの小声の礼と共に、医務室を立ち去るのが常であった。
 だが今日は、恋煩いと言う如何なる医者も匙を投げる重荷がコタロの脚を縛っていた。

 己の右手、カンダータで救出された後に彼女が握った手をマジマジと見つめながら軍人は懊悩していた。
(…………返事をしなければと思っていた、思い続けていた、その為に帰還したようなものだ……が…………ぐ、具体的にどう伝えれば良い……!? 『よろしくお願いします』か? ええい己の身になってみろ! 婉曲的が過ぎて訳が分からん……ここはやはりストレートに『好きだ』か? いやしかし、どう言えばいいどんな状況で……くっ、ティーロ殿の話を思い出せ…………駄目だ……分からん……否、あの時、あの時だったのではないのか……!)
 開いた左手で頭を掻き毟るコタロは完全に冷静さを失っていると言えた。
 そう衆人環視の元で告白などしたらどんな事態が起きるか……想像するだけでおもしろ……恐ろしい。

 ともあれコタロは真剣そのものであった。
 少しでも告白の糧にと差し入れされた少女漫画をめくるが、いざ己がことと思ってみると羞恥に耐えない。
 危うく投げ出しそうになる手を押さえるのが精一杯だった。





 §ターミナル・医務室受付

「ムラタナさんですね? ええ手術も終了していますので今の時間でしたら面会できます。あ……お一人部屋ですからごゆっくりどうぞ」
 変に気を利かせてくれる看護婦を微かににやついた表情に重さを感じる。
「ありがとうございます……ですぅ☆」
 コタロの医務室に向かう撫子の足取りは重く、どんな表情をしているか考えたくもないから俯いていた。
 (……来るのやめればよかった……ですぅ。気が重たいですぅ……)
 『少し待ってくれ必ず返事をする』というコタロの言葉は、撫子の気持ちをさざめかせたが今は寧ろ沈めている。
 (依頼……ヴォロスに行った時、ご一緒でしたのに話しかけてきてくれませんでした……クリスマスも……何も……きっとコタロさんは断る言葉を探しているんですぅ)
 もう半ば諦めていた、それでも友人と一緒に出かけた樹海で受けた急報は心を揺らした。
 そして忌避していたカンダータで彼の無事を確認したとき人目がなければ……いや『言葉』をかけてもらえれば抱きしめていた……と思う。
 それもなかった。
 それでも、こうして彼が心配になり見舞いに来てしまうのは、熱しやすく冷めやすい彼女にしてみれば、寧ろ強く執着していると言っていいのかもしれない。

 俯き加減なせいで自分の脚がよく見える。
 トレッキングで鍛えた脚は男性にも負けないぐらいしっかりと引き締まっている。
 (私がもっと可愛ければコタロさんに好かれたのかな? 一緒に戦える人じゃなくて待っていてくれるような人でしたら良かったのですか?)
 負の感情のスパイラルに入っている撫子の思いつくことが全て自分を責め立てる。

 コタロがいる医務室の前に到着した。
 逡巡は極わずか、自分は結局のところ感情に嘘をつけない。
 
 会いたいと言う思いが扉を叩く――





 (駄目だ……何も思いつかん。……ソブイ先生、サクラコ……俺は…………)
「糞!!」
 珍しく口汚く罵ると床を鳴らし立ち上がるコタロ。
 自分の女々しさに辟易するが、罵ったところでいい考えは浮かばない。そして、医務室で懊悩していても何も始まらない。
 情けないが再び友に頼るべきかと考えながら扉に手をかける。
 
 ――横に引かれる扉

 目暗に外に出ようとしたコタロの胸に見知った拳が落ちた。

「な、撫子殿……?」
「コタロ……さん?」
 出会い頭の遭遇は互いの混乱と動揺に落とす。
 いち早く立ち直ったのは……いや混乱したまま行動したのは男のほうだった。
 胸にあった女の手を引きながら叫ぶ。

「コロッセオへ、行かないか!?」
「は、はい!?」

=========
!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)
川原 撫子(cuee7619)

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品目企画シナリオ 管理番号2572
クリエイターKENT(wfsv4111)
クリエイターコメントオファーありがとうございます、WRのKENTです。
完全に感情の方向が逆転してちょっとワクワクしてきました。

自分から何か言えることはないのであとは頑張ってください。

取り急ぎ必要かどうかわかりませんが今回のコロシアムルールなど

1)武装
素手のみ

2)勝敗
ギブアップもしくは気絶等で戦闘不能となった場合

思いの丈を拳に乗せて頂ければ幸いです。

なお別のところに行きたい場合は二人で相談してくださいね。

以上です、よろしくお願いします。

参加者
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?

ノベル

 §コロッセオ・控え室

 石造りの簡素な控え室内には男が一人。

 翳りのある青ざめた顔を汗に濡らし、荒い息を吐きながら体を動かしていた。
 準備運動というには激しすぎる肉体の酷使は、言葉少な態度の上に、仮初に保っていた平静が崩れた反動。
 (……コロッセオ…………彼我のみ存在する一対一の場……思いの丈を告げるにはふさわし…………い、わけがあるか!! くっ……何故に……何故……コロッセオなどと……俺は一体、何をしようとしてるのだ)
 胸中に青春の雄叫びを持って、一寸過去の自分を詰る軍装の男――コタロ・ムラタナ
 医務室の出会い頭で動転していたコタロが咄嗟にコロッセオを選ぶのはある意味詮なきこと。
 戦場に近い闘技場の空気は、迷い事のさなかにあった己に常に手を差し伸べ続けてくれていた。

 ――しかし、しかしである

 『……コタロよ。幾らなんでもコロッセオはねぇぜ……』
 酒席に潰れるはめになった自分の傍らで杯を並べた友がツッコミを吐く未来がありありと心に浮かぶ。

 どうしようもなく惑う心の内を吐き出すために、無心に、只管に、激しいアップを続けるコタロは今一つ失態を重ねていたことを知る。

 叫びの代わりに吐き出された熱い汗と共に取り戻しつつあった冷静な眼差しが事態を捉えた。 
 壁に飾られた掛け時計が刻む数字は試合の刻限が今まさに迫っていることを告げていた。

 ――!!

 無声の叫びを上げ、部屋から駆けでる軍人の頭が激痛に灼熱化する。
 引き戸であることも忘れて飛び出した頭を痛打され蹲るのは軍人ではなく――ただの初な青年だった


♂ ♀


 §コロッセオ

 紀元前より続いた帝国の闘技場を意識した簡素なリングに、戦場を彩る朱を吸うための砂だけが装飾していた。
 女がコンクリート造りの床を踏みしめるたびに、トレッキングシューズの底が砂を擦り音が立つ。
 
 男に先んじて闘技場に降りていた女の胸中は、控え室で浮つく男の空回りっぷりに反して重く沈んでいた。
 (誘ってくれたことは嬉しいですぅ……でもコタロさん、なんでコロッセオなんですぅ?)
 心の中の居ない男へ問いかけるが当然返事はなく、女は軽く開いた掌に視線を落とす。
 カンダータで重症を負ったコタロを見舞いに行った医務室での出会い頭に強く引かれた手。
 伝わる想い人の感触と温度に鼓動が跳ね上がり心は舞い上がった――しかし
 (……初めてですぅ)
 今まで好意をずっとぶつけ続けていた……でもそれは一方通行だったんだろうか……。
 (コロッセオ……やっぱり私に使えない、共には戦えないと三下り半を叩きつけるつもりなんでしょうかぁ……)
 過剰に自己否定的な想像。普段は快活な言葉だけを並べる口からは度々に溜息が漏れ、その度にやっぱりという諦念とそれでもという執着がふつふつと積み上がる。
 女――川原撫子は、情愛が生み出す負の螺旋に翻弄される。
 懊悩の時間は、刻限に僅かに遅れて想い人がコロッセオ対向のゲートから現れた時に終わる。

 僅か数十分振りに見る想い人の姿。
 入念なアップをしたのだろう、上気した顔と軍服を押し上げ張った筋肉が長身頑強の精悍さを増してみせていた。

 ――カッコイイ

 素直にそう感じた。
 想い人は戦場において最も輝く人なのだと思った。

 ――ただ一点、額に付いた奇妙な痣を除けば

 沈んだ感情で俯き加減だった撫子は、その凛々しさと珍妙さのアンバランスに思わず吹き出す。
 それは決してコタロが意図したわけではないだろうが――少しだけ気が楽になったように感じる
 少なくとも冗談めかした言葉で、想い人を迎えられる程に。
「臆したかコタロォー 早巳の刻は過ぎた……ですぅ!」
 撫子の時代がかった口上に、コタロは明白な困惑――彼が人と触れ合う時によく浮かべる表情を刻んだ


♀ ♂


 一組の男女がコロッセオに向き合う

 雌雄を決することを目的とするこの場に置いて、二人の間に妨げるものは何一つ存在しない。
 リング中央に向かい合う二人。
 視線を絡め合う無言の時間は短くない。
 どちらとも言葉を発せぬ空気を裂いたのは、緊張に乾き切った喉が起こす摩擦。
「…………互いに背を向け……10歩離れ…………開始……それでよいか?」
 自然に発したつもり模擬戦開始の提案は、聞こえるか聞こえないかのぼそぼそとした掠れ声になった。
 
 なんの変哲もない言葉のはずだった、だが撫子は顔を伏せ表情を見せない。
 
 喉が一層乾き、脂汗にジワリと背が濡れる。何かまた自分はおかしいことでも言ったのだろうか。
 コタロが浮かべる焦燥は撫子の快活な口調にすぐさま打ち消された。 
「……コタロさん、ギア有りにしましょぉ☆」
 彼女がただ沈思黙考していただけと分かったコタロは全霊の安堵と共に首肯した。


 (…………撫子は、如何に怪力と言えど非戦闘員だ…………自分と五分にまみえるのであれば、ギアの使用は推奨される…………己は無手であればいい……)
 模擬戦の体裁という視点に立てばハンデとして適当と言えなくはない。
 だが些か油断が過ぎると言わざるを得ない……彼女は一線級のコンダクター。
 己を助けに向かったカンダータのマキーナとすら見えている。
 
 しかしコタロにとって撫子は大切な、守るべき……いや守りたい人なのだ。
 それ故かコタロは撫子の実力を過小評価していた。
 撫子にギアの使用を認めることは思いを告げるという目的からは遠ざかるだろう、あるいはそんな極限状態の中であれば思い切りがつくかもしれないという思いつき。
 そういうコタロの行動は、撫子が認められていないと感じる所以であるが、それに気づく程にコタロは人の所作に触れていない。
 そもそもかつて感じたことのないほどに目まぐるしく浮き沈みする己の感情に振り回され、冷静な判断など求めるべくもないのだが。


 (ちゃんと私が役に立つってわかってもらえる最後のチャンスかもしれないですぅ☆ うん、今は思いっきりやるですぅ☆)
 気合を入れるために頬を張り、空握りこんだ拳がミシリと異様な音を立てる。
 聴き馴染んだ音――己に二つ備わった薄手の鉄板すら撃ちぬく生身の凶器
 (……殴ったら殺しちゃ……う?)
 一寸湧き上がった疑問。
 (……大丈夫、コタロさんなら避けてくれる)
 拳を見つめたままうんうんと頷いて勝手に納得する撫子。
 彼女の変わりにロボタン・壱号が露骨に不安げな表情を見せていた。





 ――二――一――零

「お願いします!」
 模擬戦を開始する合図は、撫子が振り向きざまに上げた裂帛の気合を込めた言葉。

 彼我の距離は僅か二十歩。
 数秒の間を突き進むは女、迎え撃つは男。
 
 コタロは正面に体を開き自然体の構え。
 撫子は雄叫びを上げ、地面を激しく叩いたトレッキングシューズの靴底が砂を巻き上げる。
 その動きは戦人、達人の類が成す、滑るような歩法ではなく素人じみた――焼きそばパンを求めて廊下を走る学生のような全力ダッシュ。

 (…………早い……そして力強い……だが)
 幼少の頃から教練で慣らした軍人の目には、その猪突猛進は意気込みだけは盛んな新兵のように映る。
 交錯の瞬間、待ち受ける軍人は自然体から右前に半歩ばかり体を開くと砂煙を上げる撫子の衝撃を化勁の原理で流し、勢いのまま半回転した体は撫子の側面に現れる。
 首筋から臀部にかけて隙だらけの急所が見える。一突きにすれば模擬戦は己の勝利で瞬く間に決着するだろう。
 しかし、それは目的ではない、コタロの腕は突きの構えを取ることすら無く、コタロの眼はただ撫子の背を追った。
 (…………違う、捩じ伏せて……どうする。組み伏せ、意識を飛ばして告白する奴が……どこの世界にいるというのだ…………)
 
 闘牛のようにいなされコタロの横を走り抜けた撫子。
 靴底がコンクリートを摩擦させ、金具が火花を弾きながら行き過ぎた己の勢いを殺す。
「うあぁあぁぁ!」
 擦過で焼けたゴムの臭いを背中に、再びコタロに向かう撫子が雄叫びを上げた。


 技量に劣る撫子は、幾度と無く繰り返される無為な突撃を繰り返し、技量に勝るコタロは己の心情と目的故に攻撃を仕掛けることができない。

 ――……俺のような人間に、何故…………彼女は……撫子は、好意を持ってくれる……
 気を伺うコタロの胸に去来するのは根源的な疑問。
 模擬戦であるとはいえ戦場であることを忘れコタロは己の感情に耽溺していく。
 遮二無二な撫子の真剣な眼差しが己の眼を捉える回数が増える、交錯の度に撫子の眼に意識を奪われる時間が多くなっていった。

 実力差は確かにあった、しかしそれは戦を忘れるほどの弛緩を許すものではなかった。
 強烈に握りこまれた撫子の鉄拳が、コタロの頬を掠めた。
 微かにしか触れていないにも関わらず、引き連れのような痛みが全身に走った。

 確かな手応えを捉えたはずの撫子の表情は、果たして喜びではなく怒りが浮かんでいるように見えた。
 それはコタロの勝手な妄想で合ったかもしれない、しかし軍人の緩みきった心を突くには十分な衝撃だった。
 (…………このような慢心の上に戦って、何を……何の言葉を彼女に話せるというのだ? …………ここはコロッセオだ、俺が誘った。……戦いに全力を尽くさぬことは唾棄すべきこと……、俺は全力で――)


 コタロの纏う雰囲気が眼に見えて変わる。
 それは目的を与えられ戦場の兵士となったコタロの表情、その戦術目標は――

 コタロの利き手がぶれた、弦の弾ける微かな音だけが攻撃の兆しとなる。
 クロスボウの矢が空を切る音は意識できないほどの静けさ。
 暴徒鎮圧用に使われる衝撃術が込められた矢は、突撃する撫子の意識を瞬く間に刈り取る。

 ――コタロは撫子を一つ見誤っている、彼女は模擬戦などではなく死線が見える戦いでこそ本領を発揮するタイプだった

 凡そ常人の反応が追いつくはずない矢に左手――左手にきつく握られた壱号を叩きつけた。
「壱号、私のセクタンなら耐えなさいっ!」
 魔術の発する衝撃と光が弾け、壱号が打ち震え痙攣する。
 手の中に伝わる振動、眼を焼く光があろうとも撫子の脚は止まらない、一歩近づけばそれだけ高速で迫る矢を左手の壱号で受け止める。
 二の矢、三の矢と受けた耐久力の限界を超え反応のなくなった壱号が手の中から崩れ落ちる。

 ――彼我の距離はあと三歩

 コタロの矢を撫子の左手の甲が弾く。
 如何に鋭い鏃がなくとも鉄鋼でできた矢は撫子の甲を容易に裂き、込められた術は全身を衝撃で包む。

 ――あと二歩

 撫子の動きを封するためにコタロが構えた呪符が水流にはじけ飛ぶ。
 象すら悶絶させる衝撃は、撫子を豪ほども静止させることはない。

 ――あと一歩

 撫子がコタロに迫り、コタロが撫子に迫る。
 撫子の突撃が貫いたのはコタロの残影。
 陽炎となるほどの速度で身を沈めたコタロの眼前に泳ぐ撫子の体。
 コタロの最後の一手は、全力で彼女を抱きとめた。

 両の腕の中に収まる撫子を感じたのは僅かな間だった。 
 次の瞬間に発した猛烈な圧力がコタロの意識と肉体をコロッセオの壁に叩きつけた。





 交錯の瞬間こそ、撫子の狙っていた瞬間だった。
 対策しようのない零距離から、ギアの水流攻撃で壁に叩きつけ勝負を決める。

 吹き飛ぶコタロを追い抜きかねない突撃で間合いを詰めた撫子は、壁に打ち付けられ倒れたコタロの上に馬乗りになる。

 勝利を確信し止めとなる一撃を見舞うために未だ無事な右拳を振り上げ……撫子は硬直した。
 (…………このままコタロさんをタコ殴りに??? そんなことをしたら……)
 このまま腕を振り下ろせばどうなる。
 薄い鉄板程度なら撃ちぬく拳を打ち付ければ頭蓋は瓜のように割れ、胸を打てばひしゃげた挽肉ができあがる……無事で済むはずがない。
「出……来、ない……そんなこと出来ないですぅ……このまま殴ったら、死んじゃうかもしれないのにぃ……殴れないですぅ!」
 模擬戦前に一寸浮かび上がった疑問は、明確な絵空図となり、急激な恐怖が撫子の心に湧き上がる。
 己の体の頑健さは凶器そのものだ……殺意が無くとも人は簡単にものになる。
 大切なものに認めてもらうために、大切なものに打ち据えることなど本末転倒なのだ。
「コタロさん、私だめですぅ。……これ以上できない、私の負けですぅ。お役立ちできるって認めて欲しかったのに……もう無理ですぅ」
 組み伏せられたコタロから返事はない、撫子は振り上げた腕を降ろし馬乗りになったまま只々泣いていた。


♀ ♂


 全力を尽くした己は敗れ、強かに打ち付けられた意識が混濁した中で体に体重がかかるのが分かった。
 顔の見えない人が腕を掲げ叫んでいる――
 (……そういえば……サクラコには、よく組み敷かれたな)
 頬の濡れた感触が過去の感情を思い出させる。
 (はじめは悔しかった……いつしか、それが当たり前になった……)

 ゆっくりと意識が覚醒する、視界にあったのは過去に焦がれた親友ではなく、撫子の泣き顔。
 コタロの心は未だに彼女の気持ちを推し量れない、やるべきことは、やらなければならないことは分かった。
 コタロの手が彼女の濡れた頬に触れた。
 馬乗りになった撫子をゆっくり押しのけ両膝立ちに見つめる。

「……撫子……あの時の……返事を」

 ――君にずっと伝えたいと思っていた事があります
 ――返事が遅くなってごめんなさい
 ――駄目な自分でごめんなさい
 ――そんな自分を認めてくれた君の言葉が本当に嬉しかった
 ――こんな自分でも良ければ君を好きになってもいいですか

 いくつもの言葉が胸にあった。
 その言葉を吐き出すための術をコタロ・ムラタナはただ一つしか知らなかった。
 故に、その一言には万感が込められる。

「ありがとう」

 他の言葉は要らない、泣き続ける撫子を両の腕の中に迎えるだけだ。


♂ ♀


 §ターミナル街路

 帰路につく二人の間に流れるのは蟠りのない穏やかな距離。
「お腹、減りましたね……ご飯食べに行きましょぉ☆」
 彼を前にぶりっ子ぶる必要はさしてないのだろうが、身についた癖はなかなかに抜けそうもない。
「……ああ」
 彼女に返すには気の利かない言葉だが、今はこれが精一杯。
「外食にしますぅ? とろとろ? おでん屋さんがいいですぅ? ……それともコタロさんの好物、家で作って食べますぅ?」
 悪戯げに笑う撫子、恋を知れば表情も変わるというが、まさに彼女はそれだろう。
 (……魅力的な提案だ……そういえば撫子は先の騒ぎで生活苦と聞く……ならば……)
「…………ナデシコ……俺の家に住まないか?」
 返答を聞く撫子の表情が硬直していることに気づかずに、コタロは妙案だと独りごちる。
 (……自分は家を睡眠用途にしか使っていない……趣味もナデシコも嫌って居ないはずの少女漫画が精々……金銭的にも一人養う程度の余裕はある……自分はもっぱら外食ばかり……食事が潤うのは嬉しい)
 二人にメリットがある合理的提案――だと一瞬考え、真っ赤に染まる撫子の顔を見つめ――自らの言葉が頭に浸透するに連れてその意味を悟る。
「い、いや、その、ナデシコ、そ、その誤解だ。いや同棲、とかそういう訳じゃなくて困った時はお互い様、頼ってくれてかまわない、とか??」
 混乱故にシドロモドロになりつつも普段よりも遥かに多弁なコタロの言葉は、ぷるぷると羞恥に震える撫子までは届かなかった。
「うわーん、コタロさんエッチですぅ!!」
 人同士が接触したとは思えぬ硬質な音。
 竜星の地で初めて二人が合った時にそうであったようにコタロの顎に、程々に加減されているはずの撫子のアッパーカットが突き刺さった。

クリエイターコメント ○___
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|. ____|       、′・ ’、.
|::.| ィェァ ィェァ||  、 ’、.”・”;‘ ・.
|;:. ̄ ̄ ̄ ̄| 、. ”;⌒)∴⌒`、,´、;
.ト;::     /  ;゜・(´;^`)⌒、"::) ヽ;・”
. |\_,__/ ;゜、⌒((´;;;;;ノ、"'人;; :))、´;
┘     └─ 、

クリコメから見る奴はリア充だ
本文から先に読む奴は訓練されたリア充だ
お前らどっちも爆破する









どうも、ロストレイルリア充化促進委員会会長のKENTです。
今日は0世界のリア充率が上がり大変喜ばしい日となりました。

思えば10か月前の『竜星の戦い』からご縁を頂き、何本か企画シナリオを担当させて頂いた結果となるわけですが一定のゴールを迎えられたことを喜ばしく思っております。
最もゴールといってもこれからの課題は多数あると思いますので頑張ってください。

取り敢えず、本日のところは思う存分爆発しやがって下さい

以上です
公開日時2013-05-03(金) 11:20

 

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