イラスト/星の岬かずま(ircs8046)
『前に誘ったよね? 覚えてる? 実は三人で行くことになったんだ。幽太郎も本物の遊園地はじめてだから行くってさ! セリカちゃんも楽しんでほしいな! 愛をこめて ニコ・ライニオ』 そのメッセージがセリカ・カミシロに届いたのはインヤンガイの壮絶な殺し合いを終えた数日後のことだった。 咄嗟に差し出し人の名前を確認して、もう一度内容を読み返す。 間違いなくニコで、一緒に遊びにいく仲間に幽太郎が名前も書かれてある。それに遊園地……セリカは目をぱちくりさせた。 脳裏に蘇るのはインヤンガイのゲーム上での行った壮絶な殺し合い。 二人の殺害に関わったセリカは憂鬱を覚えていたが依頼上のことでは言い訳も、謝罪もしないとかたく決めていた。しかし、やはり喉に刺さった小骨のように気にかかっていた。 そんな二人からの誘いに二の足を踏みそうになるが、もしかしたらこれが一つのふっきりになれるかもしれない。 セリカは迷いに迷って、ノートに返事をしたためた。 『喜んでいかせてもらうわ』 ★ ターミナルのホーム。 幽太郎・AHI/MD-01Pははじめて本物の遊園地に行くのにどきどきしてちっとも眠れず、待ち合わせの時間の一時間前にホームに到着して、ずっとそわそわしていた。 ニコが提案して声をかけてくれた計画。遊園地サーチは幽太郎が担当した。ニコはセリカを誘うのとチケット手配の担当だ。 「あれ、もう来てたんだ?」 「ア、ニコ!」 幽太郎は尻尾をふわふわと嬉しげに大きく振る。 「ウン、ダッテネ、ハジメテナンダモン」 「楽しみにしてくれて嬉しいよ、僕も。計画した甲斐があったよ」 「ニコダッテ早ク来タヨ」 「僕は女の子を待たせない主義なんだ」 ニコが涼しげに笑って告げるのに幽太郎はぱちくり。 「フーン。改メテ今日ハ計画、アリガトウ。ニコ、トッテモ素敵ナ思イツキスルネ!」 幽太郎はにこにこと笑う。 インヤンガイから帰還したあとニコはセリカのことを気にかけていた。 女の子に殺されるのは悪くはない。けど、女の子のために死ぬのも悪くはない――セリカには残酷な経験をさせてしまった。 幽太郎も早々にゲームで死亡してしまったのにセリカのことを気にしていた。 そこでゲームのなかでニコはちゃっかりセリカを遊園地のデートに誘っていたことを思い出し、今度は楽しい思い出を、本物の遊園地で作ろうと幽太郎にも声をかけた。 あのときのことは悪い夢だと、いい思い出に塗り替えてしまえばいい。 「そろそろ時間のはずなのに、セリカちゃん、来ないね」 「ア、アレ!」 幽太郎が指差す方向にいつもの黒白ドレス姿のセリカが両手にバスケットを握りしめて駆けてくる。 セリカは二人の前に来るとはぁはぁと肩で息をしながら 「ごめんなさい! 待たせちゃった?」 「ううん。今来たところだよ。ね?」 「ウン」 ニコのアイコンタクトに幽太郎も調子を合わせる。 「本当? よかったわ」 ほっとセリカは安堵のため息をつくと改めて二人を見た。 「今日は誘ってくれて、ありがとう」 「こっちこそ、来てくれて嬉しいよ。セリカちゃん、そのバスケットは?」 「お昼を、せっかくだから作ってきたの。迷惑だったかしら?」 「とっても嬉しいよ! せっかくだし、荷物は僕が持つよ」 ニコはさりげなくセリカの腰に手をまわしてエスコートしつつ、バスケットを奪うとちょうど到着したロストレイルの車内に誘う。 まるで流れるような仕草に幽太郎はまたしてもぱちくりする。 (スゴイナ……アンナ風ニスレバ、イイノカナ?) ぼんやりと幽太郎は丸くころころと転がる相手のことを思い出す。とたんにぽっとシステム全体の活動が活発化した。 (ヨシ、今日ハ、ニコカラ、イッパイ、学ボウ!) 幽太郎はぐっと拳を握りしめると二人のあとに続いた。 ★ 「ワァ! スゴイ!」 大きな門を抜けて広がる光景に幽太郎は目を輝かせ、自慢の尻尾を興奮に大きく揺らした。 大きな観覧車、空中にあるレールの上を走るジェットコースター、タワー型の建物、あっちこっちから聞こえる悲鳴と歓喜、……笑いながら歩く大勢の人の姿。 まるでこの世で最も美しい宝石箱をひっくり返したみたいな光景だ。 ゲームで遊園地は訪れたことはあっても現実でははじめての幽太郎は大興奮だ。 「見テ、見テ、スゴイヨ!」 ぽてぽてと駆け出してジェットコーススターを指差す幽太郎にニコとセリカは幼い子どもを相手にするように穏やかに微笑む。 とくにセリカは幽太郎の無邪気な態度に内心、ほっとした。 「さ、セリカちゃん、何に乗ろうか?」 「私は」 「遠慮しちゃだめだよ? ほら、一人、一個は絶対に自分の乗りたいものを言おう? せっかく三人で来たんだし」 「ワーイ! 賛成! 僕、観覧車ニノリタイ!」 「あの一番奥にあるやつだよね? 僕もぱっと見たときいいなって思ったんだー。じゃあ、まずはあれに乗ろうか?」 「ワーイ!」 幽太郎は大喜びする。 セリカは自分のことは二の次で、二人に今日一日楽しんでもらおうと考えていただけにニコの提案に戸惑った。けれどここで何も言わないのはそれこそ雰囲気を壊してしまう。 「セリカちゃん、ゆっくり考えてよ? あ、ちなみに僕は空中ブランコに乗りたいな。今日は最後まで乗ろうよ」 ぎくりとセリカは緊張する。 ニコはそんなセリカの様子をあえて気が付かないふりをして無邪気に続ける。 「空を飛ぶのはきっと気持ちがいいから、ね? 出来れば、セリカちゃんにも知ってほしいな」 「……そう、ね。ありがとう。ゆっくりと考えるわ。私、あまり、こういうところに来ないから」 「もちろん! じゃあ、行こうか、幽太郎」 「ウン! 行コウ、セリカ」 「あ」 幽太郎がセリカの手をとる。その反対側の手をニコがとった。二人に挟まれたセリカの白皙の頬に淡い朱が走った。 遊園地にとって観覧車は目玉だ。それだけに家族連れやカップルが多く並ぶのに三人もくわわったが、すぐに幽太郎はそわそわとしはじめた。 「どうしたの?」 「エッ」 「先から落ち着きがないよね」 セリカとニコの訝しがる視線に幽太郎は俯いたあと口を開いた。 「実ハ、ネ。僕、遊園地ハジメテナンダヨネ。ソレデ……ウウン、アノネ、僕デモノレルカナ?」 幽太郎の不安げな視線に二人は目を瞬かせた。そして、気が付いた。 ターミナルでは幽太郎のような存在は別段珍しくはないが、それが壱番世界となると話は別だ。 二メートルを超える巨体は壱番世界の日本の乗り物の大概が小さく感じられてしまう。 さらに幽太郎はもじもじしながら続けた。 「僕、体重300kgアルンダ。遊ベルノハ嬉シイケド、大丈夫カナッテ心配」 今の今まで気が付かなかった盲点にニコとセリカは気まずい視線を交わす。ニコにしてもセリカにしても壱番世界には何度か訪れたが、遊びとなるとあまり経験がない。 観覧車はどれくらいの重みに耐えられるのだろう? わからないのに気安く大丈夫といって幽太郎を落ち込ませたくない、もし乗れないとなると今日の思い出づくりが難しくなってしまう。 そうこうしている間に三人が乗り込む番となった。 「ボク……怖ガラズニヤッテミルヨ!」 どきどきどきどき。 幽太郎は拳を握りしめて開いた扉をくぐって、片足を乗せ ぶうううううううううううううううう 「!」 「!?」 「……!」 三人のなかに流れる大変気まずい、容量オーバーのブザー音。 さらにびっくりした幽太郎は小さな入り口に頭をぶつけ、巨体が入り口に挟まる。 「ア! 助ケテ! ヌケナイ!」 「幽太郎!」 「え、はまっちゃったの!」 ニコとセリカが幽太郎を両脇から引っ張るがすっぽりとはまって抜けない。 そばにいた白い制服姿の係りの人は仰天して目をぱちぱちさせていたがハッと気が付いて、 「だ、だいじょうぶですか!」 おおよそ十分ほどの引っ張って――すぽっ! 三人の力によって幽太郎はなんとか抜けて、その場に尻もちをつく。背後にいた三人のうち、ニコが咄嗟の判断で係りの人とセリカを連れて一歩さがることで下敷きになるという悲惨な事故を回避した。 気まずい沈黙、再び。 それを破ったのは係りの人だった。 「あの、お客様、すいませんが、お客様はこの乗り物はちょっと……」 「ハ、ハイ」 しょんぼりと幽太郎は俯く。 遊園地に来たときはふわふわと揺れていた尻尾は地面にへばりついてずるずると引っ張る。 幽太郎の周囲の気が一気に暗くなった。 「えーと、まぁ、気にしないで、ねっ?」 セリカがまず声をかけたのにニコは肩にぽんぽんと叩く。 「そうだよ、ほかのものに乗ろう?」 「ウ、ウウ……ケド、ケド……コレダト、僕、乗レナイ乗リ物ノガイッパイダトオモウンダ。ダカラ、二人トモ、ボクノカワリニ乗ッテホシインダ」 気遣うセリカの視線に幽太郎は背中に背負っていた小さなリュックからごぞごぞと何かを取り出した。 それは銀の――小さな幽太郎だった。 セリカとニコは不思議そうに小さな幽太郎を見つめる。 「視力ヲ共有シテルンダ。コノ子ヲツレテイッテホシインダ。ソコカラ僕モミンナト乗リ物ヲ乗ッテル気持チニナルカラ」 「……わかったわ。この子を連れて乗りましょう、ニコ」 小さな幽太郎(視界共有バージョン)を胸のなかに抱いたセリカは真剣な顔で請け負う。ニコも笑って頷いた。どういう形であれ幽太郎が楽しみの手助けになるならば大歓迎だ。 「二人トモ、アリガトウ! ボク、ベンチデマッテルネ」 ニコとセリカの二人は改めて観覧車に乗り込んだ。 セリカは窓際に身を寄せて、両手に抱えたミニ分身幽太郎に出来るかぎり景色が見えるようにと気遣った。 「どうかしら? 見える?」 『ウン、アリガトウ!』 マイクも装備されているミニ分身幽太郎は嬉しげに応じる。セリカはちらりとニコを見ると、にこりと微笑んで頷いた。セリカはそれでニコも、幽太郎も楽しんでいるのだと察して口元をほころばせた。 「みんなミニチュアみたいね」 「本当だね。このあとはどうする? ジェットコースターとかも乗ってみる?」 「……そうね」 絶叫系は乗れないことはないが穏やかな乗り物のほうが好きなセリカの顔は若干不安げだ。それをニコは敏感に察してセリカの横に移動するとまるで玩具箱のような遊園地を睥睨した。 「んー。僕のお願いで空中ブランコに乗るとしたらジェットコースターはちょっと被るかな。あれ、なんだろう?」 「え? あ、回転木馬じゃない……私、小さいころ、好きだったわ。ねぇ、あれなら幽太郎も乗れないかしら?」 「このあとチャレンジしてみようか? せっかくのセリカちゃんのリクエストだし」 美しい景色が広がり、ゆっくりと沈んでいく。ささやかな寂しさと名残りを抱えてセリカたちは観覧車をあとにした。 回転木馬はカップルが多いのに三人はかぼちゃの馬車に乗った。幸いにも幽太郎の重みにも耐えられた。 「ワァ!」 分身と目を共有していても自分で風や回る景色を味わうのは全然違うのに、幽太郎は喜んで尻尾を小さく振った。セリカも激しくない、きらきらとまわる視界を穏やかな気持ちで楽しんだ。ニコは二人の様子を見て上機嫌だ。 ニコは入場の際、手渡された地図を頼りにコーヒーカップに二人を案内した。そこでは興奮した幽太郎が力の限りカップをまわしてセリカは目をまわして、ニコは大笑いした。 コーヒーカップから降りたセリカは青白い顔でベンチに腰かけた。 「う、うう、私は少し休むわ」 「ゴ、ゴメンネ、セリカ」 「いいのよ。あまり乗り物に乗らないから身体がびっくりしたみたい」 セリカは肩を竦めた。 「はい。ジュース。これを飲んで、休んでいたらすぐによくなるよ。幽太郎、あれに乗ろうか? さすがにジェットコースターは重さとかの関係で難しいけど、あれだったらいけるんじゃないかな?」 ニコが指差して提案したのはロケットという乗り物だ。ロケットに似せた乗り物で、浮き上がり、沈むのを繰り返し、だんだんとスピードが出るとなかなかにスリリングな楽しさがある。 「乗レルカナ?」 「きっとね。セリカちゃん、いいかな?」 「ええ、行ってきて」 セリカは手を振りながら見送るのに幽太郎とニコは二人でロケットの列に並んだ。 幸いにも幽太郎の体重はぎりぎりひっかからず、乗る事が出来た。はじめは少し浮いてぐるぐるとまわるだけだったが、急に下に落ちたり、浮かんだり、最後には猛スピードなのに二人は悲鳴と笑い声をあげた。 「楽シカッタ!」 「よかったね! セリカちゃん! どう? 次、いけそう?」 セリカの元に戻ってきたニコは声をかける。乗り物で時間を潰す間にセリカの体力が回復するだろうと計算していたのだ。 セリカはジュースをすべて飲み終えて落ち着いたのにこくんと頷いた。 「もう平気よ。そろそろ昼だし、よかったら、食べる?」 セリカの申し出にニコは大きく頷いた。 「セリカちゃんの手作り、楽しみだな!」 「そんないいものじゃないわよ?」 バスケットの中身はサンドイッチだ。塩揉みしたレタスとトマト、卵、チキンカツ、フルーツ……色とりどりの中身にニコと幽太郎は目を輝かせた。 「スゴイネ、セリカ」 「本当、すごいよ!」 二人の褒め言葉にセリカは朝早く起きて用意してよかったと心から思った。 おなかを満たした三人は次に何に乗ろうかと考え始めた 「ずっと乗り物ばっかりだったしね」 ニコは考えるように顎を右手のひと差し指で撫でる。 「ア、アレ!」 幽太郎が声をあげたのに二人はそちらへと視線を向ける。 指差した先にあるのは銀のアーチ、その先に大きな入り口――鏡の迷宮と書かれている。 「へぇ。迷宮か、おもしろそうだね!」 「待って。これ、季節限定、お化け屋敷だって」 幽太郎はとたんに尻尾を丸めて俯いた。 「幽霊、コワイ……」 幽太郎――姿が透けたりするからという理由でさる姉妹につけられた名前だが、実はその手のものが苦手なのだ。なにをためらう、科学の申し子が! 「吃驚シテ、鏡ニ突撃シテ壊シチャウカモ」 「大丈夫だよ。こういうところの鏡って頑丈なものが多いらしいよ。もし暴れそうになったら僕が止めてあげるよ」 「ホ、本当?」 幽太郎はすがるような視線をニコに向けた。 「もちろん! セリカちゃんはどう?」 「……い、行くわ!」 せっかく幽太郎が入りたいというのだし、ニコが気を遣ってくれているのだ。セリカは気合いと根性を奮い立たせる。 そうよ、インヤンガイで本物の幽霊と戦ったのよ。怖くないわ。暗くはならないみたいだし、鏡なら視界が奪われることはないはずよ しかし、その考えは甘かった。 鏡の迷宮の幽霊――そのタイトルに嘘偽りはなく、アーチをくぐってなかにはいると四方が鏡でかこまれている。鏡はどれもが特殊で映ると横に膨張したり、縦に細くなったりするのに幽太郎はおなかを抱えて笑った。セリカも興味深そうにまじまじと眺めていると 突然ライトが消えた。 「え」 「ワ!」 おどろおどろしい気配にセリカははっとした。ぴとっと首を撫でる生ぬるい感触 「いゃあああああああ!」 セリカは悲鳴をあげて横に飛びついた。 「ワワ! ナニカアル!」 「え、ちょ……二人とも落ち着いて、ぐえ」 パッ! ライトはすぐについた。 どうやら何か部屋に仕掛けられていたらしいが、セリカと幽太郎は予想外のことに度胆を抜かれた。 「えーと、これって、役得っていってもいいんだよね?」 右側にセリカ、左側には幽太郎にしっかりと抱きしめられたニコは苦笑いした。 そのあとも鏡から突然血が流れたり、幽霊の姿が映ったりしてセリカと幽太郎は悲鳴をあげてはニコに飛びついた。ニコはだてに長く生きているだけに大概のことでは動じない――というよりも、驚いた二人に両脇に飛びつかれて逃げるに逃げられない状態に陥った。 さんざん悲鳴をあげて迷宮を出た三人はベンチで飲み物を買って落ち着いた。 「アッ、屋台ガアル! イイカナ?」 「行っておいでよ」 ニコが笑顔で促すと幽太郎はたのしそうに駆けていく。悲鳴をあげ疲れたセリカはふぅとため息をついて幽太郎の様子を見つめる。 「セリカちゃん、楽しい?」 「ええ。とっても……ありがとう。誘ってくれて」 ニコはよかったと微笑む。そのなかに隠された優しさ。 幽太郎の心から今日を楽しもうとしている様子。 それらがセリカの心を明るくしてくれる。 「よーし、私もまだまだいくわよ! 幽太郎、よかったら勝負しない? 私、これでも射的は得意なのよ!」 セリカは猛然と立ち上がり幽太郎の横に陣取ると射的を開始した。 幽太郎はロボットとして的確な射的技術を披露し、セリカは己のカンと直感に頼った射的技術でどんどん商品をとっていく。後ろで見ていたニコは山のように勝ち取られていく賞品を積み重ねていった。 そしてあっという間に商品は消えてしまい、係りの人は苦笑い気味に 「お客さんたちだけで、今日の賞品は全部とられちゃったなぁ。じゃあ、お祝いに、乗り物一つだけただになる券、プレゼントしちゃうよ」 「ワァイ、ヤッタネ!」 「けど、店の人には悪いことをしちゃったわね」 「エヘヘ。セリカトノ勝負、楽シカッタ。ア、コレ二枚シカナイ」 「あれれ。じゃあ、二人でなにか乗る? 僕は待って」 「二人ニアゲル!」 幽太郎はチケットを二枚差し出してにこりと笑った。 「ニコ、最後ハ空中ブランコ乗リタイッテ言ッテタデショ? 僕、ソレハサスガニ乗レナイカラ。今日ハイッパイ、乗リ物ニ乗レタシ、楽シカッタカラ。ボクカラ二人ニ!」 幽太郎の言葉にニコは目をぱちぱちさせて、心から嬉しそうに笑ってチケットを受け取った。 「ありがとう。幽太郎」 空が茜色に染まり、果ては紺碧に彩られる。その狭間は紫色の見事なグラデーション。 世界が今日の終わりを祝福するような光景が視界に飛び込んでくる。 セリカはミニ分身の幽太郎を抱っこして、ニコはその横に腰かけてゆっくりと動く空中ブランコから、大地の柔らかな光を見つめる。 地上で待っている幽太郎が尻尾の先に小さな明かりを灯して降るのにセリカは手を振った。 「素敵ね」 セリカは独り言のように呟く。小麦のような髪が風を受けて揺れ、きらきらと軌跡を作る。ニコはその美しい横顔をじっと見つめた。 「うん」 「……あなたが空中ブランコを好きな理由がわかった気がするわ。とっても気持ちいいもの」 「よかった。セリカちゃんにはさ、空を好きでいてほしいと思っていたから」 「ありがとう、ニコ、幽太郎、今日、ここにこれて本当に良かったわ」 『本当ニキレイダネ! 二人トモ、アリガトウ!』 ミニ幽太郎が声も嬉しげに声をあげる。 空中ブランコはまわる、まわる。世界の美しい一瞬を少しでも乗る者たちに見せるために。
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