ゴトゴトゴト……全員が出発支度を終えたのを確認すると、荷馬車は数台連なって野営場所から出立する。 ヴォロスの雄大な自然の中にできた、キャラバンの通り道を進んでいく。 物が動くとそこが道になる。この道もずっとキャラバンが通ってきた事で道となったのだろう。(ああ……揺れが気持ちいい……) 荷台の中でカーリンはふあ、とあくびをした。今日中には実家のある村に着くのだと思うと、緊張と期待で心が踊る。昨晩はそれで寝付けなかった。みんな元気にしているだろうか。 おまけに朝は張り切っていくつかの荷馬車の旅立ち準備を手伝ったものだから、思ったより体力を使っていた。馬車の規則的な揺れが眠気をエスカレートさせる。(ちょっとだけ……) ころん……荷物と荷物の隙間に入るようにして、カーリンは横になった。薄い茶色の髪が馬車の床に広がる。服の胸元に入れていたネックレスが外に出て、床にトップの石が着地した。(あ……) 納品先の町で購入したネックレスだ。トップは宝石ではなくとても綺麗な石だが気に入っている。ひと目でカーリンは魅了された。 カーリンの家の経済状況では宝石のついたネックレスなど気軽に買えるものではないが、このネックレスは綺麗なのにそんなに高くなく、自分へのご褒美としてつい購入してしまったのだ。(やっぱり、綺麗……) 瞼がもうその重さに耐えられない。視界が狭まっていく。 少しだけ……そう思って瞳を閉じたカーリンは知らない。 その石が脈打つように瞬いたことを。 もう二度と、夢から目覚める機会は訪れないのだということを。 *-*-* ターミナルにある部屋の一つに、今日も世界司書の紫上緋穂が居座っていた。依頼について聞こうと訪れたロストナンバー達が扉を開けると、ひらひらと手を振っている。「今日の依頼は、竜刻の回収だよ~。時間をかけ過ぎると暴走しちゃうから、そこは注意して欲しいんだ」 と言って彼女がテーブルに並べたのは、人数分のチケットと封印のタグ。封印のタグを竜刻に貼り付けることで、その暴走を抑えることができる。「回収して欲しい竜刻は、ネックレスのトップとして加工されているよ。今はカーリンって女性が購入して身につけてる」 21歳のカーリンは実家で扱っている品物を届けに行くために数カ月前にキャラバンとともに旅立った。その旅を終え、村に立ち寄るキャラバンと共に帰途についているのだ。 彼女とキャラバン『朝日の夢』は顔見知りで、よく同行させてもらっているようだ。キャラバンには大人から子供まで20人前後がいる。「竜刻が暴走するのは、カーリンの実家があるシャマイム村に到着する日の昼前。だからそれまでに何とかカーリンからネックレスを譲り受けるかなんとかして、封印のタグを貼って欲しいんだ」 竜刻が暴走してしまえばカーリンを始め、間違いなくキャラバンも壊滅するだろう。暴走した竜刻にはそれくらいの力はある。 カーリンには悪いが、そのネックレスを彼女に持たせたままにするわけには行かないのだ。全ては悲劇を防ぐため、である。「みんながキャラバンに合流できるのは、到着する日の2日前。もうシャマイム村に着くまで周りに村とか無いから、キャラバンは夜は野営をするよ。同行させてもらうのにもちょっと考えが必要そうだよね」 だがキャラバンの長は基本的に良い人で、困っている人を放っておけないタイプのようだ。そこまで深く考えなくても何とかなりそうではある。「竜刻の封印のついでにお願いがあるんだ」 緋穂は白い紙に可愛いチャームのついたシャープペンで花のイラストを書きながら続ける。「シャマイム村は花冠(かかん)の国シャハルっていう国の中にあってね、そのシャハルは竜刻の影響で四季問わずに色々な花が咲き誇っているらしいの。詳しくはわからないけど、その恵みを利用して生花や香料、花の加工品で潤っているらしいのね。だから、シャハル王国の情報を集めてきて欲しいんだ」 もちろんカーリンはその国の国民であるし、キャラバンの者達も色々な場所を行き来していることから知っていることはあるだろう。親睦を深めるついでにうまく情報を引き出せれば……。「今回はシャマイム村が終点だけど、みんなの調査によってはそのうち他の村や町や王都に行く事もあるかもしれない。だから、よろしく頼むね」 竜刻の確保と情報収集、やることは沢山あるが竜刻の暴走以外の危険は予言されていない。一同は目的に集中しやすいだろう。 机の上からチケットと封印のタグを取ったロストナンバー達に緋穂は手を振る。「行ってらっしゃい! 気を付けて帰ってきてね!」
●街道の片隅で ヴォロスの自然はいつ見ても見た者の胸を満たす。見るものの心を洗い流すような雄大な緑がどこまでも続いているように見える。 キャラバン『朝日の夢』が通る予定だと聞かされていた道も片側が緑の丘、片側が林という自然豊かな場所であった。 「ふぅ……」 「サクラ、大丈夫か? 荷物預けてくれても良かったんだぞ?」 どさっとパンパンのリュックを地面において切り株に腰掛けた吉備 サクラに、コージー・ヘルツォークが心配そうに声をかけた。サクラはしっかりとリュックに手を添えたまま顔を上げる。 「ありがとうございます。でもどうしても自分で持ちたかったもので」 「そうか? でもキャラバンに合流すれば馬車に乗せてもらえるから安心だな!」 サクラが荷物を自分で持ちたいのには訳がある。そのリュックの中身が大切な物でいっぱいだからだ。 (天然王女カーリアの衣装用に貯めてた天然石とガラスと模造石に、グラーデーション入りトルマリンとテグスとワイヤーと台買い足して、流れの服飾雑貨屋と言い張って交換に持ち込むのが良さそうですから) そう思いついたのはいいのだが、天然石類は決してお安いものではないため、こつこつと良質なものを買いためてきたサクラには血の涙を流す思いの決断だった。 リュックいっぱいに素材や製品を分類した箱、製作用工具箱、ボンド、メジャー数種、自作の簡易色見本&布見本、裁縫箱、スケブを詰め、封印のタグも入れて。 依頼を受けてすぐに作成し始めた革紐にビーズや天然石を通したネックレス、天然石を金属工作用ボンドで貼り付けたイヤリング、ワイヤーでビーズを編んだ指輪、ラインストーン付ヘアピン及びカチュームもしっかりと入っている。行きのロストレイル内でも制作を続けたから、流れの服飾雑貨屋を名乗るのに必要な在庫はたっぷりだ。 (花がいっぱいの国かぁ。わくわくするなぁ。染め物、香料、花の加工品……。薬の材料になりそうな花もたくさんありそうだし。でもその前に、竜刻の暴走を止めないとね) 心の中でまだ見ぬシャハル王国へと思いを馳せる福増 在利の耳に、コージーの言葉が飛び込んできた。 「そういえば、なんて言って拾ってもらおうか? おれは腹ペコで行き倒れているのを拾ってもらうでもいいんだけど、旅芸人とかどう? おれ歌い手で、ニワトコとサクラと在利が踊り子で!」 「「えっ」」 ゴージーのもとに集まる三人の視線。在利もニワトコもなんと答えたらいいのか迷っている様子だ。 「美人な女の子が三人も集まっているんだからな――ってあれ?」 微妙な視線に気がついたコージー。サクラがくすっと笑って。 「お二人とも、美人さんですが男性ですよ?」 サクラの鍛えた審美眼はしっかりと性別をも見ぬく。多数のレイヤーを見てきただけある。 「え、女子一人?」 「申し訳ありません」 「ごめんね」 ぽかんとしたコージーに何となく謝る在利とニワトコだった。 *-*-* ごとごとごと……ぶるるっ。 程なくして遠くから、荷馬車の車輪が道を踏みしめる音と、ギシギシと荷台のしなる音、そして馬の声と思しきものが聞こえてきた。在利がそちらの方角を見るも、まだ先頭が見え隠れするくらいだ。 「それではみなさん、キャラバンに加えていただけるように頑張りましょう」 在利の言葉に三人も小さく頷き返し、一様に疲れ果てたように座り込んだ。その間も荷馬車の音は近づいてくる。 ごとごとがた。ごとごとがた。 だんだん近づいてくる音に、なんだかドキドキする。向こうから声をかけてもらえれば一番いいのだが、そうでなかったらこちらから声をかけてでもキャラバンに加えてもらわねばならない。最初が肝心だ、わずかばかり、緊張が走る。 だんだんと、音が大きくなる。近くまで来た気配も感じる。 と。 「どうどうっ!」 先頭の荷馬車の御者台にいた壮年の男が馬を止めた。後ろの荷馬車に合図をし、止まることを教える。 「お前さん達、どうしなさった。旅人かい?」 「す、みません。シャハルに行かれる、キャラバンですか?」 「ああ、これからシャハルのシャマイム村に寄るよ」 おずおずと立ち上がったサクラに、壮年男性は頷いた。なのでサクラは必死に言い募る。 「あの……私、王都で服飾雑貨を開こうと思って……荷物が重くて、一緒に居た商人さんから、はぐれてしまって。近くの村までで、良いんです……ご一緒、させていただけませんかっ」 こちらの方達は途中で出会った旅の方なんですけど、とサクラは他の三人を見る。 「ぼくもシャハル王国にむかっているんだけど、やっぱり徒歩じゃ疲れるのも早いし、ぜんぜん進まないからこまっているんだ」 ニワトコがしゅんとしてみせれば、頭に咲いた可愛い花も元気をなくしたよう。 「力仕事ならできるんで、乗せてってもらえないでしょーかっ。腹ペコで……動けなくて」 にへらと人好きのする笑顔っを浮かべたコージー。 「どうか乗せていただけませんでしょうか。お代は持ち合わせている醤くらいしかお渡し出来ないのですが……」 在利は事前にキャラバンの旅に欠かせないもののうち、シャハル王国周辺では手に入りにくそうなものを調べてナレッジキューブを変成させて持ってきていた。窺うように男性の顔を見る。 「なぁに、困ったときはお互い様だ。みんな纏めて乗ってけ。少しばかり手伝いしてくれりゃお代はいらねぇ……と言いたいところだが正直醤は助かる。確かそろそろ切れそうだってかみさんが言ってたんだ」 ニカッ。豪快に笑った男からは懐の広さが感じられた。 「俺はこのキャラバン『朝日の夢』の長をしているマノリトだ。かみさんはブルネラっつーいい女よ。おーい、新しいお客さんだ。乗せてやってくれ!」 後半の言葉はキャラバンの後ろの幌馬車に向けて。 「はいよ! こっちへいらっしゃいな!」 後ろの幌馬車から恰幅の良い女性が顔を出して、四人を手招きしてくれた。 ●キャラバンと共に (前にもキャラバンと一緒に旅をしたことがあるけど、今回も似たような感じなのかな) 一台の幌馬車に四人が追加で入ることはできなかったので、ニワトコと在利は長の奥さんブルネラと長のお母さん、長の娘とその夫、子供達が乗る荷馬車に同乗させてもらった。 「お姉ちゃん、頭のお花飾りきれいね。アマラもシャマイム村についたらお花で作ってもらうのよ」 おしゃまな女の子がニワトコの膝の上に乗って彼を見上げる。 「そっか……きっとよく似合うよ。でもぼくは……」 「こんな綺麗にお嬢さん方が徒歩で旅なんてするもんじゃないさ。そっちのお嬢さんはもしかして、噂に聞くドラグレットさんだったり……?」 娘婿のカミロが在利を見る。予めそう問われることを予測していた在利は、辺境で暮らしていたが人間の暮らしに興味を持って村を出たんですと告げて。 「かー、勉強熱心だなぁ。それにしても馬車の中、女性ばっかで肩身がせめぇや」 「えっと……ですね」 在利を拝むようにするカミロ。彼も他の者達も、二人を女性だと思っているようだ。在利とニワトコは顔を見合わせて。 「僕は」 「ぼくは」 「こうみえても男なん」 「です」 「だよ」 馬車内の時間が一瞬止まった後。 「「ええー!!」」 ちょっとばかし耳に痛い叫び声が馬車を満たした。 けれども二人は性別を間違えられることはある程度慣れているため、不快に思ったというより何となく申し訳なく感じるのだった。 サクラとコージーが乗せてもらったのはその後ろの幌馬車で、20代後半から40代くらいの女性と、一人だけそれよりも若い女性が乗っていた。 (彼女がカーリンさんでしょうか) (多分そうだと思うけど、確認しないとな) 小声で言葉を交わし合う二人。と、一人の女性がガサゴソと革袋をあさっていた。 「あんたお腹すかしているんでしょ? 移動中だからちょっと固いパンとチーズと干し肉くらいしかないけど食べる?」 コージーが差し出された布包みをあけると、素朴ではあるが美味しそうな食材が顔を出して。 ぐぅぅぅぅぅ。 腹の虫が盛大に声を上げて一同の笑いを誘った。 「ありがとう! この恩は力仕事で返す! いただきますっ!」 はむっ。かじりついたパンは思ったほど固くはなく、チーズは山羊の乳で作ったものだろうか、コクがあって美味しい。干し肉は噛めば噛むほど旨みが出た。 「ところで、そっちのお嬢さんは服飾雑貨を売ってるんだって? 良かったら見せてもらえない?」 別の女性が期待の瞳でサクラを見ている。素朴な暮らしをしていても、やっぱり女性はアクセサリ類を見てみたいと思うものだ。 「はい、これを売って元手にして布地を買う予定だったので。何なら少し安くお分けします」 「だって!」 サクラが荷物を広げれば、きゃぁぁ、と女性陣が群がる。 「こらこら、買うのは後にしなさい。他の馬車の子達と不公平になるでしょう」 「でもー、見るだけならいいでしょう?」 「しかたがないわね。お嬢さん、野営の時に他の子達にも見せてやってね」 年嵩の女性が苦笑してサクラに向き直った。サクラは名を名乗り「サクラと呼んでください」と言ってその提案に頷く。 「ほら、カーリンも見に来なさいよ!」 「「!!」」 アクセサリに夢中の一人の女性が、馬車の隅で動こうとしない若い女性に声をかけた。その名を聞いて、やっぱり彼女がカーリンだったのだとコージーとサクラは心の中で頷く。 「でも私、街でネックレス買っちゃったから、持ち合わせがあまりなくて……」 「でも見るだけならタダよ!」 「それもそうだけど、失礼でよすね? 買わないのに見るだけなんて」 「いえ」 二人の会話を聞きつけたサクラはそれに割りこむようにして。 「見るだけでも結構ですよ。どういうものがお好みか教えてくだされば、どんなのが売れるのか傾向がわかるので私も助かります」 サクラが告げればカーリンは「そう?」とはにかむような笑顔を浮かべて、アクセサリを見る輪に加わった。 *-*-* 日が落ちる少し前に野営場所を決めて、男たちはテントを張る係と薪や食料を取る係に分かれる。女たちは近くの食べられる草や木の実の採取、保存してあった食材の下拵えに当たる。 「あ、在利さん、その草は食べられるのよ。香草だけど癖が強くなくて、消化にいいの」 「なるほど、勉強になります」 在利は葉の形状と効能を持参の帳面に記し、記憶にも留める。知らぬ知識を集めるのは楽しい。それが薬関係のものとなればなおさら。他にもそういう草はありますかと問えば、ルピタと名乗った30代くらいの女性は得意げに彼を案内してくれた。 「この白い花は食べられるのよ。小麦粉の衣をつけて塩でいただくのが一番美味しいのだけど、茹でて醤で味付けしたのもいけるわ。食欲増進の効果があるの」 シャハル王国が近いからか、この周辺には草花が豊かで、食べられるものも多いから助かる、とルピタが告げたのを在利聞き逃さなかった。今が自然なタイミングだと、口を広く。 「初めて行く所で、噂には聞いてるんですが、シャハル王国ってどんな所なんですか?」 「本当に草花が豊かな国よ。場所によって生える植物に違いはあるけど、端っこのシャマイム村にもちゃんとユララリア様の恩恵が届いているのよ。だからシャマイム村の人達はその恩恵を生活の糧にしているの」 「なるほど。ところでユララリア様とは……?」 聞きなれない人名が出てきて在利が小首をかしげると、ルピタは蔓草を引き抜きながら教えてくれた。 「シャハル王国を建国したとされている、伝説の女王様のことよ。シャハル王国が植物の恩恵に預かれるのも、ユララリア様のお力の賜だと言われているの」 つまりシャハル王国での信仰対象でもあるということか。在利は礼を言って蔓草を引きぬくのを手伝った。 コージーは偶然にも馬車で居合わせたが、予定通りカーリンとは接触せずに過ごしていた。男たちと一緒に薪拾いに出かけ、男たちが仕留めたイノシシのような動物を一緒に担いで運んだ。豪快に皮を剥ぐのも鉈を振り下ろして解体するのもかなりの力作業。教えられるままに、苦労しながらも解体すれば、食べられる状態になった肉を見て達成感を覚える。 共に一つのことをやり遂げたというのは達成感とともに連帯感や信頼が生まれる。焚き火の側で調理をしている女性にちょっかい出して、捌いたばかりの肉を炙って戻ってきたカミロと、他の男達と共に一足先に味見をさせていただいた。 「うめー! うめー! おれが今まで食べた中で一番うまい!」 「よし、にーちゃんもっと食え。酒は飲めるか?」 「ちょっと男共ー! まだご飯できてないんだから、酒盛りには早いよっ!」 ブルネラが別の焚き火の側から一喝するもいつものことなのか、男たちは気にした様子はない。 「手伝わなくていいのか?」 「いーのいーの。俺達がウロウロしてたら『でかい図体して邪魔!』って言われるのがオチさ。そのかわり、後片付けを手伝えばいい」 なるほど、と納得して、コージーは差し出された木のコップを受け取った。ぐいっとあおれば芳醇な香りとアルコール独特の匂いがマッチしたうまい酒だった。これがまた、あぶり肉によく合う。 「最高ー!!」 きっとこの後も美味しい料理が待っているのだろう。コージーのお腹が盛大に声を上げたので、車座になった男たちが揃って笑い声を上げた。 (カリーンさんが気に入っているものを譲ってもらうのは気が引けるけれど……。危険なものなんだし、仕方がないかな……) 野営準備前に全員を紹介してもらったが、さすがに一度に全員の顔と名前は覚えられないので長の家族とカーリンだけはしっかり覚えたニワトコ。長の孫のアマラになつかれてしまったこともあって、料理ができるまでの間子供達の相手を頼まれていた。 「いつも私一人で相手しているから、助かります」 声を掛けられて、はっと我に返る。12歳だというミーアはかなりしっかりとしていて、ニワトコに向かって深々と頭を下げた。 「ううん、ぼくもお手伝いできて嬉しいから。みんなでいっしよにご飯、待とうね」 火や刃物を使っている場所では子供達がウロウロすると危ない。そういう時は年長の子供が年下の子供の面倒を見る役目を負っていた。 子供にとっては普段と違う人が加わるだけで大事件であり、日常がガランと一変する。よく同行しているというカーリンは半ば日常に組み込まれているだろうから、今回四人も同行者が加わって、子供達は興奮気味だ。 「ニワトコー何かお話してー」 「だめだい。ニワトコは僕とボール遊びするんだっ!」 「順番、順番に、ね」 子供達に服や腕を引っ張られてモテモテのニワトコは、いつものようにおっとりと笑うのだった。 サクラは洗濯を畳む、比較的同年代の少女たち数人と一緒にいた。カーリンもそこで洗濯物を畳むのを手伝っている。仕分けはどれが誰のものか見分けられるキャラバンの少女が行う。料理の手は年嵩の女性達で足りているので、若い女の子たちは主に雑事をこなすのがこのキャラバンの役割分担だ。 「あ、これほつれてる」 「こっちも。木に引っ掛けたみたいで破れちゃってるわ」 困ったね、直さないとと苦笑する少女達。旅から旅の生活ではそう簡単に衣服の替えなど購入できないし、一つのものを大切に使う心が受け継がれているので衣服はどれも繰り返し直して使われていた。 「私にやらせてもらえませんか? こっちは子供服、こっちは成人男性のズボン、これは女性のチュニックですね」 サクラは裁縫道具を取り出すと、まずは子供服の穴を塞ぎ、空いている場所に可愛いクマ柄の刺繍を入れた。その手の速さ、そして正確さに少女たちは見とれるしかない。 次に男性のズボンには裏から当て布をして、その破れがあたかも元からであるかのように自然に縫いつけていく。感嘆の声が上がった。 そしてチュニック。ほつれなどぱぱっと、だが丁寧に直し、更に裾の部分にぐるりと刺繍を入れてみせる。花と草で一周繋がれたその刺繍は、まるで花冠を表しているかのよう。 「サクラさん凄い!」 「えー、私の服にも刺繍、入れて欲しい!」 「いいですよ。これくらいでお世話になるお礼の足しになるのなら。あ、カーリンさんもどうです?」 少女達が洋服をとりに馬車へと走っていったが、カーリンは木箱に座ったままだ。ここぞとばかりにサクラはカーリンの隣に移動する。 「あ、でも私は同じようにこのキャラバンにお世話になっている身だし」 「そんなの関係ないですよ! 同い年くらいですし、これを機に仲良くなってもらえると嬉しいです!」 「そう……?」 サクラがまっすぐに思いを告げれば、カーリンははにかんだように笑って。 「じゃあ、今着ているチュニックにお願いしようかな。ちょっと汗臭いかもしれない。ごめんね」 そう言ってチュニックを脱いでタンクトップに似た薄着になったカーリンの胸元に竜刻のついたネックレスが揺れているのを、サクラはその目でしっかりと確認した。 *-*-* 皆でわいわいと食事をとってあらかた後片付けをした後は、基本的にめいめい自由に過ごす時間だった。といっても母親たちは小さな子供達を寝かしつけなければならないというから、母親という仕事は大変である。 (花がたくさん咲いている国かぁ……。どんなところなんだろう。おひさまがぽかぽかしてる、素敵なところかな?) ニワトコはきょろきょろとあたりを見回し、情報通そうなおばあさんを見つけた。薬草茶を冷ましながら飲んでいるおばあさんに声をかける。 「物知りそうなおばあさん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」 「ん? なんだろうね。ここにお座り」 快く承諾して、おばあさんは自分の斜め前の木箱を指す。ニワトコはありがとうと礼を告げてそこに腰を下ろした。 「あのね、シャハル王国って花がたくさん咲いているってきいたんだ。一年中いっぱいって。どんなところなんだろう、って思って」 「そうさねぇ……花だけじゃなく、薬草なんかも豊富な国だよ。シャハルに寄る時は、薬草をいっぱい買い込むんだよ。旅の間保つようにってね」 もちろん薬草を使うような事態にならなければならないに越したことはないんだけどね、とおばあさんはため息をつく。 「あれは何年前のことだったか――」 これは長くなりそうだなぁとニワトコは思ったけれど、話を聞くのは嫌いではなかったので、いつまでもいつまでもおばあさんの昔話を聞いて。タイミングを見てやっと、別の質問を繰り出す。 「花は自然に咲いているの? それともひとが育てているの?」 「自然に咲いているものもあれば人が育てているものもあるよ。花や草を加工して商品にしている人達なんかはきちんと手入れをしているし、手入れいらずのものもあれば、誰のものでもないから自由にとっていいという意味で手入れされていないものもあるさ」 「ずっと春みたいに温かいところなの?」 「いや……」 ニワトコの問いにおばあさんは首を振って。 「細かくは忘れてしまったがね、確か国の中でもずっと暖かさが続いている地域と、一年に一度寒い時期のある地域とあったはずだよ。あれはじいさんと出会う前に――」 また昔話が始まったが、ニワトコは相変わらずニコニコとしながらその話を聞くのだった。 「あのさ、シャハル王国の地図があったら写させてもらえないかな? 売り物だって言うなら買うからっ」 食後の片付けをした後、シンプルなカードゲームを始めた男たちの横でコージーはマノリトに掛け合うことにした。マノリトは「ん?」と眉を上げたが観光に来たので地図がほしいと告げれば納得してくれたようだ。 「あることはあるんだが、シャハル全土は載ってないんだ。だいたい半分くらいだが、それでもいいかい?」 「ああ、それだけでも随分助かる!」 首都はここだと指されたところには『王都ネス』と書かれている。シャマイム村からはかなり離れているようだ。 「観光スポットとかウリとかあれば教えて欲しいんだけど」 「そうだなー……確かこのルルヤンっつー町ではもうしばらくしたら祭りがあるはずだ。他にも街や村は大小あって、それぞれ育てている植物や作っているものも違うが、やっぱり王都が一番見るところが多いんじゃねぇか?」 中でも王都の四方向にそれぞれ位置する庭園は、一部なら公開されていて観光名所となっているらしい。 「なんつったかなー……おい、かあさん!」 マノリトはブルネラを呼び、庭園の名前を答えさせる。 「確か『リンデンの庭園』『薔薇の庭園』『夢見草の庭園』『蒼の庭園』だよ。すまないねぇ、この人こういうのとは無縁でさ」 あはははは、笑い合った後国内情勢と政治経済も訪ねたが、最近はシャハル王国の端を通過することが多いという彼らは噂程度しか知らなかった。噂では、国はいたって平和である、と――。 在利は風邪気味だというおじいさんに薬を煎じるのを手伝って、荷馬車の中にいた。おじいさんがしっかりと薬を飲んでくれたことに安心して、ルピタに尋ねる。 「そういえば、最近シャハル王国でなにか変わったことがあった場所とか御存知ですか?」 「変わったこと……そうねぇ」 ルピタは乳鉢と乳棒を片付けながら首を傾げる。 「そういえばどこかの村で、栽培していた植物が一晩で突然枯れてしまったって噂を聞いたわ。実際に確かめたわけじゃないから、噂よ、噂」 「一晩で突然枯れるなんて、ただごとではないですね」 確かシャハル王国は竜刻の影響で草花が一年中咲いている国だと聞いた。それが突然枯れてしまうなんて。これがなにか悪い出来事の前触れでないといいのだが……。 おじいさんの呼吸が楽そうになって、その胸が規則的に上下し始めたのを見て安心しながら、在利はそんなことを思った。 サクラは約束通りに自作のアクセサリを広げて女性達に見せていた。彼女達が初めて見るものやデザインも多く、暫く女性達は見とれていたほどだ。 「どうぞ手にとって見てください」 そう告げれば、壊れ物を扱うようにおずおずと手を伸ばしてみては感嘆の声を上げる彼女達。 「カーリンさんも見てください。さっき出していなかったのもあるんですよ」 にっこりと告げれば先ほどの刺繍の件で打ち解けられたのか、見るだけで申し訳ないけど、とカーリンも輪に加わった。 「カーリンさんなら、このイヤリングとネックレスが似合いそうです」 「そう? こんなに素敵なの似合うかしら」 そういいつつも気に入った様子で、彼女はネックレスとイヤリングを手に乗せていつまでも眺めていた。 ●竜刻回収 「あーーーっっ!」 朝っぱらから何事かと、その大声に引き寄せられてキャラバンの皆が声の主の周りに集まる。声の主は持ち前の大声をいかんなく発揮したコージーだ。声を掛けられたのはカーリンで、怯えるように身体を縮めてコージーを見ている。 「そのネックレス!!」 「こ、これ……?」 顔を洗う時に俯いて胸元から出たのだろう、竜刻をトップにしたネックレスがカーリンの胸元で揺れている。 「それ、知人に預けていた妹のネックレスなんだ! 勝手に売られちゃって……買った人追いかけてキャラバンまで来たんだ」 「それって、私のこと?」 驚いたように自分を指すカーリンに、コージーはこくこくと頷く。 「このまま帰ったら、おれ兄妹の縁切られる~」 どさっ。地面に座り込んだコージーは頭を擦り付けんばかりに土下座して。 「お願いだ! 譲ってくれ!」 大声で頼むものだから、キャラバンのみんなの目を引いてしまい……。 「わ、わかったから、ちょっとこっちに来てっ!!」 居心地悪そうなカーリンはコージーを林の方へと引っ張っていく。振り返ったコージーは他の三人とアイコンタクトして頷いた。 「本当に、これ、妹さんの?」 「それは僕が保証します」 困ったような切羽詰まったような表情で現れたのは、在利。どういうこと、と聞かれたので躊躇うようにして口を開く。 「その石ですが、小さいですが竜刻なのです。しかも、もうすぐ暴走しそうな兆しを見せています。僕は竜刻の暴走を抑えに各地を回っているのですが、コージーさんの妹さんのネックレスにその兆しを見て、封印させてくれるようお願いをしようと思っていたところ、巡り巡ってカーリンさんの手にわたってしまったのです」 この話をあまりに大勢の人の前でしては騒ぎになる。昨夜のうちに打ち合わせをして、ニワトコはキャラバンの人達が好奇心で様子を見に行かぬようになんだかんだと理由をつけて引き止めていた。 「そう……ドラグレットの方が言うのなら、本当なのね」 在利の嘘がいい方向へと働いているようだ。騙すようで居心地が悪いが、これは必要な嘘なのだ。 「被害がでたりしたら、おれ妹に怒られちゃうよ。だから、頼む!」 コージーが妹として思い浮かべるのは、婚約者の人柄。感傷に浸っている場合ではないが、少しばかりなら許されるだろうか。 「……わかったわ。そういう事情なら仕方がないもの」 「やったー! ありがとな!」 「きゃあっ!?」 わんこのようにコージーが飛びかかってハグしたものだから、カーリンはバランスを崩しそうになって。けれどもわんこよりだいぶ大きいコージーがそれを支えたので、側で見ていた在利もほっと息をつく。 「でもカーリンだってこれ欲しかったんだよな……よし! おれ代わりに何か出来ないかな!」 「だったら代わりにこれをプレゼントしたらどうでしょう?」 その時後ろから声をかけてきたのはサクラ。コージーの作戦がうまくいったので、荷物から昨晩のイヤリングとネックレスを持ってきたのだ。 「あ、それは……」 サクラの手の中の物を見て、カーリンの視線が揺れる。昨晩名残惜しそうにそれを返した彼女の顔が、サクラの脳裏をよぎった。 「カーリン、これ気に入ったのか?」 「でも、いただくわけには……」 「全然構わない! 交換しよう、交換! イヤリングは迷惑をかけたお詫び! サクラ、それ、おれが買ってもいいよな?」 「勿論です」 サクラの手からネックレスとイヤリングを手に取り、そっと付け替えてやるコージー。その間カーリンは俯いて微動だにせず、頬を赤らめていた。 「よし、似合う!」 「ありがとう……」 にっこりと笑ったカーリン。一同は平和的に竜刻を回収することができたのであった。サクラがぺたりと封印のタグを張る。 「じゃあせめてものお礼に、シャマイム村についたらうちに寄っていってください。シャハルの郷土料理をごちそうしますよ。皆さんご一緒に」 「ありがとうございます。ニワトコさんにも知らせましょうね」 「楽しみにしています」 在利とサクラが荷馬車に戻り始めるのに、カーリンとコージーもついていく。 「楽しみだなー。土地の食べ物はぜひ食べたかったんだ!」 「村まで後少しだから。もう少し楽しみにしててください」 四人に気がついたニワトコが手を振っている。四人の顔を見れば回収に成功したのは明らかで、それは彼にも伝わった。 これで、シャマイム村目前でキャラバンが壊滅することはなくなった。 間もなく、キャラバンはシャハル王国内に到着する。 【了】
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