クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-23749 オファー日2013-05-28(火) 00:04

オファーPC 旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)ロストメモリー その他 100歳 学校の精霊・旧校舎のアイドル

<ノベル>

 以前は、とある赤ジャージな少女が駆け回っていた、校舎を模したチェンバー。今はその管理を木製の人体模型が務めている。
 チェンバーとはいえ、校舎をまるまるひとつ模しただけの広さを誇る場所だ。その管理をひとりで務めるのは決して容易なことではない。
 の、だけれど。この人体模型が一体しか存在しないなどと、いつから錯覚していた? 
 夜の校舎。窓に映るシルエットはチェンバーの主のもの。非常灯が放つ薄い光を受けて照らし出されるその影は、ひとつふたつ、みっつ、よっつ――いいや、どんどん増えていく。

「やっとわっちらも七百体でやんす、千体まであと一歩でやんす」
 特に深い意味があるわけでもないが、チェンバーの主――人体模型はひそひそと声を静めながら話す。
「そろそろ盛り上がるイベントが欲しいでやんす」
 別の人体模型が、やはりひそひそと続いた。
「やるならウケるイベントが良いでやんす」
 別の人体模型は声を潜めることなく告げる。
 ざわ……ざわ……。波をうつように、同じ声がいくつもいくつも重なり、続いた。イベント……ウケるイベント……ざわ……ざわ……。
「最近おどろおどろしいイベントが足りない気がするでやんす」
「わっちもそう思ってたところでやんす」
「奇遇でやんすね。わっちも同じことを思ってたでやんす」
「わっちらの産卵と散乱をかけたびっくりどっきりイベントはどうでやんす」
 鮭の産卵みたいな増え方でもするのかなどとツッコミをいれる者がいるわけもない。
「夏らしいでやんす」
 何の抑揚もない声だが、人体模型の――どの人体模型か知るはずもないが、とにかくその人体模型の発案に、別の人体模型が感嘆を示したようだ。
「季節先取りでやんす」
 もう夏も終わりだが。
「賛成するでやんす」
 賛成するでやんす……賛成する……賛成……。声はいくつもいくつも折り重なって、波の音のような広がりを見せる。ゆらゆらと揺れるその影を外から見る者がいれば、後からあとから数を増していくばかりのそれを、もしかしたら、壱番世界フィンランドで生まれ、世界的にも有名なトロール……コビトカバに酷似した姿のそれに重ねて眺めたかもしれない。いや、ニョロニョ……ハッティフナットを連想したかもしれない。
 夜の校舎。無人の教室のガラス窓に映り揺れるシルエットだけを見れば、それだけでももう充分に、夏にありがちなアトラクションのようでもある。
「ついでに、わっちらの残り一歩も進めるでやんす」
「賛成するでやんす」
 賛成するでやんす……賛成するでやんす……賛成する……
 校舎の中、ブラ○ター残響音が木霊する。あちらこちらで響く声の波は、それから数時間、止むことなく続いていた。

 翌日。
 画廊街のあちこちで不審な人物が目撃されるという事案が数件続いて報じられた。
 
 揃いの浴衣で身を包み、浮かべたアルカイックスマイルは頭の半分を覆う手ぬぐいの下でさりげなく包み隠す。立つ場所こそ点在し散ってはいるものの、全員が同じ衣装、同じ風貌、同じ声。さらには数十メートル離れている、いや、百メートルほどの距離を離れた位置に立っているにも関わらず、なぜか全員がわずかほどの狂いもない、完璧なまでの同調率を見せた動きをしているのだ。通行人が彼らに気を留めないわけがない。
「「「「「お化け屋敷でやんす」」」」」
「「「「「爆発必至のカップルさんも、爆発を夢見る兄さん姐さんも、そこの旦那もお嬢も、皆々様方、遠慮は不要でやんす」」」」」
「「「「「会場はこのチラシのチェンバーでやんす」」」」」
 行き交う人々の間を滑らかな動きですらりさらりとすり抜けながら、正体を隠したつもりでいる人体模型は、半ば押し付けるようなかたちで、手にしていたチラシを見る間に片付けた。その後はひとまずの役目を終えて道の端に集まり、額を寄せ合って密談を始める。
「これで完璧でやんす」
「爆発させてやるでやんす」
「わっちらのチームワークを見せてやるでやんす」
「わっちはわっちらのために、わっちらはわっちのためにでやんすね」
「恐怖のどん底に叩き込んでやるでやんす」
 顔を寄せ合い、まったく差異のない同じ表情で笑いあう。どうやら悪い顔をしているつもりでいるようだが、少なくとも、人通りも多く明るい光で包まれている0世界の中にあっては、その威風も台無しだ。それに、どうやらひそひそ話を交わしているつもりでいるようなのだが、その会話は通行人のすべての耳に筒抜けである。――なんにせよ、彼らの計画は好調な滑り出しを迎えたようだ。

 ところで、おりしも壱番世界の日本では、文化祭を近くに迎えた時期となっているらしい。コンダクターの中には文化祭の準備で忙しくしているものも少なくはない。そんな時期と重なっていることを知っているのかどうかはさておき、チェンバーをうごめく数百もの人体模型たちは、見事な統一能力をみせた動きを繰り広げていた。生身の生物であるならば休息も必要となるのだろうけど、人体模型は人体模型だ。休息などとる必要もない。の、だが、それでも交替で横になってみせたりしているのは、もしかしたら気分の問題なのだろうか。なんにせよ、どれも同じ容貌なのだから、どの人体模型と人体模型が交替したのかは分からない。もしかしたら当人たちにも把握できていないのかもしれない。なにしろ、交替のハイタッチを交わしているその間にも、彼らの増殖はじわじわと続いているのだから。

 そうして迎えた翌々日。
 校舎を模したチェンバーに続く入り口は静かに開かれた。

 校門から下足箱に至るまでの距離の中、一定の距離を置いて立っているマネキン、いや、人体模型。その両手には”会場こちら”と書かれたボードが抱えられている。そんなの、校門をくぐれば十メートルちょっとあるかどうかぐらいの距離しかないのだ、言われなくても見ればわかる。しかし暗幕を落としたような夜の闇の中、どことなくじめじめとしたまとわりつくような風が吹く校舎のエリア内に立ち入れば、たいていの者は多少なりとも尻ごみして見せるものだ。その闇の中に立ち並ぶ人体模型が、時おりひゅっと動きでもすれば、その感覚は倍率ドンだろう。
「やだ! 今、あの模型動いたんだけど!」
「え、どれどれ?」
「あの二番目の」
「動いてないよ、大丈夫だって。ただの模型じゃん」
 そんな会話を交わしながら、さりげなく彼女の腰に手をまわす男の顔を、校門からくぐって二番目の位置に立っていた人体模型は黙したままに見据える。満面に浮かべたアルカイックスマイルは今日も絶好調だ。
 こうして、記念するべき一組目のリア充カップルは夜の校舎に踏み入っていった。

「順路通り校舎を回って、わっちらが増殖する部屋を見つけるでやんす。全部見つけた人には賞品が出るでやんす。ギブの時はこのボタンを押せばがわっちらが回収に行くでやんす」
 言いながら、下足箱から入ってすぐの位置に置いた机に座る受付担当の人体模型が微笑みを見せた、その姿は校門から並んでいたあの模型たちとまるで違いのない、うりふたつのものだった。
 何かを感じ取ったのだろうか。女ははやくもわずかに引け腰だ。けれど
「大丈夫だって。俺が守るからさ。ギアだってあるし」
 などと、逆にきな臭いことを言い出している。そんなことに使うために配布されたものではないはずなのだが、男はどうあっても女をどうにかしたいのかもしれない。必死なのだ。
「それじゃ、行くでやんす」
 受付担当の人体模型は微笑んだままにふたりを送る。廊下の端から吊るされた暗幕をくぐり抜け、一組目のカップルの気配は次第に遠のいていく。
 やがて現われた二組目のカップルは、一組目のカップルに比べればずいぶんと落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。ゆるやかに手をつなぎ、何事かを交し合いながら、受付の机へと近付いてくる。
「ようこそでやんす、ダンナにお嬢」
 変わらぬ笑みを浮かべたままで、人体模型は説明を始めた。

 ところでこのチェンバーは二棟からなる校舎なのだが、いまはこの二棟の広い面積を惜しげもなくたっぷりとなく使い、さらには廊下に衝立をたてて、校舎内を区切り進ませるという仕掛けを施している。体感する広さ的には、壱番世界にある某富○急の、あの有名な病院にも匹敵するかもしれない。
 廊下に続く窓には遮光カーテンをひいた。そのためもあって、校舎内はいま、わずかな灯りのみで照らされた、薄暗い仕様となっている。

「俺がいたとこもこういう学校みたいなのがあってさぁ。夜の学校ってマジやべぇよな」
 言いながら、男は女の腰を抱く。
 先だっての依頼を同席した際に軽く口説いてみたところ、思ったよりも反応が良かったため、男はすっかり調子にのっている。そろそろ本格的なカップルとなりたいところだ。
 けれど女は男の言葉になど耳を貸す風でもなく、こわごわとした足取りで薄暗い廊下を進み歩くばかり。
 硬質な廊下の床の上、ふたりが歩く足音ばかりが響いている。
 暗幕の入り口を通り、すぐ左手に見えてきたのは職員室と書かれたプレートをかかげた教室だった。男がドアを開ける。同時に、男の頭には黒板消しが落ちてきた。チョークの粉が闇に舞う。
「な、なんだこれ!」
 慌てて黒板消しを掴み教室の中に投げやる男の後ろでは、天井から落ちてきた頭――校門から並んでいた模型や、受付担当のあの男とまったく同じ顔をしたそれに驚愕し、青ざめている女の姿があった。しかも、その落ちてきた顔からは、ピンク色のなにかが姿を見せて、かすかに脈打っている。
「うわ、なんだこれ」
 男の声で思い出したのか、女はゆっくりと喉を震わせた。
「きゃあああああ!!」
 廊下に響く悲鳴。それを合図にしたかのように、どこからともなく次々と人体のパーツが降り注ぐ。テケテケという音で顔を向ければ、顔は上向き、四肢は四つん這いという出で立ちの人体模型がいた。ものすごい速さで迫ってくる。女の悲鳴に続き、男の悲鳴もとどろいた。
 逃げ惑うカップル。もとい、男のほうはもう女のことなど頭にはないようだった。途中で何かにつまずき転んだ女には目もくれず、男は廊下を走り惑う。
 男が走り去っていったのを涙目に見送りながら、女は自分が何につまずき転んだのかを検めた。こういうとき、なぜこうやって確かめてしまうのだろう。そうして案の定、女はそこに、自分の足を掴む腕があるのに気付いてしまった。
 響く悲鳴。女はそこで早くもギブのボタンに指をかけた。

 一方、男のほうは、わけもわからず走りまわり、その先々であらゆる怪異を目の当たりにした。
 保健室のベッドの下からは次から次へと模型が無限に現われた。
 家庭科室のコンロの上、ほっこりとした湯気をたちのぼらせる鍋がある。その香りに惹かれ、よせばいいのに覗いてみれば、イチゴ味の心臓をわし掴みした腕がゆっくりと現われた。
 不気味な光で照らされた理科室に置かれたホルマリン漬けの瓶の中、浮かぶ目玉はぶるぶると動き、手首はおいでおいでと手招いている。
 模型が抹茶を点てて執拗に勧めてくる茶室もあった。見事なお手前だった。
 校長室の彫像の脇にある机からは、井戸から出てきた少女の真似をした模型がじりじりと這い出てくる。
 さらにはどこからともなく流れ始めたダンサンブルな音楽。それと共に現われた十数――いや、それ以上の数の人体模型。それらが、トキメキを運ぶ列車に関する歌を口ずさみながら、順番にタイミングをずらしながらぐるぐると上体を回し始めたのだ。これにはもうなす術がなかった。男は無力にも、その回転に巻き込まれてぐるぐると回るしかなかったのだ。


 こうして、トキメキだけではなく数々の阿鼻叫喚をも運びながら、人体模型は着実にその数を増していった。チェンバーに入ったまましばらく帰って来なかった者も、ほどなくすればウォンビーロンなどと口ずさみながら画廊街をさまよっているところを保護されるのだった。

 チェンバーの校舎の中、目標とする千体を目前に控えた999体にまで増殖した模型たちが、寄り集まって話し合う。
「千体目まであと一歩でやんす」
「どこかのアトラクションで聞いたことがあるような数でやんす」
「確かこういうネズミが」
「しっ! 危ないでやんすよ!」

 ひそひそと交し合うそれが達成されるのは、それはまた日を改めた別の機会で。

クリエイターコメントこのたびはプラノベのオファー、まことにありがとうございました。大変にお待たせしてしまいました。
夏に間に合わなかったかなーと思いましたが、考えてみれば文化祭シーズンももうすぐですし、ちょうどいいかなーなんて。てへ。

少しでもお気に召していただけましたらさいわいです。
それでは、またのご縁、心よりお待ちしておりますー
公開日時2013-09-16(月) 19:40

 

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