クリエイター大口 虚(wuxm4283)
管理番号1160-19570 オファー日2012-09-23(日) 22:00

オファーPC 由良 久秀(cfvw5302)ツーリスト 男 32歳 写真家/殺人鬼
ゲストPC1 ムジカ・アンジェロ(cfbd6806) コンダクター 男 35歳 ミュージシャン

<ノベル>

 エンジンを噴かす低い音が絶えず彼らの鼓膜を震わせていた。それに時折ゴムのタイヤが砂利を踏む乾いた音が混じる度、砂埃で縁が白く濁ったフロントウインドウの向こうで果てなく居並ぶ木々達が揺れ動く。
 深い森林の中にどこまでも伸びていく道に差す光はほとんどなく、ただムジカ・アンジェロの運転する車のライトばかりがその行き先を照らしている。夜闇に沈む樹木に昼間のような優しげな色味を見ることはできず、その緑は今、暗闇に喰われた内側で沈黙するばかりのようだった。
「おい、もう夜になったぞ」
 エンジン音と砂利の音の中へ、獣の唸るような声が混入する。助手席からあがったそれに、ムジカは透明感のある緑灰色の瞳をほんのわずか左にずらし、またすぐ元の位置に戻した。
「こんな山、一時間で抜けられるんじゃなかったのか」
 由良久秀は何本目かの煙草を苛立たしげにくしゃりと潰し、僅かに開いたサイドウインドウからその吸殻を外へと追いやる。
「森林で煙草のポイ捨てはよくないな」
 穏やかに、窘めるというよりはただ適当にぼやいたというように、ムジカが言葉を紡ぐ。それにより俄かに由良の眉間にくっきりと数本の筋ができたところで、車は道の途中で動きを止めた。
 訝しげに停止の理由を問う視線を受け、ムジカはハンドルに添えたままの左手の人差し指をすっと持ち上げる。由良が釣られるようにその先を見ると、どうやら樹木の群を抜けたらしく、銀色の月が真っ黒い空に丸くぽつんと浮かんでいた。
 ようやく森を抜けたのかと由良は寄せていた眉をほんの少し緩める。一方、ムジカは自身の右手側を静かに眺めていた。
「……何を見てる」
「トリカブトだ」
 車のライトと月灯りのおかげで、先程までより周辺の景色はずっと捉えやすくなっている。ムジカの言うとおり、彼らの乗る車両の右側に烏帽子に似た形状の花が数え切れぬほど一面に散らばっているのを見つけることは容易だった。
 車のライトが消え、絶えず鳴り続けていたエンジン音が止まる。由良がまた何かを問う前に、ムジカは運転席の扉を開けて外へと出ていった。由良も一呼吸置いてから仕方なしといった様子でそれに続く。
 青紫の花の群に足を踏み入れると、ムジカはそっと片手を持ち上げて目前に黒く格子状に並び立っている物の手応えを確かめる。
「柵がある、ということは奥に建物もあるんじゃないか?」
「こんなところで、人がいるとは思わんが」
 延々続くと思われた木々の並びから一旦抜け出したとはいえ、この山に入ってから人の姿など互いのものしか見つけていなかった。現在地が山のどの辺りに位置しているのかも分からず、建物があるから人もいるというような安易な思考に至るほど由良は楽観主義などではない。
「人がなくても、地図ぐらいは置いてあるかもしれないだろう」
 二人は柵のひしゃげ壊れていた部分を潜り、茂みの奥へと足を進めた。夜風でトリカブトの葉同士が擦れあう音が微かに彼らの耳に届く。故に、だろうか。何かが嗤っているかの様な気配が、ほんの僅か、後を付いてくるような感覚を彼らは感じていた。

 柵の内側へ侵入して間もなく、横長の四角の建物が月灯りに包まれ、静寂の中で佇んでいるのを見つけることができた。
 幾本かの蔓草がその白いペンキの剥げた壁を這っていたが、特に何処かが壊れている様子はない。ただ、人がいるかどうかと問われると首を左右に振らざるを得ない雰囲気ではあった。
 正面玄関の前に立つと、この建物にかつて取り付けられていた看板らしきものが扉の脇に落ちている。風化し砂に塗れた文字は非常に読みづらく、そこに何が書かれているかを判断するのに少しの時間を要した。
「サナトリウム、か」
ムジカは改めてトリカブトの花に取り囲まれたサナトリウムの姿を端から端まで視線を這わせる。しかし規則正しく整列している曇った硝子窓からは、中の様子を伺うことはできない。
 由良が玄関扉の握りに手をかけると、予想していたよりもずっと軽い手応えで、絹布を押すようにすうっと開くことができた。
 そのまま二人中に入る。建物内は砂や埃で曇り硝子のようになった窓からほんのわずか月灯りが暗い廊下に染み込んできている程度で、薄暗い。
 由良は手持ちのライターの火を点けると、さっさと用事を済ませたいとばかりに早足で廊下を進み始める。ムジカもまた、各部屋内の様子を窓の隙間などから覗きなどしながらそれに付いていった。

 四半刻程して、彼らは始めに入ってきた玄関のところへ戻ってきていた。建物内の幾つかの部屋を軽く捜索したが目的としていた地図はおろか、他に目ぼしいものもなかったのだ。
「こんな所に立ち寄ったにしては珍しく、何も撮るものがなかったな」
「そう事あるごとに何か起こるわけないだろ」
 何処か含みのあるような笑みを浮かべる知人に、由良は苛立たしげに低く応えた。無為にした時間を取り戻すため、まずはここから脱出しようと先程入ってきた玄関扉の握りに再び手をかける。同時に、その由良の背後から単調な電子音が鳴り出した。音の元の方に目を向けると、ムジカが自身の衣服のポケットから携帯電話を取り出し、明るく点灯した画面を確かめている。すぐに目を離し、握りを掴んだまま扉を押す。電子音はまだ続いていた。
 動かない。
 電子音はまだ鳴っている。もう一度扉を押した。厚い石の壁を押しているような手応え。開かない。
 電子音が止まる。ムジカがようやく通話ボタンを押したのだった。由良は一旦扉から手を離し、振り返る。携帯電話を耳にあて、じっと何かを聞いているムジカと目が合った。彼は静かに微笑み、携帯電話を顔から離すとそれにスピーカを取り付ける。
 スピーカから流れ出したのは耳障りなノイズ音だった。玄関からはその端が見えぬほど暗く長い廊下の静寂に侵入した不協和音に、一人は何処か愉快気に、一人は明らかに不愉快気に、耳を傾ける。
 ガリガリと何かを掻き毟るような音にも似たノイズの中に、何かの声が聞こえる。微かで聞き取りづらくはあったが、間違いなく、ひどくしゃがれた男の声だった。

Ggg gZ GGGgg g gGz gGGgzgZ GG
 G ZgG Ggz gg まg だg gz Ggg
gG g gGG行 かなZgGいg g zggzでくgG れggGZg
GgggZ  GGgG gGggGZgG G Gg zGgg g g

 由良はムジカの手から携帯電話を奪い去った。画面の右上にある「圏外」の文字を見るや否や、すぐさま電源ボタンに触れる指に力を込める。
「何か、起こっているようだね」
「いいや、ただの間違い電話だ」
 画面の暗くなった携帯電話を捨てるように返却し、由良は再度玄関扉を強く押した。しかしやはり扉が開く気配などない。始めからそうだったのではないかと錯覚するほどに、扉は外部とサナトリウム内部の行き来を拒んでいる。
 次に彼らの耳に届いたのは、けたたましいベルの音だった。二人がいる玄関の向かいにある固定電話だ。先程、どこかと連絡が取れないか確認したときには、電話線が劣化して切れており何の反応も示さなかったはずのそれが、何かを訴えるかのように悲鳴を上げている。
 忌々しげに顔を歪め、由良は足早にそれに接近すると受話器を手にとって、耳を貸すことなくそのまますぐ元の位置に押し付けた。

 ベルが止まり、廊下に沈黙が還ってくる。

 しかし間もなくして、廊下の暗がりの奥から砂嵐のような音が二人の元へざあっと流れ込んできた。それに混じるのは、やはり先の男の声。
「話を聞いてくれ、と言われたんだ」
「……誰からだ」
「声、かな。さっき聞いただろう?」
 ムジカは音の根源を求め、足先を思い当たる方向へと向ける。玄関口からそう遠くない位置に、共有のリビングルームがあった。
『   ――わた し は殺さ れ   た のだ 』
 声は二人分の硬質な足音の加わった雑音に乗って訪問者達の耳へ届く。リビングルームの開いた引き戸から光が漏れ出している。
『  誰に殺さ れたのか 真実を  私 に』
 ムジカが先に開きっ放しの出入り口からリビングルーム内へ入ると、旧型のブラウン管テレビが白黒の砂嵐を映しながら掠れた男の声を紡ぎだしていた。
『 私はこ こ の院長だ った  最  初で最 後の  』
「付き合ってられるか」
 由良は部屋に入らず吐き捨てると、そのまま身体の向きを変えた。
「どこに行くんだ?」
「出口を探す」
 短く答えて去っていく姿に、ムジカは軽く肩を竦めた。それから軽く部屋の中を見回す。埃を被った机や、倒れたまま転がっている椅子が明滅するテレビの光に照らされていた。壁際には本棚があり、今尚大量の本を抱え込んでいる。テレビの上にはこの院の関係者らしい人々のものと思われる集合写真が写真立てに収め置かれていた。
 写真には院長らしい人物を中心に、十数人ほどが並び立っている。壮年と見える院長が両腕で肩を抱いているのは妻と娘だろうか。穏やかな表情で写っている院長はとても幸福そうに見えた。
 ムジカはその写真立てから写真を抜き取ると、リビングルームを後にした。先に去っていった友人の姿は廊下の見える範囲にはない。暗がりの方まで行ったのか、上階へ移ったのか、足音を気にすれば分かるかもしれないが、ムジカは特に聞き耳を立てることもなく歩き出した。

 建物内の埃っぽい空気のせいか、喉がざらつくように渇いていた。砂を飲んだような不快感に眉を顰め、由良は廊下の硝子窓に手をかける。鍵はかかっていないはずだが、やはり動かない。
 キィン、と悲鳴のような高音が鼓膜を叩いた。振り返ると、一メートルほど離れた位置の廊下の天井にスピーカーが取り付けられているのが分かる。
『 苦 労は多かっ たが患者は皆 私 を信頼してくれてい たはずだっ た』
 スピーカーから零れ落ちる哀しげな声などには構わず、由良は一番近くにあった病室の戸を開けた。真直ぐに最奥に設置されたベッドのもとに歩を進め、無遠慮にその上を踏みつける。正面にある窓の鍵を外し、そこもやはり開かないということを確かめると、さっさとその場を離れた。
『 だが経営は悪化す る一方だった おかげでここは廃院に なってしまった 』
 空気が冷たい。外はここまで冷えていたかどうかの記憶は定かではなかったが、由良は何故か氷に包まれたように肺の辺りが冷えて固くなっているような錯覚を覚えていた。
 病室を出る。廊下の空気もやはり冷えきっており、渇いた喉がひりつく。スピーカーからは相変わらず雑音が流れていた。
 馬鹿らしい、と内心で吐き捨てる。開くはずの扉が開かない理由、鍵の掛かっていない窓がぴくりとも動かない理由、繋がらないはずの電話の声、テレビのノイズに混じる声、無人の院内にかかる院内放送。そんなことはどうでもいい。霊現象などあるはずがないのだと無理矢理に結論付け、由良はとにかく出口を探すために再び空虚な廊下を進み始める。
 一人分の靴音がやけに大きく聞こえた。カツカツと一定の早さで単調に音が響く。そして、




  カツリ、と           ひとつ







    余計な音がした。




 院内放送を聴きながら、ムジカは院長室の机の上に置かれていた写真の埃を払い、そこに写っているものを確かめる。電源を入れ直した携帯電話で照らすと、先に見つけた集合写真の中央に写っていた男と両腕に抱いていた女性二人のものだった。やはりこの優しげな目をした男がここの院長なのだろう。
『 そ して私は殺され た』
 引き出しを適当に開き、中を物色する。筆記具や院の経営に関する資料、患者から送られてきた多数の手紙、それらと共に焦げ茶色の革の手帳がひっそりと収まっていた。
 ムジカはそれを手に取ると院長室から外に出る。歩きながら、ぱらりと適当にページを捲っていく。軽く目を通しただけでも苦しい経営の中でありながら充実した日々を送っていたことが分かる。裕福ではなかったものの、妻と子に愛され、患者達だけでなくスタッフである医師や看護婦とも確かな信頼関係を築いていたようだ。院での出来事に一喜一憂する様や文章の書き方からも、多くの人々から信頼を集めるだけの人柄を伺い知ることができた。
『 常 備薬が 附子の毒とす り替えられて いた 』
 トリカブトか、とムジカは一人呟く。手帳の中でも、院長が心臓の持病のために薬を常備している旨の記述はあった。
『 ――何 故 ?』
 リビングルームから持ち出した集合写真を取り出す。院長を中心に、左右を妻と娘が寄り添っている。そのすぐ傍らで神経質そうな顔をしている院長と同年代くらいの男は副院長だろうか。写真の端から端まで、ムジカはじっと視線を這わせていた。
 そのまま院長室のすぐ脇にあったスタッフルームへは入ろうとしたとき、ふいに、少し離れたところから固い靴音が徐々に近づいてきていることに気づく。
 先程どこかへ行った友人のそれかと、足を止めた。しかし一人にしては拍が一定でなく、違和感を覚えさせられる。
 カツカツと少し速めのテンポで刻まれる音。
 間に挟まる、カツリ、カツリ、という鈍い靴音。
 そしてその鈍くどこか空虚な靴音に合わせて、コツ、という棒で床を叩くような音が挟まっていた。
『 教えてく れ 』
 スピーカーの声は再度懇願する。やがて、暗がりに予想していた友人の姿がうっすらと浮かんできた。早足で、非常に固い表情のままこちらに接近してくるのが分かる。その後を、持ち主の見えない靴と棒の地面を叩く音だけがずっと付いてきていることも、分かった。
「出口は見つかったか?」
「黙れ」
 由良は足を止めず、ムジカの脇を抜けてスタッフルームの中へと踏み込んでいった。ムジカもそれに続いて中へ入ると、そっと部屋の扉を閉じる。由良を追っていた足音が、壁を隔てた向こう側へと締め出された。
 埃だらけのデスクが並ぶ部屋の中へ、廊下側から、 カツリ、 コツ、 カツリ、 という冷えた音が淡々と侵食してくる。少しずつ。音が部屋に染み込むほどに、部屋の温度が冷えていく。重さを増した空気が、ぬるりと咽喉に浸入する。
 ムジカは部屋の一番奥に構えている一際大きなデスクに向かう。引き出しを順に開けていき、中を改める。一番下の引き出しの底から一枚のメモを見つけ、刻まれた細かな文字を追う。
 音は接近する。部屋の壁際を這い、扉へと肉薄する。由良は扉の方から目を離し、デスクを掻き分けるようにして、向かいの硝子窓へと走った。


 靴音が止んだ。


          呼吸音


『真実は何処にある?』

  耳元で囁く。


 ムジカは穏やかに微笑み、口を開く。同時に、由良が転がっていた椅子を窓に叩きつけ、硝子を破壊する。甲高い音が、全ての音を掻き消した。



「              」





 エンジンを噴かす低い音が絶えず彼らの鼓膜を震わせる。車は再び月灯りの挿さぬ森の中を走っていた。仏頂面で運転する由良の左側、助手席ではムジカが欠伸を噛み殺しながらサナトリウムからそのまま持ち出してきてしまった集合写真と一枚のメモを手で弄んでいる。
「結局、あの院長とやらは何をしたかったんだ」
 愚痴を零すときのように如何にも不機嫌そうな声色で由良は呟く。それに対し、ムジカは呆として様子で窓の外に顔を向けたまま、瞳だけをわずかに動かした。
「……なんだ、あんな話を信じたのか?」
 ムジカは持っていた写真を運転席側に向けて見せる。由良はちらりとだけそれに視線を寄越した。
「院長は毒薬で殺された。だが、それが何の毒かなんて死人に分かるはずがない」
 しかしあの院内放送で男は確かに、自分はトリカブトの毒で殺されたと証言していた。それに、とムジカは続ける。
「足音に混じって杖をつく音がしていただろう? しかし院長は杖がなくても立つことができる」
 写真の中の院長は、妻子の肩を優しく抱いてしっかりと両の脚で立っていた。一方その横で神経質そうな顔をしている壮年の男は、左手に杖をつき、片脚に体重をかけるようにして立っている。
 ムジカはその写真を片手で持ったまま、裏から神経質気にみっしりと細かな文字が詰まったメモをずらし覗かせた。
「あれは副院長さ。彼は人徳のある院長を妬み、彼に成り代わろうとしていた」
 院長のふりをして真実を迫ったのは、既に自身が院長になったものと信じ込んだことによるものなのか、それはもう院長を殺した彼にしか分からない。
「全部嘘か、あの証言は」
「死人の言葉が全て真実だなんて、そんなの誰が決めたんだ」
 欠伸交じりにムジカが応えると、それきり二人は押し黙った。エンジン音にゴムのタイヤが砂利を踏む乾いた音が混じる度、砂埃で縁が白く濁ったフロントウインドウの向こうで果てなく居並ぶ木々達が揺れ動いている。
 森を抜けたのか、月灯りが沈黙する車内に戻ってきた。窓の外に、丸くぽつんと浮かぶ月と、青紫の花が一面に散っているのが見える。
 ムジカは無言のままサイドウインドウを下げた。エンジン音と砂利を踏む音に紛れて、葉の擦れあう音が風に乗せられて車内に流れ込んでくる。
 そして何かが嗤っているかの様な気配が、ほんの僅か、後を付いてくるような感覚を彼らは感じていた。

【止】

クリエイターコメント『そしてまた魔の女神は静かに嘲笑した』

御待たせ致しました。
ホラーミステリーなオファー内容にホイホイされました大口 虚です。
今回は雰囲気重視で、オファーの内容とPCさん的にホラーでもガンガン追い込んでいく系よりはじわじわくる系の方が合うかしらと、演出はその辺を意識して書かせていただきました。

正直ホラー系を書くのは久しぶりで、はしゃぐあまりあちこち遊び心が働いてる感は否めなゲフン。
ちなみにキャッチコピーは大口的一行あらすじです。

少しでもお気に召していただければ幸いです。
この度はオファーありがとうございました。
公開日時2012-10-25(木) 22:10

 

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