人で賑わう通りをはずれた路地に、こじんまりとした佇まいの道場らしい建物がある。｢零肆館｣と達筆で書かれた木製の看板の掲げられた門を通り建物の中を覗くと、何の変哲もない無人の板の間があった。 誰もいないのかと足を踏み入れた途端、ガコン、と何かの装置が稼動したような重い音がする。続いて板の間の中では様々な方向から歯車の回転する音やチェーンが擦る音、ピストンの動く音が乱れあい、この空間にいったい何が起ころうとしているのかと侵入した者の動揺を誘った。 その状態はしばらく続いたが、事態に備えて身を硬くする来訪者をよそにある瞬間突如ぴたりと止み、板の間に静寂が降りる。 そのまましばらく待っても、何も起こらない。 今のは何だったんだと力を抜いたその瞬間、自身が踏んでいた板だけが透化し、謎の機械が剥きだしになった。そして何をリアクションする間もなく、来訪者は機械から放たれた青白い光に包まれる。 眩い光に思わず閉じた目を次に開いたとき、視界に飛び込んできたのは先の板の間ではなく複雑な装置や高度な技術で作られたロボットのようなものが幾つも置かれた研究室のようなところだった。｢ようこソ、カラクリ道場『零肆館』ヘ｣ 呆然とする来訪者に丁寧な仕草で頭を下げたのは、長い銀色の髪に銀色のドレスを纏った｢人形｣の女だ。｢客か？ リーベ｣｢ハイ、景辰サン。私ハお茶を淹れてきますノデ、お相手ヲお願いしマス｣ リーベと呼ばれた女はその場で奥の椅子の方へ来訪者を促すと、お茶を汲みに別室へと入っていった。＊｢よぉ。なんだ怖いもの知らずが道場破りにでも来たか｣ 大人しく示された椅子へ着席すると、間もなく向かいの椅子に黒い甲冑に赤い陣羽織の男、蔦木景辰が悪戯っぽく笑みながら腰掛ける。｢この部屋の何処が道場だって面だな。表の看板も板の間も見てきてんだろ？ 相手ならそこに幾らでもいるぜ？｣ そう問いを投げる景辰の背後には竹刀や薙刀、モデルガンまで幅広い種類の武器を装備した大小様々なタイプのロボットたちが並んでいる。景辰が説明するところによると、ロボットは設定された数値以上のダメージを受けると停止する仕掛けになっているようだ。｢そっちの階段から上がってけば、お前が最初に居た板の間に出る。つっても、その辺の階段とは一味違ぇけどな｣ 続いて景辰は部屋の隅にある大きな扉を指す。それが先のロボットと何か関係あるのか疑問に思っていると、お茶を並べ終えたリーベがすかさず説明を補足する。｢訓練用に、階段から板の間マデの区間には最近私が開発シタ装置ヲ幾つか各所に設置してあるのデス。カラクリ屋敷をゴ想像頂けレバ、分かりやすいカト｣ どうやらこの部屋は先程の板の間より随分下方に造られた地下室のようだ。最初に遭遇した光る装置はおそらく板の間から一気にここまで人を移動させるワープ装置だったのだろう。｢面倒な造りの階段登りながらそこのカラクリ人形の相手すりゃ、そこそこ鍛錬になるだろ。両方がキツいってんなら、どっちか片方でもいいぜ？｣ 階段の仕掛けは装置の実験も兼ねて毎日のように入れ替わったりしているらしい。そんな頻繁に装置を変えて本当に実験データは取れているのかと問うと、正面に座っていた男から重い溜息が聞こえてきたような気がした。｢……慣れりゃ案外早く出れる。その日の運にもよるけどな｣
｢こんにちはなのです。ゼロはゼロなのです｣ ぺこりと下げた頭を戻すと、真っ白い少女は今度はかくんと首を傾げた。柔らかなウェーブがかかった銀色の髪がふわりと揺れ、向かいに座す男の姿をその無垢で澄んだ両の瞳が映し、二度ほど瞬く。 ｢道場破りなのです？ ゼロは何も傷つけることができないのですー｣ ｢できない、ね。じゃ、今日は何のご用事だ？ お嬢ちゃん｣ 少女の言葉に苦笑しつつ、景辰はリーベに茶菓子をもっと増やすように促す。シーアールシーゼロは運ばれてくる饅頭の山を視界に入れつつ、傾げた首を元に戻した。 ｢今日のお昼寝スポットを捜していたらいつのまにか此処に辿り着いたのですー｣ ｢ソレは所謂、迷子というモノでショウカ？｣ ｢そうかもしれないのですー｣ 饅頭の盛られた皿がテーブルの中央に置かれると、それを運んできた機械仕掛けの女は景辰の傍らの椅子へと腰かける。それから二人は改めてゼロにそれぞれ簡単に自己紹介してみせたのだった。 一通りの挨拶が終わると、ゼロは出されたお茶の入った湯呑を手にとり、ゆっくりと部屋の中を見回した。研究施設として十分な広さのある室内には、訓練用のロボットが並ぶ他にも開発途中らしい謎の機械の塊やらごついコンピューターが並び、ここで様々なデータ解析や機械開発が行われているのが見て取れる。 ｢リーベさんは機械技術に長じているのです？ それならご相談したいことがあるのです｣ ｢相談デスカ。私デ宜しいのナラ、お伺いしマス｣ ゼロはポケットから小型の円盤状のものを取り出すと、そっと机の上に置いた。部分的に外装への破損が見られるが、それは元世界樹旅団に所属していた二人のロストナンバーにとってはよく見慣れたものとほぼ同じ外見をしている。 ｢そいつは……随分と小せぇナレンシフだな｣ ｢ただノ模型、にしてハ精巧ですネ｣ ｢本物のナレンシフなのですー。この間、樹海に行ったときに大きくなったゼロが拾ってポケットにしまっておいたのです｣ リーベが興味深げに小さくなったナレンシフを手に取り観察しているのをしばらく眺めてから、ゼロはお茶を啜り、本題をきりだした。 ｢ゼロはナレンシフの構造を詳しく知りたいのです｣ ｢ナレンシフの構造、ですカ。アレは世界樹から『既に完成された状態』で生み出されるモノですノデ、構造のデータは私のデータベースにもアリマセン｣ ｢リーベさんでも分からないのです？｣ ｢イイエ。コチラのナレンシフをサンプルとして御貸し頂けれバ、解析は可能デス｣ ｢じゃあお願いするのですー！ 大きさはそのままで大丈夫なのです？｣ ｢もう少し大きいト助かりマス｣ 二人はサンプルとなるナレンシフはゼロが後でちょうどいい大きさにして持っていくことと、リーベの解析が完了次第トラベラーズノートで知らせることを約束しあう。そのやりとりを暇そうに眺めていた景辰がふいに口を挟んだ。 ｢しかしよ、お嬢ちゃん。世界樹があんな風になってからナレンシフも使えなくなってるはずだぜ？ 今になってその構造知ってどうするつもりだ？｣ ｢そうなのです。だからゼロはリーベさんにもう少し相談したいのです｣ 頷きつつそう答えると、ゼロはリーベにロストレイル１３号について知っているか尋ねる。先日完成された列車の話については元旅団の二人も知っているらしかったが、そこに至るまでの経緯について詳しくは聞き及んでいないようだった。 ｢ロストレイル１３号の元となったスレッジライナーはカンダータの技術で製作された物で、最初からチャイ＝ブレに由来しない燃料で動いていたのです｣ ｢興味深い話デスネ。世界群を渡るための技術ガ、イグシストのいない世界で再現されていた訳デスカ｣ ゼロはまたこくりと頷き、その話の先を続ける。それこそが、ゼロが今本当に相談したい事柄だった。 ｢ナレンシフの中で破損の少ないものを、機械技術や魔法技術でイグシストに由来するものを必要としないように改装・修復できれば、小回りの利く世界間移動手段を比較的たやすく調達できると思うのですー」 ｢小回りの利く乗り物がありゃ便利ってのは分かる。だがよ嬢ちゃん。イグシスト由来のものを必要としないってのはただの拘りか？ それとも、……その可愛い面で何か企んでんのか？｣ 景辰にニヤリと冗談めかして問われるのに、ゼロはふるふると首を左右に振って否定する。 ｢ゼロは何も企んでないのです。でもイグシストいらずの物が『ない』よりは『ある』方がいいと思うのです｣ ｢そうかい。で？ どうなんだ、リーベ｣ ｢結論で言えバ、解析の結果にもよりマスガ、おそらく『単に小回りの利く世界間の移動手段』としてナレンシフを修理するコトは不可能ではナイと思われマス｣ その限定した物言いから、｢ゼロの期待に完全に応えることはできない｣という雰囲気は感じとれた。しかしひとまずゼロはその言葉の続きを待つ。 ｢外装等は残し、動力部だけを代替品へ置き換えるコトができれば、動くようにはなるハズデス。……しかしイグシストに由来するモノを必要としない仕様を御希望でアレバ、それでは不十分と言わざるヲ得まセン｣ ｢それは何故なのです？｣ ｢先に御説明シタとおり、ナレンシフその物が世界樹より生み出されたモノだからデス。イグシストに依存しない動力を用意できたとしても、ナレンシフをベースにする以上、動力部以外はほぼ世界樹由来のモノとなりマス。もし今後世界樹が復活した場合、すべてのナレンシフとその残骸は再び世界樹の支配下に置かれるかもしれマセン。そのリスクを完全に排除することは不可能デス｣ リーベの回答を受け、ゼロは少し考えるようにまたお茶を啜った。 ｢饅頭は食わねぇのか？｣ ｢食べるのですー｣ 真っ白な皮の饅頭をもぐもぐと頬張り、お茶と一緒に飲み込む。それから、ゼロはもう一度リーベの方へ顔を向けた。 ｢じゃあ、ナレンシフをベースとしないで造ることはできないのです？｣ ｢ナレンシフと同型の、世界間移動可能な乗り物を一から設計し製造する、というコトであれば……現段階では何とも言えまセン。ナレンシフの解析結果と共に回答してもよろしいデスカ？｣ ｢それで構わないのですー｣ ｢ところで、蔦木さんとリーベさんは相思相愛なのです？ りあじゅうさんなのですー｣ その後ゆっくりお茶と茶菓子を馳走になりながらリーベと景辰の二人と談笑していたゼロは、ふいに気づいたようにそう尋ね、にこりと笑った。 ｢相思……って、おまえ何言ってんだっつーか前々からよく言われんだがそのリア充ってのは何なんだ！？｣ あくまで冷静な様子のリーベとは対照的に景辰は茶を吹き出しかけ、真っ赤な顔で咳き込みながらそう捲し立てる。 ｢りあじゅうは世の中に増えるとめでたいらしいのですーだからゼロは蔦木さんとリーベさんの恋を応援するのです！｣ ｢こ、ここここ恋とか言うなぁああ｣ そして後日、ゼロはリーベからナレンシフの構造の解析データを受け取ることができた。しかしナレンシフにはリーベでも解析しきれないブラックボックスともいうべき部分があるらしく、完璧には至らなかったようだ。 そして他の回答についても｢解析結果から見ても、やはりナレンシフの修理は不可能ではない。しかし一から新たに設計・製造するとなると、不可能とはいいきれないが現状では難しい｣というところに留まっていた。 【完】
このライターへメールを送る
