日付的には既に秋。 壱番世界に降り立って、実感したのは肌を撫でる暖かい風。 気温はまだまだ過ごしやすいというよりは、汗ばむ季候だ。 涼しい朝の時間に出た新井理恵とシャルロッテ・長崎の2人は、真夏よりは断然人の少なくなった海岸へとやってきた。 2人は一緒の部屋で暮らしており、待ち合わせなどはなく、一緒に家を出た。 理恵は白いコットンブラウスにフレアの多いミニスカート、シャルロッテはすっきりと見える紺色のブラウスにタータンチェックのプリーツスカートという出で立ちだ。 人が少なくなったとはいえ、サーフィンの為に訪れている人や、散歩で愛犬と共にやって来ている人、恋人同士で仲睦まじく歩いている姿があり、人それぞれの休日の過ごし方が見える。 建物が無く、続くのは海岸線だけ。 右側には遊歩道があるが、間には防波堤の役割を果たすやや素っ気ない色合いのコンクリート。 理恵はベレー帽が風がさらおうとするのを手で押さえる。 海岸の近くには、公園や神社、その周囲には商店街が軒を連ね、甘味処や土産物屋も多く、一日という時間を有効に使うには、ちょうど良さそうだった。 ■+++■ ミネラルウォーターを購入して、砂場をゆるやかな速度で歩く。 さくさくと歩く度に音が鳴り、寄せては引く波が、砂浜をぬらして、砂より一段濃い色を残していく。 「シャルちゃん、こんなに天気の良い日は、どこかに出かけないともったいないよね」 「そうですわね」 立ち止まり、深い青と空の青のコントラストを眺める。 うっすらと雲が横切っていく。 秋晴れというものだろうか、綺麗な空と夏には及ばないものの、露出した肌の部分にあたる日差しは暖かいというよりは熱いと感じた。 「ね、写真撮ろう!」 理恵は写真部に所属している。そのせいか、持ち歩きやすいコンパクトなカメラも数多く所持しており、フレームに収めたいと思うとすぐにカメラを取り出して、撮影していた。 今日も、その内の一台を持参している。 思い出の記録をとどめるのに最適な媒体だ。 楽しい出来事は沢山あればあるほど良い。 アルバムに収めて、楽しかった記憶を呼び覚ますのも良いだろう。 「ええ」 シャルロッテは、近くにいた人に撮影を頼むと、理恵と腕を組む。 「お願いします」 「いきますよ」 「はーい!」 2人は笑顔をファインダーに向けた。 パシャリ。 青い景色を背景に笑顔の2人が収まっているのを確認して、カメラの電源をオフにした。 「上手く撮れてよかったわ」 「ありがとうございます」 「ありがとうございました」 撮影してくれた人に理恵とシャルロッテは礼を言い、見送った。 ■+++■ 「暑くなってきたねぇ」 「そうね。でも、これくらいなら、お出かけ日和なんじゃないかしら」 「あっ、アイスクリームの移動販売してるみたい。美味しそうだよ」 「あと少しで、お昼ご飯の時間よ?」 朝早く起きて、シャルロッテがお弁当を作っているのを知っている。 理恵も手伝って作った。 「うん、それは分かっているんだけど、とても美味しそうに見えない?」 観光地で販売されている食べ物はその場所の雰囲気もあって、どうしても誘惑に駆られるもの。 「それは確かにそうだけれど……」 シャルロッテも惹かれているのか、言葉と共に幟とともに砂浜を歩いている販売員に視線が向かう。 「シャルちゃんもそう思うよね! じゃ、買って食べよう!」 そういって、理恵はシャルロッテの手を取り、砂浜を駆けだす。 「ちょっと待って、理恵ったら……!」 一瞬、引っ張られるように駆けだしたシャルロッテだが、すぐに追いつく。 「味は3種類かぁ。あたしは、ストロベリーにするね」 「わたくしは、バニラにしますわ」 アイスクリーマーで丸く削って、コーンの上に乗せる。 「まいどありー」 販売員のおじさんから2人は受け取ると、ひんやりとしたアイスクリームを舌で舐め取る。 「こくがあって美味しい」 「この気温ではまだアイスクリームが需要があるのは納得ですわ」 自分達よりも年齢の低い子ども達が親にねだって、同じように手にしているのを見ると、真夏であるような感覚になる。 日差しがまんべんなく届く砂浜では、溶けるも早い。 風も肌を撫でていく。 「コーンにアイスが溶けて落ちてる」 「べたつくのなら、ウェットティッシュ持って居ますけれど」 「うん、大丈夫。手にはついてないよ。でも、あとでお弁当を食べるときには使うかな」 「それは、おしぼりがありますから、大丈夫ですわ」 「シャルちゃんのアイスクリーム食べたいな」 「構いませんわ。それなら、理恵のもわたくしにくださらないと」 「うん、交換だね」 「美味しい」 「理恵のも美味しいですわ」 元に戻して、自分のアイスクリームを攻略していく。 暑さで溶けない内に、手早く食べてしまうと、火照っていたからだが少しウールダウンした気がした。 アイスクリームを口にすると、どうしてものどが渇いてくる。 ペットボトルに入った水を口へと運び、まったりとした口内をすっきりとさせた。 ■+++■ 「そろそろお昼の頃合いね」 「海浜公園ってところがいいかな」 砂浜に入る前にみた簡易案内図を思い出して口にする。 「砂浜よりは暑くないでしょうから、そうしましょう」 「芝生の上で食べるのってどうかな」 「レジャーシートも持参してあるから、大丈夫よ」 波が寄せてくる砂浜から離れ、遊歩道へと足を向ける。 遊歩道から、行き交う車道を横断して、一段高台のようになっている海浜公園へと踏み入れた。 自転車専用のラインがあり、その辺りを避けてなか程にある芝生が敷かれているエリアへと到着した。 理恵とシャルロッテが考えていたように、やって来た人々も同じように芝生にレジャーシートを敷いて、お弁当を広げている。 石で出来た椅子にも腰を落ち着けて、海側からやって来る潮風を楽しんでいる。 「あたしたちも準備しよう」 「ええ」 「芝生のおかげか、ちょっと涼しいね」 「土と芝生のおかげかしら」 レジャーシートを敷き終えると、2人は間にお弁当を広げられるようにスペースを取り座る。 「理恵は飲み物を用意してくれるかしら。わたくしはお弁当の方を広げるから」 「了解っ」 理恵は、紅茶と麦茶の内、麦茶を色違いのコップに注ぐ。紅茶は食後のデザートとおやつの時間用だ。 シャルロッテは、やや小ぶりのお重を広げ、取り皿とお箸を用意する。 「準備万端。それじゃ、いただきまーす!」 「いただきます」 お重に詰められているのは、卵焼きにたこさんウィンナー、唐揚げに野菜のベーコン巻き、野菜サラダと小さめに握った俵型のおにぎり。 ロールにしたサンドイッチもあって、和洋折衷にしてある。 2人で食べきれる量で作ってきてあるので、残すことも無く、食べきれるだろう。 取り皿に、おかずを運ぶ。 「自転車は、レンタルサイクルかしら」 「同じカラーリングで、サイドに番号とかついているから、そうなのかな」 「わたくしたちもレンタルします?」 「うーん、折角だから電車で移動したり、バスを使ったりしたいかな」 「時間掛かりますわよ?」 「でも、一緒に並んで座ったり喋りながら歩いたり出来るんだよ」 自転車だと、安全に乗るために距離を保たねばならない。 計画的に観光地を巡るわけではないから、行き当たりばったりでもいいと思うのだ。 「いつも一緒にいるのに、理恵は甘えん坊さんですね」 「だって、シャルちゃんのこと大好きだもの」 「わたくしも理恵のこと大好きですわ」 理恵とシャルロッテは視線を合わせ、笑みを浮かべる。 のんびりと喋りながら食べ終えると、理恵がコップにお茶を注ぐ。 「デザート、入りそうかな」 歩いたぶん、いつもよりはお腹に入りそうだ。 「アップルパイ取り分けますね」 「じゃあ、あたしは紅茶をいれるね」 艶のあるアップルパイをつまむ。 「パイがさくさくで美味しいね」 「パイはこの近所で買いましたけれど、正解でしたね」 「帰りにまた寄って、違う味を楽しみたいかな」 駅に近い場所にあったドルチェ専門店を思い出す。 イートインも出来るが、今日の天気だと外で食べる方が良いと考えたのだ。 「風も気持ちいいし、もう暫くこのままでいたいな」 「急ぐわけではないのですから、そういう気分のまま過ごすのも良いと思いますわ」 「行きたいところあったんじゃない?」 「今日は理恵と過ごすというのが第一ですから、気にしなくて大丈夫」 理恵はシャルロッテと、同じ気持ちであるのが嬉しくて、 「嬉しい」 「理恵が嬉しいことはわたくしも嬉しいのよ?」 シャルロッテは、紅茶の入ったカップを口へと運んだ。 「うん、シャルちゃん」 えへへと理恵は蕩けるような笑顔を浮かべる。 ゆっくり流れる2人の時間。 何気ない初秋の一日を過ごして、幸せを実感するのだった。
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