クリエイター竜城英理(wwpx4614)
管理番号1200-23340 オファー日2013-04-21(日) 01:37

オファーPC 碧(cyab3196)ツーリスト 女 21歳 准士官

<ノベル>

 からん、と碧の手の中にあるグラスが音を奏でる。
 グラスの中で泳ぐ丸い氷が触れ、碧の耳をくすぐった。
 部屋には、碧ひとり。
 既に深夜といっていい時刻へと刻は進んでいる。
 ひとりがけのソファに身体を預け、ローテーブルには銀盆が置かれ、その上には酒瓶と幾種類かのドライフルーツが盛られた陶器の器。
 肌触りの良い履き物に変え、身を纏うものもシャワーを浴びてから、バスローブに切り替えて、寛げると思える自分の空間を作りだしている。
 簡素なデザインの調度が配置され、必要なものだけを置かれた部屋。
 木製の窓をほんの少し開き、夜風を部屋へと呼び込んでいた。
 厚手のカーテンがほんの少し揺れる。
 酔いつぶれないように、自制の意味を込めて開けてあった。
 時折入り込んでくる風は、碧の肌を撫でともすれば眠気に誘われる碧を覚醒へと引き戻す。
 酒に酔わされて、気絶するような眠りのは良くない夢を誘う。
 悪夢は出来れば見たくない。
 心を揺らされて、弱くなってしまう自分を自覚したくないから。
 帰郷を願うのは何も悪いことではない。
 不意の災難ともいうべき事象に巻き込まれて別世界へとやってきたのだから、それまでの関係性に未練というべきものが自分の中にあったのだと気づけたのにも驚いたが、すぐに冷静に受け止めて考える機会だと分析もしていた。
 グラスに満たされた琥珀色の液体は、強い酒でゆったりとした時間を過ごすときに良い物だと勧めてくれたのは、碧の上司でもあり、相棒でもあった男だった。
 振り返るのは過去の記憶ばかり。
 碧は、しなやかな流れを作り背に添う髪にふれる。
 耳には碧玉が揺れ、それはまるで碧の心の様を映しているよう。
 浮かんでは消える疑問は、今日も碧の心へと問いかけてくる。

 戻りたい。
 ――何故?

 そう思う自分に問い返す日々。
 答えのでない思考は、碧を不安にさせる。
 無意識に払いのけようと、怖い物などなにもないとでもいう風に行動にあらわれる。
 依頼を受けて赴いた先では、普段は自分を守りながら戦うはずなのに、投げ出して抜き身の刃のまま守りを捨てた戦いをした。
 そんな戦いは良くないことは分かっていた。
 自分を駆り立てる焦りや苛立ちを、戦いに熱中して消し去ってしまいたかった。
 もといた世界ほど戦いに明け暮れて居なかったからだと、とりあえずの言い訳で、自分を繕って身体を動かさなければ、足元から自分を形作る全てが喪われるような焦燥に駆られていた。
 無理をした戦いは、どうしても何処かに破綻をきたす。
 反応が遅くなる。
 気づいたときには、刃を振るうのに熱中しすぎて、最も治癒が遅い羽を根元から失っていた。
 第十二肋骨が斜め下方へ突出し皮膜をもった羽を持つ者は、碧のいた世界ではリュウと呼ばれた。
 お伽噺にあるドラゴンに類似しているとのことから、リュウという俗称を得てからは、羽を持つ者は名を持つ持たざるに関わらず、リュウと呼ばれたため、碧はその俗称が好きではなかった。
 まるでひと括りにされているようで、個というものを排除しているようで。
 ヒトに似た姿形をしていたから、区別するようにヒトとは違うのだと知らしめて、リュウの者達はヒトよりは下なのだと言い聞かせ、ヒトの方が上であると知らしめたかったのだ。
 ただヒトの地位を守りたかったのだろう。
 実際、ヒトよりは数少ないリュウは、ヒトより下でありながら身体的にはヒトより遙かに秀で、力ある下僕といった立ち位置だった。
 決して良い思い出ばかりの場所ではないというのに、望郷に駆られるのはきっと相棒のせいだろう。
 それだけ碧の心を捉えて離さないのだ。
 力ある者として便利に使われ、必要で無くなれば忌避される。
 軍全体では、戦力として認めながら、公式には決して認めようとはしない。
 碧はくだらない誇りだと思いながら、滑稽なものを見る眼差しでいた。
 ヒトでは対処できないバケモノの退治やヒトの潜ることのできない深海へと赴いての作業は碧という個の存在を薄れさせた。
 他のリュウと共に作業し、眠るだけの日々は精神を摩耗させていく。
 苛々が募る中、使い捨てのように監視役が送られては、痛めつけて叩き返していた。
 生き残ることも、弱き者を守ること。
 父と交わした約束もどうでも良くなってきていたころに相棒となる緋温はやってきた。

「俺の名前は緋温。これからは、お前の相棒で上司だ。よろしくな」
 健康的に焼いた肌、精悍な顔立ちの中にある印象的な赤の瞳は、碧の目を惹きつけた。
「自分を簡単に使えると思うな」
 背をぴんと伸ばし、碧は緋温を見やる。
 そして、緋温に殴りかかった。
 無駄のない筋肉は碧の予想通りの動きをし、受け止める。
 持久戦になれば、碧の方に分があった。
 徐々に追い詰めて、後一撃というところですり抜けられる。
 飄々とした動きは、余裕を感じさせた。
 いつもと同じように痛めつけて返そうと思っていたのに、追い詰めることの出来なかった相手は初めてだった。
 このまま戦っても決定的に追い詰めることが出来ないと分かって、腕を下ろした。

 勝てない相手が新しい相棒。
 いつか勝てる筈だと自分に言い聞かせた。
 新しい相棒となった緋温との生活は、小さな驚きの連続だった。
 名前を持っていてもすべからく同じリュウとして扱われていたのに、緋温は自分をひとつの人格を持つ者として扱ったのだ。
 軍部の中ではきわめて珍しい、非推奨な扱いであることは他のリュウたちをみて分かった。
 たぶん、緋温の性格が一番の原因。
 碧という個人として扱われるのは、不快ではなかった。
 緋温の作る繭の中だけの自由であることは分かっていたけれど、そのことが碧にとって居心地の良い場所として認識し始めてからは、軍で決して見せなかった表情を面に見せ始めた。
 辛辣ささえ感じさせる物言いは、受けとめてくれる相棒が居てこそ。
 碧も碧だが、緋温も緋温で、言い争いを始めればキツい言葉使いでやりあった。

「碧、生き残るぞ」
「誰に物を言っている。当然だ」
 二丁拳銃で周囲に視線を巡らせ、背にある相棒に言葉を返した。
「いい返事だ。いくぞ」
「ああ」
 いざ戦いになれば、目線だけで意志をやりとりし、戦場を駆け抜ける。
 碧の気持ちを理解し、背を預けてくれた緋温。
 命を預けても大丈夫だと思える安心感。
 背の温かさを、確かさを知って、碧の気持ちは少しずつ変わっていった。

 無事に戦場から帰還するたびに、緋温は着実に足元を固めていく。
 自分を上手く利用していることは分かっていた。
 上層部に少しずつ食い込んで、影響力を増していこうとする野心家ではあったが、自分についてくる者達を陥れ、粗雑な扱いをするタイプではなかったから、緋温がどう動こうと碧は放っておいた。
 権力を強めていくことは、自己保身だけを優先する者たちに比べれば断然良いと思ったから。
 リュウひとりが支持したところで、彼の地固めに役立つとは思わなかったが、露払いくらいは出来る。
 上手く立ち回ったとしても、やっかむ者は必ずいる。
 そういった者は碧がそれとなく注意を促し、危険だと判断した者は隠密に消し去った。

 あるとき、とある上層部の放った手の者を排除して戻って来たとき、緋温がいつもと変わらない食卓で、世間話のように口にした。
「碧、お前まで手を汚すことは無いんだぞ」
 白身魚のフライを切り分け、口へと運び、発泡酒を傾け、緋温が言った。
「何のことだ?」
 温野菜をフォークで突き刺し、緋温を見やる。
 何のことを言っているのだとしらばっくれた。
「知らないか。……それなら構わんが、念のために言っておく。俺のことでお前が動かなくていい。十分に戦果を上げてくれているからな」
 これ以上動くなと釘を刺されても、碧は自分の心が赴くままに動くつもりだった。
 個を認めながら、働きとしては十分だからと動きを制限する。
 緋温が、人類最強の戦闘力であるリュウの碧を目立たせないようにしているようにも見えた。
 勿論、碧の力は強い。
 強さはある種の尊敬と畏敬、時には恐怖も抱かせる。
 碧がそう思われないよう、緋温は加減しているところさえあった。
 簡単には相棒の任は解かれないよう、緋温が根回しをしているのを知って、碧は嬉しい気持ちが胸に満ちたのを感じていた。
 手放しがたい存在として、緋温に認識され、思われていると。
 苦しいだけの世界だと思ったのに、緋温に与えられた世界は、良いこともある世界で、碧の認識を変えたのだった。

 失ったことのない羽を失って思うのは、相棒がいればこんなことにはならなかっただろうという思いだ。

 ――緋温。

 彼は、緋温は自分があの世界から居なくなって、どうしている――?
 自分のことを探しているだろうか。
 いや、探しているだろう。
 軍規に従えば、一定の期間を経て、悪ければ軍隊逃亡者として処理し、良ければ任務中の殉職として処理されているかもしれない。
 緋温の立場がまずくなっていなければいいと願う。
 緋温の出世の道具として役立ってきた自信はあった。
 緋温に軍務の一環で与えられた自分。
 相棒として、立ち回る自分はとても心地よかった。

 相棒が居る安心と信頼。

 今の碧の手に無いものだった。
 琥珀の液体がグラスから碧の喉を通り、焼いた。

 ――いつか帰るとき、緋温は変わらずに自分を迎えてくれるだろうか。

 碧は頬杖をつき、そっと瞼を閉じた。
 今なら、良い夢を見られる気がした。

クリエイターコメントオファー有り難う御座いました。
お待たせしてしまいました。
申し訳ありません。
とあるひとり酒の出来事、といった感じです。

満足頂ければ幸いです。
公開日時2013-06-24(月) 21:40

 

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