吉備サクラとマスカダイン・F・羽空のふたりは、マキシマムトレインウォーが発動され、投入された12台のロストレイルの内の1台、4号車の蟹座号の中で知り合った。 ――それから月日が流れて、ふたりは偶然に出会う。 陰陽街の街角で。 ぶつかりそうになった直前でマスカダインの方が一瞬早く立ち止まり、サクラの両肩をやさしく押しとどめた。 「あっ、ありがとうございます。マスダさん」 ふわりとサクラの胸で鍵のペンダントトップが揺れ、元に戻る。 「大丈夫?」 眼鏡の奥の黒瞳を心配そうに覗き込む。 「はい。マスダさんのお陰です」 サクラは笑みを浮かべ、マスカダインの顔を見上げた。 灰色の髪の頂上が地毛の赤茶色に戻ってプリンのようになっている。 「そう言われると、こそばゆい感じがするね。でも、サクラちゃんが怪我もなかったからボクは嬉しいよ」 自然とふたりとも笑顔を浮かべて、笑いあった。 けれど。 いつもとかわらないマスカダインの声音と笑顔にサクラはそこに影を見た気がして。 コスプレの資材調達に四苦八苦しながらも萌えとしあわせを満喫している筈のサクラの笑顔に影を見た気がして、マスカダインは一瞬、黙り込んだ。 そして、ふたりはお互いを見つめあう。 「マスダさん」 サクラはマスカダインの両手を握って、勢いよく見上げた。 「サクラちゃん、どうしたの?」 「マスダさん、遊園地に行きましょう!」 「遊園地?」 「ええ。せっかく陰陽街で偶然に出会ったのですから、遊園地に行きましょう」 そうすれば、お互いに見た影もきっと消えてくれるから。 サクラの手から伝わる温かさに、マスカダインは笑みを深くする。 「遊園地、楽しそうだね。ううん、サクラちゃんと一緒なら絶対楽しいよ」 マスカダインは頷き、突発的なお出かけにつきあってくれるかどうか、内心心配だったに違いないサクラを安心させた。 *** 遊園地のゲートをくぐれれば、別世界が広がる。 賑やかな笑い声と、スリルを楽しむ悲鳴、子ども達をつれた家族の楽しそうな会話。 急降下するスリルに悲鳴をあげる乗客を乗せたコースターが高速で頭上を過ぎ去って行く。 メルヘンな色彩はメリーゴーラウンドだ。 小さな子どもが白馬や馬車に乗り、家族に向けて手を振っている。 カタンカタンと緩やかな音を立てているのは、高所へと観客を乗せ、水しぶきと共にスライダーが急降下し、周囲と乗客の上へと水を降らせる。 ガードしていても水が入ってくるのは仕様のようで、水に濡れるのも込みで乗客は楽しんでいるようだった。 小さな子どもは、遊技を取り囲むプールの外でも十分に楽しいらしく、スライダーが落下してくるたびに水しぶきが飛んで来るのを待ち構えて、影鬼の遊びのように遊んでいる。 「わーい、マスダさん遊園地一番大好き! 本職のピエロさん見たら勉強にもなるのね!」 道化師であるマスカダインは、園内のどこかにいるピエロと遭遇するのを楽しみだと、笑顔の絶えない遊園地の空気を思いっきり吸い込んだ。 広い園内のどこからまわろうかと決めるべく、花壇の前に設置されている案内板の前にふたりは立つ。 サクラはどこに行こうかと考えているマスカダインの顔をそっと見やる。 心の中に浮かぶのはマスカダインのこと。 陰陽街の依頼で親しい人を亡くしたと聞いて、どんなに悲しかっただろうと思う。 サクラがマスカダインに気持ちを寄り添わせて悲しむことはできるけれど、本人が感じた悲しみを他人が本当に癒すのは難しいと知っている。 だから、少しでも心からの笑顔が戻るのならと、陰陽街にある遊園地に誘ったのだけれど。 先ほど見えた影は、どこにも見えない。 サクラが気づいたから、うまく心の奥へと仕舞ってしまった。 しばらくは、マスカダインの心に悲しみが住み着いているだろうが、いつかは悲しみも薄れていくだろう。 今は、少しでも元気を取り戻してくれたらと願うばかり。 (「前のマスダさんの、輝く笑顔が見たいって、思ってしまったんです」) 「マスダさんの乗りたいアトラクションから行きましょう。次は私の乗りたい物と交互に行きましょう。ね?」 「ボクが先で良いのかな」 いいの? とマスカダインの表情が窺うようになる。 「誘ったのは私ですから、気にしないでください。お互いの乗りたい物に乗れるのですから」 遊園地のパンフレットを手に、 「そう? サクラちゃんがそういうのだったら、ボクの乗りたい物から行くね。ジェットコースターに乗りたいな」 「それじゃ向かいましょう。並ぶことがあっても、それも楽しみのひとつです」 遊園地の景色やアトラクションを眺めながら、ゆったりとした歩調で歩いて行く。 (「今日1日で、マスダさんが元気になってくれればいいな」) サクラはそう願いながら、アトラクションの順番を決めようと、パンフレットを開いた。 *** 「楽しかった-! 楽しいのねー!」 「叫んですっきりしました」 ジェットコースターの出口から出てくると、マスカダインとサクラは笑い合う。 並んでいる間もコースターの乗り場が近くなってくるとどきどきする気分も味わえたし、コースターが走り出したらスリルと楽しさがない交ぜになって気持ちよく叫ぶことが出来た。 「サクラちゃん、怖がってるのに凄く楽しそうだったよ」 隣に乗っていたマスカダインは、そんなサクラの顔を見て笑顔になっているのを指で示す。 「あっ、私達写ってます!」 「綺麗に撮れてるね」 「カメラに気づいてたら、ちゃんとポーズ取ったりしましたのに!」 コスプレイヤーとしての血が騒いだのか、サクラが悔しそうに言う。 「ぶれてないし、良いと思うよ。ボク、買ってくる」 マスカダインは2つのショッピングバッグを持って戻って来た。 「ひとつはサクラちゃんのね。ボクだけ買うのは寂しいから、楽しかった思い出のお裾分けだね」 「わ、ありがとうございます」 紙の額縁に納められた写真を見る。 「次はちゃんとポーズを……っ!」 サクラはぐっと拳を握って誓う。 次は空中ブランコのアトラクション。 ぐるぐると回りながら、高度をあげ、まわる速度も上がっていく。 風を切ってまわるのは凄く気持ちのいいものだ。 顔に当たる風が強い。 けれど、それよりもふわふわとしながら、時々胃が持ち上がるようなスリルはちゃんとある。 安全バーがあるので、片手を離しても大丈夫だろうと、サクラはマスカダインに手を振る。 サクラの仕草に気づいて、マスカダインも両手でサクラに手を振った。 「マスダさん、両手、両手!」 サクラは慌てて、バーを掴む仕草をする。 気づいたマスカダインが、片手でバーを掴んで、手を振った。 「大丈夫だよー」 と、サクラの耳に聞こえたのだった。 *** ストライプでペイントした屋根が可愛いお店で、サクラは両手に持っている長い菓子を差し出す。 「ここのチュロスみたいなパン、お勧めだそうです」 「うん、凄く甘くて美味しいねー」 さくっとした食感とまぶした砂糖の甘さにマスカダインは瞳を細めた。 園内にある時計を見やり、サクラははっとする。 「パレード始まるそうですよ、マスダさん!」 早く場所取りしにいかなくちゃ、と続ける。 パレードは衣装が様々で、構造も気になる。 コスプレイヤーとしては、間近でみたいもの。 「前の方で見たいねー」 マスカダインはサクラの趣味を知っているのか、同じように早歩きをする。 パンフレットのマップを片手に、パレードルートへと急ぐ。 何とか間に合って、よく見える場所が取れた。 「私は衣装が気になってしまいますけど、マスダさんはパフォーマンスの方が気になるんでしょうね」 「注目する箇所が違うのは、なんて言うか性分みたいなものだよねー」 らしくていいと思うんだとマスカダインは笑う。 「……悪戯して混じっちゃいましょうか」 「大丈夫そうだったら、紛れちゃうー?」 ふたりは悪巧みを企てるいたずらっ子のような表情を浮かべた。 *** パレードが終わってからは、数々のアトラクションをまわり、時には休息を挟んで遊園地を満喫して、時間が閉園に近い時間になった頃、サクラがマスカダインを見上げて、口にした。 「……少しは元気でました?」 心配するようなサクラの声音を感じて、マスカダインは先程よりも笑みを深くして、元気な様子を全面に押し出した。 「ん? マスダさんは元気だよ!」 そう言いながら、いつもの笑顔を浮かべる。 今までの道化師の作り笑いでなはく、長年抱えていたものが降りたような、深く穏やかな笑顔だ。 「変った風に見えるとしたら……、きっとこれが、ボクの本当の笑顔なんだと思う」 いろんな経験をして内面が変わっていくような。 「マスダさん……」 閉園を告げるアナウンスとメロディが園内を満たす。 楽しかった時間を名残惜しそうに感じながらも、皆出口へと歩き、今日の楽しかった時間を振り返る。 「それにね、ボクの中ではシロガネさんマダ生きてるし、悲しくないのだよ、失ってないのだよ」 大丈夫、とマスカダインは微笑を浮かべる。 彼らはマスカダインの心の中に居る。 「それより、サクラちゃんの方が、なんだかしょんぼりしてない? 疲れたのかな?」 「えっ、私ですか? 全然大丈夫ですよ! マスダさんの笑顔で私も元気を貰いましたから」 「そう? あーん、してくれるかなー」 「こう、ですか。あーん」 キャンディポップをサクラの口に入れた。 「甘い、ですね」 キャンディの棒を摘んで、舌の上を転がす。 じんわりと広がる甘い味。 「遊び疲れた身体には、甘いものが一番だよね」 「はい」 マスカダインの優しさにサクラの心も癒された気持ちになる。 「今日はありがとう。この街のステキな所もっと知りたいと思ってたんだ。知ることが出来たのはサクラちゃんのお陰だよ」 「私も同じ気持ちです。素敵な街だと思えたのは、マスダさんが一緒だったからです」 互いにそう口にし、自然と笑みを浮かべたのだった。
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