オープニング

 インヤンガイのマフィア組織・鳳凰連合の執務室。
 リョンは依頼する旅人たちと向き合っていた。
「以前、うちの仲間の一人が世話になったハオ家について調べてみたが、今日の満月の晩、反魂の儀式をすると噂されている」
 反魂――術者のなかでは都市伝説のように語られる、死者を生き返らせるという禁忌の術。
 死者を術盤の上に乗せ、蛇、鼠、蛙、犬の内臓で作った香を焚き、その周囲を囲んだ四名の術者が、満月が最も高いとき――十二時ちょうどに、己の命を断つことで死者の肉体を復活させるという技だ。
 しかし、これは、術の文献そのものがかなり曖昧で、実際には出来る確証はないという。
「けど、ハオ家はやるつもりだ。そもそも、今までの事件にかかわった禁術はすべて反魂の応用編なんだ」
 己の意志で他者の肉体へと魂を移すことのできる【魂渡り】。大勢の魂を封じることで死者に仮初の命を与えることのできる【呪石】。
「気になったんだが、二年すこし前に【魂渡り】の事件があっただろう? あれの術を流したのはハオ家だ。そして、今度は【呪石】だろう? ハオ家は、カルナバルで戦うよりも魂を狩ることに重点を置いていた。つまりは、ハオ家はそうして反魂の技の実験をしていたのさ」
 鳳凰連合は一年前に死亡した仲間の遺体に呪石をいれられ、麻薬によって狂わされて戦うはめになった。それもハオ家からしてみれば呪石の機能、麻薬がどこまで死者に有効かを確認する実験にすぎなかったのかもしれない。
「ハオ家が蘇らせるのは、……一年ほど前に死亡した、ハオ・ハルオミ・フッキ……ハオ家の死亡した当主だ。お前らもまったく面識がないわけじゃなかったな」
 それは以前、情報屋――無名からの依頼で救う様に頼まれたハオ家の当主の名だ。
死んだ瞬間を否定し、何度もその瞬間を繰り返すことを止めてくれ……結果、フッキ、無名、そして、その妻の杏の遺体、魂はすべてハオ家に回収されてしまった。
「今のハオ家は衰退の一手を辿ってる。それも、ここ数十年以上、術者としての素質がある子がまったく生まれていないそうだ。そのなかでぽんっと出てきたフッキは、化物だった。あいつ、規格外のことをさらっとやっちまうような奴だからな。八十歳越えてるのに、術を使って見た目は二十歳くらいだったし……ハオ・シュリ・ジョカは、兄であるフッキの復活させることを狙っているようだ。ああ、けど、そのジョカという女は、基本的にハオ家の屋敷から出てこないらしくてほとんどのやつは顔も見たことがないそうだ。術師としも仕事はしてないらしいからその実力は不明……ただ噂では、ハオ家の衰退の原因はこの女だともいわれているそうだ。もともと古い家だからな、女が当主ということ事態かあまり歓迎されないそうだ。それに、フッキが化物すぎてジョカはこの兄の影に隠れていたからな」
 リョンはぱんっと手を叩いた。その目と唇が笑う。
「まぁ、それはいいさ。今までさんざんやってきたんだ。この大切なものを叩き潰したら、さぞや爽快だと思わないか? それに、この儀式に失敗したらハオ家はもう滅ぶしかない、それくらいに追い込められているそうだ。これほど、報復にもってこいのチャンスはないってことだ」
 リョンが差し出したのは屋敷の見取り図だ。
 屋敷の奥に進むための長い廊下、そして、そこを抜けると大きな部屋――儀式に使用するための部屋だろうとリョンは説明した。
「つまり、護衛は廊下以外ありえないってことだ。たぶん、ハオ家最強の武器といわれる無名で警備するだろう。あと残り、アサギっていうやつと、狗神使いがいるそうだから、こいつらをなんとかすれば真っ直ぐに術の部屋にいけるはずだ。そこにジョカと、儀式の奴らがいるはずだ」
 見取り図に指をおいてリョンは淡々と説明した。
「ハオ家の屋敷に入るまでは、こちらが面倒みてやる。屋敷のなかにいる儀式をどんな手段を使ってもいいから、邪魔しろ。そして、ジョカを俺たちの前に引きずり出せ。それが今回の依頼だ」
 とても簡単だろう? ――リョンは笑ったまま告げた。

☆ ☆ ☆

 ハオ家の屋敷。
 歴史の重みで押しつぶされてしまいそうな重々しい建物のなかで、鮮やかな着物を来た女が立っていた。その後ろには片目の男が控えていた。
「今宵、フッキ兄さまが蘇るのね、ねぇ、無名、嬉しいでしょう?」
「……反魂は成功する確率が低いといわれています。それでもやるんですか。ジョカ様、いまからでも」
「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ! 無名、お前がそれを言うのか! 兄の道具であることを選んだお前が! そうだ、みな、兄を選ぶ。私が、私が女だからっ……もう、ハオ家には術師はいないのよ! ハオ家の直系の子もいない……今回の術で使う者で、最後」
 激昂した女、ジョカは無名を睨みつけたあと、すぐに扇で顔を隠した。
「兄の肉体を生き返らせたら、私の魂はそのなかにはいる。それで、ようやくお前は私のものね」
「ジョカ様」
「痛快でしょうね、兄の道具であるあなたは兄の姿には逆らえない。私にも逆らえない、けど、私はこんな姿だし、女だから……だから兄が欲しいの。兄の肉体が、あの体にある術師としての素質が……あのとき、私は言ったわ。私はあなたが好きだと、けど、あなたは私の言葉を撥ねつけた。私がこんな姿だからでしょ。けど、兄の肉体にはいれば、私だって、術者として」
「……俺は、フッキの道具だ。魂が違うものに縛られることはない……瀕死の俺に呪石を埋め込んで、生きながらえさせて、使っているだけじゃ、まだ足りないのか?」
 押し殺した声で無名は言い返した。
「足りないわ。あなたのすべてが私のものではない。……あなたが好きなのよ、ずっと、ずっと好きだったのよ。けど、あなたは私の言葉に何もかえさない。だったら、あなたのすべてを手に入れる! あなたを殺し、呪い、奪い尽くしてやるっ! 兄の姿で問うわ、あなたが私をどう思っていたのか、あなたに拒絶することはできないわよ、無名」
 無名は目を伏せた。
「ジョカ、俺は」
「ジョカ様、儀式の準備が整いました。無名をお借りします」
 部屋の戸をあけてスーツ姿のアサギが現れ、ジョカの傍に近づくと、その肩を撫でた。
「私と、無名、それにハナブサで守ります。どうぞ。術が成功するように心静かに」
「アサギ、ふふ、私の道具。壊れた道具、たいしたことができない道具! さぁ、いきなさい。私の願いを叶えるのよ」
 アサギは一瞬だけ何かいいたげに目を伏せて無名とともに部屋を出た。
「……アサギ、お前、いいのか。ジョカ様はこのままだと死ぬぞ」
「私はあの方の道具ですから、あの方がしたいようにしていただきたい。それだけですよ。無名、私の顔はあなたに似ているらしい。ジョカ様は、いつも私を見てあなたを見ていた……まぁ、兄弟ですものね。けど、私はあなたみたいにジョカ様を裏切らなかった。一度もね。けど私は……壊れた道具、たいしたことはできない。どんなにジョカ様の役に立ちたくても。もう二度とあの人を裏切らないでくださいね。兄さん……さて、そろそろ時間ですし、やりましょうか」
 廊下にアサギ、黒いスーツのハナブサ、無名が立つ。無名は懐から銀色の筒――万華鏡を取り出すと、投げた。
 それはツキガミ。ハオ家の技の一つ、古い道具に魂を吹き込み、人の姿として特殊能力を使わせる。
「キララ……この屋敷一体を包みこめ。誰も入れるな。空間遮断発動」
 無名の所有するツキガミ、キララの唄声が屋敷を満たした。

※このシナリオは、ナラゴニア襲来以前の出来事として扱います。

品目シナリオ 管理番号2231
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント 長いこと引っ張っていたハオ家シリーズの最終話をお届けします。

 今回、みなさんの目的は一つ
 ・反魂の儀式を失敗させること

 反魂の儀式を失敗させるためにはその儀式現場に行く必要があります。そこに行くまでの長い廊下の前ではアサギ、無名、ハナブサの三名が立ちはだかるので自動的に戦闘になります。
 アサギ・その場にいることによる特集能力の無効化、もしくは力の増幅。片腕が義腕。戦闘能力は一般的。
 アサギは高確率で能力を無効化、もしくは増幅することでの暴発・暴走を狙ってきます。(トラベルギア、セクタンは該当しません)武器はナイフ、銃を持っています。
 ハナブサ・狗神使い。管、影のなかに数匹の犬を隠しもち、それを武器として接近・中距離による戦闘。本人自身の戦闘能力は一般よりやや上。
 アサギ、無名の後ろにいて狗を操っての戦闘をしてきます。もし接近した場合は、殴ってきます。武器は狗以外はもってません。
 無名・基本ナイフによる接近戦。それ以外の暗器も所持。肉体戦のプロ。現在は【呪石】による活動。そのため【呪石】を破壊すれば死亡します。
 このなかで最も接近戦が強いです。彼の持つナイフは術がこめられているため「何でも切れる」といわれています。また無名の片目もやや特殊らしく、隠れていても高確率で見つけられます。
 この三人は基本、説得には応じませんので一度は戦うことになります。

 この三人を倒して、奥の部屋に入り、反魂の儀式を失敗させてください。その方法についてはリョンから「任せる」といわれているので、みなさんのご自由にお考えください。
 ジョカは兄であるフッキに対していろいろとコンプレックスがあるようですし、無名やアサギともいろいろとあるみたいです。
 また、彼女の今回の行動の原因についてはOPでヒントをいれています。推理、もしくはご想像ください。

 今回のスタートは屋敷のなかに侵入したところからはじまります。
 この地点で、すでにキララによって屋敷には誰も侵入されないように、【空間遮断】をされているので、外に出ることは敵いません。外に出たい場合は、キララの破壊、もしくは無名を殺すことで出来ます。

 それではいろいろと語りましたが、悔いのない行動をとってください。

参加者
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
臼木 桂花(catn1774)コンダクター 女 29歳 元OL
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
幸せの魔女(cyxm2318)ツーリスト 女 17歳 魔女

ノベル

 暗い、冥府の入口のような夜。地上の怨嗟、哀訴すら届くことのない高みで微笑みを浮かべて闇を照らす満月。
「敵がわかってないと戦いようがないじゃない?」
 屋敷に向かう僅かな移動時間。
直接ハオ家と顔を合わせたことがない臼木 桂花はリョンと仲間たちから敵の外見の特徴や能力について尋ねた。
 狗神使い、無名、そしてアサギの特徴を聞いたとき桂花の顔を僅かに顰めた。
「なんかその無効化能力者、見たことあるかもしれないわ」
「お姉さん、知ってるのぉ? アサギのこと」
 リーリス・キャロンが小首を傾げて微笑んで尋ねる。
「たぶんね」
「ふーん、なら、アサギのことおねえさんに任せていい? リーリスはね、出来れば儀式を邪魔したいの。それにアサギがすごく邪魔なのよね。大丈夫、幸せの魔女がいるんだもの、おねえさんの攻撃は届くよ。無名からは守ってあげる」
「あら、リーリスさんたら私のことを頼りにしてくださっているわけ?」
 白いドレスの幸せの魔女が悠然と微笑む。
「うん。だって、ここで幸せの魔法がすごく役立つと思うの」
「そんな風に言われたら応えないといけないわねぇ。けど、ごめんなさい。今回、私、幸せの魔法はあまり使わない方針なの」
 幸せの魔女の言葉にリーリスは目を大きく見開いて、ぱちぱちさせる。
「どうして?」
「この日のために私は私を磨いてきたからよ。それに幸せの魔法を使うなんて無粋だわ。ねぇ、リーリスさん、あなたは儀式の邪魔をしたいのでしょ? だったら無名、譲ってくださらない? 私のほうが先約しているの」
 リーリスは黙って思案深く幸せの魔女を見つめた。
「かわりに、桂花さん、リーリスさん、あなたたちが幸せを手に入れることがてるきように魔法をかけてあげてもいいわ。もちろん。どこまで効果があるかはわからないけど、ね」
 桂花は黙って眼鏡ごしにリーリスに視線を向けて判断を任せた。
「……わかったわ。それで手を打ってあげる」
 リーリスはにこりと微笑むのに、幸せの魔女も微笑み返す。
「三人とも、あまり油断するな。これは術者同士の戦いだ。いくら幸せの魔法があろうと過信するな。どちらに死者が出てもおかしくない」
 百田十三が渋い顔で告げた。
「守りは狗神使い、屍人、無効化能力者の組み合わせ……少々厄介だ」
「ホントだゼ、てめぇらピンニックに行くんじゃねェンだぞ。わかってんのかァ?」
 十三の横にいるジャックは呆れた顔をした。
「あらあら、十三さんもジャックさんも心配性ね。もちろん、殿方にがんばっていただくわよ? か弱い女性の盾となるのはあなたたちの役目ですものねぇ」
「ハッ、良く言うゼ」
 ジャックは幸せの魔女の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「ジャック、聞け。俺は儀式をとめることを優先して動かせてもらう。しかし、問題はアサギだな」
「おう、儀式の邪魔するのと足止めするのに別れたほうがいいからナ。十三、てめぇの式神でアサギを抑えた隙に桂花が叩くってどうダ? 隙を作るのは俺も動いてやるからヨ。フッキと、杏だったか? そいつらの魂をキチンと眠られてやれ」
 十三とジャックの作戦会議に幸せの魔女が当然のように割り込んだ。
「あらあら、私をほっといて、男二人で親密にしちゃって! そうだ。ジャックさん、だったら私もお願いしてもいいかしら? いいわよね? 私とあなたの仲ですもの」
「アアァン?」
「とっても簡単なことよ。私がここにきた目的を果たすために協力してちょうだい。ジャックさんも十三さんにも幸せになれるように祈ってあげる。だから私のために動いてもらうわよ? 私の幸せのために」
「目的はなんダ? てめぇが無償でなんかするわけねぇ、だろ?」
「あらあら、やぁねぇ」
 幸せの魔女は目を眇めた。
「私は、ただ不幸が嫌いなだけよ。ああ、本当にどうして人間ってこうも無意味な狂気にばかり駆られるおばかさんたちばかりなのかしらね。何度でも繰り返すのを終わらせるだけじゃ満足出来ないのかしらねぇ、ふふ、けど、ここまできた私もおばかさんの一人ね」
 己のエゴを満たすことが生きる目的である魔女には人間の心などわからない。しかし、月色の瞳にさす翳りは何かを想うようで、それが手に入りそうで、入らないことへの羨望と憧憬、もしくは哀訴のようであった。
 空の月には手は届かない。けれど地上の月には確かに、何かが届いていた。

☆ ☆ ☆

「雹王招来急急如律令! 炎王招来急急如律令! 奥の扉を目指せ、邪魔する者は全て焼き尽くして構わん!」
 美しい白銀の雹と紅蓮の炎の鳥が暗い廊下を駆けていく。その一歩後ろをジャック、十三、それに空中に飛んでいるリーリス、桂花、幸せの魔女が進む。
「むっ!」
 十三が眉根を寄せた。

 ――斬。

 硝子の割れるような音とともに雹王が砕け散り、炎王が何か黒い生物に襲われている。
炎王が嘶き、激しく燃えようとしたが、その身体が突然に膨張し、破裂する。十三の顔が険しくさせて足先に力をとめて立ち止まろうとするが、下から迫る気配のほうがあった。
このままでは顎から貫かれる――!
「っ、オラァ!」
 ジャックが腰から抜いた鉈でそれを食い止めた。
 白銀が火を散らして、鉈が砕ける。勢いを殺されたナイフの動きが止またのを見たジャックは片手に生み出したウィンドゥカッターを放つと、それは身を低くした状態で足をバネのように使い、空中に飛び、回避する。
「出てきたゼェ」
「そのようだな」
 牙を剥くジャックと険しい目の十三の前に降り立った黒い影――無名。その背後にはアサギと黒いスーツのハナブサがいる。
 一瞬の威嚇。
 無名とアサギが動いた。ジャックと十三との間合いを縮める無名の邪魔をしたのは桂花の弾丸だ。無名は狭い廊下のなかをじぐざぐに駆けながら、蹴って飛ぶと右壁に足をつけ、さらにその壁を蹴って弾丸のように十三に突撃する。
「十三、てめぇは今の内に式神を呼んでろっ! 無名っ、会いたかったゼ、テメェにゃ借りがあるからナ。今日は百万倍にして返してやるゼ!」

 桂花の邪魔をしたのは、アサギの銃だ。桂花のトラベルギアには弾切れはなくとも、引き金をひくという一瞬の隙がある。そのタイミングを狙っての妨害だった。
 桂花は余裕たっぷりに微笑む。
「世間は狭いわね。アンタ、この前のキャンディ・ボーイじゃない。まさかここで敵になるとはね。別口かと思ってたわ」
「殺し合いがしたいわけですか? それとも引っかき回したいんですか? あのときみたいに」
「うっさい! オフの趣味は雇い主には関係ないわよ!」
「悪趣味」
 アサギは微笑んだ。桂花は皮肉ぽく笑い返しながら、銃の中身をダムダム弾と麻痺弾が出るように変化させる。
 私のトラベルギアってここでは切り札みたいなものだしね。
 この場でハオ家との接近がないのは桂花だけだ。つまり敵は桂花の手の内を知らない。
 銃であることはばれても、その弾が変化はわからないはずだ。
 しかし。
 アサギの背後から飛び出してきた狗に桂花は度肝を抜かれた。
「お姉さん、大丈夫! リーリスが守ってあげるからっ」
 リーリスの声がして桂花が横目でみると、そこには鳩がいた。赤い瞳の鳩が目を輝かせると、ぱんっと音をたてて狗が塵となった。
「っ! いまねっ」
 瞠目したのは一瞬。桂花は走りながらダムダム弾を放つとアサギの片腕を掠める。金属を擦ったような音がした。義腕にあたったらしい。さらに麻痺弾を撃つとアサギのわき腹に命中する。
 このまま突撃しようとする桂花にアサギは身を低くした。
「っ!」
 アサギの背を土台にしてハナブサが飛び出し、凶暴に笑った。そして突き出された管から白い毛並みの狗が飛び出し、桂花の右肩に牙をたてて壁に叩きつけられる。
「っ!」
 燃えるような痛みに全身が焼け尽されるようだ。桂花は舌打ちして、肉を食らう狗の顔にダムダム弾を放って吹き飛ばした。
「こんちくしょうが……!」
 痛みに手がふらふらするなか、どくどくと血が溢れる傷口に回復弾を撃つ。

 アサギは後ろへと下がるのにハナブサが前に出て、管を二本、三本と投げ落すと、そこから狗神が溢れるように出てくる。
 獣たちの黒い沼。それがけたけたけたけと笑う。

「テメェは1年前に死ンで終わりたかったンだろォが! アァッ!」
 ジャックの放った銀の雨――サンダーレインに無名はバックステップ。
攻撃が当たるとははじめから思っていない。未知数なアサギの無効化を確認するための探りだが、無名の反応から察して無効化の範囲はそこまで広くはないようだ。それもアサギが意図して無効化を使用しているのとは違うようにも見受けられる。
 ある程度の距離になると無効化はで出来ない。また無効化する対象の威力が強いとなるとアサギ自身がそれに対して意識を向けなければ不可能。
「精神感応は、ちっと難しいナ」
 ジャックは舌打ちする。アサギ、無名を狙ってのことだが、どうもノイズが入ってはっきりと読み切れない。
 しかし、これは無効化のせいというよりは
「自己暗示かァ? しっかしヨ、武器倉庫かよ、こいつ。体のあっちこっちにものをいれやがって」
 ジャックは向き合う無名の動きを読む。透視も兼用すれば相手の次の行動がある程度は今までの戦いの経験から予測は出来た。
「来いッ!」
 獣と獣がぶつかるように黒と黒がぶつかり、火花を散らし、離れ、また接近し――ジャックが二度の攻撃の回避、さらに無名の腕に隠された暗器による不意打ちを避けたことから無名は攻撃を中断、さっと距離をとった。
ジャックは加速する。
 次の一手を

 ――残念

「!」

 ――これで覗き見は終わりだ

 今までのノイズまじりの思考がぴたりと止まった。
無名は精神感応を察すると、なんと自ら心を閉ざしたのだ。その上、思考を繰り返す。――目の前の敵を倒す。目の前の敵を倒す。目の前の敵を倒す。と、それだけを。
 思考をいっぱいにするひとつの考えに、意識が一瞬とはいえ揺らいだ。
無名は片腕をふりあげるのにジャックは本能的に回避を――空間移動を駆使して背後に出る。回し蹴りが放たれたが身を低くして回避、下から殴りかかる。無名は片足でバランスをとって後ろに下がるが、ジャックの片手が宙にある足をとって逃がさない。拳が無名の顔面を狙い、打つ。無名の手がジャックの肩を掴んで、床に倒れる。その状態で無名は左手に持つナイフで首を狙いにかかる。ジャックは空間移動で回避。無名の前に立つと腹を狙って蹴り――無名は予測、素早く転がって回避すると犬のように床に四つん這いでナイフを構える。
「ハッ、中々おもしれーじゃねェかヨ! 死人にしてはよォ」
 戦いの興奮に酔いそうになるジャックは無名を睨む。
「死者が生に執着してンじゃねェ、生者が死者に執着してンだろォ? なら、テメェの妄執断ち切ってやるゼ……テンペストッ」
 無名は手の中のナイフをくるりっと手の中で回転させ、駆けだした。

 リーリスは赤い目で狗たちを見下ろす。ジャックと同じく、ここに乗り込んだとき、一番はじめに無名と精神感応していたが、それが立ちきられたことには舌打ちが漏れる。
 しかし、ジャックと同じく、アサギの無効化範囲はわかった。アサギは狗神使いの背後にいる。
 リーリスは鳩の姿のまま十三の肩にとまった。
「おじちゃん、リーリスが協力してあげるから式神をけしかけて」
「どうする」
「狗神使いをどうにかしたら、アサギはおねえちゃんが適任だと思うの。狗神使いの狗をどうにかしてくれる? それ以外はリーリスががんばってみるから」
「……一瞬でもいいな?」
「もちろん」

「アサギ、手を貸せ」
「……はい」
 ぱん、ぱんぱん。ハナブサが手を叩くと、狗たちが急に一か所に集まると共食いをして、一匹だけが残った。
 ぱんっ――。
 他の狗を食らって巨大化した狗は吼え、駆けだした。

 アサギが前に出ようとしたとき、ダムダム弾が放たれる。アサギが視線を向けると血まみれの桂花が立っていた。
「行かせないわよ」
「鏡を見たことは? あなたは自分の顔を見ましたか? まるでダンスを踊る死者のようですね。あなたの周りには墓地なのに、どうして」
「うっさい、黙りなさいよ」
「ここにいるんですか」
 アサギの問いに桂花は引き金を引いた。
「雹王招来急急如律令!」
 雹が現れ、牙を剥く。大きな狗と雹は睨みあい、ぐるぐると円をかいて威嚇する。と、いきなり狗が悲鳴をあげた。
 十三は幻虎も召喚したのだ。狗が悲鳴をあげるのにハナブサの顔が強張った。
「カイエン!」
 更に雹が狗の首に噛みつく。カイエンは悲鳴をあげ、雹を前足で叩き、背後から襲ってきた幻虎を振り落とたが、深手を負って血が流し、さらには前足、首が凍り出している。
「アサギっ」
 ハナブサの声にアサギが桂花から視線を外した瞬間。十三の針が飛んだ。それは狙いを外さず、アサギの点穴を突き刺した。
「点穴を衝いた。物理的に封じた人体を動かせると思うなよ」
 十三の太い声が宣言するように、手首の、最も血が行き気する場所を刺した針は細くとも、それだけでアサギの体はバランスを失い、動きをとめてしまうだけの効果はあった。その瞬間をリーリスと桂花は見逃さない。
 桂花の麻痺弾がアサギの胸、腹を二発づつ撃つ。
 リーリスの力がハナブサの内臓を塵化させる。ごふっとハナブサは血を流し、その場に倒れると叫んだ。
「カイエン!」
 狗――カイエンは主の声に従い、最後の力を振り絞って十三に向かっていく。それに幻虎と雹王が立ちふさがる。その二匹の攻撃を受けてじゅ! 肉体を溶かされるカイエンは己の体がどうなることも厭わず、二匹の式神を前足で屠り、大口を開けて十三を包む。
「お前も主人に仕えるものだ……せめて苦しむな」
 牙は十三の肉体に触れるぎりぎりで止まった。十三は目を眇め、カイエンの首に切られたあと――狗神がどのように作られるか知っている。カイエンの凶悪な目が細められ、最後だけは静かに目を伏せる。それに十三は心のなかで短い祈りを呟き、駆けだした。
「桂花っ! アサギの術発動には条件付けがあった筈だ……動けずとも油断できん。気を付けろ!」
「わかってるわよ。こっちは私に任せて!」
 桂花の声を背に十三は倒れて血を吐き続ける戦闘不能のハナブサを無視して儀式の扉を護法でこじ開けた。
「護法招来急急如律令、吹き飛べ!」
 まるで強風にあったように扉が開けられるのに十三の肩にとまっていたリーリスが部屋のなかに飛び込んだ。
 鳩から人の姿になってリーリスはジョカを見る。
「あなたがジョカなのね」
 儀式に集中していた四人、その背後に控えていた女を――老女の彼女を見てリーリスは獰猛に笑った。
「ジョカ、へぇ、そんな姿をしているんだ。あははは、醜いのね。ああ、だからフッキがほしいんだ」
 ジョカはじっとリーリスを見つめていた。
「お前が居なければ、無名は私を見てくれたかもしれないのに……お前が居なければ、ジョカ!」
 リーリスは真っ直ぐにジョカを見ていた。
先にどちらが偽ったのか、わからない。
 リーリスは魅了を使った。
 無名は情報屋と名乗って身分を隠した。
 それで『守る』と言わせた。
 まるで意味のない、空虚の約束。それは容易く破られた。リーリスの魅了の力が切れれば泡沫の夢のように消えてしまう。まさに砂の城のようなもの。
 けど
 一度くらいは本当に私のことを見てくれると思った。守ってくれるんだと期待した。そんなものリーリスには無意味だけど。
無意味な行為を人間は繰り返す。それにリーリスは焦がれた。
 もう
 ここまできたのは執念みたいなもの。それを言葉としてなんと説明すればいいのかリーリス自身わからない。
 塵族は愚かで、ただの餌で、けど、見ていて飽きなくて。だからちょっと裏で操って面白くて踊ってくれればいいなって思っていた。
いつか私の敵か、それともお友達になってくれれば
 何百年と人のなかにいてもリーリスはやはり人にはなれない。なりたいとは思わない。ただ彼らの持つものがときどきリーリスの心の底でちりちりと燃えるのだ。
 故郷の世界、自分のことを守ってくれた美しい目をした男。本当に無意味なのに、どうして守ってくれたの?
 あのときの、あれをもう一度ほしいとないものねだりをして、魅了を駆使したけど、今更わかった。魅了なんてものを使っては手に入らないのだから。だからここまできたの。
 ――それもこれで終わり。
 今度は追いかけてもらうもの。無名が、お兄さんが生き残れたら、ね?
 そのための邪魔はすべて壊し尽ししまえばいい。塵の力はあまり知られたくなかったが、今はそんなことに構っていられない。

 十三が護法で術者たちを壁に吹き飛ばした目の前でフッキの死体を塵となった。十三は怪訝な顔をした。
「術のことはおねがいね、おじちゃん」
「リーリス、先ほどのはお前が」
 ぱん、ぱん。ぱん……壁まで飛ばされた術者たちが塵となっていく。幻虎が陣を引っかいて無効化し、香を蹴り倒した十三はぎょっとした。
「リーリス!」
 魅了の力を最大限にリーリスは十三を威嚇する。
「邪魔しないで! ジョカ、どう? もう無理だよ? 術者はみんな、いなくなっちゃったもの。フッキもいない」
 ジョカの落ちくぼんだ目が現実を見て笑った。
「なんでことをするの?」
「私のためよ、今は私のために動いてるの!」
 リーリスは声をあげる。
「無名にあなたの無残な姿を見せてあげる!」
 リーリスは笑う、どうしてかその笑顔が途方にくれた子供のようにも、泣いているようにも、本当に笑っているようにも、――見えた。
「同じね」
 ジョカは微笑んだ。
「同じ……手に入らないものをほしがった、愚か者……あ、あはははははははは! どうして出会ってしまったのかしら! 手に入らないのに」
 ぱんっと音をたてて、ジョカの肉体が塵となる。
「リーリスっ」
 十三が叫ぶ。
 ころんっと転がるジョカの首をリーリスは持ちあげる。
「殺してないわよ? 精気を分けて生かしているもの。これを無名に見せるの。そうしたら」
 きっと追いかけてくれるよね?

 桂花は結索具でアサギの体を拘束した。自殺防止のためにハンカチを口にくわえさせると周囲を見回して、廊下の隅でじっとしている少女……キララを見つけた。キララは桂花がトラベルギアを向けても怯えない、恐れない。ただ無感動に見つめ続ける。
「悪いけど、容赦しないわよ」
 引き金を引いて、ダムダム弾で貫く。
 キララの体はふわりと浮いて、きらきらと硝子の破片を零して砕け散る。
 不愉快な圧力から解かれたのを桂花は感じて、アサギに向き直った。
「アンタが倒れりゃみんな好き放題できるもの。狙われるのは当然よね。……ホントは、私も儀式のなかに乗り込むつもりだったけど、因縁とかそういうのがあれば譲るしかないし、アンタの監視もあるからね。安心して、ハナブサにも治癒弾を撃ったから生きてるわよ」
 アサギは答えない。なにも。
「ジョカが生きているといいわね。そのほうが、敵が増えて楽しいもの」
 アサギは答えない。なにも。
「殺さないわよ。アンタは……アンタが暁闇に流れるか黒耀重工に流れるか興味あるもの。勿論生き延びたら敵になるんでしょ?」
 ようやくアサギが桂花を見た。
「なによ?」
 口を動かしてハンカチを抜くように指示するアサギに桂花は少しだけ考えて、手を伸ばした。
「あなたの考えはどろどろのキャンディのように甘い。ほら、足音が聞こえるでしょ、終わりの」

 無名は一瞬だけ儀式のなかに飛び込んだ十三を追いかけようとしたが、ジャックの猛攻撃にすぐに接近戦に集中した。ジャックが加速、空間移動を駆使しての体術に無名は遅れをとらない。
「チッ」
 接近したのにジャックが手を伸ばして眼帯――無名は敏感に察して顔を逸らして逃げる。
 やっぱりなナ。
接近戦では埒があかないと判断したのはほぼ同時だった。互いに距離をとって、狙ったように回し蹴り。
足と足がクロスし、力技で――無名がジャックを床に叩きつける。
「テメェ!」
 すっと銀色の刃が倒れたジャックの首に添えられる。
「魔女! てめぇ!」
「私はちゃんと約束は守ったわよ。ジャックさん、あなたも守ってくれなくちゃ。儀式に入るまで、よね?」
 幸せの魔女は顔をあげた。
「御機嫌よう、情報屋……もとい、無名さん。貴方との約束を果たしに来たわ」
 スカートの裾を持ち上げて幸せの魔女は微笑む。
「私、貴方の為に色々と磨いて来たのよ? 女を、この体を……剣の腕を」
 あのとき、無名は言った。奪えるなら。だからここまできたのよ。ここまで黙っていたの。
「さぁ、殺し合いましょう。この世で命のやり取りほど尊いものは無いわ」
 右手には幸せの剣、左手にはマインゴーシュの二刀流の幸せの魔女に無名は何も言わない。幸せの魔法は使わず、己の身ひとつで戦う彼女は笑っている。だって、ほら
「あなたのために笑っているのよ」
 誘う花のように。
 ひらりと白いスカートが揺れる。無名は後ろに下がる。幸せの剣が伸びる。無名は逃げる。後ろへと。
「逃げるだけかしら、あなたは言ったわよね! 無名」
 無名は逃げる。
「奪えと」
 無名はやはり後ろに避ける。ただ避けていく。もう彼の後ろは壁しかない。
「何か言いなさい! それでも男なの? 私はここまできたわよ!」
 無名は足を止めた。幸せの剣が左腹を突き刺す。確かな手ごたえ。無名が一歩前に進む。幸せの魔女は足に力をこめた。
 このときのために出会い、別れ、また出会ったのかもしれない。
「こんなのじゃつまらないわ。殺し合いを私はしたいのよ」 
 幸せの魔女は微笑む。血が右手に零れ落ちる。それは悲しいほどに冷たくて。左手は牽制用だが、幸せの剣が封じられている以上、それで彼の体を突き刺すしかない。まるで駄々っ子が暴れるように。肩を、胸を突き刺して。
「無名!」
 叫ぶ。

「どうしてわがままで傲慢な女に魅力を感じちまうのか」
 血の味のする口づけは、ゆっくりと触れて、離れる。
 間近にある顔が、あの青い空で見た微笑みのまま。眼帯がするりっと落ちて黒い石が見える。
見つめ合い。
幸せの魔女は微笑む。
「きれいな瞳ね。潰してあげようかしら? 幸せのためにはどうすることが一番なのかしらねぇ、あら不思議。幸せなのに悩むのね。幸せはすべて手にいれるだけのもののはずなのに」
 愛しい魔女を屠ったときのように、穏やかで、幸福な気持ちを抱いて幸せの魔女は左手を剣から離して伸ばすと、黒い石に触れる。やはり冷たくて。
 魔女は迷わない。己のエゴを満たすための存在。けれど、いま幸せの魔女は剣を捨てて、美しい石を見つめたまま。
 無名は幸せの魔女を見つめていた。
「幸せの魔女、俺は……」

「無名!」
 リーリスの声がした。

 無名は幸せの魔女の左手をとって、一度だけ強く握りしめてどこか迷うように離すといきなりそのほっそりとした首を掴む。察したジャックが動こうとする前に幸せの魔女を突き飛ばすと血まみれの無名は振り返り、その憐れな首を見た。

「ジョカ様、ジョカさぁあああああま、おのれ、あ、あああああああああああああああああああああ!」
 アサギが悲鳴をあげる。
 そこでこの場にいる全員が、ジョカの姿を見ることになった。憐れな老女は虚ろな骸骨のようだ。

「生きてるわよ、呪石埋め込んだから。このまま鳳凰連合へ引き渡すの。どんな目に合うか楽しみよね、あはは」
 リーリスは鮮やかに笑う。
「悔しかったら、生き残って、追いかけてきてよ。お兄さんだけは見逃してあげる」
 無名はじっとその首を見つめて、口元に皮肉な笑みを浮かべた。そしてゆっくりと自分の肩を突き刺す剣をとると、ジョカに向けて投げた。リーリスは剣を塵化するが、それのあとにナイフがリーリスの肩を突き刺すと、更に投げられた鋭い針がジョカの額を突き刺した。

「こんなことしても無駄だから、リーリスが治すもの!」
「俺は呪石で動いてるんだ。呪石の効果ぐらいわかっているさ。たとえ呪石でも、そんな状態で生かせないことぐらいわかっているさ。それでも生かせるのがお前たとであることもな。だから、俺はジョカを殺す」
 諦念と絶望がまじりあった疲れ果てた顔で無名は吐き捨てる。それはリーリスが望んだものとは違っていた。大切なものを傷つければ人は怒りを覚えるんじゃないの?
「ジョカ……俺はあんたを選べなかった。あんたの道具として、あんたを好きだと言いたくなかった。なぁ、ジョカ、あんたが……あんたが好きだ。好きで、好きでたまらなかった。あんたがたとえそんな姿でも、力はなくとも……優しくしてくれたことを覚えていた。ジョカ」
 無名の片方の目で涙を零す。それは憎しみではなく、生首の姿となったジョカに向けての哀慕だった。
「ようやく伝えられた。諦めようと何度も思った。怨んだ、憎んだ。それでも、与えられた優しさを……忘れることは出来なかった」
 無名の呪石はひび割れていた。彼をこの世に留めていたものは、ハオ家の与えた呪い。そのハオ家に楯突けば、当然、呪石はその効果を無くす。それすら無名は覚悟して憐れなジョカを殺そうとした。
「本当は、あんたの願いが叶ったら、いいや、失敗したら……どっちでもよかった。それだけ見届ければあんたを殺すつもりだった。俺に出来なくとも、旅人たちが……すべてが終わったとき、ただ憎しみだけ感じられれば、裏切ることも出来ただろう。けど、アサギは裏切るなと言った、あんたは俺を求めた……俺はあんたのそんな姿を見て、憎めない。こんな愚かで、憐れなジョカ、あなたを……一人に出来ない。捨てれない。ジョカ、あんたが憎しみに値するほどいやな、女ならよかったのに……すまない、俺は、いま一瞬でも裏切ろうとした。ここから、逃げて、別の相手を選ぼうとした。けど、あんたのその姿を見た以上、そんなことは出来ない。俺は裏切らない。絶対に……」
 そして無名は、子供のように、ただ笑った。
「ジョカ、あなたを殺す。それが俺の全てだ」

 死体が転げ落ちると、さらっと音をたてて術によって動いていた無名の体が砂に変わっていく。
 それとともに複数の足音が聞こえたのに見ると、リョンと部下たちだった。
「結界が切れたから来させてもらったぜ。生首か? 生きてるならいいさ。で、生き残りはこいつらか。お前ら連れていけ」
「なによ、どこに連れていくのよ」
 桂花が睨むのにリョンは肩を竦めると煙草をとりだして口にくわえると指を鳴らして火をつけた。
「おいおい、お嬢ちゃん、俺らは自分たちが何者かって言ったぜ? まさか、これだけで報復が終わりなんて言うつもりはないさ。リーリス、それをよこしな。生きてるんだろう」
「おじちゃん、どうするの」
「生きたまま地獄に落すのさ。ハオ家の奴らは一人残らず、な。自分から殺してくれと言おうと赦すつもりもねぇよ」
 リーリスの手から生首をとると、それを持ちあげてリョンは笑いかけた。
「ハーイ、レディ。会いたかったぜ。てめぇも、てめぇの可愛い道具も、可愛がってやるよ。旅人、ご苦労だったな、仕事は完了だ」
「待て。術者ならば生者と死者を等しく弄んだ罪を償うのだが、お前たちのしようとしていることは」
「オイ、ジジイ」
 十三とジャックの怒気にリョンが振り返ると、桂花がトラベルギアを構えていた。
「なんの真似だ」
「その女は仕方ないわ。けど、この生き残りは私たちの仕事の報酬にならない? 私はね、コイツに生きていてほしいの」
「お嬢ちゃん、死者とダンスを踊り続けたいのかい?」
 リョンの指摘に桂花は皮肉ぽく笑うと、トラベルギアを構えたままそろそろと動いて、アサギとハナブサの拘束を解いた。
「はやくいきなさいよ。言ったわよね、あんたたちのそのあとに興味あるのよ、私」
「行きません。どこにも。……ジョカ様がああなった以上、私もハナブサもどこにも。どうぞ、鳳凰連合のみなさま、連れていってください。生きた地獄だろうと、なんだろうと、私たちは……無名は死ぬことで忠義を見せました、ですから……ジョカ様の道具として生きて忠義を示します。あの方が行くところ、どこでも、そう、どこであろうとも、ついて行きます」
 アサギはハナブサに腕を貸して進んでリョンの元に歩いて行った。それをリョンの部下が取り囲み、改めて拘束すると連行する。
「……俺らはここで生きてるから憎悪の断ち切る方法も知ってる。だからお前らが関わるのは、依頼したここまでだ……はやく外に車に戻りな。手当してやるからよ」
 リョンが歩き出すのにリーリスはじっと立ちつくしていたが、今、ここでするべきことをすぐに思い出す。
紅い目を輝かせて四人の仲間を見た。
「今日リーリスが使った塵化の事は黙って忘れてね?」
 魅了全開に、その場にいる全員にリーリスは微笑む。
「お願いよ?」

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました。
 ハオ家は事実上、崩壊しました。おめでとうございます。
 今後彼らがシナリオに関わることはほぼありません。

 今回、全体的にバランスのとれたプレイングだったと思います。
 ただし、接近戦の無名と無効化のアサギ、狗神使いのハナブサの連携にたいしてやや無名にのみ集中していたところがあり、苦戦したようです。
 無名のもてっぷりに思わず嫉妬してしまいそうです。
 今回、無名は死亡判定はわりと緩めでした。
 無名は生かされている状態ですが、アサギ、ジョカとはかなり複雑な関係でした。特にジョカとの問題が解決するか否か、死亡もかかわってきました。
 ジョカが老女であるという予想は大正解です。

では個別レスいきまーす

・リーリスさま
 無名とは因縁がありましてね。
 今回の行動は無名の死亡判定に直接かかわってきました。無名はジョカに対して憎悪と諦念のようなものを抱いていました。彼女が生きることも、死ぬこともある程度覚悟していましたが、それを直接見ることが彼のなかの死の選択となりました。

・桂花さま
 そういえば、アサギと接触してましたね。名前は知らなかったけども!
 実は最終的にアサギは生け捕りにされるのはどうするべきか迷いましたが、ジョカの状態を見るということもあり、こういう結果になりました。


・十三さま
 思えば、フッキの事件のときも関わっていただきましたね。
 今回は、術者としての立場からとして書かせていただきました。

・ジャックさま
 兄貴、今回も輝いてましたね(挨拶?)
 夢の上のシリーズで一度、ジャック様と無名はやり合っていましたね。それで首の骨を折ろうとしたことが…ごふごふ。
 今回は無名とメインで接近戦をしていただきました。

・幸せの魔女さま
 たぶん、一番、無名と因縁ある……よなーと思いつつ。
 今回は、真打はラストをかっさらう。それが幸せだから、ということではじめのうちは出番は少なめにして、決闘のシーンに力をいれてみました。
 幸せを奪うため、と何度ともなく繰り返していましたが、無名の「幸せ」とはなんだったのでしょうか。奪った幸せとはなんでしょうか? それは魔女さまのお手に届いたでしょうか?

 長々と続いたハオ家との因縁もこれで終わりです。
 今までありがとうございました。
 またこの街で、もしくは別の世界で巡り合えることを祈っております
公開日時2012-10-22(月) 21:30

 

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