Mission1◆ナイショにするのがお約束 司書棟の奥まった場所に、無名の司書に与えられた司書室はある。 この室内には、まだ誰ひとりとして、ロストナンバーを招いたことはない。以前、超イケメンな好みドストライクの覚醒したての青年が、「司書室でコーヒーを飲ませてもらってもいいかな?」みたいな、滅多に立たないフラグを立ててくれたにも関わらず、「いっ、いま、すごく散らかってるから! ごめんなさい!」と、血涙で断ったほどだ。 嘘でも口実でもない。本当に散らかっているんである。イケメンにドン引きされる前に身を引くくらいには、ナノサイズの乙女心が残留しているのだった。 机いっぱいに山積みにされた書きかけの報告書には、ところどころ付箋がつき「誤字脱字あり」「状況の整合性に疑問」「この部分、あなたの出番は不要」「もっとロストナンバーの描写を生き生きと魅力的に!」等と、リベルさんチェックが入っている。さらには、ターミナル限定で出版されている少女漫画やハウツー本や写真集、さらには司書個人の二次創作本などが、報告書とサンドイッチ状態になっている始末だ。 「ターミナルの母が教える最強のおまじない ~これで異世界・異種族の彼も貴女のとりこ~」「ふわもこ司書ベストショット写真集108」「司書有志による覆面座談会:レディ・カリス脅威のアンチエイジング」「綾たんのチェンバーの次月イベント予想」「優くんの面白グッズコレクション最新版」「ジョバンニさんの読書ラインナップおすすめ百選」「ゼロたんのまどろみ研究:最高の枕とは?」「レイドさんの銀色フォーク、その華麗な秘密」「ロキさんに学ぶ壱番世界の人気ゲーム攻略法」「コケたんと行きたい植物園 〜ターミナルの薔薇を訪ねて〜」「魔導神官戦士ダルタニア第一章:神狼は月に吼える(註:この作品はフィクションであり、実在のダルタニアさんとは無関係です、たぶん)」「幸せの魔女さまの予言:必ず的中! 幸運を招く宝くじ必勝法(註:ノンフィクションと信じたい今日この頃です)」「一たん視点で見る特撮ヒーローの美学」などなどなど。 こんな司書室に一歩足を踏み入れたが最後、たとえ恋の若葉が芽生えかけていたとしても、すごい勢いで巻き戻されて種に戻り、まったく違う異形の何かがキシャアアアと誕生してしまうだろう。 とりあえず、その机の上で、提出期限の差し迫った報告書を書いていたのだが。 「一息つこうっと。人生には気分転換も必要よね!」 そんなことをいっては席を立ち、メモ片手に画廊街をふらついては肖像画に見惚れたり、シネマ・ヴェリテの今日のお客さんを物陰からチェックしたり、ジ・グローブに入っていったお客さんの新しい装いを妄想したりなどを、今日何度繰り返したことやら。「一息」と「気分転換」の合間に人生をやるにも程がある。 さらなる気分転換を求めて、司書は、クリスタル・パレスに足を向けた。 ……が。 入口扉には、こんな貼り紙があったのだ。 ギャルソンヌの小町たん(薄紅のスズメ)が、A4のミスコピー用紙の裏にピンクのマーカーで書きなぐったとおぼしき、丸文字が炸裂している。 ⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒ ♡♡♡♡ 臨時休業のお知らせ ♡♡♡♡ いつもクリスタル・パレスをご愛顧いただき、ありがとうございます(^^)v さて、当カフェは、従業員慰安旅行のため、しばらく休業いたします。 店長が転移したときお世話になった、バク型アニモフさんたちの浮き島に ご挨拶かたがた、モフトピアの温泉に逗留してまいります。 んもー、店長と従業員全員で旅行なんて超久しぶりでうっきうき(二本線で消した跡) なお、留守中における、当店の施設管理と貸し出し使用等につきましては、 店長代理を臨時委託しました相沢優さま宛に、お問い合わせくださいませ。 ♦♫ クリスタル・パレス従業員一同 ♫♦ 文責:小町・ソーンダイク ◇追伸:無名の司書さんへ モフトピア温泉まんじゅう、アニモフ温泉特製浴衣、バクアニモフ型抱きまくらなど、 各種お土産のエントリー受付は終了しております。 あしからずご了承くださいね♡ ⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒ 「ええ〜!? 臨時休業の予定なんて聞いてない〜! ひどーい!」 司書は昨日もクリスタル・パレスを訪ねた。そのときは、ふつーに営業していたのだ。 店長も従業員も、旅行のリの字も口にしてはいなかった。 (それに、みんな、寮ではいつもどおりだったし……。はっ、もしや) 慌てて、自身が寮母をつとめる、クリスタル・パレス従業員たちの独身寮「アルバトロス館」「ストレリチア館」に舞い戻り、様子を見てみる。 いつも騒がしい鳥の巣は、男子寮も女子寮もなんと誰ひとりおらず、がらんとしていた。 ――これは。 ――つまり。 無名の司書にナイショでの、しめし合わせての計画的犯行に違いない。 がぁ〜ん、という心の声が、DFP太丸ゴシック288ポイントレベルの大きさでこだまする。 「………ハブられちゃった………。あたし、そんなに嫌われてるのかなぁ……」 がっくりと肩を落とし、とぼとぼと、図書館への道を歩く。 途中、マルチェロ・キルシュとジョヴァンニ・コルレオーネが談笑しながら歩いてくるのとすれ違った。何かの依頼の帰りなのだろうか、あるいはこれから、トラベラーズ・カフェにでも行くのだろうか。 「そういえば、ヴェネツィアのときは、本当、吃驚したよ」 「見合い話なぞ持ち出して、すまなかったのう。考えてみれば君のような青年に決まった相手がいないほうが不思議じゃった」 「お孫さんが美人で気だてがいいというのは、把握したけどね」 「そうかね。これがまた、妻と娘にそっくりな……」 孫娘の自慢をするジョヴァンニと、それに相槌を打つマルチェロとのやりとりは、すっかり打ち解けていて、彼らもまた、仲の良い祖父と孫のようにも見える。 「ロキさーん。ジョヴァンニさーん!」 手を振ってみたが、タイミングが悪かったのか、彼らはそのまま通り過ぎて行く。 (……あれ?) 気がつかない距離ではなかったのに? 首を捻りながらホーム付近を行き過ぎれば、今度は、森間野・ ロイ・コケとダルタニアが、互いがこなして来たばかりの依頼について、立ち話をしているのを見かけた。 「コケさんはインヤンガイからのお帰りですか? 大変な案件だったのでは? お疲れでしょう」 「……そう。コケ、疲れた。……でも、哀しいほうが、強い」 「そういうときは、ゆっくりとお茶を飲むのがいいですよ。心が休まりますと、不思議に身体の疲れも取れるものですからね」 「ありがと。……そうする」 「落ち着いたら、わたくしたちも、クリスタル・パレスへ向かいましょう。楽しいことの準備は、心が浮き立ちます」 「……ん。楽しいこと、好き」 憔悴の色が濃かったコケは、ダルタニアの言葉に、ふっと笑みを浮かべる。 司書はすかさず駆け寄った。 「ダルタニアさーん、コケたーん、こんにちはぁ〜!」 「あ……。こんにちは」 「……こんにちは」 しかしふたりは、何となく、「しまった、見つかった……!」というような表情を浮かべている。 「依頼帰りなの? 時間があったら、トラベラーズ・カフェでお茶しない? おごっちゃうよ?」 「……」 「……」 ダルタニアとコケは、少し気まずそうにそわそわしはじめた。 「コケ、時間、ない」 「え? でも帰ってきたばかりで、今たしか、ゆっくりお茶を飲んだほうがいいって」 「次の依頼、ある。とても参加したい、大事な依頼。闇組織の長、一族全員殺して、暴霊になって、街区みっつ、滅ぼした。このままじゃ、だめ」 「ええっ? そんな依頼出てたかなぁ……? インヤンガイだよね?」 「そう」 「ちなみに担当司書さんは誰?」 「えと、ミ、ミミシロさん」 「ミミシロたんがそんなハードボイルドな依頼を……? すごーい。やるわね〜」 「わたくしは、クロハナさんと灯緒さんとアドさんとホーチさんとにゃんこさんとグラウゼさんとヒルガブさんとDJ E・Jさんと宇治喜撰241673さんと湯木さんとルティさんとカウベルさんとロイシュさんとリクレカさんとアインさんと蘭陵さんと戸谷さんと緋穂さんと戸羽さんと予祝之命さんとトツカさんと鳴海さんと飛鳥さんと火城さんとツギメさんとアドルフさんとガラさんと瑛嘉さんとアマノさんと深山さんと鹿取さんとロズリーヌさんとにゃんこさんが同時に出している依頼が気になってまして」 「そんな究極コラボあたしも気になるっ! って、今、にゃんこさんを二回言ったよ?」 「……わたくしも、疲れているのかもしれませんね。ではこれにて」 ダルタニアはコケをうながすように、その場を離れた。 (……んん〜〜〜?) 鈍感な無名の司書にも、ここらあたりで、なんとな〜く、皆が何かを隠している……、ような、気がし始めた。 (こうなったら、誰かを取っ捕まえて問いただしちゃえ) 図書館ホールできょろきょろと見回す。 ――と。 レイド・グローリーベル・エルスノールと、ばちっと、目が合った。 「こんにちは〜、レイドさん」 「にゃあ」 「……にゃあ?」 しかしレイドは、……いや、毛並みの色といい見金と銀のオッドアイといい見覚えのあるコスチュームといい、どう見てもレイドに見える猫は、呼びかけに反応しない。 それどころか、はっはっは嫌だなあ僕普通の猫ですよ、壱番世界に普遍的に生息してますが何か、な仕草をしている。 「にゃー。ぐるにゃ〜。にゃっ」 「レ イ ド さ ん ?」 「にゃにゃっ?」 これはとぼける気だな、と思った司書は、手を伸ばして抱き上げ、レイドの喉をくすぐった。 「こちょこちょ〜♪」 「にゃ〜!? んにゃ〜! にゃにゃにゃにゃ〜〜〜!!!」 「こちょこちょこちょこちょ〜♪」 「んな〜! にゃああああ!!! ふにゃああ!」 レイドさんピーンチ、な、その瞬間。 思わぬところから、救いの手が差し伸べられた。 いつの間にかそばにいたシーアールシーゼロが、レイドにだけ聞こえる声で、こう言ったのだ。 「ゼロは聞いたことがあるのです」 「にゃっ?」 「無名の司書さんに迫られたときは、迫り返すと有効なのです」 「にゃあ……?」 「目には目を。歯には歯を。セクハラにはセクハラなのです」 「にゃっ! にゃにゃん!」 大いに納得したレイドは、さっそく攻勢に出た。 喉を鳴らし、司書の頬に、頭をすり寄せたのである。 「にゃ〜ん。ごろにゃ〜ん♪」 「……ま、レイドさん……」 「にゃ〜♪ んにゃ〜あ〜〜♡」 効 果 て き め ん。 無名の司書は鼻血の海で気を失い、レイドとゼロは、余裕でクリスタル・パレスへ向かうことができたのだった。 ♡♡♡ ほどなくして目を覚ました司書は、レイドがいなくなったことに落胆していた。 が、ホールに、幸せの魔女のすがたを見いだす。 「あら、司書さん。どうしたの? すごい血ね」 「ああああーーん。幸子たーん! あたしを幸せにしてぇ〜!」 いきなりのアレな申し入れにも、幸せの魔女はにっこりと微笑む。 「幸せの青い鳥は、すぐそばにいるものよ。司書さんの周りには一山いくらで乱舞しているじゃない?」 「鳥連中はあたしを置いて温泉旅行に行っちゃったもん〜! 店長もシオンくんもジークさんも料理長もグース三兄弟も、みんなうさ耳とか猫耳とか生えてしまえばいいんだ~。うわーん」 しかし、司書が目幅泣きしている間に、幸せの魔女は微笑んだままムーンウォークでその場をうまいこと辞した。 「あああ、あたしの幸せがぁぁぁぁー! ……はっ、そこにいるのは一ちゃん」 「あ、こ、こんにちは司書さん」 一一 一は、ナイショの準備にそろそろ心が痛み始めていたため、無視するのも申し訳ないな〜、でもね〜、サプライズはサプライズだから効果的だし〜、やっぱり……、いや、だけど、などと思いながら、司書の様子を伺っていたのだった。 「……ねえ、一ちゃん、あたしに何か隠してることない?」 じりじりっと、司書が詰め寄る。 「え? は は は そんなわけないじゃないですかー」 「あたしの目を見て」 これはまずい、と思った一は、古典的な手段を使った。 「あっ、そこでモリーオさんとルルーさんが見つめ合ってますよ」 「えっ、どこどこ〜!?」 効 果 て き め ん。 司書がきょろきょろしている間に、一は難を逃れることができた。 ♡♡♡ 「……それで、ラファエルさんから、クリスタル・パレスの鍵を預かったんだ」 「ユウ、スゴ〜イ! 店長代理だヨォ!?」 額を寄せ合うようにして、相沢優と日和坂綾が、笑い合っている。 「優くーん! 綾たーん!」 走り寄ってきた無名の司書を見て、ふたりは、ぱっと離れた。 「何話してたのかな〜? あ や し い な ?」 「む、むめっちのお姉サマには関係のないコトだよ。ねっ、ユウ」 「そうそう」 「ふ〜ん? そぉかなぁ〜? どうして優くんがクリパレの鍵持ってるのかな〜?」 「貼り紙にもありましたよね? ラファエルさんも従業員さんも出払っちゃうんで、万一、そう、念のためってことなんですよ、あはは」 「でもそれ、入口扉専用じゃなくてマスターキーだよね〜? 店長以外はシオンくんとモリーオさんしか持ってないタイプの合鍵」 あーやーしーいー、と言い続けていた無名の司書は、いきなり、はっとなった。 「……ごめんね」 しゅん、と、うな垂れた司書に、綾が驚く。 「えっナニ、どしたの? ナンで謝るの?」 「そっか……。ふたりっきりの貸し切りパーティー」 司書は何か早合点をしたらしい。綾と優を交互に見て、ひとり頷く。 「あたし、気が利かなかったね……。おじゃまだったね……。ごめんね……」 「あのっ、司書さん? よくわからないけど、それ誤解。誤解だからっ!」 優がおろおろし、綾も言いつのる。 「そうだよぉ〜! ふたりだけじゃないんだよぉ〜! 一ちゃんもコケちゃんもゼロちゃんもレイドさんもジョヴァンニさんもロキさんもダルタニアさんも幸せの魔女さんも一緒だし……」 しかし司書は、くらりとよろめいた。 「そんな……、お盆とお正月とクリスマスとハロウィンと灌仏会がラインダンス状態でやってきましたみたいな、超豪華メンバーに祝福されたふたりのパーティー……」 言いながら泣きダッシュする。 「ああ、大好きなふたりがあたしの手の届かない高みへ行ってしまう。喜ばなければいけないのに、いじけてしまうあたしを許して〜〜〜〜!!!」 うわぁぁぁ〜ん、というエコーが、図書館ホールにこだました。 Mission2◆準備はOK? きっかけはトラベラーズ・カフェでの、優と綾の、他愛のない会話からだった。 ――むめっちのお姉サマの誕生日って、いつなのかな〜? ――司書さんたちは記憶を失ってるから、覚えてないと思うよ。 ――じゃあ、いつでも誕生日パーティーができるカンジ? ――うん、その日が誕生日ってことにすればいいんじゃないかな。 ――だったら決行しよ。むめっちのお姉サマにはナイショで準備するのがイイよ〜! ――綾らしいな。 ――サプライズはお約束だもん。 ――ラファエルさんに話してみる。クリパレを貸し切らせてもらおう。 そして、計画は水面下で進められた。 ジョヴァンニ、ゼロ、レイド、マルチェロ、コケ、幸せの魔女、ダルタニアの賛同と協力を経て、今日の運びとなったのである。 青いデルフィニウムとトルコ桔梗、色とりどりのスプレーローズとホワイトオパールの薔薇のつぼみという、さわやかなアレンジメントが、クリスタル・パレスを彩っている。 それはジョヴァンニの演出によるものだった。丁重に花を選び、位置を計算しての飾り付けには、ダルタニアも手を貸している。 ところどころにあしらわれた赤いグロリオーサリリーと白の胡蝶蘭は、もしかしたら無名の司書には華やかに過ぎるかもしれない。それでもジョバンニは、「華やかな恋が、彼女に訪れることを願いたくてのう」と笑う。 胡蝶蘭の花言葉は、「幸せが飛んでくる」だそうだ。 大理石のテーブルには白レースのテーブルクロスが敷かれ、料理の用意も整いつつある。 料理は、コケが担当した。 美しい白茄子と生ハムのマリネ。さつまいものオレンジソースサラダ。クリームチーズとアボガドのブラックペッパー和え。カマンベールと白いちじくのコンポート。スズキとコーンのミニタルト。 ひとつひとつが小さく作られ、手に取りやすいよう盛られたそれらは、宝石のようにテーブルを彩る。 その中心に、コケ渾身の、苺のハート♡デコレーションケーキが置かれていた。 ♡♡♡ ウイングカラーのシャツにブラックフォーマルベスト、そして、ソムリエエプロン。 「……ユウ。似合う〜」 綾が目を見張る。 「はは……。照れくさいな」 店長以下従業員全員が休暇という状況を鑑み、優はギャルソンの服装を選んだ。そしてその意図以上に、店長代理にふさわしく仕上がっていた。 「ロキさんも素敵なのです」 ゼロがにこにこする。ちなみにゼロは、よりパーティーを盛り上げるべく皆に内緒で、料理にアニモフ化飲料を加えているところだった。 「ありがとう」 ロキは優雅に一礼する。 黒のロングジャケットに帽子、細縞のズボンにベスト。胸元にはオーバーサイズのリボンタイ。 ロキの衣装はマッドハッター、すなわちアリスの帽子屋であった。 なお。 幸せの魔女さまは、レイドさんに紅茶を入れていただき、幸せに微笑みながら、皆を応援するという、とても大切なお仕事を鋭意こなしておられます。 ♡♡♡ 「じゃあ一ちゃん。私たちも行こっか!?」 「了解です!」 綾と一は、パステルカラーの う さ ぎ の 着 ぐ る み に 身を包んでいた。 それぞれ、ベビーピンク&ペパーミントグリーンのふわふわもこもこ。無名の司書が一目見たら、ふたり揃って俺の嫁〜! とか、壱番世界のサブカル的表現を絶叫しそうである。 ……実際。 早退して、ひとり、ストレリチア館の自室でがっくりポーズで硬直していた司書は、ふわもこうさたんズの来襲に、現金にも目を輝かせたのだった。 とはいえ、まだ司書は、何も気づいていない。 綾に背負われ、あれよあれよという間に、クリスタル・パレスに連行されるまでは。 Mission3◆その日の意味 ダルタニアが、ビッグボトルクラッカーを鳴らした。 陽光のように煌めくテープが宙を舞い、無名の司書に降り注ぐ。 「……え?」 何が起こったのかわからずに、司書はきょとんとする。 しかし次の瞬間――ぽろりと涙をこぼした。 「誕生日……? あたしの……?」 「むめっちお姉サマ、誕生日おめでとう〜!」 「いや〜。おめでたいですねー!」 「おめでとう、司書さん」 「めでたいことじゃ」 「おめでとうなのです」 「にゃ〜〜! んにゃ〜ご(レイドさんはまだ猫のフリ)」 「おめでとう」 「おめでとうございます」 「……ふふ。幸せがあなたとともにありますように」 「……おめでと」 木の仮装をしたコケが、ドライフラワーで作ったコサージュを、司書に飾った。 水彩画を思わせるような、やわらかな色合いのグリーンの花が、黒いコートに咲いた。 次々に、プレゼントが渡される。 綾からは、膝掛けにもなる、黒い羊のぬいぐるみを。 優からは、壱番世界の地ビール詰め合わせを。 ダルタニアからは、軽くてふかふかでやわらかな毛布を。 ロキからは、お手製のアイシングクッキーを。 レイドからは、黒猫と白猫のぬいぐるみが入った、綺麗な箱を。 一からは、秋葉原ジェノサイダーズ製の、それをかければあら不思議、相手の個人情報まで見えちゃう盗撮用サングラスを……! そしてジョヴァンニは、オレンジの薔薇の花束を渡した。 その花言葉は、 無邪気。愛敬。爽やか。信頼。 そして――絆。 幸せの魔女の微笑みが、ゆったりと、その場を満たしていく。 Mission4◆この先、何があっても パーティーは進む。 綾と一は、うさぎの着ぐるみのまま場を盛り上げ、 ロキとジョヴァンニは、お互いの家族のことなどを語り―― 優は、見事なギャルソンぶりで給仕をしながらも、皆の写真撮影に余念がなかった。 もちろん、オートで、全員での写真も撮った。 パーティーは進む。 司書はくぐもった声で、綾に言う。 ――ありがと、綾たん。大好き。 この先、何があっても、大好きだよ。 パーティーは進む。 少しずつ、少しずつ、皆はアニモフに変わっていく。 優と綾は、ルルーを思わせるベアに。 ジョヴァンニは、毛足の長いきつねに。 ゼロは、もこもこな羊に。 レイドは、まんま、猫に。 ダルタニアも、意表を突いて、猫に。 マルチェロは、大きめの犬に。 コケは、愛らしいリスに。 一一 一と幸せの魔女と無名の司書は、揃って、茶・白・黒の、うさぎに。 一同は驚き、騒然とするけれども―― それさえも、楽しい余興として、笑いさざめく。 パーティーは進む。 誰かの欠伸をきっかけに、アニモフたちに、幸せな睡魔が訪れた。 ♡♡♡ 「んも〜! 何やってんのよみんなー!」 貼り紙の表現が、ちょっとツン過ぎたかな〜と心配になって、早めにモフトピアから引き上げてきた小町たんは、アニモフ11匹が仲良く昼寝しているシュールな光景に困惑した。 それでも、お土産の「バクアニモフ型抱きまくら(256色あるので、お好みの色をどうぞ)」をひとりひとつずつ、そっと置いていくのだった。 Mission5◆司書室にて 時の止まった世界で、それでも運命は止まらない。 あの誕生日が夢のように思える今、無名の司書は、ようやく司書室を片付けはじめる。 ロストナンバーを、この部屋に呼べるように。 そしてあのときの写真を、飾ることができるようにと。
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