クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-20574 オファー日2012-11-28(水) 15:34

オファーPC 幸せの魔女(cyxm2318)ツーリスト 女 17歳 魔女

<ノベル>

 幸せは、どこにある?
 移ろいゆく木々の葉の下?
 いいえ
 笑いあう人々の間
 いいえ

 幸せはどこにある?

 幸せの魔女は生まれたときから幸せを求めるために生きてきた。それが彼女の存在意義であり、価値だからだ。だから幸せの魔女は己の愛と幸せを天秤にかけたとき、より重いほうを容易く選び取った。
 幸せを手に入れるために不幸の魔女を殺した。
 真っ黒なドレスを身に付けた不幸をまき散らす不幸の魔女は幸せを求める私の天敵だった。けれどわかっていた。見つめ合うたび、空気が震え。剣を交じり合わせるたびに、肌を熱くさせる、なにか。会えば会うだけ殺し合いしかしない。それでも幸せの魔女は不幸の魔女を心から、そう、心から愛していた。血まみれで交わした口づけから洩れた思いを良く覚えている。だからこそ、彼女を殺さねばならなかった。だって私は幸せの魔女ですもの! あのときの幸せ、身に満たされる爽快でいて何人たりとも否定できないほどの心地よさ!
 そして幸せの魔女は覚醒した。

 そうよ、だからね

「私は幸せでなくてはいけないのよ」
 走り出すロストレイルからひらりと白い花びらが舞い落ちる。背後でお節介な仲間が怒鳴っているのが聞こえたのに金色の髪を悪戯ぽく揺らした幸せの魔女は振り返る。彼女の月色の眸が日向にあたる猫のように細められて輝く。
「あら、私は幸せの魔女よ? おばかさんたち!」
 ゼリーのような柔らかな唇が弧を描き、ロストレイルを見送る。もうこうなっては次がくるまでは戻ることは出来ない。
 けど、それでいい。
 幸せの魔女は歌いたいような気持ちで歩き出す。今は少しだけ満たされているから。
「本当に、この私ともあろう者が偽りで満たされるなんて! これじゃあ、魔女たちの笑い者になるところだったわ!」
 長い道を歩き、階段をのぼり、幸せの魔女は駅から外へと出る。
 虚ろのような夜に覆われた世界。そこに無造作に立ち並ぶビル、鼻孔に薫るのは死、そして悪臭。
 この世に地獄があるならば、きっとそれはここ、インヤンガイだ。
「幸せを見つけるにはうってつけの夜じゃない!」

 この日、幸せの魔女は幸せのためにハオ家討伐にあたった。
 あそこにはきっとあの人がいるとわかっていたから。
 私は幸せの魔女よ。
 一度、狙いをつけた幸せは絶対に手にいれるのよ。ねぇ無名さん

 依頼通り、ハオ家は崩壊した。きっと理想的な意味で。
 長であるジョカは生首になった。部下だったアサギとハナブサは生きたまま捕えられた。無名は――死んだ。

 幸せの魔女は歩きだす。
 街頭なんて気の利いたものなんてない暗闇の路地は人の声も生き物の気配がなにもかも失われたような静寂に満たされていた。
 ときおり、闇が薄くなるのに幸せの魔女は足を止めて顔をあげる。漆黒の天に、銀色の月が笑っている。幸せの魔女も親愛の笑みを浮かべた。
「あら、あなたはずっとそこで見ていたのね。ふふ……私? 私はこれから幸せのために行くのよ」
 幸せの魔女は月に挑みかかるように告げた。
「だって、私、おなかが減って、減って、もう死にそうなのよ。無名さん」

 依頼の達成のあと、丁重に送られたホームで仲間たちとともに無言でロストレイルを待っていた。依頼にそれぞれどんな感想を抱くのかは自由だ。だから幸せの魔女は誰にも何も言わない。ただ感じていた。この両手で、奪い取ったはずなのに。不幸の魔女の肉体を貫いて、命をむしり取って、口に運びいれたようにしたのに。なのに、なのに。どうして、どうしてなの? こんなにも満たされない! それは幸せの魔女を困惑させ、驚愕させ、ついには憤慨させた。胃袋はまるで砂漠で何日も彷徨った旅人のように嘆き、心は飢えた狼のように暴れ回っている。それでも幸せの魔女は認めることができなかった。私が間違えた? いいえ、私は間違えてなんていない! だから待った。ロストレイルが来るのを。仲間たちと帰路につこうとしたとき、心でも体でもない、何かが背中を押した。だめよ。私はまだ
 幸せを奪えていない。

 無我夢中で駆けていた。

 ねぇ無名さん、あなた、うそつきだわ。あのとき約束したわよね。奪えるなら奪えって。だから私、磨いたのよ。女を、殺しの腕を、
 殺し合いこそこの世で最も尊いことなのだから。
 私は間違ってはいないわ。

 幸せはどこにある?

 はじめに殺したのは幸福の魔女だった。名前が似ていることが許せなかった。そのあとも幸せの魔女は自分のために殺しを繰り返していった。そうすることで少しだけ心が穏やかになることがわかったからだ。決定的だったのは不幸の魔女を殺したとき。あのときにようやく理解した。奪うことの尊さを。
 不幸の魔女さん、あなたは私にいろんなことを教えてくれたわね。ふふ。

 だから私は間違っていないわ。
 私は幸せの魔女
 何人たりとも、私の邪魔は出来ない。


 幸せの魔女がふらふらと歩いていると、目の前で黒い車が停まった。幸せの魔女は足を止める。とたんに体が乱暴な力で持ちあげられた。目を向けると、いつの間にいたのか黒服の男が荷物みたいに背負われて運ばれる。まぁ、なんて女性の扱いがなってない人たちなのかしら?
 乱暴に車の後部座席に押し込められた幸せの魔女は乱れた髪の毛を撫でた。
 前の席に座るスーツ姿の男たちが小声で囁き合う。
「この女だろう?」
「ああ、間違いない。全身白ドレスなんてイカレた格好だ。間違うはずないだろう」
「始末はどうする?」
「例の場所で」
 耳障りな声を聞きながら幸せの魔女のぼんやりとした眸が前だけを見つめていた。
「とめてくださない? 私、行くところがあるの」
「しゃべったぜ」
「ほっておけ」
「とめてくださらない? 私、これから行かなくちゃいけないところあるの。あなたたちの相手をする暇はないのよ」
 男たちが笑いあう。
「とめてく」
「そりゃ無理さ。あんたはこれから俺たちといいところにいくんだ」
「あら、いいところ? 不幸な匂いしかしないのだけど」
 幸せの魔女は笑った。
「私は幸せの魔女よ。不幸なところにはいけないの」
「幸せ?」
「幸せな魔女?」
 その言葉は幸せの魔女の逆鱗に触れた。
「私は幸せの魔女よ! 下等な人間の分際で」
 幸せの剣を抜きいた。完全に油断していた男たちが目を見開く。あら、おばかさんたち!
「私の邪魔をするなァ!」
 幸せの魔女は手負いの獣のように叫び、暴れ出した。剣が舞い、鮮血の血が散る。けれどちっとも尊いと思えない。ああ、これは幸せになるためのステップなのね。なら我慢しなくっちゃ。
「おい、なんだ、この女っ」
「自分のこと、幸せな魔女とかいいやがって」
 男の喉を鋭い刃が貫いた。
「物覚えの悪い人ね。私は幸せな魔女じゃないわ」

 耳元で声がした。
 ――そうね、そうね、本当は不幸な魔女
 耳障りな笑い声がして幸せの魔女は苛立ちげな顔でそちらを睨んだ。いるはずがない。あれはもう死んだはずだと仲間たちから報告されていた。けれどそこには真っ黒なドレスを身に付けた
「そうよね、あなたは幸せな魔女じゃない。私を殺して、満たされた? けど、満たされたのは一時だけ。次がなくては生きていけない。永遠に満たされない」
 黒い唇がにっと笑う。
「本当は誰よりも不幸な魔女」
 幸せの魔女の剣が伸びて微笑む彼女の顔を突き刺した。彼女は霧散したが耳に声が響く。
「自分でも気がついているんでしよ? 幸せの魔女さん」
 幸せの魔女が剣を引き抜くと、がりっと音がした。見ると、剣が貫いたのは車のエンジン部分――ばちっと音をたてて火花が舞い、爆発する。
 それにあわせて車か目の前の建物に突撃した。
 悲鳴のような破壊音が轟いた。

 幸せの魔女。
 誰よりも幸せを求めて生きることが義務であり、存在理由の魔女。
 だから幸せは常に私のもの。
 けれど
 常に幸せは去っていく。

 幸せの魔女はゆらりと起き上がる。爆発した車から投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。けれどまだ生きていた。身を起こしたときの痛みからアバラ骨が二本ほど折れたのだとわかる。
「けど、これだけの怪我で済んだ……やっぱり私は幸せだわ」
 幸せの魔女は微笑み、立ち上がると服の汚れを払った。
 舞い散る火花と焼けつく炎をものともせずに歩きだす。

 幸せはどこにある?
 夜深き闇の底?
 いいえ
 あなたを殺したらあるのかしら?
 いいえ
 どこにも。

 じゃあ、幸せはどこにあるのよ! ねえ、無名さん!

 見慣れたビルに来ると幸せの魔女は怪我をものともせず駆けだしていく。剥き出しのアスファルトの階段を駆けて、駆けて、駆けて。息を乱し、額に汗をかいても、それでも前へ、前へ、前へ。それしか方法がないように。そう、幸せを手に入れるために。

 あなたが奪えといったのよ。私はそれを奪ったわ。私のすべてを使って。なのにあなたは――私は幸せだったのよ。なのに、どうしてあなたをひと思いに殺さなかったのかしら? だって、幸せは奪わなくっちゃいけないのよ。そうね、覚醒してから自分の幸せのために周りに幸せを与えるってことも覚えたわ。けれど、あなたは、あなたは私に奪えといったのよ。ねぇ無名さん

 階段が終わった。

 軋むドアを押し開けて外へと出た幸せの魔女の顔に強風があたる。幸せの魔女は負けまいと前に進みでる。それしか知らないように。
 前へ、前へ、前へ。
 幸せを手に入れるために。

「ここは、そうね。無名さん、あなたとコーヒーとサンドイッチを食べたところじゃない」
 幸せの魔女は突き進む。

 強い風に体がおされる。目を開けていられなくて。負けまいと足を踏ん張ったとき、体にあたるなにかがあった。唇に触れる感触は覚えている。何度も交わした口づけは、いつも血の味がした。幸せの魔女は手を伸ばす。それを掴むために。私は
 手を伸ばしたとき、手をとられた。そして誘われた。幸せの魔女は閉じた眸で困惑するようにその力に身を任せた。ひっぱられていくのに。つい刃向かう。私は幸せの
 そうすると力はじゃれるように引いて、今度は押す。幸せの魔女は素早く足を動かしてステップを踏む。スカートが触れる。甘い香りがした。私は幸せの魔女よ

 いつしか微笑んでいた幸せの魔女は踊る。

 そして目を開けたとき、やはり一人ぼっちだった。幸せの魔女はスカートの両端を持って体をさげてみせた。すると、ひらりと何かが落ちてきた。見上げると真っ白い花が雨のように落ちてくる。それがビルの水タンクに咲く白花からの祝福だと理解した。
「けど、こんなビルの屋上に花なんて」
 そこで幸せの魔女は笑った。
「意外とロマンティクなのね」
 そして振り返る。

 紺碧の空を覆う白銀を。それは幸せの魔女のドレスと同じ白。

「無名さん」
 幸せの魔女は微笑んで歩きだす。あと数歩。
 ビルの端。
 空に落ちるか、それとも地上へと墜落していくかの場所。
 太陽がすべてを照らす。
 街を
 人を

幸せの魔女は両手を広げた。これすべてが彼が私にくれたもの。白い花びらがひらひらと落ちていく。
太陽の日差しが包む白が。
 この世のすべての白。
 私の色。

「無名さん……私、とても幸せよ」

 幸せはどこにある?
 もう問わない。
 この両手に余るほどにあるから。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。

 タイトルの意味は運命の女、宿命の女という意味です。別の意味では破滅という意味でもあるそうです。

 そーいえば、幸せの魔女さん個人でオファーをいただくのははじめてでしたね。
 きっと形在るものだとおばかさんといわれそうだし
 だからって形ないものだとおばかさんと言われそうだし
 ……レディを満足させるのは難しいぜ(バイ・無名)
 というわけでがんばってみました

 この幸せで、満足いただけたのか。ちょっと不安なのですが。だって幸せの魔女さんの判定は厳しそうなので
 どうか無名なりのがんばりを認めてあげてください

 また、どこかの空の下で巡り合えることを祈っています
公開日時2012-12-31(月) 08:50

 

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