気付いた時、あなたの視界は真っ白だった。 一拍置いて、周囲を見渡すと白いカーテンに包まれたベッドの上、清潔なシーツにくるまれた自分の体に気がつく。 何が起きたのか。 軽い混乱を覚えて体を起こす。 途端、全身に激痛が走った。「！！」 痛む身体を抑え、ベッドを覆う白いカーテンを開けると、白黒のドレスの女の子――キサがにこりと笑う。「気がついた？ キサね、今日、ここにたまたまいたの。だいじょうぶ？ あ、人を呼んでくるね！」 キサがコップと水差しを手に取ると、そのコップの半分ほどまで水を注ぎ手渡してきた。 手にとって、一気に飲み干してから一呼吸。 少し落ち着いてあたりを見渡すと、広い部屋にベッドがいくつも並んでいる。 三分の一ほどはカーテンに覆われているところを見ると『お仲間』は何人かいるようだ。 ぼんやりしているとキサが呼んできたらしい医療スタッフが歩み寄ってきた。「命に別状はないし、後遺症も心配ないと思う。だけど、まったくの無事というわけでもないから、ゆっくり休んでいくと良い」 ここはコロッセオ併設の医務室。 一見して病院の病室というよりは、学校の保健室に近い設備が整っている。 ただし、優秀な医療スタッフが数人ほど入れ替わりで担当しており、備品も一通りそろっていることから、全身骨折から虫刺されにいたるまで大体のことに対応が可能であった。 主な患者はコロッセオで試合をした後のケガ人だが、それに限らず、ケガ人や病人を幅広く受け入れており、０世界の治療施設として機能している。 数年ほどロストナンバーをやっているものに限れば、一度も世話になった事がないという者は珍しいだろう。 医療スタッフはカルテ代わりの用紙をバインダーに挟み、こちらの顔を覗き込んできた。「喋れるかな？ じゃ診断を始めるよ。何があったか聞かせてくれる？」●ご案内このソロシナリオでは「治療室での一幕」が描写されます。あなたは何らかの事情（ケガ、病気）で、治療室に搬送されました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・何が理由で病気・ケガをしたのか回想シーン、あるいは医療スタッフへの説明などの記述を推奨しますが強制ではありません。その他に・独白・治療中の行動・その他、治療室での一幕などをプレイングとして推奨です。
狡猾な猫のような金色の瞳を小蠅でも見つけたようにうっとおしげに細めて幸せの魔女はため息を吐く。 片腕を動かそうと試してみるが腹が立つことにちっとも動かない。 大輪のような生気に満ちた肌は今、雪のように白く、いつもは淡色の唇もやや青白く染まっていた。ひどい疲労の影が枯れ果てた花びらのように、全身を包んでいた。 「依頼の為とは言え、三人同時に私の幸せを分け与えるだなんて無茶はするもんじゃないわね。おかげでもう指一本動かせないわ……嗚呼、幸せ、幸せが欲しいわ」 体が動かないことへの不満をせめて言葉にする自由が存在したのはささやかな幸福だった。 「あとで与えた分はきっちりと返してもらわなくっちゃね、ふふ」 唯一の楽しみといえば与えたものへのささやかな返還要求ぐらい。あーあ。やだわ、やだわ。すごく退屈だわ。この幸せの魔女を退屈させて殺そうっていうの？ 医務室の連中は！ 「だいじょうぶぅ？」 こっそりとキサが覗き込んでくるのに幸せの魔女は一瞥を向けた。 出会ったとき、その名前からインヤンガイで死んでしまったお友達のことをふと、思い出して懐かしさが胸を突いた。 まさか、ね。 同性同名といっても、きっと違う。だって魂の色や纏う雰囲気が別人なのだもの。転生なんてことをちらりと考えた己の吐き気すら催すロマンティクさを鼻で笑った。 もし死んだら、あの世でキサさん、またゆっくりと闇鍋をしましょうね。 「アデル・キサさんね。ふふ、こちらにいらっしゃい。暇をしているんでしょ？」 幸せの魔女の寛大な声にキサはぱっと喜んで近づいてくる。そこが蜘蛛の巣だとも知らずに。 キサは椅子に腰かけて幸せの魔女を見てにこにこと笑う。 「あのね、スタッフさんのお手伝いなの、なんでも言って！」 「がんばっているのね。そうね、じゃあ、とりあえず喉が渇いたわ」 「わかった、お水を」 急いで立ち上がろうとするキサに幸せの魔女は目を細めた。 「お茶を淹れて頂戴な。急須で淹れた熱～い緑茶がいいわ。安物の茶葉を使っちゃダメよ」 「ふえ！ わ、わかった！」 童話に出てくる意地悪な継母のような幸せの魔女相手にキサは生真面目に頷いて、いそいそと医務室にある高級茶葉と急須をゲットすると、こぽこぽこぽとコップに注ぐ。 熱いために白い湯気たつお茶を無事に淹れたキサはふぅと額の汗をぬぐった。 「じゃあ、飲ませて頂戴」 「え」 「私、動けないのよ？」 くすっと幸せの魔女は微笑む。 「えっと、どうやって」 「自分で考えたら？ あら、そうね、せっかくだし、口移しでもいいのよ？ そうね、熱いと火傷しちゃうから、キサちゃんの口のなかで冷やしてほしいわ」 「わ、わかった」 キッとキサはお茶に口つける。あちゅと言いながらふーふーと冷やして、飲む姿に幸せの魔女はにぃと優雅に微笑む。 が、内心 え、まぢで？ まじなの、キサちゃん。やだわ、七夕さまが私の欲望を叶えてくれるのね！ 「ごっくん。あ、全部飲んじゃった……ご、ごめんなさい」 ふるふると涙目で見つめるキサを叱るのはさすがに出来ない。 「……ふ。いいのよ。そのオチは想定内。じゃあ、林檎が食べたいわ。甘～い蜜の入った、ブランドもののやつ。勿論皮は剥いて食べ易い大きさに切り揃えてね」 「は、はい！」 再びキサは猛ダッシュして医務室のなかの高級林檎をゲットすると早速皮を剥きにかかる。幸せの魔女のために一生懸命に。 その姿に幸せの魔女は恍惚としていたが ざく、ざく、ぎりがりりり。 「……キサちゃん、貴女、もしかしなくても」 「包丁、使うの難しい。うう、手、切っちゃった、あう、身も」 「……どじっ娘なのね。けど、まって、これって」 もう、仕方ないわね、私がその指をちゅちゅしてなおしてあげるっていうフラグじゃね？ そうよ、これは私のための素敵なフラグ。チャイ=ブレ、よくやった！ 「キサちゃん、私が」 「ハハハ。キサちゃんたらまだまだ不器用なくせに包丁なんて使って、はい、手当しておいたよ。もう無理しちゃだめだよ？」 「ありがとうございます。わぁ、林檎まで剥いてくれて、よかったね、幸せの魔女さん！」 医療スタッフ(三十七歳 独身)爽やかなイケメンがさらっとキサの指の手当をして、林檎も剥いてしまった。無駄な器用さ発揮してうさぎさんにされているのが憎い、憎すぎる。 「私から幸せを奪うなんていい度胸ね、あの人……動けるようなったらみてごらんなさい」 ぼそっと呪詛を吐きながら幸せの魔女は、キサに向けては優しい笑顔を浮かべる。 「ふふ、じゃあ、あーんを」 「え、だめですよ。魔女さん、動けないんだから、寝た状態で食べて喉に詰まらせたら、いくらあなたでも死にますよ？」 「え、そうなの！ うう、じゃあ、林檎はやめておこう。魔女さん」 ……ホント、空気読めよ、爽やかイケメン三十七歳。 「私服のままじゃ寝苦しいし、パジャマに着替えたいわ。悪いんだけれども、着替えを手伝ってくれないかしら。もう体が全然動かなくて。下着も替えたいわ」 「着替え？ うん。キサ、できるかぎりがんばる」 「ふふ、そう、ありがとう」 カーテンをしめて、キサと幸せの魔女は狭いベッドの上で二人きりになる。キサは恐る恐る白い服に手を伸ばして、ボタンをひとつ、ひとつ、丁寧に外しにかかるが 「いた」 「え、キサの爪、あたっちゃった！」 「私の白肌に、なんてことをしてくれるのかしら。貴女の事を信頼して頼んだのに」 「ご、ごめんなさい、魔女さん」 「謝れば済むと思うの？」 「え、えっと、おしおきするの？ キサ、魔女さんのお願いちっとも聞けない悪い子だから」 「ふふ、そうね、そうしなくっちゃね。さぁ、おしおきしてくださいっていってごらんなさい。ちゃんと」 あらやだ。裸できゃきゃは無理だけど、これは、これで――などという魔女の邪まな気持ちにキサは気が付かずに小首を傾げて 「？ えっと、キサ、魔女さんのお願い聞けない悪い子だから、おしおき、して、ください？」 「キサちゃあああん！」 がばぁと幸せの魔女はキサを押し倒してぎらぎらと肉食獣の目で見下ろす。 「私がおしおきを」 「はい。失礼しますって、あ、動けるんですね。だったら退院していいですよ？ ベッドが今足りないので、すいませんが、お早くお願いします。キサちゃん、あっちに御菓子あるよー。いっておいで」 「え、御菓子！ たべるー。ごめんなさい魔女さん、おしおきはあとで！」 爽やかイケメンがカーテンを開いてにこりと笑う。キサにいたっては御菓子に去ってしまった。 「あなたわざとなの？ わざとでしょう？」 ぴきぴきと青筋をたてた笑顔で幸せの魔女は問う。若干、殺気のオーラも漂っている。 「ここは神聖な病院ですよ？ 他の怪我人もいるんですよ？ それも何も知らない女の子になにしてるんですか、通報しますよ？」 「……一度ならず二度までも！ 爽やかな独身イケメンの分際で、よくも！」 「イケメンなんてほめてくださり、ありがとうございます」 「褒めてないわ！」 依頼のためとはいえ自分の幸せを与えすぎたツケがこれなの？ ……今後はほどほどにしましょうっと
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