「ようこそ、クリスタル・パレスへ……、って、どうしたんだ絵奈!」 ためらいがちに入口扉を開け、面映そうに佇む舞原絵奈に、シオンは目を見張る。 絵奈は、それはそれはセクシーな黒のワンピースを着ていたのだ。 大胆に切れ込んだVネックは、豊かな胸をまぶしいほどに強調している。きゅっと絞ったウエスト部分は総レースになっており、ちらりと見えるおへそがなまめかしい。 腰から広がるドレープはいつもの絵奈の愛らしさを残してはいるが、大人の女性の妖艶な魅力が圧倒的だ。 しかし、絵奈の表情は晴れやかではなかった。どこか、沈んだ印象さえ受ける。「なんとなく、です」「いや……。でもさ」「たまにはこういう服で、美味しいものが、食べたい気分で」 絵奈はことばを濁す。 実は、今日は、絵奈の誕生日だ。覚醒してから二度目の誕生日で、もし加齢が止まっていなければ18歳になる。 もういい加減、半人前と言ってはいられない。 でも、私は何も変わってない気がする。 早く大人にならなきゃ。 ……だけど、どうすれば? 周囲の友人たちは、それぞれの未来に向かって進んでいる。 しかし自分には、具体的なものがまだ何も見えない。 自身の失われた記憶は気になる。だが、そのために故郷に帰るというのも違う気がするし、知ってしまうと、今までの自分が全部壊れてしまう……、そんな気持ちにもなるのだ。 過去の記憶など、取り戻さないほうがいいのかもしれない。それでも知りたいと思ってしまう自分を、どう抑えればいいのかわからない。 なんとなく、というのは、嘘ではない。 もともと絵奈は、誕生日には、ひとりでショッピングをしたり食事をしたりといった自分へのご褒美をする、という習慣がなんとなくついている。 特別な記念日を、このカフェで過ごしたひとびとの話は聞いたことがある。 もし、前もって予約し、伝えておいたなら、華やかなバースディスイーツと、色とりどりの花々でもって出迎えてくれるのであろうことは、わかっている。 それでも、絵奈は、そうはしなかった。 もやもやした気持ちを抱えながらの誕生日にふさわしく、今日、この服で、ここに来て、美味しいものを食べたかった。それだけだ。「……そうか。うん、そうか。……おれのためか。うんうん」 シオンは勝手に誤解し、ひとり頷いている。「絵奈の気持ちはよぉぉぉくわかった。童顔にダイナマイトボディという、男の理想の具現を、よりダイレクトにアピールしようってことだな。オッケーばっち来い、おれはとっくにおまえの虜だ!」 真剣に真っ正直にゆるぎなく、胸の谷間をじぃぃぃっと凝視したシオンは、しかし、すぐに鼻を押さえてしゃがみこむ。「何てこった。鼻血が止まらん」「あの……。大丈夫ですか?」 困惑する絵奈のもとへ、金の翼のグース三兄弟が駆け寄ってくる。「こらシオン。品位に欠ける接客をするんじゃない。無名の司書さんじゃあるまいし」「そうだよ、絵奈ちゃんに失礼だよ」「もう早退したほうがいいんじゃない?」 グスタフはシオンの首根っこを掴み、グーシスはその鼻にタオルを押し当て、グレゴールはとりあえず床に点々とついた鼻血を拭き取った。「ああ、でも、わたしも驚きました。その……、大人びた装いでいらっしゃったので」 絵奈を見つめるグスタフの頬にも、少し朱が走っている。「似合わないですか?」「いいえ。思いのほか、よくお似合いなので驚いたのですよ」「……本来の私は」「はい?」「……きっと、白くてふわふわしたものより、こういう服の方が似合う人間なんじゃないかなって……」「絵奈さん」 グスタフは何ごとかを察し、深々と一礼する。「ようこそ、クリスタル・パレスへ。精一杯、おもてなしさせていただきます」「うんとわがまま言っていいよー」「メニューにない注文も大丈夫だ。何でもオーダーしてくれ」 グーシスとグレゴールは、ゆったりとした窓際の席に、絵奈を案内した。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>舞原 絵奈(csss4616)=========
+□+■+Special Menu 革張りのグランドメニューをグスタフが捧げ持つ。絵奈の目線の移動に合わせ、グーシスがページをめくる。グレゴールはいったん厨房に行き、ペンギン料理長に本日の仕入れ状況と素材のコンディションを確認したうえで、アレンジメニューの説明を始めた。 「ここには載ってないけど、もしお腹空いてるんだったら、冷製パスタがおすすめかな。ブルーインブルーで獲ってきたばかりのイカと明石産のタコと富山湾の白エビが入荷してるし、店の菜園スペースでトマトとバジルを採ってこれるしね。スイーツのほうが良ければ『料理長の漢気炸裂旬の果物をどこまで盛り込めるか限界に挑戦タルト』もいけるらしい」 「えー? せっかく絵奈ちゃんが来てくれたのに、そのアバウトな男の料理はどうなのさ。味が良ければいいってもんじゃないんだよ。女の子のお客様に特別メニューをお出しするんだから、もっと繊細に華麗にロマンチックにいこうよ」 グーシスが異議を唱え、もっともだ、と、グスタフは頷く。 「そういった、目に美しいスイーツの演出はシオンの得意分野だが、早退してしまったしな。どうしましょう、店長。呼び戻しますか?」 「その必要はないだろう。私が作ることもできるが、それより――」 ラファエルが微笑み、静かに言う。 「絵奈さまのために、きみが作って差し上げなさい」 「わたしが、ですか?」 「ひととおりの基本はマスターしているだろう?」 「しかし、料理長や店長やシオンの領域には、とても及ばず。どんなものをお作りすれば今のお気持ちに添うのかもわかりかねます」 「それはそうだろうね。絵奈さまも、何を頼めばよいのか、決めかねていらっしゃる」 「あ……、はい」 真剣にメニューを見ながら、絵奈は途方に暮れている。 「メニューにあるものもないものも、どれも全部美味しそうで、迷ってしまって……」 「ゆっくりお考えいただいて、かまいませんよ」 「あの」 意を決して、顔を上げた。 「少し、皆さんとお話させていただいてもいいですか」 +□+■+Special Talk 絵奈のいるローテーブルの席は、四人掛けがゆうに可能なゆったりしたソファになっている。店長から歓談許可が出たグース三兄弟は、絵奈の隣の席を見苦しく争い始めた。 「絵奈さんの隣には、やはりわたしが」 「何が『やはり』だよ、どこに根拠があんだよ」 「てか、絵奈ちゃんに選んでもらうのが筋じゃないかな?」 「……それは、確かに」 「絵奈ちゃーん。誰がいい? 堅物の長男か、自由でお茶目な次男か、掴みどころのない三男か」 「俺を選んでくれてありがとう。で、何から話そうか?」 「「選んでないだろー!」」 どさくさまぎれに、さっさと絵奈の隣に座った三男に、長男と次男が異議申し立てをした。 絵奈はくすくすと笑っている。 「仲がいいんですね」 「「「 え? 」」」 意外な感想に、三兄弟は顔を見合わせた。 「皆さんは……、ずっと一緒だったんですか?」 ずっと、いっしょ。 まるで祈りのように、絵奈は問う。 「それは出身世界においてともに暮らした家族であり、同時期に覚醒し、それ以降もともに過ごしてきたのか、ということですか?」 生真面目に答えたグスタフに、あちゃー、と、グーシスが顔を覆う。 「うんまあ意味はそうなんだろうけどさ、あのさ兄さん、もうちょっとさー、ウェットでナイ〜ブな返しができないかなぁ」 「何か問題でも?」 「俺たちはフライジングの出身なんだ。クリスタル・パレスに勤めてるトリで、同じ世界出身なのは、店長とシオン、あと、ジークフリートさんもそうだけどね」 兄たちを無視して、グレゴールが続ける。 「シオンと店長――ヴァイエン候については、たぶん、知ってるよね? ジークフリートさんは、王国じゃなくヴァイエン候直属の騎士団の長だったけれど、俺たち兄弟はずっと、王国の首都ローゼンアプリールで暮らしていたから、あまり面識はなくて」 「わたしたちは幼いころヒトの帝国との戦乱のおり両親を失い、祖父に引き取られ成長いたしました。祖父は王宮博物館の研究員でもあり、古文書の解読に長けた筋金入りの文官でした。両親も文官の末端でしたので、しぜん、わたしたちも、文官として勤めさせていただくことになりまして。一日でも早く祖父のようになりたいと、三人で独自に研究していた古い書を読んでいましたら、いつの間にやらターミナルに」 グスタフは淡々と、表情を変えるでもなく、その半生を語る。 「そうなんですか」 絵奈はふっと目を細める。 「おじいさまは、すてきなかただったんですね。皆さんが目標にするくらいに」 「頑固一徹で、家でも仕事の話しかしませんでしたけどね」 「叱られた記憶しかないなー。もっとしっかりしなさい、努力を怠らず、つねに自分をみつめなさい、みたく」 「根っこは善人だけれど、どうしても自分の価値観に縛られてしまうところはあった。ヒトの帝国への恨みを捨て切れないところとかさ。息子夫婦を亡くしてしまったから、仕方のない部分もあるんだけど」 「――皆さんは、すてきな家族だったんですね」 「そう……、なんだろうか? そう思うかい?」 首を傾げるグレゴールに、絵奈は大きく頷く。 「私、家族というものに憧れてたんです。あったかくて、苦しみや悲しみを全部包み込んでくれるようなイメージがあって」 「え〜? でも、それってさ」 グーシスがグスタフを見る。グスタフは、少々照れくさそうに言った。 「その……、それはそのまま、絵奈さんのイメージに重なるような」 しかし、絵奈は、哀しげに顔を伏せる。 「いいえ。私はたぶん、家族というものを作ることはできません」 「そんなことは」 「家族だと思って慕っていたひとには、いつも嫌われてきました」 「それはあり得ませんよ。絵奈さんを嫌うかたがいるなど、信じられません」 思わず立ち上がったグスタフを、まあまあ、と、グーシスが座らせる。 「覚醒前、お姉ちゃんに婚約者ができた時……」 絵奈が声のトーンを落としたので、三兄弟は息を詰め、顔を寄せて、そのことばを聞き取った。 + + + 私は、そのひとにすごく懐いていました。 家族が増える。 それが単純に嬉しくてうれしくて。 子犬みたいにつきまとって、どうでもいいことを話しかけて。 でも、それが、そのひとには鬱陶しかったみたいなんです。 結局、お姉ちゃんは結婚できないまま死んでしまった。 私が、必要以上に彼に関わったせいで。 覚醒した後、同じ世界出身の人に会って……。 いろいろ話すことができて、楽しくて。 私、そのひとのことを、お兄ちゃんみたいに思っていました。 けど、今は避けられています。 やっぱり、懐き過ぎて嫌われたんです。 私は、誰かに近づき過ぎちゃいけない。 そういう人間なんだって思うんです。 + + + 「そんなことはありません!!」 テーブルをばぁんと叩いて、グスタフがまた立ち上がる。 「何度でも言います。絵奈さんを嫌うひとなんていません。避けられていると感じたのなら、それは相手のかたに、そうせざるを得ない何らかの事情があったのですよ」 「いいえ。違うんです、やっぱり私のせいなんです」 絵奈は首を横に振る。その肩にグスタフが手を置く。 「そのかたをここに連れて来てください。きっと何らかの誤解や行き違いがあるんです。絵奈さんとじっくり話す機会が設けられればきっと」 「ありがとうございます。でも、いいんです」 グスタフの手を、絵奈はそっと外した。 「愚痴を言ってごめんなさい」 大きな瞳が、涙で曇る。 「こうしてクリスタル・パレスに来たのも、皆さんが優しくしてくれるのがわかってたからなんです。いつもと違う服を着ていれば、気にかけてくれると思ってたからなんです」 私、酷いですよね……。 ずるいですよね。 これできっと、嫌われる。 訪ねるたびに歓迎してくれ、何かと気を使ってくれた彼らにさえも。 「ごめんなさい」 こぼれる涙を見せたくなくて、絵奈は席を離れた。 扉を開け、店のそとへ走り出す。 +□+■+Special Family 「絵奈さん……!」 グスタフの行動は素早かった。 間髪入れず、そのあとを追う。 「おぅ、堅物の兄さんらしくない熱い反応だね。いい傾向」 「持ってかれちゃうかな?」 「さあ? 何しろ堅物だし」 + + + 絵奈はなかなか健脚で、グスタフでさえ追いつくのには骨が折れた。 ようやくその手を掴むことができたのは、画廊街をとうに抜け、世界図書館が見えるくらいの場所である。 「聞いてください、絵奈さん。たしかに、わたしたち三兄弟は覚醒前も覚醒後もずっと一緒でした。だから『三兄弟』としては孤独を感じることはなかった。ですが、わたしたちは『三人兄弟』ではないんです」 「……?」 「妹がひとり、いるんです。グレゴールの下に。彼女は古文書などは苦手で、いつか王国の近衛騎士団に入るのだと、剣の練習に余念がありませんでした」 「妹さんが……」 「祖父ともわたしたちとも相性が悪く、おじいちゃんもお兄ちゃんたちも嫌いよ、私はいつかこの家を出るの、文官になんかならない、というのが口癖でした」 「今は、どうしてらっしゃるんですか? フライジングが発見されましたし、会いに行くことはできますよね」 「偶然にも、同じソーンダイク姓の『小町』という娘が従業員にいましたのでもしやと思ったのですが、ひと違いでした。そしてお恥ずかしいことに、妹の現在の消息は確認しておりません」 「どうして?」 絵奈は涙の溜まった瞳で、グスタフを見る。 「だって……、寂しかったはずですよ? 三兄弟の皆さんは仲が良くていつも一緒で――妹さんの前からすがたを消してしまったときでさえ、三人一緒で。ひとりだけ、おじいさまと取り残されて」 「ええ。ですから会う勇気がまだ、ないのですよ。わたしたちも、ずるいのです」 「グスタフさん」 「クリスタル・パレスに戻りましょう。絵奈さんにお出ししたいスイーツのイメージが今、浮かびました。 + + + ホワイトチョコレートで作ったカップに盛られた、白ワイン漬けの白桃。 彩りはミントの葉と、ひと粒のブラックベリー。 飲み物は、コーヒーの花の蜜をシロップ代わりに添えた、シンプルなアイスコーヒー。 白いスイーツに、黒のワンポイント。 黒く苦い飲み物に、白い花の蜜。 それは、絵奈がおずおずと聞いた、 「私、白と黒どっちが似合うと思いますか?」 という問いへの、グスタフなりの回答でもあった。 「二面性があるからこそ、絵奈さんは魅力的なのではないですか?」 ――Fin.
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