ACT.1■螺旋飯店(ルオシュエンホテル)からの招待 ナオト・K・エルロットの極私的調査によれば、壱番世界におけるバレンタインデー同様に、ホワイトデーという習慣も、お菓子業界の陰謀であるらしい。 とはいえ、全国飴菓子工業協同組合も九州の老舗菓子屋も東京の有名菓子店も「実はウチが元祖なんですよ黒幕なんですよ! それはそれとして、おひとつどうっすか、このホワイトデー限定スペシャルスイーツ。きっと彼女も喜びますよ!」と熱く激しく主張&営業をしているため、責任の所在は未だ謎に包まれているのだが。 加えて、「お菓子に添えて薔薇の花束とかレアなシャンパンとかジュエリーとか高級ブランドのバッグとか素敵なレストランでディナーとかどうっすか。彼女との関係も一層深まって以下略」と、花屋や酒屋や宝石店や鞄屋や飲食店までもが乱入し、盛大なコラボを組まれた日には、男子に戦闘の余地など残されていない。 とにかく、ナオトは、青海要18歳セーラー服のツインテールから、ありがたくも勿体なくもバレンタインチョコをいただいたのである。さるトレインウォーでチームを組んだのがきっかけで「隊長」「副隊長」と呼び合う仲ではあるのだが、そこにロマンスが生じているかというと、首を45度傾げたまま元に戻らないくらいには微妙な関係と言えようか。 こまけぇことはさておこう。 ホワイトデーを迎えるにあたり、要副隊長はナオト隊長に、「3倍返し」を、むっちゃ爽やかな笑顔で要求したのだ。 「インヤンガイのホテルレストランで、ディナーがいいな〜。洋館風のすてきなホテルがあるって聞いたの。お料理も、とても美味しいんだって!」 要たんはそう言い切った。 (……洋館ホテルのレストランでディナー) そういえばインヤンガイで、前館長の居所を調査すべく、大捜査線が設けられていた時期の報告書を読んだことがある。そのとき、館長ではないかと疑われていた人物のひとりが、螺旋飯店という洋館ホテルの支配人だったはずだ。 結局、支配人は、館長と別人であったことが判明したのだが、同時に、支配人が、夜な夜な酒場に出没し、遭遇した事件に無駄に首を突っ込んでは名探偵っぽい謎解きをするのが趣味という、悪趣味かつ性格悪ぃ男であることも明らかになった。 螺旋飯店の特徴は、わけありの客を腕利きの従業員が守ることを条件に、法外な宿泊料を取るところにある。当然、ホテル内のレストランメニューも法外だろう。 ……それでも。 要たんの、背伸びをしたい年頃の少女らしい望みに、実はナオト隊長、ちょっとときめいた。 たしかに値は張ろうがたしかに値は張ろうが避けて通れない問題なので2回言ったが――かなえてあげたい気がする。 「わかった。なんとかする」 「うれしいー! 楽しみにしてるね」 しか〜し。 一瞬だけ立ちそうになったロマンスフラグは、次の一言でへし折られた。 「あ、棗の席も一緒に予約してね」 「へっ?」 棗たんは、要たんの双子の妹さんである。ナオトはまだ一度も会ったことはないが、とても仲の良い姉妹だと聞いている。 要たんとそっくりな顔立ちで、無口で無表情だという妹さんと親睦を深めたい気持ちは、もちろんある。ありますとも。だけど、ホワイトデーにレストランでディナーつったら、ふつー、キャンドルはさんで差し向かいの図になるはずじゃん。洗練された料理に舌鼓を打ちながら見交わす目と目とか、そーゆー展開になるはずじゃん、ねえ? 「棗も来年は、義理チョコあげてもいいって言ってたの。だから棗の分も、3倍返しの前払いで」 「ちょーーーっと待ってよ要ちゃん。何その闇金融まっつぁおの暴利! それってもう、バレンタインとかホワイトデーとか超越した世界へ突っ走ってますけどッ?」 「副隊長命令です。服従するように!」 「……了解いたしました」 要が飼い主ならナオトは犬。要が御主人様ならナオトは下僕。 ナオト隊長と要副隊長の場合、副隊長のほうがエラいのであった。 そして―― あまりにも都合が良すぎる、もとい、運命的な依頼が出たのは、その直後だった。 「アーグウル街区の南、螺旋飯店(ルオシュエンホテル)へ行っていただけませんか?」 ――ホテル内のレストランで、白色情人節(ホワイトデー)限定ディナーを食べながら、ごゆっくりお過ごしください。女性には、ホテルからのプレゼントもご用意しているとのことです。 担当司書の説明に、ナオトは目を見張る。 それは依頼ではなくて「招待」ではないか。そんな美味しい話があっていいものか。 「って、本当にそれだけ? 他に何かあるんじゃないの?」 「………………いえ」 担当司書は、目を逸らして言葉を濁す。 (……怪しい) インヤンガイの依頼は、現地の探偵を通じて行われているはずだ。単なるホテルの招待を、わざわざ仲介するとも思えない。 「ああ、ディナー代は有料だそうです。フルコース料金・席料・サービス料を、現地で支配人にお支払いください」 「お金取るのーー!?」 依頼の主旨を訝しむナオトに、3名様ディナー分の、大変お財布に優しくない金額だけは、明瞭に提示されたのだった。 ACT.2■ロマンチックを止めないで アーグウル街区の異界路(イージェルー)は、インヤンガイの文化様式から逸脱した建物ばかりが並び立つ通りである。英国貴族の城館を模したつくりの螺旋飯店も、そのひとつだ。 復興ゴシック様式とでもいおうか、蜂蜜色の重厚な石材で組まれた外壁には、黄緑いろの蔦が、天然の装飾として絡みついている。 ナオトと要と棗を案内してきた、頬に逆十字の傷を持つ探偵は、鉄製の入口扉の前で立ち止まった。 「ここが螺旋飯店だ。フロントで、支配人が待ってる」 「うわぁ、すてき。来てよかったね。ねっ、棗?」 「、、、、、、うん」 ホテルを見上げて要ははしゃぎ、棗は独特の間を取りながら、こっくり頷く。 「じゃあ、俺は帰るぞ。あとはまかせるとしよう。……しかし、あんたらもまぁ……、よくこんな依頼を受けたな……?」 探偵は、もんのすご〜く気の毒そうな視線でナオトを見た。 「こんな依頼って、ディナー食べるだけだよね? そうだよね? そう言ったよね?」 探偵もまた担当司書同様に、詳細については言葉を濁したままなのだ。楽しげな青海姉妹をよそに、ナオトはイヤンな予感が止まらない。 すがりつくナオトに、ふっ、と、探偵は目を逸らし、 「……両手に花か。かわいい嬢ちゃんたちじゃないか。……何があっても、守ってやりな」 それだけ言って、立ち去った。 「探偵さぁんー! 不吉なフラグ立てたまま行かないでー!」 「かわいいっていわれたよ。探偵さん、いいひとだね!」 「、、、、、、うん」 「ようこそ、螺旋飯店へ。支配人の黄龍(ファンロン)です」 彼らを出迎えたのは、絹の仮面で目元を隠した金髪の男だった。 華やかなロビーは、しん、と、静まり返っている。 レセプションにいたのは黄龍ひとり。他の客はおろか、従業員の気配もない。 「ええと、招待された、っていうか、3名で予約した、っていうか……」 進み出たナオトをさくっと無視して、黄龍は、要と棗に、にこやかに顔を向ける。 「これはこれは、天空の池に咲く2輪の白蓮のように清楚なお嬢さんがたですね。本日は、あなたがたのために、特別なディナーをご用意させていただきました。お名前をお聞きしても?」 「あ、あたし、……っと、私は青海要です」 「、、、、、、、、、青海棗、、、です、、、、」 「もしもし、あの〜、支配人?」 「要さんに棗さんですね。さっそくですが、お席にご案内する前に、当ホテルからの記念品を贈らせてください」 銀のリボンがついた小箱を、要と棗は受けとった。開けた瞬間、ハートの形にカッティングされたひとつぶ琥珀のネックレスが、美しい輝きを放つ。 天然の琥珀らしく、それぞれ色が違っている。要の琥珀は、若葉の季節を彷彿とさせるライムグリーン。棗の琥珀は、上等な紅茶いろのティーゴールドだった。 「琥珀は、愛情をかなえる宝石でもあり、護身の宝石でもあります。おふたりの人生が、彩り豊かなものでありますように」 「わあ……! すっごく綺麗! ありがとうございます」 「、、、、、、ありがとうございます」 青海姉妹は、感謝のまなざしを支配人に向ける。ほったらかしのナオトさんは、はーい、と挙手した。 「あんのぉ〜〜〜。支配人? いちお、これ、俺の『3倍返し』ってことで、ここまで来たんですけどねッ? 料金払うの全俺なんですけどねッ? 少しは俺にも振り向いてくださいよぉ」 しかし支配人は、青海姉妹から目を逸らさない。 「ほころびかけのつぼみのような初々しさ。朝露に洗われた若葉の清らかさ。貴女がたをエスコートできる幸運な男など、輪廻転生の度に血の池地獄でのたうつがいい」 「そこまで!? そこまでいわれなきゃなんないのッ?」 「ねねね、あたしたちのこと、清楚で初々しくて清らかだって! 支配人さん、いいひとだね」 「、、、、、、うん」 「あのさ〜! ふたりともさ〜! 少しは俺にも振り向いてくれよぅ〜!」 ACT.3■ホラーなディナーにようこそ そして3人は、レストランに案内された。 水晶のシャンデリアが光を降りこぼす中、紅薔薇、白薔薇、黄薔薇のテーブルフラワーが盛られた硝子の器に、銀の燭台に灯された蝋燭が揺らめきを映す。 華麗である。ロマンチックである。 ……飴色に磨き抜かれた長〜〜〜〜〜いダイニングテーブルのお誕生日席に、ナオトだけがぽつーんと隔離され、青海姉妹は仲良く並んでいる、という配置でなければ、だが。 「ちょ、支配人! 何で俺だけ引き離されてんの!?」 「それはですね。ナオトさんの席を担当する配膳係に、危険そうなのを割り振っているからです」 「危険て! なにそれどーゆーこと? そもそも何で俺たち、ここに呼ばれたわけ?」 「やれやれ……。そんなこともご存知なかったとは。それに、要さんや棗さんに、お聞かせする話ではありませんよ」 大変筋の通った、基本的な質問であるにも関わらず、支配人は、まったく心外だとばかりに肩をすくめた。 「女の子に聞かせられないような理由なの!?」 「しーっ。声を落としてください」 青海姉妹の耳に入らないよう、ナオトのそばに来て声を潜める。 「実は先日、従業員たちと大喧嘩をしましてね……」 螺旋飯店は、わけあり客を高額料金で宿泊させる。客を狙ってくる刺客や暴霊がいたら、駆逐するのは従業員たちの仕事だ。ゆえに、従業員の業務負担は大きい。 先日、やっかいな暴霊とのバトルが連続発生したため、疲労困憊した彼らは特別手当を要求した。んが、金額が折り合わず、支配人はそれを却下したため、彼らはストライキがてら、全員で長期休暇を取ってしまったのだ。 「で、まあ……、売り言葉に買い言葉で、おまえたちなんかより暴霊のほうがよっぽどよく働く、暴霊を雇えばいいだけだ、と、言ってしまって」 「ちょっと待った。じゃあ、ここの配膳係って……」 「ええ。厨房担当も配膳担当も、現在のレストランスタッフは全員、暴霊化した死体のかたがたです」 「……意味わかんねぇ」 「大変だったんですよ。ひとくちに暴霊といっても、いろんな事例がありますからね。たくさん面接(?)をしましたが、それなりに料理スキルや接客スキルがあり、温厚誠実な人材を見つけるのはなかなか困難で」 「温厚誠実な時点で、暴霊って言わないんじゃないの!?」 「たしかに。ですが、贅沢も言ってられないですし、暴力的攻撃的最低最悪のかたも採用してしまいました」 「……素朴な疑問なんだけど。何で、そこまでやるわけ?」 「私にも、見栄というものがありますので」 「見栄かよ!」 「それに、せっかく暴霊レストランを運営しているのに、お客様が来ないと従業員の手前、みっともないじゃないですか。ですがまさか、一般のかたを招待するわけにも行きませんのでね」 「だから、探偵経由で頼んだのか」 「おかげで助かります。ナオトさんはゴーストハンターでいらっしゃるので、まったく全然問題ないですね。よかったよかった」 「よくねぇよ! ……げほっごほっぐほっがほっ」 ツッコミどころが多すぎたせいで、ナオトはしばし咳き込んだ。 ACT.4■フルコースが終わるまで ナオトが支配人に全力ツッコミをしている間、要と棗は、オードブルの、朝摘み野菜のメランジェと、ハーブのドレッシングをかけた根野菜のスチームサラダを美味しくいただいていた。 ウエイターさんが、なんか、顔が曲がってて右目と左目がこぼれ落ちかけてて、腕が細すぎるし指がありえない方向に曲がってるし、全体的にどろ〜んと溶けかけてる感じがしたけれど、要たん的には「個性的な人ね!」と思ったくらいである。 「お料理美味しい〜! メインは何ですか?」 (フォアグラ……、のコンフィ……、と、サワラのポッシェです……。インヤンガイの花椒で香り付けを……してあります) 「わぁ。楽しみ〜」 (他にも……、鶏胸肉のコンフィに……、オリーブとハーブの……クラッシュポテトを添えたもの……や、牛フィレ肉の……ドライフルーツ包み……、も、用意、しています……) 「それも美味しそう。うーん、迷うなー」 要は、にこにこふつーに、ウエイターさんと会話を交わしている。 棗は、無言でもぐもぐとディナーを平らげていたが、時おり、支配人とナオトのほうを見やり、 「、、、、、内緒話、してる? 仲、よさそう、、、、」 と、こちらはこちらで、天然なツッコミを入れていた。 (鮪のタルタル仕立て、ミモザソースがけを持ってきた。これを食べたければ、オレを倒せ!) 「えーーーっ! バトって勝たないと食事できないの? や、戦いますけどね!) (あの可愛い娘たちをエスコートしてきたのはおまえか! 輪廻転生の度に血の池地獄でのたうつがいい! 許せん! おれと戦え!) 「支配人と同じ価値観の暴霊がいる!?」 (あの娘さんたちに、花の香りのホワイトチョコレート・スフィアと、エキゾチックフルーツの盛り合わせと、キャラメルとアニスシードのアイスクリームと、桃とぶどうのプティフールを食べさせて感謝されたかったら、俺と勝負しろ!) 「もー、何がナンだか。はいはい、勝負しますよー!」 青海姉妹が、無事にデザートにありつけるかどうかは、ゴーストハンターたるナオト・K・エルロットの手腕にかかっている! …………。 …………。 …………。 えーと……。 がんばって?
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