ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
やわらかな日差しがさんさんと降り注ぐ。風は穏やかで、春を思わせるのどかな景色がそこにある。 そんなほのぼのとした浮島の一つで、シーアールシーゼロはロストレイルを待っていた。 メルヘンチックな色彩溢れるモフトピア駅構内には、これまたメルヘンチックなくま型アニモフの姿がやたらに目立つ。右を見てももふもふ、左も見てももふもふと行き交う茶色の住人に埋没しそうになりつつも、少女はきょろきょろと周囲を見渡し空を仰いだ。 「今日は来るのが遅いです」 モフトピアでの用事を済ませて早一時間は経過しただろうか。これほど列車に待たされるのは久しぶりで、時間を持て余してしまう。 依然として出現する気配の無い線路を想うように虚空を見つめるまま、ゼロは華奢な肢体に対して大きすぎる旅行鞄を抱え直す。長い睫毛を、夢見心地にとろりと伏せる。 「あったかいし、眠くなっちゃうです……」 うとうと、うとうと。『まどろむこと』が誇張無しに仕事である彼女は、うららかな陽気に誘われるまま身を委ねようとして――。 ぴー、と響く不思議な音に邪魔をされた。 「?」 ぱちりと目を開く。振り向いてみると、そこにはいつの間にか白い『何か』が浮いていた。 綿菓子のような質感を持つ、丸くふっさりとした『何か』――パイプオルガンに似た奇っ怪な鳴き声は、どうやらそれが発したものであるらしい。ゼロがジッと見つめている間も白いふわふわは気ままに漂っていたが、視線が重なるとつぶらな瞳を輝かせてもふん、と弾み、 「旅人さん! ぼくとお話しようもふー!!」 大はしゃぎでタックルをかました。 「旅人さんはどこから来たもふ?」 「ゼロは壱番世界から来ました。でも、一番最初は真っ暗な世界に一人で居たのです」 「それは不思議もふ!」 「アニモフさんは何型のアニモフさんなのですか?」 「何型に見えるもふ?」 「難問なのです。お耳もないし、尻尾もないし……うーん。何型なのです?」 「それが、実はぼくにも分からないもふ-。でも、ここからちょっと離れたところにはぼくと同じ形をしたアニモフがいっぱい居て、ぼくはぼくと同じ形としたみんなと暮らして居るもふ!」 止まない会話、止めどない質問。ゼロは小さなベンチに腰を下ろし、列車待ちの姿勢を取りつつもアニモフを抱いていた。時に相槌を打ってはくすくすと鈴を転がすような笑い声を立て、手触りの良い毛並みを撫でる。そのたび、アニモフは心地よさ気に鳴き声を上げる。 「旅人さんとお話するの、楽しいもふー。撫で撫でされるの、気持ちいいもふー」 「ゼロも楽しいです。帰りたくなくなって来たのです」 一抱えもある獣が喜びにもふもふと揺れ、 「嬉しいもふ! あっ、そうだ」 急に、白い体をぶわりと膨らませた。ゼロが驚きに目を瞬かせるや否や、膝の辺りに何かが落ちて弾む。一冊の本だ。 「ご本なのです?」 銀の表紙には光沢があり、光の加減でキラキラと輝く。手にとって引っ繰り返してみるが、表と裏のいずれにも文字は無い。アニモフは頷きに似て白毛を揺らし、快活に言葉を返す。 「そうもふ! ぼくは仲良くなったアニモフさんと、このご本を読むのが大好きもふ。だから旅人さん、一緒に読んでもふー」 好意を真っ向から向けられて悪い気がする人間は居ない。 「いいですよ」 少女は穏やかに頬を崩し、古びた本をぱらりと捲った。が、またもや目を丸くする羽目となる。 「これは……」 なんと、本にはまともな文章が書かれていなかった。開いても開いても摩訶不思議な図が続くばかり。何処とも知れぬ風景や謎めいた図面がびっしりと描かれているページがあれば、意味不明な記号が踊っているページがある。カラフルな象形文字と、絵文字の中間としか言いようのない文字が並んでいるページもあった。ゼロは絶句した挙句、神妙に眉を詰めて唸った。 「アニモフさん。ゼロはこれ、読、読めないです」 「大丈夫もふ! 読めなくていいもふ! このご本を見て思い付いた事で、お話を作るのが楽しいんだもふー」 「お話を作る、ですか?」 「見てるうちに、きっと何かお話を思い付くもふー。それをぼくは聞きたいんだもふー」 「なるほど。お話、お話……」 頷き、改めて本を見下ろす。アニモフも後に続いてひょいと覗き込む。不思議な図面に指を這わせたり、数秒注視してみたり、目を閉じて夢想したりを繰り返すうちに、頭の奥から沸き上がるイメージが形を持ち、やがて確かな輪郭を取り始める。 「アニモフさん」 「はいもふ!」 期待にぽふん、と弾むアニモフ。ゼロはページに遣っていた視線を持ち上げ、愛らしい小動物の瞳と目線を揃えて内緒話でもするように囁いた。 「ゼロは、面白い話を思い付いたのです。旅をするアニモフさんのお話です」 「! アニモフが旅をするもふか?」 「はいです。そのアニモフさんの大きさは、このくらいで……」 語りながら、両手でサイズを示す仕草を取る。それは丁度、目の前のアニモフの大きさと一致する。 「白くてもふもふしているんです。モフトピアにある『伝説のふわもこ』を探して旅をしているのです」 「『伝説のふわもこ?』」 「はいです。『伝説のふわもこ』は、古からモフトピアのどこかにあると言われているのです。それを見付けたアニモフさんは、永遠に幸せになれるんです」 「す、凄いもふー!」 この瞬間、アニモフの興奮は最高潮に達したようだった。ゼロの膝の上でゴム鞠さながらに跳ねながら、矢継ぎ早に放つ。 「ぼくも見付ける旅にでるもふー!」 意気込みも露な宣言に、ゼロも思わず破顔した。絹のような髪を揺らして頷く。 「アニモフさんなら、きっと見付けられるとゼロは思うです」 「旅人さん、ありがとうもふ!」 ゼロの手の内から本が霧散する。代わりに、ふわりと出現する透き通った卵のようなものが掌に収まる。白身の部分には透明な油が、そして黄身の部分には水銀らしい液体が封入されたガラス球。 「今まで聞いたお話の中で一番楽しかったもふ! だからこれをあげるもふー」 「卵、ですか?」 と、その時。 「――あ」 空の彼方から、何の前触れもなく音が降ってきた。少女にとっては聞き慣れすぎた――ロストレイルの汽笛の音。反射的に顔を上げ、滑るようにホームを目指す車体を確認する。 「やっと来たのです」 安堵の呼気を抜き、また自分の膝元に視線を移し、 「アニモフさん、ゼロはそろそろ帰らなきゃなのです。それであの、この卵は一体……あれ?」 小さな獣に問い掛けたのだが、そこに居た筈の姿は忽然と消えて無くなってしまっていた。 「アニモフさん?」 パッと立ち上がる。大きな鞄を持ち上げ、置き土産を手に周囲を見渡す。 「アニモフさーん! ……居ないのです」 行き交うのは茶色のクマ型アニモフばかり。 「本当に旅に出てしまったのですか」 諦めたゼロは改めて透き通ったガラス球を見つめ、首を傾げる。 「でも、旅に出たなら」 先程アニモフにそうしたように、球体をなぞる。つるりとした感触。 「旅に出たなら。ゼロともまたどこかで会えるのです。そうでしょう?」 問い掛けに返事は無いが、その瞬間。返事のようにキラリと球体が煌めいた――気がした。 ゼロは一瞬きょとんとした表情になり、その後で目を細めて笑い、鞄の中に卵を仕舞い込む。 そうして、ロストレイルの中へと飛び込んだ。 束の間の休息を終え、少女もまた――新たな旅に出る。
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