ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
暗闇の中に一筋の光が差し込むように、不意に視界が明るくなる。 意識はハッキリとしているのに、自分の身体を見ることが叶わない。ふわふわと空中を浮遊しているような感覚がある。 足下に広がるのは広大な都市の光景だった。大小様々な建造物が連なり、一目で発達した都であることが伺えるが、少し視点を外してみると、裏腹に古典的な鉱山が存在していると分かる。また、辻の至るところには尖った銀の結晶柱が無数に見受けられる。 俯瞰しているうちに、陽南は思い出した。ここは金行の都である西都――鉱物の都だ。わたしが産まれ、生きていた世界。 (あの日、獅子型魔に重傷を負わされて、わたしは……) 覚醒の切っ掛けとなった記憶が脳裡を巡る。すると、まるで映画の場面が切り替わるように、ふっと視界が明滅した。 *** 都から他の村へ至る長く険しい山道へ、いくつもの靴音が響いている。 降魔掃討部隊に所属する種族は様々だが、今その山道を駆けずり回っている者の中には獣人が多く目立った。それは、陽南が身を置いていた辛二番隊の隊員の特徴でもある。 「――各務隊長!」 隊員の一人が、木々を掻き分けるようにして現われるなり叫んだ。道の片隅で立ち止まり、何かを取り囲むようにしていた男達が一斉に顔を上げる。各務隊長こと蜥蜴の獣人は振り向き、憔悴しきった表情で見合う。 「ご苦労。どうだった? 陽南の所持品は」 「それが、……五色星が少しだけだそうです」 答えを聞いた瞬間、各務隊長の瞳が大きく瞠られ、ある種の諦めを乗せて伏せられる。 「そうか」 沈痛な声を合図とするように、彼らは改めて地面を見下ろす。そこには、まだ生々しい大量の血痕と、もはや陽南のものとしか考えられない、五色星が名残のように散らばっていた。陽南は叫びたくなる。 ――わたしはまだ生きてます! 上空から見ていることしか出来ず、伝えられないのがもどかしく、ただただ歯痒い。 「とすると、陽南はもう」 「かもしれんな。掃討の最中に死者が出るのは仕方がない。だが遺体がないのは異常だ。獅子型魔に頭から喰われ尽くされてしまったのか、あるいは……」 「……いや、この血痕からするとその可能性は考えられない」 「だが……」 ――違うんです! 生きてます、生きてるんです! 声なき声を振り絞り、陽南は叫び続ける。 わたしは必ずそこへ戻ります。わたしは絶対に戻ります! それは願いのようでも、あるいは誓いのようでもあった。 わたしは絶対に帰ってみせる。 帰って、無事に生きているということを示すまでは、絶対に死ねない。 やがて、目の前に深い霧が掛かるように何も見えなくなって行く。少しずつ遠ざかって行く世界の中で、ふと頭上を仰いだ各務隊長が、目を丸くして陽南を見た――気がした。 「隊長?」 「いや、今何か聞こえたような――気のせいかな」 *** 「思い出した!」 寝床から跳ね起きた陽南は、息を弾ませるまま今しがたの夢を回想していた。そうする間に文字通り思い出した事がある。他にも、自分と同じように忽然と姿を消してしまった人達がいた筈だ。それも、自分とは比べものにならない程に高名な――。 「五行長さま……?」 唇から滑り出た名前に、驚いたように手が震える。 「あ、あと、赤燐さまも。土砂崩れに巻き込まれて、でも所持品見つからなくて……」 立て続けに南都統治者の名前を挙げたところで、陽南の目はくるくると回り始める。 なにせ、相手は統治者で、陽南にとっては神さまのような存在なのだ。 そんな人達が覚醒し、ロストナンバーとなっている可能性があるだなんて。どこかで遭遇する可能性もあるだなんて。 それは一体いつの日か――今はまだ分からないが、ほどなくバタンと倒れ伏し、キューッと気絶してしまった陽南には、そのくらいで丁度いいのかもしれなかった。
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