ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
そこには深淵の闇があった。物悲しい色を称えた空からは陽が失われて久しく、暗黒の勢力に呑み込まれた世界にはもはや一抹の希望も残されていないように思えた。 だが、その荒廃した世界に不意に差し込む光がある。 白く煌々とした身体を持つ一匹の幼竜は、昔の姿からは考えられぬ程に強く逞しく成長していた。 体長2メートル程の胴から繋がる屈強な四肢が、荒れ果てた地表を踏み締める。 凛と見据えるのは遥か地平線の彼方。そこにはどす黒い靄が無数にたなびき、胸が悪くなるような瘴気が蔓延しているのが分かる。毒の森だ。フラーダは七色の眸をくるりと瞬かせ、ぽつりと呟いた。 「あそこ、闇の臭いが強いね」 傍らに佇む老いぼれた白竜人を一瞥し、ゆっくりと歩を踏み出す。四色の羽根を背負う背中には迷いなど微塵も感じられない。 樹海を見据えていた白竜人の視線が弾かれたようにフラーダへ向き、気遣わしげな色を深めた。枯れ枝のような両手が祈りの形を取る。 「気を付けてくだされ、若き光竜よ」 フラーダは笑うように長い尾を揺すり、別れを惜しむ彼に振り向いて応えた。 「うん。大丈夫だから、村で待ってて、ここも安全じゃない」 「しかし」 「大丈夫だから」 誓いを結ぶように繰り返し、一歩、また一歩と深い霧の最中へ足を進めて行く。 「フラーダ絶対、生きて帰る」 その顔はあまりにも凛々しかった。 これから単身村へ帰還する彼を護るためのまじないを口ずさみながら、フラーダはグッと重心を低め、疾風のように大地を駆けた。 *** 遠かった筈の距離は瞬く間に縮まり、颯爽と樹海へ飛び込んだ身体に煙霧が絡み付く。だが臆することなく首を振り、ひたすらに深部を目指す足は前へ前へと進み、立ちはだかる障害を次々と薙ぎ倒していく。 何も見通せぬ程の常闇の中では、白い毛皮を持つフラーダの存在そのものが一灯と化した。 無心に進む間に刻々と時は流れ、初めこそ躍動に溢れていた四肢からも、流石に意気が萎えてくる。 フラーダは息を切らした。 いったい、あとどれほど進めばいいのだろう。自分の探すものは確かにここに居るに違いないのだ。 その証拠に先程から全身の毛が逆立ち、得体の知れぬ怖気が止まらない。 「どこ……、あっ!」 鬱蒼と茂った木々が不意に消失し、フラーダの身体は勢いそのまま道の先へと躍り出た。 広々と開けた空間の中心部には沼があった。嘗て清涼な水を湛えていたのだろう水面は今やすっかりと濁り果て、汚泥で満たされているように見える。 顔を上げると、不意に四方を取り巻く木々の枝葉がザワリと鳴った。空気が緊張を孕む。 前方に、『何か』が浮いていた。周囲を漂う黒い靄が結集したような巨大な『何か』──それは、全てを呑み込むかのように巨大な虚無の魔物だった。 ごうと風が鳴り、巻き起こる突風に足下を取られまいと踏ん張りながら、フラーダはキッと魔物を睨み据える。 「見つけた!」 瞬間、ぽっかりと虚の生じた空間に亀裂が生じ、赤く爛々と光る醜悪な目玉がぎょろりと形を現わした。 フラーダの双眼が魔法を放つ予兆に明滅を始める。しかし、汚染された木々が自我を持った如く枝を伸ばし、四方八方から容赦なく襲い掛かる。フラーダは紙一重の所で攻撃を躱すが、撓るこずえが危うく首を掠めて行く。 「くそっ、……守るんだ!」 バランスを立て直し、猛威を振るう木々にすかさず向き直る。その虹彩が赤い輝きを放った直後、四色の羽根の先を大きく震わせたフラーダの口から灼熱の炎が迸った。 波のように走り抜ける業火が一瞬にして闇の樹木を薙ぎ払い、どこからか断末魔にも似た悲鳴が轟く。 森の植物は既に闇に征服され、二度と元に戻ることは無いのだろう。 それを思えば胸がチクリと痛み、しかしだからこそ手荒な攻撃が可能になる。彼らもきっと、このまま生きていく事は本意ではないに違いない。 轟と燃え盛る木立の間で息を潜めていた魔物は牙を剥き、やがてその身を形成する靄の一部が、細長い触手の形となって集結する。敵を捕える意志で仮初めの掌が突き出されるものの、フラーダはもう慌てなかった。 悠然と構えた身体で真っ直ぐに対峙する。 瞳が鮮やかに透き通って行く。 「フラーダ、この世界──守る!!」 咆吼に開かれた口腔から、目にも眩い光の洪水が吐き出され、峻烈なまでの勢いで魔物の核を貫いた。 視界が真っ白に染まり、今までこの地を支配していた筈の霧がまるで嘘のように晴れ渡っていく。 後に残されたのは、無残に枯渇した枯れ木だらけの森。 だが、幼竜の光に抱かれた森には、そう遠く無い未来に芽吹くに違いない新たな生命の息吹が、微かに感じられるようだった。 *** 目を覚めすと、まだあどけなさを残すフラーダの顔がじわりと歪み、瞳からはぽろぽろと涙の雫が零れた。 主が寝入っている間は片時も傍を離れずにいた世話人の女は、途端にギョッとしてその背に手を差し伸べる。そっと優しく抱き起こし、窺う素振りで覗き込む。 「フラーダ様? いかがなされましたか」 「分、からない」 「え?」 「フラーダ、分からない。何も覚えてない。でも、でも怖くて、でも、決意しなきゃいけなくて」 要領を得ない言葉をぽつぽつと洩らすフラーダは、何かに酷く怯えているようだった。 幼子のように擦り寄ってくる獣の艶のある毛並みをあやしながら、女は思案気に口を噤み、ふと温かな色を称える眼差しで持ってフラーダを見つめた。 「とても、大事な夢を見られたのですね」 「え?」 泣き濡れた幼竜の大きな瞳が、瞬きを早める。だが程なく、波が引くように涙が止んだ。こっくりと小さな頷きが返る。 「……うん」 彼女の言葉が、なぜだかすんなりと胸に落ちてきたのだった。 怖くても、前に進まなければならない。決意しなければならない。それ程に大事な事を、フラーダは確かに夢の中でした気がする。 「思い出せなくても、大丈夫?」 「ええ。今はまだ知るには早いのでしょう。きっとね」 助言にほっと息を付き、フラーダは優しい掌に尚更頬を擦り寄せた。 再び瞑目する頃にはもう、恐れなど何も無かった。
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