クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-8702 オファー日2011-01-21(金) 22:12

オファーPC 灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠

<ノベル>

 かつてはそれなりに栄えた温泉場であったのだろう。朱に塗られていたと思しき軒が路地を挟む形で両脇に並び立ち、風雨に晒され破れたのであろう提灯が、冬の乾いた風を受けて揺れている。
 大路はそれなりの賑わいに満ちていた。が、裏路地は人通りも少ない。女達が丸めた茣蓙を抱え持ち、意味ありげな視線を投げてくる。その視線をやり過ごしながら、灰燕は当て所もなく歩き進んでいた。
 小路の脇には幅の狭い瀬が流れている。路傍には柳が並び、風に揺れながら薄い影を落としていた。
 視線を持ち上げ、灰燕は視界の端に映りこんだものに呼び止められるように歩みを止めた。
 瀬を挟んだ向こうに白壁が続いている。壁の中には一軒の武家屋敷が建っていた。――否、武家屋敷というよりは、むしろ陣屋と称したほうが正しいだろう。白壁の中には長屋と思しき棟屋も並び、そのさらに向こうに小さな城郭を模したものが見受けられるのだ。さらに言えば、このまちは湯治場であるはずだ。身売りをする女や土産物に群がる者たちがいても何ら不思議ではないが、その裏路地にひっそりと、しかも一軒限りの武家屋敷が建つことは滅多にはないだろう。例えばこの地が関所となっている場所からさほど遠くない位置にあるのであれば、それを統べるための陣屋があってもおかしくはない。
 ――もっとも
 灰燕にとり、そういった背景など関心を寄せるものではない。このまちがどういった場所にあろうが、どういった環境にあろうが、知ったところではないのだ。
 
 灰燕は瀬に沿って歩き進め、馴れ馴れしく肩に手をまわしてくる女を振りほどき、注がれる悪態に耳を傾けることもせず、ほどなくして陣屋の門扉をくぐり敷地内へと踏み込んでいた。
 天守に見立て造られたと思しき屋敷の二階の窓から女がひとり、こちらを見ている。出で立ちから、女が遊女に属する者であろうことは容易に知れた。遠目にもその貌の美しいのは判別出来るほどだが、灰燕が、金にひらめく双眸がまっすぐに映しているのは、女が抱え持っている一振りの刀だ。
 門扉をくぐり入るとほどなく、長屋の中から屈強な面持ちの男が現れ、ただちに敷地から出て行けと喚きたてた。それにすら耳を貸さず敷石を踏み進めると、長屋から数人の男たちがばらばらと現れ、灰燕の腕を掴み留めるように引き寄せようとした。
 が、次の瞬間、灰燕を掴んだ男の腕は胴体を離れ、敷石の上に鮮血を振り撒くところとなっていたのだ。
 男は刹那理解出来ずといったような顔を浮かべ、次いで己が腕が断絶しているのを検めた後、喉を振り切るような絶叫を響かせた。それを機にしたかのように、長屋や主屋敷からさらに数人の男たちが現れたが、皆一様に、敷石を染める鮮血に気を取られ動きを止めている。その中で、歩みを制された灰燕だけが双眸に昏い閃きを浮かべながら口を開いた。
「人様に手ェ出すときゃァ自分も相応の覚悟決めとくモンじゃろうが。……のう?」
 落とした声には一片の感情も込められていない。わずかに首を傾げた灰燕のその手には、白銀の焔を纏う一振りの刀が握られていた。
 刹那の静寂。腕を落とされた男の湿った叫び声だけが響いている。
 わずかの間足を止めた灰燕は、再び顔を持ち上げて天守の二階に視線を向けた。そして、その動きを灰燕が見せた隙と受け取ったのか、気圧され動きを止めていた男たちが一斉に抜刀し、灰燕の頭上や喉、腹を目掛け構え持つ。
 灰燕が小さなため息を落としたのと同時に、白銀の焔が主を庇うように両翼を広げた。
 ゆっくりと、舞い降る雪のように緩やかに、灰燕の口許が笑みを浮かべる。刀を携えた手が持ち上がり、滑るように横薙いだ。

 屋敷の中は騒然としていた。腕の立つ男たちばかりを揃えていたはずであったのに、その男たちはまさに瞬く間に一閃されてしまったのだ。――この、一見優男としか見えない風貌の男の、狂気染みた技の前に。
 招かれざる客人である灰燕は、周囲を囲う者たちの殺気や怯えなどに関心を寄せる事もなく、まるで見知った屋敷内を歩き進むがごとくに一切の迷いもなく歩みを進める。
 板張りの長廊下、左手に続く障子。右手には手入れの届いた庭が広がり、冬枯れた風景の中、ぽつりぽつり椿が鮮やかな紅を咲かせている。 
「どうか! どうかお引取りを!」
 下女と思しき女が、下男と思しき男が進行方向に膝をつき床に頭をこすりつけていた。痩せ細り、世辞にも恵まれた環境にあるとは思い難い彼らに対しても、灰燕は侍従たちにしたのと同じ行動をする。一刀に切り伏せ、苛立たしげに屍を踏み越えるのだ。
「……どこにおる」
 言を落とし、時おり怒りに任せ障子を両断し、視界の端に映る椿の紅に舌打ちしながら咆哮する。
「返事をせぇ、打刀!」
 
 ――りぃん
 
 鈴の音が耳に触れた。この不届き者めがと叫びながら斬りかかってくる家人たちの声の隙間を縫うように。その音に視線を持ち上げて「そこにおるんか」と呟くと、灰燕は双眸に刹那鈍い閃きを浮かべて家人たちを両断した。

 回り廊下を曲がり、目についた障子を開く。その奥には手狭な廊下が続いており、そのさらに奥に細い階段があるのが見えた。
「貴様、何奴か」
 歩みを進めようとした灰燕を、全身を怒気で覆った壮年の男が押し留めた。長屋から出てきた侍従共や家人共とは明らかに空気を逸した男だ。頑強な身体、眼光は鋭く、所作一つ見てもそうと知れる。――おそらくは相当な使い手なのだろう。
「何処の回し者か。……さては」
 口を開く男の言に耳を貸すこともなく、灰燕は男が構え持つ刀に目を向けた。
 抜刀されたその刃は毀れ、ろくな手入れのされることもないままであることが容易に知れる。灰燕の狼藉をなじる男の言を遮るように、灰燕は苦々しく表情を曇らせて男をねめつけた。
「哀れじゃのう」
「何!?」
 男が刀を袈裟に構え持つ。そのまま狼藉者を両断しようというのだろう。だが灰燕は一切臆することもなく、むしろ男に向けて歩みを進めた。
「お前のようなモンに使われるたァ、刀が哀れじゃと言うたんじゃァ」
 言いながらゆるりと片手をあげる。持ち上げた手が男の首を掴み取ったのと同時に、周囲は燃え盛る白い焔に染められた。
 
 男を、屋敷を、廊下を、椿を。ごうごうという呻き声を轟かせながら白焔が包む。炎は風を生み、焼け落ちた屋根や壁のそこかしこから重々しく広がる灰色の雲が覗いていた。その空をも焼くほどの勢いで燃え盛る焔の中を、灰燕は悠然とした足取りで進む。
 階段の先には座敷牢が広がっていた。焔は牢の床をも焦がし始めている。その中に、女郎姿の女がひとり、艶然とした笑みをたたえながら座っていた。
 牢を両断し、女の前に膝をつく。女は細い足を鎖で繋がれていた。
「ようやくわっちも落籍でありんすか」
 言って微笑む女の腕には鈴のついた華美な打刀が大切そうに包まれている。
「ああ、そうじゃ」
 応え、女の細い首に手を伸ばす。女は喜色を浮かべ肯き、片手を灰燕の頬に伸べて触れようと試みた。が、その指が灰燕の肌に触れるよりも先に、灰燕の声が言葉を編んだ。
「灼き尽くせ、白待歌」
 美しい刃を覆い隠す、穢れた飾りごと。
 
 女の身体が一瞬にして燃え盛る。鈴が鳴り、溶けていく。女の断末魔が空気を揺らす。目と鼻の先で悶え焼けていく女を、救いを求め手を伸べてくる女を、灰燕は一片の感情も浮かべる事なく見据えていた。
 美しい姿態も、美しい装飾も、焔にまかれ焼けてしまえば何ら意味を成すこともない。否、華美なものなど一切は不要。真に美しいものこそが灰燕の心を捉え、魅了するのだ。
 程なくして打刀は鞘も柄も装飾も全てを焼き剥がされ、一振りの美しい刃を残すばかりとなった。女の姿ももう消えている。
 焔の中に取り残された刃に両手を伸ばし、灰燕はようやく満面に笑みを浮かべ、声を和らげた。
 焔は灰燕の身体をも包んでいるが、灼けていく身を気にするでもなく、うっとりと頬を緩めたまま、抜き身となった打刀を抱きしめる。
「そがァな飾りは要らん。お前は刃のままが一番美しかろう?」
 愛しい女にささやきかけるような口調で紡ぐ。
 焔が生み出した風が、応え両腕を伸ばすように、空を焦がしていた。

クリエイターコメントこのたびはご発注まことにありがとうございました。
お届けがしばし遅くなりましたこと、申し訳ございません。楽しく書かせてはいただきましたが、すこしでもお楽しみいただけましたらさいわいです。

キャッチコピーは瀬川という名の遊女がしたためた文からの抜粋となっております。
名妓の誉れを馳せた稀有の女性であったそうです。

それでは、またご縁とご入用がございましたら、お声などいただければと思います。
公開日時2011-02-14(月) 22:20

 

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