クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-9621 オファー日2011-03-05(土) 16:03

オファーPC 灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠
ゲストPC1 湊晨 侘助(cfnm6212) ツーリスト 男 28歳 付喪神

<ノベル>

 数多の骨肉を斬り、あるいは削いで、終には正気を手放したのだろう。
 すらりと伸びた刀身はどこか艶めいた彩さえ放っている。まるで傾国と呼ばれる女のような色香すら感じさせるそれは、眦を細め薄い笑みを浮かべる灰燕の手の中で、ひらひらと薄暗い光を浮かべた。
 刀匠が心血を注ぎ鍛えた刀には魂が宿る。戦場などに携えられ数多の血肉の味を占めれば、刀はそれを覚え、自らそれを欲するようになるのだという。すなわち自らの意思を持ち、所有者の精神を乗っ取ってこれを操り、人を殺めさせるのだ。
 否、あるいは、人の世に生まれながらの悪人があるように、刀身の中にもまた、生まれ出でたその瞬間から悪しき意思を持ち心をたぎらせているものもあるのかもしれない。そして、刀が人の心と同じものを持つのであれば、戦場に携えられ力を揮う彼らもまた、人と同様、持ち主――主に己が力を誇示してみたいと望むものであるのかもしれない。

「妖刀やな」
 刀身が放つ薄暗い光よりもさらに仄暗い色を浮かべて笑みを浮かべる灰燕の横で、湊晨 侘助がゆらりと目を細める。
「ようさん吸っとるわ。はやいとこ壊したほうがええやろな」
 侘助の言に、灰燕がわずかに視線を動かし、侘助の眼差しを覗き込むように首をかしげた。ただし、そうした仕草を見せてはいても、口を開くわけではない。表情はあくまでも笑みを浮かべたままだ。侘助は灰燕の顔を見やり、小さな息をひとつ吐く。――この男には、侘助の言にうなずき同意を示すつもりなど毛頭ないのだ。なんで壊さにゃあならんのじゃ? 浮かべたままの微笑に含まれているのは、おそらくそんなところだろう。

 そもそも、その一振りは灰燕の知己が持ち込んだものだった。名のある刀匠が、末期を迎える直前に鍛えた最後の品だという。刀匠が鍛えた刀の中でも傑作と称されるほどに美しく、万全たるものを備えたその一振りは、しかし、その美しさのゆえに、波乱に満ちた道を歩む事となったのだ。
 刀匠は自らが鍛えたその刀を敬愛している藩主に捧げた。藩主は戦乱の世に生まれ動乱の渦中に身を置きながら、多くの人民から愛される人格者であり、同時に剣術に長けた腕を有していた。ひとたび戦に赴けば戦果をあげ、ゆえに敵も同じぐらいに多かった。
 刀匠は藩主の身を案じたが、せめて自分が鍛えた刀が藩主の身を護ってくれれば良しと願い、一心に、自らの腕を誇示するかのように打ったのだ。
 果たして、その刀は藩主の気に入るものとなった。まるで意思を持っているかのように動く刀は幾たびも藩主の危機を救い、すらすらと水の流れるように滑らかな動きを見せる刀の美しさに魅せられた藩主は、いつからか必要以上の数の人間を斬り伏せていくようになった。時には戦を離れてからも、何という事のないような失態を犯した者であっても、不届きという罪科のもとに首を刎ねるようになったのだ。
 藩主は刀の美しさに心神を失い、その後も刀を振り回しては手当たり次第に人を殺めるようになり、没落し、ある戦の最中、雨のような矢を浴び絶命したのだという。
 あらゆる者たちの血を吸い、刀は力を蓄えていった。力を強固なものとすれば、持つ者の意識を奪取する力も強固となる。持ち手の意識を完全に奪い操る術を手にすれば、刀は思いのままに望みを果たすことが出来るようになるのだ。

「見事なもんじゃ」
 灰燕は一言そう言って、美しく滑らかな曲線を描く刀身を愛で、その上に指を這わせた。
 灰燕のもとに刀を持ち込んできた知己は、これが曰くつきである事を委細説明した。その上で、おそらくは灰燕ならば気に召すのではなかろうかと思ったのだと説明し、置いて行った。実のところ、男の手には余る品であったのだろう。つまりは体良く厄介払いをしたかっただけなのだ。しかし、男の読みは見事に当たった。男が隠す裏の理由になどまるで関心を寄せる事もなく、灰燕はその妖刀を喜んで受け入れたのだ。
 場を同一にしていた侘助は男の目論見も見通していたし、鞘に納まった状態であるにも係わらず異様な不気味さを匂わせている刀が、果たしてどういった状態にあるのかをも見通していた。むろん、それを灰燕が解せぬはずもない。眉をしかめた侘助とは対照的に、灰燕は愛しい者の肌の上に指を滑らせるような仕草をみせ、じんわりと頬をゆるめているのだ。
「どこぞのモンが封じてみたはええけど、ってところやろな」
 ため息を混じらせながら侘助が落とす。
 妖刀はいずれかの時代、高名な術師の手によって封じられ、以降は鳴りを潜めていたらしい。その間も絶えず人の手から手へと移ろい続けてきたのだ。封じられているとはいえ、刀が得た力は強靭だ。動きを制されただけで意思はあり続けたのだろう。長い歳月抱き続けなければならない渇きは人間の精神をも病ませる。刀もまた、どれほどの怨嗟を抱き、渇望し続けていたのか。それは慮る事すらも出来ない。
 いずれにせよ、刀に施された封印は解けかけている。もはや細い糸一本で結ばれているだけといっても過言ではない。それが切れれば、刀は長年の怨嗟のままに暴れ狂うことだろう。
「そいつぁ、もうイカレとる。もうなんにも見えとらんやろうし、聞こえてもおらんやろ。わぇらがそいつにしてやれんなぁ、壊してやるだけなんと違うか」 
 侘助自身も日本刀に宿った存在だ。それゆえに、目の前にある刀が狂い暴れようとしているのが見るに耐えないのだ。せめて壊してやるのが情けというものだろう。
 しかし、灰燕は侘助の顔を一瞥しただけで、浮かべている笑みを消そうとはしない。刀を鞘に戻し、今度は鞘や鍔に施された技をしげしげと検めている。
「なぜじゃ」
「刀工やったら解るやろ? そいつぁもう」
「俺ァ、これまでも妖刀っちゅうもんはさんざん見てきたわ。どいつも一緒じゃ。ここんとこがイっとる」
 言いながら人差し指でこめかみを軽く押さえてみせた。
「どいつもこいつとおんなじに輝いとった。自分の本能っちゅうモンに忠実になりゃあ、人間じゃろうが刀じゃろうがエエ顔で笑えるっちゅうもんじゃ。それを押し留めるんは情けじゃあないやろうが。そがなんはこっちの勝手な押し付けっちゅうもんやろうが」
 言って、灰燕は再び刀を鞘から抜いた。すらりと閊えなく現れた刀身は、露に濡れたように美しく閃いている。そうしてその切先を宙に向け構えた、次の瞬間。
 轟々と音をたてて空気が揺らいだようだった。ついで、何か布のようなものを引き裂くような音が響く。
 灰燕が頬を大きくゆがめ、目を三日月のような形に細めて笑った。
「見ぃ、解けたじゃろうが」
 否、侘助にはわかっていた。封の、最後の残滓を解いたのは他ならぬ灰燕自身であることを。先ほど抜刀した瞬間に、彼は封印を放ったのだ。
 刀は轟々と空気を震わせながら狂乱の声をあげる。それは鬨の声なのかもしれない。戦地を駆ける馬や兵が地を蹴る音の再現なのかもしれない。歌っているのかもしれないし、雄叫びであるのかもしれない。いずれにせよそれはもはや正気を手放したものが吼えるものだった。
 刀を持つのは依然灰燕だ。その手の中で、刀はしなやかな腕を伸ばし、艶やかな笑みを浮かべている。灰燕にはその姿が視えているのだ。おそらく、これまでこの刀を手にしてきたすべての者たちが同じものを見たはずだ。常世の者にあらざる、まるで絵巻に描かれた女神のような美しさを備えた、完全たる美の化身を。
まっすぐに見つめ返し、灰燕がゆっくりと唇を動かす。言葉を編んでいるのだ。が、それは刀の咆哮によって掻き消され侘助の耳に触れることはなかった。刀を灰燕の手から引き離そうと試み、数歩を進めたところで、刀がその眼を半月の形に歪めたのが見えた。
――好きなように動いたらどうじゃ
聞こえずとも、灰燕の口がそう動いたのは知れた。あと半歩、侘助は指を伸ばす。
女が歌う。叫ぶ。怨嗟を吼える。おそらくは自分がもう何を欲していたのかすら覚えてはいないだろう。髪を振り乱し、鋭利な爪と牙を剥いて、灰燕の喉を狙いさだめて声を震わせた。対する灰燕は女の狂気を見据えたまま、微塵も動くこともなく、変わらぬ笑みを浮かべているばかり。
轟、と空気が一層強く震えた。女の牙は灰燕の首のすぐ傍にまで達していたが、触れる寸前でもう一振りの刀によって制されていた。侘助が咄嗟に身を刀身へと変じたのだ。
「……避けるぐらいはしたらええんと違うか」
 静かな怒気をこめた声でぼやいた侘助に、灰燕はわずかに片眉を動かしてみせただけだった。
 女の叫びが悲鳴へと変わる。刀身から再び人の姿へと戻った侘助の目に映ったのは、おそらくこれまでどれほどに骨を断っても刃こぼれひとつ見せずにきたのであろう妖刀が、静かにぐずぐずと崩れていくさまだった。艶やかで美しい姿をしていた女は、一息に老いを重ねていく。枯れた皮膚は見る間に皺をおび、狂気をはらみ閃いていた眼光は落ち窪む。
 やがて刀身が崩れ壊れおちた瞬間、女は一筋の雫を眦から滑らせ、声なき言を落として消えていった。

「それ、どうするんや」
 壊れておちた刀の破片を眺めている灰燕に、侘助はため息混じりに声をかける。――どうするのか? 応えなど見えている。案の定、灰燕はわずかに首をかしげて笑った。
「打ち直してやるのもいいじゃろ思うての」
 応える灰燕の傍らでは両翼を広げるようにして現れた白焔が揺れている。焔は灰燕にかわり、一際大きい破片を拾いあげると灰燕の手に渡した。灰燕は肩先で揺れる白焔を見据え小さく笑んだ後、破片を摘み持って目を細ませる。
 
 妖刀は刀匠の強い願いによって生み出された。始めのうちはたぶん、否、壊れ朽ちていく瞬間でさえ、彼女はきっと純粋無垢な願いだけを抱えていたのだろう。
 主を護りたい。主に自分の力を誇示したい。自分がどれほどにたくましく主の身を護る事が出来るのかを、彼女はただひたすらに示したかっただけなのだ。
 
「打ち直してどうするんや」
 意味のない問いかけだとは思いながら、侘助は問う。眼前にいる男が持っている刀剣への執着は並々ならない。つまりは興味を持ったのだろう、この、純粋さゆえに狂気に墜ちた一振りが放つ魅力に。
 灰燕は侘助の問いかけに応じる事はなく、ただ静かに頬をゆるめた。
「どがなモンに生まれ変わるもんやら、楽しみじゃのう」
 ただ一度喉の奥をくつりと鳴らした後、こちらに背を向けた灰燕を、侘助は言葉もなく見送った。

クリエイターコメントお待たせしてしまいました。
このたびはご発注まことにありがとうございます。
捏造改変ご自由に、というお言葉に甘えまして、刀の設定などに関してはもろもろわたしの妄想で組ませていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
また、侘助様とはお初のおめもじとなりますが、口調や描写などに問題はありませんでしたでしょうか? もしもイメージと異なる等といったような点などございましたら、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。

少しでもお気に召していただけましたらさいわいです。
それでは、またのご縁、こころよりお待ちしております。
公開日時2011-05-16(月) 21:30

 

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