クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-18444 オファー日2012-07-08(日) 21:02

オファーPC 灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠

<ノベル>

 ギィン。火花が爆ぜて鋼が灼ける。ギィン、もう一度。灰燕の槌は精確に刀身を狙い打つ。
「ええ色じゃ」
 熱の塊を前に金の眼が蕩けた。
 産褥の刀は美しい。鍛冶場の業火が刃を産み落とすのだ。真っ白に焼けた鋼の内で熾が脈打つ。それが徐々に冷め、まどろみ、無上のしろがねへと研ぎ澄まされていく。
 刀身はわずかに彎曲していた。何の難があろう。美しい腰や背は曲線を描いているものだ。
「さア……呑んでみせろ」
 焔の形の鍔を引き寄せ、台の上に組み敷いた。
 軒先に燕が巣を作り、雌鳥が卵を抱いている。そこへ雄が帰還し、口づけのような給餌が始まった。雄は身をくねらせて吐き戻し、雌は体を揺すりながら餌と唾液を受け取る。やがて雄はまた餌を取りに飛び出す。わずかの別離を惜しむ雌の声は灰燕には届かない。灰燕は鍔と刀だけを見つめている。
「こいつめ」
 端正な面を危うい愉悦が掠めた。
「何が不満じゃ」
 鍔は決して灰燕の刀を受け入れぬ。
「白待歌」
『此処に――我が君』
 白銀の焔が噴き上がり、鳥妖の姿となって跪いた。
「こいつ、どう思う」
 燃え上がる鳥は促されるまま鍔を一瞥する。そして冷淡に吐き捨てた。
『無礼なめでございます』
「ああ?」
『無礼な女(め)、と』
「……ほォ」
 灰燕は蝋細工のような唇を吊り上げた。
「女か。道理で」

 燕が巣作りを始めた頃、灰燕はふらりと居宅を空けた。いつもの気まぐれなそぞろ歩きだ。一つめの卵が産まれた日、ある骨董屋で鍔を見つけた。いわくのある品だそうだが、鳥のように翼を広げる焔の意匠は灰燕の興をそそった。店の主は値を言わず、放り投げるように押し付けてよこした。
「本当にいいんですかい。鞘も刀もありゃしないのに」
「構わん。俺が拵えちゃる」
 灰燕は刀を打ち続けた。初めの刀は受け入れてもらえなかった。その間も燕は抱卵し、口移しでの給餌を繰り返す。灰燕は鍔のためだけに何度も刀を鍛えた。しかし鍔にはどうしても嵌まらなかった。
 おかしなことだ。稀代の刀匠が腕を振るっているというのに。
 それが却って灰燕に火をつけた。屈せぬ獲物を前に刀匠の性(さが)が昂った。
「俺を怒らせん方がええぞ」
 灰燕は魅入られたように鍔に固執した。美しく強情な鍔は幾日経っても灰燕を拒み続ける。刀匠はいつしか羽織を脱ぎ捨て、着流しから肩を抜いて鍔と取っ組み合っていた。しかし結果は変わらない。
「跳ねっ返りめ。何が気に喰わん」
 荒い息。頤から玉の汗が滴る。焔の翼を持つ鍔は答えない。
 灰燕は気分を変えるように外へ出た。向かうは先日の骨董屋だ。
「いらっしゃ……あ」
 店主は灰燕を見るなり身を縮める。
「こん前の品じゃがの」
 灰燕は無造作に鍔を差し出した。
「強情で困っとる。何ぞ知らんか?」
「だから言ったじゃありやせんか。あっしはあれほど……」
「責任なんぞどうでもええ」
 店主のへっぴり腰を鼻で嘲る。
「知っとることを言え。俺が聞きたいんはそれだけじゃ」
 いらえはない。皮膚が切れそうな沈黙の中で店主の目が泳いでいる。
「……鬼の刀の鍔らしいです」
 やがて店主は恐る恐る口を開いた。
「持ち主は捕まって、刀身も鞘も燃やされちまった。この鍔だけが燃えなかったんでさあ」
「鬼は死んだんか」
「まだ生きてるかも知れませんぜ。噂ですが――」
 鬼は、とある里で晒し刑にされているという。

 朧な木漏れ日が羽織に滲む。深緑の下、優美な番傘が緩やかに回る。
 むっ、と濃密な湿気が押し寄せた。
「雨になるかの」
 傘の下で灰燕は笑った。
 鬼の里は山を二つ越えた先にあった。四方を囲む山々の谷間で質素な集落が息を潜めている。灰燕が着いたのは黄昏刻で、家々は薄闇の底で黙り込んでいた。
 代わりに焔が燃えている。あちらこちらで雄弁に咲き誇っている。
 灰燕は軒先に座り込む老人に歩み寄った。
「この焔は何じゃ」
「迎え火だ。死んだもんが帰ってくるでの」
 老人は骸骨じみた手で焔に薪をくべた。
「死者への目印か」
「ああ。今年はようけ死んだ」
 焔がうねる。花弁のように火の粉が爆ぜる。金のまなこをあかあかと染めて灰燕はうそぶいた。
「鬼に殺されたんか?」
 老人の動きがぴたりと止まった。
「……そうだ」
 やがて老人はうなだれた。焔が呼吸する。首筋の老人斑が照らし上げられる。
「あれは鬼になってしもうた。気のいい鍛冶屋だったのに」
 灰燕はひょいと眉を持ち上げた。
「ある時、山奥から妙な鍔を掘り出した。昔、刑場だか皮剥ぎ場だかがあった場所だ。あやつは鍔を気に入り刀を拵え……呪われてしもうた。ここの娘らはみんなあやつを好いておった。じきに祝言も挙げる予定だったのに」
 みな斬ったのだと。里の娘たちを一人残らず斬り殺したのだと老人は呻いた。
「斬ったのは女だけか」
「男たちも何人か。腕自慢の連中が返り討ちに」
 焔が弱々しく震えている。
「ほォ。で」
 灰燕の面で艶かしく影がよじれた。
「鬼はどこにおる」
 老人は答えず、里の外れの樹林を指した。
 灰燕は恐れるでもなく林に分け入った。白待歌が音もなく躍動する。陽は山の稜線に溶け、明かりが必要だ。白銀の焔が白昼の如く暗闇を暴いていく。
 太い杭が突き立てられ、青年がはりつけられていた。
 惨い有様だ。
 座り込んだまま、両手は頭の上で組まされている。念入りなことに手首が五寸釘で打ち付けられていた。釘は両目と両足にも穿たれ、青年をこの場に縫い付けている。どす黒い血が涙のように頬の上を這っていた。
「誰だ」
 視えぬ目で青年が呻いた。
「誰でもええ」
 灰燕は静かに歩み寄った。濃厚な悪臭が鼻をつく。垂れ流された大小便。腐りかけの傷口。
「刀は。刀はどこに」
 青年が問うのはそればかりだ。彼は刀だけを気にかけている。
「燃やされたそうじゃ」
「燃えた……?」
「ああ。残ったんはこいつだけとよ」
 焔の鳥の鍔を差し出すと、青年の鼻孔が芳香を嗅ぐように蠢いた。
「カエン」
 ひび割れた唇が甘美に蕩ける。
「カエンだ。なあ。カエン」
 壮絶な形相で笑う青年はまさに鬼であった。何も見えず、ただ魅入られ、身動きもできぬほど縛されている。
「こいつの名か」
 灰燕もまた凄絶に――鬼と恐れられる所以そのものの顔で――笑った。
「ええ名じゃの。ほんにええ名を考えたもんじゃ」
 夜空は奇妙にほの明るい。厚く垂れ込めた雲が迎え火を照り返し、妖しい薄明かりを作り出している。雪の夜に似ていた。雪が明かりを吸うように雲が焔に染まったのだ。
「良かった」
 青年の頬を水滴が伝う。
「カエンは無事なんだな。良かった。また埋もれさせちゃならない」
 とうとう雨が降り出した。
「おかげで俺は難儀しとる」
 薄く笑う灰燕の喉仏にも雨が落ちる。水滴は鎖骨から胸元へと這い降りていく。
「俺を受け入れんのじゃ。じゃじゃ馬め。よう手綱を繰ったもんじゃな?」
「カエンは美しい」
 盲目の青年はうわごとのように繰り返す。美しい、美しいと。灰燕は愉しげに喉を鳴らした。
「おお。手篭めにしたると何度思ったか」
「そうだろう」
 二人の鬼は交感し、交歓していた。
「あんた、女たちを何故殺した」
「分からない」
「許嫁がおったんにか」
 殺人を責めるでもなく灰燕は問う。そこにあるのは興味のみだ。
「分からない」
 青年は弱々しく、けれども誇らしげに息をついた。
「カエンのことしか考えられなかった。今だって……。カエンが全てで、唯一なんだ」
「ッはは」
 灰燕は軽快に笑った。
「さては娘らに嫉妬したんか」
 鍔を指先で撫でさする。焔の鳥の鍔はされるがままに雨で濡れる。
 青年はいつしか黙り込んでしまった。ひゅうひゅうとかすかな息が漏れている。じきに死ぬのだろう。カエン、とうわごとがこぼれた。カエン。カエン。雨と共に鍔の名が滴り落ちる。
「返しちゃる」
 灰燕は青年に鍔を放り投げた。
「もういらん。俺んもんにはならんのじゃけえ。――白待歌」
 青年の傍には鍔がある。灰燕の隣には燃え盛る白銀が控えている。
「送れ。華々しく」
『御意』
 鳥妖は悠然と翼を広げた。

 空が泣く。白銀の送り火が咆哮する。
 迎え火は雨に踏み消された。身を弓なりに反らせて白待歌が躍る。熱で釘が溶け、青年の拘束が解けた。うっとりした溜息が聞こえた気がする。燃え盛る青年は胎児のように丸まり、途端に真っ赤な焔が噴き上げた。焔は、白待歌すら押し退けて青年を絡め取っていく。
 鬼が笑っている。
 煉獄のような業火に閉ざされ、揺りかごの中の赤子の如く微笑んでいる。
「ええ色じゃ」
 もう一人の鬼は陶然と睫毛を濡らした。

 朝が来て、里の人間は慌てて火を焚き直した。灰燕は冷めた目で人々を流し見、番傘を回して里を立ち去る。
「何を迎えるんかの」
 鬼も鍔ももはやこの地には戻るまい。
「何故あれが女じゃと分かった」
『一目瞭然でございます』
「似たもん同士ちゅうことかの」
 鳥妖は答えず、灰燕の傍で燃えるのみであった。
 居宅は不思議に静まり返っていた。訝しんだ灰燕はすぐに察した。燕がいないのだ。巣の下には卵の残骸と雌鳥の死骸が落ちていた。天敵にでも襲われたのだろうか。死後何日か経っているようで、赤々とした雌の胸はすっかり光沢を失っていた。
「雄は行ったか」
 畳んだ傘を空の巣に突き込む。乾いた土くれは呆気なく崩れてぼろぼろと落ちる。
「こげなもんなぞいらんじゃろう。なア?」
 伴侶のいない巣は無意味だ。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

カエンは迷った末に片仮名にしました。漢字をあてるなら火燕や華焔などでしょうか。この辺はPL様の方がセンスいいと思うので丸投げします。
それにしても灰燕さんの色香は凄まじゅうございますね。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2012-07-19(木) 21:30

 

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