ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加ＰＣさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
ナオト・Ｋ・エルロットは深い闇のなかに佇んでいた。自らの四肢さえ判然としない濃い紫色のなかだ。 彼は一瞬、生まれ故郷の世界――ミッドナイトワールドに戻ってきたかのような錯覚を覚えた。決して朝が来ない、夜だけの世界。そこでは、太陽は伝承される物語にしか登場しない。 ナオトは自嘲気味に口元をゆがめ、ゆっくりとかぶりをふった。ここがミッドナイトワールドであろうはずもないからだ。彼はすでに、所属していた世界から拒絶されている。 それでも、元の世界を――闇を懐かしむことはできた。 不意にナオトは、首筋になま暖かい風を感じた。これもまた、暗闇とともに彼の故郷を思い出させる。嗅いだ瞬間鼻がひんまがり、感じた瞬間肌があわ立つ。醜悪で不快きわまりない吐息。 見なくとも体が覚えている。ナオトの右手は一直線に腰のガンホルダーに伸び、返す動作で耳元まで持ち上がっていた。滑らかな動きは、その重量をつゆとも感じさせなかったが、手には白い拳銃がにぎられている。 銃口は、ねじ曲がった牙と牙の合間に突きつけられていた。 「これでも喰らってろ、ってね」 至近距離で放たれた弾丸が、ゴーストの後頭部を割り、よくわからない内容物を飛散させた。カウボゥイハットや頬に、ぴちゃぴちゃと降りそそぐそれらを、ナオトはぬぐいもしない。 なぜななら彼にはそのような暇などないからだ。 背後に覆い被さるようにしていたゴーストが霧散すると、すぐさま真上から別のモンスターが襲いかかってきた。人の形をしているが、眼球や歯がない。そんな異形のモノだ。 前方に跳びすさり体を回転させると、ナオトのいた場所に爪を突き立てたモンスターが逆しまに見える。引き金をひいた。 二匹目を仕留めると、息つく暇もなく三匹目が鋭い眼光をきらめかせた。三匹目に鉛弾を撃ち込んだときには、四匹目が不気味な唸りをあげ、その四匹目を知覚したときにはすでに五匹目と六匹目が牙を打ち鳴らしていた。 気がつけば、周囲の黒という黒のなかすべてに、ゴーストやモンスターたちの仄かな白が浮かびあがっていた。何百、何千という化け物たちの群れだ。 ミッドナイトワールドでは、こいつらが地上の主役だ。光を求める人間たちは脇役でしかない。ただ、逃げまどい、追いつめられ、むさぼり食われるだけの存在。それはもう、彼らにとってほとんど絶望的な状況だ。 ナオトが怪物たちに取り囲まれるさまは、昼のない世界の縮図のように思われた。 無限に匹敵する数の、血に飢えた視線を一身に受け、しかし、ナオトが考えていたことはただひとつ。 ――こいつはどうにも、弾が足りそうにないね。 「狙いをつける手間が省けるのは楽でいいんだけどさ」 言うが早いか、白いリボルバーが火を噴く。 毛むくじゃらの獣人の額に風穴が空いたのを合図にして、すべての殺意がナオト独りに焦点を合わせた。 四方を囲まれるよりはと、怪物たちの塊に躍り込む。身の丈がナオトの二倍もあるモンスターを蹴り倒しながら、右方のゴーストを蜂の巣にし、左方の巨大目玉には拳を喰らわせる。右手の銃は不気味な肉塊を浴び、左手も鮮血に染まった。 この程度の修羅場なら何度もくぐりぬけてきた。彼は腕利きのゴーストバスターだ。 脳髄を灼くような怒声や断末魔が響く、阿鼻叫喚の地獄絵図のなかで、一匹ずつ着実に人間の敵を葬り去る。それはまるで、標的だけではなく自分の命をも削り取るかのような作業だ。 実際いかに手慣れているとはいえ、多勢に無勢であることにかわりはなく、ナオトは少しずつ体力を奪われつつあった。彼の衣服に付着しているのは、かならずしもモンスターの血肉とは限らない。 それでもなお、彼は立ち向かうことをやめない。 叩きつぶそうが、吹っ飛ばそうが、一向に減らないモンスターたちを前にして、一歩も退かなかった。いやむしろ、終わりのない闘いに、限りない心で挑み続けようとしていた。 そんなナオトの胸にあるのは、おびえた瞳の子供たちの姿だ。ミッドナイトワールドの子供たちは太陽を知らない。彼らが知るのは月や星の光だけだ。しかもそれらは、子供たちの希望の大きさを象徴するかのように、か弱く微かなものだった。モンスターという闇は、彼らから笑顔という大きな光をも奪い去っていた。 ――もともとゴーストバスターなんてものになろうと思ってたわけじゃない。 ただ、太陽を知らぬ子供たちに光をあたえたい、と。 一時のことにしろ子供たちが笑える世界を、と。 請い願ううちに、いつしか彼は果てない苦行に自らの意志で飛び込んでいた。 肩の肉をむしりとられた。だらりと、左腕が垂れ下がる。 ――まだ、だぜ。俺にはこいつがある。 コルトパイソンに似た相棒が吹っ飛んだ。いっしょに人差し指と中指も根本からもっていかれる。 ――まだ、だ。俺には脚技がある。 かくんと膝が折れた。太股を巨大な針のようなものが穿っている。 ――これが、この程度が、痛みか！ この程度が、恐怖か！ 「違うだろ！ こんなもんじゃないだろう、子供たちが味わってる痛みとか恐怖ってのはさ！」 なおも幾万のモンスターどもに取り囲まれながら、ナオトの赤い瞳は光をうしなわない。最期の最後まで、一匹でも多く闇を消し去る。そうしてかき分けた闇の向こうに光があることを信じて。 ナオトは、咽よ裂けよといわんばかりに叫んだ。 「太陽がない故に人々が恐怖にさらされるのならば……俺がこの世界の太陽になろう！！」 光が…… 濃い紫を引き裂くように、一条の白い線が彼の胸元から伸びていた。 光線の直撃を受けたゴーストどもが苦しそうに手をかざす。 「こ、これは……太陽の？！」 それはまさしく、ロストナンバーとなることによって見慣れるにまで至った陽光だった。 光は瞬く間にふくれあがり、今やナオトの全身がつつまれ―― 「んあ？」 ナオトは輝いていた。 ぴっこん。ぴっこん。点滅する。 「ちょ、待っ？！ あ、あれぇえぇ？ 俺、まぶぅ！」 モンスターたちもまぶしがっているというか、むしろ胡乱な目つきで人間イルミネーションを眺めている。 「え？！ ちょ、なに、おまえらその痛々しい眼差しはっ！ 俺が望んでる太陽はこんなんじゃない！ 太陽になるっつったけど、違う！ 違うんだぁ！ 肉体的じゃなくてさ！ こう、なんて言うの？ 精神的な？ そう、精神的な！ 体光るとか、そんなの望んでないぃいぃいぃぃ！！」 むなしく明滅するナオトの口から、えもいわれぬ絶叫がほとばしった。 がばっ、と。ナオトは勢いよく目を覚ました。そこは夢見の儀式が行われる天幕のなかだ。 息が荒い。思いきり叫んだせいだろう。 あわてて自分の体をぱたぱたと触ってみる。どこか怪我をしていないかより、むしろどこも光っていないことを確かめて安心したのだが、付添人はそうは思わなかったらしい。 「ひどくうなされていたようですが大丈夫ですか？」 「うるさいっ！ もう夢のことには触れないでっ！」 これには付添人も「はぁ……」といった反応をかえすしかない。 この後ナオトが、夢見の結果をどの占い師にたずねることもなく――むしろ誰にも語ることなくヴォロスを去った理由を、親しい人物でさえ聞かされることはないのだった。
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