オープニング

  ――0世界。

 このどこかに、桜の咲き誇る園があった。そこはただ長閑な風のなか、桜が咲き誇り続ける、それだけの場所である。

 一歩踏み出せば、そこはもう春の世界。蝶が舞い、時折風にのって花びらが踊る。そして、気がつけば鳥の声が聞こえてくる。

 今、ここには貴方しかいない。貴方は薄桃色の世界で1人、何を思うだろうか。

 故郷の事でもいい。
 旅を振り返るのもいい。
 物思いに耽るのもいいだろう。

 貴方には、少し時間がある。その時間を大いに活用し、この世界を楽しんでもらいたい。

品目ソロシナリオ 管理番号3191
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
秘密の花園ならぬ秘密の桜の園でございます。
(四月・五月を除けば)時期はずれになりますが、息抜きにどうぞ。

どこかにあると言う桜が咲き誇る園。
貴方はそこで何を思いますか?

この桜の園では
・桜をめでる
・物思いに耽る
・故郷に思いをはせる
・ピクニックをする
等などある程度自由に出来ますが
・喫煙
・花火をあげる
など火気の使用はご遠慮下さい。

それでは、よいひと時を。

参加者
スカイ・ランナー(cfnn1844)ツーリスト 男 18歳 環境テロリスト

ノベル

(桜、か……)
 いつの間にか、スカイ・ランナーは桜の園に足を踏み入れていた。優しい色合いの世界の中、彼は静かに瞳を細めた。
(あの村には、本物の桜があった。企業製のバイオ工学で出来た『紛い物』の桜じゃない、『本物』の桜があったんだ)
 彼の脳裏に浮かんだのは、企業によって無残にも滅ぼされた村の事だった。胸が酷く燒けるような感覚を覚えつつも、スカイは傍らの木に背中を預ける。幼い頃は時折、こんな事もしたものだな、と思いながらも、ゆっくり腰を下ろす。
 暖かな風に、どこからか聞こえる鳥の声。いつしか、心に立った漣も落ち着き、凪いでいく。そして、小さくあくびをした。昼寝をするには十分な環境だ、と思いなら。
「昼寝なんて、いつ以来だろうなぁ。……少しぐらい、いいかもしらん」
 くすっ、と笑って、スカイの瞳がゆっくり閉ざされる。木に体を預け、彼は次第に眠りの中へと落ちていった。優しい風がそっと彼の頬をなで、ひらり、と花びらが舞う。僅かに積もった花びらが、風に煽られて飛んでいく。そんな光景に、スカイは溶け込んでいた。

(……ん?)
 どれだけ眠っただろうか? スカイはあくびを1つし、瞳を開いた。けれども、先程までいた場所と、桜の位置や咲き具合が違っていた。囀っている鳥の声も違う。
(……ここは……)
 寝ぼけ眼であたりを見渡したスカイであったが、ハッキリと覚えている。この場所は、嘗て彼が暮らしていた村の、裏山にある桜の名所だ。
 我に返って体を起こせば、慣れた筈の義肢ではなく嘗ての生身の体であった。ふと腕時計を見れば『AD2007/4/13』と記されていた。
(ああ、やっぱり……)
 スカイは、小さくため息をついた。記された日時を見て、記憶が紐解かれる。あれは5年前。まだ彼が鳥人型サイボーグのテロリスト『スカイ・ランナー』ではなく、生身の人間でごく普通の少年『風鳴 ケイタ』であった頃の出来事だった。

(綺麗だなぁ)
 ケイタはその日、一人で桜の名所を訪れていた。桜はまだ七部咲きで花見の宴には少し早かった。この花を肴に仲間と騒ぐのも悪くはない。しかし、たまにはこの穏やかな光景を独り占めしたくて、一人で来たのだ。
「昼寝には丁度いいなぁ。うん、ちょっとしていこうっと」
 ケイタは小さくあくびをすると、適当な木に背中を預け、ゆったりとした気分であたりを見渡していた。この桜は全て、ケイタが生まれるずっと前からこの場所で咲き誇っている。春になれば村の人々は思い思いにご馳走や酒を持ち込んで花見をする。その喧騒と笑顔が好きで、ケイタも楽しみにしていた。
(やっぱり、桜はいい花だね。なんだか、心があったかくなるよ)
 瞼がゆっくり降りていく。僅かに滲む薄紅の世界が、少年の目に焼き付けられる。暖かく心地よいその風に前髪を揺らし、もう一度あくびをするとケイタは眠り始めた。

 村の人々が愛した、裏山の桜はもう無い。あの夏の日に襲撃された村同様、この裏山も全て灰になったのだから。唯一の生き残りであるケイタがその事を知った時、深い悲しみに襲われた。
 そして、企業が村の跡地を開発しリゾートホテルが建てられ……、裏山には新しい桜の木が植えられた。それは、バイオ工学により年中満開になるよう設計された『偽物』の桜であった。

 『風鳴 ケイタ』という少年は、『スカイ・ランナー』というテロリストへとなっていた。企業との戦いに明け暮れ、その果てに企業のテロ鎮圧によって死に瀕し……ロストナンバーへと覚醒した。
 目を覚ましたスカイは、蘇った記憶に暖かな気持ちと、冷たい気持ちを覚えながらゆっくりと立ち上がった。彼はそっと天を仰ぐと、頭上にあった枝に触れ、瞳を細める。
「まだ村があった頃の事を思い出した。……何故だろうな。すこし、うれしいよ」
 あの桜はもう無い。けれども、彼の記憶の中には確かに咲き誇っている。スカイはその枝に咲いた桜を愛で、そっと呟く。
「やはり、自然は自然のまま、あるがままがいい……」
 そう言いながら、スカイはそっと花びらに触れ……ややあって桜の園を見渡した。急に風が吹き、花びらがたくさん舞っていく。
 花吹雪の中で、スカイはただ立ち尽くしていた。そして、深く息を吐くと静かに瞳を閉ざした。僅かに涙が溢れ、滲む薄紅色の世界の中、彼は願う。

 ――もし、第二の故郷に帰属できるならば、本物の桜のある場所が良い。
   最後は、桜の木の下で……。

 スカイの横顔は、嘗ての少年のようにあどけなくもあり……それでいて、凪いだ大人の男性の物にも見えた。それを知っているのは、咲き誇る桜達だけであった。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
お待たせしまして、桜の園でのひと時です。

スカイさんの心に、裏山の桜は咲いています。
『本物』の桜だからこその美しさと優しさがある場所に帰属できるといいですね。

 今回は回想混じりでゆったりとした思いで書いておりましたが、企業のことを思うと複雑です。スカイさんの中にあった『冷たい思い』というのは……。

 それでは今回はこの辺りで。またどこかで縁がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2014-02-05(水) 22:00

 

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