元旅団員のイェンは『何でも屋』だ。どんな仕事かと一言でいえば『人材提供業』である。やれることは限られてはいるものの、彼は今日も自宅を事務所に暖簾を掲げる。 ――『ネコノテ』 貴方のお手伝いをいたします――「いらっしゃい。今日は何を手伝えばいい?」 店を訪れると、イェンが笑顔で出迎える。『何でも屋』はよっぽどの事がない限り、貴方の頼み事を色々としてくれる。 この『ネコノテ』には数人のロストナンバー達が関わっている。希望があればその人が手伝ってくれるだろう。 迷った時は依頼内容を吟味した上で手伝う人を考え、派遣してくれるという。 さぁ、彼らに何を頼もう……?
「あら~、これはお化粧しがいがあるわねぇ~」 「お願いしますわ、オディールさん」 それはある日の午後。『ネコノテ』の一角での事だった。頭の部分が骨とうっすらとした肉のみとなってしまった死の魔女は、黒鳥の翼を持つオネェ……もとい、マーイョリス・オディールににっこり笑いかけた。 「んー、アタシのいた世界ではゾンビとか普通に暮らしていたから時々貴方みたいな事になっちゃう子もいたのよねぇ。復元は友人の方が得意だったけど、アタシもできるわ。頑張るから、楽しみにしていてね?」 そう言うと、マーイョリスはくすっ、と笑って傍らのボウルから魔力を込めた何かの肉を死の魔女の顔につけ始めた。 事の発端はちょっと前の事である。死の魔女は体に爆弾やらミサイルやらを埋め込んで遊んでいたのだが、誤って暴発してしまい……頭が粉々に吹き飛んでしまった。体は他の死体でどうにか賄う事が可能だが、頭だけはそうも行かない。自分の手で用意しなければならず、『ネコノテ』に力を借りる事にしたのだ。 ある程度の骨格再生と肉付けは終わったのだが、皮などは自分ひとりではできない。そこで彼女はこういう人材を求めた。 「裁縫とお化粧の技術があって、魔術の知識をお持ちの方を所望したいのですわ。どなたかいらっしゃいます?」 「それだったら、アタシね」 話を聞いた『ネコノテ』メンバーの中から、マーイョリスが手を挙げる。灰色がかった銀の髪と血のように赤い瞳、品の良いメイクが施された中性的な顔立ちが目立つ。 「マーイョリス・オディールよ。気軽に呼んで頂戴?」 「うーん、何とも発音しにくいお名前ですわねぇ」 にこっ、と笑いかける彼に、死の魔女は少し考え……1つ頷く。 「では、オディールさんと呼ばせて頂きますわ」 「それでいいわ。それじゃ、早速作業に入りましょ?」 マーイョリスはそういって死の魔女の手をとり優しく微笑むと、何やら材料を集めてから鏡の前へと連れて行って……冒頭に至る。 「そうねぇ。ほんのちょっとじっとしていてくれるかしら?」 「分かりましたわ」 マーイョリスの言葉に、死の魔女は頷く。すると、クリームを塗るように優しく彼の手が動く。魔力によって肉付けがなされ、整えられていく様は見ている側としては妙に神秘的に見えた。 ちなみに、頭部の再生に使用している肉が何であるか、マーイョリスが聞いたものの死の魔女は答えなかった。故に彼もそんなに気にしなかった事を付け加えておく。 「ここの骨、少しひび割れているから魔力で補強しておくわね。それと、筋肉の付け方に違和感があれば教えて頂戴」 「ええ」 マーイョリスは慣れた手つきで再現していく。その間、死の魔女は妙にくすぐったいような気がしているが、そこは我慢する。魔力の力が骨に響いて震え、それで感じるのだが、死の魔女は努めて動かないようにしていた。が、そんな中、マーイョリスが言う。 「ちょっと顎を動かしてみて。時々付け具合が見たいから指示に従って動かしてもらえる?」 「分かりましたわ。お願いしましわね、オディールさん」 マーイョリスの言葉に頷きながら、顎に違和感がないことを伝えれば、彼はよかった、と小さく微笑んだ。そして、再び作業に戻るのだった。 肉付けが完璧に終わると、顔の筋肉が綺麗に整っていた。この上から皮を縫い付けていくわけだが……。マーイョリスはどこからともなく持ってきたクリームを死の魔女の顔中に塗っていく。 「これは、何ですの?」 「ふふっ、ひ・み・つ♪ 女の子ならぷりっぷりの肌にしたいじゃない?」 マーイョリスはそう言うと丁寧にクリームを塗こみ、その上で死の魔女が用意した皮を縫い付けていく。元々こういった作業を得意とする彼は、自然な動きで縫い付けていった。 「この糸は筋肉に馴染むの。メイクを施さなくても縫い目は目立ちにくくなるけれど?」 「そうですわね、お化粧までやってくださるかしら?」 死の魔女の言葉にマーイョリスは静かに頷き、丁寧に皮を縫い付けていく。手際よく進められていく作業に、死の魔女は満足げに瞳を細めた。 一見簡単そうにやるマーイョリスであるが、彼曰く中々骨の折れる作業なのだという。死の魔女がじっとしている間、彼は一時もてを休めず動かしていた。 「壊れた物をただ修復するだけじゃなくて、いかに美しく見せるかも大事なのよ」 との事で、彼は死の魔女に元の顔についてあれこれ聞いては真剣に付けた肉が剥離しないよう、丁寧に皮を縫い付ける。その上で傷や劣化した場所を修復し、より美しいものに仕上げようとしていた。どうやら、拘りたくなったらとことん拘りたくなる性分らしい。 「あら? この辺りの皮も剥離しかかってるじゃない!」 「多分爆破の余波でやられたんですわ」 「あらあら! こっちの損傷も侮れないわよ~! 死の魔女ちゃんは絶対可愛いんだから、もっと体を大切になさいな!」 マーイョリスは真剣にそう言って、手早く修復する。死の魔女が気づかなかった劣化部分も目ざとく見つけ、速やかに『美しく』修復する。 (慣れていますのね……。顔も自然に動かせそうですわ) 修復されている間、死の魔女は彼の手際の良さに安堵していた。気がつけば頭髪も綺麗に生えており、艶やかな金色の輝きを放っている。皮が全て縫い終わり、その上でクリームを肌に馴染ませれば、次はメイクだ。 「さぁ、最後の仕上げよ! ここからが本領発揮ね!!」 マーイョリスはファンデーションを取り出すと白に近い紫の物から使い始めていく。鏡には、殆ど縫い目を感じさせない死の魔女の顔があり、その上に少しずつメイクが施されていく。 「エンバーミングというより、普通にメイクね。んー、血色はどうする?」 「普段通りにお願いしますわ」 死の魔女は穏やかに言い、マーイョリスはチークを使わずにアイラインの作業に取り掛かる。それが終われば今度はリップ。こちらも青みを帯びた物を使用し、破損前の色合いになるよう心掛けて塗っていく。 こうして、2時間の作業とちょっとの休憩を経て死の魔女の頭は完全復活した。死の魔女は暫くの間鏡を覗き込んで顔を触ったり、縫い目を手でなぞったりしながら感触を確かめていた。 「どうかしら? 違和感が出たらすぐにいらっしゃい。修復するから」 「大丈夫ですわ。すっごく楽になりましたもの」 死の魔女はけらけらと楽しそうに笑う。口をぱくぱくうごかしても変な音がしない上に、剥離する気配が見えない。 「とりあえず、保湿はしておいたほうがいいわよ。コラーゲンを皮膚の下に塗りこんでおいたから、暫くは持つと思うけど」 死の魔女は思わず頬に触れてみた。確かに、破損前より触り心地が良くなっているような……気がする。彼女は改めてお礼を言うと、マーイョリスは「役にたてて嬉しいわ」と上品な笑みをこぼした。 最後に、マーイョリスは真面目な顔でこう言った。 「いくら死なないって言ってもね。もう、爆弾なんかを体に入れて遊んじゃだめよ?」 「そうですわねぇ、なるだけ守るようにしますわ」 死の魔女の言葉に、マーイョリスは「もうしないでよ」と突っ込むのだった。 (終)
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