オープニング

 集まったロストナンバー達の前に、1人の少女が現われた。黒髪に白百合の花を飾った少女は『導きの書』を持っている所から世界司書らしい。少女は一礼するとにっこり笑った。
「ん? えーっと、集まったかな? それじゃ、説明するよ。今回は皆にモフトピアへ向かってもらいたいの」
 そう言いながら『導きの書』を捲り、一言。
「今回は観察だから、危険な事はなーんにもないからね。ある浮島にいる羊さんっぽいアニモフたちの習慣について調べてほしいの」

 モフトピアのある浮島。そこに暮らす羊のようなアニモフたちにはとある習慣があった。それは毎日陽が沈む頃になると夕焼けが美しく見える草原や丘に集まり、夕日を眺める、というもの。彼らは太陽が沈むまでそこで夕焼けを楽しんだり、毛づくろいをしたり、と思い思いに過ごすという。
また、この時間帯だけはなぜかほんの少し宙に浮く事も可能であり、アニモフたちも宙に浮かんで泳いだりしているそうだ。

「因みに、近くには紅茶が湧く小さな泉とマカロンやフィナンシェがなる木があるの。羊さんたちもそれでお茶の時間を楽しんでいるみたいだし、一緒に楽しむのもいいんじゃないかしら? 」
 少女は百合の花を揺らし、うっとりと言う。本当は自分も行きたいけれど……と苦笑しつつこう付け加えた。
「言っておくけど危ない事はしないでね。それと、宙に浮けるのは黄昏時だけ。そして、丘のあたりだけで、紅茶の泉とお菓子の木がある所では浮けないからね」
 そう言うと、世界司書は人数分のチケットを取り出し、小さくウインクする。
「それでは、黄昏時のティータイム、楽しんできてね。あ、そうそう! コップは持参してね! 」

品目シナリオ 管理番号1686
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。こんにちは。
今回はモフトピアでのお茶会です。
それに当たっての注意は以下の通りです。

1:浮かべる高さ
大体高くて50cmほどまでです。
自分の意思で浮かんだり降りたり出来ます。

2:時間帯・場所
夕方、日没までです。
場所は草原~丘あたり。紅茶の泉とお菓子の木の辺りでは浮く事が出来ません。あしからず。

3:危ない事とは
武器を振り回す、火を使うなど自己判断で。
アニモフ達を怖がらせるような行為はNGです。

4:コップは持参で
羊のアニモフ達はそれぞれマイコップを持っています。皆さんは持参で願います。

以上が注意点です。

また、お菓子の木にはマカロンやフィナンシェの他、クッキーやサブレなどがなります。もしかしたら他にもあるかもしれません。

皆さまを羊アニモフたちがお出迎え致します。
それでは、よいお茶会を!

参加者
テューレンス・フェルヴァルト(crse5647)ツーリスト その他 13歳 音を探し求める者
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
セルゲイ・フィードリッツ(csww3630)ツーリスト 男 18歳 使用人
シャンテル・デリンジャー(cabc8930)ツーリスト 女 23歳 猫
ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン

ノベル

起:ようこそ、黄昏色の世界へ
 ロストナンバー達がその浮島に到着したのは、少し太陽が沈み始めた頃だった。既に羊アニモフたちは草原や丘でふわふわと浮かんで遊んでいる。その光景に、思わず大小様々な歓声が上がる。
「綺麗な、夕焼け。見るのが、楽しみ、だな」
「もっふり、のんびりできそうです」
 背中の翼が思わず動きそうになるテューレンス・フェルヴァルトがほっこりとした表情で呟く。それにうんうんと頷くのはシーアールシーゼロ。
(……よし、ここに永住しよう)
 と拳を握り締めたはシャンテル・デリンジャー。彼女は人間の姿をしているものの本来の姿は猫である。だからついつい爪が出そうになってしまい、やっぱり無理そうだ、と溜め息を付く。そして、傍らにいたセルゲイ・フィードリッツはメモ帳を片手に辺りを見渡す。のんびりと羊達が浮かぶ姿を見、彼はぽつり。
「モフトピアって、本当に不思議な世界ですよねぇ……」
「ええ、同感です」
 にこにこと優しい笑顔で頷くドアマン。彼はアニモフの大ファンで心からこの景色を楽しんでいる。セルゲイも釣られてやんわり微笑む。そして、今回ただ1人のコンダクターであるジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは相棒のオウルフォームセクタン・マルゲリータの力を借り、あたり一帯を見渡した。
「お菓子の木の場所は案外近いのじゃな。準備もそんなにかからんじゃろう」
 まずはどうする? という彼女の問いに一行は色々話し合う。結果的に一応調査に来ているので、まずは調査……という名目で草原へとくりだした。

「この、あたりが、いいかな? 」
 テューレンスがふわり、と浮びながら辺りを見渡す。周りにはぷかぷか浮んでいる羊アニモフ達。その姿の愛らしさに胸がキュンとなりつつも、まずは調査を行う。
(この世界の夢みたいな現象が解明される日は、いつの事になるんだろう)
 夢みたいな事が起こり、その原因も判らないモフトピア。それに惹かれつつセルゲイはドアマンやテューレンスと一緒に聞き込みを開始した。ドアマンがモフトピア産ウールで作った、愛らしい毛糸とレースのコサージュをプレゼントすると、アニモフたちは大喜びで受け取った。
「とってもすてきね。ありがとう! 」
「かわいいの大好き~」
 アニモフ達の喜ぶ姿にドアマンの顔も綻ぶ。もしかしたら最年長である彼が1番よろこんでいるのかもしれない。
「わたくし達はこの島での現象を調べに参りました。よろしかったら、2、3質問しても宜しいでしょうか? 」
 彼が丁寧に問いかければ、アニモフ達は笑顔で「いいよ」と返してくれる。それに礼をのべつつ「ここの島にいる皆で参加しているのか」とか、集まる理由、夕日を見て感じる事などを聞いていく。
(美しいものをただぼんやり見ている、でも充分かもしれないが……)
 内心でそう思いつつもセルゲイと共にメモを取り、写真を撮る。アニモフ達曰く集まるのは島の住人のほぼ全員。そして集う理由は様々だが圧倒的に多かったのは
「みんなでうかんでのんびりするのが楽しいのー」
 という意見だった。
「ねぇ、浮んでいる時、どんな遊びを、するの?」
 テューレンスが羽でバランスを取りながら、ふわふわと浮いたアニモフ達に問いかける。と、1人のアニモフが手を上げる。
「こういう時はねぇ、泳いで鬼ごっことかするよ」
「キツネのお兄ちゃんも、おっきいおじちゃんも、竜のお姉ちゃんもいっしょに鬼ごっこしようよ」
 別のアニモフが、セルゲイ達の手や服を引っ張って遊びに誘う。30センチ程の高さでぷかぷか浮いていたセルゲイは兜を落とさないようにしっかり抱え、メモを取っていたドアマンは落とさぬようそつなくポケットにしまう。そしてテューレンスを中心に集まると早速ジャンケンをはじめた。

 上がる歓声と、逃げるアニモフ達を必死に追いかけるセルゲイの姿を見つつジュリエッタは穏やかに微笑む。普段相棒であるマルゲリータの能力で高所を見慣れている彼女は浮ぶより他の仲間やアニモフ達が浮ぶ姿を見る方がいいらしい。その横で少しだけ浮んでいたゼロが「こんな話を聞いた事があるです」とぽん、と手を叩く。
「どんな話なの? ちょっと聞かせて」
 必死に何かを堪えていたシャンテルが首をかしげて問いかける。と、ゼロは小さく微笑んで口を開いた。
「壱番世界では、このような時間帯を逢魔時と呼び、異界との境が薄くなり不思議な出来事が起こりやすいそうなのです」
「それは、わたくしも祖母から聞いた事があるのぉ」
 ジュリエッタがマルゲリータと共に相槌を打ち、シャンテルは不思議そうにへぇ、と息を漏らす。ゼロはモフトピアの逢魔時にはすてきな不思議が起こる、と思っている傍ら、ふと、気付く。
(…そういえば、そもそもゼロたちが異世界からモフトピアにやってきた『誰か』なのです)
 だとしたら、自分は『不思議』? と思ってしまうゼロ。きょとんとしてしまった彼女を不思議そうに見るジュリエッタの傍ら、ふと、転がるアニモフ達の姿を見てしまい、身を縮めるシャンテル。
(あーんっ、なんか、こう、押さえ難い何かが疼いちゃうよ)
 と、手を握り締めた。まぁ、彼女は本来猫である。人間に変身してはいるものの、やはり、猫である性には勝てないのかもしれないのだった。

 しばらく鬼ごっこを楽しんでいた3人に、ジュリエッタが手を振る。
「そろそろ、お茶の時間にしようと思うのじゃが、どうかの? 」
「そうですね。では、お菓子の木と紅茶の泉に行きましょうか」
 ドアマンがそれに答え、テューレンスとセルゲイも頷く。そしてゼロとシャンテルも頷くと早速向かうのだった。もちろん、地面へ足を着けたまま。

承:一緒にお茶を
 紅茶の泉からは風味豊かなダージリンの香りが漂ってくる。その傍らにはお菓子がたわわに実った木々が何本もあった。
(トマト味のマカロンはないのかぇ? )
 トマトが大好きなジュリエッタはマルゲリータやアニモフ達と共に背の低い木を調べる。そしてセルゲイは大好きなスイートポテトが無いか探していた。
(ここで浮けないのは、お菓子や紅茶まで浮いちゃったら大変だからかなぁ? )
 御目当てのお菓子を取りつつ考えていると、近くの茂みが揺れた。シャンテルがうきうきと美味しそうなマドレーヌを摘んでおり、傍らではゼロがクッキーを、その後ろではドアマンが南天のような葉をした木からギモーヴを摘んでいた。
「いい、匂い。これだけ、あれば、いいかな? 」
 テューレンスがフィナンシェを取りつつ集まったお菓子を見、思わず嬉しそうに溜め息。早速皆でお茶会の準備に取り掛かった。

 テーブルやイスにちょうどいい岩のような物があり、そこにお菓子を乗せた大きなトレイやバスケット。紅茶はポットの中だ。アニモフたちもまた思い思いにお菓子を食べ、自分のコップで紅茶を飲んでいる。
「これだけ揃うと凄いですね……」
 ディフォルメされたキツネの顔が描かれたマグカップを手に、セルゲイが目を丸くする。その傍では既にシャンテルがもきゅもきゅとお菓子を食べていた。まるでシマリスか何かのように両頬が膨らんでいる姿に、思わずくすり、となるテューレンス。因みにシャンテルはステンレス製の無骨なマグカップ、テューレンスは五線譜と音譜をモチーフにした、愛用のティーカップを持参している。
「ふふ、見ておれよ? 」
 とジュリエッタが言いつつ、自分のカップへ紅茶を注ぐ。と、上に浮んだのは愛らしいハート。面白いじゃろう? とアニモフ達に問いかければ、かわいい、かわいい、と歓声が上がる。
「差し出がましゅうございますが、職業病とお見逃し下さいませ」
 ドアマンがそういいつつ、手際よく紅茶を注ぐ。お菓子が切れぬよう、ひとりぼっちの子がいないように、と気を配っているのだが、この事だろう。しかし、スマートな動作に誰もが感嘆の息を吐いた。
「おいしいです」
 ゼロも白無地陶器のティーカップを両手で包み込むように持ち、ほっこり。口についたフィナンシェの欠片をアニモフに取って貰うと少しだけ頬が赤くなる。ジュリエッタの相棒、マルゲリータはというと、のんびりとその様子を見、ちょこちょこ動いてはマルゲリータからちょっとお菓子を貰ったりしていた。
 アニモフ達と色々話していたテューレンスは、アニモフの1人が「すてきな音楽があったらいいなぁ」というリクエストに答えてトラベルギアである横笛【渡り鳥】を使って演奏を始めた。辺りに優しく、どこか切ない音色が響き渡る。夕焼けをイメージしたそれは、ほんのりと哀愁も滲んでいた。
(綺麗な、光景を、眺めながらの、ティータイムは、格別、だね)
 僅かに琥珀色を帯びた光の中、遊んでいるアニモフ達の影も伸びる。柔らかな紅茶の香りと、焼きたてと全く変わらない焼き菓子の香りに、緩やかな音色に瞳を細めながらジュリエッタが呟く。
「これもまた、格別じゃの」
「なんだか、心地良いなぁ」
 シャンテルもまた紅茶を飲み干し、またお菓子を食べつつ頬を綻ばせる。穏やかな顔でみんなの様子を見ていたドアマンも、優雅に紅茶を飲みつつ頷いた。
「こんな一日も、いいものでございますね」
「はい、ゼロもそう思うです。みんなで仲良くお茶会、すてきです! 」
 ゼロが相槌を打ち、紅茶をティーカップに注ごうとするとすぐさまドアマンが淹れてくれた。ちょうど空になったセルゲイのカップにも注ぎ、彼もゼロと一緒に礼を述べる。受け取って1口のんだセルゲイは、辺りをゆっくりと見渡す。少しずつ暮れていく中、喧騒も忘れ、何もかも解れていく感覚に胸の中が温かくなる。
(少しだけ、楽になった……かも)
 最初は緊張していたため端っこにいようとしたセルゲイだったが、ドアマンやアニモフ達に誘われて、いつの間にかみんなと一緒にお茶を飲んでいた。テューレンスの奏でる音色や他のメンバーの様子も相まって、いつもよりは緊張せずにいられるのかもしれない。
(離れている所からでも、皆さんでわいわい楽しんでいるところを見てるだけでも、楽しい気持ち、伝わってきます。けれど……)
 解れた、僅かな笑顔。直したい、と思っていた癖が、少しはマシになったかな、と思うセルゲイであった。

 新たなお菓子を取りにドアマンとジュリエッタが動き、テューレンスが休憩に、と紅茶を飲む。シャンテルが漸く冷めた紅茶をゆっくり飲み、セルゲイが紅茶のお代わりを注いでいると、ゼロが口を開いた。
「あの、もうちょっとしたら、お話しよう、とおもうです」
「それも、いいね。テューラも、聞きたい、な」
 テューラが目を輝かせ、セルゲイとシャンテルも頷く。
「それはどんな話ですか? 」
「ああ、さっき言っていた逢魔時についてだね」
 思い出したシャンテルの言葉に、ゼロが頷く。彼女はふんわり、と金色に染まりかけた銀の髪を揺らし、人差し指を唇の前に添えて
「そろそろ、不思議なお話を、するのです」
 異世界の話を、真理に触れないように、と付け加えて。

 暫くして、追加のお菓子と紅茶を持ってきた2人が戻ってきた。それを確認するとゼロは立ち上がる。2人にテューレンスが事情を説明し、アニモフ達にはセルゲイとシャンテルが説明する。そして、ゼロは一礼し、ニッコリ笑った。
「それでは、ちょっと不思議な話、するです」

転:旅人が語る黄昏の友達
 ゆっくり、ゆっくり、太陽は沈んでいく。次第にオレンジ色が強くなり、空がうっすらと金色に染まっていく。テューレンスがゼロとアイコンタクトし、先ほどとはちょっと違う、ミステリアスな音色を奏でる。ゼロはそっと口を開き、柔らかな声で語り始めた。

 黄昏時は薄暗くなり、互いに互いの顔が、よくわからなくなる。そんな時に皆で遊んでいると、いつの間にか見知らぬアニモフが1人混じっていたりする。そして、日が完全に落ちる頃、その子はいなくなってしまう。

 ある日。誰かがぽつり、不思議に思ってこう、聞いた。
 ――きみは誰? 何処に住んでいるの?
 問われたアニモフはくすくすと笑う。ほかの子達も不思議そうにその子を見ていたものの、その子はくすくす笑ったままこう、答えた。
 ――あっちなのー。
 その時、その子が指した方向から、気持ちいい夜風がふう、と強く吹く。花びらや木の葉が舞い上がり、顔を隠す子もいた。指された方に気を取られた子たちもいた。しかし、我にかえる。辺りを見渡すも、さっきの子は既にいない。
 ――あれ? さっきの子は何処にいったの?
 示された方向の空には、綺麗な1番星が瞬いていた。

「次の日からそのアニモフさんは現れなくなり、他の浮遊島で夕暮れにいつのまにか見知らぬアニモフさんが遊んでいるのです」
 ゼロはそうしめくくり、おしまい、と一礼する。すると、拍手が沸き起こり、アニモフ達は口々に「おもしろかった」と喜んだ。
「もしかしたら、この中に、いるかも、しれないね」
 演奏を終えたテューレンスがやんわりと微笑んで言う。それにセルゲイがええ?! と驚いたような顔をし、シャンテルもまた頷いてみせる。
「モフトピアらしいお話ですねぇ。確かに、そんな子がいてもおかしくないかも」
「ねぇ? 見知らぬ顔の子とかいたりするの? 」
 シャンテルがふと、アニモフたちに問うものの、どうやら今回はそんな子がいなかったらしく、首を横に振る。その様子にジュリエッタとドアマンも顔を見合わせて笑い合った。
「そんな子が居たら、面白かったんじゃが。まぁ、昔居たかもしれんし、これから現れるのかもしれん」
「そうですね。逢魔時にはあと少し早いかもしれませんね」
 ドアマンが時計を見つつぽつり。しかしアニモフたちの話に耳を傾けると「そんな子がいたらすてきだね」とゼロの話を楽しんだ様子が伺えた。
「さっきの曲、とてもよかったです。お茶会の時のもすてきだったけど、これも気に入りました、です」
 ゼロがテューレンスに歩み寄り、にっこり。テューレンスもそれに少し照れながら頬をかき、
「夕焼けを、飛んだり、眺めたりしてたら、思い浮かんだんだ。お話のも、イメージが、浮んだ、から」
 内心でカネート(音に反応する水晶)にも夕焼けを音色で伝えたかった、と付け加えながら微笑む彼女にゼロもすてき、とほっこりする。そうしているとアニモフ達がアンコールを強請り、仲間達も頷くなり肩を叩くなりして誘う。
「それでは……」
 テューレンスは僅かにはにかみながら、再び曲を奏でる。それに合わせてアニモフたちも踊り始め、賑やかになった。

そんな中、セルゲイはこっそりとメモを見る。あまり埋まっていないメモの中身に彼は内心溜め息を付く。
(司書さんはともかく、マフ様には怒られるかも……)
 心なしかしゅん、としおれてしまった尻尾に気付いたのか、ジュリエッタが不思議そうな顔をする。マルゲリータも同じような雰囲気で首を傾げていた。
「ほれ、どうしたのじゃ? 紅茶でも飲んで元気を出すのじゃ」
 そつなくスイートポテトも勧めていると、アニモフの1人がセルゲイの服の裾を引っ張る。
「ねぇ、一緒に踊ろうよ? 」
「えっ? あ、は、はいっ」
 ジュリエッタに礼を述べ、アニモフの誘いにのって……というより、釣られて立ち上がる。その拍子に兜が転げてしまい、半分涙目でそれを追いかける羽目になってしまったが……。そんな様子をかっけらかん、と見ていた彼女もまた、踊りに誘われる。ゼロやシャンテルも引っ張られ、一緒に浮び始めた。
「そろそろお茶会もお開きでしょうか」
 ドアマンは1つ頷き、後片付けをしようとしたがアニモフたちが一緒に踊ろう、と誘ってくる。顔を上げるとうっすらと暮れる中、ふんわりと浮ぶ草原で仲間達が浮びながら踊っていた。誘われるままに躍り出ると、久方ぶりに身を浮ばせる。アニモフ達の手を取り、慣れた様子で浮ぶ彼に、アニモフたちはきょとん、とする。が、ドアマンは「秘密でございます」とくすり、と笑った。
 テューレンスは瞳を細め、丁寧に演奏し続ける。風を羽で感じながら、のんびりと浮びながら奏でるその姿は、まるで風の精を思わせた。

結:優しい時間
 お茶会の片付けが終わった頃、太陽はさらに沈んでいた。見事なオレンジ色とも言える空に、一行は溜め息を付く。一通り踊ったあと、紅茶を飲んでいたジュリエッタはゆるゆると流れる時間に、琥珀色の光に、緑色の瞳を僅かに細めた。
(場所が変われば、夕焼けもまた変わるものじゃな)
 ふと、脳裏に過ぎったのはブルーインブルーでみた夕焼け。青と蒼が交じり合い、大地では灯火の花が、藍の空には星が咲いていく様を信頼できる仲間と見た事を。
(そなたは、これをみてどう思うかのう)
 溜め息混じりに見つめていると、柔らかな風が頬を撫でた。潮の香りではなく、濃厚なアールグレイが彼女の小さな鼻を擽る。傍らではマルゲリータが寄り添うように頬にすりよっていた。
 カラン、カラン、と乾いた金属の音がする。ふと我に返った彼女が振り返ると、セルゲイが兜を追いかけていた。鐘の音に似ているとおもったら……。ふんわり浮び、宙をころころ転げる兜と、それを涙目で追いかけるセルゲイは夕焼けの中ちょっとだけ光って見えたのだった。
(うう、また落としちゃったよぉ……)
 漸く取る事が出来たセルゲイはしっかりと兜を抱え、その場に浮いた。うっすら浮んだ涙はオレンジに染まり、アニモフ達もふわふわと遊んでいる。そんな姿を見つめていたら、なんだか穏やかな気持ちになってきた。拳で涙を拭うと、ちょっとだけ微笑んだ。
 そうしていると、優しい風が耳に触れた。良く見ると、傍をテューレンスが通り過ぎていく。羽を、空を滑るように開き、とろとろと落ち行く太陽と重なる影。この空中遊泳を心から楽しみながら、紫の瞳を閉ざす。
(気持ちが、いいな)
 アニモフ達とふわふわ浮いていると、風になったような気分になる。黄昏の中、ジュリエッタが、セルゲイが自分に笑いかける。テューレンスもまた2人に笑いかけ、手を振った。

 黄昏の金色に染まりながら、ゼロとドアマンは2人で羊アニモフたちの毛づくろいをしていた。手際よく丁寧にやっていくドアマンの手を見、ゼロもまたやさしくふわふわに仕上げていく。アニモフたちは2人に心から感謝した。
「お日様が金色で、ゼロも羊アニモフさんもみんな金色なのです」
 ふんわり、おっとり、ゼロが言えばドアマンもにこやかに頷く。彼は故郷の禍々しい夕焼けとは全く違う光景に、素直に見入っていた。青い瞳が、何処と無くより優しい眼差しになっているのはその所為だろうか?
「実に、素晴らしい」
 外から見ることと、実際にやってみる事は違う。そして、仲間と体験を共有する事も大きい。1人そう思いながら夕焼けに瞳を細めていると、アニモフの1人がゼロの髪を櫛でといていた。別の1人がドアマンの服についたふわふわな羊毛を取っている。
「おじちゃんも、おねえちゃんも綺麗にするのー」
 その言葉に、顔を見合わせて笑い合うゼロとドアマンだった。そんな光景に、何か思うところがあったのはシャンテル。彼女は猫の姿に戻ると青い瞳を細めて
(そういえば、魔女とこんな風にのんびりしたっけ)
 と出身世界での事に思いをはせる。自分を可愛がってくれた魔女も、そっと頭や背中を、耳を撫でてくれた。そして、一緒に夕焼けを愛でていた、と。しかし、その事も記憶の奥へとゆるゆる落ち、うとうとし始める。それを見た2人が彼女へも毛づくろいを開始したのは、ここだけの話。
(気持ちいいなぁ……)
 ふわぁ、と欠伸をし、2人に身をゆだねるとシャンテルはそのまま午睡の世界へと溶け込んだ。

 ついに太陽が沈み、淡い藍色の空へと変わっていく。時間を見ていたドアマンは眠りかけていたアニモフ達をキャッチしたり、助けたりしていた。テューレンスが最後に、と奏でた優しい音色でシャンテルが目覚め、ゼロとセルゲイは後片付けをする。最後にジュリエッタがマルゲリータの能力で辺りを見渡し、忘れ物が無いかチェックをした。
「楽しかったね」
 誰とも無く微笑みあい、調査の成功を確認しあう。集まったロストナンバー達は停車所へ向けて出発し、羊アニモフ達は彼らを笑顔で見送った。

 その道すがら、カメラを手に、ドアマンは瞳を細める。
(写真が出来たら、あの浮島に送りたい)
 『旅人の足跡』の効果もあり、彼らは自分たちの事を忘れてしまうだろう。それでも共有した思い出を届けたい。そう思うドアマンだった。肩を並べて歩くセルゲイは、「そういえば、こんな事もありました」とメモに幾つか書き加えている。そしてゼロはというと
(もしかしたら、ゼロたちが不思議な誰か、だったのかもしれない、です)
 と1人どきどき。シャンテルはまた人間の姿を取って、「まだ眠いなぁ」と言いつつ欠伸を噛み殺しながら彼女と歩いていた。
(上手く、伝わったら、いいけれど……)
 その後ろを行くテューレンスは自分のカネートをそっと撫で、ジュリエッタはマルゲリータを肩に乗せ、顔を上げる。
「少し、名残惜しいがのぉ」
 その言葉に誰もが頷き、少し寂しい気持ちになる。けれど、自分たちには新たな冒険が待っている。ロストナンバー達は顔を上げ、新たな旅へと思いをはせた。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
少し遅くなってしまいましたが、リプレイをどん!

少しでものんびり出来たならば嬉しい事です。

今回は「自分だったらこんな事がしたいな」と考えていたことがPCさんのプレイングにあり、嬉しかったです。

うーん、こう言う事もあるものですねぇ。

それでは、参加してくださり、まことにありがとうございます。縁がありましたらその時はよろしくお願いします。
公開日時2012-02-29(水) 21:10

 

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