トリシマ カラスは怯えていた。若干脇に汗をかき、心臓の高鳴りに多少の吐き気と悪寒を覚えて、浅い呼吸を繰り返していた。 ――つまり、彼は精神的に若干、ピンチだったりする。「どうしたのだ?」「い、いや」 背後から彼の挙動不審の原因がいぶかしげに声をかけてくる。その甘ったるい声、身にまとう花の香り、触れてもいないが柔らかさを第六感でビンビンに感じる。 そして目の前に絵に書き留めたいような屋敷が近づいてくる。 ざぁ。波の音が耳に木霊する。 ことの起こりはやく二時間ほど前。 ぼさぼさの髪の毛をかきながら、猫背に剃っていない顎鬚姿の中年の年齢に足を踏み込んだいかにも頼りなさげな雰囲気のカラスは依頼を探していた。そこへてくてくてくと二足歩行で歩く黒い猫の司書が近づいて二枚のチケットを渡された。 そのぼさぼさ頭に、髪の毛をかくとふけがとぶのは、どうみても探偵の条件を満たしてるよね! じゃあ、この孤島での事件解決、よろしくね! あ、もう一人は既に決まってるから。 そのもう一人がいないと思ったとき今まで気配のなかった背後から声がした「我はカンタレラなのだ! よろしくなのだ!」「!!」 振り返ると人懐っこい笑顔で寄ってくる絶世の美女、カンタレラのカラスは声もあげられなかった。 まぁ、がんばって。黒猫の司書はにやぁと悪魔のように微笑んだ。 壱番世界。まだ陽気な春爛漫。 既に夕方の時刻に二人はさる島にやってきた。昔は鉱物の発掘が盛んに行われて大勢の人が訪れてきたというが、今は寂れてしまい、民家がぽつぽつと存在する程度のもの。この島の事実上の支配者ともいえる猫神家が今回の依頼主である。島にきて長い坂道をのぼった山の手前に横に広い、古き良き日本式の瓦の家を所有していた。 門をくぐってカラスは足を止めた。「む、どうしたのだ」 背中に思いっきり鼻をぶつけてしまったカンタレラが前を覗き込むと、そこには白い清楚なワンピース姿の肩くらいの黒髪の日本系統の控えめな美女が立っていた。「まぁ、あなたたちは?」「え、えと、あっ」「我はカンタレラなのだ! 探偵なのだ!」 カンタレラが胸を張ると娘は納得したように微笑んだ。「まぁお待ちしておりました!」 娘は猫神珠子と名乗り、家のなかに案内する傍ら、ずっと依頼内容を気にしていたカンタレラの問いかけるのに珠子は丁重に答えている。 カラスは庭を歩きながら周りをきょろきょろと見た。丹精こめて作られた庭は松の木に池、建物の陰りを見ると井戸もある。あまりの豪華さに一般人であるカラスは落ち着かなくなった。 ざぁ。波の音がする。「歳をとったおじさんが遺産相続について弁護士さんを通して発表をしたんです。それには私が関わっていたんです」 猫神家の現在当主である松清は両親が戦中に死亡後、唯一の肉親である兄のみ。猫神兄弟はこの島で一攫千金を狙い、財を築きあげた。 しかし、松清の兄である清彦は年取ってから結婚後、妻ともども車の事故で死亡。唯一残された娘の珠子を引き取って育てた。 松清には妻はいないが、それぞれ別の女に産ませた、マツ子、タケ子、ウメ子、三人の娘もそれぞれ結婚し、息子がいた。 その三人の誰かと珠子が結婚した場合、珠子とその夫にのみ遺産を残す。もし結婚しなければ遺産はすべて慈善団体に寄付すると遺言書には書かれてあった。 猫神家の財産はこの屋敷などのほかにも、この島で鉱物が盛んであったときに手に入れた金塊があるのだと珠子は語る。「私たちは実際にその金塊をおじさんから見せていただいたことがあります。けど、その保管先を知るのはおじさんだけなんです。それでみんなの私を見る目がおかしくなっていって……」 つまり、松清がいなければこの屋敷、さらには金塊を手に入れることは出来ないということだ。手にいるには珠子と結婚するしかないのだ。「昨日の昼間、おじさんがいなくなったんです。いくら探してもどこにもいませんし、島の人たちに聞いてみしたが誰も見てないって……もういい歳なのに」「消えてしまったのだ!」「そんなバカな」 目をきらきらさせるカンタレラにカラスがつっこんだ。 この島には一日一回しか船はこない。それも船着き場は受付嬢が一人いるだけの大変な寂れようだった。猫神家の屋敷の裏は山、さらに右手は海に面した断崖絶壁。唯一の道はカラスとカンタレラが通った一本道だが、周囲に建物がない平道で人に見られないのは不可能に近い。「どこにいるのだ?」「そ、それは今から調査して……だから、見つけて」 カラスはもごもごと言い返す。「おや、珠子さん、どこにいったのかと思いましたよ」 通された広い居間で声をかけてきたのは目元だけ爽やか笑顔にありえないほど巨大な肉体をした男だった。 タケ子の息子・竹助。その右横に黒着物に竹助の倍のでかさのある母のタケ子とひょろりとした夫の浩一郎が腰かけている。「まぁ、これが噂の探偵さん? 本当にきたのね」「お前、そんな露骨なことを言わなくても」「あんたは黙ってらっしゃい」「は、はい」 その横には陰気なぎょろりとした目が狡猾なイメージを与える美青年なのにありえないくらいちびの男、ウメ子の息子である梅吉。横には梅吉よりさらに小さく小学生並くらいの身長のウメ子。隣には山のようにでかいスーツのボタンがもうはじけ飛びそうな状態の夫の猿飛。「た、珠子さんが依頼し、したん、なら、ほ、ぼくは、きみのやり方にしたがうよ」「まぁ、梅吉ちゃんは優しいのね」「しかし、探偵か」 そして一番目をひいたのは白いマスクを顔につけた、マツ子の息子である松吉。その横には着物姿の美しいマツ子が伏せ見がちに座っていた。彼女は十年前に夫をなくして以来ずっと未亡人なのだ。 松吉が無言でマスク越しに見つめてきたのにカラスはびくっと肩を震わせた。「探偵さん。わざわざこんな辺鄙なところに……この屋敷には温泉ぐらいしかありませんが、よろしかったらどうぞ」「これがたまごの夫候補なのだな! でっかいのとちっちゃいのとマスクなのだ!」「か、カンタレラさん、しー、しー! それに珠子さん。珠子さん!」 親族たちから少し離れたところに白衣姿の老人、松清の友人にして医者の大草五郎。スーツ姿の弁護士の陰気な釣目の弁護士の伊藤一。 そして部屋の奥には、ぽつんと函があった。 日本式にはそぐわない洋風の函だ。 顔合わせが終わると夕飯まではまだ時間がある、その間に部屋の準備をするとウメ子たちに言われて居間に残された。カンタレラは好奇心の赴くまま珠子に尋ねた。「これはなんなのだ?」「おじさんの大切にしている、私の父が作ったという函です。もともと父は芸術家志望だったそうです。いつもここにおいているんです。このとおり大きくて、重いから誰も運べないんです。鍵はかかってませんが」「試してみるのだ!」「え、俺が! ……ええっと、おも、い! それに蓋も、かなり重くて一人だと」「カンタレラが手伝うのだ! たまごも!」「はい」「え」 右手にカンタレラ、左手に珠子に挟まれたカラスは硬直した。蓋をあけようとがんばる美女たちはカラスの腕や肩にくっついてきて、甘い香りと柔らかいものがあたったりとサンドイッチ状態だ。「おまえも、しっかりと力をいれるのだ」「ひゃ、ひゃい!」「あ、開きました!」 ぎ、ぎぎぃいい…… 開けた蓋。しかし、そこは空っぽでなにもない。「あ、あれはなに!」 悲鳴があがったのにカンタレラとカラス、珠子は函の蓋をしめて駆けだした。 駆けつけたのはマツ子の部屋だった。春とはいえ夜になれば寒いというのに開け放たれた窓をマツ子は見つめて震えている。「どうしたんですか!」「あ、あれを見て、ください」 マツ子が示す窓にカラスは駆け寄って暗い闇を見た。ざぁと波の音。この屋敷の裏手は山だが、右手は断崖絶壁で、海に面しているのだ。 ざぁ。 ざぁ。 ざぁ。 波の音が繰り返す暗闇。辛うじて激しい海の揺れが見える程度だ。 そこにオレンジの灯り。 舟だ。それも小さな船らしいが、そこから絶叫が轟いた。「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」 あきらかに老人のものだ。「お父様!」「おじさま」 「どういうことなのだ!」 マツ子、珠子、それにカンタレラが窓辺に駆け寄る。 カラスは見た。 暗闇の海。激しく揺れる舟。オレンジの灯りに佇む人の影。それが何かを持ち上げ、おろす。おろす、おろす、おろす。おろす、おろす。 先ほど聞いた悲鳴とその緩慢な動作が重なり合う。「ころ、した? 殺された? そんな、誰が、誰が殺された? ……あ!」 オレンジの灯りがふっと消えた。どこに行ったと探しても夜の海で小船を探そうなど、それもかなりの距離がある以上不可能に近い。 ざぁ、ざぁ、ざぁ。 波の音がこだまする。「そ、そんな」 マツ子がカラスの腕のなかに倒れこむ。「し、しっかり……えっ」「消えたのだ! またしても消えたのだ!」「おじさん」 カラスは気が付いた腕にはマツ子、右手にはカンタレラ、左手には珠子。そして「なにかあったの!」 振り返ると駆けつけた巨体のタケ子が立っていた。さらに他の家族たちも駆けつけて、最後に白いマスクの松吉がやってくると壁に身を預けると、両手で顔を覆った。それは悲劇に混乱して泣いているのではない。よく見れば松吉はくくっと肩を震わせている。 ざぁと波の音がカラスの耳にこだまする。 事件のあとの混乱はだいぶ落ち着いた。 カラスの言葉のあと、猫神家の歓迎者は全員の無事が確認された。そのあとわざわざ五郎が電話をかけて島にいる家にすべてあたったが失踪した者はいないという。「じゃあ、あれは、まさか、おじさん?」 カラスとカンタレラを客間に案内して一緒にいた珠子は五郎の報告に混乱して泣きじゃくった。「嘘です。嘘です。おじさんが! お願いです。おじさんを見つけてください。こんなことをした犯人を見つけ出してください。……本当は金塊を見つけることが目的でした。このままだと結婚させられてしまうから……お願いです、探偵さん、助けてください」 依頼は失踪した松清を探すこと。また隠されている金塊を見つけること。さらに追加でもう一つ――もし松清を殺した者がいたならば犯人を見つけてほしい。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>トリシマカラス(crvy6478)カンタレラ(cryt9397)=========
あたたかい日差しが瞼を撫でるのにカンタレラはのろのろと起きてちらりと横を見る。そこには大の字で眠っている同じ柄の浴衣をきたトリシマ カラスがうんうんと魘されていた。 カンタレラは手を伸ばしてつんつんと頬をつつく。 「フガァ」 「面白いのだ!」 悪戯心を出したカンタレラが今度は鼻を摘まむこと一分 「死ぬ!」 がばっと勢いよくカラスが起き上がるとぜぇはぁと息を乱してカンタレラを見る。 「おはようなのだ!」 「っっっ!」 ずさささっとカラスは瞬間移動のように部屋の隅に後ずさった。 「な、な、なんで、カンタレラさんがここにっ! 隣の部屋で寝ていたんじゃ!」 「もう忘れたのか? 昨日あんなにカンタレラのことを求めたというのに」 「ぎゃあああああああああ! なにやったんだ昨日の俺!」 「昨日は怖くて眠れないから出来れば一メートルは離れて、同じ部屋で寝てほしいと提案したのはそっちだぞ、カラス」 「……そ、そうでした。すいません。本当にすいませんっ」 カラスはその場で正座して深々と頭を下げた。 昨日の夜に起こった奇怪な事件にカラスは本格的にびびっていた。 混乱が過ぎたあと深夜ということもあり仕方なく部屋に戻ったのだが、殺人鬼がいる不安に胃がずきずきと痛くなった。どうせ戸を一枚隔てた隣、さらにカンタレラはまったく気にしないので――男として見られてないらしい――同じ部屋で眠ったのだが。 「なんか、布団が近づいてませんか。なんでこんなぴったり横に!」 「てへ。カンタレラは知らないのだ」 「ま、まぁいいです。けど、カンタレラさん、どうしてそんな落ち着いているんですか。人が殺されたんですよ」 カラスの言葉にカンタレラは不思議そうに小首を傾げた。 「死体が見つかっているわけではない以上、殺人と断定付けるのは尚早だぞ? 昨日は暗かったが日が出ているいま改めて探索すれば証拠が出てくるかもしれないのだ。昨日の事件は、いろいろと腑に落ちないことが多いのだ」 カンタレラの冷静な言葉に既に殺人事件だと思っていたカラスの眼からウロコがぼろぼろと落ちた。 「え、じゃあ、カンタレラさんって、ぎゃあああああああああああああああ! なにぬごうとしてるんですか!」 立ち上がって浴衣の帯に手をかけているカンタレラにカラスは絶叫した。 「はやく着替えないと食事の時間に間に合わないぞ! カラス」 「だ、だからっ、だからって、いゃあああああああああ!」 カラスは花も恥じらう可憐な悲鳴をあげて部屋から飛び出すとむにゅっと柔らかなものにぶつかった。思わず手でむにゅむにゅと揉んでからそっと顔をあげると珠子がカラスを見つめていた。 「え、あ、おれは」 「朝ごはんですよ!」 ぱちーん! 思いっきり平手打ちを食らった。 昨日、函を見せてもらった広間で朝食となった。 手のあとがくっきりと残る顔でカラスはぼそぼそと朝ごはんをつつく。横ではカンタレラが珍しげに箸を手に取って白飯、お味噌汁、つけものに焼き魚を元気よく食べている。 全員が食事の席についているのにカラスはつぶさに観察しながらぽりぽりとたくわんを齧りながら考える。 殺人でないとしたら誘拐、もしくは軟禁という説が浮かぶ。 殺人だった場合、マツ子と珠子は共犯? でなければ暗闇のなかでどうして老人の声がわかった? 距離があったし、冷静に思い出すと波の音もひどくうるさかった。それに老人の悲鳴があんなにも響くか? 否、たぶん、あれはカセットだ。 しかし、カセットとしてもあの船は? あそこに人がいて執拗になにかを振りおろす姿をはっきりと見たのだ。思い出すと再び背筋に悪寒が走った。 「カラス」 「……いや、けど、軟禁としたらどこに」 「カラス」 「そもそもどこにかくれ」 ざく。 思いっきり脇腹を箸で刺されたカラスは身悶えた。 「な、なにを」 「一人でぶつぶつと言ってるからなのだ! カンタレラも聞きたいのだ! カンタレラはカラスの助手だぞ」 拗ねた唇を尖らせたあと、えっへんと胸を張るカンタレラにカラスは眉根を寄せた。そうだ、一応、ここでは自分たちは探偵と助手ということになっているのだ。 ちらりと広間を見ると、ほとんどの人間は食事を終えてそろそろ立ち上がろうとしている。 こうして一同が集結するなんてもうないかもしれない。ここで聞けることは聞いておくに限る。 「あの!」 カラスは勇気を出して声をあげると全員の動きがとまり、注目された。それだけでへたれなカラスはびびった。 「お聞きしたいことがあるんです。昨日の、事件で、悲鳴を聞いて集まるまでどうしてましたか」 カラスの問いに珠子以外はきょとんと互いに顔を見合わせたが、すぐに事件のアリバイ調べだと察して顔を険しくさせた。だがここで下手に隠し立てすることはよくないと考えたのだろう。全員が思っていた以上にあっさりと口を開いた。 「ほぼ全員が自分の部屋にいた、か」 カラスは思わず頭をかいた。 珠子以外は自分の部屋に家族といたと証言し、五郎と一は自室でカルテや書類を見ていたというのだ。 家族の証言は信じていいのか微妙で全員にアリバイらしいアリバイがないことになる。なぜなら財産狙いで協力している可能性も十分あるのだから。 一人、居間に残ったカラスはうんうんと唸る。考えれば考えるだけわからなくなる。 「うーん」 「頭をかくのは探偵の大切な仕事なのだ?」 「わー! い、いつの間に!」 背後からカンタレラの声がしてカラスは飛びのいた。 ばくばくと暴れる心臓を押さえてカラスはきっとカンタレラを睨みつける。 「か、カンタレラさん、なにか調査するって言ってませんでしったけ!」 「それはもちろんカラスも一緒なのだ!」 「お、俺も? 調査なら二手に分かれたほうが」 「なにかあったときはぜひカンタレラを守ってほしいのだ!」 「……俺がですか」 再確認すると当然だとばかりにカンタレラは頷く。 「タマゴを呼んできたのだ! 気になるのだが探偵は頭をかいてフケを飛ばすのだ?」 「髪はボサボサだけど、外出する時はちゃんとシャワー浴びてるのでフケは幻覚です! って、珠子さんは?」 「む、いないのだ? せっかくカンタレラが呼んできたというのに! あ、タマゴ、マスクと一緒なのだ!」 覗くと廊下で珠子はマスク姿の松吉に捕まっている。彼を見たときマスクは不審だと思っていたがもしかしたらと――カラスのなかで推理という名の妄想を働く。ここの屋敷の全員がぐる、いや、珠子だけは知らずに松吉と松清はどこかに軟禁されているのではないのか 「マスクをとるのだ!」 「え、カンタレラさん!」 カラスのつっこみは追いつかなかった。 カンタレラはマスクを標的に猪のように突進した。そうなると止まらない。なんといってもマスクなんてつけてときどき笑うなんてあきらかに怪しい。 カンタレラはひらめいたのだ! マスクを剥げたらカンタレラの勝ちなのだ! ――事件関係ないよ、カンタレラ! 「タマゴ、一人でふらふらしてはあぶないのだ! カンタレラが守るのだ!」 といいつマスクを狙う。 「わー、カンタレラさん!」 後ろではもだもだとカラスが追いかけるが、止められるはずがない。 「マスク、成敗! カンタレラ、秘儀のひとつ! マスク脱ぎ!」 しゅば! そのまんまな秘儀名を声高らかに叫んでカンタレラはマスクを奪い取る。そうしてあらわになったのはなんと さらさらの髪の毛、きらきらの顔立ちの美形であった。しかしカンタレラには愛すべき恋人がおり、それ以外は泥のついた芋と同じ価値しかない。 マスクを奪えて満足したがその下がただの美形ではなーんだとしょんぼりする。 「え、えええええ!」 カンタレラの代わりに驚いたのはカラスである。もしかして犯人? マスクの下は火傷のあととか醜い顔とか想像していただけに唖然とする。なんで顔隠してるのこの美形 「は、はくしゅん!」 「松吉さん、大丈夫?」 「はくしゅくはくしゅんはくしゅん! ま、ますくかえして、くださいぃ、か、かふんがぁ」 「そっか、春だから花粉か」 何とも情けない美形にカンタレラの興味は失せてしまっているのにカラスは哀れに思ってマスクを返した。 「つまり、事件のときに松吉さんが笑ったように見えたのは外からの花粉がはいってきてくしゃみをしていたわけか」 残念なイケメンに脱力しつつカラスは珠子に案内されてカンタレラとともに屋敷横にある崖に作られた石階段で、海へと降りていた。 この石階段は潮が満ちると海水に沈むので常に岩はじっとりと湿っていて油断すると転びそうになる。 「あっ、すべったのだぁ!」 「え、カンタレラさん、だい」 振り返った瞬間、カンタレラのぷるんとしたおっぱいを顔面に受ける。 「むむ、転んでしまったのだがカラスが受け止めて無事だったのだ。ありがとうなのだ! しかし、背が高いのだ」 愛するクージョンの抱擁をふと思い出してカンタレラは寂しく思う。はやく仕事を終えて抱きしめあいたい、新鮮な海の幸をお土産にしたら喜ぶだろうか? のんきに恋人のことを思うカンタレラを他所にカラスは困惑していた。おっぱいに埋もれてふらつくのに何かを掴むとそのまま尻餅をついた。 ん? 怪訝に思って顔をあげると珠子のスカートをカラスはひきずりおろしていた。 清楚な白が目の前に ばちーん! 「カラスさんの変態!」 不可抗力なんだ。 なんとか下まで降りるとカンタレラとカラスは海を観察した。 カラスのなかで再び推理という妄想が展開される。もしかしたら金塊は海に捨てたのではないのか、と。そうだ。松清は生きていて、それは財産を守るため! 財産狙いのやつらをあぶりだすため――! どこかに隠し通路が、もしかしてあの函! 問題は金塊を海に投げた場合、どうやって回収するんだ? 「むむむ、人が消えたのだ。ん? 消えた? カンタレラは聞いたことがある。カミカクシというものなのだろう? ところでタマゴのおじさんはカツラなのか?」 「え? ちょ、カンタレラさん、なにをいきなりいってるんですか」 カラスがつっこむとカンタレラはむぅとした顔をしてそれを差し出した。 「これって」 「これは紙なのだ。これはなにに使うのだ? 禿げ隠しではないのか?」 「なんで紙? なんだかかたいですね、それにこんなところに紙なんて」 この周辺は絶壁でゴミ類は一切流れてこないはずなのに、真新し紙があるのはなぜか。 「……この謎はあとです! カンタレラさん、函を調査しましょう」 とりあえずわからないことは横に置いておくことにしたカラスが声をあげる。 「おお、函なのだ! タマゴ、行くのだ! そもそもカンタレラは気になっていのだ。わざわざ開けたり、閉めたりして、あれは前ふりなのだ」 「前ふりなんて、そんなつもりは」 「いいからいきましょう! 俺の推理を! 金塊も回収できる方法がきってあるんですよ」 猛ダッシュでカラスは自分の推理を証明するためにも函の前まできた。それにカンタレラも興味津々と函を撫でたり押したりして遊んでいる。 「もしかしたら函のなかに隠し扉が、そこに松清さんが」 「むむ、いるのか」 「たぶん! そのためにも開けて……っ、おも」 「手伝うのだ!」 「はい!」 二人の美女を左右にはべらせてカラスはなんとか蓋を開けることに成功するとカラスは底をぽんぽんと叩いて確認するが、函はただの函だ。 「いや、きっと穴が、穴があるはずなんだ」 「カンタレラも調べるのだ! 入るのだ!」 「え、ちょ」 まるでマジックショーの美女よろしくカンタレラが函のなかにすすっとはいってしまうのにカラスはあわてた。もし、これで蓋がしまって開けられなくなったら…… 「だ、だめです! ふごぉ」 思わずカンタレラを守ろうと身を乗り出したカラスの上からかたい蓋が落ちてきた。 ごきぃ。 腰にメガヒットしてカラスは前のりに柔らかなクッションに落ちた。いや、これは 「カラス、大丈夫なのだ?」 「!!」 やわらかなカンタレラの、お……カラスはあわてて飛びのいたとき、再び額にごんっとなにか金色のものがあった。 「いったぁあああ! って、え、これって」 「金塊なのだ!」 函の蓋からがらがらと音をたてて金塊が落ちるのにカラスは埋もれた。 「カラスがきんきんなのだ!」 「た、たすけて、くださ、い」 その悲鳴に全員が慌てて駆けつけて、金塊を見ることとなった。 「あー」 「とうとうばれたなぁ」 五郎と一の二人が慌てる全員を尻目にのんきに呟くのをカラスはしっかりと聞いた。 「ばれたってことは……あなたたちはグルだったんですね! じゃあ、松清さんを殺したのは」 「いやいや、死んでない、死んでない」 のんびりした声にカラスは眼を点にして振り返る。庭からまったくしらない老人が立っていた。 「え、え、え?」 「その二人はワシの協力者じゃ。いやー、隠れていてもなかなか見つけてくれんのに、金塊だけはちゃっかり見つかってしもうたなぁ」 「むむ。やはりカミカクシだったのか! いきなり現れてびっくりなのだ!」 カンタレラが目を輝かせる。 「ちがう、ちがう。庭にある井戸には隠し通路があっての。ありゃ、山に通じてるんじゃよ。山は昔、掘っていたからのう、隠れるのにうってつけじゃて! 温泉もあるんじゃぞ!」 「おお、すごいのだ!」 「ほほほほ、もっと褒めていいぞ」 カンタレラが素直に感心するのに老人、松清は胸を張る。 え、つまり殺人事件じゃなかった。いや、それはいい。隠れていたと思っていたが、なにこの明るい展開 「けど、昨日見たあれは」 「あれはのお」 「カンタレラはわかったのだ! あれは紙で作ったカラクリなのだ! それに蝋燭の火を置いて照らしたのだ! 遠くから見たらあたかも人が動いているように見えるのだ。それに蝋燭の火で紙が燃えてしまうし、いずれは水で沈んで証拠隠滅できるのだ! 悲鳴はあらかじめカセットでとっておいたのだ!」 「おー、正解―」 松清がカンタレラの見事な推理に拍手する。 「……えーと、えーと、つまりは、財産狙いのやつをあぶりだす」 「うんにゃあ。ただたんにはやく珠子を結婚させたかっただけじゃ! だって珠子が結婚しないからだ! わしは、わしは、珠子の子どもを抱っこしたい!」 どーんと言い切る松清にカラスはがくっと崩れた。 そのためだけにこんな大がかりなことをしたのか、このじーさん! 「はやく子どもを見せるのだタマゴ!」 「え、ええ! わ、わたし、そんな、だって、私が気になる人なんて……カラスさんくらいしか」 「え、俺! いつ、いつそうなった! なんだ、この展開!」 「探偵と依頼人のラブなのだ! カンタレラ、全力で応援するのだ!」 「ちょ、まって、まってください。無理、無理です。勘弁してください! カンタレラさん」 「観念するのだ! カラス! 今から美女探偵カンタレラが全力でお相手するのだ!」 「自分で美女とかいわないでください。美女ですけど! いゃああああ!」 「まつのだー! カラス!」 可憐な声をあげつつ逃げ出す迷探偵カラスを絶対の美女のカンタレラが追いかけた。
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