東京スカイツリーの戦いで、ダイアナ・ベイフルックは死んだ。 *-*-* ダイアナ様を救いたいと願っていた。 そのために最後まで、自分なりに考えて動いてきたつもりだった。 でも結局はダイアナ様を救うことは出来なかった。 己の無力を実感する日々のカンタレラのそばに常に寄り添っていたのは、クージョン・アルパークだった。 ある日カンタレラは図書館の一室で、ダイアナに関わる記録を確認していた時、ふと思った。「クージョン、ダイアナ様とリチャード様が過ごしていた妖精郷。そこは今、どうなっているのだろうか」 その言葉を受けて、クージョンがゆっくりと顔を上げた。「二人のご遺体は妖精郷に埋葬されると聞いた。ならばせめて、ダイアナ様の眠りを守りたい。子どもたちの面倒も引き継ぎたい」 カンタレラの言葉がだんだんと熱を帯びていく。「石化した子どもたちはその後どうなっているのだろう」「妖精郷は、ヴァネッサさんが引き継いだと聞いたよ」「そうか……ならばヴァネッサ様に会いに行かねば!」 勢いをつけてカンタレラは立ち上がる。「ダイアナ様とリチャード様の墓守、そして子どもたちの世話を担う者として、妖精郷に居を移すことを許可してはくれないだろうか」 再び、希望を見つけたとばかりにカンタレラの瞳は輝いている。クージョンはそれをまぶしそうに見つめた。「カンタレラがそうしたいなら」 そして、ふたりはエメラルド・キャッスルを訪れる。 カンタレラとクージョン。二人が共に、これからは妖精郷で静かに暮らしていきたいと願う為に。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>カンタレラ(cryt9397)クージョン・アルパーク(cepv6285)ヴァネッサ・ベイフルック(cztt8754)=========
エメラルド・キャッスル内に招き入れられたカンタレラとクージョン・アルパークは、豪奢な椅子に腰をかけているヴァネッサ・ベイフルックと対面していた。並々ならぬ威圧感を感じるのは、彼女が相手だからか、それとも『ファミリー』故か。 「……で、なんですって?」 パチン、手に持った『ヘヴンリー・テンプテーション』を逆の手に打ち付けるようにして、ヴァネッサはふたりの訪問客を見た。 「妖精郷の件なのだ」 カンタレラは物怖じした様子なく、しっかりとヴァネッサの顔を見つめて言葉を紡ぐ。そんなカンタレラにクージョンは静かに寄り添っていた。 「ヴァネッサ様が妖精郷の今のあるじであると聞いた」 「ええ、そうよ。継ぎたくて継いだ遺産ではないけれど」 「だから、ヴァネッサ先にお願いするのが筋だと、カンタレラ達は考えたのだ」 それで、とヴァネッサは先を促す。カンタレラは息を吸い込んで、そしてはっきりと本題を述べた。 ダイアナを救いたいと願っていたこと。そのために自分なりに考えて動いてきたつもりだったこと。でも結局、ダイアナを救うことは出来なかったこと。 リチャードとダイアナの墓が妖精郷に造られると聞いて、ならばせめてダイアナの眠りを守りたいと思ったこと。子供たちの面倒も引き継ぎたいと思ったこと。 「ダイアナ様とリチャード様の墓守、そして子供たちの世話を担う者として、妖精郷に居を移すことを許可してはくれないだろうか」 ヴァネッサは鋭い眼光をたたえたまま、じっとカンタレラの話に耳を傾けていた。そして話が終わると紅を引いた唇をゆっくりと開き――。 「お帰りなさい」 「「!?」」 にべもなく、拒絶の反応を示した。そんなヴァネッサに縋らんばかりに飛び出そうとするカンタレラを、クージョンが抱きしめるようにして止めた。 「カンタレラ」 「なぜなのだ、なぜ詳しく話も聞かずにそんなっ……!」 「なぜ、ですって? 当然でしょう。ファミリーの遺産を狙う者に対して取る態度としては」 価値があるとは思えない遺産だけれど、と付け加えてヴァネッサは扇を打ち鳴らす。 「こうして話を直接聞いてあげただけ、特別なのよ。あなたたちがダイアナを気にかけていたって聞いたから一応。話が遺産を狙ったものだとはね」 「違うのだ、カンタレラ達は遺産を狙っているわけじゃ……妖精郷が欲しいわけじゃないのだ!」 「違うというなら、ファミリーから認められたいだけでしょう?」 冷たい物言い。まるでそれはカンタレラ達を試すかのようだった。 「違う……違うのだ……」 カンタレラはクージョンに抑えられたまま、絞りだすように口を開く。どう説明したらヴァネッサはわかってくれるだろう。カンタレラの気持ちを理解してくれるだろうか。カンタレラは必死で考える。けれども、考えている間にこの場を追い出されるかもしれない、気持ちばかりがはやって上手く言葉にならない。 「ヴァネッサさん」 その時声を上げたのは、クージョンだった。カンタレラの肩をしっかりと抱いたまま、ヴァネッサを見つめる。 「もう少し、カンタレラの話を、カンタレラの気持ちを聞いてはくれませんか?」 「……クージョン!」 最愛の人の助け舟に、カンタレラは目を輝かせてクージョンを見上げる。ヴァネッサは寄り添いあう二人を見つめて、何を思ったのか小さく息をついた。そして。 「話しなさい。ただの地位や名誉、遺産目当てではないということを証明してみなさい」 「ありがとうございます」 「ありがとうなのだ!」 クージョンの願いを受け入れたのはヴァネッサの気まぐれだろうか。ともあれ猶予を与えられて、クージョンとカンタレラは微笑み合った。 *-*-* 「まず、子供たちには出来るかぎりの秩序を教えていきたいのだ。ずっと昼間のターミナルにいては生活リズムが崩れるのは仕方ないかもしれない。そこで朝には起きて勉強や遊びをし、食事を済ませ、夜になったら眠る。そのためにも必要なのは妖精鄕というチェンバー内に昼夜の差異をつけることだと思うのだ」 歌うようにひとつふたつと子供たちを健全に育成するための案を並べていくカンタレラ。その瞳は希望にキラキラと輝いている。 「カンタレラには唄と踊りぐらいしか教えられるものはないが、ロストナンバーの中にはあらゆる学問に秀でた者たちが多くいるのだ。チェンバーをひらけた場所にして、彼らの立ち入りも許可するようにしたい。子どもたちもチェンバーとターミナルの出入りを自由にもしたいのだ」 「出入りを自由にしたら、それこそ秩序がなくなるわ」 「規則を作り、守らせればいいのだ」 ある程度の規約は必要。優しく甘いばかりの世界であってはならないとカンタレラは思う。 「最初は大変かもしれない。けれどもカンタレラは頑張るのだ。クージョンの側で」 愛する人が側にいれば、愛する人の手を借りることが出来れば、きっとうまくいくに違いない。カンタレラはそう確信している。一人ではないのだ。カンタレラにとってクージョンはそれほどまでに信頼に足る存在で。 「クージョンならきっとたくさんの世界の話を聞かせてもくれるだろう。これからもきっとたくさんの世界を旅してまわって、そしてきっとまたこの場に帰ってきてくれるはずなのだ」 両腕を広げるようにして、輝ける未来を見つめているかのように笑顔を浮かべるカンタレラ。クージョンはそんな彼女をまぶしそうに見ている。ヴァネッサはといえば椅子の肘掛けに肘をついて頬を手で支え、検分するように彼女達を見ていた。 「ダイアナ様に誓おうとした忠誠は、今度はチェンバーを走り回る子どもたちのためにあるべきだと考えたのだ」 「すべてを子どもたちのためにならばなげうてると?」 「必要ならばそうするのだ」 「……」 沈黙。 ほぼ即答に等しいカンタレラの答えは、ヴァネッサにはどう映ったのだろうか。彼女は少々つまらなそうな顔をしている。いや、元から彼女は退屈を持て余していたのだから、最初からこんな表情をしていたかもしれない。 「そこのあなた」 紅を引いた唇がゆっくりと開き、エメラルドの瞳がクージョンへと移った。 「彼女はああ言っているけれど、あなたの考えはどうなのかしら?」 カンタレラの構想はクージョンあってのもの。ともすればクージョンが意見を求められるのは当然。勿論、彼もそれに対して答えを持ってきていた。 「ヴァネッサさん、愛する人の為に行動を共にするというのは弱い動機でしょうか?」 「……」 「愛は常に世を動かす原動力となってきました」 「……あの人を動かしていたのも愛が原動力だと聞いていてよ」 ヴァネッサの言葉からは複雑そうな色が窺えた。あの人、とはダイアナのことだろう。さすがに事の顛末は伝わっている。 「カンタレラを愛することは楽しい。彼女の全てが愛らしく、美しい。もちろん彼女は僕以外から見ても魅力的ですが。例を挙げるなら、その光を受けて輝く銀色の髪、情熱のような赤い瞳。その瞳が僕を見て潤む姿は他の誰にも見せたくありません。豊かな双丘にしなやかな細腰、華麗なる脚は見た目とは裏腹に力強いステップを踏み、その細い指先は何かを求めて泳いで。踊っている時の彼女はそれはそれはもう、いつもの彼女とは違った一面が――」 パシッ その音で、延々続くと思われていたクージョンの言葉が途切れる。ヴァネッサが自分の掌に閉じた扇を叩きつけて鳴らしたのだ。 「その話、まだ続いて?」 「ああ、失礼いたしました」 惚気を紡げといえば、延々何時間も紡いでいられるだろうクージョン。正気に戻った彼は話を元に戻す。 「カンタレラと子供の心を癒していきたい。そして共に生きたい」 一語一語噛み締めるようにクージョンは言葉を吐き出す。 「全てを捧げる。それが愛です。僕は子供たちに愛を以って接していきたい。僕たちはリチャード夫妻以上の愛で子供たちを迎えます。そして十分な精神が整い、望むなら送り出します」 いつまでも夢の国で過ごさせることは出来ない。年を取らないロストナンバーとはいえ、精神の成長は望めるはずだ。多数の物事を経験し、多数の人と触れ合う。それで人は成長していくものだから。 リチャードの行なっていたあれは教育でも何でもない。あの状態では成長など見込めるはずもなかった。だから少しでも良好な環境を作り出し、そして精神を成長させて、その上で望むなら独立させるのもいいとクージョンは考える。 「カンタレラの気持ちは僕の気持ちでもあるんです。ヴァネッサさんが孤児院を運営するお手伝いをさせて下さい。妖精郷を受け継ぐということはそういうことですよね?」 「……わたくしは兄と違ってそういうことには興味が無いのだけれど。継承順に従って妖精郷を継いだだけだわ」 「ならば尚更です」 ヴァネッサの口ぶりからは妖精郷を面倒事にしか思っていないように感じられた。いきなり知識や興味のない物事を押し付けられたら誰だったそう感じるだろう、無理はない。それが気難しいヴァネッサであったことが、面倒さに拍車をかけているのかもしれなかった。 「今の子供たちに必要なのは文化的な教育です。平和を愛し、自由を愛し、芸術を愛する……」 「生憎、そういう教育は趣味にはなくてよ」 「僕は子供たちに実りある有意義な人生を送ってほしい。それが先に生まれたものの使命だから。彼らに僕の全てを教え、そして超えてもらいたい。子供の未来を創る。これ以上の喜びがあるでしょうか?」 クージョンは一度言葉を切り、改めてヴァネッサをじっと見つめて。 「もちろん聡明なヴァネッサさんもそうお思いでしょうね」 「……言ってくれるわね」 「ご気分を害されていなければいいのですが」 クージョンはにっこり笑んで、持ち込んだ鞄を開けた。そして中から引き出したのは、一着のドレス。 それはひと目で分かるほど、高級品だ。ヴァネッサほどの者ならば見飽きているかもしれない最高級のシルクを使ったドレス。注目すべき点は、多数ちりばめられている宝石だ。ヴァネッサは椅子からは動かないものの視線を動かして、捧げ持たれたドレスに散りばめられている多数の宝石を検分する。彼女の目利きならば、さっと見ただけである程度の価値は計り知れるだろう。 「僕が創りました。布は出来合いですがお気に召すこと請け合いでしょう」 「随分と高級な宝石(いし)を使っているわね。それに、ただ値段の高いものを並べればいいというわけではないのはわかっているようね」 芸術的センスの有るクージョンは、絶妙な配置で宝石を散りばめていた。宝石自体を見飽きているヴァネッサにも、並べ方にセンスが有ることは認めざるを得なかった。 「こんな高級な宝石をこれだけ集めるなんて、一介のツーリストがどれだけはたいたのかしら」 勿論、ヴァネッサ所蔵の宝石箱にはそれ以上の宝石がたくさん眠っているだろう。だが普通のツーリストがこれだけ集めるとなれば話は別だ。すると、クージョンは間髪入れずに言い切った。 「無一文になることに抵抗はありません。愛する人のためならなおさらです」 「そう」 ヴァネッサは何かを考えるようにして、扇で掌を叩く。その一定のリズムが審判が下るまでの秒読みのように思えて、カンタレラもクージョンも身を固くした。 「なら、愛する人のために、記憶は差し出せて?」 「「え……」」 一瞬、二人共ヴァネッサの言った言葉の意味がわからなかった。そんな二人を置いてきぼりにして、彼女は続ける。 「正直、妖精郷のメンテナンスも手間がかかるわ。子どもたちを戻すとなれば尚更。任せられる人がいたら任せてもいいとは思っていてよ」 現に、子供達の世話は手のあいている司書たちやロストメモリーが交代で行なっている。 「けれどもすぐに居を移すのは色々と難しいわ。暫くの間、『通い』でならば訪れることを許可しましょう」 「本当なのだ!? やったぞ、クージョン!」 カンタレラが喜びの声を上げてヴァネッサを見つめ、そしてクージョンに向き直って彼の首に抱きついた。 「そして将来的に本当に妖精郷に移住したいのならば、ふたりとも『ロストメモリー』になってもらう必要があってよ」 飛び跳ねるようにしていたカンタレラの動きが止まる。彼女の背に手を回そうとしていたクージョンの動きが止まる。 ロストメモリー……旅をやめ、0世界に帰属することを選択し、チャイ=ブレに記憶を差し出した者。一切の記憶を封印され、すべての世界群からその存在の痕跡を消されることになる。 「ロスト、メモリー……」 ぽつり、カンタレラが呟いた。その、重みを確かめるように。 それが、ヴァネッサの出した答えであり、二人の覚悟を確かめるための試練でもあった。 *-*-* どれくらいぶりだろう、今日は妖精郷に子供達の明るい声が響きわたっている。ターミナルで保護されていた子供達の引越しが、今日であった。 ターミナルの暮らしの中で子供達は少し変わったのだろう、引越しの手伝いに来たロストナンバー達と仲良く遊ぶ声が聞こえる。 墓は、ふたつ並んで築かれていた。リチャードとダイアナ。夫婦であった二人が共に並んで安らかに眠れるようにと。 「カンタレラは、ダイアナ様とリチャード様はきっとすれ違ってしまっただけで、本当はそうではなかったのではと信じているのだ」 墓前に跪き、ぽつりとカンタレラが呟いた。 「きっと、皆が少しずつ間違ってしまったのではないか。それが少しずつ大きな歪みを生んで、悲しい結果に結びついただけなのではないかと思うのだ。な、クージョン」 そう、信じたいだけかもしれない。墓標を見つめたままの彼女の肩を、クージョンは優しく抱いて。紡ぎだすのは優しい旋律。 (夢の時間はもう終わったのかもしれない。でもこれからまた新しい夢を描き、追えばいい。間違ってしまったならば皆で正しあっていけばいい) カンタレラはそっと、二人の墓に持参した薔薇の花を捧げた。クージョンは伸びやかな声で紡ぐ歌を捧げて。 ここに来るまでも、二人の心にはヴァネッサの出した条件が重くのしかかっていた。まだ、どちらもそのことを口に出してはいない。 いずれ相談が必要だろう。けれども今は――。 ゆったりと、墓前での時間が流れる。 クージョンの歌声は墓を包み込むように広がり、心震わせるように響く。 カンタレラはそっと、祈る。 すれ違ってしまった二人が、今度はきちんと手を取り合えますようにと。 【了】
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