イラスト/夜月蓮華(irbr1262)
ターミナルに『夜』が設定された、ある日のことであった。 いつもなら、とうに営業は終了している時間帯なのだが、その日は様相が違っていた。 甘い香りのアロマキャンドルと、華やかなテーブルフラワーが飾られた、ふたり席のディナーテーブルがセッテイングされていたのである。「本日、メルヒオールさまと死の魔女さまからディナーのご予約をいただいた。お出迎えをする前に、周知したいことがある」 まるで重大なプロジェクトのミーティングをするかのように、ラファエルはホワイトボードを前に、ものものしく説明を始めた。 フロア対応をすることになるシオン・ユング(シラサギ)とハツネ・サリヴァン(あさぎ色のウグイス)、そして厨房を担当するペンギン料理長(皇帝ペンギン)に分厚い資料を配る。「おふたりの出会いの報告書、管理番号1158-16673『魔女と踊れ!』。焼き肉デートをなさる管理番号2023『呪われ教師の災難と憂鬱』。壺中天に潜む暴霊退治に出向いた管理番号2343『さきのみえないものがたり』。さらには、ナラゴニアでのクリスマスや、カウベル司書のバレンタインチョコレート作りの報告書なども参照してほしい。おふたりの交流の蓄積がわかるはずだ」「ふむふむ。じわじわと、お互いを意識し始めている感が伝わってきますね〜。ちょっと危険な雰囲気がロマンチック」 いいですねー、応援したいですねー、と、ハツネはにこにこする。「はーい、店長!」 シオンが挙手する。「てことはさ、もしかしたら、今夜、ここで、気持ちを確認し合うとか、そんなドラマが生まれるかもしれないのそうなの!?」「そのとおりだ。だから私たちは、おふたりのお邪魔にならぬよう、そして、特別な日が素晴らしいものであるように、裏方として全力でサポートしなければならない」 もうしばらくすれば、メルヒオールと死の魔女が、連れ立って入って来るだろう。 彼らにとって、おそらくは非日常の場所であるこの店で、果たして、どんな会話が交わされるのだろうか。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>メルヒオール(cadf8794)死の魔女(cfvb1404)=========
◆━━$.+⌒++First Witch ここは、どこだろう? 研ぎすまされた刃のような鋭い三日月と、その下に佇む硝子の城めいた建物を見て、メルヒオールは思う。 いや、わかっている。ここは0世界。『夜』が設定されたターミナル。だが、それもまた答ではない。 なぜならば0世界とは、「どこでもない場所」であるからだ。そもそも――夜を「設定」するとは、何という傲慢、何という認識の捻れようだろう。 ひとは、ときに、時を止めてほしいと切実に願いながら、それでも時が止まることに耐えられないのではないだろうか。 ここに集った旅人たちも、一度は「どこでもない場所」へ行きたいと望んだことがあったはずだ。 しかし、その願いがかなったとたん、親とはぐれ、帰り道を見失った稚い子どものように、怯え、哭いてしまうのだ。かえりたい、かえりたいと。 そして、あてどなく彷徨う子どもが進む森には、魔女が棲んでいる。 何人も。何人も。 そんな夢想に囚われたのは、初めて入った夜のカフェが、静まり返った森の奥に似ていたからか。 窓から射し込む月光のもと、置かれたテーブルはただひとつ。白く眩しいテーブルクロスには、クリスタルの器が置かれ、アロマキャンドルがオレンジいろに揺れている。テーブルフラワーには苺のかたちをした深紅の花――ストロベリーキャンドルがいくつもあしらわれ、ぽう、と、赤いひかりを投げかけてくる。 控えている従業員たちは、ひとにすがたを変えた鳥。それは、ターミナルに住み慣れた今でこそ受け入れるのも容易だが、本来は幻想の光景に他ならぬ。 メルヒオールの目の前には、魔女がひとり、座っている。 これもまた、夢のつづきか。 甘いアロマの芳香が、この空間をいっそう、くらりとした非日常で満たしていく。 * * ストロベリーキャンドルの花言葉――「胸に灯をともす」 * * テーブルについたメルヒオールは、彼にしては珍しくも緊張していた。 いつもと勝手がちがう、というのもあるし、死の魔女とふたりで食事となると、どうしても、いつぞやのインヤンガイでの焼き肉の件を思い出してしまうのだ。 今日、ディナーに誘ったのは、ホワイトデーのお返しがわりというか、壱番世界の風習にならったつもりだ。メルヒオール先生、なんだかんだいいながら、けっこう律儀なのである。 ……まあ、あとでいろいろ言われても面倒だよな、という部分もあるのだが。 バレンタインにもらったチョコレートは、恐ろしくてまだ食べてない。冷蔵庫にしまいっぱなしだったりする。なので、そこを突っ込まれたらどうしよう。食べるのがもったいないから大事にしまってある、とでも言おうか。うんうんそうしよう。 しかしながら、それはまだ、ささやかなことだ。 当座の大問題は、この場でどうふるまうべきなのか、ということなのだから。 向かいの席を、そっとうかがう。 「やはりディナーは夜に限りますわね」 揺れるキャンドル越しの死の魔女は、いつもと変わらないように見える。 「あ、うん」 会話のとっかかりが、つかめない。軽快な返しが、できない。 「……あら、ディナーは夜だからこそのディナーでしたわね。ケラケラケラ!」 言葉につまるメルヒオールをよそに、笑う、その声も。 「メルヒオールさま。死の魔女さま。本日はようこそお越し下さいました。こちらがスペシャルディナーのコースメニューとなっております」 金の縁取りがなされた革張りのメニューを、シオンはうやうやしく開く。 「よろしければ、お好みで追加オーダーも承ります」 「お気遣いは無用ですわ。でも……、そうですわねぇ」 ちらりと見てから、死の魔女は、凄みのある笑みを浮かべる。 「あえて言うなら、肉料理がいいのですわ」 「肉料理、ですか?」 「ええ、肉ですわ」 「ええと、スイーツとかではなく?」 「肉ですわ」 「デザートの追加をご希望でしたら、死の魔女さまのために腕を振るって」 「に く ですわ」 ううん、と唸って、シオンはメニューを確認した。 「あの、コース内にはメインとして、『黒毛和牛の頬肉のグリエ赤ワインソース』が含まれておりますが」 「これはひとくち程度なのですわ。もう縦だか横だかわかんないくらいのすっっっっごいステーキとかをいただきたいのですわ」 「ちょ、おいこら魔女」 とうとう我慢できずに口出しする。 「ここでまたそんなもん頼んだらインヤンガイで焼き肉もりもりかっくらうのと変わんねぇだろ。メルヒオールがドン引きしてんぞ。空気読めよ」 「シオンさん、ツッコミ禁止! 今夜の接客コンセプトは『ロマンス誕生の瞬間を見守る』よ」 「ほっといたらロマンチックが暴霊化すんだろが!」 「この場はおふたりにおまかせしましょ。……かしこまりました、すぐにお持ちいたします」 シオンをいさめ、ハツネは厨房に走る。すぐに、銀の皿をしずしずと持って来た。 「料理長より、オーダー、ありがとうございますとのことでした。こちら、食べる宝石、和牛の最高峰のサーロイン部分を、樫の木の備長炭でごくごくレアに焼き上げました。お肉本来の美味しさを味わっていただくため、シンプルに、塩と胡椒のみでお召し上がりください」 脂がはぜる音がする。香ばしい匂いが漂う。 しかし、死の魔女は、すぐには肉に手を付けない。 じっと、メルヒオールを見つめている。 ふと、メルヒオールは、自身の石化した右肩と右腕を撫でた。 これは、切っても切れぬ「石の魔女」との因縁。 魔女は、敬遠するべき存在だと思っている。魔女と名のつく女に関わると、ろくなことがないのも身に沁みている。 それでも、目の前の、この魔女については……。 今までさんざんメルヒオールを振り回してくれた、この魔女については。 魔女であるかゆえに、忌避しなければ、とまでは、もう思っていないのだ。 「先生、少し、眼を閉じていて下さいませんかですわ?」 歌うような声で、思いがけぬ提案をされた。 素直に、目を閉じて―― 「もう、よろしいですわ」 目を開いたメルヒオールの前には、春の妖精と見まがうばかりの、少女がいた。 ◆━━$.+⌒++Second Witch みずみずしい水蜜桃のような頬。生き生きと輝く瞳。朝露を含んだ薔薇のつぼみのくちびる。なめらかに白い指先の、桜いろの爪。蜂蜜いろの髪が、肩から背をしなやかに覆い、流れ落ちる。 それは以前にも見たことがある、彼女の"生前の姿"だ。 「これで、お食事は美味しくいただけるのですわ」 「あ、あぁ」 「……それと、先生。今日は私のことを"アニメート"とお呼び下さいませ。一応、それが私の名前になるのですわ」 呆然とするメルヒオールをよそに、死の魔女、いや、アニメートは、さっそくお肉をいただくのですわ、と、縦だか横だかわからないステーキの解体に取りかかる。 ナイフとフォークをきらめかせ、白い指先が目まぐるしく動く。可愛らしい口元に運ばれていく肉片と、飲み込むたびに優雅に反り返る細いあご。 「美味しいですわ。こんなに美味しくてどうしましょうですわ」 若い雌豹が、初めて捉えた獲物をむさぼるように、小さな喉が歓喜にふるえている。 その圧倒的なかがやきを、美しいと――そう、美しいと、メルヒオールは、思った。 (……わぁ。綺麗ですねぇ、アニメートさん。何てロマンチック……) (そう、か? おれはむしろ、ツッコミを我慢するのが苦痛というか、ツッコむ義務があるような気さえするんだが) (たとえば?) (名前は全力でスルーするとして、それよりあの食べっぷり。あれこそ肉食女子) (食事は生命の源ですよー。それにセクシー) (せくしー?) (やっぱり焼き肉デートをした仲の男女って、醸し出す雰囲気が違いますね) 後方に引き下がり、ひそひそ囁くスタッフの声なぞは、メルヒオールの耳には届かない。 ここにいるのも、また、魔女に違いない。それなのに―― つい、手を伸ばしたくなるような、可憐なくちびる。 指に巻きつけ、感触をたしかめてみたくなるような、艶めいた髪。 かき抱きたくなるような、ほっそりした腰。 魔法学校にいた少女たちのような、屈託のない無邪気な魅力とは違う。 はじけるような笑顔と思いやりを注いでくれた、姉のフロラとも違う。 ミスタ・テスラのオートマタの少女、イーリスのいじらしさとも違う。 今にも消えて溶けてしまいそうな、はかない表情。 哀しみをたたえた、瞳。 夢の残像のような、その存在。 どうして。 ――どうして。 これも、魔法か。おまえはやはり、石の魔女か。 俺に呪いをかけたのか。 こころを縛りつける、呪いを。 俺の両の目は、吸い寄せられたまま動かない。石のように。 ◆━━$.+⌒++Third Witch 「先生もお食事をするのですわ」 「ああ、……そうだった」 メルヒオールは、慌てて、自分の皿に取りかかる。 まさか、見とれていて食べるのを忘れた、とは言えない。 アニメートはかたり、と、ナイフを置いた。 「先生。お願いがあるのですわ」 「……何だ?」 「今の私を、覚えておいてほしいのですわ」 炎の向こうで、魔女が微笑む。 「この私の姿も、明日になれば元の……、死の魔女のあるべき姿に戻ってしまうのですわ。これは1日限りの魔法……」 「このままで、いられないのか?」 思わず、そう言った。アニメートはゆるゆると、首を横に振る。 「先生は、私に、私の知らない"生"を教えて下さったのですわ。もし先生との出会いがなければ、私はきっと"死"に囚われたままの哀れな魔女と成り果てていたでしょう。……感謝しておりますわ」 「死の……、いや、アニメート」 「はい。どうか、今日のこの私の姿を……、"アニメート"という名前を、決して忘れないで欲しいのですわ。そうすれば、今の私という存在は、先生の中で生き続けることが出来るのですわ」 「忘れるもんか」 するりと、言葉が出た。そのことに驚いて、咳き込む。 ――そして。 指輪を、取り出した。 生徒たちにもらった思い出ぶかい指輪であり、石の魔女に呪われたとき、石化した指輪であり、 わすれもの屋に修復してもらった、指輪だった。 「これを、おまえに預ける」 「ま……」 「俺はこの先、故郷が見つかったら帰属するつもりだ。だが、そのときは、おまえと間違えた厄介な相手と決着をつけなきゃならない。――命を落とすことも、あるかも知れない」 「先生……」 「だから、もしもの時のために、これを持っていてくれ。俺に何があっても、これは無事に置いておきたい」 「どうして、私に」 「おまえなら、預けられる」 不意に。 水蜜桃の頬が、あざやかな朱に染まった。 両手で指輪を握りしめ、少女は頷く。 「先生だと思って、大事にするのですわ……!」 「いっとくが、預けるだけだぞ」 「先生のお気持ち、たしかに受け取ったのですわ」 「預けるだけっていってんだろ!?」 * * 少女は指輪ごと、そっと胸を押さえる。 「メルヒオール先生。あ、あ、あ……愛して……おりますわ」 それは春風が木の葉を揺らすよりも小さく、密やかな声だったが。 彼にはたしかに、聞こえたはずだった。 その証拠に―― メルヒオールは、石のように、動かない。 ――Fin.
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