「こんにちはー。エルちゃん、いる?」 クリスタル・パレスの扉が、ふわっと開く。 うさぎのぬいぐるみを抱えたハニーブロンドの少女を、シオンはものすごい勢いで出迎えた。「いらっしゃいませエレナさま。あなたのシオンです。さささ、お席にどうぞ」「エルちゃんは?」「あんなおっさんどうでもいいじゃんかー。もっと若い男のほうがエレナにふさわし………ぐはっ」「若さはたしかに偉大な武器だが、それに胡座をかかないように」 シオンの首根っこを引っ掴んで押しのけてから、ラファエルはうやうやしく片膝を折る。「ようこそ、エレナさま。ご来店いただき光栄です」「久しぶりー、エルちゃん。ドバイのお土産を持ってきたの」 アラビアン・ナイトを彷彿とさせる、繊細な細工が施された銀いろのランプを、エレナはテーブルに置いた。 少し前のことであるが、エレナは、アーサー・アレン・アクロイドと蓮見沢理比古の連名による招待を受け、ドバイの人工島「ジ・アヴァロン」と、海中ホテル「湖の貴婦人(Dame du Lac:ダーム・デュ・ラック)」へ赴いたのだった。「これは……、なんともオリエンタルな、美しいランプですね。まるで魔法のランプのような」「こすっても魔人は出ないけど、お花は飾れるよ」「なるほど。それはなかなか実用的ですね」 銀いろのランプには、その場で孔雀草と鷺草があしらわれ、みごとなテーブルフラワーケースとなった。「それでね、今日の本題なんだけど」 エレナはにっこりと言う。「また、エルちゃんと一緒にお出かけしたいなって思って。あのね、むっちゃんたちみたいに、オリエント急行に乗りたいの」 エレナの友人であるところの音楽家と写真家は、今、ベニス・シンプロン・オリエントエキスプレスの車中であるという。彼らのことだから、何らかの事件に巻き込まれている可能性もあるが、そこはそれ。「それは楽しそうですね。ちょうど私も、気分転換を兼ねて旅をしたいと思っていたところでして。今の時期は、どのルートがよろしいのでしょう。……シオン、ギアで調べてみてくれないか?」「へーへー。めったに使わないわこんなときにしか役に立たないわの万能時刻表を見させていただきますとも。えーと、名古屋発『特別急行しらさぎ』の和倉温泉着は」「エレナさまのご希望は、ヨーロッパを疾走する豪華列車、オリエント急行だと言ったろう。JR東海とJR西日本にまたがる良き日本を往く旅は今回関係ないので、おまえがお友達と行きなさい」「へーへー」 ボケを交えつつ、ぶつくさ言いながら、シオンは時刻表をなぞる。「【ヴェネツィア→ロンドン】ルートでいいんじゃね? お昼過ぎにヴェネツィアを出発して、ヴェローナ経由でオーストリアのインスブルックを通って、翌日の午後にロンドンに到着する、車内1泊2日の旅」「すてき。じゃあ、それにする」「では、2室コネクティング・キャビンを押さえましょうか」「うん!」「ですが、小さなレディとご一緒させていただく以上、配慮が必要ですね。何しろ、ドイツの古城ホテルでは誘拐犯一味と間違われたという、不名誉な前歴がありますので」 † † † かくして。 髪を黒く染め、翼はたたんでしまいこみ、ウィングカラーの白シャツにミッドナイトブルーのサテンのジャケットといういでたちで、ラファエルは、ヴィクトリアンドレスに身を包んだエレナをエスコートすることになった。 すなわち、英国貴族の令嬢とその執事、という設定である。「レディ・エレナとフロイト氏でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」 ヴェネツィアのサンタ・ルチア駅で彼らを出迎えたスチュワードを見て、ラファエルは怪訝そうな顔をした。 この青年とは初対面であるはずなのに、以前、どこかで会ったような既視感を感じるのだ。「きみは……?」 しかしスチュワードは、にこやかに続ける。「本日は、特別運行のオリエント・ミステリー・エクスプレスにお越しいただき、ありがとうございます」「特別運行? いや、私たちは定期運行の」「本日の列車は特別運行に変更となっております。奇特なかたによる、レディ・エレナへのプレゼントオプションとご理解ください」 あさぎ色の瞳を、青年は細めた。「この列車は、ロンドンには参りません」「何だって?」「到着駅は秘密です。日程も1泊2日とは限りません。ミステリー・エクスプレスですので」 まずはこちらへと案内されたレストラン・カーには、テーブルセッティングがなされ、お茶の用意がととのっていた。 純白のテーブルクロスにはヘレンドのロスチャイルドバードシリーズのカップ&ソーサーが置かれている。二羽の小鳥の絵が特徴的で美しい。 その席にはすでに三人の先客がいた。みな、20代後半くらいであろうか。それぞれにタイプは違うが、いずれも美女ばかりである。彼女らは歓迎のことばとともに着席をうながした。「ごきげんよう、エレナさん」「こんにちは、ラファエルさん」「はじめまして。……あら、わたしの首飾りがないわ。どうしたのかしら?」「あなたがたはどなたですか。いったい、どうしてこんな」 ため息まじりに問うラファエルに、ひとりが答える。「わたしたちの素性は秘密。でないと謎にならないわ。でも、そうね、クロートとお呼びになって」 しなやかな銀髪を結い上げた金の瞳の女が、艶かしく微笑む。それは、どこかで見たどころではなくて……。「シルフィーラ。いや、そんなはず……」「わたしはラケシス」 黒壇のごとく黒い髪、血のように赤い唇、雪のように白い膚の女が、高慢な表情で髪を掻きあげる。「わたしのことは、アトロポスと」 淡い水いろのドレスの女が、湖に立つさざなみのような笑顔で言った。「こんにちは。クロート、ラケシス、アトロポス。運命の三女神の名前ね?」 まったく物怖じせず、エレナは両手でスカートの裾をつまみ、挨拶をする。「女神さまたち、すてきなご招待、ありがとう」 ラケシスがふっと笑う。「……紅茶を、どうぞ? 執事さんもご一緒に」 † † † それは、罠だったのか。もてなしだったのか。 紅茶をひとくち飲んだ瞬間―― エレナとラファエルに、異変が起こったのだった。 † † † なお、出発前、クリスタル・パレスの片隅で、こんな会話が交わされていた。 ――ねぇ! ラファエルはなんであんなに喜んでるのよ!? 幼女と一泊旅行するのがそんなに嬉しいわけ? ――そりゃそうだよ。 ――むかつくわ。どんな手段を使っても邪魔してやる。 ――たいへん清々しく漢らしいジェラシーですね白雪さん。 ――あんたも協力しなさいよ、シオン。 ――えー。エレナが楽しくないことになるのはちょっとなー。 ――旅行は楽しんでいただきつつ、親密度は上げず、という方法を思いついたのよ。ほかにも協力者が必要なんだけどね。 ――おおおおおお女ってこえぇぇぇぇぇーーーー! † † †「エレナさま……」「エルちゃん……」 何の効果やら、16歳くらいに成長したエレナと、18歳くらいに若返ってしまったラファエルは、呆然と顔を見合わせる。「エレナさん、改めまして、どうぞお席に。……さあ、推理を始めましょう、名探偵」 謎めいた微笑みを浮かべ、アトロポスは言う。「まず一問目。この列車は『泡とならなかった人魚姫がいる都』に到着します。それはどこだと思いますか。二問目。わたしは先ほど、車内で首飾りを盗まれました。犯人は誰だと思いますか?」 エレナは身じまいを整えて、アトロポスに向き直る。 年ごろの華やぎにあふれた薔薇いろの唇を、楽しげにほころばせて。「受けて立ちましょう。運命の三女神がご呈示くださった魅力的な謎を」 そして、若き執事を見る。「ラファエル。心構えはよろしくて?」「イエス、マイ・レディ」 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>エレナ(czrm2639)ラファエル・フロイト(cytm2870)=========
Answer1:::*:::それは小鳥の悪戯 運命の女神たちの正体をエレナがあっけなく看破したのは、列車がサンタ・ルチア駅を出発して間もなくのことである。 「ねえ、クロート。わたくしの本名を徹夜で覚えてくれたのが、とても嬉しかったの」 「ありゃ」 クロートことシオンは、肩をすくめてラケシスを見る。 「うぉーい白雪。あっさりバレてんぞ。おまえの性別転換魔法、ツメ甘くね?」 「あんたががさつだからよ! っていうかわたしのことまでバラさないでくれる!?」 エレナに指摘されるまでもなく、ラケシスこと白雪姫は馬脚を表した。 くすりと笑ったアトロポスに、エレナは笑みを返す。 「青のノイシュバンシュタイン城のときみたいに、またご一緒に舞台に上がれたら楽しいわ」 「そうね。今度、よろしければお友達をお誘いして、《たそがれのチェンバー》に遊びにいらして」 アトロポスことサラスヴァティは、ごく自然に受け止めて車窓を見やる。 海の都は、すでに遠い。 レール上の宮殿。列車の貴婦人。青いプリマドンナ。 1883年、パリのストラスブール駅を起点にイスタンブールに向けて運行を開始したオリエント急行は、その魅力をあらわす異名に事欠かない。西ヨーロッパと東ヨーロッパ、そしてアジアを結ぶ国際寝台列車として、王侯貴族や外交官、裕福な商人などに愛用されてきた。 時代の流れにより、第二次世界大戦後は廃止を余儀なくされたが、ベニス・シンプロン・オリエント・エキスプレス(VSOE)は、旧き良き時代のオリエント急行を復元したものと捉えることができる。運営母体の会社が、世界22ヶ国に高級ホテルやクルーズ、6つの豪華列車を持っていることもあり、臨機応変の「特別オファー」にも対応可能であるらしい。 (オリエント急行を貸し切ることができるひとなんて、限られていると思うけれど) 2羽の小鳥と首飾りが描かれた、ヘレンドのティーカップを見つめながら、エレナは思う。 たとえば、ドバイのホテルに、ヴェネツィアに、イスタンブールに、多くのロストナンバーを招待することができるような経済力の持ち主――エレナの知っている範囲では、そのようなことが可能な人物はひとりだけだ。 美しいティーカップに注がれたニルギリのオーガニックティーが、香しい湯気を立ちのぼらせている。考えにふけり、口をつけないエレナに、スチュワードが恭しく声を掛けた。 「紅茶がお好みに合いませんでしたでしょうか? 他の銘柄もご用意しておりますが」 「いいえ。大丈夫よ」 ひとくち飲んで、エレナはスチュワードに視線を移す。もしも彼が、今想像した人物、ロバート・エルトダウンであれば、どこかに相似があるはずだが……。 (違う、わね) しかし、ならば、このスチュワードは誰だろう。運命の女神たちの正体は、すぐに見当がついたのに。 あさぎ色の髪。あさぎ色の瞳。どこか、どこかで―― そういえばラファエルは、心当たりがありそうな顔をしていた。 (クリスタル・パレスの店員さん……? でも) 鳥。 小鳥。 ロスチャイルドバードシリーズと銘打たれた、このティーカップ。本来ならば、オリエント急行では、白地にVSOEのオリジナルロゴがデザインされたリチャード・ジノリのティーセットが使用されているはずだ。 運命の女神たちが、あえて鳥の図案のティーカップを用意したのには、相応の意図があるのではないか。 設問の答のひとつは、おそらくこのティーカップが知っている。 小鳥 と 首飾り。 この図案は、ヴィクトリア女王の園遊会で実際に起こった、あるエピソードをもとにしていると聞いたことがある。 (たしか、女王陛下のお気に入りの首飾りが無くなってしまって。ロスチャイルド氏を含む園遊会の参加者が探し回って。やがて女官が、庭園の木の枝に引っかかっていたのを見つけて) ――女王陛下の首飾りが、なぜこんな場所に? ――犯人は誰だ? ――参加者のなかにいるのか? 園遊会は、気まずい雰囲気に包まれた。 それを打破したのが、ロスチャイルド氏だった。 彼は、ロスチャイルド家用の食器に描かれた小鳥のパターンに首飾りを加え、女王に献じたのだ。 すなわち、この事件は小鳥の悪戯であったと。 † † † 「女神さまの首飾りを盗んだのは『鳥』よ」 ティーカップに描かれた小鳥たちを、エレナは指さす。 そしてまず、クロートを見る。 次いで、スチュワードを見る。 「ラファエル、イタズラな小鳥たちに、首飾りを返してくれるように頼んでもらえるかしら?」 「かしこまりました」 ラファエルは立ち上がり、スチュワードに耳打ちをする。 スチュワードは大きく瞳を見開き、一礼した。 「ご明察です」 そして、ティーポットカバーの下から、真珠のネックレスを取り出したのだった。 ラファエルが苦笑する。 「きみまで一枚噛んでいたとはね。……ハツネ」 「ホントはこの役、ご出資くださったロバート卿にやっていただけたら楽しかったんですけど、外せない商談がおありだそうで。……ところでどうです店長。ちゃんとオリエント急行のスチュワードに見えます?」 「ああ。もともときみは、そつのない接客対応を身につけているから、性別や年齢が変わろうと安定しているね」 「やった、ほめられた」 あさぎ色のウグイス、ハツネ・サリヴァンは、朗らかに手のひらを握りしめた。 Answer2:::*:::脚を持つ人魚姫 「ところで女神さまたちは、コペンハーゲンに着いたらどこを観光なさるの?」 ハツネが注いだ新しい紅茶を受け取り、エレナはごくさりげなく聞いた。 「えー、そりゃ、チボリ公園とかクロンボルグ城とか人魚姫の像とか、って、ええええーー!?」 エレナがすでに終着駅を特定していることに気づき、シオンは、どうしよう、とばかりにサラスヴァティを見る。 だが、サラスヴァティにとっては想定の範囲内だったようだ。 「簡単過ぎて申し訳なかったかしら……」 と、頬に手を当てる。 「ええ。『泡とならなかった人魚姫がいる都』は、デンマークのコペンハーゲン。幾度壊されても蘇る、美しい脚を持った人魚の像が、あそこにはあるもの」 コペンハーゲンの人魚姫の像は、彫刻家の妻がモデルとなった。アンデルセンの人魚姫のイメージとは若干違い、二本の脚の先に尾がついた形状になっているのは、モデルの脚があまりに美しく、鱗で覆うのが忍びなかった、ということであるらしい。 「奥様をとても愛していたということなのでしょう。だからあの人魚像は、王子に愛されて幸福になった人魚姫、とも言えるわね」 「んもうー! なんなのよサラ、あんただったらもっと歯ごたえのある、面白いことやってくれるって思ったのにー!」 白雪姫がぷいとそっぽを向いた。 「いやいや白雪、ここまで大掛かりなことできたのは、サラ姉さんがロバート卿に頼んでくれたからだぜ? おれたちが言っただけじゃ、あのひと動いてくれなかっただろうし」 シオンがぽんぽんと白雪の肩を叩く。エレナはふわりと笑った。 「女神さまたちにお聞きしたいわ。泡になった、アンデルセン童話の人魚姫の選択について」 「……どうなのかしらね。執事さんはどうお思いになる?」 何ごとかを感じたらしく、サラスヴァティはラファエルに問う。 「……私の意見を?」 「お嬢様は、わたしたちだけでなく、あなたにも聞きたいのではないかと思って」 ラファエルはしばらく考え込んでから、答える。 「人魚姫は、最初から気づいていたのではないでしょうか。王子の気持ちが自分には向けられないことに。人魚姫の地上への旅は、相手の愛情を得られないことを確かめるためのものだったと思うのです」 「確認のための旅」 「声が出なくとも、伝達手段はいくらでもあったはずです。人魚姫が泡になったのは、王子のこころが、妻となった隣国の王女にあることを確認し、納得したからでしょう。それでも相手を恨むことなく、幸せを祈ろうと決意した」 わたしはこんなに好きなのに、どうして愛してくれないの。 嵐の海で溺れかけたあなたを助けたのはわたしなのに。あの女じゃないのに。 わたしはあなたのために、何もかも捨てたのに。 あなたの愛が得られなければ、海の泡になってしまうのに。 「じゃあ王子様は、人魚姫の愛に気づいていなかったのかしら」 エレナはひそやかに問う。ラファエルは静かに答える。 「気づかなかったのなら鈍感極まりませんし、気づいていて知らないふりをしていたのなら残酷にもほどがある。どちらにせよ、ひどい男ですね。私と同様に」 「あら。ラファエルも、ひどいの?」 「それはもう。人魚姫に殺されなかったのが奇跡ですよ。エレナさまはこのような男には関わりませんように」 「まったくもって同感ですこと」 シオンが腕組みをしてうんうん頷く。ラファエルは苦笑して何か言いかけたが、思いとどまった。 「姿を消した彼女の行方を、気に掛けたりはしなかったのかしら?」 「私なら自分を責めますけれどもね。どんなひどい男でも、それくらいの配慮はあってしかるべきでしょう」 「眠り姫は王子様と結ばれたわ。でも人魚姫は泡になった」 ――“運命の相手”を、女神さまはどう捉えていらっしゃるかしら? エレナは、真っ直ぐにサラスヴァティを見た。 「“運命の相手”……? ずいぶんと、ロマンチックなことを仰るのね」 「“運命”って、一方的に感じるだけでは叶わないものだと思う。けれど、それを伝えない限り、ほんの僅かな可能性に賭けることもできないものだと思う」 「傷つきたくないし、傷つけたくないから、ひとはずるくなるのではないかしらね?」 「その結果、もっと傷つくことになっても?」 「それは、自業自得というものよ。ねえ執事さん?」 「仰るとおりです」 「そういえば、ロバート卿が仰っていたわ。僅かな可能性であろうと賭けてみてほしい、王子の腕のなかで幸福に踊り続けることができる人魚姫も、たしかにいるのだから、と」 「ロバート卿もロマンチストでいらっしゃるわ」 「悲恋の経験をお持ちの殿方は、どうしてもそうなるみたいよ」 「おお、ガールズトーク。ほらおまえも混ぜてもらえよ白雪」 「そんなものに混ざるためにこんなところまできたわけじゃないわよっ!」 Answer3::*:::終着駅 ――そして。 オリエント急行はコペンハーゲンに到着した。 (なあ白雪) (なによ) (あらゆる作戦がことごとく裏目に出たぞ。なにこいつらの親密度上げるのに協力してんだよ) (……こんなはずじゃ) シオンとひそひそ話をする白雪姫に、エレナがいつもの口調で無邪気に言う。 「白雪ちゃん」 「ななななによ」 「ありがとう」 「べっべつにわたしはなにも」 「ほんとうなら、エルちゃんとの年齢差は縮まらなかった。それを白雪ちゃんが埋めてくれた。楽しくて幸せな時間を、ありがとう」 「べっべっべつにわたしはなにも。……………………って、こんなはずじゃ」 しあわせな魔法を、ありがとう。 夢のなかで、踊ってくるね。 「では、観光に参りましょうか」 ラファエルが手を差し伸べる。 「エレナさま。お手を」 「ええ」 そっとその手を取って、エレナは微笑んだ。 † † † 「サラスヴァティさまは、私がエスコートさせていただきます」 スチュワードのすがたのまま、ハツネが一礼する。 「あら」 「くれぐれも粗相のないようにと、ロバート卿より仰せつかっておりますので」 「そこまでのお気遣いは不要ですのに。名高い少女探偵と相まみえることができて、わたしも楽しかったのですから」 「その……、それと、たまには弟に逢いに行ってやってほしいとのご伝言が」 「まぁ。そのお話は、またいずれ」 † † † 「よっしゃ、こうなったら女同士でデートすっかぁ!」 「わけわかんないこと言わないでよ! あと大股で歩くのやめて。美女が台無しよ」 「えー、めんどくせぇ」 † † † 「ラファエル」 「はい?」 「……あなたがひどい男だという話を、聞かせて」 「あまり楽しいものではありませんよ?」 「それでもいいの。あたし、あなたのことをあまり知らないから」 「わかりました」 それは、 オリエント急行から降りたときに、終わってしまう魔法だけれど―― ――Fin.
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