人通りのない深夜。 まだ眠りにつきたくないと駄々をこねる子供のように街は灯に満ちていた。 ここがもし下街ならばスリやタチの悪いごろつきがうようよしていただろうが、比較的に治安がよいことでその地区は有名であった。 娯楽施設から少しだけ離れた静かな木々の植えられた公園。 定番の男女のデートスポットでもある。 この公園の大きな木の下で告白すると恋が叶うというありふれたジンクスがある。 しかし、つい先日にその木の下で若い娘の自殺騒動があり、木を斬るかというニュースが出て反対運動やらと一時騒がしかったがそれもまるで風の流れのように事件は忘れられて今はいつものような恋人たちの憩いの場に戻っていたが、今は人影はある事件のため遠のき、まるで眠ったように静かだ。 そこにひと組の男女が腕をくんで現れた。 はためからはこの公園の噂を聞きつけた恋人同士にも見えるが、どうにも二人には恋人らしい雰囲気が伺えない。 男は高級なスーツに金色の髪に整った顔立ちをしているが目のところを白石で出来た仮面で覆い、顔がはっきりとみえない。 男は一度たりとも女を見ずに口だけ動かした。「キサ、一ついってもいいか?」 小声で尋ねられて傍らの女――灰色の男物のスーツに、黒髪は腰ほどの長さはあるがそれは無造作にしており、顔を隠すようにしている。しかし、目は野性の獣の鋭い。肉体も高身長なうえにほっそりとしているせいか、髪が長くなければ男性と思ってしまいそうだ。「なに」「いつ風呂はいった」「三日前だっけか、なんだよ、いきなり」「きたない。そのうえ、くさいぞ」 その言葉に女――キサは渋い顔をした。その横を涼しげな顔で歩く男は前だけを見ている。「依頼を受けた以上、少しは女らしくしろ。こんなのが恋人役では俺の品性が疑われる」「これでも、私の服のなかではかなりいい服なんだよ」 これが仕事相手でなかったら蹴りの一つでも、いや電気鞭の一つでも御見舞したところだ。 女探偵のキサの事務所は一週間ほど平和続きであったが、そろそろ依頼を受けなくては飢えて死ぬかもしれないという危機にこの依頼がきたのについがっついて受けてしまった。 それがまさかこの男との恋人のふりをしなくてはけないとは。 キサの恋人のふりをしている男の名前はフェイ。同業者――探偵だ。 彼のところに恋人たちの公園できっかいな――恋人同士でいくと、なぜか男は怪我をし、女は噴水に突き落とされるという現象があるそうだ。 せっかくここに憩いにきた恋人たちからの一時を邪魔する事件。本日は恋人のふりをいやいやしているわけである。「しかし、くるのかね」「来るだろう。……なにか、かんじ……キサ!」「げっ」 いきなりキサが背中をなにかに押されて前のりにこけた。それも噴水のなかへとどぼん。 頭から水びだしになったキサは、ふ、ふふと不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。「ここにいる霊の仕業だね。ゆるさないからねぇ」「キサ、落ち着け。相手を刺激するとろくでもないぞ」「うるさい! どこだ!」 ゆらりと、闇の中で弱弱しく輝くそれ見たとき、キサが腰から鞭をとって噴水から飛び出した。そのとき、足元にあった石に彼女は気がつかなかった。「あっ」 見事に石に足をひっかけて、こけた。「キサ!」 翌日。 キサ探偵事務所でフェイは顔を仮面で隠しているというのに困っているとわかるほどに疲労し、疲れ果てていた。「今回、依頼したのは俺だ……俺とキサはある公園の事件を解決にいったんだ……そこでは恋人たちがいくとなにかしらのいやがらせがあるのでな。それで、だ。その幽霊はわかったんだが……」 渋い顔でフェイはちらりとキサを見た。「『いゃああああ、こんな女捨てた女のなかにはいるなんてぇええええ』」「キサが、その、原因の霊につかれた」 フェイはため息をついた。 女探偵といっても、仕事は男たちとさしてわからないキサの探偵事務所は恐ろしく汚れていた。本やら切り抜きやらが床やら机やらに捨てられ、軋んだソファ、客をもてなす猫足テーブルの上にもゴミ。 そのなかで彼女――キサについてしまった霊は叫んだ。「『いやいやいやいぁ! ださいわ。服がズボンしかないのよ。それも服もきたないし! 化粧品もないのよ! いゃあ……私は、きれいになるの。それで男の人たちに、今度こそばかにされないの。勉強ばかりの女の子なんていわせないわ。絶対に!』」「……本人が言うには、なんでも先日恋人だと思っていた男に全財産を貢がされて、挙句のその事件のあった公園の木の下で……永遠の愛を誓おうとしそうだが……その男が、そこで別の女とあらわれて、せっかくの美人にしてきたというのに、ブスだのなんだのと侮辱されたらしい……その絶望から自殺したそうだが……しかし、怒りの念が強くてこの世に留まってしまい、あの公園で恋人たちにいやがらせをしていたそうだ……一晩かかった、これを知るのに、この霊、うるさいんだよ」 ふぅとフェイはため息をついてスーツのポケットから一枚の写真をとりだした。 黒髪に、頬にはうっすらとそばかすのある、怯えたような少女の顔。服装も黒と灰色の目立たない装いだ。「これが生前の彼女だ。もともとはとても内気というか、目立たない。かなり真面目で、優等生だったらしい。勉強しか知らない娘が恋をすると厄介という典型的なやつだな……男のためにせっかくお洒落を、これが自殺する前の写真なんだが、したらしい。それでふられたのが……それが相当にショックだったそうだ。……たかだか恋愛といっても、この娘にとっては大切なことなんだろう。今回は彼女の除霊として、彼女を願望を叶えてやってほしい。つまりは美人になって、男を見返すということだ。……彼女は負の感情からここにいるが、それが満たされれば成仏するだろう。しかし、何と行っても不運にもこの世で女というものから遠いキサについてしまうのがなぁ……女としては終わっている上に胸もない」「聞こえてるよ、あんた!」「お、自分が戻ったのか。キサ」「『胸、私のほうがあった』……うるさーい!」 キサは一人で両手をあげて叫ぶ。どうやら自分についた幽霊と喧嘩しているようだ。はたからみればただの変人であるが。「というように、キサとしての人格もあるんだが……幽霊は疲れを知らない。このままキサの肉体に宿り続ければ、キサの体は疲れて過労死してしまう恐れがある。なによりも、負の感情がある霊は、そのトリガーを……この霊の場合だが、男女のカップルを見れば力を暴走させてしまう恐れもある。調べたが、そのふった男というやつは相当の悪党のようだ。女をかなり泣かせている。あの恋人の木を利用して、女から金を巻き上げてる小悪党らしい……その男はまだあの木を利用して女をたぶらかしているそうだ。必要ならその男の情報も提供しよう」 フェイはすっと自分の懐からカードを取り出した。「とりあえず、この女の霊の望み通り、いま宿っているキサの肉体を女らしくして男をぎゃふんといわせる……という願望をかなえてやってくれないか? 俺は、調べるので疲れた。ああ、必要な金はこのカードで……大丈夫だ。あとでキサにすべて請求する、好きなように買い物するといい」「おい、こらぁぁああああああ!」 キサの悲鳴がとどろいたが、そのあとふっとその肉体は憑いている霊にのっとられた。「『女らしく、美人になるわ。そうよ、絶対に、絶対によ。それで男を、あ、あいつを見返すの。ブスなんて……醜いなんて、もう、いわせない! 私だって……!』」
「『男の人も、いるの……?』」 キサ――に憑いている幽霊が困惑げに呟くと、集まった者たちの匂いをくんくんと嗅いでいたふさふさが顔をあげあぁふううんと鳴いた。男の自分はだめでしょうかと、尻尾をふって申し訳なさそうにするが、幽霊の目は犬であるふさふさではなく、アマムシを見ていた。 男性としてやや身長の高いアマムシはその身体を出来る限り縮めて頭をぼりぼりとかいた。 「あー、恐いか? わかった。男そのものがおらんほうがええなら変化するさかい」 「『変化?』」 幽霊がきょとんとするのにアマムシの姿がすっと人型から野蚕の姿に変化し、ふさふさの頭にちょこんと乗った。 「これやったらどうや?」 姿は変わっても声はまるでかわらない、野蚕のつぶらな眼が見つめてくるのに驚いた幽霊は眼を瞬かせてこくりと頷いた。 「『あ、はい。いいです。あっ』」 先ほどから鼻先を忙しく動かしていたふさふさはシュマイトの匂いをちらりと嗅いだあと、キサをしつこくくんくんしたあと眼を輝かせて見つめている。 「ふさふさは、あんさんのこと好きみたいやで」 「『好かれる……けど、私の望みは……あの男を……犬さんに好かれたって』」 幽霊がぼそりと呟いて俯く。 ふさふさは落ち込むこともなく、犬特有の厭きっぽさで次はメテオにくんくんと匂いを嗅いで不思議そうに首を傾げる。 メテオは口元に笑みを作り、ぽんぽんとふさふさの頭を軽く撫でた。 「あぁふ」 嬉しそうに、しかし、なにかしら意味をこめてふさふさは鳴いた。たぶん、それはこの事態をうまくなんとかする方法だったが――いかんせん犬語である。それは通じることもなく無視されてしまい、幽霊は自分のために集まってくれた彼らを見た。 「『……では、お願いします。なにされてもいいです。美人にしてください』」 「まずは汚れをとることからね」 ふん、ふん、はぁふはぁふとくぐもったふさふさの声がして見てみると、どこからもってきたのか口に洗面器をくわえている。 「ここお風呂はあるの?」 メテオ・ミーティアの言葉にフェイは頷いた。 「奥に備え付けのものがある」 「じゃあ、僕は一緒にはいってきれいにするよ。その間に服の用意ができればいいんだけど」 「それはわたしがしよう」 シュマイト・ハーケズヤが応じた。 「これで無駄毛を処理するといい」 そういって取り出したのはシュマイトが発明したという証であるハーケズヤ印が施されたカミソリだ。 「わかったわ。じゃあよろしく。さ、一緒に入るわよ」 「『え、ええ、あの』」 「僕に任せて、隅々まできれいにしてあげるから!」 メテオに背中を押されて幽霊は奥へと消えていく。 「では、すまないが案内してくれないか? わたしはこの世界のファションの知識はないからな。繁華街に行って今のファションの情報がほしい」 「了解した。残りの二人はどうする?」 「わいは役立つかわからんけどついていくわ」 「そうだな。男の意見も重要だ。キミはどうする?」 ふはふぁんと鳴いて床に匂いを嗅いだあと尻尾をふってその場にふさふさは座った。ここに残るということだ。 「では留守番を頼む」 シュマイトはそういうとふさふさの頭にいるアマムシを片手にのせ、フェイと共に繁華街へと赴いた。 事務所に残されたふさふさは水の音がする奥へと好奇心を湛えた眼を向けた。 二人もはいると狭く感じる小さな浴槽でメテオは幽霊と共に裸になって湯船につかった。 「『メテオさんって、セクシーなんですね』」 幽霊はぽつりとメテオの無駄のないしなやかな体を見て眩しげに眼を細める。 「ありがとう。あなたも体してるわよ。えい」 「『きゃあ』」 メテオの手が悪戯に肩に触れてくると幽霊は頬を染めて恥ずかしげに俯いた。メテオはくすりと笑うとタオルと石鹸をとって泡立てる。 「さ、洗うから背中を向けて」 「『はい。……私、こういう、お友達とお風呂とか経験なくて』」 「そっか」 メテオはじっとしたまま身を任せる幽霊を見つめて手を動かした。湿った水の匂いに石鹸の香りが混じり合う。 「女の子は、そこにいるだけでいいの。男なんてね、女がいないと子孫が残せない可哀そうな生き物なのよ? そんなやつ見下すとか無意味だと思うよ」 幽霊は黙っていたが、耳はずっとメテオの優しい言葉に向けられている。その証拠に彼女は何度もメテオに視線を向けて、言葉を出そうとして躊躇い、俯いてしまう。 「それよりつまんない男なんて願い下げって気持ちを持ちなさい。あなたは可愛いわ。だから顔をあげて。俯いたらもったいないわ」 「『メテオさん』」 幽霊がようやく顔をあげたのにメテオが微笑んだ。 そのとき、ドアが勢いよく開き、我慢できなくなったらしいふさふさが飛び込んできた。 「わぁ!」 「『きゃあ!』」 「わふぅん!」 「これはなんだ? 台風でも通ったのか?」 シュマイトが片眉だけ持ち上げて水びだしになった室内を睨みつけた。 「あっちゃー、これはひどいなぁ」 「わぁふわぁふ!」 部屋を水びだした原因であるふさふさはシュマイトの前にお座りする。 「お風呂にふさふささんがはいってきたの。……拭く間もなく事務所に出ていっちゃって……あらら」 服を着たメテオは奥から顔を出すと、事務所の惨劇に小さな声を漏らした。 「ここは使えないな。どこかにあいているスペースはあるのか?」 「……一番奥には寝室があるからそこを使ってくれ。俺はここの掃除をしよう」 事務所の水びだしの惨劇の始末はフェイに任せ、寝室へと四人は移った。 かたいベッドしかない部屋だが、服を広げるスペースだけは十分だ。そこにまず、繁華街で見つくろった服とキサの持っている衣服を広げていく。 「僕は、ボーイシッシュな魅力を出すことを重視するといいと思うんだけど」 「わたしは服の赤色がいいと思うんだが……赤は血の色であり、情熱と生命の色だ。スリットを深くして色で色気を出すのが手っ取り早いと思うが」 「それはいいかも。いい足をしていたのは一緒にお風呂にはいった僕が保障する」 「わぁふわぁふ」 頭の上にアマムシをのせたふさふさは退屈したのか尻尾をふりながらぽむぽむと洋服を前足で叩く。そうしているとついつい力加減出来ずにくしゃくしゃにしてしまう。 「あかんで、ふさふさ」 アマムシが咎めるが、楽しくなると悲しい犬の性、止められない。 いくつにも重なった衣服をずるりとひっぱって床に落としてしまう。そこからあらわれた赤いチャイナドレスにシュマイトは眼を向けた。 「このチャイナドレスはいいと思わないか?」 「そうね。とっても似合いそうだわ」 無意識とはいえふさふさのお手柄で衣服は決まったが、幽霊は不安げな顔をする。 「『けど、そういうのって腰が細くて、姿勢が正しくないと、そういうのってだめなんじゃないかしら?』」 「わたしが開発したコルセットをつければいい。腰を細くするだけじゃない、胸も大きく見せ、立ち姿も美しくなる」 「『まぁすごい』……胸が大きく見える」 シュマイトのコルセットに幽霊と共にキサもまた眼を輝かせる。 「あとは化粧ね。それは僕に任せて」 シュマイトが繁華街で衣服と共に化粧品類もしっかりと流行りのものを押さえて購入してきた。 「うーうー」 さすがに犬のふさふさには化粧品の匂いはきついらしく、目をきゅっと閉じて尻尾をたらしてしまっている。 「あー。平気か。ふさふさ? 服を着替えるなら、男のわいらはあっちいったほうがええわな。犬と呪術道具といっても男やからな。あ、そうや。化粧するなら、わいも用意してきもんがあるから、それ使って。あっちの部屋においてる、美白作用と保湿作用があるんや。わいの糸を似て作ったやつや」 「わかったわ。フェイさん、アマムシさんの荷物をとってくれる? そこに化粧水が用意されてるはずだから」 「ん、ああ、これか? ほら……なんとかなりそうか?」 ドアから顔を出したメテオに掃除をしていたフェイがアマムシの荷物を差し出すと不安げに尋ねる。 「それは完成のお楽しみよ。さ、着替えるんだから男どもは出なさい」 メテオの笑顔と共に、部屋から男どもは叩きだされ、フェイ、ふさふさ、アマムシは部屋の前で待つこととなった。 「あのキサが美人になるのか」 「わふぅうん」 「楽しみやね」 幽霊はシュマイトのコルセットにつけたあと、真っ赤なドレスを身を包ませると、メテオと向きあい、彼女に化粧を施されていた。 「そう、そのままでね。化粧ノリがいいわ。アマムシさんの用意したもの、すごいわ」 「では、髪のほうはわたしがやろう」 「『はい。お願いします』」 二人の手で美しくなりながら幽霊はふっと小さなため息を零した。 「『私、少し、恐い。……私、生きているとき、自信とかなかったんです。ただ勉強して結果を出せたらみんなが褒めてくれて。だから、彼に声をかけられたとき嬉しかった。一人の女性として扱ってくれて』」 「……残念ね、僕が傍にいたら化粧だけじゃなくって自信や勇気をわけてあげたのにね」 「『メテオさん』」 「それに、好きになる相手が男である必要はないわ。愛の形には色々とあるし、相手を想う心が大事よ」 「『相手を思う気持ち……』」 「眼を閉じて。口紅を塗るわね」 メテオの手が顎をもちあげて、そっと口紅がキサの唇をなぞり、赤い口紅が幽霊の唇を染める。 「きれいよ。自信をもって」 こくんと幽霊は頷いて、微笑んだ。 「待っている男どもにみせてあげましょう」 幽霊は恐る恐る、それでもメテオとシュマイトに背を押され、やきもきと待っていたフェイ、ふさふさ、アマムシの前に姿を出した。 「……ありえないくらいに美人になったな、キサ、いや幽霊」 「あふぉんう! ふふん!」 「別嬪さんになったなぁ。うん、すごくええで」 男三人の素直な称賛に幽霊は気恥しげに俯いた。 ふさふさはブラッシングされて、きれいな毛を自慢げに幽霊の周りくるくるとまわると、幽霊を見上げてふたたび、わふぅんと吼えた。人間の男のいうところの美人にアタックしている図というところか。 「『ふふ、ありがとう』」 幽霊は口元に笑みを浮かべてふさふさの頭を撫で、残りの三人を見た。 「『ありがとう、みなさん。私……あいつに、いいえ、あの人に会いたい。きれいになった私をみてほしい。ふられてしまったけど、私、あの人に美人だっていわれたい。私のはじめて好きになった人だから、悔しいけど、どうしても。憎しみと執着が断てない。彼に勝ちたい、認められたい、私』」 「くだらん男のことなど忘れて成仏するほうが幸せという気がせんでもないが、本人がそういうならばわたしも出来る限り協力しよう」 俯く幽霊の背をシュマイトが優しく叩いた。 「『けど、彼がどこにいるかなんてわからないし』」 「フェイ、男の情報をくれないか? ……それでだいだいは男がどこにあらわれるかわかるはずだ」 「『わかるんですか?』」 「将棋というゲームがある。ああいうのは駒の動かし方さえわかれば、パターンの読み方はいくらだってある。人間もしかり、この手の男の行動パターンは決まっている」 淡々とシュマイトは言葉を紡ぎ、ちらりと幽霊を見た。青い眸は優しい色を湛えて問いかける。 「声をかけられたいのだろう?」 こくんと幽霊は頷いた。 「他に協力することはあるか?」 「僕にも一つ、考えがある」 メテオが口元をつりあげて微笑んだ。 シュマイトがフェイの情報を元に男があらわれる場所を予想した場所へと幽霊は赴いた。さすがに集団でいては男が声をかけてこないので一人で待つことになる。何かのときのために肩にはアマムシが同行し、他のメンバーはこっそりと隠れて見守っている。 場所は、彼女が死んだ公園。ここで男は懲りもせず、女の子をナンパしているのを聞いたとき幽霊は顔を俯け、ずっと悲しげに地面だけを見つめていた。 「なぁ名前なんていうん?」 男を待つことだけ考えていた幽霊は肩に乗せたアマムシの問いに眼をぱちぱちさせた。 「『えっ』」 「美人さんの名前は知りたいやん。あ、これナンパいうても、わいは誠意があるで」 「『……私は幽霊なのに』」 「それいうたら、自分、呪術道具や」 「『ふふ、ありがとう。これで二回目よ。ナンパされたのは……ユリョンよ』」 幽霊――ユリョンが微笑んで答えたあと、はっと顔を強張らせた。彼女の視線の先に焦がれ続ける男の姿が目に入ると、すぐさまに視線を逸らしていた。 男は公園にはいってくるなりまるで吸い寄せられるようにユリョンに近づいてきた。 「やぁ、きみ、きれいだね。真っ赤なチャイナドレスなんていかしてるし、一人? だったら一緒にお茶でもどう? 一人なんてもったいないよ」 軽薄な笑顔とともに吐き出される言葉にユリョンは眉を寄せた。 「『……私、どうしてあなたなんか好きになったのかしら。そして死んだのかしら』」 「えっ? ちょっと待ってよ、なにいって」 男が困惑としてユリョンの腕を掴んだとき、背後からぱっしゃりと音と共に眩しい光が輝いた。男は驚いて振り返ると、メテオが顔には笑顔を張りつけて仁王立ちしていた。その手にはカメラが握られている。 「女の子に気安く触るのはよくないわよ」 「な、なんだよ。てか、写真?」 「ああ、気にしないで。これはお前のささいな悪事の証拠の一つでしかないから」 そういうとメテオはカメラを隣にいるフェイに渡すとすたすたと近づくと男がユリョンの腕を掴む手を捻り上げた。 「い、いててて。このアマ、なんだよ」 「僕は、女の子の味方さ。……お前は、あっちの方の言い訳を考えたほうがいいんじゃないかしら?」 「なに?」 メテオの言葉に男が振り返ると、彼の金蔓たち――恋人たちが怒りに満ちた目で男のことを睨んでいる。 メテオはフェイに情報を提供してもらい、付き合う女の子たちに男の悪事をすべて暴露したのだ。そして、この公園に来るようにしたのだ。騙され、裏切られていると知った彼女たちは悲しみよりも怒りのほうが大きい彼女たちの顔にははっきりと殺意が滲んでいる。 「ちなみに、家とか金目のものは差し押さえさせてもらったわよ。安心して、元々の元主たちにちゃんと戻るように手配したから」 「な、なっ」 メテオが汚いものに触れたかのように男の腕を離すと、男は情けなくもその場に尻餅をついた。するとさっと裏切られた女たちに取り囲まれ、すぐさまに罵りのなかから男の憐れな悲鳴が聞こえてきた。 それを見つめるユリョンは悲しげに、しかしふっと力を抜いて笑った。 「『……ばかみたい、こんな男、そうね。今日、メテオさんや、シュマイトさん、ふさふささんやアマムシさん、とってもいい人たちばかり。……みなさんに会えて私、もっと素敵なものがあるってわかったわ。ありがとう。……次に、次にもし人に、女の子に生まれたら、もっともっといい恋をするわ。ありがとう』」 ユリョンは晴れやかに微笑んだ。 一人の孤独な少女の魂が、解放された。
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