「クリスマスといえばプレゼントでー、プレゼントといえばモフトピア! はいっ、モフトピア行く人手ー挙げて!」 世界司書ルティ・シディがやや浮かれたように6枚のチケットを掲げ、集まった旅人たちに率先してまず自分が元気よく手を挙げた。プレゼントといえばモフトピア、の意味がよく分からないが、何やら楽しいイベントへのお誘いであることは間違いなさそうだ。「もしかしたら知ってる人もいるかしら? またやるのよ、モフトピアの物々交換市。クリスマスプレゼントが決まってないなら、ここで探すのなんてステキじゃなーい?」 ルティが開いた導きの書によれば、旅人たちがモフトピアに着いたその日は、何ヶ月かに一度開かれる市場の真っ最中らしい。様々な浮島のアニモフが集まって工芸品、手作り菓子、その他不用品などを持ち寄り、壱番世界でいうところのフリーマーケット状態だそうだ。そしてそこではモフトピアらしく、物々交換が原則なのだという。「アニモフちゃんが気に入りそうなモノなら何でもいいみたいよ、玩具とかアクセサリーとか……あ、でもいつだったかしら? ダンスを見せてそれをお代にした人もいたような……」 モノの代わりにパフォーマンスでも構わないあたり、なんとも自由な市場である。他にも食べ歩きストリートあり、実演販売ありと、買い物以外にも一日楽しめるイベントになっているらしい。ちなみにどんな品物が売られているかは行ってみるまでのお楽しみ、といたずらっぽく笑いながら、ルティがチケットを受け取った旅人たちに手のひらサイズの紙箱を配り始める。「はいっ、軍資金! ……ううん、軍資物?」 ふわんと甘い香りの漂うそれは、ルティお手製のクッキー詰め合わせ。これを元手に、ということらしい。「物々交換だし、モノが無いと始まらないものねえ。もちろん、私物を持ってくのもオッケーよ。……ポンポコフォームのお金、は……アニモフちゃんが可哀相だし、あんまりオススメ出来ないけど」 もっふもふフリーマーケット、略してもふ★りま。今年のクリスマスプレゼントには、プライスレスな土産話もごいっしょに。
◆ ロストレイルがモフトピアの空へと滑り込み、その速度を少しずつ落としながら駅目がけて降下を始めた。わたあめのような雲の隙間を縫って、窓からたくさんの浮島が見えてくるにつれ、旅人たちのテンションは自然と高まってゆく。 「モフトピアは何回来ても綺麗だね! わくわくするなあ」 カルム・ライズンが膝に乗せた手荷物と窓の外を交互に見やり、待ちきれない様子でそわそわと停車のアナウンスを待っている。その隣では日和坂綾が、何やら紙箱を開けて中のクッキーをつまんでいるが……。 「あれ、それって……司書さんが持たせてくれたんじゃない?」 「むぐ……あ、しまった! だってお腹減ってたんだよ~……」 向かいに座るディーナ・ティモネンが不思議そうに指摘するが、既に時遅し。たっぷり20枚は入っていたであろう紙箱の中身はきれいになくなっていた。 「ま、まあ何とかなるって! 結果オーライ!」 「うふふ、クッキー美味しそうだもんね。アニモフちゃんたちもきっと気にしないよ~♪」 結果が出る前からオーライの一言はさすがに尚早すぎやしないだろうか、と誰もが思ったがそこはつっこまないのが優しさというものだろう。リーリス・キャロンがにこやかに綾をフォローして場を和ませる。 「(……もう一度、検討するところから)」 この世界、モフトピアは帰属するに値するか、否か? すなわち、食い尽くすに値するか、否か。心の中でちろりと出る飢えた舌は、未知の味をどう受け止めるのだろう。 ロストレイルはゆっくりと、善意の光溢れる世界に降り立った。 ◆ 「いらっしゃいませー、おいしいよ!」 「まいどありーなんだよ!」 「広いな……アニモフがこんなに集まると壮観だ」 オペラ=E・レアードが目の前に広がる市場を見渡せば、アニモフ、アニモフ、もっふもふ。そりゃあもうもっふもふなのだ。この日のために遠くの浮島からやってきたであろうアニモフたちが、様々な品物を広げて大忙し。かわいい呼び込みの声や美味しそうな匂いで満ち満ちた空間に一歩足を踏み入れ、いざもふもふ。目的が特に決まらなくとも、歩くだけで何となく楽しいのはモフトピアならではだ。 「おなか空いたのか、ヘルブリンディ?」 セクタンにせっつかれて食べ歩きストリートをゆくMarcello・Kirsch……通称ロキが、さっそく食い意地を見せるセクタンのヘルブリンディに呆れ顔を見せた。ストリートの入り口近くはお菓子の店が固まっており、ヘルブリンディには天国に見えたに違いない。 「全く誰に似たんだか……」 甘党の自分を棚に上げて苦笑い、愛犬におやつをあげるような仕草でロキが取り出したのは砕いた蜂蜜プラリネたっぷりのマドレーヌ。物々交換が終わるまではそれで我慢するように、とでも言いたげなロキの様子を知ってか知らずか、ヘルブリンディはひとまずマドレーヌに夢中である。 「うわあ、広いなあ! 全部見たいけど、どこからにしようかな?」 大きなバスケットとぱんぱんの背負い鞄を携え、カルムが市場の端っこから左右を眺め回す。この日のためにサンドイッチやアップルパイ、アニモフサイズの手作り玩具を用意したカルムはさながら移動店舗のようだ。さあ、何に化けるかお楽しみ。背負い鞄はきっと、今とは別のもので一杯になるのだろう。 「お姉ちゃんの好きそうな食器とか、あるといいな。楽しみだなあ!」 「これはアレだ……いざとなったら試食街道一直線?」 用意もばっちりのカルムとは正反対の明らかにダメなことを呟く綾は、ジャージのポケットをひっくり返して軍資金ならぬ軍資ブツを探す。が、かろうじて出てきたのは壱番世界のバランス栄養食品(2本)、ペットボトル入りのお茶、この前何故か衝動買いしてしまった携帯箸(もちろん未使用)ぐらいという有様で。 「ま、いっか。モフトピアだし何とかなるなる」 モフトピアだから……確かに間違ってはいないが、人としてちょっと残念な発言、いただきました。 ◆ ディーナの歩くエリアにはいい匂いのかわりに、きっとアニモフたちの手作り小物や、他の旅人たちが置いていったであろう珍しい品物が視界いっぱいに広がっている。何に使うかよくわからないものも少なくないが、そこはアニモフたちの審美眼(?)のせいか、かわいらしいものが殆どで。 「わぁ~、普通に可愛いもの、多いなぁ」 黒ずくめのあの人が喜びそうなもの、といえばやはり黒いものだろうか。視線はつい黒いものを追い、何故か目が留まったのは黒い犬型のアニモフがやっている出店へ。白と黒のものばかり置いてあるそこは、チェスの駒らしきものだったり、市松模様の布だったりと、どれも白黒。中でもアニモフのおすすめは? 「これ、しろくて、くろくて、かわいい!」 「ご、碁石はちょっとどうだろう……?」 どこのコンダクターが持ち込んだのか、きちんと碁笥に収まった白と黒の碁石。数がちょっと少ないように見えるのは、バラ売りをしているということなのだろうか……。 「あっ、きれい……これ、カフス?」 「おうまさん!」 指先サイズの黒い小物を手に取り尋ねるディーナに、アニモフはにこにこと応える。それは縁起物のようにも見える馬の形のカフスボタンで、あいにく片方しか無いようだが、あの黒ずくめな服のどこかにつければ、馬の目の部分に輝く透明な石がきっと綺麗に見えるだろう。 「面白い……かも。えと、えとえと。このカフス、交換して欲しいの。これで、いい?」 物々交換を色々楽しもうと持ち込んだ自分の荷物は温存しておいて、ディーナは司書が持たせたクッキー詰め合わせの箱を開けて見せる。するとアニモフはすんすんと匂いを嗅いだのち、ホワイトチョコとビターチョコを塗って模様を作った四角いクッキーの一角を指差した。 「これがいい!」 「……フフフ、白黒だから、かな?」 箱の中に入った仕切り箱ごと、白黒クッキーを全部手渡すと、それぞれ一枚ずつだと思っていたアニモフは大喜び。 「これも、あげる」 「えっ、いいの?」 後ろに置いた在庫入れらしき箱からアニモフがごそごそと取り出したのは、かわいい猫足のついた白いポットウォーマーだった。真ん中にはキャンドルを入れる小さなくぼみがあり、長いおしゃべりを楽しむティータイムでお茶をあたためるのにうってつけだ。 「おうまさんは、くろいの。それは、しろいの!」 「そっか、ありがとうね」 ◆ ディーナが黒犬のアニモフと交渉している近くでは、モフトピアなら危険なこともそう起こらないという安心感がそうさせるのか、オペラがあっちへふらふら、こっちへふらふら。呼び込みの声やいい匂いにつられて、皆とはすっかりはぐれてしまったようだ。結果として迷子のようだが、皆めいめい市場を楽しんでいるから問題は無い。 「どうやって作っているのだろう……綺麗だな」 「こんにちは! あめちゃんのおみせだよ!」 甘い匂いに誘われて足を止めたのは飴の出店。普通の棒つきキャンディや、砂糖をまぶした硬いグミなど、様々な飴が並んでいる。中でも目を引くのは、アニモフのぬいぐるみみたいな手先でどうやって作るのかが不思議に思える飴細工で。花や魚、果実やキノコ、いずれも食べるのが勿体無い精緻さだ。 「これは自分で作っているのか?」 「そうだよ! じゃあみせてあげるね!」 言うが早いか、店主とおぼしき狐型のアニモフは傍らの道具箱を開ける。小さな炭コンロでくつくつ溶かされた透明な飴を心棒でひと掬い、ぐいと伸ばしたり、細い棒でちょいちょいと溝を作ったり、どんどん形が出来上がってゆく工程はまるで手品のよう。子供のようにただただ見とれるオペラだったが、その表情は飴細工が出来上がるにつれて少しずつ驚きがまじる。 「はい、どうぞ!」 仕上げに真っ赤なリボンを棒に結んで手渡されたそれは、モフトピアのあたたかな陽光にきらきら輝く天使の翼。思いがけない素敵な贈り物に目を細め、好意の形に応えようとオペラはトラベルギアを用意する。 「……ありがとう、じゃあ私もお礼をしなくては」 ふわり、オペラの手を離れ、七本のハンドベルがオペラとアニモフの間を舞う。 __りん、ろん、らん。ろろん、るん…… ゆっくりと、語りかけるように紡がれる音が重なり、そこに生まれたハーモニーが七色の硝子を生み出す。続けてハンドベルが手のひらサイズの狐が座ったような硝子細工を形作って見せると、アニモフは大喜びでそれを受け取り隣に座らせた。 「すっごくきれい! おねえさんありがとう!」 「こちらこそ、ありがとう。一回りしてくるけれど、お土産を買いにまた寄らせてもらおう」 「はあい、またね!」 羽を増やして、足取りはいちだんと、軽やかに。 ◆ 少し奥まったエリアには手作りの工芸品やおもちゃを並べる出店が揃っている。そのなかで一人、バスケットからいい匂いをさせているカルムはアニモフたちから注目を浴びていた。 「迷っちゃうな、どれも欲しいなあ。まずはお姉ちゃんのお土産からにしようかな?」 食器集めが好きな義姉のために、モフトピアならではの食器があればいいなとうろうろするカルム。いくつか出店を回るがどうもピンとこず、やっぱり後回しにしようかと考え始めたところで、木のさわやかな香りがカルムの鼻をくすぐった。 「こんにちはっ! ここは食器のお店なの?」 「うん、ぼくのてづくり!」 愛嬌のあるタヌキ型のアニモフがにこにこと愛想よくカルムを歓迎し、店頭に並べてある木の器のひとつを手にとって楽しげに解説を始める。 「あのね、これはかぜひきさんのスープボウルなの」 「風邪を引いたときだけ使うの? おもしろいなあ!」 匂いをかいでみてと手渡されたそのスープボウルは、ショウガのような、ミントのような、鼻が通りそうなさわやかな香りをほんのり纏っている。聞けば、このアニモフが暮らす森には様々な薬効のある木が何種類も生えているらしい。本来は葉を食べて薬にするそうだが、もう葉がつかなくなった木はこうして食器にするのだそうだ。 「こっちはよふかしさんのタンブラーで、こっちのは……」 風邪、不眠症、肌荒れに冷え性。樹木の成分が飲み物に溶けて効果を発揮するらしい。カルムは一通り手に取ったり匂いを嗅いだりしつつ大いに迷ったが、えいっと心を決めてとあるマグカップを手に交渉を始める。とびっきりの美人な義姉が、いつでも綺麗でいられるように、と。 「ぼく、これがいいなあ。交換してほしいんだけど、この中から選んでほしいな!」 「けがわつやつやマグカップだね、まいどありだよ! ……うわぁ、たべものいっぱい! どれにしよう?」 アニモフは手作り玩具よりもバスケットにぎっしりの食べ物が気になるようで、フルーツサンドイッチとアップルパイを交互に指差しながらどちらにしようか迷っている。 「あはは、じゃあどっちも持ってっていいよ! たくさん持ってきたからね!」 「ほんとう~? うれしいな、ありがとう! じゃあおまけするから、まっててね!」 6ピースにカットしたアップルパイを3切れと、フルーツサンドイッチを2つ。大きな紙ナプキンでくるりと包みお持ち帰り仕様にしている間に、アニモフもマグカップの中に箸置きやお風呂に入れるウッドボールなど、小さなおまけをぎっしり詰めてラッピングを完成させてくれた。これを受け取ったときの義姉の顔を思い浮かべ、カルムもにっこり。贈り物選びは、この瞬間が一番楽しいものである。 「どうもありがとう! 大事にするね!」 「またきてねー!」 ◆ 「……うーん……」 プラリネのかけらをくっつけたまま他のお菓子を催促するヘルブリンディの目線を感じつつ、ロキは工芸品のエリアで一人唸っていた。つきあい始めたばかりの恋人に、何かいいプレゼントは無いものか、と。贈るならやっぱりアクセサリーがいいとは思うが、何にしたものかさっぱり決まらないのだ。 「指輪……は、まだ早いよな」 アニモフは果たして指輪をするのか、腕輪じゃないのか(体型的な意味で)というツッコミはさておき、出店に並んでいるかわいいアクセサリーのどれもが彼女に似合いそうで目移りしてしまう。褐色の肌にはきっと鮮やかな色がいいだろう、いや黒や銀のシックなものも大人っぽくて好きだったような気がする……と、ロキは脳内で幸せな堂々巡りを繰り返す。 「おにいさん、どうしたの?」 「うん? ちょっと、プレゼントを探してるんだ」 あまりに真剣な悩みぶりを見かねたというか興味を持ったアニモフが、商品の向こうから声をかけてくる。ロキが声の方向に顔を上げれば、そこにはうさぎ型のアニモフがきらきら光る石のアクセサリーに囲まれてにこにこと手招きしていた。 「へえ、綺麗だな。これはモフトピアの石?」 「そうよ、きれいでしょ。ぜんぶ、おまもりなのよ」 「お守り?」 ピアス風とでもいうのだろうか、ロップイヤーの先に真っ赤な石のブローチをつけるアニモフは何だか大人の雰囲気である。興味を示したロキの言葉に機嫌をよくしたのか、色ごとに違う意味があるのだと解説をしてくれた。 赤は、いつも元気でいられるように。青は、願い事が叶うように。緑は、誰かにやさしく出来るように。悪いことを遠ざけるようなお守りが無いのはモフトピアらしくて、解説を聞きながらロキは目を細めた。彼女が時折見せる寂しそうな横顔、あの表情と自分の間にある隔たりを、少しでも埋めるものがあればいいなと思いながら。 「これ、おすすめよ。むらさきは、ずっとなかよしのしるし」 「仲良しか……いいかもな」 赤い部分と青い部分が混ざり合って紫色をつくっているブローチを勧められ、ちょうど悩んでいた緑色の腕輪と一緒に手のひらにのせて、しばし考える。 赤と青で、仲良しのしるし。青と黄色で、優しさの気持ち。 「これとこれ、交換してくれるかな。こっちはお菓子を持って来たんだけど」 「あまいもの、だいすきよ。どれにしようかしら」 小さなシュトレンとアニモフを模したアイシングクッキー、それから司書のクッキーを見せると、うさぎのアニモフはしばらく悩む様子を見せてからひょいひょいと二つを指した。 「じゃあ、ブローチはこれと、うでわはこれとこうかんよ」 「シュトレンとクッキーか、交渉成立だ。ありがとう」 受け取ったシュトレンの匂いをすんすん嗅ぐアニモフの様子を、ヘルブリンディがちょっと物欲しそうに見ていたようだが、それはまた別の話。 ◆ 食べ歩きストリートとでもいうのだろうか、その場で作って提供する屋台が並ぶエリアをうろつくリーリスは、興味津々といった面持ちでポラロイドカメラを首からぶら下げて、屋台の食べ物ではなくすれ違うアニモフたちを眺めている。 「(ふん……連中の無防備なことといったら)」 瞳をきらきらと輝かせ、目が合ったアニモフには手を振ったり声をかけたりと市場を存分に楽しんでいるように見えるが、それらの挙動は全て偽装によるもので。どうやってこのアニモフたちから精を吸ってやろうかと舌なめずりをしていたが、旅人を珍しがって向こうから寄ってくる様子に、抑制しているはずの飢餓感がむくりと鎌首を擡げた。勿論そんなことは億尾にも出さず、きゃあきゃあとはしゃぐリーリスの姿はごく普通の少女にしか見えない。 「ねぇねぇ、私、他の人へのお土産に、ここの写真一杯撮っていきたいの。みんなが写った写真はあげるから、いろいろ案内してもらえないかな?」 「しゃしんってなーにー?」 「あっ、そっかぁ。じゃあ教えてあげる、みんなおいでおいでっ」 声をかけられたクマ型のアニモフが首をかしげると、リーリスはすかさずその肩を抱きつつポラロイドカメラを起動させる。何事かと興味を持って近づいてきた他のアニモフたちとも接触を図りながら、リーリスはレンズをこちらに向けてシャッターを切った。 「わー! ぱしゃってした!」 「なんかでたよー? まっしろ……これがしゃしんなの?」 「うふふ、白いのよく見ててね? ……じゃじゃーんっ!」 「わああああ! ぼくだー!」 出てきた写真紙から遅れて写真が写し出される様子に驚くアニモフ、それを眺めてリーリスも一緒に大はしゃぎ。その間もアニモフからは決して手を離さず、その精を吸い取っている。 「すごいでしょっ? これでたぁくさん写真撮りたいの! だからお友達いっぱい連れてきてほしいなぁ」 「うん、いいよー! みんなおいでよー!」 すっかりリーリスに気を許したアニモフたちは二つ返事で周囲に声をかける。楽しいこと好きのアニモフたちが集まらないわけはなく、リーリスの周りはあっという間にもっふもふのぎゅむっぎゅむ。 「すごぉい、いろんな種類のアニモフちゃんたちが居るんだね~? みんなで一緒に写りたいから、もっと真ん中に寄って寄ってっ」 「はーい!」 疑うことを知らないアニモフたちの精気は、甘美ではあるが単調で。もし、ここに帰属したのならば。 「(善意に塗れた単調な幸せの味か。これなら容易く恐怖一色に染まる……0世界の煩い連中はすぐに飛んでくるだろう)」 何だ、つまらない。 この甘いだけの精気も、予測しうる未来も、単調すぎてちっとも物足りない。 少女の呟きはどこへ向かうことなく、ここではないどこかへと消えた。 「ねえねえ、どこにいこっか? あっちにおいしいケーキがあるんだよ!」 「う~ん、他の方が美味しそう……」 「えっ?」 「あ、何でもなーい。気にしないでねっ」 ◆ 「しかし、ルティさんのクッキー美味しかったな~。うん、我が人生に悔いなし!」 ……とはいえ、ここは物々交換市である。先ほど述べた綾の乏しい物資をもう一度おさらいしてみよう。 壱番世界のバランス栄養食品(2本)、ペットボトル入りのお茶、この前何故か衝動買いしてしまった携帯箸(もちろん未使用)、以上。 「……やっぱり試食街道一直線しかないか」 ちょっと良心が痛むけど、と拳を握りめる。旅の恥はかき捨てとも言うし、ちょっとくらいはアニモフも大目に見てくれる……だろう。多分。出店から漂う美味しそうな匂いを思いっきり吸い込んで、いざ出陣! 「わっ、美味しそ~! これ何?」 「にじいろバナナだよ! あかいのがいちばんあまいんだよ、ひとくちどうぞっ」 「ありがと~! ……うわ、ホントに甘い! う~ん、ちょっと他のと迷ってるから考えさせて?」 「はぁいっ、またね!」 アニモフが善意で差し出してくれた試食用の虹色バナナの、一番美味しいところを一口。確かに、とろけるような甘さは壱番世界のバナナより断然うまい。これでチョコバナナやバナナケーキなんて作った日には……考えるだけで涎が出そうだ。 最初の試食で俄然調子付いた綾、気を大きくして次々と出店に突撃する。試食オンリーなのがバレないように突撃する店はきちんと間隔を空けるあたり、ちゃっかりしている。 「とうめいフルーツのアイスだよ! なんのあじかはおたのしみ!」 「あっ、イチゴ味! これ好きー!」 「うずまきうなぎのかばやきだよー!」 「うわ、うまっ! まじウマ!」 「パンダオレンジのパウンドケーキだよ!」 「何コレ! モノトーンでオシャレでしかも美味しい! ズルい!」 ……と、試食街道もとい無銭飲食を繰り返すこと早十数件。最初からちくりと痛んでいた良心がついに胃を痛めるまでになってきた。決して食べすぎというわけではない。むしろ胃袋の許容量的にはまだまだこれからなのである。 「う~ん、そろそろみんなの視線が痛い……あ、ちょっと待てよ」 ピコーン! と、頭に電球が浮かんだような表情でジャージのポケットをがさごそ。交換物資としてはあまりに頼りなくて存在を忘れていたバランス栄養食品を取り出し、綾はにんまり笑う。 「そうだそうだ、代わりにこれを分ければよかったんだ~」 食べやすいよう一口サイズのところで溝が入っているそれを手に、さっき用心のため突撃を避けた出店へ向かってUターン。どうやら試食一回ごとに一口分を割って渡すという方法を思いついたらしい。確かにこれなら胃を痛めることなく試食を楽しめそうだ。 「よおおおっし、食い尽くすぞ~!」 ◆ さて、皆それぞれの楽しみ方で市場を一通り歩き、目的の品物もいくらかは手に入れたようだ。てんでばらばらに歩く中でばったり再会し、何となく一緒に歩いてみたり、交換したものを見せ合ったりと楽しげだ。 「それは蜂蜜酒か? いい香りだな」 「あ、うん……甘いから、アニモフちゃん喜ぶかなって」 オペラがお土産を吟味しているところにやって来たディーナが、自作のミードをアニモフに見せて何か交渉している。 「……キミ、大人よね?」 「うん、おとなだよっ」 「なら、味見してみて? 気に入ってもらえたら、これと交換してほしいな」 胸を張って大人と自己申告する猫型のアニモフに、試飲用の小さなグラスを差し出してミードをほんのちょっぴり注いでみせる。ふんわり甘い蜂蜜と、隠し味に加えられたハーブの香りが渾然一体となって、匂いを嗅ぐだけでうっとりするような心地になる。 「わあ、おいしいねえ! いいよ、じゃあこのいちばんきれいなハンカチとこうかんだね!」 「うん、ありがとう。お茶にちょっと入れたり、蜂蜜ケーキとか……美味しいから」 アニモフも気に入ったようで、ディーナの欲しがった刺繍入りのハンカチと、同じ模様で刺繍したリボンをおまけにつけて交渉は成立だ。ディーナがほくほく顔でラッピングを待つ横で、オペラはある商品の前で何やら物思いにふけっている。 「キミはそれ、交換するの?」 「ああ……そうだな、これが一番似ている」 「?」 「はいっ、おまたせ!」 どこか噛み合わない二人の会話をよそに、ディーナのハンカチとリボンは可愛い紙袋に入れて手渡された。それを見届けたオペラが、手の空いたアニモフに向かって声をかける。 「すまないが、これを譲ってくれないか」 「いいよ! なにとこうかんしよっか?」 「そうだな……」 オペラが司書からもらったクッキーは既に、世話になっている教会の子供たちへのお土産と交換してしまっている。さっき飴細工をもらったときのようにハンドベルで硝子細工を作ってもいいが、これを交換するのなら……。 「じゃあ、こんなものはどうだろう」 言葉を終えたオペラが次に紡いだのは、歌声。パイプオルガンのような、音を幾重にも重ね生まれる即興の旋律は、このアニモフがきっと一針ずつ心をこめたのだろう、色とりどりの刺繍のようなあたたかみがある。突然の歌声に目を丸くしたアニモフもすぐに聞き惚れ、リズムに乗って体をゆらゆらと横に揺らしていた。 「……気に入ってもらえただろうか」 「すごいすごい! これ、わたしのうた?」 「ああ、歌い方も教えてあげよう」 オペラの歌をたいそう気に入った様子のアニモフは何度も大きく頷き、オペラが手に持った赤い猫のぬいぐるみを受け取って、その首に藤色のリボンを結んだ。ぬいぐるみはキリッとした表情のような、ふてくされているような、への字に結ばれた口元がユニークで、大きく腕を広げたポーズをとっている。 「可愛いぬいぐるみ、だね。……誰に、似てるの?」 「故郷にいる、私の……あるじだ。いつもあんな、ふてくされたような顔をしている」 「それって、機嫌が悪いの?」 ぬいぐるみを通して見た、懐かしい人の記憶。いつかあの場所に帰ったとき、このぬいぐるみを見たら、彼は何と言うだろう。自然とやわらかくなるオペラの表情に、オペラの言う『あるじ』が悪い人物ではないことは理解出来たディーナだったが、ぬいぐるみの顔はどうにもむすっとしているように見える。 「いや……優しい。いつも誰かの為に何かしていて、誰かの為にこんな顔をして、何でも受け入れるんだ、こうやって……手を広げて」 「素敵な人、なんだね」 手渡された赤い猫のぬいぐるみは、もの言いたげに藤色のリボンを風に揺らした。 ◆ 「これ、ぼくが作ったんだよ。すごいでしょ!」 「わああ、おもしろーい!」 カルムが作ったゼンマイ式のミニカーを引いて、手を離して走らせて、という単純な遊びにはしゃいでいるのは、さっき綾が虹色バナナを試食していた果物の屋台にいるアニモフだ。色違いでいくつか作ってきたものを気に入って、どの色にしようか迷っているようだ。 「きいろはかわいいけど、あおもかっこいいなあ……どっちもほしいな、いっぱいおまけするよ!」 「もちろんいいよ! じゃあ透明フルーツと、パンダオレンジが欲しいなあ」 カルムが黄色と青のミニカーを包み、食べてみるまで何味か分からないガラス玉のような果物、透明フルーツが袋に入っていくのを待っていると、ヘルブリンディにせっつかれて屋台巡りをするロキが同じ屋台にあらわれる。 「あれ、交渉中?」 「ううん、ぼくのはもう交換してもらうんだ。ロキさんは何を探してるの?」 「こいつが好きそうな、甘いものかな」 こっそり食べたがっていたシュトレンはさっき紫石のブローチになってしまって、ちょっとむくれた様子のヘルブリンディ。ご機嫌を取りつつ自分も目の無い甘いものを探しにきたというわけだ。 「味見したけど、ここの果物、とっても美味しいよ! ぼくはパンダオレンジと透明フルーツにしたけど、他のも美味しそうだなあ」 「へえ……だってさ、ヘルブリンディ」 「私のオススメは断然! 虹色バナナッッ!」 「!?」 カルムとロキの間に突然割って入ったのは綾だ。最初に食べた虹色バナナ……一房に七色のバナナが生えていて、赤いものが一番甘いというそれの味を忘れられず、試食交換用に一口ずつ割って配っていたバランス栄養食品の最後の一欠片を手にこうして戻ってきたらしい。 「そ、そんなに美味しいんだ? でももう売り切れみたいだよ、ほら」 「えええええええ~!?」 突然の乱入に驚きつつもカルムが指差した先の果物籠は空っぽで、他の場所をどんなに見ても虹色バナナらしきものは……無い。ショックでうなだれる綾の横で、ロキとヘルブリンディも残念そうだ。 「次にあったら食べないとな。じゃあ俺はこの透明フルーツのジャムを交換してもらおう」 「わあ、クッキーだいすき!」 どんな味のものがどんな比率で混ざっているかわからないが、まずくなることは絶対にないと評判の透明フルーツジャムの大瓶を手に、ロキがアニモフアイシングクッキーを取り出す。アニモフも喜び、クッキーの小袋3つとジャムの瓶を交換した。ガラス瓶の中で光をきらきら反射する透明フルーツのジャムは、いったいどんな味がするのだろうか。見た目にも綺麗だし、話の種にもってこいの一品である。 「うう、虹色バナナ……」 「あっ、さっきのおねーさんだ。にじいろバナナチップならあるけど、どう?」 「えっ何それ超美味しそう」 背景におどろおどろしいものが見えそうなレベルで落ち込んでいた綾が、バナナチップの一言で完全復活。持っててよかったバランス栄養食品、とCMのような笑顔で最後の一欠片とバナナチップ1枚を交換し、一口でぱり、ぽり。 「……ヤバい。コレまじウマい……!」 「おいしい? これね、いちばんあまくないあおいろのバナナだけつかってるんだよ。バナナチップはあおいのがいちばんおいしいんだよー」 外側がぱりんと心地よく、中はほんのり水分が残ったセミドライタイプのバナナチップ。さっき生で味わった虹色バナナのとろけるような甘さと芳醇な香りをそのまま残しつつ、干すことで出来る『噛めば噛むほど甘みが出る』幸せな感覚もあっていつまでも食べていられる逸品に仕上がっている。それにこれ以上厚ければ甘すぎる、これ以上薄ければ歯ごたえが物足りないという絶妙なチップの厚み。綾の頬がどんどんと緩み、目はとろんと夢心地だ。 「…………はっ。そうだ、これだ。これ絶対ルティさんや皆に持って帰りたい!」 ……とはいえ、バランス栄養食品は既に尽き、ちびちび喉を潤してきたペットボトルのお茶ももう無い。残るは携帯用箸なのだが。 「うーん、それはあんまりおもしろくないから、いいや。ほかのものがいいな」 「じゃ、じゃあ店番でも何でもするよ~……! あっ、それとも終わってから帰るまで遊ぶとかでもいいから!」 「あはは、それならいいよ~。おみせはもうおしまいだから、おかたづけてつだってほしいな」 携帯箸がウケなかったショックも束の間、めげずに出した代案が通ったらしい。確かにこの屋台は他の屋台に比べて売れ行きが良く、ほとんどの籠は空っぽになっていた。それなら全力で手伝うよと張り切る綾、空の籠を重ねて敷き布をたたんで……とすごい速さで店じまいをしてゆく。一緒に試食街道を楽しんだセクタンのエンエンも手伝ったおかげで、10分もしないうちに屋台はきれいに畳まれていた。 「うわあ、ありがとう! すっごくたすかっちゃった、じゃあこれ、おれいだよ!」 「やった~ありがと~!!! えっ、こんなにいいの?」 売れ残った袋詰めの虹色バナナチップ3袋と、パンダオレンジのマーマレード一瓶をおまけに手渡され、食い意地だけで行動したのが今更ちょっと恥ずかしい綾であった。けれどお土産もゲット出来たし、次があればもっと皆のように用意をきっちりすればそれいいだろう。 「……けどこれ、どう見てもイカスミ……」 虹色バナナチップにほくほくではあるが、瓶詰めされた真っ黒なパンダオレンジの皮を煮詰めたマーマレードはちょっと、食べるのに勇気が要りそうだ。真っ白な果肉を使ったパウンドケーキは美味しかっただけに、何となく複雑である。 ◆ 「おや、皆ここに居たのか。そろそろロストレイルが出るぞ」 「あっ、もうそんな時間だっけ! 急がなきゃいけないね!」 交換を終えたオペラがディーナと果物屋台だった場所を通りがかり、ロキ、カルム、綾に終わりの時間を告げる。ある意味お腹一杯アニモフたちの精を吸ったリーリスも合流し、6人そろっての帰り道。 「みんな何を交換したの?」 「私は、これ。カフスと、ポットウォーマーと、ハンカチとリボン。あとサンドイッチ……は、食べちゃった」 「私はお土産ばかりだな、世話になってる教会の子らに飴玉と、ルティには焼き菓子と……他にも、色々と」 「俺もプレゼント。腕輪はおまけで貰ったから自分のにしようかな」 「あっ、私アニモフちゃんたちと遊んでて全然交換してないよ~!」 「えへへ~、食べた遊んだ頑張った~!」 綾が最後にゲットした虹色バナナチップスを一袋開けて皆でつまみ、交換した物のお披露目会。次はそれを探したい、あの店のあれが美味しかったなど、どんな出店があったか報告しあうだけで帰りの車中は話題が尽きなかった。品物の他に添えられるそんなおまけの話が、一番のお土産なのだろう。
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