「ねぇ、二人でインヤンガイに行かない?」 黒髪に黒いゴシックパンクな服装をまとった少女、ヘルウェンディ・ブルックリンが話を切り出した。「なぁヘル、それって俺をデートに誘ってんのか?」 ヘルウェンディと小さなテーブルを挟んで対面に座り、コーヒーを飲んでいた金髪長身の男、カーサー・アストゥリカは髪をかき上げるとニッと白い歯を見せて笑った。「そうね、そんな感じね」 ヘルウェンディはいつものようにクールに返した。が、カーサーの顔を正面から見ることができていない様子は年頃の少女らしいしぐさだ。「そういうことはなぁ」 カチャン、とカーサーが手にしていたカップをソーサーに置いた。「俺に言わせてくれねぇかな?」 その言葉にヘルウェンディの胸がトクンと鳴った。カーサーのほうへと顔を向けると、彼はいつものように自信たっぷりの笑顔でヘルウェンディを見つめていた。「俺とデートしようぜ! うまいもんたらふく食って、楽しいショーでも見て、それでお前が笑ってくれれば俺は最高に幸せだ。なんせお前は俺のかわいい教え子だからな」 机に置かれたヘルウェンディの小さな手に、カーサーの大きな手が重ねられた。「かわいい教え子、か」 ヘルウェンディはポツリとつぶやいたが、その声はあまりにも小さくてカーサーの耳には届かなかった。「インヤンガイでデートね、いいね~、青春ね~!」「デートってほどじゃないけど」 世界司書に冷やかされてヘルウェンディはどこかふてくされたような照れ隠しのような返事をした。「はい、これいわゆる非公式の『インヤンガイ・ウォーカー』ってやつね。デートスポットとかグルメスポットとかショーとかいろいろ載ってるよ。高級店でリッチに楽しむのもいいし、安い屋台でフレンドリーに楽しむのもいいよね。点心とかお茶が多いけど、ほかにも探せばおいしいものがたくさん見つかると思うよ。ホールに行けば雑技やサーカスが見れるし、路上パフォーマンスを見るのも面白いね。夜には打ち上げ花火なんかもあるみたいだよ。ま、彼としっかり楽しんできなよ」 世界司書から渡された観光案内誌をぱらぱらとめくるヘルウェンディは、15歳という年相応の少女らしい笑顔を浮かべていた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)カーサー・アストゥリカ(cufw8780)=========
「来いよヘル。俺のここ、あいてるぜ?」 左脇を大きく開けて胸を突き出している長身の青年。日に焼けた肌と時折風になびく金髪が軟派なイメージを与えるが、人懐こそうな笑顔が憎めない、彼の名はカーサー・アストゥリカ。 「なにそれ、テレビで変わった芸人でも見たの?」 口を尖らせながらもカーサーの左腕にそっと右手を置く少女はヘルウェンディ・ブルックリン。ここインヤンガイの雰囲気に合わせてか、はたまたパートナーに合わせてのおめかしか、仕立て屋リリイのオーダーメイドである真っ赤なチャイナドレスに身を包んでいる。 「インヤンガイといえばうまい飯。ヘル、何か食いたいものあるか? 遠慮するなよ」 「遠慮するなよって言われてもね……」 せっかくのデートなんだから高級店でリッチに外食とかしてみたい気持ちもあるけどカーサーは貧乏だし、私にも浪費癖のある同居人がいるせいで節約しなきゃいけないし……などと言いたいことは小さな胸にしまい、少し悩んでからヘルウェンディは顔を上げた。 「屋台で点心の食べ歩き、その、食べあいっこ、とか? それからデザートにトロピカルフルーツが食べたいわ」 前半は少しぎこちなく、後半はまきたてるように。誘いの言葉を口にする年頃の乙女の気持ちを知ってか知らずか、カーサーは自分より頭ひとつも小さなヘルウェンディを不思議そうな表情で見ていたが、彼女の要望には即OKした。 「じゃあ行こうぜ、お嬢さん」 カーサーは改めてヘルウェンディの手をとると、屋台の並ぶ路地へとエスコートした。 肉汁たっぷりの肉まんじゅうとジューシーで大きなチキンを両手に、これも情報収集だと言うカーサー。 「デートコースの情報収集だとか言うんじゃないでしょうね?」 「それもあるかもなぁ。何を食べれば女性は喜ぶのか? 美容と健康にいい食材は何か?」 一人納得しているカーサーを横目に、はあっと大きなため息をつくヘルウェンディ。 「それはそうとこのチキン、めちゃくちゃうまいぜ! ヘルもほら、あーんしてみろ!」 ヘルウェンディは恥ずかしそうに口をあけると、カーサーが手に持った大きなチキンにかぶりついた。 「おいしい!」 口の中にじゅわっと広がる肉の味。 「こっちもお食べ、お嬢さん」 カーサーがフーフーと息を吹きかけた熱々の肉まんじゅう。これにもヘルウェンディは思い切って噛み付いた。 「これもおいしい! 高級レストランよりもこういう屋台のほうが楽しめるかもしれないわね」 ヘルウェンディは嬉しそうに、ほかの屋台も覗き込んだ。どの店もリーズナブルな上に食材が目の前で調理され、心地よく鼻とおなかを刺激するにおいが漂ってくるのだからたまらない。 「お肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べなきゃ」 ライスペーパーに海老と野菜を巻いた生春巻きをヘルウェンディが差し出すと、カーサーは自分の両手を見て肩をすくめた。 「ラッキーなことに両手が食い物でふさがってる。というわけで食わせてくれ。あーんして、とか言ってくれてもいいぜ」 ヘルウェンディにあわせて身をかがめるカーサー。立ったままそんな風に近くで顔を見ることが珍しくて、今はデート中で、それがなんだかとても恥ずかしくて嬉しくてどうしたらいいのかわからないヘルウェンディは、野菜たっぷりの生春巻きをカーサーの口にぎゅっと押し込んだ。 「もごごっ!」 生春巻きを喉に詰まらせて悶絶するカーサーに背を向け、ヘルウェンディは自分が一人空回りをしているのではないかと思い悩んでいた。自分は恋愛対象にすらなっていないのかもしれない。友達や一人の生徒として大切にしてくれているのはわかるけれど、彼にとってもっと特別な存在でいたい。それに今日は服だって特別なものを着てきたのに、何も言ってくれない。女ならまず服や髪型に気がついてほしいって、カーサーなら絶対にわかるはずなのに。 「君、かわいいね」 聞きなれない声とともに突然肩をつかまれて、ヘルウェンディは我に返った。振り返ると派手な格好をした見知らぬ若い男が立っていた。 「何よ、ほっといて」 ヘルウェンディは強い口調で言い返した。せっかくのデートなのに、カーサーは服にも気づいてくれずナンパ男が引っかかるなんて最低。 「そんなこと言わないでさぁ……っ!?」 へらへらしていた男がふと顔をゆがめた。見ると、男の腕をカーサーがひねり上げている。 「俺の可愛い教え子に汚い手でさわんじゃねぇよ、なぁ?」 カーサーは普段見せないような険しい顔をして男を見据えている。いつもおちゃらけている彼が、こんなに殺気立つことがあるのだろうかと思うほどに。その迫力に、男はあわてて腕を振りほどくと何度も転びそうになりながら逃げていってしまった。 「カーサー……」 素直にありがとうと言えなくて、ヘルウェンディは黙り込んでしまった。 「まったく」 カーサーはヘルウェンディの頭をちょいとなでると、白く小さな右手を自分の大きな左手で優しく握った。 「ただでさえお前は可愛いってのに、そんな大胆なスリットの入った色っぽいドレス着てるから変な虫が寄ってくるんだぜ。次からそのドレスは俺専用。俺以外の男にゃもったいねぇ」 いつものような、軟派な言葉。いつもと違う、真剣な口調。そんなカーサーを見つめているとドキドキして、ヘルウェンディは何を言えばいいのかわからなくなってしまう。ありがとう、それってやきもち? そんないつもどおりの言葉が恥ずかしい。 「どうした、黙り込んで。さてはまだデザート食ってないから怒ってるとか? オーケー、デザートのフルーツを食いながら雑技でも観るか!」 歩き出すカーサーの手を、ヘルウェンディはぎゅっと握り返した。 スターフルーツやパイナップルなどのトロピカルな果物を食べながら、カーサーとヘルウェンディは路上で行われている雑技を見物した。 「マンゴスチンってすごくプリプリしてておいしい! カーサーも、ほら、えと、あーん、して?」 恥ずかしそうにマンゴスチンを持った手を差し出すヘルウェンディ。 「んー本当だ! なんてプリプリした舌触り……さすが果物の女王だぜ!」 「それは私の指だってば……」 雑技に目を奪われているカーサーは、勢いあまってヘルウェンディの指まで口の中に入れてしまう始末だ。 「そうか、そのプリプリした舌触りはやっぱりお姫様の指か!」 「な、何言ってるんだか!」 色づいた南国の果実のように頬を染めるヘルウェンディをよそに、美しい女性パフォーマーのアクロバティックな演技を見るカーサーの目はいつもどおり輝いている。まさに平常運転。 「宙に髪を漂わせ輝き舞う……まさに女神!」 そんなカーサーを横目に、むっつりむくれるヘルウェンディ。 「おいおい何て顔してるんだ、ありゃ客みんなの女神だ、俺の女神には笑っててもらわなきゃ困っちゃうぜ?」 「私が、カーサーの女神?」 「そう、俺の女神さ。ほら、またすごい技が出るぞ」 二人が路上の簡素な舞台に視線を戻すと、派手な衣装を着た小柄な中年男性が火のついたたいまつを持って立っていた。口に液体を含み、それを勢いよくたいまつに吹きかけるとさながら人間火炎放射器のように炎が噴出した。 突然目前まで迫った炎に驚いたヘルウェンディは、思わずカーサーに抱きついてしまった。 「どうした? ヘルが俺の胸に飛び込んでくるなんてどういうわけだ?」 「ち、違うの! これはハプニングよ!」 「こいつは嬉しいハプニングだ!」 顔の前でばたばたと手を振って否定するヘルウェンディをからかいながら、カーサーはハプニングに一役買ってしまった火吹き男にチップを投げた。 屋台の並ぶ路地を抜けたところにある川べりで、デートを締めくくる打ち上げ花火を待つ二人。日が落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。 カーサーは今日一日ヘルウェンディが浮かない顔をしているのになんとなく気づいていたが、理由まではわかっていなかった。鈍感は男の性だがカーサーの場合はそれが人一倍なのかもしれない。 「なんだどうした、もしかして恋の悩みか?」 気を利かせて尋ねたつもりが、かえってヘルウェンディを不機嫌にさせてしまったようだ。 「私が恋の悩みをカーサーに相談すると思う?」 「うーん、しないのか?」 ヘルウェンディは川を見つめたまま黙り込んでしまった。気まずい空気を払拭すべく、カーサーはいつものように笑って見せた。 「HAHAHA! まあ今は話せなくても良いさ、けど辛くなったら言うんだぜ? 俺はいつでも居るし、いつでもヘルの話を聞く耳を持ってるからなぁ。……しかも二つもだ! 安心だろ?」 そうこうしているうちに打ち上げ花火が始まった。空に咲く花火が、腕を組んだ二人を明るく照らす。 「それなら、その二つの耳でしっかり聞いて、教えて。私のことどう思ってるの? ホントにただの教え子としか思ってないの?」 いつになく真剣なヘルウェンディ。彼女をそこまで真剣にさせているのは、カーサーなのだ。それなのにカーサーは気づいていないし、ヘルウェンディもはっきり伝えられていなかった。 ぱっと辺りが昼間のように明るくなり、少し遅れてドンと轟音が鳴った。それにつれて周りの客もわいわいと盛り上がる。 「ただの教え子じゃない、可愛い教え子だ」 「そういうことじゃなくて……そりゃ確かに四つも年下だけど、私そんなコドモじゃないわ」 カーサーが言葉に詰まっていると、小玉の花火がドンドンと打ちあがった。 「俺が、ヘルを女として見てるかどうかってことだよ……な?」 恐る恐るカーサーが言うと、ヘルウェンディはこくんとうなずいた。よくもまあ女の子にここまで言わせちまったもんだぜと、カーサーは自分の鈍さに呆れかえってしまった。 「そりゃ、ヘルは年下だけど可愛いし……これはいつも言ってるか。そういや花火見てるか? これはどこの世界でも見ごたえあるよなぁ……」 カーサーはヘルウェンディの小さな背中を後ろから抱いた。 「ほらこれ、出店で見つけて買ったんだ」 背中から伸びるカーサーの手が、ヘルウェンディの手に小さな紙の包みを握らせた。包みを開くと、中にはビーズで編んだストラップが入っていた。手のひらで咲く小さな花火のようなビーズ細工だ。 「なぁ、もし良かったら次からウェンディって呼んでいいか?」 ヘルウェンディの耳朶をくすぐるカーサーの声。いつものカーサーからすると、だいぶ控えめなお願いといっても差し支えないほどだった。 「それ、私も言おうと思ってた。二人きりのときはウェンディって呼んでって」 ひゅるひゅるひゅる……ドン! ぱらぱらぱら…… 「今日、すごく楽しかった。だからね、お願い。一日の締めくくりにキス……してほしいの。唇じゃなくていいの、ほっぺでいいの」 カーサーの腕の中で、ぎゅっと目を閉じるヘルウェンディ。自分を異性としてみているということを、態度で示してほしいのだ。いつも強気なヘルウェンディが今日はやたらといじらしくて、さすがのカーサーもヘルウェンディが言わんとすることはわかったようだった。 「じゃ、これがデートの思い出だ」 頬にふわりとひとつ。ヘルウェンディが目を開けたところで、唇にもひとつ。 「も、もう、恥ずかしいな!」 ストラップをぎゅっと握り締めたヘルウェンディの頬は真っ赤に染まっている。 「そういうところも、全部可愛いぜ。ウェンディ」 打ち上げ花火が終わるまで、カーサーはヘルウェンディを抱いていた。
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