ターミナルの一画に、ファルファレロ・ロッソの住処はある。 かなり昔は、銃声、酒の匂い、嬌声が頻繁に聞こえるような場所であった。 少し前からは、銃声、酒の匂い、嬌声があまり聞こえなくなり、代わりに少女の声がするようになった。 それは、その少女はいつも同じであり、絶えず喧嘩をしているようであった。 ロッソが怒鳴り散して出ていくこともあれば、少女が怒りながら出ていくこもある。 しかし、時間が経てば、どちらもまたそこへ戻ってくる。 そして、また喧嘩の繰り返しであった。 最近では、その少女とは別のもう一人の声が聞こえるようになっている。 どうやら若い男ようである。「娘さんを俺にくれ!」 そう叫んで勢い良く頭を下げたのは、カーサー・アストゥリカ。 金髪のオールバックにサングラス、日焼けした肌に羽織ったジャケットが一見すると軟派なサーファーに思われるかもしれない。 しかし、その声は真剣であり、本気の程が窺えた。「やなこった!」 ロッソはソファにだらしく凭れかかったまま叫び返した。 癖のない黒髪は些か乱れ、鋭利で切れ長の双眸は少し緩んでいる。自室にいるせいだろうか、いつもより寛げた襟元には黒ネクタイがどうにかぶら下がっている。 ここのところ、何度も繰り返されている光景であった。「娘でも何でもねぇんだ、好きに持っていきやがれ」「だから、俺はちゃんと認めてもらいたいんだ! お義父さんにも!」「誰が誰のお義父さんだ!」 ロッソは手に持った酒瓶をそのまま煽る。「はぁ、一体どうすりゃ認めてくれるんですか」 意固地な酔っ払いを前にして、覚えなくカーサーはぼやいていた。「だから、何度も言ってるだ」 カーサーを睨みつけながら、ロッソは馬鹿にするように話していた言葉を止めた。「そうだ、一つ勝負をしねぇか?」「お義父さんが好きなギャンブルで?」 カーサーの義父さん呼びを聞き流しながら、ロッソは酒を呷った。「俺が勝ったら、おまえは俺の言う事を何でもひとつきく」 乱暴に口元を拭いロッソは酒瓶をカーサーに向ける。「おまえが勝ったら、俺はおまえの言うことを何でもひとつきく」 カーサーに突き付けられた酒瓶が水音をたてる。「どうだ、ノるか?」「ウェンディに顔向けできなくなるようなヤツじゃないなら受けて立つぜ」 ロッソの目に宿る気迫に負けじと、カーサーは真っ向からその視線を受け止めた。「勝ち負けの判定はどうする?」 無限のコロッセオの管理人であるリュカオスは目の前の2人に尋ねた。「何言ってんだ、てめぇ?」 ロッソの態度にも慣れたものなのか、リュカオスは気にせず話を進めた。「倒した数が競うのか、ルールを決めて勝負するのか、勝敗を決める方法は色々あるだろう」「そんなの殺りあって生き残った方が勝ちに決まってるだろ」「コロッセオは訓練の場所であり、殺し合いの場所ではない。だから、ルールを確認しているんだ」 呆れるでもなく淡々と告げるリュカオスは、意見を求めるかのようにカーサーへと顔を向けた。「変な制限がないなら俺は勝負方法には拘らないぜ。それと別件なんだが、コミニケーション用の訓練とかはあんのかい?」「今のところ、そのような訓練の要望がないので対応していない」「なるほどね。ぜひ検討しといて欲しいくらいだぜ」 リュカオスの応えに、カーサーは軽く肩を竦めた。「今回の訓練は、制限を設けずどちらかが倒れるまで。ただし、命は奪わない。これで構わないな?」 ロッソとカーサーがコロッセオに降り立つと、その風景が造り変えられていく。 コロッセオの半分に更地が広がり、残りの半分には円柱が突き立つ。その大きさは成人男性1人が身を隠せるくらいであった。「何のつもりだ?」「飛び道具相手ならば、身を隠す場所も必要だろうと判断した結果だ。利用するかどうかはお前たち次第だ」 ロッソの質問にリュカオスが答え終わると、カーサーの周囲に様々な武器が出現した。「武器が飛び道具と素手では差があるだろう。使う使わないは任せよう」 コロッセオにリュカオスの声が響いた。「いいぜぇ、好きなの選びな。ハンデがあって負けたなんざ言い訳できねぇようにな」 ロッソは鼻で笑ってカーサーを挑発した。「やれやれ、不器用なとこはそっくりだぜ」 カーサーの手には、ギアのピルケースが握られていた。!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)カーサー・アストゥリカ(cufw8780)
「気遣いはありがたいが、殺し合うワケじゃないから武器は要らないな」 その言葉に応えるように、カーサーの周囲にあった武器は一瞬で消え去った。 カーサーはサングラスを外すと、足元に佇むセクタン、コルの頭に置いた。 「いい子にしとくんだぜ、怖かったらリュカオスんとこ行っていいからな?」 サングラスを手に取ると器用に装着したコルは、コロッセオの端へと小走りで向かって行った。 それを見送ると、カーサーはギアのピルケースから能力強化の錠剤を一つ振り出した。 「後で泣いても知らねぇぞ」 錠剤を飲み込むカーサーを、ロッソは片眉を上げてからかった。 「嬉し涙で泣かせてもらえるなら、いつでもwelcome!」 ぐっと立てた親指で、カーサーは自分の胸を元気良く差した。 「そうかい、なら好きなだけ泣き喚きな!」 ロッソの構えた二丁拳銃が容赦なく火を噴く。 「うおっ!?」 強化した動体視力により緩やかに迫って見える銃弾を、カーサーは体を捻って避ける。 「勘違いしてるようだから最初に言っとくぜ! 元々断りなんかいらねえ!」 絶え間ないロッソの銃撃を、カーサーは距離を取って上手くかわし続ける。 「欲しけりゃ勝手に持っていけ、押し倒して掻っ攫いな!」 ギアと違い弾切れを起こすメフィストの弾倉を、ロッソは手早く取り換える。 その僅かな時間にカーサーは踏み込もうとするが、ファウストの連射に足を止められてしまう。 「そのままあっちに逃げなくていいのか?」 ロッソはメフィストの銃身でコロッセオに立ち並ぶ円柱を指し示した。 「お義父さんと真正面から向き合うチャンスなのにか?」 見くびるように口を開くロッソに、カーサーは不敵な笑顔を向けた。 「減らず口だけは達者だな!」 ロッソの怒涛の攻撃が再び始まり、カーサーも機敏な動きで避ける。右へ左へと軽やかなフットワークで銃弾をかわし続ける。 しかし、近付こうとすれば、体を掠る何発かに当りそうになり、慌てて距離をあける。 それを見たロッソが間合いを詰めるように進み出れば、カーサーは距離を保つために避けながら離れ始める。 その時、銃弾を掻い潜ったカーサーの左肩に、避け損なった弾が当った。 鈍器で殴打されたような衝撃に足が止まりそうになるも、カーサーはどうにか足を動かしてさらに距離を広げる。 「どうした! いつまで同じステップ踏んでんだ!」 だが、直にまた銃弾はカーサーの体に当った。 内心驚きながら、カーサーはすぐさま状況の分析を始める。そして、その明晰な頭脳は一つの結論を導き出した。 ロッソは自分の動きを誘導している。 弾切れをしないギアを乱射して、わざと自分に避けさせる。その中で、どうしても反応が遅れる瞬間をメフィストで狙い撃つ。 (出鱈目に撃ちまくってるワケじゃないのか!) しかし、攻撃の仕組みに気付いても、避ける時の無意識の癖など意識して即座に直るようなものではない。 避け切れずに太股を撃たれて、カーサーの動きが止まってしまった瞬間。 「てめえにお義父さんなんざ呼ばれんのは虫唾が走んだよ!」 優美な銃身に魔法陣が浮かぶと、膨れ上がった紅蓮の炎が銃口に収束して巨大な弾丸になる。 「For real?!」 撃ち出された火炎弾を目の当たりにしたカーサーは思い切り飛び退いた。 (多分攻撃してきた場合、容赦のよの字もねぇと思ったけどな、人体の急所も普通に狙ってくるんじゃないかと予想してたけど!) 爆発の熱風に煽られながら、細まったカーサーの視界に2発目、3発目が放たれたのが見える。 (もっと容赦ないとはな!) 吸い込む空気が喉を焼き、続け様に噴き上がる熱風がカーサーの肌を焼く。 (何処を狙うとかじゃなくて、全部吹っ飛ばすのかよ?! 0か100かで間がないってか。極端なとこは本当に親子だな!) 避けるだけのカーサーに苛立ったロッソが怒鳴る。 「ネズミじゃねぇんだ! ちったぁ歯向かってみやがれ!」 ロッソが地面に向けて引鉄を引くと、紫の閃光が地を走りカーサーへ襲い掛かる。 カーサーが高く跳び上がって避けた時、カーサーの真下でその光が弾けた。すると、そこを中心として五芒星の描かれた魔法陣が一気に広がる。 その上に降り立ったカーサーは、直に陣の外へ出ようとした。 「Ouch!?」 しかし、陣の端にあった見えない壁にぶつかり阻まれる。 「ほらほら、逃げてみやがれ! そこから逃げて、ヘルに情けなく泣き付いてみな!」 ロッソの持つギアが輝きを増し、さらに巨大な火炎弾を放つ。 「泣き付くよりもベッドで泣き付かれたいな!」 ギアの効果を解除して、カーサーは別の薬を素早く飲む。 陣を素通りした火炎弾が結界内で炸裂する。赤々とした炎が逃げ場のない陣の内を埋め尽くした。 次の瞬間、紅炎を押し退けるように青白い光が広がり、魔法陣ごと全てを吹き飛ばしていた。 その光が収まりつつある中、威勢の良い声が響く。 「あいにく痛みは古い友人でな、こんくらいなら遠慮なくCome On!」 焦げ付いたジャケットを脱ぎ捨てて、カーサーが勇ましく笑ってみせる。 「上等だ、ぶっ殺してやらぁ!!」 ロッソが殺気を漲らせる。 噴き付ける本物の殺意に、カーサーの体に鳥肌が立つ。 (怯むな、俺!) カーサーは下っ腹に力を込めて踏み止まった。 もちろん、この勝負を受けた理由は勝った時の報酬のこともある。 しかし、それ以上に相手を知るチャンスであり、相手に俺を知ってもらうチャンスでもある。 分かり合えるチャンス、そう考えたからこそ勝負を受けたのだ。 (強情な相手は、おかげ様で慣れてんだよ!) カーサーはギアから7個の薬を振り出した。 能力強化、回復力強化、肉体制御強化、魔力付与、感覚強化、痛覚抑制、副作用抑制。普段は一度に一錠、それでも副作用が辛いこともある。 (この後ならどんだけ倒れてもいい。とにかく今、出せるもんを全部出す!) 手の平並べた薬剤を、カーサーは一気に口に放り込んだ。 カーサーの意識が急激に加速し、肉体の端々にまで力が漲る。 「Here we go!」 その姿が霞むほどの速さでカーサーが駆ける。 「派手にブチ撒けな!」 ロッソの放つ銃弾の雨を掻い潜り、前へ前へと走り抜く。 自分の連射で追い付けないことにロッソが微かな焦りを覚えた時、その集中力に僅かに綻びが生じた。 その一秒に満たない時間で、カーサーはロッソの懐に踏み込んでいた。 そして、わざと動きを止めたカーサーは、悪戯を成功させた子供のような笑顔をロッソへ向けた。 次の瞬間、ロッソの右頬をカーサーが殴り飛ばしていた。 咄嗟に、ロッソは地面にギアを撃ち、魔法陣を広げてカーサーを押し退けた。 「てめえ、どういうつもりだ。何で手加減しやがった」 ロッソは血の滲んだ唾を吐き出した。 強化した腕力ならば、今の一発で勝負は着いていたはずだ。 「手加減なんかしてないさ。俺はファルファレロさんと分り合いたいんだ」 カーサーは殴った右手をひらひらと振ってみせる。 「せっかく真正面から向き合うチャンスをくれたんだ。それなら、俺も自分の想いはそのまま伝えたいって思うんだよ」 そして、晴れやかに笑った。 「だから、俺の想いを伝える拳には何もしない。在りのままの俺を感じて欲しいってワケだ」 ロッソが忌々しそうに舌打ちする。 「男に言われても心底嬉しくねえ台詞だな!」 怒声とともに放たれた氷の魔弾を、淡い光を纏ったカーサーの拳が撃ち砕く。 それを皮切りにロッソの銃撃が再開する。 降り注ぐ弾丸をものともせずに、カーサーはロッソの懐へ飛び込む。 カーサーの拳がロッソの腹に決まった瞬間、それを狙った俊敏さでロッソが0距離からギアを撃つ。 が、カーサーはその攻撃さえ避けてみせた。 そして、再び殴られた時、ロッソは銃を手放してカーサーに殴り掛った。 「はっ! 良い度胸だ!」 当たるはずのない攻撃がカーサーに届いていた。 「それくらいしかないんでね!」 痛みを堪えて笑うカーサーが殴り返す。それを避けもせずにロッソも拳を繰り出す。 防御を考えない互いの意地と意地のぶつかり合いである。 ロッソは場数と慣れで適確に容赦なく急所を抉る。それを高めた回復力で耐えながらカーサーは拳を振い続ける。 このまま続けば、身体を強化していないロッソに押し勝つとカーサーが思った時、ロッソの拳がカーサーの顎を打ち上げた。 脳を揺さぶられたカーサーの目の前が、一瞬で真っ白になる。体の力が抜け、無意識に膝を地面についてしまう。 その隙を逃さず、カーサーの顔面をロッソは体重を乗せて蹴り飛ばした。 無防備なままで喰らったカーサーの鼻が折れ、その体は地面に叩き付けられる。 「どうした、もう終わりか」 息を荒げたロッソが、足元のギアを拾う。 「ヘルが欲しいってな。ありゃ嘘か、欲しけりゃ俺を倒して奪ってみろ!」 ロッソの放った紫電の魔弾が、倒れたままのカーサーに直撃する。 体を苛む電撃がカーサーを焼き焦がし、激しい痙攣を引き起す。 「もうおねんねか?」 カーサーは力を振り絞って起き上る。喉を込み上げてきたものを吐き出すと、真っ赤な血だった。 今の一撃で内臓が傷付いたのかもしれない。ギアのおかげで、体はどんどん再生されているが追い付いていない。 小さい頃は体が弱かった。今でも季節の変わり目には気をつけないと風邪を引く。 しかし、血を吐いても立ち上がる強靭さは身に付いた。 カーサーは、さらにギアから全効果を底上げする錠剤を取り出して飲んだ。 「まだまだぁぁ!!」 歯を食い縛りカーサーが駆ける。 「いいさ、認めてやらあ! 俺は子離れできてねーし、あいつは親離れできてねーガキなんだよ!」 ロッソの乱射もさすがに疲労と痛みにより鋭さが落ちてきている。 「だから、あいつにとっての一番はてめえじゃなくて俺だ!」 連射の合間に放たれる魔弾を、カーサーは強化した拳で弾き飛ばす。 「それでもヘルが好きだって言うっ」 「好きだ!」 ロッソの言葉を押しやって、カーサーは叫んだ。 「んな事はとっくに知ってる! ウェンディはいっつもあんたを気にしてる! でも、それでいいんだ。それごとウェンディなんだよ!」 カーサーの握り締めた拳が震える。 「中途半端な気持ちで生徒に手を出すかよ! 悩み過ぎて熱出して寝込んだ時期もあったんだぞ!」 カーサーが叫び続ける。 「俺は皆で幸せになりたいんだよ! ファルファレロさんに俺みたいに笑ったり喜んだりしろってワケじゃない! むしろ怖くて想像したくない!」 「喧嘩売ってんのか、てめえ?」 怒りを孕んだロッソに、カーサーは慌てたように咳払いで誤魔化した。 「と、とにかく、ファルファレロさんにも、ファルファレロさんの幸せがあるはずだ。でなけりゃ、ウェンディがああまで気にするはずがない」 「それはあいつの勘違いだ」 ロッソはにべも無く切り捨てた。 「だとしても! 惚れた女の言う事を男が信じてやらずにどうすんだ!」 臆面もなくカーサーは言い放つ。 「俺は小さい頃体が弱かった。駆けっこもキャッチボールも外で遊ぶことだって出来なかった。いつもベットから同じ天井を見てた。でも、今は違う! 諦めるしかできない俺じゃないんだ! ウェンディを信じる! あんたに俺たちの結婚を認めさせる! そんで全員家族になって幸せになる!」 一気に捲し立てたカーサーが大きく息を吸い込む。 「これは決定事項だ!」 堂々と断言するカーサーに、思わずロッソも呆気に取られてしまった。そして、意味を理解すると肩を震わせて笑い出した。 カーサーが怪しみ出すまで、痛みで噎せながらもロッソは笑い続けた。 「そこまで大口叩いたんだ、覚悟はできてるな?」 笑い終わったロッソは静かに話し出した。普段のロッソを知る者からすれば、非常に危険だと気が付いただろう。 嵐の前の静けさ、まさに今のロッソはその状態であった。 「それなら俺のいる汚ねぇ血塗れの世界から、あいつを引っ張り戻して幸せにしてみな!」 ロッソの闘志に応えて、ファウストが力強く輝く。 カーサーへと向ける銃口を中心に、逆五芒星の魔法陣が広がる。そのまま、ロッソはファウストの引鉄をたて続けに引いた。 銃声が鳴り響く度、各頂点に小さな魔法陣が浮かび上がる。そして、5回目の音が終わった時、全てを内包する巨大な魔法陣が出来上がった。 「それができねぇなら、今ここで死にな!」 陣の中心にある銃口の先に、赤黒い光が生れる。それは脈打つようにどんどんと膨れ上がる。 (ここで一番凄いの来るか!) カーサーの限界は近い。元々、そうそう無理の出来る体ではないのだ。それをギアで強制的に動かしている。 今の段階で、もう入院コースは確定だろう。 しかし、それでもカーサーはギアを取り出すと、大きく開けた口へと錠剤をざらざらと流し込んだ。 その喉仏が動くと、カーサーの右手が鮮やかな輝きを放つ。 「vaffanculo!」 ロッソの放った魔弾が断末魔のような銃声を轟かせる。 弾けた力の塊が赤黒い奔流となり、コロッセオの地面を削りながらカーサーへと押し迫る。 「幸せになるのは!」 腕を突き上げて、カーサーが吼える。 「あんたも一緒だぁああ!」 荒れ狂う力の流れに飛び掛かりながら、カーサーが光を纏った拳を叩き付ける。 赤黒い激流に突き刺さった拳が鮮烈な輝きを迸らせる。互いを食い合うようにぶつかり合う力と力、そして、意地と意地。 しばしの膠着状態の後、その均衡は唐突に崩れた。カーサーが拳から放つ光を収めて、自分の身体を覆ったのだ。 当然、ロッソの放った攻撃にカーサーは飲み込まれて、激しい爆発が起こった。 そして、爆風が収まった後、ロッソはゆっくりと歩き出した。そして、前のめりに倒れているカーサーの傍にまで来ると、無造作に腰を下した。 「俺はいつかくたばる。俺がやってきたことのツケを払って、ろくでもねえ終わり方をするだろうよ」 ロッソは無意識に背広のポケットを探っていた。 「そしたらあいつは泣くだろう。そん時にそばにいてやれ」 そして、自分が無自覚に探していたものに気が付くと、一瞬だけ眉を顰めた。 そこにあるはずなのは、投げ捨ててしまった指輪だった。 「あいつの隣にいる資格は俺がくれてやるんじゃない、その手で勝ち取るもんだ」 倒れているカーサーから返事はない。まだ声が出せるような状態ではないようだ。 それを見たロッソは、大きな溜息を吐いた。 「シケた遺言みてーになっちまったな。リュカオス、この勝負は俺の勝ちでいいな?」 「カーサー・アストゥリカを試合続行不可能とみなし、ファルファレロ・ロッソの勝ちとする!」 コロッセオに勝者の名が響き渡った。 「俺の願いは、さっき言った事だ。くだらねー、まま事でマネゴトだ。最後に親父ぶってみたかったんだよ」 「マネゴトが、最後なら、次はホンモノ、ってワケだ?」 カーサーが掠れた声で茶化した。 「次なんざねえよ!」 ロッソの怒鳴り声を聞いて、カーサーは痛みに呻きながらも笑い出した。 「こんなボロボロで帰ったんじゃヘルがうっせーからな。一杯やるか、どっかで時間潰してこうぜ」 痛みを堪えながら、ロッソは立ち上がった。 「おら、何時まで笑ってんだ、蹴るぞ!」 足を持ち上げるロッソから、カーサーは体を転がして逃げた。 「あー、その前に医務室に寄らせて欲しい」 仰向けになったカーサーは、目を閉じたまま応えた。 「こんくらいでだらしねえな」 「いやー、マジでしばらくはベッドが恋人だから。ウェンディには適当に誤魔化しといて欲しい」 「ああ?」 冗談ではなさそうな様子のカーサーに、ロッソが怪訝な顔をした。 「俺のギアは副作用が出るんだよ。しかも、その副作用を抑えるためにさらに飲んだから、それを解除するとかなりヤバイ。死にはしないだろうが、ぶっちゃけ怖い」 「はっ、俺に啖呵切った度胸は何処に行ったんだ?」 「いや、俺の惨状を知ったウェンディがさ」 思わずロッソも黙ってしまう。 「だろ? だから、ファルファレロさんの方からも上手く誤魔化してといて欲しい、マジで」 何か言おうと口を開いたロッソは、思い直すかのように口を閉じて頭を振った。 「てめえの惚れた女だろ。てめえでどうにかしやがれ」 「それなら、今度酒を奢るからってのは、どう?」 「割に合わねえ」 カーサーの提案に、ロッソは鼻で笑った。 「だが、その酒を飲んでる間なら、ポーカーぐらい付き合ってやるよ」 「What?」 ロッソらしからぬ台詞に、ついカーサーは聞き返してしまっていた。 「文句あんのか?」 「OK! OK! 一杯付き合ってもらうのは、俺の全快祝いってことにしようぜ」 カーサーの差し出した手は、ロッソに握り締められた。 そして、その体を勢い良く引き起こされた。 「最後の時、何で途中で攻撃を止めた?」 「何でっていうより、気付いただけだ」 「何にだ?」 「俺はぶつかり合いたいワケじゃなくて、分かり合いたいんだって」 「だから、最後の一発を食らったのか?」 「それが、一番俺らしく納得できる決着だったからな」 「俺は負けを認めるなんざ、死んでも御免だな」 「違う違う。分かり合うのに、勝ち負けなんて関係ないだろ?」 「はっ、好きにほざいてな」
このライターへメールを送る