あんまみんな問題にしないけど、「真似マネー」は、なにげにというかけっこうガチにというか、現地の法と秩序に挑戦していたりする。 そして真偽のほどは定かではないにせよ、それにまつわる様々な逸話も、ターミナルでは囁かれている。 (ああ、聞いたことがあるよ。真似マネーを乱用して豪遊した奴がリベルさんに恐るべきお仕置きをされて、一晩で人格が一変して、真面目一辺倒になったって話だろ?)(世界図書館や司書は0世界以外で真似マネーをどう使おうが関心などなく、本人の良心にまかせているんだと思っておったよ。実際トラブルの話は聞かんしの)(え、壱番世界のコンダクターの人って真似マネーで生活しているんじゃないの?)(旅人の足跡に似た効果で、真似マネーを受け取った人が損をしないよう、世界が僅かに修正されるって聞いたけれど? あんまり乱用をすると世界そのものに悪影響があるから、必要なときにしか真似マネーを使わないんだって)(如何なる理由があろうと通貨の偽造は重罪です! こんなものを黙認されているとは館長は何を考えておられるのか!)(ポンポコフォームこそ至高のセクタン! そんな事を考えるより嬢ちゃんもボクの愛するハイパーデンジャラスローリングスーパースパイラルラブリーポンポコちゃんをもふもふするといいのー!)(ああ、ホワイトタワーの収監者の殆どは異世界で真似マネーを乱用したコンダクターだという話ですね)「そんなこんなで皆さん、真偽不明な話は数あれど、真実を見抜く目はお金では買えないのです。ゼロにお金で買えないものを貸してやろうという方、一緒にターミナルを探索しませんか? なのですー」 トラベラーズ・カフェで、シーアールシー ゼロは有志を募った。 そしてほどなく、チャン、黄金の魔女、メルヴィン・グローヴナー、マスカダイン・F・ 羽空という、これ以上はないくらいにすんげぇ濃ゆ、あっ失礼、個性的なメンバーが揃ったのである。 * *「ロバート卿に質問があるのですー。真似マネーについてなのです」「おや。これはまた珍しい」 そのとき図書館ホールには、新生世界図書館を視察に来たロバート卿がいた。じつに楽しげに、一同を見回す。「壱番世界で真似マネーを使用した場合、ロバート卿とその配下のスタッフが裏でつじつまをあわせているという噂があるのです。れが元になって、壱番世界にさまざまな陰謀論が生まれたという説も聞いたのです」「なかなか面白いね。続けたまえ」「昔、超無茶振りする人がいたため、実はロバート卿の頭には10円サイズの脱毛ができたという話も聞いたのです。地毛はお金では買えないのです?」「期待を裏切って申し訳ないが」 ロバート卿は、声を立てて笑った。かたわらのセクタン「ミダス」を見つめながら。「心配には及ばないよ。だが……、そうだね。きみたちの問いは突き詰めれば『経済とは何か』ということになる」 ――ここで経済談義ができるとは思わなかった。話を聞かせてもらおうか。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シーアールシー ゼロ(czzf6499)チャン(cdtu4759)黄金の魔女(chen4602)メルヴィン・グローヴナー(ceph2284)マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)=========
Lecture1■神の見えざる手 ロバート卿のセクタン、ミダスは、どんなフォームに変化しても大変に愛らしい。大きな目と初々しい所作がチャームポイントである。 ロバート卿のセクタンにしておくのは可哀想ともっぱらの評判で、ロバートはどうでもいいがミダスたんはもふってみたいと言われているとかいないとか。 「ほほう……。こんなちんちくりんな外見なのに、私と同じ"ミダス"の名を冠するとは、非常に興味深い」 ふう、と、煙を吐いたあとで煙管から唇を離し、黄金の魔女はミダスに顔を近づける。 ミダスは、まるでおそろしい魔女に威嚇でもされたかのように(うん、まあ、だいたい合ってるけど)びくぅ、と、縮み上がり、ピンクいろの毛並みを真っ青にした。ガタガタ震えながら、ロバート卿の背中に逃げ込む。 「ぷっ、くくく……」 魔女は笑いを堪えている。黄金製の籠手が、しなやかな指先さながらに、重いはずの純金の煙管をくるりと回す。その先はひたりと、ロバート卿に向けられた。 「確かに、既に存在しないものをお金で買うことは出来ないわね。たとえば、失ってしまった地毛とか。くく、くくくく……」 「僕は特に、何も失ってはいないけれども」 ロバート卿は微笑んだまま一礼した。籠手を押しいただくように身をかがめ、冷やりとした金の手に、そっと接吻する。 「貴女には、かねてよりぜひ一度、お目にかかりたいと思っていた。『黄金の魔女』に人生を翻弄されている哀れな俗人のひとりとして」 「……!」 ぐわっしゃーーーーん! 不意を突かれ、黄金の魔女は煙管を落とした。ものすごい勢いで落下した純金の煙管は、修復したばかりの図書館の床にひび割れを作る。魔女さんたら、新生世界図書館のぷち破壊、栄えある第一号。 「ふ。出会い頭の先制攻撃とは、甘く見ていたわ」 しかし、魔女もさるもの、すぐに煙管を拾い上げ、体勢を立て直す。 「私を口説くつもりなのかしら?」 「貴女を求め、恋い焦がれるあまりに身を滅ぼすひとびとの、何と多いことか。だが、貴女を落とすことが出来る男などは、存在しないだろうね」 ――壱番世界のひとびとは、こぞって貴女を世界の中心に据えようとした。それを『金本位制』というのだけれどね。 ロバート卿の人差し指と中指の間には、いつの間にか、金貨がはさまれていた。それは、彼のギアではなくて―― 「ソリドゥス金貨。東ローマ帝国で醸造され、流通していたものだ。金貨の重量と純度は、歴代皇帝によって遵守されたため信頼性が高くてね。数世紀にわたって各地で流通し、帝国統治における経済的な主柱だった」 そして、もう一枚。 聖ゲオルギオスがドラゴンを退治している図柄の、英国1ポンド金貨――ソブリン(君主)金貨である。 「19世紀初頭、英国が1ポンドの金貨鋳造をはじめたのが、金本位制のはじまりといえるかもしれない。中央銀行が、発行した紙幣と同額の金を常時保管し、金と紙幣との兌換を保証していた。金価格は1オンスにつき、3ポンド17シリング10ペンス半」 「講義は手短かにお願いしたいのねー。ボクは好き好んでアナタに会いに来たわけじゃないのね。七三スーツ眼鏡さんはどこにいるのねー?」 マスカダイン・F・ 羽空は、そわそわと落ち着かなさそうに辺りを見回している。彼は、ミスター・バイヤーと話したいだけなのだと言い続けていた。以前はホワイトタワーに収監されていたミスター・バイヤーであったが、紆余曲折を経て、今は釈放されているらしい。 「僕は興味深く聞いていたのだが、君がそんなに話してみたいという人物も、面白そうだね」 メルヴィン・グローヴナーは、マスカダインに向かい、知的な双眸を細める。今日は聞き役に徹するつもりなのだよ、と、付け加えて。 その立ち姿がそこにいるだけで存在感を醸し出しているのも、いつものことだ。 「マスダさん道化師だから、王さまの話なんかに関心ないのね〜」 「王と道化師は、コインの裏表のようなものだと思うが。王座につくということは、同時に、残酷な民に容赦なく笑われることなのだから」 ロバート卿は1ポンド金貨を裏返す。刻まれているのは、当時の王の横顔だ。 「古来よりひとびとは、黄金に『価値』を見出し、数値化することによって『貨幣』を生み出すことが可能になった、とも言える」 「その『価値』って何なの? どういうことなの? ボクが知りたいの、そこなのねー」 「バイヤーさんなら、私も会いたいわね」 黄金の魔女も、煙管をのんびりと吹かしながらいう。 「以前、カンダータへ行った時、彼の買い占めた兵器を買い戻すため、山のような黄金を用意したのよ。でも、とある少年のぽんぽこセクタンの真似マネーは私の用意した黄金以上の価値を持っていた。どんな世界であれ、人間は黄金の輝きには決して逆らえないはず。なのに何故、私の黄金ではなく偽造貨幣が選ばれたのか……、疑問だわ」 カンダータでは黄金よりも偽造貨幣の方が価値がある、という答であれば納得がいくけれども、と、魔女の語調はいささか苦い。 「はたしてミスター・バイヤーが、その質問の回答者として適切かどうかはわからないが、会って聞いてみるのは容易だろう。先ほど、図書館ホールで見かけたばかりだから、まだ近くにいるのではないかな」 「ところで、長くなるんなら立ち話良くないあるね? 折角だし、歩きながら話そうね」 ポケットに手を突っ込んだまま、チャンが飄々と、先頭切って歩き出す。 「これは失礼。そういえば僕は、新しい世界図書館の視察に来たのだった」 「空中庭園がおすすめあるよ。見学するあるか? 緑いっぱいで安らぐあるよ」 * * 絶妙な配置で設置された樹木と色とりどりの花々は、壱番世界の四季を演出し、春夏秋冬のブロックに分かれていた。あふれんばかりの緑と咲き乱れる花は、図書館のいかめしさを和らげている。 「再建にあたっては、緑との調和を意識したと聞く。すばらしい出来映えだね」 空中庭園の共有スペースには、要所要所に白大理石の椅子とテーブルが設置されており、ロストナンバーたちの憩いの場所としても運用されているらしい。そこここで、ひとびとが楽しげに談笑しているのが見受けられる。 「チャン、ここでオープンカフェ計画してるある。どう思うあるか?」 「発想は悪くないが、公共の場所だからね。アリッサがどう考えるかによるかな」 「館長に許可とれるといいね」 あっさり言って、チャンは名刺を差し出す。 「チャン、ターミナルで雀荘とホストクラブ経営してるね。《色男(ロメオ)たちの挽歌》は人気店ある」 「そういった需要ももちろん、あるのだろうね」 そつなく受け取りながらも、若干、ロバート卿はコメントに困っているようだ。 「興味を惹かれない商売あるか?」 「そんなことはないが、あまり関わっていない分野でのサービス関連事業なので、僕には何も言う資格がないと思ってね」 「……お金は大好きよ。生きてく上で必需品ね。でも人はお金使うんであって、お金に使われちゃいけないあるよ」 「それは、きみのいうとおりだ」 「ロバート卿は、放浪商会ご存じあるか?」 「旅団の商工ギルドだったね。ノラ・エベッセという人物が中心となっている」 「異世界でも手広く商売やってるね」 「そう。それがいささか――気になるかな。アリッサと相談する必要がある事項のひとつだ」 難しい表情になるロバート卿に、チャンはにやりと笑う。 「図書館では、異世界に影響与える行為は禁止されてるあるけど、もっとそのへんオープンになってもいいね。放浪商会と組んで市場開拓したい人チャン含めて大勢いるよ」 「そんな考えを持つロストナンバーもいるだろうことは、理解しているが」 「富は循環するもの、あっちもこっちも潤っていいことづくめね」 チャンは身を乗り出す。 「ロバート卿は誘惑されないあるか?」 「誘惑?」 「異世界での商売に」 「……ふむ」 ロバート卿はしばらく黙り込む。それを否定と受け取ったチャンは、肩をすくめた。 「壱番世界での金儲けにしか興味ないなんて、200年生きてるのに謙虚な人ある」 「いや、僕は謙虚でも欲がないわけでもないよ」 少し、脱線するけれども、と、ロバート卿は苦笑した。 「ヴォロスやブルーインブルーでリゾート事業が展開できたら面白そうだ、と、思わなくもない。それは、いつか壱番世界が――いや」 何もかもが――落ち着いたあとのことになるのだろうけど、と。 Lecture2■グローバル資本主義 それまでひっそりと黙っていたシーアールシーゼロが、おもむろに口を開く。 「壱番世界のある学者さんは『なぜ貴方は経済学を学ぶのか?』と問われ、『人生が有限である故、人が効率よく生くるための学が経済学故に』との意の答えを返したと聞くのです」 「それもひとつの想いなのだろうね。経済学者の数だけ経済学があると言っても過言ではない。経済学というのは、とても若い学問だから」 「若い、のですか?」 「たとえば、マクロ経済学を確立させたジョン・メイナード・ケインズは、20世紀の人間だよ。彼は50年以上前に亡くなったけれど、教科書に載っているような著名な人物で、存命している経済学者はたくさんいる。他の学問にはあまり見られないことだ」 ゼロは目を見張った。彼女の出身世界はいろいろな『モノ』が不要な特性を持っている。ゆえに、経済云々についてはあくまでも『異世界に関する知識』であるのだった。 それでも、知識の吸収は彼女にとって興味深いことがららしい。熱心な学生のように耳を傾けている。 「だから、たかだか200年しか生きていない僕でも追いかけることができるけれど、追いかけてもなお、掴み切れない部分も多い。経済理論など後付けに過ぎないと言われるゆえんでね。……ああ、申し訳ない、僕ばかり喋っていて」 「続けてくれて大丈夫だよ」 メルヴィンはそれだけを言い、また口を閉じる。目礼し、ロバート卿は続ける。 「経済学者は『未来』の予測はできない。起こってしまったことがらを分析するしかできない。もちろん、それは未来に生かすためだ。だが、『歴史は繰り返す』と言うけれど『まったく同じ歴史は繰り返さない』。経済学をずっと学んでいた僕の秘書のひとりが、学生時代の恩師に、こう問うたことがあるらしい」 ――ずっと勉強してきましたけれども、私には経済学は、雲をつかむように思えます。 マルクスやケインズは、雲をつかんでいたんでしょうか。私もいつかは、雲をつかむことができるでしょうか。 「雲をつかむで思い出したのです」 ゼロがロバート卿とメルヴィンを交互に見る。 「コンダクターの覚醒理由に、歴史の影の世界図書館の存在に気づいたためというのがあるくらいなのです。他の世界では与太話で終わるような話の中にも、真実に近いものが数多く含まれているはずなのです」 「うん?」 「真似マネーがらみではなくとも、ロバート卿やメルヴィンさんが元になった経済の激動のお話もかなりありそうなのです。壱番世界の伝説となったあんなことやそんなことを、この機会にぜひとも聞いておきたいのです」 ……どうやらゼロは、壱番世界の経済史におけるふたりの暗躍のあれこれを知りたいらしい。興味しんしんの目で見つめられ、ロバートとメルヴィンは、顔を見合わせる。 「それは……、人前では言いにくいことも、いろいろあってね」 ロバート卿は口をにごす。 「しかし、せっかく可愛いお嬢さんが聞いてくださっているのだから」 メルヴィンが鷹揚に笑みを浮かべた。 「それと、壱番世界でのロストナンバーの活動支援もロバート卿とスタッフの皆さんが行っているのです? きっと苦労話がたくさんなのです。毛髪どころのさわぎではないのです?」 質問を重ねるゼロを前に、ロバート卿はしばらく考えていた。 ……やがて、とうとう。 ゼロを手招きして腰を落とし、その耳元で、小声で話し始める。 「……今から話すことは、きみの胸だけにしまっておいてくれたまえ」 次々と語られる、壱番世界におけるグローバルな経済のあれやこれやの裏の裏のそのまた裏。 「すごいのです……」 ゼロは目を丸くして聞き入るのだった。 * * 「実はチャン、真似マネーでイカサマ経験あるよ。バレてないからお咎めなしだけど、セクタン連れのコンダクターは誰でも一回二回したことあるはずね」 悪びれずにチャンは言う。ロバート卿は、さして驚かずに頷いた。 「そうなのかい?」 「セクタン悪用しようと思えばいくらでもできるね。それ全てコンダクターの良心と良識に賭かってる、って、ちょっと甘すぎね」 「世界図書館は、性善説で動いてはいないけれどね」 「すると」 ゼロが小首を傾げた。 「世界を乱さない程度のものであれば、ロストナンバーが真似マネーをどう使用しようとも干渉はしないのです?」 「程度問題かな」 そういうロバートに、チャンは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「渡る世間はケチばかり。これチャンの経験論よ。試しに四暗刻の真似マネーをホールにばらまくね」 いうなり――。 自身のセクタンに真似マネーを作らせるやいなや、空中庭園から、下のホールに向けて撒いたのだった。 階下にいたひとびとは、時ならぬ紙幣の雨に、驚いて見上げる。 「ははは、人がゴミのようある! 札束に群がる愚民どもを見下ろすの気分いいある……!」 ……しかし。 「ああ、真似マネーね」 「札束も、こんなにあるとありがたみないわよねー」 「あたし、覚醒してから、お金に対する執着、なくなっちゃって」 チャンさんの予想に反して、世界図書館の皆さんはスレてらしたのだった。 こほん、と、咳払いをひとつ。 「チャン思うね。金は道具だけど道具に使われる人間もいるね」 ――過ぎたる欲望は身の破滅を招く。 それでも人は、金に魅せられてやまないある。 Lecture3■貨幣と価値 「いたいたー! バイヤーさーん。愛しの七三分け眼鏡さ~ん」 ミスター・バイヤーは、ひとりで空中庭園にいた。 椅子に腰掛けているのだが、くつろいでいるといった雰囲気でもない。しきりに大理石のテーブルを検分し、値踏みをしているようにも見える。 「会いたかったのね~! あんよの調子は如何ですのね?」 マスカダインは猛スピードで駆け寄って抱きついて、頬をスリスリした。 「……?」 しかし、邪険に押しのけられる。 「つれないのねひどいのね!」 マスカダインはよよと泣き崩れる、フリをした。 マスダさん的には、最初、旅団のあれこれとカンダータテロをダシに言葉攻めにしちゃろうかと思ってたところ、なんか激動の情勢に流されて世界樹となしくずしに和解(?)しちゃったし、ホワイトタワー襲撃のさいはミスター・バイヤーの救出に向かって借りも作ってやったしで、まあなんだ、そのヘンつつけば素直に話してくれるよね〜、という算段があってこそのパフォーマンスである。やーん、マスダさんたら腹黒いんだから。 「命の恩人に対して何この仕打ち。マスダさんのガラスハートがダメージで飴弾に代わるのね。ばぎゅーん。そうだ飴食べるのね?」 「もらえるものは、もらっておく」 差し出された飴を、ミスター・バイヤーは無表情に口に放り込む。 「あんたは、あのときの……?」 そしてようやく、目の前の道化師に、大いなる恩があることに気づいたようだった。マスカダインが何かを聞きたがっており、だからこそ、こうして接触してきたということも。 「命の対価が設問への回答というなら、悪くない取引だ。何が聞きたい?」 「それそれそれ、そうこなくちゃなのね。ボクからはひとつ、質問があるだけなのね」 すう、と、息を吸い込み、マスカダインは言う。 「カンダータで、アナタが『買った!』した時に使ったアレ――札束っぽいの、何?」 「というと?」 「アナタが能力を使う時の札束は、ずばり贋金?」 「そんなときもあるが、そうでないときもある」 「そうなの?」 「そうだ」 「……」 「……………」 「………………」 「………………………」 「ノリが悪いのね~。会話は心と心のキャッチボールなのにあんまりなのね~。ボクがグレて空中庭園のヒマワリむしって無断恋占いを始めたら責任取ってもらうのね! はっ、ヒマワリだとなかなかラブの結論がでないのね花びら多すぎっ」 ババン、と、テーブルを叩いたマスカダインはその手をさすりながら(痛かったらしい)、はたと考え込む。 「あれ? だとすると、わからなくなってきたのね」 マスカダインが知りたかったことは、ただひとつだ。 すなわち。 真似マネーに「本物の価値」はあるのか。 「真似マネーは所詮贋金。でも、アナタの札束を打ち破れた。アナタの札束も贋金なら贋金=贋金で同価値なのだから、すんなりその理由がつくのね」 けれど。 「もしアナタの札束がそれ以外の何かなら、一時でもそれと対等にやりあった真似マネーの『価値』は、どう考えればいいのか。ボクは単純な知的好奇心で、その方程式を解きたいだけなのね?」 そこまで言って、マスカダインはさらに考える。 (っていうかコレ、バイヤさんの札が贋金だったとしても、それで買われちゃうモノって……。そうすると モノ≦偽金 になっちゃうわけで。そうするとモノの「価値」って……? 価値が先か、お金が先か。 こんがらがってきた思考に、マスカダインは身体を90度傾ける。 「……価値って、何ですかね……」 Lecture4■金本位制 「では、実験をしてみましょうか」 おもむろに一同を見回した黄金の魔女は、含み笑いをし、ゼロに目を留める。 「ミスター・バイヤーさん。試しにゼロさんを買ってみては頂けないかしら?」 「買うだと? この少女を?」 冷徹に値踏みをするように、眼鏡の奥が光る。 「ええ。それを私が黄金によって、もしくは、ロバート卿が真似マネーによって買い戻す」 いうなり、魔女は黄金の籠手を取り去り、素手で床に触れた。 みるみるうちに、空中庭園を構成している床も天井も、椅子もテーブルも、黄金に変わっていく。 「ロバート卿。勝負よ。ゼロさんを買い戻せるくらいの真似マネーを用意して頂戴」 「ほう。僕も貴女のゲームに参加していいのかな?」 「ええ。ゼロさんが私のものになれば黄金の勝ち。ロバート卿のものになれば真似マネーの勝ち。果たしてどちらの"ミダス"が優れているのか、これでハッキリするはずよ」 「ゼロは売られるのですか? どうしましょうなのです。初めての経験なのです」 当の本人もちょっとわくわくしているのをいいことに。 黄金 VS 真似マネーの火ぶたは切って落とされた。 「面白い。……さあミダス。きみの出番だ」 ずっと涙目でガクブルしていたミダスは、けなげにも、こっくんと頷く。 ――次の瞬間。 空中庭園のフロアスペースすべてが、ソブリン金貨で満たされた。 「加勢するあるね!」 チャンが叫んだ。 降り注ぐ日本銀行券。福沢諭吉の肖像が乱れ飛ぶ。 * * 勝敗は、つかなかった。 図書館ホールが金貨と日本円の海になり、通りすがりのロストナンバーがうっかり溺れる状況になっても。 ゼロを買い戻すことは、できなかったのである。 Lecture5■経世済民 メルヴィンは言う。 「僕は、『価値』とは、そのことで多くの人々の幸福につながるかどうか、ということだと思っている」 「ン。そだね。こうやってみんなと一緒にいられる時間が、ボクにはお金には代えられない大事な『価値』だよ!」 にっこり笑い、精神論でまとめにはいろうとするマスカダインに、メルヴィンも笑みを返す。 「それは、社会全体がしあわせであるかどうか、ということに通じる。実は、真似マネーの流通は、他の世界の経済に何ら影響を及ぼさないと考えているよ」 「真似マネーで支払いを受け取った人は、結局その分損失を負うのです? それとも旅人の記憶が薄れ消えるのと同様、真似マネーの損失も消え去るのです?」 ゼロが質問を投げかける。 「金は人から人に渡ることで、流通することで意味を持つものだ。手渡した時点で価値を消費しているわけだよ。数日経って消えても、その時の価値は消えない」 そして、ロバートに向き直る。 「最近僕が危惧するのは、金が価値を体現しなくなってきていることだ。つまり拝金主義の終わりを感じるのだ」 「ふむ」 「我々が生を受ける前は、カネよりも神やその権威を象徴する国王が“良いもの”で、“幸福”なものだった」 「……なるほど」 「そうした封建主義から現在の資本主義に変わったわけだが。僕はこの資本主義では壱番世界を救えないと思う。何か普遍的でもっと根本的な概念が沸き起こるのではないかと、そう思っている」 「たとえば?」 「……例えば、名誉、とか」 それでもメルヴィンは、黄金と紙幣に満ちたホールを、どこかいとおしそうに見る。 * * ロバート卿は、ゼロの肩に右手を置いた。 「僕は、価値というのは、共同幻想の数値化だと思う。つまり、『シーアールシーゼロ』という少女の『価値』を数値化することなど、不可能だということだね」 ――黄金も、しょせんはただの物質だからね。ひとが価値を認めなければ、無用の長物にすぎない。 「それは、黄金づくしの空中庭園で、はたしてひとはくつろげるのか、ということにも繋がるかも知れない。黄金の魔女に敬意を表しつつ、とりあえず現状復帰のためにドンガッシュを呼ぼうか」 「ドンガッシュさんに怒られるかもなのです」 「責任は僕が取るよ」 * * 「eonomyを『経済』と訳したのは、彼だと聞く」 ロバート卿の左手には、日本銀行券。福沢諭吉が微笑んでいる。 「経済については、実は、文字通り『経世済民』として、僕はとらえているのだが……、その」 青くさいと思われるかも、しれないけれど。 歯切れの悪い前置きのあと、ロード・ペンタクルは言ったのだった。 彼らしくもなく、非常に照れくさそうに。 世を経(おさ)め、民を済(すく)う。その手段である、と。
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