インヤンガイの非合法組織の一つ、暁闇のボス・ウィーロウから護衛依頼が飛び込んできた。 通された小さな建物の三階にある事務所は五大マフィアのボスには似つかわしくないほど小ざっぱりしたものだ。 ソファに旅人たちを座らせたウィーロウは自ら進んでコーヒーを振舞った。「コーヒーが君たちの口にあうといいんだけどね。ああ、組織の長らしくない? 仕方ないさ、組織は寄せ集めで私は雑用係りみたいなものだよ」 暁闇の発端は他の地から流れてきた少数民族が迫害と貧困に対抗する手段として十年ほど前にウィーロウが仲間たちをまとめあげたのだ。特殊技術に優れている彼らは自分たち以外の仲間を激しく敵対している故に組織の結束は他よりもずっと強い。 組織そのものは「何でも屋家業」として依頼を受ければ、それに見合った人物が派遣して仕事をこなすというシンプルなシステムだ。「立場的に私と君たちは似たようなものだ。それなら親しくしておくにこしたことはないだろう? それに先ほどの説明でもわかるように私たちは常に差別される立場だ。少しでも身を守るものがほしいと思っても不思議はあるまい? 君たちと仕方なくとはいえ敵対した過去はあっても、今からでも仲良くできると思っている」 にこりとウィーロウは微笑む。濃い紫色の瞳が魅力的に輝いた。「今回は二つ、依頼があるんだけど、君たちに多少危険な任務についてもらう。もちろん危険だと判断すれば逃げてもらって構わない。 そうだね、この依頼であえて失敗の評価を下すとしたら君たちが何もしなかったときだ」 ウィーロウが説明をはじめた。 暁闇は依頼の際は二人一組で行動が原則とされているのだが、護衛依頼を受けた戦闘に秀でたキクル、マリラの男女二人が行方知れずになった。調べたところ依頼主は三日前に死亡していることが判明。「私たちもバカじゃない。怪しい依頼であれば受けない、つまりは私たちの目を欺くほどの手練れだったことになる」 いよいよ可笑しいということになり、手を尽くして調べた結果、ここ最近、いろんな地区で人々が消えていることがわかり、そのうちキクル、マリラはさる地区の工場に入っていくのを見たという証言を得た。「予想が、その建物は政府のものだった。私たちを騙すなんて事が出来るのは限られているから……とくに、犯罪者なら何をしてもいいと思っている咎狗なら尚のこと」 咎狗は、インヤンガイの政府が裏で飼っているとされる犯罪者討伐隊の名。犯罪者、政府の敵となる者を即座に死刑することが許可された殺し屋集団。 しかし、統領であるレディ・メイデンはさる依頼で死亡後、咎狗の組織は機能停止していると噂されていたが「君たちにしてほしいのは、そこから私の大切な部下を助けだすこと。出来なければ生死、もしくはその建物で何が行われているのか確認すること、だから危険だと感じたら逃げてもらっても構わない。こんな街で神隠しなんてしゃれている」 ウィーロウの深い色の瞳が美しく輝いた。★ ★ ★ 白い無機質な建物のなかで黒スーツ姿に、片手には刀を持った若い男が首を傾げていた。そこに犬の面、猫の面をつけた黒装束の者たちが近づいた。「うーん、困ったなぁ。まだ逃げられちゃったかなぁ? どこに行ったのかなぁ~。え、ああ、鬼ごっこだよ。たまには遊ばないと機嫌を損ねたら、働いてもらえないからねぇ。逃げられちゃったんだけど。あ、今、軽いって思った? うん。死んだ奥さんにも軽いってよく言われてたんだ」 部下たちは何も言わない。静寂のなかに男の明るい声が響く。「それで実験はうまくいってる? そう、よかった。ポチ、タマ、悪いけど、あとのことは任せておくよ。え、僕? もちろん、仕事するって、ほら、これでも一応、咎狗の統領だからねぇ。本当に人ってめんどくさいことばかり考えるよね? あー、けど、なんとなく予感がするかな。旅人に会えるっていう、探偵していたうちの奥さんを殺したのも、結局旅人だったんでしょ?」 そしたら、男は軽い口調で告げた。「楽しく殺し合いができるかなぁ? 一度くらいやり合ってみたいし」※注意※・当シナリオは『【砂上の不夜城】★』『【砂上の不夜城】蛇』と同時に起こったものといたします。PCの同時参加は御遠慮ください。
狭い事務所に眩しいほどの輝きを身に包ませた黄金の魔女はソファに腰かけている吉備サクラ、華月、セリカ・カミシロの後ろにジューンとともに立ち、毒のような紫色の煙を、怠惰な猫が欠伸を噛みしめるように、けれど仲間たちに考慮してそっぽ向いて吐き出した。 「捕らわれたであろう2人の生死の確認、建物の調査……そして敵がいたら始末する。ただそれだけ、特に興味の沸かない簡単な依頼だわ」 再び煙管が春色の唇に触れようとして動きを止めた。魔女の目はじっとウィーロウを見る。 「ただ、これが本当に内容通りの依頼なのか……そこに興味はある」 冷やかな声と目で魔女は告げる。 隣に立つ淡いピンクの可愛らしいメイド姿のジューンに搭載されたシステムは静かに活動していた。マフィアと政府の組織、どちらを一般的に排除するべきなのかを客観的に判断できないため沈黙を守っていた。選択に迷いが生まれた場合は、仲間たちに考えは委ね、自分は護衛、補佐行動に徹するべきだと結論を出す。 システムが脳内で作動する。――本件を特記事項α2-10、同行者の警護に該当すると認定。リミッター限定解除、優先コードC2、保安部提出記録収集開始…… 「あの、行く前に、聞きたいんです。闇暁は仲間を大事にする組織って……死んでしまった仲間は、惜しくないんですか? シロガネさんの時も、今も……どうしてそんな風に笑って、私達に依頼するんですか」 眼鏡のレンズに守られたサクラの瞳がちらりとウィーロウを見つめた。その横に腰かけている華月は男性に苦手意識が強く、向き合うだけで萎縮していたがサクラが気にかかり、ちらちらと視線を向けた。 「というと?」 「本当に仲良くなりたいと思って下さってるなら、最初から仮面をかぶって話をされるのが嫌だったので。すみません」 逃げるようなサクラの言葉にウィーロウは肩を竦めた。 「サクラさん。一つ聞いてもいいかな、仮面とはどういうものを言っているのかな?」 「それは」 「私は組織の長として組織の利益を優先する。それに個人の意見は存在してはいけないし、ここで言うつもりもない。ただ私がこうしてあなたたちに依頼をする理由をよく考えてほしい。謝罪されても、それは何についてかわからないので私としてはどう君に答えていいのかわからないんだが……互いに信頼しあうためにこの依頼があると思っていただけると嬉しいかな」 サクラは黙って頭をさげる。華月は勇気を出してサクラの手にそっと自分の手を重ねることで励まし、おどおどとした口調で話題を変えた。 「あの、お聞きしたいんですが……死んだ護衛対象者はどんな方で、どういう風に死亡は確認したのかしら?」 「キクルたちの護衛した相手のことだね? 元政治家。死亡確認は組織で飼ってるハッカーを使った」 本当はいけないのだけどね、とウィーロウは茶化すのにジューンは間髪入れずに問うた。 「咎狗や今回の工場に関係のある方ですか?」 「政治家ならば咎狗のことも知っていても不思議ではない。ただ……工場と関係あるかは不明だね」 「二人の写真はないんですか? または特徴や能力は?」 とセリカ。 「写真は用意してある。特徴……写真を見てもらえればいいかな。能力、ああ、キクルはナイフ使いで接近戦、マリラは鞭使いで長距離戦を得意している。少しは役立つかな」 テーブルに出された写真は白いワンピースを身に着けた黒髪の十代の少女がマリラ、モヒカンの二十代の隻眼の男がキリルと説明された。 「その工場の見取り図とか近くの下水道設備とか図面は手に入るでしょうか。侵入経路と言うより、逃走経路に考えたいです」 サクラが遠慮がちに声を発する。 「申し訳ないが、工場の見取りはない。周辺の地図は部下の写真とともに渡しおくよ。これ以外はなにかあるかな?」 「目撃者がいるなら話を直接聞きたいのだけど」 セリカの申し出にウィーロウはその場ですぐにメモをとって差し出した。 「あなたたちの成功を祈っているよ」 ウィーロウの深い色の瞳が美しく輝いた。 事務所を辞退したあと、ジューンは機械が苦手なセリカ以外にイヤークリップ型無線機を差し出した。 「連絡はとりやすいほうがよいと思いますので」 ノートでは咄嗟の対応ができないとジューンは冷静に指摘した。 「セリカ様は、テレパシーが使えます。そちらのほうがよろしいと思いましたが」 「ありがとう、ジューンさん。私は出来ればテレパシーを使わせてほしいの。もしいやなら言って、無理意地しないわ」 心が繋がるのは直接相手の一番柔らかなところに触れることだ。それに抵抗を覚えるものは少なくないことを自覚しているセリカは告げた。 「私はロボットです。テレパシーが出来るか不明ですが、それでセリカ様のお役に立てれば幸いです」 「構いませんよ」 「あの、私も」 仲間たちの言葉にセリカはほっとして黄金の魔女を見る。魔女はにぃと壮絶な笑みを浮かべる。 「魔女の心を読もうなんていい度胸ね。その無謀さに免じて許してさしあげるわ」 「ありがとう。それで、先も言ったけど、周辺の情報をまず聞いたほうがいいと思うの」 サクラが頷く。 「知らないままだと怖いですし、侵入するのも昼間から、は無理ですよね?」 「夜で決定ではないの? 私は昼間から堂々と行っても構わないよね? 敵が相応の手馴れであれば、私達の事も筒抜けでしょうに。ならこそこそ隠れなくてもいいでしょ?」 黄金の魔女は煙管をふかしながらあっけらかんと告げる。 「さすがに危険じゃないかしら? 出来る範囲で自衛をするに越したことはないと思うの」 「私も、それは避けたほうがいいと思うわ……敵が私たちに気が付いているかはわからないのだし、危険は出来る限り避けたほうがいいと思うの」 セリカ、華月の言葉にふぅんと黄金の魔女は相槌を打つとあっさりと意見を変えた。 「そう。従うわ」 にっと黄金の魔女の唇が吊り上る。 「私は黄金の杭よ。せいぜいうまく利用することね」 情報を効率よく集めるため少人数のグループに別れることになった。 「セリカさん、私と行きましょう? あなたの髪は私の色と同じで、気に入ったわ」 「私は……」 セリカはちらりとサクラをみる。以前依頼で一緒になったときサクラは精神的につらい思いをしたことに少なからず責任を覚えて、危険があればすぐに駆けつけようと決めていた。 「あ、あの、サクラさん、よかったら、わ、私と一緒に行動しませんか?」 華月は精いっぱいの勇気を出してサクラに言った。サクラは目をぱちぱちさせてゆるゆると口元に笑みを浮かべた。 「はい。私でよかったら、それに、事務所のときもありがとうございます」 「そんな、余計なことをして、いやじゃなかった……?」 「嬉しかったです」 華月は俯きがちに、ほっと微笑んだ。 「よかった」 「あの、だから、私も華月さんをサポートしますね? みなさんの足手まといになりたくないんです」 サクラの言葉に華月は控えめに頷いた。 「それじゃあ、ジューンさんは私たちのどちらかに」 「私は問題の工場を外からサーチしたいと考えます。この場合は一人のほうが旅人の外套効果もあり、目立ちません」 「けど」 セリカは心配げな顔をしたが、ジューンの戦闘能力の高さと工場の調査という目的を考慮すれば止めるよりも多少の危険はあっても単独行動をとる必要も考えた。 「あまり心配しなくてもいいんじゃないのかしら? 無線機があるのだし、近辺ならすぐに助けにいけるわ」 黄金の魔女の言葉にセリカは頷いた。 「無理はしないでね。ジューンさん」 「はい。ありがとうございます。セリカ様」 セリカと黄金の魔女、サクラと華月、それにジューンの三組に分かれて調査をはじめた。 セリカたちはまず目撃者、そのあと周辺にも聞き込みを行った。サクラたちもセリカと分担した家々をあたる。 ジューンは一人、目的の工場の周辺を出来るだけ目立たないように気を付けながら移動しつつ、サーチを発動した。 「構造物サーチ及び生体サーチ起動……なにかがサーチの邪魔を……? わかる範囲でノートに記載します」 ジューンは場所を変えつつ、サーチを試みる。 今回の依頼は、この工場の使用目的がわかれば八割がたは達成したといってもいいとシステムは判断している。 気が付くと茜色に空が染められ、鴉の啼く声に周囲の民家から夕餉の香りが漂い出した。 ジューンの行ったサーチによって見取り図がノートに完成したが、いくつかの空欄が存在した――見えなかった場所がある。 「これが問題なのでしょうか?」 いくつかの生命反応があったこともノートに記すとすぐに仲間たちとの待ち合わせの場所、工場から少し離れたところにある公園に赴く。 すでにジューン以外の全員が集まっていた。 聞き込みの結果をセリカが中心となって報告する。工場の周辺は無音無臭、周辺の住人は工場の使用目的を知らず、週に二回くらいの割合で大きなバンが建物のなかにはいっているのを目撃されたことがある――程度の情報だ。 「ゆりりんを使って、工場の外を見たら……入り込めそうなところが、ありました。そこを使ったらどうでしょう? 咎狗の隠れ家の1つだと言うなら、あからさまに忍び込めそうな所は罠だと思います……私は幻覚使いです。機械も騙せますけど、気配を読まれたらばれると思います。それでも隠形が必要な人は言って下さいね?」 「あら、罠上等! なにを恐れる必要があるの、そんな可能性ははじめからわかっていたことだわ」 黄金の魔女は強気に言い放つ。 「ジューンさんが、警備システムに干渉できないかしら?」 とセリカはジューンに視線を向ける。 「電磁波・電撃のことでしょうか? それは破壊するということになります。囮が必要でしたら私が適任でしょう。皆様の作戦に従います」 「……それなら、外からセキリティを破壊した上で、サクラさんの幻覚で身を隠して、忍び込むのはどうかしら? 私は耳がいいし、守りの力もあるわ」 「承諾しました。で私がセキリティを破壊し、騒動を起こします。その間に侵入すればよろしいかと。私のことは御気になさらず。すぐにみなさんに合流します」 ジューンの言葉にこれ以上の名案もないため、彼女たちは覚悟を決めた。 サクラの幻覚と華月の結界に守られたジューンは工場に近づくと、電磁波・電撃を放つって工場のシステムを落としにかかった。 外からは無表情のような工場は一見、変化はない。 ジューンは素早く裏手にある小さな入り口に急いで移動し、合流する。 「行くわよ?」 セリカが誰ともなしに呟き、ドアノブを押す。現在システムが落ちているのでいともたやすく開き、白い殺風景な廊下があらわれる。 そこを誰よりも堂々と進むのは黄金の魔女だ。すたすたと前へと進みながら、億劫な態度でノートを開く。 ジューンの地図を頼りに生存している者がいる場所を探せば、いずれはあたるだろうという考えだ。 ――ごめんなさい、聞こえるかしら? セリカは遠慮がちにテレパシーで仲間たちに呼びかけた。 ――警備室でシステムを完全に切っておいたほうがいいと思うのだけど ――そちらのほうからは音がするから危険じゃないかしら? まずは、保護する相手を探しましょう? 華月がやんわりと言葉を返す。 ――あら、ここはインヤンガイよ。こんなあからさまなところ、危険なんて黄金の雨のように降るものよ、いくら警戒しても仕方ないわ。暴霊か、機械類が出てくるでしょうね。そういうのは貴女の専門ではなくて? 機械仕掛けの女中の……ええと、ジューンさん? ああ、テレパシーは通じないのだったわね 黄金の魔女は素早くノートに書くとジューンから回答が返る。 『私はセリカ様と行動を共にしてシステムを遮断します。その間に他の調査を進めたほうがよろしいのではないでしょうか?』 ――面白い 黄金の魔女の哄笑が漏れる。 ――私は、セリカさんたちと行くわ。調査はサクラさん、華月さんでどうかしら? 全員で行動するよりもいいでしょう? セリカはちらりとサクラと華月を見た。 サクラと華月は真剣な顔で頷き、大丈夫だと示す。 セリカたちはジューンの見取り図から警備室に来た。サクラからは既に離れているので幻覚の力は薄れているが、幸いにも通路で人に会うことなかった。 システムがダウンしているのに動揺したのか見張りは一人しかいなかったのをジューンがサーチで確認し、ドアを開ける。その音に見張りが振り返る隙をついてセリカが飛び蹴りを食らわせて倒した。 「ジューンさん、お願い」 「お任せください」 素早くジューンがシステムにアクセスをする。その背をセリカはいつでも戦える態勢で立つと優雅に黄金の魔女は歩み寄った。 「そんなにぴりぴりしなくてもいいんじゃないの?」 「私はそんなにも強くないから」 「そう。だったら先に言っておくわ。戦うときはあまり私の傍に近寄らない方が良い。巻き込んでしまうかも……しれないから」 黄金の魔女は籠手に視線を落としてぽつりと告げた。セリカが問いかけようとすると、しっ! 黄金の魔女は唇に金の指を当て、目を細めた。 「きたようね」 「……! ジューンさん、あとどれくらいかかるかしら?」 「五分ほどお時間をください」 セリカが振り返るとジューンも律儀に振り返り告げた。 あと五分……セリカはドアからぬっとあらわれた黒装束の二人に体をこわばらせた。 体にぴったりの着物のような衣服、顔には動物の面をつけている。 「もしかして、この二人が」 顔が見えないのにセリカは可能性に賭けた。 「魔女さん、お願い、殺さないで! この二人がもしかしたら……!」 「約束は出来かねるわね」 黄金の魔女は冷やかに微笑み、手籠を外すと無造作に床へと投げ捨て煙管を構えた。 「黄金の夢を見たければかかっていらっしゃい。この私がじきじきにお前たちに見せてあげるわ!」 黒い二匹が飛びかかる。 速い! ――セリカはジューンを守るためにも飛び出してレーザーで一撃必殺を狙う。 「!」 手を前に出す瞬間、手首になにかが絡みついた。 鎖――乱暴に引きずられてセリカは前に倒れる。 さらに追撃と投げられた鋭い針はセリカの顔に真っ直ぐに飛ぶ。が、黄金の魔女の煙管が叩き落とす。彼女の手がさっとセリカの自由を奪う鎖を愛撫するように触れて黄金に、あまりの重さに敵は鎖を捨てるしかない。 「黄金のような私の眼が眩まぬ者はない……さぁ、眩め、見ろ、溺れろ、お前の欲のままに……」 魔女の瞳が赤く輝く。それに二匹の獣の動きが一瞬止まったのにセリカはレーザーを放った。 二匹が床に吹き飛ばされるのにセリカは息も荒く黄金の魔女を見る。 「ありがとう」 「世話のかかる子ね。それで、あれは私たちの探しているものかしら?」 黄金の魔女の言葉にセリカは顔を向けると、絶句した。 仮面が落ちてむき出しの二匹の顔は――人であり、人ではなかった。皮が剥がされ、目があるところに目がない。唇はなくむき出しの歯。鼻の穴と、いくつもつけられた切り傷。 三流ホラーの化け物を見ているような気分にセリカは襲われた。 「これって」 「違ったみたいね、ほらほら、しっかりなさい。危ないわ」 二匹のうち一匹が針を投げたのに茫然としていたセリカは反応が遅れたのを黄金の魔女が叩き落とす。 二匹はその間に面を再び顔にかけた。 「ここは、なんなの」 「さぁ。わからないから調べているんでしょ。それでジューンさん、まだなの?」 「終わりました。システムがダウンします」 ふっと建物の灯りが落ちる。 それと同時に、狂ったような――サクラの悲鳴が建物に響いた。 サクラと華月はしっかりと手を繋ぎ、並んで進む 華月が人の足音に素早く気が付いて、サクラとともに動きを止めて敵をやり過ごす。無用な争いは出来れば避けて調査に専念した。 「この施設を見る限り、なんだか機械がお得意そうですから……それで人集めて何かする、なら……サイバー技術か壺中天関係かなと。ただサイバー化はそこそこ技術が確立している気がします」 「サイバー化?」 華月の問いにサクラはこくんと頷いた。 「……私は、そういうのはよくわからないけど……その証拠を手に入れたらいいのよね?」 「たぶん、そのためにもデジカメをもってきまたし、ゆりりんにも協力してもらいましたから」 サクラはそういうと目をゆりりんに切り替える。 ふわふわと飛ぶゆりりんの視界。 そこに何かの部屋を見つけて、サクラは華月を見る。 「なんか、部屋がありました。窓を見たら……機械があります」 「行って、みましょう?」 「はい! けど、人がいるみたいですから、気を付けないと」 サクラと華月はさらに慎重に慎重を重ねて廊下を歩き、その部屋に訪れた。 鉄の扉の前でゆりりんがふわふわと浮いていたがサクラが来たのにその肩にとまった。 「おつかれさま、ゆりりん。なかは」 そっとサクラは窓からなかを覗き込む。 部屋を埋め尽くすような機械、さらに白衣の男たちが朗らかに談笑しているが、サクラの耳には届かない。ちらりとサクラは華月を見る。華月は頷くと扉にそっと耳をあてた。 ぽつぽつと、華月の耳に声が聞こえる。 ――だ……から、……だろう ――……です、……は…… 華月は意識を耳に集中させる。 ――だから、こいつのエネルギー、面白いだろう? しかし、お上の考えることはわからんね ――面白いですか? ただ単なるパターンじゃないんですか? ――肉体に与えたダメージと、この魂の反応を見る限り、喜んでるんだよ。感情によって変化した魂、その霊力のエネルギー変化は面白い。 ――そして、霊力が一番活性化する記憶を何度もリフレインすることによる無限エネルギーですか ――もしくは魂そのものの記憶を完全にクリアーした純粋なエネルギー。肉体も、あの地下にある。あれだって重要な薬になるしな。そのためのシステムはあっちにあるし、魂そのものの保管場も、すでに用意してるそうだぜ ――お上のいう、あれですか。不老不死の ――既に上流階級には虜がいるらしいぜ ――……本当に不老不死なんですか? ――合理的なんだろう。どうせ、こいつらはあってもないようなものだし、たとえ籍があるやつでも、それを再利用して新しいものに与えればいい。なにも無駄はないさ。いらないものを消して、いるものを補充すればプラスマイナスゼロだろう? 華月は扉から耳を離して不安げな顔でサクラを見た。 いま、とてつもないことを自分は耳にしたが、それをどう説明すればいいのか、わからない。 サクラは華月の顔を見て何か察したのか、手をぎゅうと握りしめて頷いた。 「サクラ……いけない、人が出てくるわ!」 華月はすぐにサクラと扉側に隠れる。白衣の男たちは二人に気が付くこともなく廊下に出ると談笑を続けて去って行った。 「しかし、あの娘にも困ったものだな。成功例といっても、あれが今の科学の限界か?」 「仕方ありませんよ。成功例というと咎狗の今の筆頭、前筆頭も……」 「たまに、完全に壊れてるのに生きてるやついるんだ。あんまり関わるなよ。俺らはただ実験すればいいんだし」 彼らが去っていくのを華月はサクラとともに息を殺して耐えた。ようやく足音が遠ざかったのに華月はそっと顔を出して廊下に誰もいないことを確認後、サクラに先ほどの会話のすべて打ち明けた。 「……やっぱり、サイバー技術でしょうか」 「わからないわ。けど、あの人たちの言ってることを組み合わせたら……とてもここの施設は不吉だと思うの」 「何もしないままじゃいけません。せめて、デジカメに撮りましょう」 サクラは扉をくぐり、機械だらけの部屋にはいった。 巨大な画面に映るのは丸い球体、それが黄色、赤色、青色と色彩を変化させているのはなんなのかわからないので無視してサクラと華月は周囲を調べる。 「あれは」 サクラと華月が見つけたのは、画面の向こう側にある硝子張りの部屋。そこに並ぶ小さな銀の容器に無数のコードがつなげられ、中央に人一人が横になれそうな大きな銀の丸い容器が置かれている。 二人は顔を見合わせると頷きあったが、隣に行ける扉は厳重に閉められていて入れそうにない。 「システムがダウンしないと無理そうですね」 「別の部屋を探してみる?」 「はい! あ、ノートにある……この部屋の横が黒いんです。危険はあるかもしれませんが、行きませんか? 私、幻覚しか使えませんけど」 「サクラさんの幻覚があるから戦わらなくて済むのよ。とっさのときは戦うよりも逃げることを考えましょう? システムが落ちれば、みんなも来るはずだから」 二人が隣の部屋のドアを開けると、そこには地下に続く階段があった。もう一度互いの気持ちを確認するように見つめ合い、頷き、歩き出す。 階段を降りて進みだすとサクラと華月は無意識の威圧を覚えていた。 たどり着いた地下のドアを押すと鍵はかかっていなかった。 「……ここが?」 「あ」 扉を開けて二人が見たのは血と肉だった。 人が壁という壁に鎖によってつけられ、顔をずたずたに引き裂かれて判明できないようにされて、腹が裂かれて内臓が引きずり出された者、天井からつるされて手足がもがれた者……考える限りの拷問が尽くされた部屋にサクラは悲鳴をあげた。 「い、やああああああああああああああああ!」 そして光が落ちた。 サブシステムが発動してほのかな明かりに包まれるなか、華月はサクラをしっかりと抱きしめてこの場から去ろうとした。 こんなところにいてはいけない。 ここからは声が聞こえる。 恨み、辛みのこもった死者の声。 「っ」 華月が振り返ったとき首元によく研がれた刀があてられた。 「ちょっと見えないんだけど、なんかいるよね?」 華月は息を飲んで視線をあげる。 黒服の男が微笑んで自分を見下ろしている。 幸いにもまだ姿が見えていないのに結界を発動し、刀を弾く。一瞬の隙をついて華月はサクラを抱えたまま走り出そうとした。次の瞬間、下から刀が飛ぶ。 「あっ!」 華月の結界が刀とぶつかりあい、力任せに結界ごと壁に叩き付けられる。 「死んでないよね? あのさ、はやく姿あらわしたほうがいいよ? じゃないと、ほとんどカンで振り上げてるから、首、とんじゃうかもよ?」 けらけらと男は笑うのにサクラはふるふると顔をあげた。 「あなたは、ホワイトタワーで見かけた矢部さん?」 「矢部? あっははは、ごめんねぇ。僕、そういう苗字ではないなぁ。奥さんとも苗字は違うし」 「奥さん?」 「うん。探偵していた奥さん、君たちに殺されたんだよね? 確か。そう聞いたけど、違ったけ?」 「探偵? 奥さんっ……もしかしてキサさんの奥さんですか? どうして咎狗に」 「それより、君たちは、どうしてここにいるの?」 「わ、私たちは、行方不明になった、人を探しに……あの部屋はなんですか」 華月が震える声で言い返す。 「行方不明? ……記憶はあれに食わせて消してるはずなのになぁ。カケボシくん、もしかしなくても裏切ったかな? ログにもいろいろとあったみたいだし、本当に困ったね。まぁどうせ、消えちゃったみたいだけど」 けらけらと男は笑いながら軽いノリで不吉なことを告げる。 「あの部屋にいるのはたぶん君たちが探してる人たちだよ。ウィーロウの差し金? 暁闇の人たちって、法律的に籍がないんだよね。いるはずない人って結局、なにしてもいいんだよね」 「なにをしてもいいなんてことありません!」 華月は悲鳴のような声で反論していた。 「同じ、人間なのに」 「うん。同じ人間だね。けど、だからって価値はないよ」 あっさりと、笑ったまま彼は言い返したのに華月は顔を強張らせた。せめてサクラだけはなにがあっても守らなくてはいけない。 結界を強化する。 こつ、と男は近づく。 「あのさ、一つ忠告」 「な、なんですか」 「そういう守り、っていうの、結局時間勝負になると思うよ。君のさ、守りがなくなったとき、斬ればいいだけだし、鬼ごっこはわりと好きだから」 「っ!」 サクラを守るためにも華月はトラベルギアの槍を片手に握りしめると、自分たちを包んでいた結果を膜のように槍に纏わせ、突く。 男が一瞬とはいえ見せた隙をついて華月はサクラの手をとって走り出した。 「サクラさん、幻覚を!」 背中に悪寒を感じる。こつ、こつ、こつ……ほの暗い闇のなか、鬼が迫ってくる。 華月は結界を、サクラは幻覚を。互いにしっかりと手を握りしめて元きた道をかけていく。 こつ、こつ、こつ、こつ…… 華月は耳がいいために鬼の迫ってくる音がいやでも聞こえてくる。出来ればいますぐにそれを聞かなくて済むところまで逃げたい。 地下から抜けて、ようやく視界がクリアーになった。 こつ、こつ、こつ、こつ……鬼が来る。鬼がくる。鬼が、くる。 「サクラ、地図をしっかりと見ていて、私が先に進むから」 「はい!」 華月が槍を構えて走るのにサクラはノートにある地図で場所を確認し、的確に進むべき道を口にする。 「本件を特記事項β5、テロリストによる人員殺傷事件に該当すると認定。リミッターオフ、テロリストに対する殺傷コード解除、事件解決優先コードA7、保安部提出記録収集開始」 ジューンは素早くコードを口にするとセリカと黄金の魔女の間を駆けた。 素早く接近し、手刀を一匹に叩き込む。そのまま電流を流そうとしたが、敵も装備をしていたらしく中に仕込んでいたボディーアーマーで致命傷を退けて後ろに逃げる。ジューンはさらに追撃、アタックを仕掛ける。 「今です! 部屋から脱出を!」 セリカは弾かれたように顔をあげ、駆けだした。 「女中さん、はやく出てちょうだい!」 ジューンが後に続いたのに、魔女の手が扉に触れて黄金に変え、扉はかたく閉ざす。 「二人のいる場所はサーチでわかります。急ぎましょう」 ジューンを先行し、セリカたちは駆けだした。 「サクラ!」 先にサクラたちに気が付いたのはセリカだった。そしてそのあとを追う影にも気が付いた。 「サクラ、華月、伏せて!」 セリカは声をあげると同時にレーザーを放つ。 白き閃光――出来れば敵の体の隙を狙ったものだ。狙い通り敵の動きが止まったのに、サクラたちが駆けてくる。 華月とセリカは目を合わせると、頷きあった。 逃げる時は華月が槍で壁に穴を開けて外へと出る手筈になっている。セリカはその時間を稼ぐつもりだ。 「あなた何者? 何をしようとしてる? これは政府の命なの?」 「君。僕の奥さんみたいなかんじがする。うん。けど、奥さんのほうがやんちゃだったかな? 君の質問はそのまま返すよ」 けらけらと男は笑うのにセリカは薄気味悪さを感じた。 「それでさ、君たちのこと、殺さないけど、生け捕りでいいんだよね?」 「出来るかしら?」 「出来るよ。君の攻撃方法って、先のレーザーなら、あれって光の屈折次第でいくらでも対策できるんだよねぇ。で、懐にはいっちゃったら、首、叩き落とす。なんて言ってる地点でするつもりないんだよねぇ。手のうち明かして戦うほどバカじゃないし、安心して。今回は会ってみたかっただけだよ。それにこの施設はそろそろ処分する予定だったんだ。必要なものは手に入ったから。そろそろ逃げないと、爆発するよ?」 「え」 足元が揺れたのにセリカははっとした。鼻孔をくすぐる火薬の香りに爆発の文字が頭を過る。 男が懐に飛んできていた。 「危ない!」 間一髪避けたがよろけたのに小刀が飛び腕に突き刺さる。黄金の魔女が手を伸ばして刀を受け止める――が、その下腹部を鞘が突く。黄金の魔女の手から金の刀を滑り落ちるとくるりっと手のなかで回転させ、槍のようにジューンのドレスを突いて地面に縫い付けた。 華月が槍を構え、壁と男のどちらかを狙うのに迷いが生じた。男が素手で迫り、顔面に向けて容赦なく拳を振う。壁に叩き付けられた華月は、しかし致命傷を、槍と腕の間に男の拳を挟み込むことで防いだ。そのまま捻って拳を折ろうと試みると男が手を伸ばすのに、咄嗟に槍を前に突きだしアバラを折ろうと試みると、男は乱暴に華月を床に叩き付けた。 男は血を流しながら無防備に立ち尽くすサクラを一瞥すると手を伸ばす。 「やめなさい!」 セリカが叫ぶのに男は動きを止めた。 「一つ聞いてもいい? ポチとタマはどうしたの?」 「……警備室に閉じ込めているわ」 セリカが警戒心をむき出しに答えると男は笑った。 「そ。じゃあ、迎えに行かないと。死んでたらわざわざ迎えにいく必要もないのに……あ、こっちも逃げないと危ないからさ。だから今回はこれ以上はなし、ね? 互いに死んだらなににもならないよ?」 男が無防備に歩き出したのにセリカは茫然と見つめていたが、すぐにサクラに駆け寄ると、ぎゅっと胸のなかに抱きしめた。 苦い火薬の香り、灰色の煙が室内を満たし、一刻の猶予もないことを全員に告げる。 華月は苦い顔で槍を握りしめると、結界を纏わせて壁を突いて穴を開けた。 「はやく、逃げましょう」 「そう、ね」 セリカは頷いた。 施設から事務所に戻り、華月が苦々しい顔でウィーロウに結果をすべて報告した。 「そうか、やはり殺されていたのか……実験ね。政府がなにをたくらんでいるのかはわからないが……ありがとう」 ウィーロウの深い瞳は優しく輝き、五人を労った。
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