オープニング

 霊力都市と呼ばれるインヤンガイは、霊的なエネルギーに溢れている。それらは生物を存在させている根源であり、機械を動かす動力ともなっているが、時として制御されている霊力が暴走する事がある。その害を齎す存在を、インヤンガイの人々は「暴霊」と呼んでいた。
「今回はインヤンガイに赴き、その暴霊を倒して来て欲しい」
 世界司書であるシド・ビスタークは、導きの書を手にして言いながらロストレイルの乗車チケットを取り出した。
「暴霊は無差別に住民達を襲い、既に何件も被害が出ている。現地の住民の安全の為にも、これ以上被害を増やす訳にも行かないだろう。この一件については、現地の探偵に話を通してあるから詳細は其方に聞いてくれ」
 探偵――インヤンガイでは唯一の支配組織とも言える政府がほとんど役に立たない状態である為、「探偵」という生業が日々の問題解決の役割を担っている。その探偵達に持ち込まれた依頼を、異世界の住人でもあるトラベラー達に協力して貰う事は既に盟約としてなりつつあった。
 今回もそのような事であるらしく、シドは導きの書を閉じるとトラベラー達を送り出した。

 富裕階級が住む上層でもなく、貧民階級が住む地下に近い廃墟街。人が一人漸く通れそうなくらいに狭い道を抜けた所に、探偵はその仕事を営んでいるという。
「……あぁ、御前等なのか。今回、依頼を手伝ってくれるっていうのは」
 世界司書に教えられた通りの道を行き、そこで出迎えたのは一人の男だった。
 壱番世界で言うアジア圏に近い雰囲気を持つインヤンガイでは、珍しく無い黒髪と黒瞳。くたびれたコートとぼさぼさの髪の毛とは一線を画すかのように、きつく引き結んだ口唇と眉間に皺を深々と刻みながら据えた双眸の鋭さが特徴的だった。
「俺は『シィファン』と言う。……個人的な事は突っ込んでくれるなよ。今回の件について、早速だが説明する」
 自己紹介も素っ気無く、さっさと本題に入りたいのかシィファンが話を始める。
 依頼の内容は、シドが言っていたように暴霊の鎮圧。老若男女問わずに襲っている事から、本当に無差別であるらしい。被害報告を纏めると最初の被害は約二週間前まで遡り、とある集合住宅に住んでいる男性が襲われたという。現場は水浸しで、周囲には叩かれたような跡が残っていた。
「暴霊の出現場所は、最初の被害報告地点を始めとしているのか大体一定のエリアに留まっているみたいだな。屋外で襲われた報告もあるが、ほとんどは屋内……このインヤンガイでは珍しくないんだが、各自の個室以外は共同・共有式の所が被害に遭っているようだな。証言だと、大体北東――鬼門の方から襲われたそうだが……随分と動きが俊敏らしく、逃げる事もするようだから追い掛ける羽目にもなるかもしれん」
 暴霊化する事例は数多くあれど、人の場合は無念を抱いた人間が暴霊になりやすい。また、暴霊と一口に言っても死体がそのまま暴霊化したものもあれば幽霊のようになっている暴霊もあった。
 シィファンが言うには、今回の暴霊は物体型――暴霊が物体に乗り移り、異形のものに変化したものである。品物の特徴を残したモンスターといったもので、倒せば元の物体に戻るのだがその元となった物体を問われたシィファンは物凄く嫌そうな顔をした。
「……ベ……、トイレだった、らしい。その物体型の暴霊は」
 ちなみに陶器製の洋式だったようだ。口にするのも憚ったのか、シィファンは元々愛想の無い表情を更に仏頂面に変える。衝撃的なその形状の所為で、襲われた住民達も中々詳しい話も被害状況も聞けない状態であるらしい。如何やら、この暴霊の場合は元々人である事は調べがついているのだが。
 とても微妙な沈黙が数秒流れた後、シィファンは咳払いをしてその場を無理矢理取り纏めた。
「ともかく――そういう事だ。大変かもしれないが……頼んだぞ」

品目シナリオ 管理番号230
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント インヤンガイで御送り致します、月見里 らくです。タイトルにホイホイされた人は素直に名乗り出るように。初期タイトルは「荒ぶる便器を打ち倒せ!」でした。
 今回は探偵と協力して暴霊退治をして下さい。敵である暴霊は物体型・トイレ(洋式)です。
 調査パートは程々に、戦闘パートを主に置く予定。敵が敵なので、ギャグちっくになるかもしれません。探偵のシィファンは戦闘能力はありませんが、割合真面目です。
 なお、こんな内容ですが過度の下ネタはリプレイに反映しない可能性が多大にありますので御了承を。
 それでは、皆様のプレイングを御待ちしています。

参加者
西 光太郎(cmrv7412)コンダクター 男 25歳 冒険者
金 晴天(cbfz1347)ツーリスト 男 17歳 プロボディビルダー
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
日奈香美 有栖(ccea2734)ツーリスト その他 14歳 神族にして由緒ある家柄の姫令嬢
ミルフィ・マーガレット(csww2094)ツーリスト 女 16歳 戦乙女(ヴァルキリー)メイド
高城 遊理(cwys7778)コンダクター 男 23歳 作家

ノベル

 何処か陰鬱で退廃的。そんな空気が、インヤンガイに溢れる霊力エネルギーと共に漂っている。
 世界司書に導かれ、探偵の依頼を解決するべくトラベラー達はインヤンガイに訪れていた。
「へぇぇ、此処がインヤンガイかぁ~。想像通りって言うか、想像と違うって言うか……結構ビックリ」
 依頼の解決の為に訪れたというのに、それを感じさせない程に興味津々といった様子で日和坂 綾は歩きながらインヤンガイの景色を眺めて感想を零す。
 インヤンガイは雰囲気的には壱番世界のアジア圏に近いが、政府にあたるものが全くと言って良い程機能していない為か暮らしの面での落差が激しく、それが街並みにも如実に表れていた。
 現在、一行は協力を頼んで来た探偵であるシィファンが居を構えている建物から離れて調査に向かっている最中だった。引き受ける件は人々に被害を加えている暴霊の退治だが、あのままじっくりと話し合いをしている時間も惜しく且つ暴霊の方から来てくれるという可能性は皆無に近い。まずは動かねば話にもならぬだろうと、調査という事で一行は件の暴霊が出現している付近を目指す事にした。
「集合住宅が多くなって来た……という事は、この辺のエリアが暴霊の襲撃域って訳だな」
 立ち並ぶ建物の特徴を見ながら、高城 遊理はこの辺りが件の暴霊が出没しているという地域なのだろうかと案内代わりになっている探偵のシィファンに確認を取る。
 聞く限りでは、暴霊が出現するのは多くが共有・共同式の住居であるらしい。そういった所に住む者達は暮らしが裕福ではない者達がほとんどで、建てられている場所も一度に纏めて建設したかのような雑然とした集合住宅地に位置していた。
「この辺りの……何処が暴霊の出た場所ですの?」
「暴霊が次に出そうな所も見当を付けなくてはいけないな」
 一度周囲をぐるりと見回し、ミルフィ・マーガレットが問い掛けるとそれに頷きながら金 晴天は続ける。
 ただ闇雲にそこらを探し回っても、時間の無駄でしかない。暴霊の退治という事が今回の目的なのだから暴霊に出くわさなければ話にならないが、その為には今までどのような場所に出現していて、そこから読み取れる情報から次に出てきそうな場所を考えなければならないだろう。問われた方のシィファンは割合、その辺はきっちり協力する意思があるのかコートのポケットから折り畳まれた紙を取り出すとトラベラー達に見せる。紙はこの辺りに詳細地図らしく、幾つかの箇所に印と番号が付けられていた。
「印……は、暴霊が出た場所ですよね。番号の方は……」
「遭遇した順番みたいだね」
 地図を覗き込み、付けられた印を指先でなぞりながら日奈香美 有栖が言うと西 光太郎がその言葉の後を引き継ぐ。金も日奈香美に倣うようにして印を辿り、その印が事前に言われていたように一定の箇所に固まっている事を確認した。
「どの場所も、一回以上は襲撃をされていないのか。それなら、次に出るのはまだ襲撃に遭っていない所という事になるが……」
「被害に遭っている所は共同・共有式がほとんどで、数度に渡って襲撃を受けた所は無い。こうして地図を見てみると襲撃方向の北東から、も個々の襲撃報告からも全体の方角からも合っているみたいだけれど……」
 金と西がそれぞれで持っている情報から読み取れる事を分析してみるが、まだ明瞭と言うには早過ぎる上に曖昧な所である。どちらも言葉尻が些か悪くなっている一方で、日和坂は自分のセクタンであるエンエンを抱える。傍から見るとまるで他人任せという感じだが、実際調査等は不向きと判断して他の面々に任せるというスタンスを取っていた。
 そう面白い風景でもないのだが、見るもの全てが珍しく見えている日和坂はあれこれと暴霊の出現について分析している面々にふと問い掛けた。
「あのさぁ、暴霊の出る所は北東らしいって事なんだよね? 何でなのかな」
「そりゃあ鬼門だから……だろう」
「如何いう事なのでしょうか?」
 高城の告げた答えに日奈香美が目を瞬かせると、次は西が代わりに答える。
「鬼門は文字にしてみるとよく分かるけど、鬼の門――鬼が出入りする、良くないものが来る方角と言われているんだよ。壱番世界のアジア圏だと鬼っていうのは死んだ人を指す事もあるから、そこから来る事の不自然は無いね」
 かなりざっくりと説明を省いた部分もあるが、そう間違ってはいない解説をする。暴霊は強い無念を抱いて死んだ人間がなる事が多い為と、先程言ったようにインヤンガイが壱番世界のアジア圏に雰囲気が近い事、シィファンが説明をする時に「鬼門」という言い方を使った事から考えても、此方が思う方角の認識はこれで間違っていないだろう。西の説明に、高城も同意見だというように頷いた。
「へぇ……だからなんだ? 知らなかった」
「日和坂様も壱番世界の方でしたわよね……?」
 初耳、といった風に感嘆の言葉を紡ぐ日和坂に、ミルフィがそっと言う。事象やら何やらが色々と違う異世界出身者、つまりツーリストの面々がその辺りの事を知らぬのは致し方無いとしても、壱番世界出身のコンダクターは如何なのか。知識を持っていた高城と西と比べて言外に含んだその事に、日和坂は照れ臭そうに苦笑した。
「あはは……私はほら、実動担当だから」
「ですが、えっと……その……今回の暴霊って……おトイレなんですよね……」
 不意に今回の暴霊について思い返した日奈香美が恥ずかしそうに頬を染めながら言うと、面々が依頼で説明された暴霊の事を思い出す。
「トイレ……そうか、トイレか……」
「しかしながら……おトイレとは……随分と下品ですわね……」
 何故かしみじみと西が呟き、ミルフィは眉を潜めながらそう零す。
 トイレと連呼しているだけでは何の話か分からなくなるが、今回の暴霊の事である。暴霊の種類は様々にあり、今回は物体に霊魂が宿った物体型だというが、それは洋式の陶器製トイレだった。
「金さんも有栖さん達も、よく来たね? 特に……有栖さんは御嬢様なんでしょ?」
「あー……ナレッジキューブがな……。ボディビルは費用が掛かるんだよ。主に食事代だが……こら、そこ笑うな」
「え、えぇ……皆さんが危ない目に遭っていらっしゃるのを、見過ごす訳には行きませんから。暴霊は……その……おトイレ、ですけれど……」
 問い掛けに気まずく金は答えつつ思わず噴き出した日和坂を咎め、日奈香美はやはり口に出すのは躊躇われるのか俯きながら小さく言う。
 高城はその遣り取りを些か他人事のように見ていたが、ふと思い出したように声を上げた。
「……なぁ、本当は自分も遭遇したんじゃないのか?」
 件の暴霊に、と。その台詞に他の面々は疑問符を浮かべたが、高城の質問を向けられたシィファンは驚きに目を見開いて硬直した。
「如何してですの?」
「否、何か説明の時に歯切れが悪いのが気になってな。他の詳しい形状やら攻撃方法が分からないのは、被害に遭った人達が話したがらないからなのだろう? まぁ襲われたのがトイレな訳だから……それで、説明する時に妙だと思ったんだ。自分が体験していないなら、もう少し軽く言いそうなものだからな」
 ミルフィの問いに答えながら、高城は改めて銀縁の眼鏡越しにシィファンを見る。これまでほとんど言葉を発していなかったが、今はそれよりも増して無言だった。
「個人的な事じゃないぞ? 実際に見たなら重要な情報だし、暴霊を止める事に必要になるからな」
「……その割には楽しそうに言っている気が……あまり公衆の面前で言わせるのも気の毒だよ」
「そうですよ、おトイレの暴霊に襲われてしまったかもしれませんのに、それを無理に御訊きしてその事を思い出させてしまうだなんて御可哀相です」
 事情聴取と称しているもそれは建前で何処と無くからかうような調子の高城、それを察してやんわりと嗜める西、そして本気で心配して弁護している日奈香美。冗談めいた揶揄や察しながらの気遣いより、心から相手を思い遣った発言は時として最も精神を抉る事にも成り得る。ミルフィがシィファンの様子を見てみると、当人は堪え切れないといった風に顔を逸らして肩を震わせていた。
「……本当なんだ」
 その様子に疑わずとも察した日和坂が、まるで追い打ちのようにしみじみと呟く。暴霊の被害者ではなく最早別の何かの被害者になり掛けている中、顔を逸らしていたシィファンは憮然とした表情のまま短く告げた。
「……暴霊は生前の因縁に縛られる事が多い。それは行動に、姿に、場所に関係する。……後は問うてくれるな」
 言ったのは暴霊の性質。普通に聞く限りは特に変哲も無い言葉だったが、その台詞にハッとしたように西が目を細めた。
「……トイレか」
「それは暴霊で……否、まさか場所が、か?」
 思わず突っ込み掛けた金だったが、続いて理解が及んだ為に確認として問い掛ける。シィファンは押し黙ったまま答える気は窺えないが、否定しない所から肯定であるらしかった。
「えっと……おトイレの暴霊は、おトイレに出る……という事なのですよね」
「最初に襲撃された場所から、他の襲撃場所を順番に繋げて……その北東の方角、共有・共同式の住居でそこにトイレがある……」
 恥ずかしげに言いながらも何とか理解しようと言葉を纏める日奈香美の傍らで、高城は改めて周辺の地図を見直す。地図上の印を辿りつつ、条件に当て嵌まる所を探すとそれに該当するポイントが幾つか見受けられた。
「考えてみると、確かにそれだと違和感が無いな」
「うん? そうなの?」
「北東、鬼門は言ったように悪いものが出入りする場所で、そこは水回りのものは置いてはいけないとも言われているんだよ」
「水回り……まさしく、おトイレの事ですわね」
 暴霊の被害に遭った所は、水浸しにもなっているという。水の害と言えば、その通りだ。
 壱番世界での考え方が此方でも通用するとは限らないが、これまで導いた推測からするとインヤンガイでも風水の捉え方はそれ程変わり無いらしい。その事を加味しながら、西は言葉を続けた。
「多分、インヤンガイでも方角に関して意識はしているだろうから、普通はそこに水回りに関係する場所……この場合はトイレだけど、そういうものは設置しない。しかし……こういう住宅地、しかも一軒家でもなく壱番世界で言うアパートみたいな所だとわざわざ鬼門除けはしない上にスペースや建設費の関係で出来ない……更に、設計の関係でそこにトイレを置かざるを得ない事もある」
 そこまで言ったら、出現場所については明白になったも同然だった。
 少しばかりと言っても良いのか若干一名の古傷を抉りつつ、ともかく、次なる襲撃場所に最もなりそうな所に見当を付ける。
「暴霊の形というか、種類はトイレだから……普通のトイレになりすまして潜んでいるのだろうか?」
「小さくはないし、まぁトイレだから目立つのだろうが木の葉を隠すなら森の中、という言葉もあるくらいだし、居るとしたらトイレだろうな」
 まずは暴霊と接触する為の方法を西と金が考えてみるも、双方とも「トイレだから」という言葉が入ってしまっている所が聞いていて奇妙に思われるかもしれない所である。
「やはり、その場所を張り込んだ方が良いか?」
「一般人が襲われている所を駆け付けるのは、周囲に目立つ上に戦闘が激しくなったら危険だろうからな」
 高城がそう言い、金が頷いているその一方で話を聞く傍ら暴霊退治に向けて準備をしていた日奈香美は、同じく支度をしていた日和坂の方を見て緩く首を傾げた。
「如何したの?」
「いえ……それは、雨合羽ですか?」
「うん、そうだけど」
 日和坂が準備して来たのは、ヘッドライトと簡易式の雨合羽。雨合羽の方は予備に数個用意してある。用意だけ見ると、まるで雨の日の工事現場に立っている人を連想させなくもない。
「だってぇ、洋式トイレって事は、ウォッシュレット攻撃があるかもでしょう?やぁだ、制服濡れちゃうの。だから雨合羽準備して来たんだよ」
 襲撃があった現場は水浸しで、証言によるとトイレは洋式。このインヤンガイに洗水機能が付いているのかどうかまでは知らなかったが、用心しておくに越した事は無いだろう。雨合羽は日和坂自身の戦闘スタイルに合わせ、動きやすいものだった。
「濡れたらいけないし、全員分のレインコートと長靴を用意してから使うと良いよ」
 同じ事を考えていたようで、西が持って来たレインコートと長靴を勧める。汚れたら、ではなく濡れたら、と言ったのは様々な事に対する心遣いの心算だった。
「西様、御気遣い有難う御座います。御嬢様、見た目はともかくとしても一応は暴霊……心して掛かる事に致しましょう」
「……おーい、高城、西、件の暴霊をおびき出そうと思っているんだが……」
 ミルフィが礼を送りながら日奈香美に言った所で、金が高城と西を呼び付ける。日奈香美や日和坂、ミルフィ等とは少し離れた場所を確保した所で、金は呼んだ二人に切り出した。
「二人共、暴霊が来るであろう所で待ち構える算段だが、他に一般人に被害を与えない為にも俺等が囮になろうかと思っている」
「あぁ……成程」
 襲われた対象は男女差や年齢差の方に関係無いというから、囮という手段を使っても問題は無いだろう。敢えて離れた位置で高城と西を呼んでそう提案したのは、場所が場所である為。そして退治する暴霊の事を考えた上での配慮で、その辺りに気が回らない程二人は野暮天でも無かった。
 囮になって暴霊を待ち構えるという事は後で他の面々にも伝えておき、シィファンの案内で最も次の襲撃場所になりそうな所へ向かう。そこの住人には頼んだ身だからとシィファンが説得を行い、とりあえず周辺の住民には被害が及ばないようにはなった。
 場所は今まで最も多く襲撃に遭ったとされる共有・共同式の住居で、北東方面のトイレ。住宅が密集している場所でもある所為か、照明は些か普通と比べて不十分だった。
「しかし……こうして野郎がトイレでじっと待つというか、入っているのは何というか……」
「俺等、とは言ったが囮は一人で、何も纏めて入らなくても良かったんだが」
「まぁ色々とシュールではあると思う」
 裕福でもない階層の人々が住んでいる所で、共有・共同式の住居である為に建物一つにつきトイレにあたる場所は一ヶ所だけである。建設上、本来ならそこに置くべきではない鬼門の方角にトイレを置いているというだけあって、その設置面積も広くはなく、狭苦しいものだった。
 そんな所の周辺にトラベラー六人と探偵一人、計七人が居る。よく考えなくても、定員オーバーという所だろう。
 傍から見たら奇妙な体勢のまま、暴霊を待ち構える。用を足す訳でもなく、ただ待っているだけであった。
「そういえば、映画に出演した時にこれと似たようなのがあったような……」
「えっ、金さんホント?」
 トイレの暴霊待ちの最中、ふっと昔を思い出して呟いた金に、日和坂が興味津々に尋ねる。
「あぁ、確かラストは下水処理場で――」
 頷き、答えようとしたが流石に口に出すのは如何かと思った為に止めようとした刹那。
 トイレの入り口ではなく外側の壁にあたる所から、住居全体が揺れているのかと錯覚してしまいそうな程大きな音が響いた。
「!」
 床まで振動が響いているのは、住居そのものの作りが弱い所為か、それと音を立てている原因の力が強い所為か。ドンドン、と形容するには生易しく、一定ではなくただ力任せに力をぶつけているようだった。
「確か……被害の現場は、水浸しだったと同時にあちこちに叩かれたような跡があった、という事でしたわね」
「では、その叩かれた跡というのはこの所為という事でしょうか……? 何だか、ノックしているみたいですね」
「御嬢様、ノックと仰るのなら、おトイレの戸からではいけませんわ」
 暴霊の被害報告の中で、水浸し以外に示されていた事を思い出して合点が行ったようにミルフィが呟き、日奈香美がそれに感想を零す。言葉だけは暢気にも見えなくは無いが、退治の為にトラベルギアは音が響いたと同時に展開を始めていた。
 トイレの外側を叩くような音は次第に大きくなり、今はもう他の音は聞こえないくらいになっている。ここの住居は然程頑丈な作りでもないので、破られてしまうのも時間の問題だろう。
「よーしっ、来た来た……っ! んじゃ、後はコッチで頑張るから。オジサンは隠れててねぇ?」
 住居の壁がそろそろ保たない事を察し、戦闘態勢に入った日和坂はシィファンに下がるように言う。シィファンは数瞬何か物言いたげな様子だったものの退治自体は一切関わる心算は無いのか、トラベラー達の邪魔にならないように後ろに下がった。
 同時、一際大きな音が一つ響き、強度の強くない壁が崩れる。その衝撃で揺れた床に足元が危うくなりつつ、皆は崩れ去った壁の先を見た。
 そこには――
「……うわぁ」
「……何だか、襲われた人達が言いたがらない気持ちが分かる気がするよ……」
 今回退治する暴霊は、陶器製の洋式トイレ。それは事前に知らされていたものの、他の詳細な情報が少ない事と実際に対面してみると少なからず驚きが走った。
 形状は確かに、情報の通り陶器製洋式トイレ。しかしながらその大きさは通常考えられるものよりも二倍程大きくなっており、暴霊化をした影響なのか宙に浮いている。貯水タンクにあたる部分からは蓋が半開きになっており、そこからは止め処無く水が流れて床を水浸しにしている。
 そして、最も注視をしてしまうのは便座の部分。水が溜まっているという所は普通と同じだったが、そこが妙に立体的な人間の顔をしていた。正直、あまり見つめていたくはない類である。
 あんなのに襲われたのか。その意味を込めて高城はシィファンの方へ振り返ろうとしたが、耳元に届いて来た鋭い音に咄嗟にトラベルギアである「黄金懐律」という金色の懐中時計で此方を攻撃してきたらしい「何か」を防ごうとした。
 トラベルギアを持った腕に、僅かな衝撃と共に顔に冷たいものを感じる。咄嗟の事だった為に思わず閉じてしまった目を開けると、それが何なのか知って眉を潜めた。
「……水?」
 防いだギアを中心として、その周辺は水に濡れている。滴り落ちる水に怪訝な顔をしていると、ミルフィが声を上げた。
「危ないですわっ!」
 また鋭い音が響き、此方に飛んで来る「何か」に対してトラベルギアを弓形態にするとそれへ向かって矢を放った。
 エネルギーを基とする矢は完全には当たらなかったものの、その軌道をずらす事には成功する。狙いが外れたそれは、背後の壁に当たって小さな穴を開けた。その壁の部分も、よく見ると周辺が濡れている。
「これがあのウォッシュレット攻撃ってヤツ?」
「あれ、暴霊の顔の口辺りから出ていたぞ」
 まさか自分が命名したものを本当にしてくるとは思わず、暴霊を指差した日和坂に攻撃の様子を見ていた金が続ける。
 普通の水飛沫程度なら、人に怪我をさせる事など出来ない。しかし、水を高密度に圧縮し、それを放出する事で鉄をも両断する切断力が生まれる。特殊な道具であるトラベルギアまでは傷付ける事は出来ないようだが、それでも他のものに危害を加えるには十分過ぎる脅威だった。
「あの、高城さん……御怪我などは御座いませんか……?」
 万が一何処か負傷をしているようなら治癒をしようと、日奈香美は高城の方へ心配そうに様子を伺う。高城は暫し顔を伏せていたが、唐突に両手で顔を隠しつつ同じく様子を見ている日和坂に詰め寄った。
「汚されちゃった! 私、汚されちゃったよぅ!」
「えぇぇえっ!? ちょっ、えっと、だ、大丈夫だから!」
「そ、そうですよ……! おトイレに粗相があったとしても、御心は綺麗なままですから……!」
 そんなフォローをされると逆に心が綺麗ではない気がひしひしとして来るのは、きっと気の所為だと思いたい。ちょっとした冗談、勿論嘘泣きで言ってみたものの、顔を真っ赤にして動揺する日和坂や続けて真剣な目で励まそうとしている日奈香美の何とも純粋な様を目にすると若干気が咎めた。
「おーい、一応戦闘中だから……」
 一応、でもなく実際の所として戦闘中なのだが何となく一応と付けてしまいながら西が言う。この間には、ミルフィと金が暴霊の相手をしていた。このトイレの暴霊は、水による攻撃だけではなく便座の蓋をブーメランのように飛ばして攻撃もして来るらしい。
 時々向けられて来る水飛沫を避けながら、西は旅行用のリュックサック――トラベルギアである「クラインの壺」の中に手を突っ込む。
「さて、何が出るか……今回は大体予想出来るけど……」
 やがて、トラベルギアの中に突っ込んだ手が何かを掴む。それを引き抜くと、出て来たのは薄いピンク色のトイレブラシだった。
「やっぱり、というか……」
「一応戦闘中だと言っている端から何を」
「否、俺だって何が出て来るのか分からないから……!」
 金の突っ込みに自己弁護をする訳ではないが、自身のギアの性質上何が出て来るのか本人にも分からない。俗にスッポンと呼ばれている通水カップが出て来た日には、便器部分にある水が形作った顔に向けて吸い出しでもしなければならなかったのかもしれない。相手が暴霊だとはいえ、それは少々遠慮願いたかった。
 若干空気は締まり切っていないままだが、それでも今は仮にも戦闘中。貯水タンクにあたる所から垂れ流しになっている水は暴霊が居る限り限界が無いらしく、床を濡らしている。この場所は住居の一階部分に位置している為、床は下に零れるような事は無く浸水を始めていた。
「足場が悪くなっちゃう内に、ちゃっちゃと片付けないとね……エンエン、狐火操り御願い!」
 高城から受けた動揺から一応立ち直り、日和坂はトラベルギアの鉄板入りシューズで駆けながらセクタンのエンエンに指示を飛ばす。その呼び掛けに応え、エンエンが狐火を生み出す。生み出された狐火はシューズの鉄板部に宿り、そこが赤く燃え上がった。
「うりゃあぁっ!」
 気合い一声、水を垂れ流し続ける貯水タンク部へ向けて上段から蹴りを放つ。距離もタイミングも十分な所だったが、当たる直前に暴霊は貯水タンク上部にあったタンクの蓋を盾にして上段蹴りを防いだ。見た目はトイレながら、攻撃方法といいそれなりに戦闘に対応出来ているらしい。しかしながら蹴りを防いだ所は、元々陶器製だった為かぴしりとヒビが入っていた。
「そんなに頑丈そうじゃないみたい……っと!」
 蹴りを放ち、体勢を立て直した所で暴霊が水飛沫を飛ばして来る。日和坂は身体を逸らしてそれを避け、暴霊の矛先が其方に向いている隙に他の面々が向かう。
「意外と素早いか……!」
 宙に浮いている所為だろうか。姿の割には、暴霊の動きは素早い。飛ばして来る便座の蓋は防げるものの、本体の方を捉えるのは中々難しいようだとトラベルギアのグローブを嵌めて金が零す。
 放って来る水飛沫の数も多くなり、個々で防ぐ事は難しそうだと判断した日奈香美が神聖魔法で防御の補助を行っていた。攻撃も行ってはいるものの、形状の所為か近付いて攻撃はしたくない為である。
 狭い場所ながらも確実に追い詰めて行こうとしていると、不意に暴霊が動きを止める。暴霊が出現した所とは違う壁際まで、暴霊とはいえ見た目洋式トイレが追い詰められている様は不可思議な光景だろうが、考えても如何しようもない。
「行くよっ、ミルフィさん!」
「分かりましたわ、日和坂様!」
 互いに声を掛け合い、日和坂は足を振り上げてそこから火炎弾を、ミルフィは光の矢を同じタイミングで放つ。その攻撃に感付いた暴霊が水を巻き上げ、視界が一瞬塞がれた。
 攻撃の為、大きな音と衝撃が辺りに響く。周囲に撒き散らされた水が床に落ち、高城は暴霊の居た方を見た。
「やったか?」
 物体型の暴霊は、倒されると元の物言わぬ物体に戻ってしまう。今の攻撃で撃破が出来たのなら粉々のトイレがある筈だが、確認をしてみるとそこに暴霊は居なかった。
「あっ……あそこに、居ます!」
 日奈香美が指差したのは、先程まで暴霊が居た筈の所よりも少し奥まった点。その先には、見た目トイレとは思えない速度で宙を浮きながら逃走をしている暴霊が居た。逃げる事も、とは聞いていたが、本当に逃走するようだ。
「退治ですから、追い掛けないと……ミルフィ、御願いします」
「えぇ、承知しておりますわ。御嬢様、御乗り下さいませ」
 このまま野放しにする訳には行かないだろう。それを思い、日奈香美はミルフィの方へ振り返る。その意図を理解したミルフィは頷くと、普段は小型化して携帯をしている専用バイクを出す。ミルフィ自身はバイクの方へ、日奈香美の方はそのサイドカーに乗り込んだ。
「皆様、御嬢様と私は先に暴霊を追ってみますわ」
 礼儀正しく一礼し、ミルフィはバイクを走らせて暴霊の後を追う。流石に多人数を乗せる事は出来ず、また、バイクが走る速度に普通に走って追い付く事は無理だろう。
「こっちも暴霊を追い掛けなければならないが……」
「二人の後を追い掛けるより、暴霊の先回りを考えた方が良いかな。……空、ちょっと上から見ていてくれないか?」
 如何する、と問い掛けた金に、西は自身のセクタンである空に呼び掛ける。オウルフォームの空は呼び掛けに応えて頭上に飛び立ち、上空に滞空した事を見て取るとその視覚を共有して暴霊の行く先を探った。
 先行した二人の方は、しっかり暴霊の後を追えている。後は此方が暴霊の先回りをすれば、ちょうど挟撃する形になるだろう。暴霊の出現場所を調べる時に使った地図を広げ、その行き先を指先で辿る。今の所は日奈香美とミルフィが追っている御蔭か、逃走の仕方は単純で読みも容易かった。
「此処から暴霊の先回りか……」
「んー……ねぇねぇオジサン、インヤンガイに住んでいるんだし、裏道とか細かいとこは詳しいんだよね? 私、この街の生まれじゃないからサッパリだけど、オジサンなら近道とか案内出来るんじゃない?」
 如何やって先回りをするか、という所で、ふと日和坂が思い付いたようにシィファンに問い掛ける。暴霊が逃げたので後ろに下がっていたシィファンだったが、日和坂に問われて一応は、と短く答えた。
 インヤンガイの地理に関しては、インヤンガイの住民が一番詳しいだろう。その事については異論無く、セクタンの空と視覚を共有して暴霊の行き先を追い、地図上でそれを辿りつつ案内をして貰う。戦闘は出来ないようだが十分に走るだけの体力はあるらしく、シィファンは走りつつ面々を案内していく。通っている道は細い道だったり曲がりくねった道だったりと不規則極まりなかったが、これが近道らしかった。
「さっきの所……かなり損壊させてしまったが、良かったのか?」
「あちゃあ……私、全然意識していなかったなぁ……」
 暴霊の先回りをするべく走りながら、高城がシィファンに問い掛ける。出現した時に崩れた壁や、逃げ出した時に壊れた壁。その他の箇所も、日奈香美が防御の補助をしていた為に深刻という程ではないにしろ無事という訳ではない。戦闘中も周囲に関しては気に掛けていなかった日和坂は、今気付いたといったように小さく言葉を零した。
「他の人間に被害が無かっただけ、良い方だ。気にする程でもない」
 戦闘に関しては如何にもならないが、その他の支援に関しては此方の領分でもある、と気にしないように告げる。眉間に皺が寄った不機嫌そうな表情だが、平時の顔であるらしく実際はそれ程問題ではないらしかった。
「……ところで西、その武器は何とかならないのか」
「出てしまったものは仕方無いから……。百の職の一つ――『清掃員』の掃除テクで、何とかするさ」
 金の指摘に、ピンク色のトイレブラシを持ったままの西は苦笑しながら答える。トイレ退治ならぬ、トイレ掃除という所だろうか。
 今は暴霊として暴走をしているが、霊魂が取り付いただけで元はトイレである。そんなに間違っていないだろう、と思っていた所で、セクタンの空から見るものと地図とを照らし合わせてそろそろかと感じると足を止めた。
「……来た、か」
 バイク音と、何やらガタガタと慌しいような音が近付く。目を向けたその先には、逃げるトイレの暴霊とそれを追い掛けて走るサイドカー付きのバイクが見えた。
「有栖さん、ミルフィさんっ!」
 日和坂の呼び声に、先行していた二人も気付く。逃げに転じていた暴霊は双方から挟み撃ちにされる形になり、逃げ場を失くして動きを止めた。
 また隙を見せるような事になれば、先程と同じように逃げられてしまうだろう。
「今度は……逃がすか!」
 暴霊が逃走や攻撃に入る前に、此方が動くのが吉。高城はトラベルギアのチェーン部分で動きを束縛しようとする。暴霊はそれから逃れようとしたが、察した金がそうさせまいとグローブを嵌めた拳で動きを封じた。日和坂も、飛んできた便器の蓋を回し蹴りで叩き割る。
「皆さん、離れていて下さい! ……ホーリーレイン!」
 今度こそ逃がさないと、動きが封じられた所を見計らって日奈香美が叫ぶ。その声に面々が距離を置いた直後、日奈香美は魔法を唱えた。
 呪文に応じ、天から光の雨が降り注ぐ。眩しい光が周囲に散り、それがおさまった頃にはもうトイレは元の大きさに戻り、暴走する事も無くただの物体に戻っていた。
「終わったよう……ですわね」
 バイクから降り、最早ただのトイレとなったそれを見つめてミルフィが呟く。シィファンの方を振り返ってみると、それは間違いないようで頷きを返していた。
「また使えるかどうかは分からないけれど……綺麗に掃除しておこうか」
 トイレブラシを持った西がトイレに近付き、それから掃除を始める。物体に戻ってしまったトイレは攻撃の為にあちらこちらにヒビが入り、ボロボロで汚れ云々の問題ではなかったが少しでも綺麗にしておこうと掃除をするのはこれに取り付いていた暴霊に対しての弔いの気持ちでもあった。
「御話出来たら、浄化も出来たかもしれませんが……」
 掃除を行う西の傍らで、日奈香美も暴霊に対して祈りを捧げる。暴走をしてしまった暴霊は退治するしか方法は無いのだが、そう出来たら良かったと思わずにはいられなかった。
「しかし、取り憑かれたトイレは何処にあったんだろう? 如何してトイレに憑いたのかも気になるが」
「そうだよね……今更聞くのもアレだけど。このヒト、何でこんな暴霊になっちゃったんだろうね。オジサンは知ってる?」
 少しばかりしんみりとした空気の中、ふと高城が疑問を呟き、それに日和坂が続ける。後回しになっていた疑問が、終わった後になって湧いて出て来た。
「元々の物体は、最初に被害が遭った所のものだ。……暴霊の種類には色々とあるから一概には言えんが……物体型の場合、関わりが深いものか死んだ時にその近くにあった……そういう場合がほとんどだな」
「という事は、どの道トイレに関わるって事だろ」
 言外に含んだ事実を読み取り、金がそれを口にする。問い掛けはしなかったものの確認調子の言葉に、シィファンは曖昧に頷いた。
「そういえば、壱番世界には『ハナコさん』っていう女の子の霊が聞きましたけれど……」
「あぁ、居るよ」
「……う、私、そういうのは苦手だなぁ」
 日奈香美の問い掛けに西が首肯した所で、日和坂が困り顔に近い表情を浮かべる。壱番世界出身の為にその話も知っているだろうが、それが如何したのだろうかと疑問を向けた所で日和坂は小さく溜め息を零した。
「……如何してだ?」
「だってぇ、幽霊とかって普通触れないから殴れないでしょ? ゾンビとかも殴るの嫌じゃない? だからかなぁ」
 先程まで躊躇い無く暴霊に対して攻撃を仕掛けていた気がするのだが、それは嫌ではないのだろうか。腐っていなかったり、殴ったりする事が出来るのならば問題無いという事かもしれない。
 その辺の突っ込みはとりあえず今回避けておく事にして、今回の暴霊についてまた疑問が宿る。
「無念を抱いて死んだものが暴霊になるんだっけ? 花子さんみたいにトイレ絡みで死者が出たとか……あるいは、汚れたトイレに我慢が出来ない掃除の人の無念とか」
「洋式だったから、色んなヒトに座って欲しかった、とか……」
 それぞれで推測を立てている傍ら、ミルフィはシィファンの方を見る。視線とその意味を感じたシィファンは、仏頂面のまま「問うな」と口には出さずとも分かるように首を振った。
 ……実際の所、そう当たらずとも遠からず。トラベラー達には申し訳無かったが、そこは言わぬ方が死者の為であろうという判断だった。
「今回は、トイレの花子さんじゃなくてトイレ自体が襲って来たけどな。……考えてみれば、怪談とかでトイレで悲惨な目に遭うのって、怖い風に描かれてるけど、考えてみれば凄い屈辱だよね?」
「今回の場合は、そのトイレを待ち伏せて追い掛け回すという事もした訳だが」
 高城はそういった風に皆に話を振りつつ、また若干一名の古傷を抉るような事をする。そこで更に目元に険が含んだ所で、掃除を終えた西が明るく言った。
「ともかく――これで落着、って所かな。あまり長居するのも、申し訳無い」
「だな。暴霊調査だから、憑依された物品を世界司書に渡したいが……」
 金がトイレの破片を回収しようと厚手のビニール袋を取り出すが、物体の方は探偵の方で処理をするという事であるらしい。残された物体の片付けもしなければならないのだろう。
「では、私達はこれで……」
「じゃあまたね、オジサン?」
「……。……あぁ、恩に切る。またインヤンガイで用向きがあるかもしれないが……司書に宜しく、と」
 感謝と別れは、最初の説明の時と同じように味気無い。こうして依頼を終えた一行は、探偵に別れを告げるとインヤンガイを後にした。

「……戻ったらシャワーを浴びたい。あいつの臭いを消したくてなー……そうだ、日和坂さん」
「何?」
「多分だがシィファン、『オジサン』って歳でもないと思うぞ」
「まだ、御若い方でしたよね……?」
「……え」
 帰りの途中、そんな遣り取りがあったのは恐らく余談なのだろう。

クリエイターコメント 御待たせ致しました、リプレイを御送り致します。インヤンガイでのトイレ(洋式)の暴霊退治でした。書き上げての反省点は「程々にする予定だった調査パートがねちっこい」、「頭脳担当と実動担当の振り分けを間違えている気がする」、「ギャグでもシリアスでもない微妙な空気」だと思います。出落ち覚悟でしたが実に申し訳ありません。
 そしてこの度、シナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。
公開日時2010-02-10(水) 18:30

 

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