オープニング

 天央華(ティエンオウファ)と呼ばれる一角、世界各地のセレブリティでラグジュアリーなものごとをかき集めたかのようなそのエリアでは、今日も今日とて、さまざまな催しが行われている。
 財を持たぬ一般人には雲の上としか表現出来ぬ、華やかで豪奢でそれでいて洗練された出来事が、彼らが一生働いてようやっと得られる金銭の何十倍何百倍もの規模で繰り広げられる。
 そんな中、今、セレブリティたちの興味を惹いているのが、『栄光(ヨングアン)』ドームと呼ばれる広大な場所で大々的に開催されているオートマタのショウだった。
 一週間にわたって開催される、音楽をテーマとしたそのショウでは、ごくごく初歩的な、霊力を必要としない、ヒトのかたちを持っていないカラクリから、思わず本物と見間違えそうなほど精巧なモノまで、ありとあらゆる姿かたちをした人形たちが、さまざまな音楽を奏でているのだそうだ。
 エリア一の超高級リゾートホテル『楽園(レユアン)』からは、“ヒトの痛みを癒す”歌をうたうと評判の人形、迦陵頻伽が参加し、それだけを目当てに集まるものも少なくないと言う。
 ムジカ・アンジェロとベヘル・ボッラ、ふたりのロストナンバーは、先にこの『楽園』ホテルで起きた武装グループ襲撃に関わり、結果的に事件を解決することになった。
 その時のお礼を兼ねて、主催者のひとりである『楽園』ホテルのオーナーから、本来は選ばれたものたちしか入ることのできない――要するに、財力なきものは帰れ、ということだ――ショウへと招待されたふたりは、『栄光』ドームへとやって来たのだった。
 お供に、不幸な写真家を引き連れて。

 * * *

「おい、いい加減放せ」
 由良 久秀が不機嫌に言うのを小耳にはさみ、ムジカはようやく引っ掴んでいた彼の襟首を放した。
「ごめんごめん、でも由良、」
「……掴まなくても逃げない」
「あ、本当に? ならよかった。おれも、そろそろ可哀想かなって思い始めてたんだ」
「何がだ」
「由良のジャケット」
「……そんなことだろうと思った」
「掴まれて引っ張られ続けるの、気の毒だし。っていうことで、由良が観念してくれてほんとよかったよ」
 あっけらかんとしてまったく反省していない、それどころか悪かったとすら思っていない風情のムジカに、由良が深々とため息を落としている。
「君たちって面白いコンビだよね。見ていて飽きないっていうかさ」
「やめろ、そんな、妙に和気藹々としているように見える単語で人をくくるな」
 小首を傾げたベヘルに、心底嫌そうな顔で由良が吐き捨てる。
「えぇ、ひどいな由良。そんなけんもほろろに扱われたら、俺のガラスみたいに繊細なハートが傷つくかもしれないじゃないか」
「……ガラスはガラスでも、どうせ、強化ガラスとか防弾ガラスとか、そんなものだろうが」
「あ、なるほど、なかなかうまいこと言うね、由良」
 いっそ感心するムジカ、うまいこと言いたかったわけじゃないと盛大な溜息をつく由良、そんなふたりをやっぱり面白いなあと見つめているベヘル。
 風変りな三人は、確実にセレブな人々の視線を集めていたが、ムジカはまったくこだわっていないし、ベヘルはこういった場に慣れていて、由良などそもそもコミュニケーションを取ろうというつもりもないためオールスルーである。
 と、そこへ、
「ムジカ、ベヘル!」
 性別の測りがたい、透明で美しい声がやわらかな歓びを含んで響き、ふたりは同時に振り返った。
「頌花」
「やあ、元気だったかい。――ん、元気、というのはまた違った概念かな」
 そこには、案の定、透き通るような雰囲気の顔立ちからも、ほっそりとした身体からも、骨格からも、人種も性別も年齢もうかがうことのできない、ただきれいな姿をした、不思議な雰囲気を持つ華奢な『鳥』が佇んでいた。その背には、銀と鋼と鏡、それから金の散った瑠璃でつくったような大きな翼がたたまれてしまわれている。
 滅びを振り撒く兵器としてつくりだされ、しかし今は、ただ人の痛みを癒すうたをうたう、美しい鳥は、背後に、己と似た雰囲気を持つ五人の青年を従えていた。
 従えているというより、五人に護られているといったほうが正しいだろう。
「お久しぶりです、ムジカ、ベヘル。それから、ええと……写真家、の、オトモさん?」
「……それは俺のことか」
「ちがう? ごめんなさい、でもわたし、そう聞い……」
「あーごめん、おれ、ホテルに『お供を連れていく』って言ってたわ、そういえば」
「なら、次からはちゃんと名前で伝えるようにしてくれ」
 もはやこの男に何を言っても無駄だという諦観が芽生えつつあるらしい写真家氏は、はああああああ、と盛大な溜息を吐き出し、由良だ、と端的に名乗った。
「……写真を、撮らせてもらう。ホテルからもそう依頼されている」
「はい、よろしくおねがいします」
 邪気のない、あどけない笑みとともに、頌花がぺこりと頭を下げる。
 その姿は、もう、ヒトにしか見えない。
「それで、頌花。彼らは――いや、『彼』じゃないのかな、ともかく、その人たちは? なんだか、きみと似ているようだけど」
 ベヘルが問うと、口々に名乗りが上がる。
「一狼(イーレアン)」
「二鷲(アルジュ)」
「三隼(サンスウン)」
「四蜂(スウフォン)」
「五蝶(ウーディエ)」
 どれもよく似た、性別のはっきりしない、ただきれいな――ただし鋭くもある――印象の顔立ちをした、黒ずくめの青年たちだ。少女ないしは少年といった趣の頌花より十ばかり年上に見え、身長は小柄な迦陵頻伽より頭ふたつぶんほど高い。身体のあちこちに何らかのデバイスがあり、それぞれがめいめいに武器を所持しているのが見受けられた。
「頌花、彼らは……もしかして?」
 ムジカの問いに、迦陵頻伽は無垢な笑みを浮かべてみせた。
「はい。わたしの、きょうだいです。歌をうたうことは、出来ないけれど。同じ、おとうさんにつくってもらいました」
「きょうだい?」
「殺される前に博士がつくっていた自律駆動型の戦闘用人形だ」
「……頌花を護るために?」
「話が早い」
 応えたのは一狼と名乗った人形だった。
 よく似た顔立ちだが、一狼は赤眼、二鷲は青眼、三隼は緑眼、四蜂は黄眼、五蝶は灰眼をしている。どれも、貴石を磨いてつくったかのように、光を受けるときらりと光る美しい眼だった。
「我々は頌花とリンクしている。頌花の自我が鮮明になったあの時、私たちもまた『目覚め』た」
「あの時?」
 由良がいぶかしげに首を傾げる。
 しかしムジカは納得の表情とともに頷いていた。
「……あの事件か。頌花が連れ去られそうになった」
「そうだ。だから、ムジカ・アンジェロとベヘル・ボッラ。我々はあんたがたに感謝している。我らきょうだい、頌花への愛と同等に、あんたがたを貴び、敬おう」
 五体の戦闘人形が、ムジカとベヘルに向かい、同時に片膝をつく。こうべを垂れ、恭順を示してみせる。
 あの日、迦陵頻伽がはっきりと心に目覚めるまでは、この戦闘人形たちも、ただの、使役者の命令で戦うカラクリでしかなかったのだと、愛の意味も、闘う理由も、何も存在しなかったのだと、だからこそあの日無垢な迦陵頻伽に生きる道を示してくれたふたりに感謝するのだと、戦闘人形たちは言うのだ。
 そして、
「どうか、力を貸していただきたい。今、このショウには危機が迫っているんだ」
 一狼はそう、話を切り出した。
 『おとうさん』につくられた六体の人形の中では、この一狼が長子の役割を果たしているらしい。
「危機?」
 戦闘人形たちがうなずく。
 それとなく周囲へ視線をやれば、確かに、やけにざわついている。警備員と思しき人々も、相当な人数が投入されているようだ。
 目だけで先を促すと、
「“聖神秘志団”だ」
 なんとも仰々しい名前が飛び出してきた。
 それは、この世界に存在する宗教のひとつで、唯一絶対の神を奉じる一神教の中でも、特に過激な思想を持つものたちの集団であるという。
 ヒトは神が己に姿を似せてつくったものであるという観点から、ヒト以外にその現身が存在することは罪深く、また存在してはならないという行動理念を持つ彼らは、インヤンガイのあちこちで事件を起こしている。
 すなわち、人形を破壊しているのだ。
 彼らに壊された人形は、この数年で数万体に及び、その中には、頌花と同じような『心を持った』ものもいたという。
「ついさっき、手紙が届きました。人形はこの世にあってはいけないものなのだと。心を持つなどもってのほかだと。たましいを持っていいのはヒトだけなのだと。――わたしたちはころされるかもしれません、このままだと」
 護衛の戦闘人形たちも、このショウに出展されているヒトガタたちも。
 音楽を奏でるためにつくられた、穏やかな存在でありながら、ヒトのかたちをしたモノはすべて、ただ、人間に似せてつくられたというだけで、禍々しい意志をあらわにした狂信者の群れに蹂躙される。
「人形は、生きていないけど生きています。そこには、つくった人たちの確かな思いがあって、それが私たちを動かしているんです。わたしは、心が動くようになって、それを理解することが出来ました」
 頌花の金眼は哀しげだ。
「ムジカ、いのちとは何ですか。ベヘル、つくられたわたしたちの『死』は、本当は死ではないのでしょうか」
 沈鬱に目を伏せる頌花を、他のきょうだいたちが見つめている。
「そいつらは、ここへ入り込んでいるのかい? 警備が多いのはそのせいだよね?」
「おそらく。彼らは罪を知らしめると予告してきた。恐怖を与え、人形をつくる愚かさを身に刻む、と」
「それはつまり――見せしめのように壊される人形がいて、そのあと、物騒な連中が突っ込んでくる、っていうことかな」
「その文言だと、人間も危ないんじゃないのか。人形を愛でる連中に、そいつらの歪んだ信仰心と攻撃性が向かないとは思えない」
 由良の言うことももっともで、ムジカは周囲に鋭い目を投げかけた。
「すでに、何らかの仕掛けのようなものが設置されている……と、考えるのが妥当だな」
 人形たちを襲いかねない、禍々しい『死』の連鎖。
 捨て置けば、せっかく生を選んだ頌花も、そのきょうだいたちも、そのほか、つくり手たちが心血を注いで生み出したであろう、美しい音楽を生み出すために存在する人形たちも、人間の傲慢、人間の狂信によって喪われてしまうかもしれない。
「放ってはおけないね?」
「ああ。きつーいお仕置きをくれてやろう」
 秀麗な悪魔の顔で微笑むベヘルとムジカ。
 由良は心底面倒臭そうだったが、その眼は怪しげな仕掛けを探してあちこちへ動いている。
「必要ならば指示を、ムジカ・アンジェロ、ベヘル・ボッラ。私たちは、戦闘においてであれば、人間の十倍以上の働きが出来る。あんたたちの盾になって戦うくらいは出来るだろう。だから、どうか」
 頌花を、人形たちを、助けてやってくれ。
 まるで自分たちのことなど勘定に入っていないかのように淡々と言い、戦闘人形たちは深々とこうべを垂れた。
 ムジカとベヘルは顔を見合わせ、やる気のなさそうな由良をちらりと見やってから、頷く。
「心配は要らない。ぼくたちは、頌花にもっと歌っていてほしい。笑えるようになったなら、もっと笑っていてほしいんだ。だから、出来ることをしよう」
「そうとも、頌花の哀しむ顔は観たくない。――だけどそれは、あんたたちにだって何かあっちゃ困るってことだ。頌花にとってのあんたたちがどういう存在か、理解していないとは言わせないからな?」
 ムジカの言葉に、戦闘人形たちが心底不思議そうな顔をする。
 それがやけに人間臭くて、ムジカもベヘルも肩を竦めるしかなかった。
「……それを判るようにするのもぼくたちの仕事……なんてね?」
「そんな気もした。じゃあ、行こうか。被害は最小限に、」
「反撃は容赦なく、かい?」
「そうだな」
 面倒くさそうな由良を挟んで拳をぶつけ合う。

 ――そして、それぞれの戦いが始まった。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ベヘル・ボッラ(cfsr2890)
ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)
由良久秀(cfvw5302)

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品目企画シナリオ 管理番号2412
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント企画のオファー、どうもありがとうございました。
【迦陵頻伽の夢】第二話とでもいうべきシナリオをお届けいたします。

ミステリ風味にしようかとも思ったのですが、いい仕掛けを思いつかなかったのと、皆さんの戦闘シーンが書きたいという記録者の都合一辺倒で、敵のしかけたトラップ解除&攻め込んでくる敵を迎え撃つ、という内容になりました。

状況的には、OPの通りです。

追記すると、戦闘人形たちはそれぞれ、一狼→刀、二鷲→素手、三隼→ワイヤー、四蜂→銃火器、五蝶→棍での戦いを得意としているようです。身体能力は人間の十倍近く、おそろしく頑丈で素早いですが、心や思考というものを得てまだあまり日が経っていないので、作戦や連携というものを考えるのは苦手です。上手に指揮してやれば一騎当千の力を発揮しますが、そのままでは老獪で卑劣な襲撃者たちに蹂躙されてしまうかもしれません。
また、襲撃してくる聖神秘志団の兵隊は全部で百数十名、皆が刃物や銃火器で武装しています。皆、人形やそれを愛でる人々への慈悲はなく、説得はできません。

プレイングには、心情や意気込みのほか、「人形が破壊されかねない危険な罠・仕掛けがどこに、どのように隠されているか、それをどう見つけるか」と、「非力な人形たちをどう守るか」、「襲撃に対してどのような反撃を行うか」などをお書きください。また、迦陵頻伽の問い、「いのちとは、たましいとは何か、人形の死は死たりうるのか」といったものへの、各自のお考えなどお聞かせ願えますと幸いです。

文字数の関係上、必ず採用できるかどうかは判りませんが、その他、やってみたいことがありましたらお書きください。


それでは、歪んだ意志のにじむ華やかな会場にて、皆さんのお越しをお待ちしております。

参加者
ベヘル・ボッラ(cfsr2890)ツーリスト 女 14歳 音楽家
ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)コンダクター 男 35歳 ミュージシャン
由良 久秀(cfvw5302)ツーリスト 男 32歳 写真家/殺人鬼

ノベル

 1.フォービドゥン

 ざわめきは楽しげに会場を満たす。
 声高に危険を叫んではパニックを引き起こすだけ、という判断から、『仕事』はひそやかに、速やかに進められた。
 ベヘル・ボッラは、自身の能力でもって音響装置のすべてを掌握した、ドーム中央に位置する舞台ホールを『場』として設定した。ムジカ・アンジェロは、「そのほうがそれぞれのよさを鑑賞しやすいから」と言葉巧みに言いくるめ、人形と客を舞台ホールへと集めた。
 大がかりなコンサートやショウが行われる、非常に大きなホールである。
 壱番世界の感覚で言えば、ちょっとした体育館を五つも六つも集めたような規模だ。たくさんの人形や機材、セレブリティや関係者たちで満たされたそこは、雑然としつつも楽しげな賑わいであふれている。
 この賑わいを、無粋で無慈悲な襲撃者たちに破壊させるのはいかにも惜しい。
 ここにある、無数の、無上の音楽を失わせることも、また。
「これで、人形とお客の大半は収納できたかな。ホールの入り口は三つ、関係者用裏口がふたつ。裏口は閉鎖、入り口には警備員、内部にはぼくのトラップ。かなり護りやすくなったんじゃないか?」
「ああ。あとは、動かせなかった人形と、その関係者と、そういうものを好んで留まった客たちを護りつつ襲撃者に備える……といったところかな。ドーム内部のシステムは?」
「把握したよ。一狼たちのリンクにまぜてもらったから、彼らが動いてくれればさらにぼくの『視野』は広がる。前のように、賑やかに行こうじゃないか」
「相変わらず派手好きだな。だが、そういうのは好きだよ。おれも一枚噛ませてもらおう。頌花には舞台上で歌ってもらうとして……兄弟たちにはサポートと護衛を頼もうか」
 状況を確認しつつ、姿の見えない写真家に話が飛ぶ。
「そうだね。そういえば、ユラは?」
「ん? おや? ――ああ、そうか、写真を撮ってるんだ、たぶん」
「仕事熱心なんだね」
「そうだな、こと、写真に関しては。罠も探しているかもしれないな、このぶんだと。あいつは観察眼が鋭いから、頼りになると思う」
「ふむ」
 ドライなようでいて、その実偏屈そうな由良への理解を滲ませるムジカに頷き、ベヘルは、ショウの準備に勤しむ迦陵頻伽を呼んだ。
「頌花」
「はい、なんですか、ベヘル」
「きみ、護りたいもののために血を見るつもりはあるかい?」
 問われて頌花は首を傾げた。
「血? 人間が流すもの?」
「そうだ。たくさん流すと、基本的には死んでしまうね」
「知っています。おとうさんがそうなったから。――ベヘル、わたしは、それが誰であれ、人間がたくさんの血を流すのは、かなしいです」
 朴訥な物言いに、ベヘルはまたひとつ頷く。
「どうする気だ、ベヘル?」
「なに、ぼくは頌花がかわいいっていうだけのことさ」
「それは、おれもだけど。つまり、手加減をすると?」
「ご明察だよ、盟友。頌花を哀しませたくはないもの。とはいえ、きみとぼくがいて、まったき穏便がことをおさめるとは、到底思えないけれどね」
 表情のないおもてと、淡々とした言葉に、しかしどこか茶目っ気を滲ませてベヘルは肩をすくめる。
 ムジカは軽やかに笑い、それからホール内の人形たちを眺めやった。
「彼らは、なぜ人形を禁じられたモノと取るんだろうな。そこにいったい、何の違いがあると?」
「さあ……ぼくと彼らは違うモノだから、彼らの内面を知るべくもないな」
 歌をうたい、音楽を奏で、人々に笑顔を、感嘆をつくる人形たち。
 音楽によって生み出された情動が人形を愛し、愛された人形はヒトに近づくのだとして、それはそんなにも罪深いことなのだろうか。
 迦陵頻伽なら、そんなふうに嘆いたかもしれないと、舞台上の鮮やかな翼を見つめたのち、
「じゃあ、手はず通りに」
「ああ、健闘を祈るよ、盟友」
 ふたりはそれぞれの役目を果たすために動き出す。
 舞台では、迦陵頻伽が、その繊細にして清冽な歌声を響かせ始めていた。



 2.レッドラム氏の形質

 由良 久秀は億劫そうな溜息とともにカメラのシャッターを切った。
 由良の前では、美しい娘の姿をした人形が、荘厳なパイプオルガンを奏でている。
 コインを投入すると、人形とパイプオルガン、そして台座などにある無数の歯車が硬貨の重みで回り、仕掛け全体が人形を動かしてオルガンを鳴らす、という大がかりなものだ。
 『そうつくられた』ために、穏やかな微笑みを浮かべながらオルガンを奏で続ける、あまりにもリアルな人形には、どこかうそ寒いものを感じてしまう。流れる音楽が、抒情的で美しいだけに、なおさら。
「人形の死? ……滑稽な問いに聞こえる」
 依頼された通り、プロのこだわりを持って、催しの賑わいを的確に捉えてカメラへ収めながらも、由良の思考は会場の華やぎとまったく逆の方向を向いている。
「それは、死体を殺せるか、と尋ねるのと同じじゃないのか……?」
 人間の死体とは異質なモノだ。
 それは人間ではなく、『人間の死体』という物質にすぎない。
 人間が持つ尊厳を、その死体にも認めるかというと、由良の感覚に即して考えれば否だ。
 しかし、死体には、由良が撮影対象として惹かれてやまない固有の気配がある。人形も、それと同じだ。
 『生きている』ように似ていると薄気味悪い。
 しかし、人間と同じ生死がそこに存在するとは思えない。
 あの、ムジカとベヘルが心を砕く、華奢な人形の――由良は、あのおとなしげな存在が、この辺り一帯を何もない更地に変えかねない音響兵器だとは知らないが――問いへの、由良の答えがそれだった。
 むろん、あのふたりがいる場所で、面と向かって言うほど、空気が読めないわけでもないが。
 続けて写真を撮りつつ、あちこちを観察してまわる。
 ホールのほうからは、迦陵頻伽と呼ばれる人形の歌声が響きはじめていた。
 それだけ聞けば、確かに、人間となんら大差ない。それどころか、人間にも、これほど歌えるものは多くないはずだ。
「あいつの歌……は、好ましかった、が」
 今や忌々しく苦々しい感情によって彩られるようになってしまったモノを思い起こしつつ、先ほどのパイプオルガンと同じような、大型の仕掛けを持つ人形の前まで来たところで由良は立ち止まった。
「妙だな」
 味のある真鍮製の、年代を感じさせるつくりの仕掛け、その一部に、ぴかぴかと光って妙に浮いて見える、金属部品を見つけたのだ。由良は機械やカラクリにはあまり詳しくないが、これが不自然であることくらいは判る。
 客に気づかれぬよう、近くにいた技術者や警備員を呼び、確かめると、やはりそれは『罠』だった。
 人形を動かし、音楽を演奏すると、その動きと連動して重量バランスが崩れ、周囲を巻き込んで崩壊させるという陰湿な代物だ。
「ひとつあれば、十も二十もあると考えるべきだな」
 由良の言葉通り、探してみると罠はいくつも見つかった。
 由良が、こまかな異変や違和感に気づけるたぐいの人間だったからこそ見つけられたようなもので、放っておけば、爆発したり崩れ落ちてきたり落下して押しつぶしたり、碌な結果にはならなかっただろうえげつないものばかりが発見され、関係者たちを絶句させた。
 襲撃者たちの危険性を再認識した様子で、警備を指示する声にもいっそうの力がこもった。
 それらをひとつひとつ、鋭い観察眼でもって見つけ、周囲とともに解除解体しているうち、
「しかし、これは」
 由良の中に、ひとつの疑念が兆し始める。
「……つい先ほど仕掛けられた、というたぐいのものじゃない。ムジカも言っていたな、そういえば」
 それは、つまるところ、
「内部に、いるんじゃないのか?」
 警備員や係員への疑いを意味していた。
 彼らは罠を仕掛けやすい。
 あちこち動き回っていても、疑われにくいからだ。
 それに気づいてから、由良はいっそう無口に、陰鬱に行動するようになった。
 彼らの挙動や、人形へ向けるまなざし、表情などを観察しつつドームを回る。
 そして、その中のひとりに、由良は目を付けた。
 全体的に奇妙な動きをする男だった。
 人や会場を護るために雇われたにしては、妙に影や奥を伺い、そしてじっとしていない。
「おい、あんた――……」
 声をかけようとしたら、唐突に胸ぐらを掴まれて暗がりへ引きずり込まれ、バランスを崩したところをしたたかに殴られた。
「ッ、」
 口の中に鉄の味が広がる。
 転倒し、思わず咳き込む由良を、警備員の姿をした襲撃者、“聖神秘志団”メンバーたる男が見下ろし、嘲笑う。
「罪人どもの味方をして寿命を縮めるか。愚かなことだ」
 しかし、その余裕が命取りだった。
 目立たぬ位置に忍ばせた手斧をそっと握る。
 聖なる神とやらのありがたい教えをくどくど説きはじめた男を見上げる。
 距離を測る。
 片腕でそろそろと上体を起こし、
「その愚かさ、煉獄に灼かれ改めて、」
 優越感たっぷりに説教を続ける男めがけて腕を振り抜く。
 ごつっ、という鈍い音がした。
「……ッ!?」
 半ばまで切断された腕を見れば、何があったかは一目瞭然だ。
「!!」
 驚愕のあまりぱくぱくと開閉される口が、絶叫をほとばしらせようとした瞬間、由良の手斧が力いっぱい叩きつけられる。
 鈍い打擲音、低いうめき声、何かが倒れるドサリという音。
 すぐに何も聞こえなくなる。
 はぁっ、と息を吐き、由良はもう動かないソレを見下ろした。
「……どこまでが、あんたらの言うヒトのカタチだ」
 斧の血を死者の服でぬぐい、再度収める。
 大きな溜息が漏れた。
 今回は相手の油断でことなきを得た。
 しかし、次もそうとは限らない。
「そもそも、もう、俺の仕事は終わったんじゃないか? 帰っても問題ないんじゃ……」
 由良は確かに殺人鬼だが、戦闘に特化しているわけではない。コンダクターのくせに戦い慣れしたムジカや、規格外の気配が伝わってくるベヘルなどといっしょにしてもらっては困るのだ。
 どうにかして逃げ出すための算段をする由良は、当然、滔々と流れてくる歌声が、傷や痛みを癒していることには気づいていない。
「……よし、そうとなれば」
 決断は早かった。
 それが叶うかどうかはさておき。



 3.ダンス・ウィズ・マリス

 ムジカは襲撃者たちの侵入を最初に感じたひとりだった。
「――来た」
 護衛兼相棒として指名した戦闘人形、四蜂が、ムジカの内心を代弁する。
 ムジカは詩銃を自分の手に向け、引鉄に指をかけた。
 流麗な唇から、コトバが滑らかに紡がれる。
「“黄金なる鷲、深淵のトーテム、螺旋の伝承。物語は綴られゆく、織り重なる生命の中に”」
 ムジカの持つ世界観とも言える、幻想的な生命讃歌を口ずさみ、彼は引鉄を引いた。放たれた弾丸が手を傷つけ、血を周囲へと飛び散らせた。血が、どこか倒錯的な、幻想的な紋様を描いてゆく。
 四蜂は困惑顔だ。
「さっきから、ずっとそうしているが……痛くはないのか? なぜ、そこまで自分を削る? あんたたち人間は、我々とは違ってパーツの取り換えは利かないだろう?」
 ムジカは軽やかに笑った。
「頌花の歌が癒してくれる。おれはそれを信じてるから、この程度のことはなんでもないよ」
 ホールから聴こえてくる歌声に耳を傾けつつ、詩を、ことばを力に変えながら、ムジカは血の花弁を振り撒き続ける。
「それには、何か意味が……?」
「ああ。罠には罠ってことさ」
 ドームへ侵入してきた黒ずくめの連中と鉢合わせたのもその時だった。
 幸い、この周辺には彼らしかいない。
「頼んでいいか?」
「……無論だ」
 四蜂の行動は素早い。
 両手に構えた拳銃の引鉄をリズミカルに引きながら、壁を駆け上がり天井を蹴り、襲撃者たちの真ん中に飛び込むと、拳銃のグリップを武器に殴り倒す。人間に出来る動きではなかった。
「お見事!」
 『罠』をしかけ終えたムジカが素直な感嘆とともに拍手すれば、四蜂は微苦笑して首を振った。
「あんたの的確な指示があればこそ、だ」
「指示されたから必ずしも最善の行動が取れるわけじゃない。ん、この分なら、残りの兄弟たちは頌花と人形を問題なく護ってくれそうだな」
 ムジカはオウルフォームのセクタン、ザウエルを放った。
 セクタンから視覚的に送られてくる情報を整理しつつ、状況の把握につとめる。
「罠はあらかた解除されたみたいだ。襲撃者たちは小グループに分かれて侵入……だけど、人がいないものだから、結局ホールへ向かうことになりそうだな。あそこへ踏み込めば、ベヘルの罠にかかるだけだ」
「では、その補助を?」
「ああ。人数的に、突入されるのは仕方ない。ただ、されたとしても、こちらの掌の上で踊ってもらえるようにベヘルが調整してくれている」
「……すごいな」
 素直な感嘆に肩をすくめたとき、
「頌花を哀しませたくはないからな。――ん?」
 セクタンの視覚情報にとある映像が引っかかり、ムジカは眉をひそめる。
 いぶかしげな四蜂を伴い、足早に歩いた先で、よろめきながら歩く由良の後姿が目に入った。ドームの出入り口方面へと向かっているようだ。
 思い当たる節があって、
「由良」
 ムジカが声をかけると、由良は文字通り飛び上がった。
 そろそろと振り向いた彼の唇は切れ、顔の半面が赤く腫れている。
「……ムジカ、か。なんだ」
「どこへ行くつもりなんだ? ホールはあっちだぞ?」
 薄く笑って指差すと、由良は黙り込んだ。
 しばらくののち、
「方向が判らなくなって、闇雲に歩いていただけだ。……殴られたせいかも」
 ぼそぼそと、弁解めいたことを口にする。ひとりで帰るつもりだったな、と確信しつつ、ムジカは釘をさす。
 無関係な彼を引き込んだのはムジカだ。
 彼には、由良を無事にここから帰す義務がある。
「今、ひとりで逃げたら罠に巻き込まれるぞ」
「罠? そんなものを?」
「由良なら、盛大に引っかかってくれそうだな」
「……」
「さておき、俺か、兄弟たちのそばにいたほうが安全だ。心配しなくても、責任を持って護るよ」
 ムジカの言に顔をしかめ、じろりと睨んだ由良だったが、すぐに深々と息を吐き、心底嫌そうにうなずいた。
「狂信者の群れよりはまだ多少マシ、か」
「多少か、まあいい」
 そこへ響く、
「ムジカ、来るぞ!」
 四蜂の、鋭い声。
 ザウエルが、ドームの扉を蹴破るように、五つ六つのグループに分かれた襲撃者たちが突入してくるのを伝える。
 三人の前にも、十数人の小集団が飛び込んできた。
 色めき立つ襲撃者たちへ鋭い眼を向け、彼らが物騒なものをぶっ放すより早く、
「由良、後ろに! 四蜂、分散させるな、まとめて斃せ!」
 指示を飛ばしつつ、ムジカも詩銃を構える。
「“慈悲深き薔薇牢の奥深く、永遠めいて子らは眠る”」
 こめられたコトノハが弾丸となり撃ち放たれる。
 それは襲撃者たちをかすめながら飛び、彼らにふわふわとした眠気を振り撒いた。そこへ飛び込んだ四蜂が拳を揮い、あっという間に戦闘不能者の群れをつくりあげる。
「……行こう。派手なショウが始まるぞ」
 促し、ムジカは走り出した。
 ドームは、不穏なざわめきを孕みつつある。



 4.ブラッディ・カメリアの華麗なる献身

 銃声は歓声にかき消された。
「我々は神の代弁者として――」
 統率者、煽動者と思しき年配の男が、黒光りする機関銃を天へ掲げるように怒鳴るものの、それは波のような熱気に飲み込まれてしまう。
 舞台上では、迦陵頻伽をはじめとした人形たちが、それぞれの音楽を奏で、響かせている。ベヘルの操るさまざまな音響機器がそれらを増幅し、音の塊はうねるように聴衆を包み込む。
 寄せては返す、絹のヴェールのような音楽は、観客を恍惚の坩堝へといざなう。中には、涙を流している客すらいる。
 それは、この世のものとも思えない、目くるめく音の饗宴だった。
「ああ、なんだか懐かしいほどだ」
 ベヘルは音を操りながら目を細めた。
 入口のひとつから、四蜂と由良を引き連れたムジカが、しなやかな肉食獣の動きで姿を現す。ふと目が合って、ベヘルは唇の端をわずかに持ち上げ、ムジカは朗らかに笑んだ。
 襲撃者たちは怒りに震えている。
 人形云々が、ではない。
 己があまりにもないがしろにされていることに、だ。
「貴様ら、我々の神を愚弄、」
 煽動者が天井に向けて銃を撃つ。
 しかしその音も、この、物理的圧力さえ伴った音楽の坩堝の中では、少し調子を外した打楽器のひとつにすぎなかった。熱狂は止まず、また、誰も彼らを見ない。誰もが、彼らすら、この舞台の小道具にすぎないのだと思い込んでいる。
 襲撃者たちの眼が赤い激怒に染まる。
 今まで彼らが破壊してきた人形と、その持ち主たちは、神の使徒たる彼らをこうも雑には扱わなかったのだろう。畏れられ、許しや慈悲を請われ、優越感とともに『仕事』をするのが彼らの日常だったのだろう。
 しかし、彼らが理不尽な殺戮を始めるより、ベヘルが頌花の歌を集中させた《音》でもって襲撃者たちを打ち据えるほうが早かった。
「“天上より花神は降り立ち、生命の羅紗にて包み給う”」
 増幅されたそれが襲いかかる。
 襲撃者たちの眼が驚愕に歪み、何名かはその場にうずくまった。そのまま昏倒してしまうものもいたほどだ。
 物理的な衝撃を伴う、しかも平衡感覚を崩し眩暈や嘔吐を引き起こす音波である。抵抗が予測できたとしても、こんな『攻撃』は青天の霹靂と言ったところか。
「ベヘルの『音』はよく効く」
 笑いを含んだムジカの声が指示を出せば、頌花の兄弟機たちは無音無言で一斉に攻撃を開始する。横からの、怒涛のごとき追撃に、襲撃者たちは総崩れとなった。
 たまらず、転がるようにホールから逃げ出す人々を、
「彼らにもぼくたちの音楽に参加してもらおう」
 ベヘルはショウの演目をなぞるかのように言い、頌花たちにこのまま歌い続けるよう頼んだ。
「きみも存分に揮ってくれ、盟友。ぼくも、仕上げといこう」
 それから、襲撃者たちを追って、自分もまた舞台から駆け下りる。
 人形たちの歌声が、ベヘルの背を軽やかに押した。

 *

 神よ、と嘆く声が完全にかたちになる前に、由良のボウガンが脚を捉え、転倒させる。痛みにのたうちまわる様を無感情に見下ろして、ボウガンのグリップで殴り倒した。
「……頭がぐらぐらする」
 顔をしかめ、うるさそうにする由良を横目に見やり、ムジカはつぶやく。
「そうかな。胸の奥まで届くような音楽だと思うけど」
 ベヘルに掌握されたドームは、非常口に近い、複雑に入り組んだ通路にも、余すところなく音楽を届けてくれる。
「“記憶の四葉の片隅に、青く渦巻き輪廻は謳う”」
 歌は旋律に乗り、力を得て、詩銃から撃ち放たれる。
 それは幻影の螺旋蔦となり、襲撃者を数人、なぎ倒しながら扇状に広がって消えた。
「くそッ、神のご意思に逆らう愚か者どもが……!」
 信徒が毒づく。
 ムジカはことりと首を傾げた。
「不思議だな、なぜそうも複雑にしたがるのか。――人だって死ねばモノと同じさ、そうだろう」
 物言いは朴訥ですらある。
「ならば人形が魂を持てば人と同じ。器たる肉体に核たる魂。ふたつが揃えば『生』で、死はそれらを分かつだけ。――何も難しい話じゃない」
 それはムジカの真理、ムジカの在りようだ。
 だからこそ彼は分け隔てをしない。
 しかし、狂信者たちに、それはとてつもない不遜と映ったようだった。
「何という傲慢、何という不敬! 捨て置けぬ!」
 ぎしりと奥歯を鳴らし、狂信者たちが一斉に銃を構える。引鉄に指がかかる。
 それらすべてをかわすことはムジカにも不可能だ。しかし彼は冷静に状況を見極めていて、致命傷だけ避けられればいい程度の認識でいた。が、戦闘人形たちが自分の前に飛び出してきたのには、さすがに目を瞠った。
「何を、」
「……あんたが傷つけば頌花が哀しむ」
 それは自分だけのことではない、とムジカが言うよりも、銃弾が人形たちを貫くよりも、
「ぼくには判らないな。どうして人のカタチにこだわるのか」
 不思議そうな声とともに放たれた《音》の塊によって、狂信者たちが吹き飛ばされるほうが早かった。
「ぼくにきみらの教義を否定するつもりはないよ。興味深い、とは思うけどね」
 佇むのは案の定ベヘルだ。
 音撃に巻き込まれいっしょに吹き飛ばされた由良が毒づいているのを後目に、地を這う人々を静かに見下ろす。
「だけど……ヒトがヒトである必要なんて、どこにあるんだい?」
「馬鹿なことを。それがヒトとモノとの境目を曖昧にするのだ! 神はお赦しにならぬ!」
「その通り、価値に差なんかない。魂とは汲めども尽きぬ意思そのもので、その源泉のことだろう? それが潰えることが死じゃないなんてはずがない。自ら動かないことも、魂がない証明にはならない」
 言ってから、ちらりと戦闘人形たちを見やる。
「ヒトとモノに差はない。君らと頌花の魂にも違いはないさ。心ある君らが頌花を護りたいように、頌花だって君らを喪ったらさびしいよ」
 応えはなかったが、人形たちの顔にわずかながら理解の色が差したのを見てとり、
「さて、襲撃者諸君……どうする?」
「ふざけるな、かくなるうえは全員を道連れに……!」
「……言うと思った」
 ベヘルがムジカを促す。
 彼は肩をすくめ、詩銃を構えた。
「“血椿は花開き、赤の牢獄に終焉を閉じ込める”」
 歌を引鉄に罠が咲く。
 そう、ムジカが振り撒いていた血の罠が。
 それは、茨の蔦と化して立ち上がり、うねり、異常を感じ取って逃げ出そうとしたものも含め、獲物を捕食する蛇の素早さで襲撃者たちへと巻きつき、締め上げた。
 逃れ得たものはなかった。
「……!?」
 鋭い棘が皮膚を破る。
 痛みに身動きすら許されない狂信者たちを見上げ、
「なるほど、これが」
 四蜂が頷いている。
 ムジカはベヘルと拳をぶつけ合った。
 傷は、頌花の歌によってもうすっかり癒されている。
「さて、あとは警備の面々に任せようか。おれは人形たちの音楽が聴きたい」
「ああ、それはぼくも同感だ。せっかくの共演、見逃す手はないな。ムジカ、君、いっしょに歌ったらどうだい」
「ふむ……悪くないな」
 戦闘人形たちが『後片付け』を始める。
 ふたりは、まだぶつくさ言っている由良を促してホールへと向かった。

 ドームには、今も、漣のような音の連なりが満ちている。

クリエイターコメントオファーとご参加ありがとうございました!
もろもろの要素を詰め込んだノベルをお届けいたします。

全体的に、確実かつ的確な指示をいただき、更にきっちりカバーしていただきまして、犠牲を出さない完全勝利と相成りました。
この三名さまに組まれては、向こうさんには、少々気の毒だったかもしれません。

そして、迦陵頻伽への答えもありがとうございました。
頌花はそこにいませんでしたが、兄弟機の見聞きしたことは伝わりますので、お心は通じたかと思います。心を得た人形たちに、いっそう、心というものを深める機会をくださったことに感謝いたします。

他にもいろいろ詰め込みたかったのですが、文字数の関係で出来なかったことも少なくなくありました。楽しく悩みながら書かせていただきました。


それでは、どうもありがとうございました。
またのご縁がありましたら、ぜひ。
公開日時2013-02-17(日) 22:30

 

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