オープニング

 ベヘル・ボッラは、陽光が描くプリズムのように色彩ゆたかな、即興のマーチを奏でている。ムジカ・アンジェロが紡ぎだす詞は、その曲に物語の広がりと感情のゆらめきを与えていく。それをイリスは高らかに歌い上げる。すでに《絶望》は払拭され、歌い手たちの二重唱は大海原を包み込む。
 神話の時代に造られた、ロミオ艦長言うところの《超戦艦フェルムカイトス号》は、虹のアーチの下をゆっくりと進んでいた。もう、クジラのすがたは見えない。
 ジェリーフィッシュフォームのザウエルは、虹の七色を反射しながら、ふよんふわんと戦艦の前を飛ぶ。まるでフェルムカイトス号の水先案内人であるかのように。その行く手に、見えざる虹の色、マゼンタがいざなう未知の扉が開いているかのように。

「どうしようどうしよう。ちょう戦艦(?)のたんけんもしたいし、王子様たちとお話もしたいの。ねえねえベヘル様とムジカ様はどんな冒険をしてきたの? どんなお国からいらしたの? どんなひとたちがいるの? 海のうえの世界ってどんな感じなの? きれい? 楽しい? こわい?」
 すっかり声を取り戻したイリスは、ベヘルやムジカにあれこれと話しかけながら、ぴょんぴょんと、尻尾を器用に打ち付けて戦艦内を移動していた。
「人魚というより仔うさぎのようだな、この好奇心旺盛な姫ぎみは。そう焦らなくても、おれたちも戦艦も逃げはしないぞ」
 ロミオはイリスをひょいと抱き上げてから、内部機関の一部を指さす。ところどころ錆び付いているその部分は、不思議な古代文字に彩られ、幻獣の意匠めいたホログラムが浮かび上がっていて、はたしてこれが精緻な人工の機械なのか、それとも、神話時代のすぐれた古典芸術なのかさえもわからない。
「たとえば、これは《超戦艦砲》の発射レバーだ」
「これを使うと、どうなるの?」
「とにかくすごい威力らしい。島ひとつくらいは吹き飛んじまう」
「どうしてさびてるの?」
「……ああ。まあその、長い間、海に沈んでたんでいろいろとな……」
「いざというとき、動かなかったらどうするの?」
 イリスは無邪気に小首を傾げる。
「そりゃあ困るな」
 あっさりというロミオに、ムジカとベヘルはイリスと顔を見合わせた。
「困るだけじゃ済まないと思うが。ねえイリス」
「困るだけじゃ済まないと思うな。ねえイリス」
「ねー、ムジカ様。ねー、ベヘル様」
「やれやれ。音楽家たちは不寛容なこった。人生なんてアクシデントの連続で、戦争の現場なんてたいてい、計算どおりにはいかないものさ」
「……そのようね」
 レバー横の平坦な部分にカードを並べ、何ごとかを占っていたシェヘラザードは、もの問いたげにロミオを見る。それに気づいてか気づかずにか、ロミオは、
「グランアズーロの死の原因も、いわばアクシデントのようなもんだ。少なくとも、海賊王本人にとっては」
 と、古びた上着をかけなおす。

 それを切欠として――、
 海賊王子は、旅人たちは、人魚姫たちは、こころおもむくまま、雑談を始めた。
 それは、とりとめもないようでいて、砕けた宝石を拾い集め、もとのかたちに戻すような、あるいは、古びた海図に記された謎の暗号を解き明かすような、神話時代の英雄の冒険譚を書き留めるかのような、不思議な一幕となった。
 
 ――俺の身体は海に投げ込み、海魔に喰わせてやってくれ。
 それが、《四天王》のひとりに裏切られたグランアズーロの、最期のことばだったと言う。
 だから、海賊王の墓はない。この海に、彼は還っていった。

 ならば、四天王たちはその後、どうなったのか。そしてロミオは、如何にしてこの戦艦を手に入れるに至ったのか。これまで、どんな冒険を重ねてきたのか。
 問われたロミオは、にやりと笑い、反対に聞き返す。
「《ちからあるもの》ってのは、どういうことだと思う? そして」

 ――月と太陽を、天秤にかけられるか、と。

 


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ベヘル・ボッラ(cfsr2890)
ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)
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品目企画シナリオ 管理番号2642
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント神無月ですこんにちは。あえてこのタイミングで参上!

現時点でお伝えできる情報がかなり多岐に渡りそうなので、OPをどうしようかな、と考え考え、今日になりました。
そんでもって。
なんとなく、皆さんで楽しくご歓談している図と、そのなかで、あれこれ解かれていく図が想像できましたので、ベヘルさんとムジカさんの手腕に丸投げしたいと思います。

では、超戦艦フェルムカイトス号でのひととき、どうぞお楽しみください。

参加者
ベヘル・ボッラ(cfsr2890)ツーリスト 女 14歳 音楽家
ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)コンダクター 男 35歳 ミュージシャン

ノベル

 ◇◇艦(ふね)はうたう

「ちからあるもの、か。自分の意志を貫いて、周りを動かすことができる人物ってことかな。それが人を示すものならね。あるいは」
 ベヘルはイリスを見る。
「海中で思うさま活動することができるもの。人魚姫たちの一族も該当するね。……だったら、その試練は、彼女らと出逢うために必要なものだったのかもしれない」
 まるでここが海中であるかのように、ベヘルはマントを羽織り直す。戦艦内の空調管理は行き届いていて、ベヘルが苦手とする塩分を含んだ湿気は排除されてはいるのだが――まあ、気分の問題というものだ。
「さて、それはそれとして、はやる気持ちは判る。探検しながら話そうか、イリス」
「うん、ベヘル王子様!」
 イリスはロミオに抱き上げられたままだったが、尾ひれをひと跳ねするやいなや、今度は、ぴょん、と、ベヘルのマントにしがみつく。はずみでロミオは、イリスが腕を飛び出す瞬間、ぺちっ、と、したたかな一撃を食らう羽目になった。ロミオの頬に、人魚の尻尾型マークが派手に浮かび上がる。
「きゃ、ロミオ様、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」
「イリス姫の騎士たる刻印というところかな? 光栄に思いこそすれ、ロミオは怒らないはずだ。そうだろう?」
 あっさりと言うムジカを、
「……たしかにな」
 ロミオはうらめしげにちらりとみて、
「イリス姫。ムジカ王子も、姫より栄誉ある刻印を、ぜひとも賜りたいと仰っている」
 反撃した。
「……そうなの? う、ん。いいけど……?」
 いったん床に降り、ぴょぴょん、と、後ずさりしてから腰を落とし、イリスは、ムジカの顔めがけて思いっきりジャンプした。
「おっと」
 しかし間一髪。ムジカは小さな人魚を、こわれものの楽器のように抱きとめたので――

 その頬には、栄誉あるキスを贈られることとなったのである。
 
  ◇ ◇ ◇

 フェルムカイトス号の内部は、あきれ返るほど入り組んでいた。主要機関室以外にもいくつもの制御用機関室が付属しており、内包している武器も多岐に渡る。どれだけの設備が存在し、どれほどの効果があるのやら、ロミオの説明を聞きながら一巡しても、その概要はおぼろけだった。
 ロミオ自身、まだ把握しきれていない部分も多いらしく、クルーとともに試行錯誤を続けているようだ。
「これは?」
 ホログラムが目まぐるしく点滅する操作盤の右横、鮫の背びれに似たかたちのレバーをムジカは見る。
「ええっと、何だったかな? カルロス?」
「いやだなあ、館長。水中攻撃用魚雷の一斉発射装置でさぁ。いつぞや、万単位の巨大イカ海魔に囲まれたとき、一気におだぶつにしちまったの、お忘れですかい?」
「ああ、それ、こっちのレバーだったか」
「右に動かすと魚雷、左に向けると大砲。便利なんだか覚えにくいんだか。古代人の考えることはわかりませんやね」
「過ぎた技術は、魔法と変わらないな」
 ベヘルは興味深げに艦内を眺めていた。そこかしこに散りばめられた幻獣の意匠は、異形の海魔に似ているようでもあり、海魔に擬態した戦艦をモチーフにしているようにも見える。
 手探り状態にも関わらず、それでもロミオとクルーたちは、この旧い鉄の艦(ふね)をすでに支配下に置いている。見よう見まねで操作が可能であったのは、古代文明の技術を理解せずとも直感で把握できるほどに、彼らが熟練の船乗りであることを物語る。
 少し考え、ムジカはロミオに向き直る。
「海賊王の宝は、この一隻だけか?」
「というのは?」
「他にも存在して、盗まれた形跡がないか、ということだ」
「おれの知る限り、それはあり得ない」
「そうか。なら、いい」
 ムジカの懸念は、他の列強海賊の動向だった。
 赤毛の魔女は、ガルタンロックは、この艦の存在をどうとらえているのか。
「これを手に入れるまでに、フランチェスカやガルタンロックの妨害があったんじゃないのか?」
「いや、それはなかったんだ。ほとんどが人類未踏の海域でのできごとだったんで」
 だがな、と、ロミオは片目をつむり、
「それまでの波瀾万丈ぶりときたらそりゃあもう! いちいちとんでもないどんでん返しがあったんだよ。一難去ってまた一難、冒険に次ぐ冒険の連続だ」
 勢いよくムジカの肩をばんばん叩く。
「全部話したいところだが、時間がいくらあっても足りないんだ。ひと月、いや、ふた月、船長室に泊まり込んでくれる気があるんなら洗いざらい語り尽くせるんだがな」
「グランアズーロは」
 ベヘルが、ぽつりと言う。
「どんな男だった? 彼と、どのようにして知己となった?」
 ロミオは一瞬目を見張り、すぐに、懐かしそうに目を細めた。
「話していいのか? ひと月とは言わないが、少し長くなる」

 
 ◇◇海賊はうたう

 少年が生まれたのは、漁業をなりわいとする小さな島だった。固有名詞やしゃれた異名があるわけでもない。海図にはたんに「小島」と記載されている程度だ。
 申し訳程度に点在する漁村には、それでも「網元」がいた。証文とひきかえに「網子」に借金を負わせ、
一代での返済が不可能であれば次の代に繰り越される、そんな構図が出来上がっていた。
 少年の生家も、そういった貧しい網子のひとつだった。彼は、ほんの小さなうちから、魚の通り道に仕掛けた地引き網を引き揚げる仕事に従事していた。貧乏人の子だくさんのことばどおり、兄弟姉妹は多かったが、栄養不足や病で早世したり、器量の良い姉や妹は早々に他の島の歓楽街へ売られていったため、いつしか一家の働き手は彼ひとりとなっていた。過酷な労働がたたり、若くしてすっかり気力と体力の衰えた両親は、おまえにばかり苦労をかけてすまない、と詫びながら、相次いで他界した。

 ひとりきりで漁に出る日々が続いた。
 漁場の割り当ては網元の胸先三寸であったから、良い場所を与えられなかった少年の網に掛かるのは、高く売れそうもない雑魚ばかり。まれに大物がかかったと思ったら、腐りかけた海魔の死体だったりする。
 だから、その日も。
 引き揚げた網の異様な重さに、ああ、また海魔の死体か、と、がっかりしながらも確かめて。

 ――驚いた。

 網のなかにいたのは、人間、それも、壮年の男だったのだ。
 褐色の短髪に無精ひげ。はがねのような胸板を、ざっくりと十文字に切り裂かれている。海水に洗われて剥き出しになった傷口から骨が見えるほどの深手だが、まだ息はあった。
 体つきと風貌から見て、おそらくは海賊だろう。誰かに殺されかけ、海に投げ込まれたものらしい。瀕死の状態でもなお、ぎらついた剣のような雰囲気をまとっているところを見ると、かなりの大物海賊のようだ。そばには壊れた機械の鸚鵡が転がっている。その特異さは、島育ちの少年にさえ、それとなくわかる。
 これは。この男は。
「……海賊王」
 いつ息絶えてもおかしくない状況下で、男は少年を見るなり不敵に笑った。海のいろを映したような、群青の目が陽をはじく。
「獲物が俺で悪かったな、坊主」

 それが、海賊王グランアズーロと、少年ロミオの邂逅だった。
 
  ◇ ◇ ◇

 グランアズーロは死んだ。
 その報がブルーインブルーを揺るがしていた時期のことだ。
 しかし実は、短期間とはいえ、生き延びていたのだ。

 それから――
 しばらくのあいだ、彼らはともに過ごした。
 気力だけで持ちこたえていたグランアズーロが息絶えるまでの、わずかな期間。
 しかし、その間に、海賊王はすべてを語った。
 ロミオにとっては、師であり、父であり、兄のようでもあった。
 
  ◇ ◇ ◇

「グランアズ―ロの鸚鵡とは、機械だったのか?」
 ベヘルの問いに、ロミオはしずかに笑う。
「ああ、今でも挨拶代わりの慣用句として使われているな。『グランアズ―ロの鸚鵡にかけて』。海賊王はいつも肩に古代文明製と思われる機械仕掛けの鸚鵡を乗せていて、それがトレードマークだった。ドン・ハウザーに壊されてしまったけれど」
「ドン・ハウザーはなぜ、裏切った?」
「さあね。単にフェルムカイトス号が欲しかったのかも知れないし、あまりにも大きすぎる力だと判断したからかも知れない」
 もう、それを知るすべはない、と、ロミオは言う。
 なんとなれば。

 ドン・ハウザー。
 グランアズーロ海賊団の砲手長にして、皮肉屋の色男。
 港、港に情婦がいたらしい彼は、ある意味、彼らしい最期を遂げた。
 愛人のひとりだった、とある少女娼婦に、寝首を掻かれたのだ。

「他の四天王はどうなった? ネヴェル卿のことは知ってるが」
 ロミオはゆっくりと首を横に振る。
「それは、おれも知らない」

 ――海だけが知っている、と。

 
  ◇ ◇ ◇


「海賊王が君臨していたころの、海の様子はどうだったんだい?」
 そう聞いたのはムジカだ。ロミオは、うーん、と首を捻る。
「おれはまだ、ほんのガキだったんでなぁ。海賊同士の統制が取れていたらしい、って伝聞しか知らん」
「ネヴィル卿は、信頼に足る人物だと思うか?」
「少なくともグランアズーロは信頼していたな。だから、おれもそれに準じている」
「海賊王の統治した時代の海が平穏だったのなら、ネヴィル卿はそれを目指してはいないのか?」
「目指してはいるはずだ。海賊法による秩序の形成はそのためだろう。……ただ、グランアズーロほどのカリスマ性や武力は持ち合わせてないんで、すべての海賊をおさえることができてないだけだと思う」
「今は、あんたが海賊王だ」
 ムジカの声に、神託のような響きが宿る。
「もう理想だけを騙る未熟者じゃない」
「おまえ、きっついよなぁ。友だち、いるのか?」
「まったく仲の良くない友人なら、ひとり」
 からかうようなロミオの声音を、同じ調子で返し、ムジカは思う。

 有り余る力は、時に世界の摂理を崩す。旅人たちが幾度も、異世界へ干渉してきたように。
 そしてロミオは、表舞台から身を引きくつもりであるらしい。
 神話の神々と同じように。

 自分の役目――見えざる審判――はここまでだ。
 後は、彼に任せたい。

 太陽は人を導き、強い熱で焦がす征服者の標。
 月は人を見護り、穏やかに見届ける賢者の標。

 海賊王は太陽に、海底の一族は月に似ている。
 ロミオならば、その両方であることが出来るだろう。

「理想を叶えることは、できそうかい?」
「ん?」
「『人はすべて自由であるべき』。そんな国は、創れそうかな?」
 はは、と、笑い、ロミオは片手を挙げた。
「ムジカ王子の、珊瑚いろの髪にかけて」

 
 ◇◇伝説はうたう

 この艦は、一部の床や通路の壁などに木材を使用していた。
 銀の霞のように発光する、不思議な光沢を持つ木は《光の泉の樹》。神話がつたえる、この世界に大陸が存在したころ地上に森をなした、圧倒的なエネルギーを内包する樹木だ。
 ひとびとは争ってこの樹を用い、家をつくり、城をつくり、武器をつくり、船をつくった。ひとびとの生活をささえ、しあわせにもし、争いのもとにもなり、古代文明とともに滅びたこの樹木は、現在のブルーインブルーのどこを探しても、一本たりとも残っていない。
 この樹のことは、人魚の王国にも、伝説として伝わっているのだと、イリスは言う。
「《光の泉の樹》は、千年にいちどだけ、白い花を咲かせたのですって。アンジェリカお姉様が教えてくださったの。お姉様は、とても物知りなの」
 12番目の姫、数奇な運命に翻弄されることになったアンジェリカは、王国の書架にならぶ膨大な古書をすべて読破するほどの読書家で、神話にもくわしく、それに材をとった古い子守唄をくちずさむことが多かったらしい。
「……アンジェリカお姉様……」
 離ればなれになった姉を思い、しゅん、と、イリスはうなだれた。ベヘルは屈んで、その頭を撫でる。
「どんな唄なんだい? 教えてくれないか? 一緒に歌いたい」
 イリスはこっくんと頷いた。表情が、こころもち晴れやかになる。
 

  いにしえの国 幾千年 海のうえに咲いた花
  いさかいの剣 すべては終わる ただ一夜で
  花は散り ひとはむくろ
  王冠のゆくすえは 誰もしらない

  旅びとの手には 枯れた花びら
  涙のあとを追い 風のゆくえを探す
  もういちどこの花を 咲かせてみたいと

  陽はかげる 地がゆらぐ
  旅びとをのみこむ 大いなる波
  城あとは崩れ 島は沈んでいく
  
  海の底に降る雪は 咲かぬ花の子守唄
  旅びとのたましいに まだ熱は残るけれど

  おやすみなさい 寝返りをうちながら
  旅のゆめは まだ あなたをしばるけれど


 歌い終わってイリスは、にっこりとベヘルを見上げる。
 ベヘルは少々、困惑顔だ。
 美しい歌声に、まったく文句はない。浮かび上がる情景は切なく、鮮やかではあるが……。
「……子守唄か?」
「うん、子守唄なの」
「あまり、安眠できなさそうな歌詞だが」
「そっかな〜?」
 イリスはきょとんと小首を傾げた。

「では――俺も。子守唄ではないし、救いになるかどうかも、わからないけれど」
「時代」というタイトルの、壱番世界のうたを、ムジカはイリスに伝える。
 いちどは倒れた旅びとが、巡る時代とともに生まれ変わり、ふたたび歩き始める――そんな歌詞の。


 ◇◇王子たちはうたう

「そうだな、金属の翼を持った歌い手の友達がいる」
 ベヘルが訥々と語り始めたのは、「ベヘル様のお話を聞きたい」と、イリスが目をきらきらさせたからだ。
 イリスの反応は凄まじかった。
「金属のつばさ!? 神話のなかの戦女神のようね。歌い手さんなの? どんな声のかたなの? どんな歌がお得意なの?」
「あの子との出会いも、物騒だった」
 うんうん、と、イリスは正座状態だ。
「こことは違うけれど、ぼくも、以前は、海のなかに棲んでいたようなものだったよ」
 ヘベルの話す異世界のできごとに、イリスはひととき、神妙に耳を傾け続けた。

「イリスとシェヘラザードは、フルラ=ミーレ王国では、いつも、どんなふうに過ごしていたのかな?」
 ムジカに、「ムジカ様も、お友だちのお話をして」と詰め寄り、そう切り返されたイリスは、ぱちくりとまばたきをして、シェヘラザードのほうを見た。
 シェヘラザードは、器用なクルーが造ってくれた、人魚が地上を移動するための椅子に腰掛けていた。
 カードを取り出しながら、ひた、と、ムジカの瞳を見つめる。
「私たちの日常に、ひとかけらでも興味がおあり?」
「ああ」
「あまり、面白いものでもないと思いますけれど」
「それでも、知りたい」
「そこまで仰ってくださるのなら」
 77番目の姫は、琥珀いろの瞳を伏せ、山鳩いろの巻き毛を掻きあげ、
「姉妹たちは、花のような海藻や美しいイソギンチャクを集めて、花壇のようにしたりしているのですが、私は、その……」
 ふよんふよん浮かんでいた、ザウエルの触手に、そっと手を伸ばす。
「海月(くらげ)を飼うのが好きなのです。小さい海月、大きな海月、きれいな海月……。海月は、どれだけ見つめていても、見飽きるということがありません」
 触手をきゅっと握り、シェヘラザードはつぶやく。
「この子を連れていきたい……。でも、許されないことですものね……」

  ◇ ◇ ◇

 シェヘラザードはカードを並べる。
 ムジカに、ブルーインブルーの行く末を占ってほしいと言われたのだ。

「嵐と凪。その繰り返しです。今までがそうであったように」
「それなら――いい。ありがとう」
 
 カードを束ね、シェヘラザードはふたりを見る。

「あなたがたも航海者です。ムジカさん。ベヘルさん」
 海にたゆとうか。流されるか。嵐に翻弄されるか。
 ……沈没するか。あるいは。

 海を超えたかなたの地に、辿り着くか。
 
 未来を視る姫は、自らの珊瑚のイヤリングを取り外し、ふたりに手渡した。
「あなたがたの航海に、さいわいあらんことを」



 ――Fin.

クリエイターコメント※ノベル中のいまいち安眠できそうにない子守唄は神無月の創作でございます。

お待たせしましたーー!!(二回目)
ベヘルさん&ムジカさんを、今度はフェルムカイトス号にお引き止めして申し訳ありません。イリス姫とシェヘラザード姫がそらもー寂しがって帰したがらなかったんですよぅ(責任転嫁)(ヒドーーイ)。

このたび、ふたりの王子様がたには、大変お世話になりました。
おふたりの旅にさいわいあらんことを、海の底からお祈り申し上げます
公開日時2013-07-09(火) 23:00

 

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